崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

子供は愛犬?

2016年01月31日 05時55分50秒 | 旅行
 下関に引っ越してまだ荷物を解いていない新居のマンションを訪ねて来た秀村研二氏が10年ぶりにお見舞いに訪ねて来た。彼を通して私の親友の禹氏の話を聞くことが多かったが、今は故人となりその家族の話をしてくれた。彼が80年代韓国に文化人類学調査に来た時禹氏宅への下宿を勧め、以降その家族とは親しくお付き合いをしているからである。私は友人が死んで墓参り以降彼の家族とは会っていない。その後の友人の家の話は秀村氏を通して聞くだけであり、親しい友人関係は広がりはあっても代を越えて続くのはあまりないようである。秀村氏から聞くところによると、その家の話は成功物語りのようである。長生きの御祖母さん、ベスト学歴とベストポジションの長男、クリスチャン生活などを聞いた。90歳過ぎのおしゃれなお祖母さんは亡くなったが、失敗だらけの彼女の次男である息子に扶養されて良かったようである。成功した長男(私の友)より、一人暮らしの次男に扶養された。親孝行はどちらであろうか。
 その例は私の親族にもある。長男は失敗、一人暮らし、高齢の母を扶養しながら生活する。村には子供がアメリカなどに行って成功したと自慢話をしていたが、今は高齢で一人暮らしをしている人もいる。おそらく孤独死になるだろうという。伝統的な親孝行の構造は根本的に壊れていくのだろう。親の子供への期待は扶養ではなく、ただ何の期待もせず愛情によるものであろうか。子供は愛犬のようなものであろうか。扶養が社会福祉に代わった時代は正しいのだろうか。
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車両には読書をしている人は一人もいなかった

2016年01月30日 05時25分01秒 | 旅行
 東京の市内の電車の中の風景から紙文化は消えたと感じた。以前は電車では本や新聞を読んでいる人がほとんどだったのに先日乗った車両には読書をしている人は一人もいなかった。代わりに携帯やスマートフォンを見ている人が多かった。出版社の方とは本が売れない時代であること、しかし長い歴史を持っている紙媒体の文化は消えないだろうということ、何より心配なのは読書による考える時間が少なくなることへの憂いの話になった。その代わりにテレビなど映像媒体が人の思考力を奪っていくのではないか。テレビを付けると消すのが難しい。人の多くの話題はテレビによるものである。テレビからラジオへ、ラジオから新聞へ、新聞から本への路程は遠くなっているようである。
 大学生が本を読まないで卒論を書くのが一般的であるとある教員が嘆いていた。1960年代のアメリカの未来学者たちが予告したようにインタネット時代になっている。ネットは通信手段だけではなく、遊び機能まで総合的に人間関係や社会構造を変えていく。その流れを止めることはできない。それに乗るしかない。インタネットが苦手だという暇はない。乗り遅れないようにすべきであろう。それを教育に利用することを本欄では繰り返し提案したことがある。しかし紙媒体文化も残すために努力しなければならない。新聞はテレビの解説にすぎないものとなってはいけない。書籍もネットでは接することのできないほどの内容、作り方を変えるべきであろう。ただネットを利用しただけの分厚いものになってはいけない。
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保護か破壊か

2016年01月29日 05時50分28秒 | 旅行
2年生の観光人類学の授業で世界文化遺産として登録となった軍艦島のBS朝日録画映像を見せながら紹介した。私は文化遺産云々と言われる前の2009年に船で島を回りながら観察して驚いた感動が蘇ってきた。周囲1.2キロの島に5300人、9階建ての建築、神社や学校などがあった珍しい島と思い見せた。韓国の留学生たちからの感想にはビックリした。日本では近代建築の技術を誇示するというのであるからである。韓国では韓国人強制労働島として放映された内容であると。両国とも客観的というので「客観」とは何か、より根本的な問題に逢着した。ワールドカップ予備戦でファン選手は「慰安婦のニュースを聞いた。日本との歴史的な問題もあるので決勝戦には必勝しなければならない“위안부 할머니들과 관련된 소식을 들었다. 일본과는 역사적인 문제도 있기 때문에 결승전은 필승해야 한다”」と言った。反日精神が選手の力になることはあり得る。
 客観的な事実と客観的な脈絡に分けて考えなければならない。つまり近代建築、強制労働という事実は客観的なものであるが、より大きい、より広い視野、歴史的脈絡から照明を当てる必要がある。歴史認識とはまた「事実」を歪めることもある。私は最新著として世界的に旧植民地を多く調査し「植民地歴史を正しく見る」を準備している。朝鮮総督府庁舎を破壊した韓国、南京虐殺記念館など反日文化圏を紹介する。そしてシンガポールでは大英帝国のホテルなど建築物を観光化していること。台湾では植民地遺産の桃園神社の存在、国立博物館では植民地統治者であった後藤新平像を展示していること、パラオでは日本文化が生かされている。南アフリカでは植民地政策が継承されながら発展していることなど植民地遺産は多様な現象として扱われている。保護か破壊か、深く考えてみたい。
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井月と金笠

