崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

シャーマニズムの死後観

2017年03月31日 05時31分47秒 | 日記

 昨日の読書会ではメンバーの田辺氏が13万坪の農地を購入したという嬉しいニュース、校正と印刷、韓国からの訪問者、韓国のある大学の総長から本学長を通して迂回して私に届いた土産、卒業生の就職関係者などで研究室が混雑した。メインの勉強会は松本の学会の報告であった。二つのポイント、一つは坊さんの聖職的役割と葬儀屋という職業的役割の二面が社会一般的に機能していること、もう一つは柳美里氏との鼎談であった。シャーマニズムの死後観を聞かれて、私は死がこの世とあの世を厳格に区分するのではなく、恨みと祟りによって繋がっていると説いた。社会には多くの恨みが生まれる。冤罪も多くある。死んで祟るというシャーマニズムが希望の信仰かもしれない。

コメント

火遊びに夢中

2017年03月30日 05時56分41秒 | 日記
 昨夜生放送のプライムニュースでは韓国とアメリカの金正恩“斬首作戦”について、自民党副幹事長・佐藤正久(元自衛官)氏は限定的な作戦、金正恩指導体制を全滅させる短期作戦、烏山から平壌まで7分の作戦だという。「米国はやる可能性はある」という。大変恐ろしい番組であった。怖くなる。トランプ大統領を非難する人が多い中、彼に期待するもの(?)は多い。危機状況の韓国はどうであろうか。火遊びに夢中な政治家たちは気が付いていないようである。朴クネ氏処罰と選挙ブーム一色である。
 
コメント

豪華クルーズ船

2017年03月29日 05時42分14秒 | 日記

 昨日イタリアの豪華クルーズ船「コスタ・フォーチュナ(Costa Fortuna)」が下関港新港に初寄港し、多くの中国人観光客を迎えた。商業的な期待が大きかったようであるが、大部分福岡でショッピングするということで下関は失望している。下関にはそのような大多数の客への対応が用意されていない。下関が戦前の大陸の門戸であっという思惑にただ固まっている。港の繁栄を積極的に図らず福岡に吸引されて衰退一歩である。多くの総理を出しても当選のための選挙区に過ぎず優先されることはない。市みずから努力しなければならない。新市長には新鮮な政策を期待する。アジアを見る行政や観光の政策が施行されてほしい。中国や韓国の観光客は距離的にも近い福岡に関心が高い。

コメント (2)

長い旅

2017年03月28日 05時21分11秒 | 旅行

 冬の温泉町のホテルでは私と林さんだけ、お茶も用意していない。不親切でこのように客なしに至った状況が伝わってくる。朝バス停へ歩きながら久しぶりに道を尋ねたところ78才の男性がいろいろと話をしてくれた。「どこからこられたか」と、私が「下関から」といった。「朝鮮半島両国は無くなる…」と金正恩のバスケットなどの詳しい情報を語り私も知らないことを延々と言った。互いに知らなくてもすぐ親しくなるのが高齢者の対話、それができるのはメディアによるものである。おそらく彼は家の中のテレビ大好きの一人であろうと思った。彼はなぜ私に朝鮮半島の悪口を言うのか、それは私が日本人と認められたことか、あるいは韓国系と感じたのか、その実を言う前に彼と別れバスにのった。窓が広く観光を意識したものであり、市内観光のように市内を眺めた。雪景色の南アルプスや城などを見ながら松本駅についた。
 林さんは満州映画を研究し、二人で話し合う良い機会であった。今回の映像民俗学のことを振り返りながら話をたくさんした。学会とはいっても鑑賞が主であった。映像作品を見てプロやアマチュアと区別がつき難く、その意味などを学問的に議論すべきであろうと思った。上映の後時間になり時間がないと終わった時も結構あった。コメントをしようとしても時間がない。鑑賞が主であれば集まって議論すべきではないとも思った。人との付き合い、考える時間になってほしい。茅野住の家内の弟が迎えにきてくれ、昼食し、信号の多い道路を走って空港へ、30分遅れで飛行機が出発。3泊4日長い旅は実に長かった。

コメント

動物殺しの生々しい場面

2017年03月27日 03時25分38秒 | 旅行

 松本は終日雪、発表というより上映会のように日本映像民俗学の会は行われた。東南アジアとアフリカの葬式が多かった。死体、動物殺しの生々しい場面には目を閉じるか顔を逸らすところも多かった。そのような残酷な映像をテレビなどで放映することは無理だろう。なぜ撮るのか、研究と教育との関係など気になった。質問した。基本的には個人的なものであると返答、素晴らしい。議論が少ないかと思って、私は多く発言した。自制すべきだと反省する。
 会場の中には数人の愛読者とFBなどの友の方もいて楽しく話を交わした。日本での済州島研究会を組織して調査を行っている夫婦とも親しくなった。柳美里氏は私の前に座って一緒懸命にメモを取りながら見ていた。私は彼女に民俗学者になるのかと冗談を言った。終わって全員と別れのあいさつをし、最後の残りのもう一人の林さんと二人で闇の雪中の道を歩き、ようやくラーメン屋を見つけたが美味しくない。静かな寂しい旅館に戻った。

