崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

濃密化

2020年07月08日 05時32分42秒 | 研究業績

治山治水の古語、水害は毎年繰り返す。暴雨警報の中、午前中は歯医、午後は内科受診、病院で疲れた。人類学者の鵜澤氏と楽しい雑談、氏の娘の話、大学生になったばかりで遠隔授業、専門選びの話に私は文化人類学は勧めなかった。それはインタビューなどが難い時代であるからである。人と会って話をする、写真や録音などをとることが難しくては文化人類学は難しい。
 コロナで飲んで楽しむことが悪行の如く言われ、濃厚関係は疎遠になり、人間関係の基礎が壊れるかもしれない。身体的距離をおくというソシアルディスタンスには懸念がある。求命と経済の両面、もう一つ、人間関係の濃密化政策が必要である。

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李相日氏からメール

2020年07月04日 06時34分15秒 | 研究業績

KBS東京特派員が伝える言葉。「コロナ感染者が107人に増えた。それでも日本は警戒宣言をしていない。安倍が支持率を守るために」という。事実であろうか。事実と解釈が含まれている。歴史も事実に限るか、それとも自分の解釈を入れるか。ランケの実証史学の根本的な問題になる。李相日氏からメールが来た。彼曰く


 私は韓国内の一部偏狭な国学派たちが崔吉城教授を批判をするのを無視する者ではない。しかし重要な問題を回避してはいけない。崔教授が応じないと表面的なもの終わってしまう。私の質問に答えてください。

 一部の「偏狭な国学者」の文を読まず、反論を書くことはないが、再び李氏からメールが届いた。 李氏は日本の植民地の歴史という事実だけを客観的に見るのではなく、民族的情緒を加える必要があるという。それは、反対側も同様であり、結局反日と親日の問題になる。「35年間の植民地」の客観的な事実に解釈や感情を入れるという。私は事実と民族的情緒の反日と親日を客観的に紹介し、読者が判断するように期待する。判断は読者の分け前である。

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편협한 국학자들의 최길성교수 비판

2020年07月04日 06時02分42秒 | 研究業績

KBS동경특파원이 전하는 말. <107명으로 늘었다. 그래도 일본은 경계선언을 하지 않는다. 아베가 지지률을 지키기 위해서>라는 것이다. 사실 보도의 말은 무엇일까. 사실과 해석이 들어 있다. 마찬가지로 역사를 사실 대로만 적을 것인가, 아니면 자기 해석을 넣을 것인가. 랑케의 실증사학의 근본문제이다.  이상일씨가 나에게 다시 묻는 글이 왔다.

 나는 국내 일부 편협한 국학자들의 최길성교수 비판을 무시하는 것인데 그런 핵심문제를 회피하면 나의 최교수 응호론이 표피적인 것이 되고 말지요. 그런 면에서 6월 30일자 내 질문에 대답해 주시기 바랍니다.

 일부 편협한 국학자들의 글을 읽지 못해서 알 수 없지만 그런 근본적인 문제를 모르는 사람들의 글에 의견을 낼 필요를 느끼지 않아서 그냥 있었는데 다시 이씨의 글이 와서 생각하게 된다.
 일본 식민지의 역사라는 사실만을 객관적으로 보아서는 안된다는 것, 즉 민족적 정서를 넣어야 한다는 이선생의 의견인 것 같은데 그것은 반대쪽도 마찬가지일 것이다. 그러면 결국 반일과 친일의 문제로 이르게 되어 버린다. <35년간 식민지>란 객관적인 사실만으로는 부족하다는 것이다. 거기에 해석을 부치고 감정을 넣어야 한다는 것이다. 반일과 친일을 나의 최대한의 객관적으로 소개하여 독자가 사고 판단하기를 기대할 뿐이다. 판단은 독자의 몫이다. 나는 판단을 하여할 판사가 아니다. 