2016年01月28日 05時39分12秒 | 旅行
映像作家北村皆雄氏と三浦庸子氏からお見舞いと北村氏の最新著『俳人井月』(岩波書店)をいただいた。彼とは30年以上の友達、ただ知り合ってつきあう程度でなく創造的な多くの仕事を一緒にしてきた同業同志者でもある。彼と映像を作ってテレビに放映したこともあるが映像研究も一緒にしている。封切りが押し詰まった 2時間のドキュメンタリー<冥界婚>にも考証などに私も加わった。彼は自分の故郷の放浪詩人である井月を映像化した記録映画を作ったが、今回井月に関する本を書いた。私は突然静かな彼とむき会う気持ちで読んでいる。井月への私の知識は浅いが彼の平坦なやわらかい文章と深く掘り下げる追求力に引き付けられて心酔してしまった。
 この本を読めばまず浮び上がるのは朝鮮朝後期の詩人であるキム・サッカッ(金笠)である。彼は科挙に及第、官職に着いたがそれを捨てて20才頃から放浪生活を始めた。そして自ら空を見られない罪人だと考えて常に大きい笠を被って全国を放浪して権力者と金持ちを風刺した詩人だった。『金笠詩集』がある。定住農耕民族にとって放浪というのはもの乞いと不良を連想することになるが、歌人たちは他郷を歩いて考えて世の中を風刺して生きたのだ。 北村さんの<放浪の系譜>章では万葉集から現在に至る露呈を披瀝している。今は観光という波に群れ流れ行き来する時代になって思考が乾いてしまった。放浪は人を考えさせる。それで詩が作られるのであろう。私は韓国では詩集がベストセラーになるなど韓国人の叙情が高いと思ったことがあるが、日本の俳句が新聞などで幅が広くて愛用されることには驚いた。
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韓国の子供たち

2016年01月27日 05時21分10秒 | 旅行
 韓国系オーストラリア人社会学者seijin pak氏のFBの文は文化人類学者の研究発表のように斬新なものである。抜粋して引用する。韓国から親戚の中学生4人が2週間泊まっていった話である。

 
静かな私たち夫婦の平常時の生活に大きい変化、私たちが韓国に旅行した感じだった。彼らは一日三食ご飯だ。外食も食べられない。チーズは韓国のものと違うようだ。そしてお腹がすくという。スマートフォンで韓国の連続ドラマを見て、韓国の歌を聞いて、韓国の友達らとチェティン、ゲームも継続する。オーストラリアのテレビを一度も見ようとしない。対話がない。


 私は今韓国人留学生に講義をしている。上の文は多くのことを考えさせらる。留学生より私自身の教訓とも考えられる。私は日本に30年以上住んでいるいるがまだ韓国食中心の生活をしている。日本人の日常食であるカレーライスや納豆などはほとんど食べない。ただ韓国式にご飯とスープを基本としている。妻は私の嗜好に合わせて韓国化されている。日本のテレビプロでは西洋料理を多く放映しているが私は一度も注意して見たことがない。私のこのような性向を知っている中国人リンさんは自分の朝鮮族出身の妻が私にそっくりであるという。韓国人の食生活が如何に土着的で民族的かを悟ることになった。人に対する配慮も少ないのではないか自省している。

한국 출신 호주인 사회학자 seijin pak씨의 FB의 글을 읽었다. 여기에 인용하면서 감상을 적어 본다. 한국에서 친척 중학생들 4명이 2 주간 묵고 간 이야기이다. 문화인류학 연구 발표처럼 참신한 글이라서 관심이 간다. 발췌하여 인용한다.

