崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

亀山八幡宮花火

2017年07月31日 05時09分07秒 | 日記

 韓国の3人の留学生と一緒に猛暑の中、礼拝参加。李恵蘭牧師による韓国語の説教であった。「働きたくない者は、食べてはならない」という聖句を以て説教、好評だった。私は黙っていた。聖書によるだけではよいが、働けない障碍者などへの配慮が欲しかった。働けない障害者と老弱者は必要ではないと集団殺人事件が起きたばかりであり、危険な説教とも思った。私は説教には直接コメントはしない。教会には担任の牧師がいなくなり1年が過ぎた。総合的にみると以前より信者たちの意識が高まり良くなっていると感じている。夜にはキリスト教とは異なる神社信仰の亀山八幡宮の花火を発砲点近くで鑑賞した。日本の夏、猛暑に熱くなるが、さらに北朝鮮の花火(?)が加わり、東アジアが熱くなっている。

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死線dead line

2017年07月30日 05時37分16秒 | 日記

今年2本目の論文を一応脱稿、これからは家内の校正を待つ。コメントを聞いてから最終稿にする。締め切りは守るつもりである。私は軍隊で死線dead lineの厳格、重要性について学んだ。目標を立てて仕事をするにはもう一つの活動線life lineであろう。二つの線は執筆から出版までであるが、私は販売までも気になる。私が「企画・監修」で韓国で出版された『絵葉書で見る近代朝鮮』(全7巻セット)が気になってるが、オークラ情報サービスが日本総代理店として販売することとなった。日本での販売価格は76,000円+税 (送料込)高価である。一方読書会ではこの絵葉書の本の解釈本を準備している。一枚つつ大型画像としてメンバーたちが自由に語る作業をしている。死線をいつどこにおくかはまだ未定である。

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「厳重に抗議する」

2017年07月29日 06時01分16秒 | 旅行

 政治家がよく使う「しっかり」、安倍総理からよく使われる言葉が「厳重に抗議する」である。今朝も言っていた。深夜北朝鮮がミサイルを発射した。武器、玩具、祝砲、花火・・・のようなもの。また騒ぎ報道、それは最近の慣れ事である。なぜ迎撃しないのか、政府の対応に不満の声も多い。「しっかり」「厳重」は虚言であろうか。昨日同僚たちと遅くまでワンアジア講義と楽しい韓国文化論の準備をして帰宅して数時間後の深夜、北朝鮮の発射があった。植民地と戦争の負の遺産を以て平和を考える講義計画に冷水を掛けられた感がする。しかし、「しっかり」考えるしかない。

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転機

2017年07月28日 06時23分03秒 | エッセイ

 二人の中年の研究者に人生の転機になるだろうと思い、中国での日本語教師を勧めても返答がない。なぜか。私は無謀な(?)留学、転職などで転機を作って、日本にまで来た。私の体験を生かして勧めても反応がない。日本人の学生も留学を好まない。国際化になっていないのかも知れない。中国や韓国では海外への移住者が多い。日本に住もうと希望する人も多い。それはただの国際化の性向だけではなく、自国の住環境がそれほど望ましくないという意味もある。極端な例が脱北者が多い北朝鮮であろう。その自由に往来が禁じられた国に行って見たくて、私は3度訪問した。私と同行した坂内宗男氏が最近訪問した山田寛人氏に通話、私との人脈が繋がっていると報じてくれた。参照「北朝鮮訪問記」(『韓国朝鮮の文化と社会』風響社、2002)。http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000003545307-00

 
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
 
   
   
   
   
   
   
   
   