コメント

葬儀会館で死の話

2017年03月26日 05時10分43秒 | 研究業績

 松本の神宮寺の葬儀会館で冥界婚「冥界婚」の上映から始まった日本映像民俗学の大会は昨日も終日続いた。沖縄のユタと洗骨、東北のイタコの口寄せの映像、チベットの鳥葬、神宮寺の葬儀映像など死に関するものが主であった。映像特に動画に注目して見たが防犯カメラ的、あるいはハンドカメラ的、ドキュメンタリー、映画など様々な映像があると感じた。チベットの鳥葬に関しては深く探っていないので疑問を持っていたが、北村氏は通りすがりの撮影であったと解説した。私は納得してコメントをした。もしかしたら鳥葬という奇異な風俗の紹介になりがちなものを、曼荼羅と世界観や死後の世界を深く描いたことを称賛した。住職の高橋氏は研究者たちがむしろ宗教的な性向があると指摘した。なるほど牧師、坊さんなどの宗教業者はむしろ世俗的で職業的、営利的であることは私の研究経験からも十分知っている。しかしそれを公にする坊さんはいない。
 信州そばで昼食、私の貧困時代のソバを思い出しながら名物としていただいた。ソバを食べるそばに柳美里氏がおられた。食事や懇親会は人との出会いの楽しい時間であった。最高齢者の吉松氏、20代の筑波大の後輩というか、昔講演に訪ねて行った岡山の清心女子大学の加藤先生、イギリスのマンチェスター大学、ロンドン大学に留学したという学者らとの話で充実した1日であった。一人で夜の夜道を歩き自分自身の方向感覚をテストでもするようにホテル向かって歩いたが若干迷いながら無事着いた。早く寝て早く起きて、今日の研究会に備える。

 

 

コメント

柳美里氏と初対面

2017年03月25日 06時33分00秒 | 旅行

春から冬への旅、空から見る南アルプスは雪に被われている。松本空港から馬車のようなスピード、多くの信号停止、それでもバスで30分で松本駅に着き、日本映像民俗学のメンバーたちと合流、大会は始まった。まず44年前北村皆雄氏が撮影した映像を見た。映像に出演された村老たちの感想、道祖神の現場を巡り、会場のお寺に着いたのは夕方、柳美里氏と初対面、並んで座って夕食は弁当、「冥界婚」鑑賞、早速壇上した。
 司会は北村氏、柳氏の他、本会場を提供している住職の高橋氏と4人の登壇であった。泣くこと、激しい音楽、死生観などが韓国文化の特質が話題になった。フロアからの質問も多く長時間だった。夜遅く闇の道を歩き宿探し、インターネットのないところの宿、私は林楽青氏と民博の川瀬、アメリカからこられた人と4人の合い部屋、今日の日程が始まろうとしている。籠池劇場や世俗から離れた聖地に来たようである。時代を逆行すると不便さに出会う。その時代を私は生きて来たのである。

コメント

素直に聞くこと

2017年03月24日 05時45分10秒 | エッセイ

 注目された籠池氏の発言を終始視聴した。安倍晋三首相夫人の昭恵氏の寄付金などもリアルに聞いた。私は政治的な参反とは関係なくすべてを素直に聞いて大いに納得した。それは私の率直な感想である。しかし驚いたのはメディアにより、それは大嘘という反応が多いことである。話をして嘘と言われるなら基本的な言語生活は破断になろう。逆に、私は人の話をうのみにしている未熟な者であると自ら失望している。実は私は人の話を鵜吞みにして詐欺されたことが数回ある。数百万円も。
 今度の問題は、嘘か、否かではなく、自分に戻って考えたい。黙って聞いてくれた多くの人が私の言葉も本当か、どうかと思いながら黙っていると思うと恐ろしささえ感ずる。自己反省になり、危機感さえおぼえる。人の話を素直に聞かないのは警察や裁判官(?)など、職業的なものかもしれないと思ったが、多くの聞き手の日本人がそうであれば私は喋れないと思う。素直に聞かない言語文化が日本文化の一つの特徴ではないだろうか。しかし私は騙されても、詐欺されても人の話を素直に聞き続けたい。語る人と言葉への尊重心を持って。 