조용한 우리 부부의 평상시의 생활에 큰 변화가 있었다. 우리도 이주 간의 여행을 하고 온 느낌이다. 우리들도 한국으로 여행간 느낌이었다. 한국서 온 손님들은 하루 세 끼가 밥이다. 몇가지 우리 식 음식을 했는데 제대로 못 먹는다. 외식도 못먹는 것이 있다. 라쟈냐를 만들었는데, 잘 먹지 못한다. 치즈가 한국의 것과 다른가 보다. 아이들이 배가 고프다고 한다고 한다. 세번째로는 스마트 폰 문화에 대해서 이다. 스마트 폰과 와이파이가 있으면 해외 여행을 해도 한국과의 커넥션이 끊어지질 않으니, 아이들은 한국서 보던 것들을 이곳에 와서도 계속 보고 있다. 연속극도 보고, 한국 노래도 듣고, 한국 친구들과 체팅도 하고, 한국서 하던 게임도 이곳에서 계속한다. 호주의 텔레비를 한번도 보려하지 않는다. 아이들이 가정 교육을 잘 받았을 수록 어른과는 대화가 없다. 호주에 오기 전에는 호주가 한국과 아주 다르리라고 생각했는데, 환경은 달라도 사람은 그렇게 다르지 않은게 신기하다. 2주일이나 지내고 가는데 그 집 주인과 말을 하려고 하지 않는 것은 문제이다. 만일 너희 집에 누가 와서 자기네들 끼리만 이야기 하다가 간다면 이상하지 않은가, 나는 너희들에 대하여 더 알고 싶은데, 너희들은 나에 대해 관심이 없는가, 여기는 호텔이 아니잔아, 말 해 주었는데 10년 후에는 어떨까.

나는 지금 여러 한국인 유학생에게 강의를 하고 있다. 위의 글은 많은 것을 생각하게 한다. 유학생보다 나 자신에게 주는 교훈이라고도 생각된다. 나는 일본에 종합 30년 넘게 살고 있으나 아직도 한식 위주의 생활을 하고 있다. 일본들의 일상적인 나또오 카레라이스 등도 거의 먹지 않는다. 그저 한국식 백반과 국을 기본으로 삼고 있다. 아내는 나의 입맛에 맞게 한국화되어 버렸다. 일본의 텔레비 푸로그램은 거의 서양요리를 방영하지만 나에게는 단 한번도 주의해서 본 적이 없다. 나의 이런 성향을 안 중국인 림씨는 조선족 자기 아내가 나와 거의 같은 성향이라는 말하여 주었다. 한국인의 식생활이 얼마나 토착적이고 민족적인가를 깨닫게 되었다. 남에 대한 배려도 부족한 것이 아닌가 자성하여 본다.
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両国の街歩き

2016年01月26日 06時06分31秒 | 旅行
 暖冬、温暖化という予報が大外れ、沖縄まで雪が降ったという。手術後初めての東京、両国の街を歩き、国技館、力塚、犬猫塚、吉良邸などを散策した。何から何まで新鮮に感じた。また田舎の鶏が東京のど真ん中で戸惑うような気分でもあった。やはり滑稽な失敗があった。30分前からホテルのロビーでわが夫婦は約束した人を待っていた。そこには身長が高い美人の女性も待っていた。彼女が有名出版社の編集員の増田敦子氏であり、約束した方だった。我々は同じ時間に同じ場所で待っていてもお互いに初めての出会いだったので認識できなかった。約束時間になって西岡力教授が来られ紹介があり、あいさつを交わしたのである。新著の打ち合わせは和気あいあい、その後羽田空港へ向かった。飛行機の前の席の男性は首を左右、前に落としながい眠り、居眠りの行儀が悪いことが気になり私は居眠りもできなかった。まだ緊張感が緩んでいなかったのかもしれない。
 昨夜東京からより寒くなっている福岡へ、下関へ戻った。運転手さんは雪で道路交通規制があったという。ミミが迎えてくれた。留守の間に隣家の園田氏がわが愛犬に湯たんぽまで用意してくれた。早くベッドに入った。今度、東京へ出かけて新しく素晴らしい人々へのつながりができ、懐かしい旧友に会い、楽しく、嬉しく、感謝である。反省もした。内容が多すぎであった。3月の日本映像民俗学の会ではより要領よく発表するようにしなければならないと思った。
 
日本映像民俗の会 第38回大会 in Tokyo
 海域の植民地、その映像と記録
 -国策映画「北進日本」と「海の生命線」が語るもの-
 主催:一般社団法人日本映像民俗学の会
 共催: 法政大学沖縄文化研究所
日時: 2016年3月26日(土)・27日(日)

