崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

香りの港「香港」

2014年09月30日 04時53分34秒 | 旅行
 御嶽山の火山煙の映像から目を離せないが昨日までの講演レジュメの締め切りをやっと守った。山の煙から香港の煙を想像する。以前香港を訪問した時ガイドさんが香港という地名の由来についてアヘン戦争でアヘンを燃やす香りから香りの港「香港」になったと言っていた。本当かどうかは定かではないが憶えやすい説明で今でも覚えている。今その香りのようなニュースが連日伝わっている。香港の高校生、大学生の民主化運動の瑞雲である。イギリスの植民地ではあっても民主主義を十分味わった香港が独裁帝国主義の中国へ返還された時多くの人は民主主義の堡壘がなくなるのか、民主化の先鋒になるのかと失望と期待が分かれていた。今のデモは「真の普通選挙」を求めることである。何世紀か前のヨーロッパのようなデモである。行政長官の選出に関して普通選挙の実施が大きな問題となっているという。選挙のない中国では大逆罪のようなものであろう。香港返還を嫌がってカナダのバンクーバーに移民した20万人のチャイナタウンを歩いてみたことがある。
 台湾の学生たちも号応している。韓国の学生デモが民主化、そして今のような民主化と近代化によって世界的に優秀な国家を作った近い歴史がある。その韓国が中国向きの傾向になっている。香港の学生デモにどのような反応を見せるか注視したい。民主化の灯を消さないようにしてほしい。それは中国を滅ぼすことではなく、中国を立て直すことである。返還以降大きな出来事の民主化運動が本格的に国民・市民に根付くようになるのだろうか。
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「本当の説教」

2014年09月29日 05時15分26秒 | 旅行
阿川佐和子と石田純一氏との対談番組で聞き上手の秘訣の話が耳に残っている。女性にもてる男は聞き上手の話術に触れて、悪い例として老人の話の欠点を指摘した。老人の話は経験豊かさから自慢話、説教が嫌われるのだという。私も若い時から老人の自慢話に耐えられない窮屈さを多く憶えている。ある日、十年ぶりに懐かしく思い、先輩の同僚だった人をを訪ねて行ったが長い時間ただ彼の旅行談だけを聞かされた。その後は機会もなかったが時間を作って二度と訪ねることはなかった。逆に若者に説教されることはどうだろう。今、私は若い人に説教や自慢話をしないように戒めている。
 昨日は教会で牧師の説教を聞いた。その説教は佐和子のいう「説教」とはどう違うのか。私より若い牧師に説教されるなら我慢できないだろう。牧師の説教は聖書の解釈や見解である。牧師によっては時々世俗的な悪口を「説教」に混ぜたりして語ることがないことはない。その時は我慢する。二つの類の説教を聞きながら聖書から学び、生き方を考える。一昨日御嶽山が噴火して一瞬にして山の景観を変えた。我々が生きている地球の中に火の塊を持っていることに驚く。美しい紅葉を見物に行った登山客が火山灰をかぶって死傷者が出ている。美しさを求めていったのに地獄をみるような現象を物理的にある程度説明ができる。その深い意味を語るのが「本当の説教」である。 
 