   
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夢は望hope

2017年07月27日 05時30分50秒 | 日記

 韓ドラでは悪い夢が多い(꿈자리 사납다)。韓国には解夢の占い、シャーマンの儀礼も多い。私も悪い夢を見ることが多い。それは悪くないと解釈する。現実が良いと感じるからである。一般的に「夢を持ちなさい」と肯定的に言うが、それは近代以降の西洋の影響かも知れない。英語では「夢を実現する」(Dreams come true)といい、夢は望hopeであり、始まりである。終わりではない。私にも望がある。
 昨日はこの9月30日から始まる第6回「楽しい韓国文化論」講座の日程を調整。芥川賞作家柳美里氏の「文学と人生」、下関歴史博物館の町田一仁館長の「通信使」、フリーライター真弓智恵子氏の「通信使行列ワーク」、土井が浜人類学ミュージアムの吉留副館長の「稲作と神竿」、そして私、崔吉城の「韓国日本村」に確定した。恒例の講義が終わってからの韓国探訪の旅は慶州良洞民俗村を予定している。

 

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「丑の日」

2017年07月26日 05時17分55秒 | 日記
 写真家秦穴拳壱氏が来られ奉納写真や映画フィルムを以て利用活用について相談した。彼の母親は9月に100才、両親は朝鮮半島や満州で鉄道会社に勤めたという。延々とライフヒストリー、これからの研究所の展示会などを話し合った。
 帰路に家内の買い物に同行。私はショッピング篭になかなか入れないが、家内はうなぎを入れた。昨飯は「丑の日」の祝いの食事であった。その数日前は天ぷらの日、猛暑と不似合いである。
 自分ではなんでもよく食べると思ったが実はそうでもない。日本食に慣れながらも異様な感も多い。熱油で揚げてサクサクしたてんぷらをうどんスープに入れて、また海苔を入れて食べる、不思議な食べ方である。最高味のようにいって言って高価なマツタケやウナギ、フグなども本当に味を知っているのかと皮肉に思う。昨飯のうなぎは愛犬ミミの反応が強く、美味しく食べた。日本人は本当に美味さを知っているかと思い始めるようになった。
秦穴拳壱氏欄
本日、東亜大学東アジア文化研究所の崔 吉城先生を訪問。そこで貴重な16mmフィルムが204巻あり、映写機を探していることを伺う。広島の原爆投下被害に関するフィルムもあり、内容を早く観たい衝動を覚える。で、再度のお願いです。16mm映写機を探しています。貸出可能な個人、団体などご存知の方は、お教え下さい。
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フレンドシップ

2017年07月25日 05時18分56秒 | 日記

 血縁、地縁は人間関係の基礎である。韓ドラではピッチュル(핏줄血の紐)の話が多く、政治的腐敗も親族や姻族の話が多い。それに比して西洋先進型は学縁、友人関係が重要だと言われる。しかし今韓国の朴クネ氏、日本の安倍首相も「友人関係」が問題になっている。先進型の不正なのか。安倍氏は長い間の友人からは一度も利害関係で頼まれたことがないと、あくまでも純粋な「友」をカバーする。テレビを見ながら私にはそれが美談のように聞こえた。この世相にまだそのよう話が残っているのか。真と偽り、公平と不公平などの政治的な話とはまた別であろう。

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オープンキャンパス

2017年07月24日 05時51分14秒 | 日記

 ファションでもキャジューアルでもないが気に入って愛用している下駄をはいて日曜日の研究所へ作業に行った。職場には相応しくなく、抵抗があったが、国際交流学科のオープンキャンパスに顔を出した。本当に久しぶりにしかも予定外のことであった。学科長の古川智教授か国際化について説明があった。その中にワンアジア財団の支援講義について触れられて、私には意外な新鮮さであった。すぐ後期には2年目の講義が始まるのでその準備もつめなければと思った。アジアからの留学生は増えるが日本人の学生は少ない。日本にとってとても難しいアジアとの関係に関心を持つ日本の学生が多く来てほしい。