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書評:李相日『帝国日本の植民地を歩く』(崔吉城著、花乱社、2019)

2020年06月29日 07時05分39秒 | 研究業績

書評:李相日『帝国日本の植民地を歩く』(崔吉城著、花乱社、2019)
私は本書を読みながら韓国の反日主義者たちが崔吉城教授を親日派とすることを理解する。私自身が如何に反日主義者であるかということにもなる。ページを紐解きながら日帝植民地史を思い出し恥辱が浮上し、総督府庁舎の<撤去>が<破壊>という認識にいたっては驚く。
崔教授は日帝植民地研究者である。欧州の大国がアフリカやインド、東南アジアなど未開発地域を植民地にしたのは、先進諸国の発展と実力が後進国を圧倒し、領土を侵略し、経済的に開発したのは種族を超えたものとして理解する。そこに人間云々と考慮する余地はない。しかし後進な<倭国>が一足早く近代化し、優位にたって先進国の朝鮮を襲い、王朝の脈を切り、総督府と憲兵隊の威圧で朝鮮語を抹殺し、創氏改名した。その流れでは朝鮮半島は日本の領土、今の沖縄のようになるほどであった。日本植民地36年は(註:実は35年も足らず)、事実だけではなく、恥辱である。
著者も反日主義者隊列に一度割り込まなければならない。客観的とか研究の次元という言い訳はいらない。<歴史的事実と感情的な真実の間>と考えて欲しい。<事実>だけ注視しては情緒的な真実を理解し難い。実際という埃は飛ばされてしまう。もっと大局的に見て欲しい。それが知的成長である。
私(李)は日韓の「事実と真実」を論じている。私は知識を科学的に整理するWisswenschaftをドイツで勉強した知識人であり、情緒と哲学のイデオロギーから物事と現実を客観的に見ており(評論活動50年)、進歩精神に基づいている。保守意識とは距離が遠い。私は日本の植民地史とは無関係、近隣関係で自由でよい。ただ私は保守反日主義者の名分を借りて極右と極左の二分論理を使ってみた。
崔教授は被植民地出身の劣等意識を伏せて、日本の権威を借りて、植民地の歴史の英雄と犠牲者を介して、植民地支配と被支配の間に、いわゆる植民地の歴史の遺物を見ている。それは揺れるアイエンディーティー、コンプレックスから中立性と客観性を借りての研究に過ぎない。仮面をかぶったに過ぎない。本人自ら植民地の歴史の証人であろうとし、さらに日韓の間で生け贄になって神話的人物になろうとする。
植民地研究は彼の突破口である。中立、客観的調査の姿勢といい、植民地の<英雄>を調べている。イェーツのような詩人、被植民地人でありながら、植民地官僚になり処刑(アイルランド独立幇助大逆罪)されたケースメント(R. Casement1864-1916)のような人物を発掘している。それはまさに崔吉城教授自身を反射投影している。
 私は、植民地問題は、謝罪と許し、中立的、客観的、研究によって越えていくべきと思う。崔吉城教授が標榜する学術中立性を評価する。容易ではない。慰安婦問題は戦争中に起きた戦争犯罪とみるのが正しい(2020.6.28)。

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이상일씨 서평

2020年06月29日 05時50分16秒 | 研究業績

 다섯 번이라 써 보낸 나의 책에 대한 이상일씨의 글을 내가 번역하여 출판사 등에 보냈다. 이씨는 서울대 독문과를 나오고 독일에서 유학한 저명한 연극평론가이다. 사진2019.8.7 서울

이상일 선생님
마지막 부분까지 읽어주시고 평을 보내 주셔서 감사합니다.
나의 마지막 보루의 우정이라고 여긴 분의 글이라 믿고 읽었습니다.
나와 같이 1965년경 부산에 갔을 때 내가 어떤 무당이 신문에 난 기사를 
가지고 항의를 한 난처한 때에 이선생님이 중개하여 
<세상에 알려짐으로써 문화재가 되는 것이라>는 말로 그들이 납득하고
 김석출씨가 <나는 4대 무당아들>이라고
선언하여 메디어에 자주 등장하고 인간문화재가 된 것을 잊지 않고 기억합니다.

