崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

南アフリカ韓国教会で礼拝

2009年08月31日 04時17分34秒 | エッセイ
 南アフリカ韓国教会をインタネットで検索してタクシーに乗ったが捜しにくく時間がかかった。小学校を日曜日に利用して礼拝をする教会である。聖歌中心の礼拝、気持ちよく進行し、演劇的であった。礼拝後教会での昼食は韓国の大根スープであった。懐かしく、おいしく食べた。牧師から信徒へ紹介され、会話を楽しんだ。ウガンダから来られた宣教師夫妻と会えて行動を共にすることになって俄かにロベン島の観光をすることになった。そこの刑務所はマンデラ元大統領が服務したところであり、フェリーで40分間、船に乗って行った。日本の刑務所のように中心に扇子型のものではない。見渡すだけではなく、いちいち管理する倉庫型のように感じた。人種、差別、植民地の話をききながら歩いた。悪名高い刑務所は世界の人に考えさせる刑務所であった。
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奴隷博物館

2009年08月30日 02時49分01秒 | エッセイ
 ケープタウン市内を歩いて回った。博物館に行く途中「アフリカ伝統を体験する」という看板を見つけて入ったが雰囲気が違う。アフリカ伝統料理の味を体験するという食堂であった。疲れて歩道に置いてある椅子に座ろうとしたら一つには白人専用、もう一つには白人以外の人用と書いてある。そのそばの建物が人種差別の裁判を行った場所だとの説明がある。しばらく歩いて昼時間過ぎたので食堂を探したが見当たらない。そのまま奴隷博物館に入場した。今日はここで三つ目の博物館になる。
 映像で動画を流しているものが多い。奴隷を残酷に扱っているのがテーマであろう。中には東南アジアから奴隷として売られてきた人のことも説明されている。初知識である。市内を歩いていても白人はほぼ見当たらない。全く黒人の世界である。彼らには祖先が奴隷として売られたという歴史がある。人類の歴史には恥ずかしいものが多い。しかし植民地帝国の文化はここに移植されている。イギリス人は人種差別はしたが近代化に成功させた現在がある。イギリスや、アイルランドを調査して歩くのとそれほど差が感じられないほど植民地化された国である。この国の人々は植民地をどう思っているのだろうか。聞いてみたい。充実した博物館に人が少ないのが不思議である。



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また風邪か

2009年08月29日 10時53分53秒 | エッセイ
 アフリカ専門の旅行社が飛行機の座席を指定してくれたので足を延ばせてかなり楽であった。私の座席周辺は中国四川省からのグループの旅行者たちであるが、言葉が通じず英語や筆談で若干コミュニケーションがとれた。機内食が二回も続いて出るので、1食をとらなかった。その後10時間以上の消灯時間になり、お腹がすいた。そこでまた坂田さんがくれたお握りを食べた。このお握りが危機食になった感がした。
 ヨハネスブルグに現地時間で朝7時ころに着いた。全く黄土の平野に降りるときは見下ろしていたアフリカにやっとたどり着いたような気持ちであった。冬から春へと季節は移りつつあるといっても庁舎内も寒かった。家内から「ジャンパーを持って行きなさい」といわれたのに最後に入れなかったことを後悔した。3時間待って飛行機に乗るときは鼻水が出た。2時間飛行した後ケープタウンに着いたら春というより初夏のようである。
 シャトルバスの利用者は一人でホテルまで走る車窓の左側には岩山の絶景があり、その下に見えたオレンジ色の屋根の建物群がケープタウン大学、右側が海であり美しい。気温と景色の良いところに金やダイアモンドの鉱山が多く西洋人たちが早くから移住し、植民地化したところである。どこへ行っても黒人たちが主流であり何も違和感がない。そこに白人や黄色人種が混ざってバランスをとっている。多人種、多文化が調和されたここの社会と文化を見ていきたい。
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家を出る