会場: 法政大学 市ヶ谷キャンバス 千代田区富士見2-17-1

26日(土) 市ヶ谷キャンパス 外濠校舎 S307教室

    27日(日) 市ヶ谷キャンパス ボアソナード・タワー 26階 スカイホール

大会参加費 (2日間) 1,000円
【大会趣旨】
 日本の植民地政策は、中国、朝鮮、台湾、東南アジア、太平洋圏に拡大しました。これまで本会は、第28回下関大会「朝鮮植民地と映像」で、朝鮮半島の民俗と文化を記録した映画によって植民地に係る議論を深めてきました。今大会では、南洋と称した海域の民俗と文化を記録した映画を題材に「自然」や「文化」の連続と不連続を呑み込んだ国家権益擁護と映画表現等の議論を深めたいと思っています。
 戦前の植民地の民俗を描いたドキュメンタリ映画は、満鉄・鉄路総局が制作した『草原バルガ』『秘境熱河』『娘々廟会』などの作品がありますが、映画制作の流れは戦果や戦争遂行を鼓舞する内容でした。なかには亀井文夫の『戦ふ兵隊』『上海』などの作品は、厭戦のドキュメンタリ・フィルムとして評価されているものもありまます。今回は、日本の地理的な南である沖縄、台湾、南洋諸島、南洋群島そして北の樺太、千島列島という海への広がりを映画はどのように描いたのか、を考えます。「日本の海域」とみなす地域の民族文化と民族経済的資源をどのように記録したか、と言うことです。とくに、北への視点を記録した映画は極めて少なく、活発な議論が期待されています。

詳細は別添PDFをご覧ください。*私のホームパージのフォトギャラリーをみてください。
皆様の参加をお待ちしております。
大会期間中 桜が舞い散るまであること願って
社団法人日本映像民俗学の会事務局 
160-0022 東京都新宿区新宿1-12-12オスカカテリーナ3F      info@jefs.org
電話:03-3352-2291, FAX:03-3352-2293
北村皆雄 亘 純吉




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「死後結婚」

2016年01月25日 03時50分12秒 | 日記
 昨朝東京の今年最低気温の寒さ、会場まで歩きながらなになに名所という立て看板が目に入った。吉良邸などの縁の地であり、名人の墓や犬猫の墓を見た。東京両国一つでも数多くの名人、英雄が生まれ去ったので東京都では数万人否、数え切れないほど多いはずである。私が住んでいる下関では年中高杉晋作など数人の名前で町作りをしているのとは対照的である。両国の相撲取りさんの銅像街を通り抜けて線路辺の一角にチラシの看板が見えた。演劇や映画など古典雑技に関心ある人が集まるアジトとようなところである。本当に人が集まるだろうか。演芸ものの公演などに慣れた主催者の黒崎八重子氏と一緒に舞台設定、映像機器のチェクに時間がかかった。昼食かねての打ち合わせ会では十数年ぶりに会う絵解き研究者の林雅彦先生、パンソリなどで物語りを語る趙博氏、日本大学の民俗学者の佐藤弘美氏に会った。
 会場は超満員、定刻に斉藤氏の総合司会で始まり私の講演でスタート、自作の映像「死後結婚」(24分)を上映しながら1960年代の被差別民間宗教者、旅芸能人であるムーダンたちが東海岸を歩きながら儀礼を行った現場を紹介した。今は文化財となったこと、それは主に韓国のナショナリズム、民族主義によるものだと話した。次は趙博氏が太鼓で民俗音楽の基本的な長短、リズム、そして「西便制」の映画を1時間以上掛けて語った。
 第3部のような座談会は林氏の司会で行った。彼は私との縁を語り、私がそれを受けて話をした。パンソリの「パン(版)」とは元々ムーダンのダンゴル版(檀家たち)の広さ、広場から生まれたこと、パンソリは巫俗から起源した関係に触れた。伊藤喜雄氏は歌い歩く盲女たちの内部世界に触れたので、私は同感して秘密集団の世界に触れた。閉会と同時に第4部のような懇親会が続いた。雑談も多かったが、深みのある話もあった。私は差別について質問され、社会制度などではなく、人の生き方の質に迫って話をした。例えば韓国のドラマのように、差別する側の金持ち上流社会人の生き方より、むしろ庶民、被差別の人々の生き方が価値あるよう思えると話し、多くの方が頷いていた。最後まで残ってくれた人の中には成城大学院時代の同窓生で今は日本大学の教授の山本質素氏がいた。ホテルロビーまで同行してくれた映像作家北村皆雄氏、伊東喜雄氏と延々と話は続いた。楽しく、有益な日であった。
 *写真前列左から林、私、趙、後列は斉藤、黒崎、伊東
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大相撲の両国館