 한국인으로서 첫 서평을 접하고 당황하고 있습니다. 
나의 연구의 중심점을 지적하여 주신 것 아무도 그런 지적이 없습니다.
내가 식민지와 피식민지 사이의 희생자 연구,
 아주 중요한 주제라고 계속하고 있습니다.
그러나 그 것을 지적한 평자는 없습니다.
 나에게 총을 쏘는 듯 <가면을 쓴다>는 표현은 일본에서는 놀라운 글입니다. 
지면 제한에 번역이 부드러워 지고, 일본 출판계에서는 관용되지 않은 표현이 많습니다. 
36년이라는 것은 한국인들이 말하기 때문에 일본인들이 사용하지만 실은 35년도 2주 정도 모자란다고 일본 학자들이 비웃을 뿐입니다. 식민지란 국제적 용어를 <강제 점령>이라는 것,
식민지보다 훨씬 경미한 의미인데도 .... 
내가 일본에 온지 오래 되어 한국 말에 <꼰대>라는 뜻을 몰라 모욕적이라고 여겨서 사전을 찾어 보았습니다. 
출판사를 통해서 아마존에 게재하려고 원고를 축약 번역하였습니다. 
읽어 보시고 괜찮으시다면 허락하여 주시기 바랍니다.
  갖나온 나의 논문에서 나는 식민지 시대위 아키바, 그의 제자 임석재, 그리고 이두현, 이즈미로 이어져 일본으로 유학하게 된 것을 자세히 논했습니다. 
최길성

마지막 결론을 그대로 소개한다. 

 최길성교수의 <제국일본의 식민지를 걷다>는 식민지배의 일본 제국주의 사슬에서 벗어난 보수꼰대 반일주의 세대인 나나 최교수의 첫째 <사실과 진실>토의, 둘째 국수주의적 국학자들, 주로 민속학자들이지만ㅡ의 최교수 친일파론에 대한 학문적 반격, 셋째 최교수의 잠재의식 속에 깃들어 있을지도 모르는, 식민지배세력 제국주의 일본에 대한 피지배민족 조선인(한국인 포함)의 컴플렉스, 그 열등의식이 사회과학이라는 학문(Wissenschaft)연구의 탈을 쓴 식민지학으로 돌파구를 찾은 것 아닌가 하는 의구심ㅡ,넷째 그의 저서에서 풍겨져오는 중립적, 객관적 학문 자세 가운데 들어나는 <희생자=제물>론과 스스로를 제물로 바쳐 마침내 <영웅>으로 재생, 부활하는 식민지 출신 인물 행적에 쏟는 열정(예증; 제국일본 식민역사와 직접적인 연관이 없는 영국과 아일랜드의 정치적 주종관계와
 예이츠 같은 정서적 진실 탐구의 시인 예술가 상, 그리고 무엇보다도 모순된 생애 ㅡ 피식민지인이면서 식민관료로 처형(아일랜드 독립 방조 대역죄)된 로져 케이스먼트 (R. Casement 1864-1916)같은 인물의 발굴은 바로 최길성 교수 자신의 행적에 대한 반사 투입으로 간주할 수 있다.
다섯째 <제국일본의 식민지를 걷다>라는 표지 그대로라면 한국36년 제국일본 식민통치 기간(사실의 시간)은 광복 70년 역사의 꼭 절반 밖에 되지 않는다. 그런데 왜 그 얼마 안 되는 식민의 역사가 70년, 80년, 1백년이 지나도 멍이 되고 응어리가 되고 상처가 되어 조선반도의 트라우마가 되어 계기만 생기면 증오와 반일의 감정으로 폭발하는가.
    나는 식민의 역사는 사죄와 용서로 지워졌으면 한다. 그렇게 안 되면 중립적 객관적 학문적(과학적) 업적으로 정리되어 넘어 갔으면 한다. 그러기 위하여 최교수가 표방하는 학문적 중립성을 높히 평가한다. 그러나 그 학문적 중립성이라는 것이 그렇게 쉽지 않다. 본인도 의식하지 못 하는 사이에 강자편에 서서 보게 되기도 하고 약자를 무시하기도 쉽다. 더욱이 최교수처럼   일본에서 학문연구의 단초를 배우고 얻은데다 마침내 일본에 귀화하여 그들에게 동화됨으로써 <식민지 연구>라는 그의 연구 주제도 자기도 모르는 사이에 <친일적이지  않을 수 없게 되지 않는다는 법이 없다>는 나의 완곡한 의구심을 풀어 주기 바란다. 
 여섯째 제국일본의 미화, 그리고 추악의 역사 잡아떼기 수법은 국제외교술에서나 <사실적으로> 효과를 볼 수도 있다. 그러나 그 점에 있어서 중국 난징 30만 학살사건 같은 것은 <진실의 역사>가 안 될 수 있다. 나는 남징학살 사건이나 위안부 문제는 식민역사 속에서 다룰 것이 아니라  전쟁 중에 일어난 범죄행위, 곧 전쟁범죄로 다루는 것이 옳다고 생각하는 보수꼰대 반일론자이자, 이웃과 가까운관게를 유지하기 희망하는 진보적 자유주의 글로벌 세대임을 밝혀 둔다(2020.6.28)

