崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

渋沢栄一

2019年04月10日 06時56分09秒 | 研究業績

  私は植民地朝鮮の映像や記録を日韓両国に紹介したことがあるが、その中心人物が渋沢敬三である。昨日敬三の祖父の渋沢栄一氏が新しい紙幣画像に顔写真が載ると発表された。韓国では日本の近代化、資本主義による朝鮮侵略の中心人物だと猛批判している。伊藤博文の写真にも強い抵抗があったように。私は叫びたい。
「韓国よ、植民地から解放されよ、独立してくれ

日韓については歴史を冷静に語れない「敵関係」であるのは残念である。
 今、
新たに思い出す。その一家の勤勉と遊蕩の興亡が描かれている佐野眞一氏の本が面白い。
数年前神奈川大学でのシンポの時渋沢系の子孫たちに会ったこともある。敬三は祖父栄一から当時最新ムビーカメラをプレゼントされて、貴重な映像を多く残している。中には1936年韓国の蔚山、西海諸島での民俗の映像記録を残したのは貴重なものである。私はそれをいろんな機会に紹介し、映像は『甦る民俗映像』(岩波書店)、記録は『1930年代の西海島嶼民俗』(崔吉城訳、韓国語)に記録されている。

 

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昌億氏が新羅研究で論文博士学位

2019年03月22日 06時55分03秒 | 研究業績

 昨日は卒業式で終始した感がする。式前に学長と長く歓談したが、学事のことではない。学長のベトナム旅行から土産もいただき、私の京都での講演など近況を、特に研究会では春画を以て美と性の問題を掘り下げていくことを伝えた。
 式場ではいつものように教員席に座った。席は入れ替わりが激しいと思った。式順は定型化されたもの、特に注目したことがあった。古く学縁のある方の博士学位授与である。世界的に形質人類学の権威ある鵜澤宏和教授の指導で韓国の考古学者の金昌億氏が新羅の研究で論文博士学位が授与された。私は副査を務めた。
 海辺の平家座屋で昼食をとった。彼は関釜フェリーで来られたが韓国からの観光客で満室、日韓関係の悪さは全く関係ない、政治的なものとは別次元、正常な人間関係、特にアカデミズムなどでは善なる人間関係、何も変わっていない。彼は政治的なことには無関心、聖人のようであった。政治やメディアとは異次元で希望が感じられた。

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桜のニュース

2019年03月21日 06時00分55秒 | 研究業績

 韓国からの電話はお花見のお誘い。鎮海港の桜祝祭は有名である。日本時代から今も海軍本部である。祝祭中は軍港も公開されるというので行こうと思った。日本時代の映像を視ながら見たくなった。今反日文政権ではこの祭りはどうなるのだろうか。また私の調査を兼ねての花見はどうなるか。自制することにした。
 日本は既に桜の開花のニュースで興奮状態、花を鑑賞するというよりお祭り騒ぎになる。「国花」というのは象徴、シンボルであるが、何か独占的に騒ぐのはいかがなものであろうか。大連に桜祭りがあると聞くと多くの日本人は親日的と感ずる。桜は日本にだけ咲くのではない。春の絵がある。
 以前北京の古書街のユリチャンで「春画」を求めたら「春の絵」を見せてくれた。昨日図書館から春画の本、2冊を借りた。9月に日文研で「韓国の春画」について発表するための準備である。植民地時代の映像分析に続いて画像分析のためである。性と美、日中韓の特徴は、そして西洋と東洋の比較を試みる。檀園、蕙園の25点の名画を開く。日本の浮世絵へも挑戦する。春は長引くのだろうか。
 

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鉄の棒

2019年03月20日 06時15分14秒 | 研究業績

 私は最近、日本で多くの研究会などに参加しながら感じたことがある。それは研究者たちが先行研究はほとんど知らないか、または無視して独断で、新しいを主張する傾向が強いということである。剽窃などの問題もあるが、それより学問研究の基礎の問題だという気がする。朴裕河教授の投稿知ったことをここ紹介する。<この間、ソヒョン教授が、いわゆるの棒」について明快にまとめ文章読んで嬉しかった>ソヒョン2019)という日本人が朝鮮で英雄が出ないように風水的な位置にの棒を打ったという作り話。私は『親日反日文化人類学』明石書店と『親日反日』タラグォンこの真実について詳細に扱ったことがある当時野崎教授調査報告私の風水暴力説が韓国と日本よく知られたが、今改めて話題になるのは嬉しく、一方では寂しい

