崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

日本は清い国

2007年12月31日 10時06分48秒 | エッセイ
 安倍氏の「美しい国」というキャッチフレーズが流れてしまった。世界的には日本は美しい国というより「清い国」というイメージが強い。先日朝鮮半島の陸地の南端といわれる莞島で、ある海苔工場の現場を映像で撮影しようとする時、一人の社員が現われて堂々と撮影を禁止するのだ。社長の面前で社長に反抗するのである。私は大変戸惑った。社長は社員の立場を次のように私に説明した。最近社員たちをつれて日本の海苔工場を見学した。作業現場を見てその衛生的な処理過程について皆ショックを受けた。自分たちの現場を日本人に見せるのはとても恥ずかしいことであるので撮影することを嫌がっているという。今年日本で「不正食品」の問題が話題になったが、それを契機に日本の衛生先進国のイメージを一歩進み、持ち続けて欲しい。
コメント (2)

ソウルの清渓川と明洞

2007年12月30日 07時53分34秒 | エッセイ
 3年ぶりに行ったソウルで一番変わったのは清渓川の復元である。以前工場から廃棄物や排便などによって黒紺色の水泡が浮かび、悪臭の強い川であったと、私はそのイメージを持っている。川には李朝時代の石橋が掛かっていた。その橋はいつの間にか将忠壇公園に移され、川は覆蓋、高架道が作られた。李明博大統領当選者がソウル市長の時この川を復元して綺麗な水が流れるようにしてソウルの観光名物になったという。公害からの環境政策として成功物語りであろう。東京都知事の美濃部氏の東京から富士山が見えるというキャッチフレーズのように韓国でもこれは先進国の政策として評価される。夜の清渓川をみに出かけた。人波には驚いたが、より異様な風景があった。それは川辺に設置されて光っている。日本の神戸で見たネオンのルミナリエのような同じものである。人波に乗せられて明洞まで歩いた。日本語で書かれた看板が多くみられ、日本語の客呼びの声も聞こえた。「ツルハシ」「まつり」という店名もみえた。間違いなく日韓は近づいている。
コメント

『下関を生きる』出版

2007年12月29日 05時33分23秒 | エッセイ
 先日ソウルではスウェーデン居住の友人の作家が韓国語で『白い鹿』を出版した。そこに私が後書を書いた。その出版を祝って帰宅したら新しい拙著が待っていた。主に今年(2007)のブログから下関に関するものを中心に抜粋した文集の『下関を生きる』が地元のクォリティ出版から出版された。「生きる」とは‘愛する’‘楽しむ’ということである。下関にまだ3年足らずの居住者のわが夫婦が「下関を愛する」と言うと地元の人から嘲笑されるかもしれない。しかし韓国人にとって下関は新しくない。さらに言うと都市は他人のような市民によって愛されなければならない。下関は古い地元の人の縄張りに頼っているだけではない、すでに国際的な近代都市港であることを市民と行政は認識すべきである。
コメント (3)

定年退職した後

2007年12月28日 07時41分48秒 | エッセイ
 定年退職した後のことで心配するのは趣味のことである。久しぶりに会った数人は大学を定年退職した人である。趣味として碁をする人、運動をする人などがほとんどであり、学問を続ける人は一人もいなかった。彼らにとって学問とはただ職業の手段に過ぎなかったのであろうか。彼らは学問が好きてやっていたはずなのに本気ではなかったようである。私はシャーマニズムを研究することで職を得られるとは思っても無く、研究を始めたので職を失っても研究は続けられるのではないかと思った。ソウルから帰国したら私の恩師から印刷物が届いていた。先生は83歳でいまだに学問を続けている。趣味と職が同じである先生の道を私は引き継ごうと思っている。
コメント

友人の墓参り

2007年12月27日 04時33分34秒 | エッセイ
 昨日3年前に亡くなった友人の墓参りをした。中学生時代からの友人であり、朝鮮戦争後の困難な時代に一緒に苦学もしたり互いに助け合ったりしたので家族のような友人であった。彼が危篤であるという電話を受けて即日ソウルの病院で最後の対面をした。その後すぐ亡くなったという連絡を聞いては葬式に参加する意欲まで無くした。その後ソウルには行きたくなかった。そして3年ぶりにソウルに墓参りのために行ったのである。未亡人の運転で、もう一人の友人が同行して一日かかりの墓参りをした。車中と墓の前で彼のことを語り、涙を流した。この最中に彼の初孫が生まれたという知らせが届いた。日本からこの彼の初孫に何かをプレゼントしようと思っている。彼との友人関係は代を越えてまだまだ続くであろう。
コメント