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桜の絵

2014年09月28日 04時41分08秒 | エッセイ
今読んでいる日記などにはプライベートなことが多く書かれている。ある人は自分の妻を「世界で一番利己心の強い人だ」とか悪口も多い。ある人は二人の妻に手紙を送ることなども書いていた。プライベートとはどの範囲まで考えたらよいのだろうか。一般的には法律を引き出して言われることだろう。私が40年前に撮った洗骨の写真を公開したらある学者が死者のプライバシー云々といい学界で失笑を買ったことがある。直樹賞受賞作家の古川薫氏から『花冠の志士』が送られてきた。吉田松陰の妹と結婚し、倒幕の一員となった志士の久坂玄瑞、若き25歳で自決した人の歴小説、桜の花の散ったような人生を描いたものである。表紙絵は桜の名画、堀研氏の桜の絵で意味深くなっている。幹は太く、堅く、強いのに柔らかな華麗な桜が咲いている。「若桜のままに散った玄瑞ではないか」「愛人タツとつかまの愛」は桜の絵で表現されている。歴史人物を小説化するのにプライバシーは存在するのか。いまプライバシーという言葉が氾濫している。
 昨日会った人から渡された名刺の裏に出身地の島、子供や家族の名前入りの名刺、それこそプライバシーが書かれたものであった。〇で伏すなら〇〇〇〇〇……であろうことを書いている。有名人が肩書きを羅列するのとは異なるその名刺の人と私は一気に親しく話をした。現地調査に行ったときこのような人に会えれば良いのにと思った。逆説的に言うとプライバシーと言いながら私事を堅く守っている人は恥じらいの心や秘密らしいものを持っているのかもしれない。もちろん誰でも持っている出身地や家族のこととか失敗談などは多少は共有してもよいのではないだろうか。他人に見せるものは完ぺきな面だけだから疲れすぎたり二重人格者的に見えたりする人が多いのではないだろうか。
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応援は祈りと賛美のようなもの

2014年09月27日 03時52分41秒 | エッセイ
このごろ私の言論に「日本の右翼に利用されているのではないか」という憂いがあるようである。「親日派」という韓国の国内用の言葉は古くなったようである。日本人の嫌韓やヘイトなどは「親日」という言葉では意味喪失になる。そこに新しく登場した言葉が「右翼化」という言葉である。日本では右翼や右翼団体などがあるが少数という意識であるが、日本から見ると韓国は全国民が右翼的であるようにも思える。日本の共産党の意見が韓国の意見と似ているようである。また朝日新聞の慰安婦問題への意見が韓国の思考の中心であったが、今度の朝日新聞の謝罪により韓国はその大きい礎が折れたのである。結局日本と韓国は右傾と右傾の対置、対立いわばナショナリズムの対決である。対決の基礎は競争であろう。
 いま仁川でアジアゲームが行われている。テレビでは報道されているが、客席には観客が少ない。ゲームは客観的な基準、評価、審判によって成り立っている。そこに面白さがある。応援は祈りと賛美のようなものである。応援が競技の客観性を損傷させることはできない。しかも外部の権力や政治によってゲームが行われるなら競技は成り立たない。日韓関係も同様である。学問もそうである。来週慰安所日記について東大アジアコロキュアムで講演する。客席に観客の少ないゲームでも真面目に真実に迫ってみようと思っている。 
 <続報>写真は孵化した二羽の中一羽だけが成長して巣立つ直前の姿である。
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おしゃべり

2014年09月26日 05時15分36秒 | 旅行
毎日新聞下関支局の西島記者と送別昼食をした。記者という身分を超えて早稲田の李成市教授の下で韓国史専攻であったということだけで親しく付き合ってきたが、彼が栄転することとなった。彼を初めて韓国へ案内し、私の教え子の日本通の世明大学校の金教授を紹介してその後2回も韓国語一人旅行をしたという。私が彼に初めて会ったとき記者とは転勤が多いので、いろいろなところで人間関係を作ってつなげて拡大していくべきとだ言ったことを想起してくれた。一般的に人はその場所を離れると人間関係が切れてしまい、もったいないという私の言葉を彼は戒めのように記憶していた。
 研究室に二人の貴重なお客さんを迎えた。隣の梅光大学の東アジア学科の教授たちが来られた。藤原氏とは以前から知っていてFBの友人にもなっている。堤千佳子教授とは初対面であった。アメリカの小説家Henry Jamesが専門だという。今は朦朧とした記憶の青春時代の文学の話を興奮状態で話をした。Thomas Hardy's Tess of the D'Urbervilles ,James.Joice,Dickens,などなど忘れて錆びれかけた中からひっぱりだしてのはなし。専門家からは一般人の自慢話と思われるかもしれないと思いながらも、うれしくて、懐かしくて過剰に話してしまった。11月29日土曜日1時梅光大学で講演することだけを決めた。一人でおしゃべりしまい大変失礼したと反省している。続いて読書会、用意した資料がスクーリンに写らない、慌わてて同僚にSOS、拍手、遅くまで続いて闇の道を送っていただいた。一日中感謝すべきことがいっぱいの一日であった。