2016年01月24日 05時42分43秒 | 旅行
飛行機の窓から雪が降り始めた福岡空港を離陸してから約1時間羽田空港に着いた。西日本寒波から逃げてきた感がする。講演会の主役の一人である伊東喜雄氏が迎えてくれた。ホテルの部屋から見下ろせる大相撲の両国国技館では相撲がまだ行われている最中。秋葉原電気屋へ、タクシーの運転さんが白鳳が負けた話、力士を載せた話などで話が盛り上がったのでその雰囲気に乗るしかなくフィードバックをした。琴奨菊は「10年ぶりの日本人の優勝」だという。モンゴル相撲(?)への不満が爆発したようであった。日本人の国技の闘力が世界にまだ弱くないという回復宣言のようであった。
 秋葉原は私が大好きな先端機器の通りである。夜の買い物はただマウスだけ、小さい。しかしよい見物、喜びは大きい。そこは物つくり上手い日本人の最先端の通り、多くの外人が溢れている。日本の先端技術といっても今はソフトを真似して追いついてきている国が多い。一昔前まではTV,冷蔵庫、洗濯機などで儲かった時代であった。今は宇宙開発など競争か知能の戦いの時代になっている。秋葉原も後進国の客だけを相手にするだけではなく、先進先端の最高知能者が集まる通りに変わっていくべきであろう。
 
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手術後初めての遠距離外出

2016年01月23日 05時25分49秒 | 旅行
手術後回復中、初めての遠距離外出、今日東京へ向かう。明日は、西日本に猛烈な寒気が流れ込むため、西日本は記録的な大雪に警戒が必要だと予報されている。日曜日の予想最高気温は、福岡で1℃になるだろうというニュースに家内は脅威を感ずるようである。私は気にしていてもシベリアでの経験を思い出すと脅威にはならない。暴風と吹雪の極寒の日のサハリン空港は平然と発着が行われた。チェーンもない車で零下40度近い雪道を走ったことを思い出す。黒澤明監督のデルス・ウザーラは寒さと闘う苦労話である。寒さや大雪を観光化するところがある。北欧のサンタクロース観光、北極のオーロラ観光などがある。熱帯の海をロマンティズム観光化したのもある。ハワイはそのよい例であろう。
 観光からリゾート、住みたくなるまでは縁が遠い。日本に住みたい韓国人が多い。先日訪ねて来た教え子は私が日本に住むことは大正解だと言ってくれた。最近韓国では定年して日本での再就職探しを狙っている人が多い。日本は韓国の捨て流れの受け皿となるのではなく、新鋭若手研究者をスカウトすべきある。
 日本で退職して生活費の安かった韓国に住んでいた人たちは今どうなっているのだろうか。住む環境が良いということは気候だけではない。日韓では日本のヘイトスピーチ、韓国の反日の政治と世論は決して良い環境とは言えない。太平洋に隣接している日本、より「太平」になってほしい。
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続「愛犬」

2016年01月22日 05時42分39秒 | 旅行
昨日我が家の愛犬ミミに触れたことに読者からの関心が高いことを感じた。その中の一人建築研究者の大久保裕文氏は

メイ(ラブラドール)が14歳9ヶ月で、10日前、亡くなりました。亡くなった朝、家内と二人で動物葬儀社へ連れて行き、丁重に葬儀をしました。メイは、温和で、賢く、けな気で、非常に優しい性格を持っていました。亡くなる3日前から、歩けなくなり、食事ができなくなりました。私が、スポイトでぬるま湯をあげると、寝たまま動けない身体で、尻尾だけを振って応えてくれました。その2日後に、静かに、静かに亡くなりました。見事な最期でした。私も家内も、どれだけ癒されたか分かりません。家族の一員を亡くした思いです。生と死を考えさせられた年の始まりです。


わが家の愛犬ミミは1977年以降6代目である。当時韓国では愛犬文化が定着しておらず、当時車を持っていなかった私たちは犬と一緒だとタクシーに載せてもらえなかった。その辛さより愛犬と一緒に差別されるような怒りさえ感じていた。二匹の犬を日本に連れてきた苦労話こそ本に書きたい。ミミはポメラニアンの3代目の美女である。ポメの1代目の犬は20歳と長生きをした。今のミミの前の2代目の同名のミミは20年と6ヶ月と長生きをした。マンションから見える墓に眠っている。したがって大久保氏の悲しさのコメントには十分同感している。犬と一緒に暮らす私たちになぜ面倒なことをするのかと言った人がいた。愛犬を通して愛することを多く学び、命の大切さを悟ることになると…。彼は不思議そうな表情で聞いていた。伝わったのだろうか。
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「我が家のワンコ」