クリスマスの曙のキャロル

2007年12月26日 06時03分45秒 | エッセイ
韓国の海苔の主要産地全羅南道の莞島で韓国の海苔の研究者である先生を同行していただき、海苔の生産過程について2日間調査をし、映像を撮った。海苔は世界的に見て朝鮮半島と日本だけで食される海草である。最後の味付けの過程を撮影しようとする時若い社員が社長の撮影許可を強く反対して戸惑ったことがあっても無事に撮影して8箱を買った。後に社長から5箱もプレゼントとされ、車いっぱいになった。高速バスに乗りクリスマスイヴラッシュで7時間もかかりソウルに深夜に着いてイヴを祝う人によってタクシーはまた時間がかかった。窓から見える夜景には教会の赤十字が目立った。教会の宣教の意志より宣伝のように感じて好感を持たなかった。中心地のYMCAホテルの窓際はクリスマスの曙のキャロルと騒音でなかなか眠れず、しかし自分の若い時のクリスマスを祝ったことを思い出した。
コメント

ミミの耳

2007年12月25日 06時36分52秒 | エッセイ
1歳になったミミはますます活発で元気をもてあましている。室内でも歩く夫や私にジャンプしたり足に絡み付いてきたりしてよろめいてしまうこともある。また、椅子からソファーにジャンプしたりと、人間ならば体操の選手にしたいくらいである。このように活発に活動していても電話は鳴る前から吠えて知らせる。つまり、ミミが吠えた後で電話のベルがなるのである。玄関のチャイムも鳴る前にミミが訪問者のあるころを伝えてくれる。かなり難聴気味の夫はミミの耳に助けられている日々である。
コメント

2007年12月23日 07時56分10秒 | エッセイ
先日留守電に「お好きなようだったら柿を送りますがいかがですか?」という内容のメッセージが入っていた。夫はよその家の柿の木に生っている柿を見てもおいしそうだと感じるほど柿がすきなのである。数日して「柿届かないね」いう。「留守電の方に返事したの?」というと「返事しないと来ないの、あれは送るというメッセージじゃないの?」という。かなり日数が過ぎていたのにその方にメールをしたようで他の方からまで柿を送ろうかとメールがあったと聞いて笑ってしまった。日韓の表現の違いと、長く日本に住んでいてもうまくキャッチできない部分があることをあらためて知らされた事件?だった。柿でいろいろご迷惑をかけましたこと、おわびしたい。そしておかげで美味しいりんごと柿とキュウイまでいただけた私の幸運に感謝したい。
コメント

食堂探し

2007年12月23日 06時31分00秒 | エッセイ
釜山の中心地にあるホテルで日本の大学生たちと夕食をするためにホテルのフロントに近くの美味しい食堂を紹介してくれるように頼んだ。すると早速食堂の人が迎えに来てくれたがは意外に遠いところにあった。それでも料理に期待した。韓国式の焼き肉の味は普通であったが量は他の店に比べて半分しかない、おかずも粗末であった。学生たちには量も少なく、期待外れに私は失望した。旅先では食堂探しが難しい。長い間の経験では人に聞くのは失敗率が高い。多くの紹介者は客を考えるより自分との関係のある人の利益を優先するのでその紹介は信用ならない場合が多い。昨日の食堂とホテルの人とはそのような関係があるのだろう。
コメント

韓国釜山にて

2007年12月22日 20時31分39秒 | エッセイ
韓国への旅行中に私が携帯電話で話をしているのを待っている人がいた。彼は私に二度も講演を聞いたと言い、実は私の学生であると自己紹介をした。私はそのような縁に心が弱くなり、すぐ感動した。話は1970年代の韓国馬山時代に遡った。彼は先生に対する礼儀を丁寧に守っていた。釜山に着いて早速会った人が私の友人の学生であったこと、そして長く勤めた大学の卒業生であったので、また話は盛り上がった。このように旅は新鮮な人間関係を作り出すよい機会にもなる。地理的な距離だけではなく、人間関係を広げていくことが旅の面白さである。
コメント