朝鮮総督府庁舎の破壊と「風水」ナショナリズム

崔 吉城

 

詳細情報

タイトル 朝鮮総督府庁舎の破壊と「風水」ナショナリズム
著者 崔 吉城
出版地(国名コード) JP
出版年(W3CDTF) 1999-05
NDLC ZG6
対象利用者 一般
資料の種別 記事・論文
掲載誌情報(URI形式) http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000025540-00
掲載誌情報(ISSN形式) 04288653
掲載誌情報(ISSN-L形式) 04288653
掲載誌名 日本民俗学 / 日本民俗学会 編
掲載通号 218
掲載ページ 1~24
言語(ISO639-2形式) jpn : 日本語


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일제의 쇠말뚝

2019年03月20日 05時56分06秒 | 研究業績

 나는 요즘 일본에서 여러 연구회 등에 참가하면서 느낀 것이다. 최근에는 연구자들이 선행연구는 거의 모르거나 무시하고 독단으로 새 설을 주장하는 경향이 강하다는 느낌이 든다. 표절도 문제이지만 학문 연구의 군본적 문제라는 생각이 든다. 박유하교수가 투고한 글에서 알게 된 것을 여기에 소개한다. <얼마전에 서현교수가 이른바 ‘일제의 쇠말뚝’ 에 대해 명쾌하게 정리해 준 글을 읽고 반가웠었다 > (서현, 2019)는 것이다. 나는 <친일과 반일의 문화인류학>(아카시서점)과 <친일과 반일>(다락원)에서 이 문제에 대해 깊이 다룬 적이 있다.  당시 노자키교수의 조사 보고와 나의 풍수의 폭력설이 한국과 일본에서 잘 알려진 것인데 새삼스레 화제가 되는 것 같다. 한편 반갑고 한편 서운하다.    

(위험한 한일 관계)친일과 반일

 

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下関研究

2018年11月05日 05時57分03秒 | 研究業績

 今日はワンアジア共同体の公開講座で大連理工大学の林楽青氏による「満洲映画」について講義が行われる。私の指導を受けて博士号を取得してから私の司会の下で初めて発表することになる。緊張するだろう。これからは資料を以て問題意識のある新鮮な研究を続けることをを期待している。昨日は教会に意外な二人のお客を様、学者に会って楽しい時間を過ごした。都立大学の教授・和田清美氏と天理大学の教授・魯ゼウォン氏が下関を研究するために来られた。3年目の現地調査であるという。私が被調査者のインフォーマントになった。二人とも私の『植民地と文化変容』(御茶ノ水書房)を読んでいるというので繋がりのある人脈の話から豊浦の堀麗子氏の話などに広がった。二人のお客様と教会のメンバーたちと一緒に海が見下ろせるところでティタイム、談話をした後、私の研究室と研究所を紹介して駅まで送った。関釜フェリーのボッタリ商人の調査のためにまた来たいと言いながら二人は手を振った。

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「海外名士招請特講」

2018年10月27日 04時51分22秒 | 研究業績

 釜山のある大学校から「海外名士招請特講」というタイトルで招請を受けて日程調整で半年が過ぎた。小さい研究会ということを知った。日帰りの日程になった。「大きい」タイトルでの「成功談」から「小さい」「失敗談」になりそうである。頼まれる主題は大体、慰安婦、植民地、シャーマニズムが主である。明日は市内で慰安婦、明後日はシャーマニズムと講演と講義が続く。来年は大阪で在日、ニューカマーについて語る。分野が広いが決して「物知り博士」ではない。今はすべての人がスマートフォンなどを持って物知り博士になっているように思える。ハーバード大学のサンデル教授の授業映像を学生たちに見せながら「女性らしさ」を女性が売り物にするのか、男性の性差別なのかなど根本的な思考や問題点に迫る講義を目指している。社会で切迫している問題に関して根本的に問いかける紙本、電子冊子を書きたい。また語りたい。お知らせがある。大阪の第七芸術劇場シアターセブン06-6302-2073「映像×民俗」について語る。*2018128日(土)『冥界婚』(2016/1999年撮影/104分)監督北村皆雄氏と対談。2016年枕夢獏氏(写真)、2017柳美里氏と、今度の北村皆雄氏とで三回目のトークショー。