2009年08月27日 16時29分16秒 | エッセイ
 ここは韓国仁川空港の中である。12時に着いて夜9時45分発香港行き、そして南アフリカ・ケープタウンへ二十数時間,飛行機に乗る遠い旅行である。去年イギリスとアイルランドで調査をした人物のRoger Casement氏に関して続けて調査をするのが今回の目的である。彼は20世紀初めころに南アフリカで起きたボアー戦争を経験し、アフリカ人を「敵」としてイギリス政府に情報を送った。その記録を持ってケープタウンを調査してみたい。
 この調査旅行計画を立てている内に私は体調を崩してしまい、周りの人から、旅行を中止したほうがよいのではないかと心配の言葉を多くいただいた。しかし私は内心、「最後の旅」になっても行くと心に決めた。そんな気持のままでの出発だったらどんなにさびしかったことだろう。戦争に出る兵隊のように気が重かったかもしれない。実際一時私は戦争へ出るように命令を待った時の、悲しく辛く、恐かった瞬間を体験している。その命令が解除された時は心底嬉しかった。昨日主治医から旅行も安心だという診断をしていただいた。我が夫婦は心が晴れた。今朝家内に送られて駅に着いたら教会の若い夫人の坂田氏がホームの中まで送ってくれながら温かいおにぎりをくれた。うれしくて大切に持ってきて韓国の空港で食べた。昨日は教会の祈祷会でも祈ってくれたそうである。いろいろな方から愛情をいっぱいいただいて幸せを深く感ずる。
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山口大学主催「時間」シンポ原稿

2009年08月27日 05時44分45秒 | エッセイ
11月21日山口大学主催「時間」の国際シンポジウムでの発表原稿を送った。無色実臭の自然な時間をどのように認識するかは文化であり、個性であろう。近代化以前の村中心社会では時間観念は曖昧であった。韓国語ではテェ(때), サイ(사이),トム( 틈)などの曖昧な言葉がある。日本でも「しばらく」という曖昧な言葉がある。「今月中旬に行く」とかの約束が現在の都市中心社会生活においては「時計塔の下で12時15分に会いましょう」と細分されている。時計が結婚祝いのお返しであったり、学校などへ寄贈品の一番であったりした。
 「日本人は時間をよく守る」という評判があるが、学生の中には遅れる人は韓国より多い。またその理由が朝寝坊というのだ。しかし公の会議などは厳格に始まる。しかし終わりは決まっていないかの様に続く。質問などによって伸び伸び何時間も続くことが多い。会う時にだけ挨拶をして、別れの挨拶のない動物に似ているように感じる時もある。日本人も近代的な時間観念はない。
 人それぞれ大きく失敗した経験を持っているだろう。私は若い時重要な会で報告する予定であった会議に遅れて報告ができなかった恥を忘れられない。当時私は前近代的なコレアンタイムを持っていたようである。東南アジアに広く「ゴムの時間」という言葉がある。ベトナム語で gio day thunをはじめインドネシアにもゴムの時間がある。今は時間を守ることも国際化されている。今日私は日本時間より7時間も遅い南アフリカへ発つ。前へ歳をとりながら7時間分後ろへ後退する。浦島太郎になってくる。選挙結果が気になる。
 
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病院と墓石屋

2009年08月26日 06時28分25秒 | エッセイ
 韓国仁川にはサハリンからの帰国者の高齢者福祉病院があり、その隣に火葬場がある。ある老人はそれについて便利で良いと言った。また韓国では大きな病院が葬儀場も営んでいる。病院で死んで、隣で焼かれて、その隣の墓石屋で墓が作られることは残酷にも感ずるし、便宜とも感ずる。しかし病院はヒポクラテスの言う通り、命を扱うところであり、死を扱うところではないはずである。
 昨日私が通う病院の隣に墓石屋が並んでいるので覗いてみた。墓石とともに石材のゴルフバッターとイヌの像が目立つ。イギリスの教会の中の墓で犬像を見たことを思い出す。日本はイギリスにつぐ、愛犬の国だと実感した。ゴルフが好きな人も多い。先週ゴルフが趣味であるという高齢の社長に「ゴルフが楽しいのはなぜですか」と質問した。彼は笑って「やってみなさい」。その気にはならない。私は人生の楽しさを多く損なっているようである。
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女優酒井法子の覚せい剤