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トイレ文化

2014年09月25日 05時30分06秒 | 旅行
 夏休み調査研究でヨーロッパを旅行してきた同僚の山本達夫氏の話をきいた。彼は以前ドイツに留学したことがあり、ドイツ語で鉄道やバスなどを利用してスペイン、スイス、リヒテンシュタイン、オーストリア、ドイツへ行ってきたという。私はリヒテンシュタインFürstentum Liechtensteinという国は初耳であった。人口3万ほどの山岳国家だという。「先進小国」に関心が注がれた。「分裂独立」という言葉さえタブーとされる大国主義、帝国主義の隣国とはほど遠い話である。私は日本より先進しているところは何かと質問した。
 日本とは変わらない先進国であったが、日本製のトラベルウオッシャートイレを所持して旅行したという。これも初耳であった。ドイツ人の医師にプレゼントしても婦人患者用で、結局使われなかったという。日本人の清潔癖と思われるかもしれないが、私も日本に住む楽な要因の一つがこれである。ウオッシャートイレはもともと東南アジアの仏教僧たちの清め文化から発祥したものである。私はスリランカで文化財とされている石材のウオッシャートイレの写真を撮ったことがある。幼児のころから母親は私の尻を水で洗ってくれたが大人になってもその習慣が残っていて、山本氏の清潔癖に同感した。いま世界的に普及しているが、日本のように公衆トイレなどまで一般化されている国は多くはない。トイレ文化は先進国のバロメーターともいえる。地球上には食文化はあってもトイレ文化を粗末にしている国はまだ多い。
 
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「地方創生」

2014年09月24日 05時53分43秒 | 旅行
昨日は秋分の日、山口県議員の曽田聡氏夫婦がわが家に訪ねてきた。彼は東京で開かれた公明党の党大会に参加。おみやげに東京フィナンシェという洋菓子を持ってきて下さった。毎日フェースブックで情報を共有していて新しい話題がないほど互いに知っている。話題は「地方創生」に触れた。地方がすたれていくことに焦る必要があるか。もともと地方というのは人口が少なく田園生活をしたところである。問題は排気ガスや空気汚染の少ない田園で安心して幸福に暮らせるような施策が必要であろうと。人口減少に不安を感じて焦る必要はない。人口が必要であれば中国や他の国から移民を受け入れる方法もある。その話になると日本が滅びるような感情を持つ日本人もいることだろう。
 日韓関係についてはまず私が出演したyoutubeの「知らない真実」を見せた。ご主人は客観的な発言だといい、奥さんは私がバッシングを受けることが心配だと言った。朝、韓国慶南大学校の張教授は私のSAPIOのインタビュー記事を読んで、他人の言葉のように私が日本の右翼に利用されたのではないかという意見であった。日本での右翼とはスピーカーでヘイトスピーチをする人、韓国でいう右翼とは異なる。彼は米軍の慰安婦は日本軍慰安婦とは違うとも言った。根本的に何が違うのかと反問した。韓国の日本通と言える人も朝日新聞の謝罪をほぼ知らない。それを報道しない。韓国のメディアは中国のものとそれほど変わりはない。
 私は最近日韓関係に触れているが、そもそも私は少なくとも戦争と性暴力から研究していて、それがいわば従軍慰安婦にまでつながったわけであって、日韓関係を和解させるために研究しているわけではない。私は国際政治学者や戦略家でもない。人間の本質に迫った研究をしていることを理解してほしい。
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「講義」