2016年01月21日 05時42分36秒 | 旅行
 愛犬ミミがワンと一回吠えると私がベランダへのドアを開ける。ミミがベランダで水を飲み終わるのを待ってリビングに戻るとドアを閉める。私はミミの守衛のようになっている。朝のテレビ番組「今日のワンコ」にも出したい。犬も老化している。ぴょんと軽く上がったソーファにも今は上がれない。一緒に寝ている家内のベッドにも上がれないので足台を作ってあげた。ミミは子供の時には靴などを持って遊んだり齧ったり飛びあがったりしたが、今は一切したがらない。老化か成熟か分かりにくいこともある。おとなしくなったといえる。「おとなしくなった」の韓国語はジョンジャンタ(점잖다)つまり「若くない젊지 않다」の意味である。人の「おとなしさ」は加齢の現象か、人格的な成熟さであろうか、判断しにくい。おそらく加齢によって人((犬)格的に成熟していくだろう。女性の下着泥棒も加齢によってジェントルになっていくだろう。
 慰安婦問題へは過剰な反応が多い。女性の人権がクローズアップされている。戦時中に加害者は政府だけではない。被害者は女性だけではない。兵士も被害者である。性欲旺盛な青年たちが徴集され命を捧げるように強制されたこと、その人たちは恩給があるにしても人権損傷は大きい。私の母は私が大きくなる頃は軍隊制度がなくなることを祈っていたが、私は50歳まで軍の義務を務めた。今でも朝鮮半島の南北国家に皆兵制があるのも人権問題から考え直すべきであろう。
 *写真はミミは子供の時に箱で過ごし、遊んでいたことに懐かしく思っているようである
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「放浪の系譜」

2016年01月20日 05時09分30秒 | 旅行
昨年した約束の日が近づいてくる。まだまだ先だと思ってした約束が多く、まだまだ先のことだとあまり気にしないでいたが、すぐ目前に近づいてきているので驚く。東京で「放浪の系譜」というシャーマニズムに関する講演日が寸前になって焦っている。妻が同行するので講演参加に申し込もうとしたらすでに満員で予約が済んだ状態とのこと、あわたてて主催者に電話をかけて席を確保していただいた。しかし私のシングルとは別に妻のホテル確保ができない。まさにこの頃大都市でホテルがいつも満員だというニュースどおりである。何より焦っているのは私の講演内容だ。過去の写真を探した。関連写真を探している。私の青春時代は白黒時代である。今のきらびやかなカラフルな時代とは対照的である。カラー時代を遡り白黒時代に至る。
 韓国語の「시간을 보내다(時間を過ごす)」という言葉が気になる。時間というのはただ流れるのではなく、積極的に「時を過ごす」という意味である。つまり自然的に流れる時間に面白さを加えるなどという、意図を入れた言葉である。反日文化圏と親日文化圏、反宗主国と親宗主国に分けて植民地歴史を正しく見るという「植民地歴史を正しく見る」という韓国語の本の書き下ろした。それに時間を過ごした。出版社に送ったらすぐに編集に入るという電話を受けてうれしい。
 写真は1960年代韓国東海岸
 작년에 한 약속들이 닥아 온다. 그저 지금 당장이 아니라고 여겨 한 약속이나 일들이 아직 멀었다고 느긋하게 두고 있었던 일이 바로 닥쳐 왔다. 동경에서 <방랑의 계보>라는 샤머님즘에 관한 강연 날짜가 박두해서 생각을 하니 마음이 아주 바쁘다. 아내가 동행하기로 되어 있다. 강연에 신청하려 아니 만원으로 예약이 끝난 상태이다. 주제자에게 전화를 걸어 좌석을 얻어냈으나 아내의 호텔이 예약하기 어렵다. 그러고 보니 요즘 대도시 호텔이 늘 만원이라는 말을 새삼 깨달았다. 무엇보다 중요한 것은 나의 강연 내용이다. 옛 사진을 찾았다. 커뮤터에 저장한 사진 자료를 본다. 칼러 시대를 지나 흑백 사진 새대로 소급한다.나의 청춘 시대는 흑백 시대이다. 그 시대에서 지금은 찬란한 칼러 시대이다.
한국어의 <시간을 보내다>란 말이 거슬린다. 시간이란 그저 흘러가는 것이 아니라, 적극적으로 보낸다는 말이다. 자연적으로 흘러가는 시간에 재미나 의미있는 일을 가한다는 의도가 담긴 말이다. 아직도 먼 뒷날 약속이라고 생각하여 뒤로 미루고 한국어로 쓴 <식민지 역사 바로 보기(가제)>를 출판사에 보내고 바로 사장으로부터 바로 편집에 들어 간다는 전화를 받았다. 반일문화권과 친일문화권, 반종주국들과 친종주국들로 나누어 식민지 역사를 보는 현상들이 다른 것을 대조시킨 다음 한국에서 식민지 역사가 어떻게 계승되었는가를 다루었다. 꼭 남기고 싶은 말들이다.
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신영복(申榮福)씨 별세