2009年08月25日 05時43分47秒 | エッセイ
 女優酒井法子容疑者(38)の覚せい剤について新聞ではそれほどではないが、テレビでは毎日のように報道が続いている。酒井氏は「夫に勧められて気持ちが良くなり」とも報じられている。他の体験者の話によると一度覚せい剤の効果を覚えると止められない「快楽性」があるという。我々は普段「楽しい」、「楽しみにします」など「楽」を「楽に」言っている。より楽しいものを求め、感動しようともしている。もっと「快楽」を求めようとすることも多い。しかし「快楽」には危険性があると言われている。止めにくく、続けてしまい、楽しみのバランスが崩れやすくなる。
 セックスの快楽性も危険と考えられ禁欲が勧められてきたのは真理でもある。フーコという今世紀の偉大な哲学者は中世の修道院で禁欲生活に関する研究をした。それは人間の本質にかかわる問題としていた。覚せい剤は法律で禁止されているので危険な物のように思われがちであるるが、実は個人それぞれ「楽しみ」を「快楽」にしていて、止められない人は多い。ギャンブル、たばこ、飲酒なども程度の差はっても飲み方によっては覚醒剤に近いものであろう。楽しみや快楽は人を幸せにしてくれる原動力でもある。快楽を乱用せずバランスよく生きることは大事であろう。女優酒井法子に関する番組自体がそのバランスを取ろうとしているのだろうか、覚せい剤のように止められないようになっている。むしろ「快楽」の覚せい剤に誘惑するような番組になるのではないかと心配である。
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ベルリンマラソン

2009年08月24日 05時23分18秒 | エッセイ
昨日ドイツベルリンオリンピックのマラソンで日本人女性尾崎好美氏が銀メダルを獲得した。胸と背中には番号とスポンサーのTOYOTAだけがあって国旗や国名はなかった。中継アナウンサーが言わないとどの国の選手であるかが分からない。生の体の勝負であった。運動靴によって差はないのだろうか、運動靴は履かない方が良いのではないかとも思ったりした。個人記録で勝敗が決まるので一緒に走る「競走」の必要性は高くない。しかし、一緒に走ることによって競争になリ、より良い記録も出る。それぞれ記録を出し合って勝負を決めても良い。文学などの懸賞制度のようにしても良いはずである。私がマラソンに関心を持つのはあくまでも個人の訓練の成果の面白さとそれへの評価である。
 それだけでは面白くないので国家間の競走にする。1936年当時日本の植民地の朝鮮人の孫基禎選手は「日本代表」として出場し、金メダルを獲得した。「東亜日報」に日の丸の塗りつぶされた写真が掲載され、当時の朝鮮総督府の警務局によって同紙記者の逮捕・発刊停止処分が下されるという事件が起きた。孫の歓迎会も大半が中止させられる事態になった。当時の日本政府の態度は幼稚であった。魯迅がコオロギに懸賞金を賭けて楽しむことを皮肉するような幼稚なオリンピックにはなってはならない。あくまでも正義のスポーツであってほしい。
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バイキング

2009年08月23日 05時53分07秒 | エッセイ
 最近ランチバイキングに招待されることがしばしばある。韓国ではこのような立食式、セルフサービス様式の料理の食べ方をビュッフェと言う。一定料金で各種の料理を皿に大盛りにしてテーブルに並べ、各自取り分ける様式の食べ放題式料理である。ホテルの朝食でも多い。この料理はスウェーデン料理のスモーガスボード様式に、北欧で海賊として有名なバイキングVikingに因んで日本人が命名したものである。私の職場近くにシジャクSea Jackという回転寿司屋がある。海のハイジャックという意味であろう。日本がアフリカソマリア沖に海賊防衛のために自衛隊を派遣しているのも合わせて日本人はバイキングのイメージが強いのかなと変なことを考えている。
 それよりこのような様式では二つ困ることがある。一つは自分の好みがはっきりしているので、視線がすべての料理に届かず、好きなものに集中する傾向がある。つまり、種類が多いのに偏食する傾向になる。もう一つは普段の食事より多めに食べてしまうことである。なんとなく少し食べると損するような感があるからである。食事療法とか絶食とかは難しい。たくさん並べられた美味しそうな料理を見て感じることは、人間は自分の欲心との戦いがいかに難しいかということと地球上には、いまだにハンガー、餓え死にする国の人々がいるということである。