コメント

編集会議

2017年03月23日 05時51分02秒 | 研究業績

 世界的な科学雑誌のネーチャーによると日本の研究が低下し、中国や韓国が高くなるという報道がある。これも老化現象であろうか。研究環境が良いと思い、日本に住み始めたがどうすればよいのか。しかし、私の研究環境は悪くない。昨日は出版社の社長、印刷所の方と、日、韓でそれぞれ出版する2件の発行に関する編集会議を長く行った。
 その出版記念会まで予定が先を走るように進行している。出版事情が底流する現状とは違って逆流する。底流に逆流するには少なくとも2倍ほどの力が要る。研究の精度は高め、読者には分かりやすくすることが必要である。研究業績表を以てポストが云々と気にするわけではない。ただ学問を享する。
 *写真は私のホームページhttp://choikilsung.net/cms/

コメント

「文字を失った」

2017年03月22日 05時44分16秒 | エッセイ

 私が育った村では「富貴榮華や享楽のために出世する」という話をよく耳にした。今韓国、日本の一連の出来事をみて皮肉に思われる。大統領になった人が「富貴榮華や享楽」の座から弾劾罷免され、検察に徹夜調査を受けている。また東京都知事だった人が高齢にもかかわらず尋問された。社会的にトップの地位にいることは「富貴榮華や享楽」のトップではない、否ドン底最悪の苦難の境地に落ちやすいという教訓であろう。まるで天国と地獄の曼荼羅を見ているようである。天国と地獄の間に地上、「この世」がある。平地で、平凡な空間、無名な世界がある。
 人生航路にも天国と地獄がある。人によっては開花時期、若さ、美しさなどで注目され、「富貴榮華」を全うするが加齢によって変質、喪失、死を迎える。石原氏がひ孫のような若者から「尋問」されていた。偉大な作家である彼が「文字を失った」と悲鳴を上げた。作家に文字が無くなるということはどんなに辛いことだろう。それを聞いた若者たちは仮病のように聞いている。そんな彼らも間違いなく、そのような人生経路を経なければならない、自分で体験することになるだろう。*写真の観音竹は以前本欄で触れたことのあり、私が植え替えて生かした鉢

コメント

ブーメランが飛び回る

2017年03月21日 05時40分42秒 | 日記

 恒例の卒業式に参列した。「式」はパフォーマンスの中で無味乾燥な形式だけのものだと思い、ただ見過ごし、聞き流しのように座っていた。存在感はなく、全体の雰囲気を造成していた。しかし耳に入る言葉があった。トータルビューティー学科、和服姿の卒業生の答辞、「小さい賞に感動し、さらに努力して大きい賞を受賞し、、、」努力した話である。成長、教育、感謝が込められた話、声やテンポも良かった。形式の「式」が生き返るようであった。その卒業生の中には私の教え子黄聖皓氏の娘がいることには気付かず帰宅したが、学父兄の昔、私の学生だった黄氏らを港で見送った。
 昨日豊洲市場の移転問題を検証する百条委員会で石原慎太郎氏(84)が若者たちの「尋問」を受けた。メディアの質を熟知するテレビキャスター出身が起こした劇場に登場した。10年ほど後に当時の施策について責任が問われた。印鑑を押した石原氏に責任が問われる話をききながら考えている。自分には「部下」がいた。部下は奴隷ではない。その部下は局長や部長などの「長」である。それぞれ責任がある。最高責任者はその責任者の意見を総合して判断する。この常識がいまだに日本で定着していない。偉い責任者は専門知識より社会や倫理、展望の広い見識が必要である。ネガティブ過去批判よりポジティブな未来志向的な生き方をしてほしい。日本発信「平地風波」が今韓国にも吹いている。今日検察が朴クネ氏を喚問する。ブーメランが飛び回る。

コメント

「もったいない」イベント

2017年03月20日 05時25分23秒 | 日記

 メディアに乗り上手く利用しているいわば小池劇場、そのクライマックスかも知れない百条委員会の浜渦武生氏への聴聞をネットで視聴した。私も保守派かも。10年ほど前施策を問いかけ旋風世論を創り人気を集めて、市民は拍手ばかりしているように感ずる。汚染観念も時期によって変化し、「安定」であることを「安心ではない:不安」と呼びかけている劇の終末は今日の石原氏の発言で終わってほしい。
 日本に住むのは楽しい。また下関に住むのも楽しい。昨夜下関姉妹都市広場で夜9時過ぎ門司港と同時開催されるプロジェクションマッピングを楽しく観覧した。唐戸駐車場の壁に映像が映る。野外映画館のようなイベントである。観光客には宣伝のように感ずるかもしれないが、住民にとっては迫力ある映像、フグなど名物を以て郷土愛につながるものである。屋代、トイレ、ガードマンたち、きちんとした心使いの準備がなされていた。最終時間に集まった観衆は50人前後、「もったいない」イベントであった。