2016年01月19日 05時52分17秒 | 旅行
『監獄からの思索』(1988)の作家の申栄福氏が死亡した。彼とはそれぞれ違う地域に住んで安否を伝える程度だったが、一時はとても親しく過ごした同志だった。彼と初めて会ったのは彼が淑明女子大学校の講師から兵役を済ませるために陸軍士官学校に入所した時である。私は彼とともに訓練を受け、教官生活をし、彼の博識と学究熱には驚かされた。特に彼は新造語を作るのが好きで、親交の幅が広かった。階級は中尉や大尉の時期にも彼はいつも高級将校らとつきあったりしていた。外部では学生たちグループを指導していた。東崇洞ソウル大学校の前にあった兄弟酒屋という所が主に集まる所で、私も一度招かれて行って話をしたことがある。
 1968年夏私が全南民俗調査中に彼が大きくニュースで報道された。統一革命党スパイ事件で逮捕されたということだった。兄弟酒屋、雑誌「青脈」などが関連して説明された。私にも「青脈」に寄稿文を要請されたことがあって、兄弟酒屋などで集う女子学生グループが皆スパイ活動をしていると説明されていた。驚かないわけにはいかなかった。それでも私は情報機関を全面的に信じないのでそのような言葉は全く信じなかった。私たち7人の特殊幹部候補生のうち彼が逮捕されたことは大きい衝撃だった。富川刑務所に面会に行ったが不許可になった。その後陸軍士官学校の講義室には講義内容を監視するマイクロホンが設置された。私は中央情報部教育を受けることになった。
 私は彼の罪状を聞いたことはないが、ただその時代の犠牲者であると考える。単に当時の私は情報部より友達(?)を信じる。国家情報部を信じないということを信念にした。 私は情報部の話を信じて<彼がそのような人とは知らなかった>式で彼を考えなかった。彼の冥福を祈る。
<감옥으로부터의 사색》 (1988) 작가 신영복(申榮福)씨가 별세하였다. 서로 다른 지역에 살면서 안부를 전하던 그 사람, 한 때는 아주 친하게 지낸 동지이었다. 그와 만나게 된 것은 그가 숙명여자대학교 강사로부터 병역을 치루기 위하여 육군사관학교에 입소하였기 때문이다. 나는 그와 함께 훈련을 하고 교관 생활을 하면서 그의 박식과 학구열에는 놀라지 않을 수 없었다. 특히 그는 신조어를 만들기를 좋아하고 친교의 폭이 넓었다. 계급은 중위 대위 시절에 그는 늘 고급장교들과 사귀고는 하였다. 그는 때로 북한 서적을 표지를 백지로 싸서 통근버스 안에서 읽고 있었다. 북한 서적 등을 읽을 수 있는 자격을 신청한 것으로 알았다. 외부에는 학생들 그룹을 지도하고 있었다. 동숭동 서울대학교 앞에 형제주점이라는 곳이 주로 모이는 곳으로 나도 한 번 불려 가서 이야기를 나눈 적이 있다.
1968년 여름 내가 전남조사 중 그가 크게 보도된 것을 알았다.통일혁명당 간첩사건으로 체포되었다는 것이다. 형제주점 잡지 청맥 등이 관련되어 설명되었다. 나에게도 청맥에 글을 쓰라는 부탁을 받은 적이 있고 형제 주점 등 여학생들 그룹이 모두 간첩활동으로 설명되고 있었다. 놀라지 않을 수 없었다. 그 때나 이 때나 나는 정보기관을 믿지 않는 관계로 그런 말들을 전혀 믿지 않았다. 우리 7인의 특수간보후보생 중 그가 체포된 것은 큰 충격이었다. 부천 형무소에 면회를 갔으나 불허되었다.그 후 육사 강의실에는 강의내용을 감시하는 마이크로폰이 설치되었다. 나는 중앙정보부 교육을 받게 되었다.
나는 그의 죄상을 들은 적도 없고 그저 그 시대의 희생자일 뿐이라고 생각한다. 단지 당시 나는 정보부보다 친구(?)를 믿지 국가 정보부를 믿지 않는다는 것을 신념으로 하게 되었다. 나는 정보부 말을 믿고 <그가 그런 사람인줄 몰랐다>는 식으로 생각하지 않았다. 그의 명복을 빈다.
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「商い」