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名画が安くなった

2009年08月22日 05時29分51秒 | エッセイ
 「ローマの休日」などの名作のDVDが500円以下125円のところも多い。安くなって価値が下がったようにも思われるかもしれない。著作権期限切れによるものである。歓迎している。私も著書で著作権を持っているが、できれば安くして多くの人に読まれることを希望する。おそらく制作者、監督なども筆者と同じ気分であろう。自分が死んだ後の著作権に執着する人は少ないだろう。今、著作権を強く主張する人のほとんどが本人ではない人や組織である。文化遺産を保護発展させるために著作権を主張するのは良いが、死者のものを持って長く利益を求める精神はよろしくない。
 私がいま分析している映像は植民地時代に作られたプロパガンダ映画やドキュメンタリーである。今まで視線が当てらることの少ないものである。それらに光を照らして評価しようとして映像を分析し、キャチして画像として、また動画を引用している。もしこれらにも著作権云々されるのなら研究は根本から揺るがされる。基本的には著作権が永年に保護されるようにはならないという判決も出た。ある人が著作権を占有しつづけることで第三者が自由に使うことができなくなり、文化の発展阻害につながってしまうからである。映画を研究するにも学問の自由が必要である。
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『韓国の祖先崇拝』の改訂版に向けて

2009年08月21日 04時12分51秒 | エッセイ
 1986年に韓国語で出版して重松氏によって日本語訳の『韓国の祖先崇拝』の改訂版に向けて目下最終段階で夢中である。柳田国男氏が自分の死生観をこめて出版した『先祖の話』を私が弟子の魯成煥君と共同で韓国語訳で出版した。その序文で私は柳田氏の死生観について書いたものを今度の祖先崇拝に載せることにして読み直した。私も自分の死生観をこめて書こうとしている。
 しかし私には死生観がまだ確立していない。柳田氏の死生観に近く感ずる。彼が死んで小山の上で見下ろせるような死生観に似ている。ただ彼より高い処、つまり神の横に行きたいというのがキリスト教的ともいえるかもしれない。最近健康状態がよろしくないのでこれが最終作にするかと覚悟して、死生観を整理してみようと急いている。長い間クリスチャンではあるのでイエスの死生観を受けようとも努力するがなかなか難しい。自分の死を知って最後の晩餐会に臨んでいる彼の心情はいかがなものであろうか。聖書は勇気を持って読まれるべきであろう。読むのは簡単であるが、実行は難しい。
 
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女傑の民間外交

2009年08月20日 06時13分24秒 | エッセイ
 朝鮮半島の南北関係の緊張関係の中で現代財閥の玄貞恩会長が金正日総書記と会談したことやクリントン前アメリカ大統領の北朝鮮訪問でかなり政治的突破口が開かれた。玄氏の外交活動は意外なことである。全く純粋な民間外交であるからである。六カ国協議にしか期待しないような日本の外交にとっては刺激的な女性外交活動である。韓末時代の高宗妃の女傑「閔妃」が義理の父の大院君と対立して外交を行ない、日本の刺客によって暗殺された悲劇的な歴史を思い出す。
 彼女の民間外交によって政府間の調停が行われると韓国政府が発表した。国家の外交とは多チャンネルであるべきである。シャットダウンして「拉致」「核」を叫ぶより外交努力をしなければならない。
 玄貞恩氏は現代商船会長の娘として1955年に生まれ、梨花女子大学校社会学科を卒業し、アメリカに留学した女性で現代財閥の2代目となる鄭夢憲と結婚した。韓国の赤十字社やガールスカウト関係の役職に就いていたが、夫の鄭夢憲氏が飛び降り自殺をしてしまったので、現代財閥の3代目となった方である。鄭氏ではない人物が後継者となった。鄭周永氏と鄭夢憲氏が進めてきた金剛山観光政策もそのまま続けてきた。近いうちに離散家族の再会が金剛山で行われるようになっている。その太陽政策を実行してきた元大統領の金大中氏の国葬のニュースと混ざってダイナミックに動いている。日本も選挙の熱風が吹いている。変化に期待している。
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金大中・元韓国大統領死去