2014年09月23日 05時33分40秒 | 旅行
 長い夏休みが終わり、明日から講義が始まる。長い休みといっても盆休みでも研究室でインタビュー、勉強会、作家佐木隆氏宅訪問するなどをし、また、韓国での調査旅行、翻訳などを行っていて忙しく過ごしていて後期の講義が新しく始まるというような実感がない。わが家のリビングは家内と向かい合ってコンピューターを置いて仕事をしている。私が草稿したものを家内がリライト、校正する。まるでミニ出版社のようである。しかし開講が明日からはじまるとなるとその準備も並行してしないといけない。先日韓国の申栄福氏から9.11というサイン入りの本と手紙を送っていただいたその著書『講義』を開いている。2004年初版で38刷にもなっている。彼の『監獄からの思索』は全国民の愛読書のようになっている。1960年代から彼の文章力を知っているが、常に深い思索に刺激されている。
 『講義』も監獄からの話が基になっている。彼は淑明女子大学の講師から、私は高校の教師から陸軍士官学校の教官となった。訓練期間中や教官の時も、社会奉仕活動も一緒にしたことがある。1968年彼が朴大統領独裁政権の転覆を図ろうとしたとする罪で無期懲役、20年20日間服役して出た。出所して聖公会大学で教鞭をとり今に至っている。その時代の罪による懲役は私は全く信じていない。数々のスパイ事件、北朝鮮のダム放水、海上の漁民らちなどなど無限の事件は私はかなりの嘘やごまかしがあると思っている。今まで北朝鮮が掘ったというトンネル観光さえも全く信じない。彼の罪を信ずる国民は一人もいないだろう。
 彼の刑務所での青春、中年時代までの冤罪というか、その恨みや欝憤を国民が代わりに払ってあげる気分である。有能な人材を刑務所に入れたその大統領の娘がまた大統領になっている矛盾は土をたたきながら慟哭すべきであろう。しかし彼自身は刑務所によって人生が潰されたわけではない。監房の中を宇宙にして人との出会い、偉大な思索をして、まるで世俗から離れた聖なる空間で悟ったような偉大な人になったのである。以前彼が監房の窓から見たネズミ、タンポポの花、列車の汽笛など如何して平然と社会が動いているのかと書いた文を読んでいまだに忘れられない。個人の危機、恨みとは縁のないような世俗社会の存在に根本的な疑問を投げている。『講義』では論語など中国の古典を以て思索している。同じ監房で4年間一緒にいた漢文学者との暮らし、『監房からの思索』の文に出会う。私の講義はどうであろうか。気になってきた。
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安重根の「後悔」

2014年09月22日 06時03分12秒 | 旅行
先日も本欄で言及した、朴日栄氏訳『静かな朝の国』(Im Lande der Morgenstille,1915)を読み終わって数週間気になる部分がいくつかある。まず知人でもある訳者に敬意と感謝を送りたい。彼が撮ったドキュメンタリー映像では日本植民地である朝鮮における日本の影響についてほぼキャッチできないが、この本では日本植民地について多く触れている。安重根については詳しく言及している。著者のヴェーバー氏はカソリック教会の宣教師であり、韓国の民間信仰や民俗などに関心が高い。黄海道の安氏家の話に注目したい。日清戦争に人を動員し、多くの人が死傷して安氏家が外国の支援を受けるためにカソリック教に入教した。安重根は1897年1月10日36人と一緒に洗礼を受けた。
 「伊藤博文の暗殺のニュースが大蓮から聞こえてきた。これは何という雷のような話か。子供の時から勇敢な彼がこの殺人行為をすることによって祖国へ命をささげようとした。彼は自負心の強い家門の子孫であった。彼の行動は家族も誰も知らなかった。彼は2年前に故郷を離れていた。愛国心と侵略者への憎悪心を持っていた。後悔reumuetigもしたが、大韓万歳をした。そして殺人の罪に報われた」
 ここに411ページ訳註18に注目したい。「後悔reumuetig」について「著者の私見であるだけ。中略当時の状況からみて後悔や反省とは距離が遠い」とつけた。なぜこのような註を付けたのだろうか。民族主義の汚染であろうか。安氏は殺人ではなく、愛国者や偉大な将軍様(義軍)だと述べている。この本を最後まで読みながら訳者たちへ尊敬の念が一気に消えた。なぜ註に愛国心を吹き込む必要があったのだろうか、失望が大きい。翻訳全体が疑わしくなってしまって残念である。
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尹致昊の日記