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私の研究は3K

2018年10月10日 05時40分51秒 | 研究業績

 「私の戸籍」という固定コラムの原稿を送った。複雑な私の履歴に編集者は「いろいろ考えさせられた」という辛いコメント。新著『植民地朝鮮:映像が語る』の最終校正を終えた。20年ほど前、執筆して出版社から断わられても修正を繰り返し、韓国語で出版、そして日本語版を出すことになった。私の研究は常に世間と葛藤するテーマが多い。シャーマニズム研究では国粋主義者と並べれることが嫌だった。戦争と性はフェミニスト、現案の慰安婦研究はセンシティブな日韓関係が気になる。私の研究は3K「汚い、危険、きつい」作業であると思う時がある。気楽な学者から「やらない、なにもしないのが上策だからだ」という囁きが聞こえる。昨日遅く科研申請案内の話を聞くと、また研究と国家政策との関係が気になる。

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前田晋太郎下関市長と会って

2018年10月03日 05時33分17秒 | 研究業績

 昨日午後前田晋太郎下関市長とお会した。『朝鮮通信使登城行列図』(民俗苑、2018.8.30)をソウルから来られた洪鐘和社長から直接献本。磯永氏と私も同席した。前日の長周新聞に詳しくよくまとまった新刊案内報道があったがその続きに、毎日新聞と山口新聞から二人の記者が取材に来られ、この本が市民に紹介されることになった。出版を企画した者として嬉しい。前田市長には下関市立歴史博物館所蔵、下関の東亜大学の磯永氏と私が参与し、韓国語と日本語での出版の意義について説明した。研究室に戻り、私の新著の題など最終的な調整を瞬報社の大崎氏らと5人で討議した。仮代『植民地朝鮮:映像が語る』と決めた。

今朝の毎日新聞記事は上の写真です。

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張竜傑教授が論文

2018年09月10日 05時53分27秒 | 研究業績


 アマゾンに注文した英語書『マリノフスキーの日記』が㏩ほどでスイスから送られてきた。私の記憶、体験、日記などを再吟味するのに参考にしたい。以前は英語の本は英語の勉強を兼ねる意味が大きかったが今は勉強というプレシャーはなく、楽しんでいる。ネット上辞書を引くのも楽しい。そんな中、英語のメールが飛んできた。去年本欄で触れたが、拙著『韓国の米軍慰安婦はなぜ生まれたのか』(英訳あり)『朝鮮戦争で生まれた米軍慰安婦の真実』に関して慶南大学校の張竜傑教授が書いた論文を紹介したことがある。もう一度言うと、朝鮮戦争の時、民衆が北の共産主義や南の民主主義など政治的イデオロギーに無知、無関心のような態度deideologyをとったので無事であったという、うまりイデオロギーに乗って運動した人は処罰されたということを述べたことがある。それをアカデミックに注目し、論評を書いたものがアメリカの有力研究誌に紹介されそうである。

Below is the excerpt of your research which has left us a deep impression:

Title: Through korean war, comsidering ambiguous mind of the public people -On focussing why are the US army comfort women produced in korea

Abstract: This study is going to reinterpret the happening by ethnographic depiction between the US army comfort women in a country at the Korean war. ……。