2009年08月19日 05時29分21秒 | エッセイ
 私は金大中氏の大統領時代に日本に住んでいたので当時のことは実感がない。しかし私の青春時代に民主化精神へ大きく影響してくれた人である。独裁軍事政権の朴正煕大統領に対立候補としてある中学校の運動場でおこなわれた選挙演説を直接聞いて感動したことがある。私が日本に留学して間もないうちに彼は日本から拉致され、そのドラマのようなニュースに驚いたこともある。それは不幸な陰謀事件であったが、韓国の国民が反政府的民主化へと導かれていったきっかけにもなったのである。彼がいた刑務所は民主主義の発光所のようなところとなり、そこから光が韓国国民を照らした。南アフリカのマンデラ氏のように彼は刑務所から大統領になった。
 彼は大統領になって日本文化の完全開放、南北首脳会談を実現し、ノーベル平和賞も受賞した。IMF危機の克服、IT産業へ振興など大きく貢献した。しかし韓国人から聞くところによると日本から見るのとは違って評判が悪い大統領であったようである。
 彼は死んで変わっていくはずである。「死」は彼を祖先にも神にもさせるかもしれない。センチメンタルな世俗的な世論を超えて民主化の英雄として尊敬されるだろう。私は「祖先崇拝」を執筆しながら彼の死後の変化に注目している。
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政治家のパフォーマンス

2009年08月18日 05時46分14秒 | エッセイ
 政治家のパフォーマンスを見る機会が多くなった。先週自民党と民主党の党首討論が行われ映像で見た。その討論の内容は報知されたが、そのパフォーマンスにはふれていない気になる点がある。最後の場面に鳩山氏が麻生氏に握手を求めるように近づいたが麻生氏は気がついていないか無視するような場面があった。握手や礼儀のやり取りで不都合なことは誰でももっているはずであり、気になる場面である。礼儀正しい鳩山とそうではない麻生という印象が残った。麻生氏のそのような態度を「庶民的」ともいう人もいる。私は政治家としてパフォーマンスが足りない人と感じた。この場面一つで選挙の投票に何万票にも影響するかもしれない。礼儀作法やパフォーマンスも資本になる。
 私はクリントン氏とオバマ氏の激しい討論会の終りにオバマ氏のジェントルマンシップに感動した。麻生氏はジェントルマンシップでも負けているように感ずる。政治家は選挙でスローガンやマニフェストなど訴えるだけではなく、人格すべてを飾ることなくみせる機会でもある。今日から選挙が始まる。政治家が民衆に票を乞い集めて、終わったとたん高慢な人間に変身するようなことにはならないようにしてほしい。
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蜂蜜

2009年08月17日 05時50分00秒 | エッセイ
 甘さを好むのは日本人だけではない。甘さは世界的に普遍的に美味しさの基本である。また人間だけではない。甘いものには蟻が群がる。何より甘い蜜に生きる昆虫の蜂がいる。彼らが食べるために集めた蜂蜜が人間の高級な食べ物になっている。ギリシャ人の学者からお中元でギリシャ名産の蜂蜜「メロヂコMelodiko」が送られてきた。タイムthymeという芳香性のある薬草などの花から蜂が集めた蜂蜜であると書いてある。 
 昔から日本の食べ物は甘いと聞かされていた。長崎カステラには砂糖の砂が敷いてあるように感じられ、その他のお菓子なども甘さが私には過剰に感ずる。韓国の料理が辛さで本物の味が分からないというが、日本の食べ物は甘さで味が分かりにくい。甘い=美味しいものになっているのが多い。考えてみると砂糖によって食文化に革命が起きたようである。
 西洋が植民地に求めた主要な産物が砂糖であった。飴と鞭で国民を支配することさえできたとも言う。子供の時、母は冬に高粱で朝鮮飴を作ってくれた。終戦の日本からの解放日の飴玉のドロップスの味は忘れられない。蜂蜜を見ると母が苦い薬を飲んだ後、甘い蜂蜜を嘗めさせてくれたことを思い出す。今蜂蜜をためながら健康の薬と愛情を嘗めている。
 
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