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夏は熟成期

2017年07月23日 05時18分15秒 | 日記

 猛暑の校舎に鳩が入らないようにと、密閉して40度以上にもなっているように感じられる校舎、土曜日に研究室と所長室を往来しながら資料を探し、執筆した。ソウルから来られた知人と昼食、スターバックスでは友人の穴見社長と彼のご家族と偶然の出会い、港では我が大学のオープンキャンパスに参加し、韓国へ帰国する団体を歓送し、夕食は前田よしみ氏の誕生日祝いの食事になった。高層マンションの我が家も熱い、冷房にスウィッチ、作動が不具合であった。夏は暑いのが普通、そして農作物が実るというのが慰めになる。私の古稀記念の時に上水流氏らが作り始めた本がやっと私の喜寿の年に出るという。7年間の収穫を以て考えると私の本はまだ準備中で、出てないものがある。今熟成中、秋には収穫になるだろうか。

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親切と笑顔

2017年07月22日 06時07分39秒 | 日記

 昨日下関は34℃最高気温である猛暑中、韓国から30数名の高校生と父兄が本学のオープンキャンパスに参加した。そこで明るく握手を求める方、韓国全州のゲーム科学専門高校の崔弘奎校長先生である。奥さんと一緒に教室まで訪ねて来られて放談した。崔校長は20回ほど日本に来られて観察した話をした。日本人の親切とか配慮、迷惑をかけないようにする文化について触れられた。木の椅子の上にクッションを用意している写真をみせながら日本人の配慮と親切さを語った。講義ではベトナムからの女子留学生のレーティさんが親切や笑顔がセールスマン的なものもあると言った。私は表情や言葉が配慮と装置、行動などと繋がらなければならないことなど、私が日本とアメリカで天候の都合で予定空港ではないところに着陸した時の親切さと配慮装置に驚き、感謝したことを語った。

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「質高い」教育

2017年07月21日 04時47分11秒 | 日記

 韓国から本学を尋ねて来た高校生はネットや説明会の紹介で聞いたより実際来てみて良かったという印象を語った。留学生の在学生が韓国の高3生に語るのを横で聞いた。日本(大学)では注入式教育ではなく、好きなテーマと先生を選んで勉強するという。韓国の知識注入式教育、競争の試験地獄から脱出しようとする気持ちが私にも伝わってきた。なるほど日本の大学のゼミ式の教育の特徴を新しく認識した。前回講義で話題にしたキンヒョンイル君が言った「植民地教育でも質qualityが高かった?」と言っのを思い出した。読書会でも議論した。教育では植民地と被植民地という状況に左右されない。教育の基本が人間開発である以上、それは普遍性の強い「質高い」教育だといえる。

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死を迎える心構え

2017年07月20日 05時34分07秒 | 日記

 川村博忠先生を囲んで昼食、二人の若い先生は仕事が忙しいと言った。それは悲鳴か、自慢か。退職の川村先生は「仕事が欲しい」と対答。この短い対話には職業観や人生観が凝縮されているようであった。市内の伝統ある小さい本屋が縮小改装したので寄ってから帰宅した。夜のプライムニュースでは日野原先生の終末を期に長寿は幸福ではあるが無理に寿命を延ばそうとすることは不幸になりかねないという話しだった。実はその趣旨の言葉は2010年に私がいった言葉でもある。東京大学で開かれたアジアがんフォーラムのシンポジウムで、死を迎える心構えについて触れたことである。永六輔、真鍋祐子氏らとパネラーとして私は「高齢者が多い中、死を迎える態度も成熟していくべきである」と主張した。しかしそれは議論できなかった。多くの高齢者に失礼になるかという憂いからだと思いながらも残念だと思っていた。*写真は手術による元気になった隣の愛犬モコチャン