2014年09月21日 05時37分48秒 | 旅行
金サンテ訳尹致昊氏の60年間の日記を読んだ。1883から1943年までの日記である。尹氏は「親日派」という人物像があって、彼の文を読もうとは思わなかった。その人物についてソウル大学校の国史学科出身の方の出版社は歴史批評社であるので親日派売国奴的研究によるものではないかという私の偏見で読み始めた。全く予想とは逆であった。客観的な解説に一貫している。金氏は冒頭で「親日派という先入観のために研究されなかった」という。彼は尹氏を「灰色人」という。本当のクリスチャンであった。私も本欄で時々自らを「灰色人間」と宣言したことがあるが金氏の言葉によって「シルバー銀色」になった気がする。
 どうして60年間も日記を英語で書き続けられたのか、驚いている。なぜ一日も欠かず歯ブラシをし、食べるのかという質問のようになるかもしれない。私事から考えると日記を書くことは偉大なことではない。習慣になると負担ではなく、自然なリズムであろう。いま注目されることはその中に書かれた歴史性であろう。多くの人がそれぞれの生き方をして生きていたはずである。その痕跡が全くないかもしれないが偉大な人物もいるはずである。彼の日記には日常的な生活はほぼ表れない。日本や中国、ロシア、アメリカ、世界が広く、内政外交のことでいっぱいである。彼の日記で本格的に親日化したのは日中戦争と内鮮一体によるものであった。それは白人の植民地化侵入に対抗するアジア主義であった。私が以前から疑問を持っていた多くの知識人や文人たちがその時期に親日的にされた理由、それを韓国語版『親日と反日:危険な韓日関係』でふれたが、ここで再三実証した気持である。
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スコットランドの開票結果

2014年09月20日 05時10分04秒 | 旅行
昨日はスコットランドの開票結果が気になってCNNニュースから目を放すことができなかった。分裂主義(separatism)が独立(independent)を問うことができるか。300年間のスコットランドの歴史と伝統、中央政府への反感などが国家へ抗議する投票であった。古くは自ら国家、国籍を変えようとする大逆罪に当たることである。独立をYESとする人々は彼らの伝統的民俗楽器のバグパイプをならしながら投票運動を起こした。やはり地元の人が多く、伝統的な地域において賛成が多かったが民族移動が多い地域がNO、スコットランドはイギリスに残ることになった。私はこの投票と開票の過程をみながら分裂主義は、時には紛争や戦争を起こし得るという教訓を得た。伝統主義、民族主義はある意味で危険であるということである。「地方創生」は郷土主義を強化しようとするのではなく、地方の開放進歩を促進すべきであろう。
 テレビに熱中している中、二つの郵便物が届いた。一つは申栄福氏からのものである。申氏は1966年から陸軍士官学校の教官をした元同僚である。しかし1968年に統一党革命首謀者として無期懲役となって20年間刑務所に収監された人である。彼と2年間の訓練期間と教官生活を共にした。当時、富川刑務所に面会に行ったが会えず、それきり私は一生申し訳なく思っている。出獄後電話しても通話ができなかった。50年以上再会していない。今は聖公会大学の特任教授、彼からの手紙と著書を受け取って感謝、感動した。
 もう一つは先週ソウル民俗苑で出版された訳書『朝鮮の巫覡』である。日帝植民地資料叢書である。永い年月をかけた成果である。この本は朝鮮総督府嘱託であった村山智順が当時朝鮮半島全体、全国警察網を利用して調査したもので、私が調査地を全羅南道長興と決めたのもこの本によるものであった。韓国ではこの本が植民地嘱託による警察調査と言うことで利用されていなかった。韓国シャーマニズム研究のもっとも基礎的な本である。読まれることを期待している。出版事情は悪く、売れる本でなければ出版しない状況でも長い友情関係の出版社の会長、社長、編集員たちが文化事業として本書を世に出して下さったこと、ほんとうに嬉しく、感謝するのみである。
 