 

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自分史的な植民地研究史

2020年05月30日 06時09分02秒 | 研究業績

 カミュの「ペスト」終りに近い。死との戦い、人生に触れている。深く考えさせられる。今、80余年の自分の人生を振り返って考えている。戦争や伝染病などで多くの人の死を見てきた。自分史的に、分からないうちにドラマのようなストーリーが出来上がる。なぜこのような人生になったのか。その中で一つは学問という一抹の出来事を考える。
 私の母の巫俗信仰、中学生になって迷信と思い、遠ざけようとしたが大学の初年次の頃、任皙宰・李杜鉉の先生から、私の生れ故郷の楊州が秋葉隆博士の調査地であることを知らされた。その縁で巫俗研究、泉靖一先生にもお会いして、1970年10月には楊州の我が家の先祖代々のお抱えシャーマンの趙英子が行うクッに先生を案内した 。その時、私の日本留学が決まった。反日から親日(?)へ道のりであった。悲劇か喜劇か、その話を含め自分史的な植民地研究史を綴った。一読を願う。*写真『植野弘子・上水流久彦編『帝国日本における越境・断絶・残像』風響社への寄稿論文
 

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申維翰『海游録』

2020年05月24日 22時25分10秒 | 研究業績

コロナで日韓関係が小康状況と思ったのに韓国で慰安婦問題がまた浮上している。日韓関係にも影響せざるを得ない。韓国は良くても悪くても日本を意識して政策を取る。今私は江戸時代の3人の日記を読んでいる。雨森芳洲が「言いたいと思っていた所懐がある」と前置きし、日本と朝鮮は、海を隔てて隣国である。信義相変らず日本には必ず、倭賊、蛮酋と醜蔑する。通信使一行も日本人を「倭人」といい、「望むところにあらず」(申維翰『海游録』)と、著名な歴史学者故李進煕氏は「これは今日のわれわれにも通じる」と述べている。私も同感である。さらに今の私の認識では日韓の今の状況では「善隣友好」は無理、絶縁の時期が必要であると思ってしまう。