無牧師教会

2007年12月21日 05時52分18秒 | エッセイ
 キリスト教会には牧師がいる。寺には僧侶がいるのと同じである。しかしイスララムでは牧師のような存在はいない。基本的に信者たちの信仰によって組織と集会が守られており、礼拝も聖典によって行われる。しかしキリスト教会には牧師という専職者を置く。ただ日本では内村鑑三が始めた無教会派では教会も牧師もいない。私が所属している教会では数ヶ月間牧師が不在になっている。このような教会を無牧教会という。信者たちが教会の鍵をもって管理し、協力して教会の行事などうまく行う。私は多くの教会で牧師がカリスマ的に君臨しようとするのをみたのでむしろこのような無牧状況も悪くないと思っている、内村氏は宣教師たちの君臨と派閥などをみて牧師はいらないと思ったように書いている。
コメント (2)

続韓国大統領選挙

2007年12月20日 06時47分17秒 | エッセイ
 昨日の朝日新聞朝刊には韓国の大統領選挙に関するニュースは3面に小さく載っていた。隣国の政治的大変な変化をもたらす大きい状況であるのにそのような報道は正道な言論の態度とは思われない。そのことを知人に言ったら私の意見に賛成し、彼はその新聞の定期購読はすでに切ったという。しかしNHK衛星TVは開票の生中継放送の予定をしているというのだ。私はNHKの方が賢明な判断だと思った。日本の新聞は右か左という態度をとっている。それに関して私は常に不満を持っている。言論は客観的でなければ価値がない。戦前には多くの新聞が戦争を賛美したことが歴史的な確かな事実である。韓国は国民の力で政権を交代している。選挙中は醜い状況もあったが民主主義は確実に正常に進む。派閥の交渉によって形だけを選挙とする日本の政治には私は民主主義を感じとることができない。
コメント (2)

2007年12月19日 05時48分21秒 | エッセイ
 熟して黄色く染まった柿の木がそのまま晩秋の風景になっている。バスの窓から見える風景を美術的に鑑賞しながら「なぜとって食べないのだろうか?」という思い、そして食べてみたくもなる。美味しい果実や木の実は鳥などがそれを食べて種を伝播させようとする植物の願いが込められている。先日留守電にある人が自分の家の柿が豊作なので好きだったら送ります。と伝言が入っていた。どう返事すべきか戸惑って数日になっても柿が届いてないので失礼かと思い「柿を待っている」とミクシに書いてみた。彼はもうすでに柿は熟しすぎだという。また他の方が送りましょうかというメールが来た。韓国では老人をヨンガムといい、柿をガムといい、ガムが共通している。熟した柿はやわらかく老人の好物ともいわれている。私も柿を見ながら老人になったのではないかと年齢を意識している。
コメント

韓国大統領選挙

2007年12月18日 07時13分17秒 | エッセイ
 明日は韓国大統領選挙日である。日本からアメリカや韓国の大統領選挙をみると面白い。俳優やタレント出身者などが登場してパフォーマンスも面白い。国家レベルで一番多衆が参加する祭りや演劇のようなものである。アメリカの著名な人類学者はこのようなことを社会劇social dramaと言った。ドラマにはクライマックスがある。それはコミューニタスといって一時無秩序の状態になる。明日の投票の直前に変数が出た。それは予想したが、世論調査で優位に立っている候補者に不正、嘘などで候補者と与党が攻撃と非難を浴びている。実に稚拙である。しかし劇が終わって負けた人が奇麗に敗北宣言したアメリカの例のように正常に戻って欲しい。韓国の民衆が主権を認識する民主主義の進歩を願っているからである。
コメント (1)

デーサービス施設見学

2007年12月17日 07時07分28秒 | エッセイ
 下関から車で北方へ1時間半くらいかかって美都町に新設されたデーサービス施設を見学した。同行した経営者側の方と近い将来の福祉問題について車内で長く談話することができた。私は経営者ではないが、韓国で友人が大きい病院の理事長であり、常に経営のことを話したことを例にして偉い経営者は損することも覚悟すべきであるなど、社会にどう貢献すべきか企業の倫理を強調した。若い時マックスヴェーバーの起業精神に感動したことを力説したのである。彼らは時々私の帝王説(?)に頷いていた。その田舎の施設は理想的なものであり、私も500万円くらいの水按摩ベッドに横になってみた。下関にそのような施設が生まれることを願っている。
コメント (2)