 

コメント

「忠良なる臣民」

2017年03月19日 05時48分55秒 | エッセイ

 今日は日曜日, 今週松本で日本映像民俗学の会が開かれる。私は作家柳美里氏との対談が予定されている。どのような企画で私と設定されたかはわからず以前彼女の小説を読んだこともあり、嬉しくOKしたが、今度のテーマ「死後結婚(冥界婚)」の話はどうなるか気になってきた。死後結婚について書かれた小説「8月の果て」(新潮文庫)を読み始めてから民俗学的挑戦をされたような気持になった。死霊祭についてはムーダンの儀礼への良い現地調査報告書を読むような感じである。それはただのドキュメンタリーではなく、深い視索の行路であった。マラソンで走る選手の記述、植民地朝鮮での皇国教育などなど、その時代、史実の描写、思考の深さには目を離せない。私は最近ずいぶん長く編集作業をしているがそれとは違った楽しみ、新鮮さを感じている。「忠良なる臣民」創り教育の「教育勅語」の話がリアルに描写されている。今、社会劇が多い。小池劇場、籠池劇場などなどの劇のクライマックスは、そして結末はどうなるのだろう。喜劇か悲劇か。森友学園の「教育勅語」が話題になっている。柳美里の「教育勅語」と照らし合わせ読むと社会劇、小説と現実が混同する。小説は面白い。一読を薦める。

 

コメント

「植民者の酒」

2017年03月18日 05時27分32秒 | 研究業績

 冬には散歩はほとんどしない。風邪などに気を付けているからである。ただ家内のショッピングに同行して店内を歩くのが唯一の散歩である。しかしただの散歩ではない。商品、陳列方法などを観察する好機でもある。ほぼ店内を把握しているが全く見ていないコナーがある。それは酒類の所である。酒やビールなどの酒類コーナーには全く関心がないからである。飲酒文化にも関心がないので人生の楽しみの大部分を損しているかも知れない。父がそうであるように私にはその遺伝子がないのかもしれない。
 『満洲モダン』の著者であり、韓国東亜大学校の総長の韓錫正氏からビールに関する論文が届いた。季刊誌『社会と歴史』に掲載された論文「植民、抵抗、そして国際化(식민, 저항 그리고 국제화)」を読書会で紹介した。ビールは飲料水か酒類かは一様ではない。それはそれぞれの地域、国家へ拡散していく。西欧のビールは都市化 、資本主義化, 鉄道の発達につれて普及する。東アジアでは「植民者の酒」として普及した。日本は第1次大戦後中国青島ビールを引き受け「大日本」として中国へ侵透する。そして広く植民地に原料農場を作りながら拡張していく。もちろん植民地朝鮮にも「朝鮮麦酒」「昭和麒麟」が戦後の韓国のビールとして伝統を継いている。植民地を通して飲料・香辛料など嗜好、コーヒ、胡椒などに関する研究は多い。本論文は世界的に広く文献を引用し、視野が広く、非常に刺激的な論文である。私の科研グループの中の八尾氏は先日台湾のパインアップル産業について素晴らしい論文を発表し、私は世界的な視野が欲しいとコメントをしたことを思い出す。このような研究を総合的にまとめたい気持ちになった。
 先日二度目に会った韓氏に研究を続けるように言うと、彼は総長である今は時間がないと言われた。私は時間がある「暇な人」より「忙しい人」に質の良い仕事を期待する。仕事は能力ある人に集まる。「怠け者」と「勤勉な人」の差をつけるような言葉になって申し訳ないが、半分は真実性のある言葉であろう。
 

コメント

地元

2017年03月17日 06時07分11秒 | 日記

 韓国や中国の学生にアルバイト費を上げても感謝の言葉がない。日本の礼儀作法からは非礼にも見えるかもしれない。考えてみると私も青春時代はそうであった。理解はできる。しかし教えたくなる。どう教えるか、それが教育の課題である。私も多くの失敗や未熟の時代があったが少しつつ成熟してきた。
 地元の人が地元下関の新市長になったことに否定的な反応を示した。地元で地元の人が指導者になることは難しい。世界的にもそう言われれている。もっとも有名なことはイエスの例である。イエスも地元では人気がなかった。それは幼児や青春時代のイメージによって固定観念がインプットされていて、成長・成熟された長所が見えにくいからである。
 

コメント