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死から頂く教訓

2017年07月19日 05時43分02秒 | 病床日記

 聖路加国際病院名誉院長の日野原重明先生が105歳で亡くなられた。延命治療を「やらない」と拒否後に退院し、自宅で呼吸不全で死亡したと報じられている。多くの人は長生きの秘訣に関心があるが、それより先生の死から頂く教訓がある。命に感謝、肯定的な生き方、死を自然に迎える態度などである。先生が院長の時、家内が聖路加国際病院に勤めたことがあり、2011年下関に講演に来られた際お会いした思い出がある。心からご冥福を祈る。家内は私に先生が肺結核の傷痕がありながら長生きできることを証明して下さったねと言った。私の病歴が先生に似ていることが慰めになるからであろう。*写真中央は日野原先生、左端中沢氏、右端は櫛田氏。

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隣の愛犬

2017年07月18日 06時40分27秒 | 日記

 昨日海の日の休日、隣の愛犬モッコちゃんが手術し、入院した。我が家のミミと同年輩犬として高齢である。犬のママ同士は看護師、夫の看護とともに犬の世話が大変だと思う。昨夜雷が頻繁でミミは恐怖、吠えた。抱っこしてあげた。愛犬家に対して人がハンガーなのに犬を贅沢に扱う(?)ことを理解しない人が多い。それは趣味や暇つぶし、癒しなどを越えて人類愛につながっていることを知らなければならない。

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 「私の人脈」

2017年07月17日 05時28分25秒 | エッセイ

 「私の人脈」
 東洋経済日報へ投稿コラム(2017.7.14)
 今ネット上に私の人脈」という題で写真を公開している。ネット上に公開し共有したい。多くの方々が登場するので華麗な人脈のようになっている。整理もせず、ランダムに大雑把に古い順に少しづつ、懐かしい写真、人の顔写真も公開している。公開するのにはわけがある。それは捨てる癖のある私の保存の仕方の一つともいえる。取捨選択する。ある写真にある友人から学会史的資料だと言われた。公開は友情など好意をもってしているので了承してほしい。関連ある人は自由に使ってもよい。不都合な人は連絡いただいたら消去する。しかし今のところそれは全くない。むしろ多くの方から良い反響ばかりで、嬉しい。大切な友人、知人が多い。中にはご自分が写っていないという意見もある。これからも 続けて投稿していくので待っていてほしい。また私と一緒に写っている写真を送ってくださるよう願う。
 
アルバム写真は他人には大した資料とは思われなくとも私には知人、交際、友情などの生の歴史として重要である。一般的にアルバムは日記と違って選別されたもの、華麗なものが多い。人は華麗な洒落た写真を残したい。特に記念写真には微笑みやVサインをする人が多い。私の子供時代の写真はない。貧困な農村生まれだからであり、また保存していないからでもある。否、暗黒な時代のものは残していないからかも知れない。
 
残っている写真もかなり変色し、ホームページなどに保存しようとしたがそれも更新するたびに替えなければならないなど面倒なことである。分厚い写真アルバム冊を捨てて、使いこなし安い方法があった。初めて外デスケットで保存したが本体を落とし間違えて消失してしまった。過去を証明する自分史を無くしてしまったようで失望した。しかし、それで私の過去や歴史がなくなってしまったのだろうか。私の過去の写真が無くなっても証明することができなくとも私の歴史や過去が無いわけではない。少なくとも私の記憶や無意識の中に生きているはずである。近刊書では朝鮮戦争の記憶に基づいて書いた。記憶には特に記憶したくないものもある。だが、それは消そうとしても消すことができな い。その嫌な記憶もその人の人生にはダイナミックに影響しているはずである。したがって個人の嫌な記憶、国家の負の遺産も貴重なものである。
 
まだ古い写真が若干残っていて嬉しい。「私の人脈」の写真は私が撮ったものではない。必ず私と一緒に撮られたものである。シャッターを執った人は私をどう撮ったのか。私に良く映りたいという心はあったのか、写真を見ながらどうだったのか。被写体になるのは生きていることを証明することになろう。今は被写体になれたくなくても撮られる時代になっている。
 
ネットに公開していることに「終活」といってくれた読者がいる。しかし、今私にはそんな懸念はない。残したい写真を公開するだけである。

 
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