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山路勝彦『大阪賑わいの日々』

2014年09月19日 05時03分23秒 | 旅行
先日山路勝彦氏の単著『大阪賑わいの日々』が届いた。彼は以前長く「日本人類学史」の研究会をリードし、『日本人類学史』を出し、京都大の田中氏と鼎談もしたが、久しぶりに研究成果に触れることができて嬉しい。彼の台湾植民地研究は常に新鮮で私に大きな刺激になっている。彼は絵はがきなど収集所蔵家として知人たちからも知られている。私のように古いものは捨ててしまう者とは対照的な人物である。関西学院大学出版会での鼎談では私に反日感情の強い韓国で植民地研究をすることの難しさを詳しく話題にして下さったこと、そしてそれが公になったことを嬉しく思い出す。今度の彼の高著も資料豊富な、そして人柄が表われている。彼の近況を含め、温かい人間性を読み取ることができる。
 山路氏は次々に大作を出すので今度はどんなものをだされるのだろうかと思っているところに新著が届いた。嬉しく大切に少しずつ読んでいる。副題は「二つの万博覧会解剖学」であり、賑やかな日本の近代化の象徴的な華麗なる行事の資料収集と新旧の博覧会が分析されている。日本の先進近代化と帝国化の華やかな歴史であって、私にはその帝国が植民地と戦争へ、敗戦し戦後の復元の日本のパーワーが読みとれる。それはアジアへの大きな影響と同時に不幸をも巻き込んだ帝国の残影が今も生き続いている。大河小説のような日本の近代史として楽しんで読んで日本という国家の繁栄から国民、市民の幸福を実現する普通の国家になっていくことを願う。

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温故知新塾講演(続報)

2014年09月18日 05時33分43秒 | 旅行
昨日午後2-4時下関市と北九州市(門司区)主催の温故知新塾(学習プラザ多目的ホール)で「関門海峡国際都市下関」という演題で講演をした。ただメモのようなレジュメ一枚「国境を挟んで生きること」をもって立って、1時間余り話をし、質問を合わせて2時間の講演であった。100人強の聴衆が居眠りや途中退席なく、聴取してくれた。
 司会者の石川氏はが私を紹介しながら拙著『雀様が語る日本』での「雀」先生として「崔先生」と紹介してくれた。その「雀先生」ということを糸口にしてスムースに話が進んだ。朝鮮半島の南北の境界38度線近くに生まれて、大学へと上層へ、上層へと始まった人生が日本留学して苦労話へ、地獄に落ちたような経験。しかしその経験が生きる力になったことへの感謝などをした。
 父が38度線を往来しながら牛の売買業であった国境商売から牛について「焼肉の文化人類学」などの文を書いたこと。また朝鮮戦争を体験した戦争を語り、「朝鮮戦争と韓国社会の変化」『変貌する韓国社会』(第一書房、1998)などを書いたこと。38度線という悲劇的な南北境界線から私の話は下関に住むこと、下関と釜山を往来する関釜連絡船のボッタリ商人、関門海峡、朝鮮海峡、玄海灘、日本海を挟んで拙著『下関を生きる』に話は進んだ。そして中ソ国境(満州里、沿海州など)、中越国境(ランソン)などを歩いたことを話した。
 国境を挟んで往来し、住むことは周辺人(マージナル)にスパイと思われがちである。二重国籍人はスパイか国際人と言われたことの例としてソ連に住んでいる朝鮮人=韓国人の例を挙げた。ソ連側からは朝鮮人は日本人に最も近い危険な民族と思われ日本人と分離させようと沿海州から中央アジアへ強制移住させられた。また日本人から朝鮮人はソ連に近い民族,怖い存在とされて1945年8月20日から23日にかけて朝鮮人27人が惨殺された。日本とソ連の挟間にいた状況において朝鮮人は時にはソ連側から、時には日本側からスパイとされた。日本帝国は35年間続き「内鮮一体」の政策を強く実施し、朝鮮人を帝国臣民化する政策をしたが民族は溶け込むことは出来なかった。今は日韓関係が最悪の時代になっている。世界で反日感情の一番強い国の韓国人は戦後の教育とメディアによるものである。ここに教育が問題とされる。 
 7分休憩をして質問時間になった。元校長の石川氏が教育への予算が少ないという意見、ある女性は年収200万円の主婦であり、どうして教育ができるかという。経済と教育、良い教育とは何かに触れた。「考える教育」に日本は遅れていると主張した。ある男性は伊藤博文、慰安婦問題について質問した。私はこの問題を中心に準備したが日韓の微妙な問題であるという憂いの声があって取り上げなかったが、この質問には私の最近書いて販売中の『新潮45』へと譲った。最後にはドラマや映画など文化交流に関する質問もあった。最後まで熱心に聞いてくださった参加者に感謝と健康を祈る。