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子弟関係

2020年04月26日 06時10分22秒 | 研究業績

 昨日、朝日新聞に植野弘子・上水流久彦共編の本が広告として出た。上水流氏は私とは深い学縁がある。研究と教育をしてきている私としては、広くいわば子弟関係という学縁関係の人物が多い。その縁で互いに信頼し、尊敬しあうことを子弟関係といえる。私の先生との関係を含め大事にしているが広くは読者など多くの縁もあり常に感謝している。
 今度上書に寄せた拙稿「植民地研究の断絶と継承:秋葉隆を中心に」では私の学問的な系譜についても触れた。京城大学秋葉隆教授からソウル大学の任晳宰先生、李杜鉉先生、そして東京大学の泉靖一先生へ、さらに著名な文化人類学者の友人伊藤亜人さんとのつながりに触れた。植民地時代から解放され、現在へ至までの歴史、韓国から日本へ繋がった。反日と親日を遥かに超えた事実を書いた。今、私の植民地研究は上水流久彦さんと山田寛人さんに繋がっている。

 

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「社会的Social distance」

2020年04月08日 05時47分02秒 | 研究業績

 新造語が次々と出る。意味が逆になったり違ったりする。たとえば挺身隊が「慰安婦」に、ステンレスが「ステーン」、休戦線が「38度線」、徴用が「強制連行」など間違っている言葉でも長く通用する語として生きるのが言語である。いま世界的に最もよく使われる「社会的Social distance」ということばもそうである。社会人類学では敬語と回避などの文化意識を指す。目下言われている社会的距離とはクラス,人種 race/民族ethnicity,ジェンダー gender や性などの差であり、「3密」のような物理的な距離とは異なる。その学問的な用語とは異なって流行語として生きるのはよくあるものとであり、それを指摘するのが私の本意ではない。コロナとの戦いは国家や政治体制によって異なるは。ナショナル・ディスタンスへ。日本の非常宣言を非難する国際的風潮を指摘したい。

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「朝鮮春画」

2020年04月01日 05時19分07秒 | 研究業績


国際日本文化研究センターで発表し、議論した拙稿「朝鮮春画」が同センター広報誌「日文研」64号「センター通信」に掲載・発行された。マリノフスキーの『未開人の性生活』から露出、ヌードは美か、今の露出過多の美女とイケメンは化粧とファションの美に過ぎないのかなどを考えたものである。「櫛で髪を整え、ココ椰子の油をぬる。爪の手入れをし、化粧する」「肌の美しい人」「乳房の露出」など朝鮮王朝の二大名画家の作品から対比してみた。朝鮮の春画は「妓生」「貴婦人」と対照的に男性のヌードが主に描かれている。何故だろうか。

 数人の方々の校正などご協力に感謝したい。日文研オープンアクセスで公開しております。読者からのご意見やコメントをお願いしたい。

https://nichibun.repo.nii.ac.jp/index.php?

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結婚と民族的アイデンティティ

2020年03月14日 06時40分44秒 | 研究業績

 読書会では長く同僚として研究協力をしていただいた地理学者の礒永和貴氏(田辺氏撮影)が帰郷するようになり最後の話を聞いた。ノーベル賞受賞学者の「脳のGPS」の話は面白かった。私は世界旅行した時、新しい都市に入って地図を描いてみた。その時常に風水研究の私の風水に関する知識から見る習性があった。通信使の一人趙アン氏が1763年下関についてやはり風水的に見ていた。
 20数年前書いた論文「中国・朝鮮族の漢族とのある結婚と民族的アイデンティティ」(『比較家族史研究』第13号,1998)学会ホームページに公開されることになった。ただ当時の調査協力者たちの名前がマスキング(白抜き)されるという。私は当時被差別シャーマン集団の研究で実名を出して、彼らがメディアに紹介されながら人間文化財になった経緯がある。

 