2016年01月18日 04時56分49秒 | 旅行
友人の権藤氏の奥さんが焼き鳥店をオプーン,蘭の鉢もの持って行ってみた(写真)。昼は洋装店、夕方からは焼き鳥屋をする。なぜそのように働くのか。「商い」が好きな夫婦である。NHK朝ドラ「あさがきた」のヒロインのあさが一生懸命働くことに幼い娘が母に「なぜ働くの」と質問する。母は「商いが好きだから」と答えた。実存した人物をモデルにしたドラマであるが、明治時代の女性への社会進出を奨励する啓蒙宣伝ドラマのような、現在の安倍政権の女性が働く社会作り政策に合わせたようにも思われそうである。今は韓国の女性大統領、台湾の女性総統、男が女に支配されそうにも感ずる。
 男女問わず働くことを考える時代になっている。専業主婦が多かった時代に女性が社会へ、裏から表へ、陰から陽へと進出がみえる。今インタネットの時代の現在、男性が表から裏へ、社会から家庭へ引っ込む現象が見られる。3月には定年退職をする人が多い。定年と年金の話が多くなっている。「定年まで何年しか残っていない」と恐れる人が多い。定年が人生の終わりではない。職場という枠や境を越えて「越職」の世界で生きることになるのである。
 
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「美人天国」東洋経済日報へ寄稿文

2016年01月17日 05時52分53秒 | 旅行
以前私がサハリンの同胞社会を調査した時に年配の人たちは息子がロシアの女性と結婚することを憂い、嘆いていた。若い時は美女のロシア人と結婚しても老後に苦労すると呟いていた。一方ある牧師は礼拝の説教でスラブ系ロシア人に美女が多く、羨ましいと語っていた。同胞の間では韓国系女性が美女だと言う話は聞いたことがなかったし、ロシア人に劣等感があるような印象さえ持った。しかし韓国は美人天国であると言われている。これに関しては疑問を持つ人もいるだろう。
美女の基準は絶対的なものなのだろうか。疑問である。民族によって美の基準は多様である。ヌード民族においては入れ墨、お尻の大きさが美と意識されている。韓国語の美しいということばの「アルンダップタ(아름답다)」は木が太くなったことを意味すると言われている。韓国の伝統的な美女は小柄、ふっくら体型、丸顔の女性である。しかし西洋からの影響によって長身、ほっそりした痩せ形に変わった。身体の魅力のポイントも変わった。
私の青年時代までは女性が口紅を塗ることはなかった。特に農村では口紅を塗ると品がないと言われ、妓生や売春婦のようだと蔑視された。化粧品の生産も遅く、日本の化粧品は人気があった。しかし最近は日本の女性が韓国へ化粧品を買いにいく話を聞くと激世の感がある。今では美人天国と言われている韓国。それは韓国人が特別に美的身体的な特徴があるからではなくて、美女を渇望する意識構造を指すものであろう。美を創造するのは芸術であり、素晴らしことである。
美人天国という言葉には違和感がある。化粧と美容整形手術の方法で美女を作りだすという印象があるからである。化粧は素顔にアクセントを付加したようなものである。その意味では化粧はペイントやお面を被ることなどとは異なる。ある美人やファッションをモデルとしてイミテーションを作ることは化粧のレベルを超えたファッション化やユニフォーム化になる。つまり美人型やスタイルを真似る外見主義を表すことになる。
韓国は化粧をはるかに超えて美容整形天国とも言われている。美容整形が多く行われており、特にまぶたを二重にする手術が多く、さらに鼻や顎、骨まで削る美容整形の手術を受ける女性も多いと報じられている。その美容整形が評判になって日本から韓国を訪ねる女性も多い。いわば海外のパッケージツアーなどメディカルツーリズムによって観光収入を高めている。
人は健康になりその上美しさを求めるのは自然なことである。化粧、装飾などによって個性を出すのは美しい。それは生活美といえる。しかし映像や画像の影響によって外見を重視する時代になって、外見主義が強調されて、美人天国を生み出すようになったのは残念である。そして美人から不美人までの等級化、差別化がなされ、圧倒的多数の劣等感を生み出す。外見より能力主義を重んずる社会が望ましい。自然体の人間にはそのままの個人美がある。
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