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温故知新塾

2014年09月17日 04時46分23秒 | 旅行
 スコットランドが英国から独立するか否かを問う住民投票が実施される。私はそのことを聞きながらその結果はとにかく大英帝国の完全燃焼という感があり寂しさとやはり先進国であるという複雑な感じがする。帝国から小国へと分裂独立へのメッセージは大きい。特に分裂独立者が大逆罪になるのが普通の国、国家主義の国家へのメッセージは大きい。国家観の変化をもたらすことであろう。国家とは何だろう。祖国、愛国などによって戦争も多く行われて、まだ続いている地域もある。国家はただの行政単位に過ぎないような存在であれば、紛争などは起こらないであろう。今も領土問題で大国主義が強化している中、このニュースはその支配者や国民に真実の意味が届くのであろうか。女王が「慎重に考えるよう願っている」と述べたことが政治的な問題に言及したとされている。世界各地の独立運動に余波が広がるとみられる。(photo by Wallstreet Journal)
 今日私は下関市と北九州市(門司区)の共同主催の温故知新塾で「国境の挟間で生きること」という演題で下関学習プラザで講演する。今、日韓関係が悪くなっているのも主に帝国主義的な残影、国家主義によるものであろう。私はその挟間で生きている。私の問題を超えて朝鮮民族の大きい試練であったサハリンの例を挙げたい。スパイと思われて朝鮮人27人が虐殺されたことである。在日の存在だけではなく、世界に広く多くの人々が国境の挟間で生きる問題でもある。
 
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「東洋経済日報」への寄稿文「日帝強占期」

2014年09月16日 05時08分10秒 | 旅行
 ハングルで原稿を書く時,漢字変換とは異なるもう一つの変換がある。たとえば私が卒業した「国民学校」をハングルで打つと自動的にハングルで「初等学校」に変換される。また「日帝植民地」が「日帝強占期」となる。これはただの綴りのことではなく、歴史認識の誤りと思うので一つ触れておきたい。「植民」を「強占」つまり「植民地」を「占領地」と呼ぶことになるからである。おそらく「植民地」という言葉に抵抗感を持つアレルギー現象であろう。韓国は以前ハングル浄化・純粋化運動を起こして、日本からの外来語を無くす運動を展開し、日本からの外来語の「ワリバシ」と「うどん」などを無くした。日本製の漢字語「民主主義」などさえ無くせよと主張する運動家もいる。そして「慰安婦=挺身隊」という誤解も韓国に定着している。
 「植民地」と「占領地」ははっきり異なる概念である。日本植民地を「強占」つまり「占領された」ということになる。言葉を忌み嫌うのはわからないでもないが、これは重大な問題である。占領は英語ではoccupationであり、植民地はcolonyである。別の概念だけではなく支配と統治の体制がまったく異なるのである。植民地という言葉が恥辱的であっても植民地を占領地というのは正しくない。占領地と植民地を混同するような新造語はまずい。定義された言葉「植民地」を「占領」に替えることはよくないからである。
 植民地とは植民つまり国民を移民し、拓殖させて統治するものである。占領地・占領とは他国を武力により完全に屈服させ,暫定的に統治することである。当時の占領地は中国の一部、広く東南アジアの国々であった。韓国が歴史認識を正すように言いながら植民地史を否定し占領期と替えるのは矛盾している。占領と言うと加害者の日本側の罪意識が大部軽減されるかもしれない。植民地の色を消すなら徹底的にすることができるのだろうか。戦後「敵産」を所有した機関や人がそれさえ放棄すべきであろうか。日帝政策による鉄道、道路、建築物などを壊すべきであろうか。日帝時代に受けた教育や勤勉、正直など人格形成に影響する要素、当時の友情や師に対する恩も払い落とすべきであろうか。それは今の現実、実存を否定することになる。
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