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コロナウィルス肺炎

2020年01月31日 06時29分33秒 | 研究業績

 読書会では医師の倉光氏からコロナウィルスによる新型肺炎の話題提供があった。日本では人権やプライバシーの規制が厳しく、実験や診療さえ難しい。新型肺炎患者でも強制収容は難しい。戦中の人体実験やハンセン氏病者収容がいまだに人権問題になっている。動物保護ということでモルモットさえ利用が制約される。
 私は文化人類学の危機を例にした。個人にインタビューすること、写真、録音さえ難しくなって人間理解の文化人類学が難しい。人を観察することもできず個人に迫ったインタビュー調査研究が難しく、よい研究が出来ず観光旅行のような偽学問になる。人権、生命観、プライバシー云々、極端に強調するとブーメランになって戻ってくる。法治主義には程度がある。人本主義に戻せと言いたい。

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小林孝行氏著『日韓大衆音楽の社会史』

2020年01月09日 05時15分51秒 | 研究業績

昨夜は元日産会長のゴーン氏の記者会見と、トランプ大統領のイラン爆撃への声明など視聴するのに混雑感があった。主にBBCとCNNを同時交叉視聴した。007映画のようなゴーン氏は西山陰謀、日本の司法制度の問題を国際的に批判し、西洋と異なる日本社会が露出する契機となった。イランは国民統合熱情の報復の爆撃、卵を岩にぶつげるような鬱憤の爆竹、花火のようなものであった。戦争にならないような自制があったようである。
 混乱緊張の時に演歌を聞くのはどうか。友人でもある小林孝行氏著『日韓大衆音楽の社会史』(現代人文社)を開いた。私は以前、彼に招請講演していただき「釜山港へ帰れ」の分析を聞いたことがあり、多く議論したことがある。韓国での出版を勧めていたがまず日本で出版された。私は唱歌、軍歌、演歌の中に生きてきた者であり、自分史を読むような気分になった。特に植民地文化(残滓)として注目してきた。それについて

 「トロット」は倭色歌謡という「日帝残滓」の一環として、民族主義的イデオロギーと捉えられてきた経過がある。したがって「トロットは韓国人の心だ」という言説には異論を唱える人もいるだろう。これらの問題については、植民地政策下で同化政策の一環として捉えられる側面もあるだろう。政治的、経済的強制はなかったとしても、植民地大衆に対するイメージ操作が行われていなかったかどうかは疑問である。(228ページ)

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嫉妬

2019年12月21日 05時44分03秒 | 研究業績

 昨日ある研究センターに寄稿文を送るのが大変だった。横書きの文を縦書きに組み替え編集までした。写真やキャプションなどが散乱してしまう。私には大変な作業であった。半分出版社の作業と思いながらも楽しく終えた。
 執筆中にも時々名作を読む。青春時代に読んだシェイクスピアの4代悲劇の中の2作を読んだ。名作の力はどう表現されているのだろうか。ハムレットが父の幽霊ghostを見る, オセロの嫉妬などを読みながら、拙著『恨の人類学』を照射してみた。人間社会では表面では愛と表現されながらも人の心の根底には憎しみ、嫉妬、恨みなどが横たわっている。より深く分析すべきである。今日から京都一泊・国際日本文化研究センターの研究会に参加する。

 

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筆談とはSNS

2019年12月20日 06時25分50秒 | 研究業績

シェイクスピアの悲劇ハムレットを英語で読んでいる。まず漢字と縦書きから解放された気分である。日本では漢字語と漢字を使い、縦書きもしている。中国の漢字使用とも遠く離れている。昨日の読書会には言語学者の山田寛人氏が参加して討論した。彼は言語とは「慣れ」であり論理ではないという主旨で話をした。文字と話しは必縁ではないといった。しかし日本では漢字と話言葉は固い関係になっている。
 私が朝鮮通信使の筆談を例にして出した。漢字での筆談は通話と読書の混合である。話しでは失礼なことばにもなりうることばが筆談(文字)では言える。筆談は今のSNSなどとも類似している。日韓の筆談では互いに野蛮人として討論していた。善隣友好だけを強調されているが筆談にも注目すべきであり、実態を知るために夢中になっている。

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