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『文明研究・九州』12号

2018年09月01日 05時25分52秒 | 研究業績

 「いま朝鮮思想を語り合う」という題で国立民族博物館名誉教授中牧弘允先生の司会で京都大学の小倉紀蔵教授と「対談」したものが学会誌『文明研究・九州』12号に掲載されたものが届いた。私は著名なお二人に久しぶりにお会いし、打ち合わせなして対談したので不備なところがあるにしても新鮮さを感じた。学会の会員などとも多く対話、テープ起こしから編集まで大変お世話になった。ここに感謝を表したい。
 私は小倉氏の『朝鮮思想全史』に、彼は私の『恨の人類学』などのシャーマニズムに触れられ、話が始まった。拙著の韓国語版もあるが、日本語版では読者の数が100倍以上であり、またこのように最高の学者から読んで頂きコメントを頂けるだけで嬉しい。いま紙出版の危機と言われているが、日本の読者層はまだ厚く、質が高い。著者たちも読者へ、より接近する努力が必要であろう。

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第3弾の本

2018年08月31日 05時43分53秒 | 研究業績
 昨日は韓国からの留学希望者の学生と母親たちに会って説明会を行った。学生たちには通訳は要らないほどであり教員たちが誠意をもって説明、満足していただいたようである。その直後韓国から講演依頼があった。日程調整できず受け入れられなかった。読書会では私が戦争の残酷さと面白さ、ドキューメントと映画の差について問題提議をした。ただの事実factではなくストリーと美が加わって面白くなっていくプロセスを話した。深めて執筆したい。学問、研究そのものより社会評論的になっていくのではないかと考えている。
 出版社から読者カードと全国の数十の新聞に公告した資料が届いた。本の売れ行きを心配しながら感謝と申し訳はない気持ちである。拙著『慰安婦の真実』の発刊以降「慰安婦」に関する講演依頼が多くなった。第3弾の本は『反日から親日へ:世界の植民地を歩く』という内容で考えているが読者からの反応が気になる。
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原田環先生の書評

2018年08月19日 05時18分11秒 | 研究業績

 朝夕涼しくなった。長い盆休み、大学閉鎖も長く、研究室の熱帯植物の鉢物に水をやり、研究所で執筆もした。原田環先生からお電話、拙著への書評が届いた。忙しい、感謝の一日であった。私の本を精読の上、要約そして評価してくださった名文の書評である。読者にも紹介したい。

崔吉城著『朝鮮戦争で生まれた米軍慰安婦の真実』(ハート出版、東京、2018年)

                        県立広島大学名誉教授 原田 環    

本書は、『韓国の米軍慰安婦はなぜ生まれたか』(ハート出版、東京、2014年)、『朝鮮出身の帳場人が見た慰安婦の真実』(ハート出版、東京、2017年)等で、慰安婦問題を熱心に取り上げてきた文化人類学者の崔吉城氏が、『韓国の米軍慰安婦はなぜ生まれたか』を全9章の1冊の本に増補改訂したものである。新たに韓国のセマウル運動、韓国陸軍士官学校での生活にも言及していて、内容がより豊かなものになっているが、本稿では紙数の関係上、慰安婦問題に絞って検討したい。

慰安婦問題については、2015年に日韓の外相間で「最終的かつ不可逆的な」解決を図った「日韓合意」が確認されたが、韓国側の日本批判は止まない。韓国は第二次大戦における朝鮮人慰安婦の存在を日本の性犯罪とし、「強制連行」「性奴隷」等の言葉を用いて批判している。この韓国の動きは、慰安婦の存在を日本の不法行為の結果発生したものだという外在論が前提になっている。

これに対して崔氏は本書で、慰安婦問題は「強制性」に絞って議論すべきだとした上で、慰安婦が誕生する朝鮮社会の内在的歴史要因に目を向けることを提起している。具体的には、自らの個人史を経糸に、朝鮮戦争(1950-53)と「貞節」ナショナリズムを緯糸にして慰安婦問題を取り上げている。自らの個人史を柱の一つにしているため、慰安婦問題を韓国内部から歴史的に捉えたものとなっている。

そもそも慰安婦とは何か。崔氏によれば、慰安婦とは戦場において軍人に慰安を提供する女性(売春婦)であった。慰安婦をめぐる運動では戦前のものをターゲットにしているが、戦後にも存在した。これらの慰安婦の存在が、慰安婦問題において、「強制」を伴ったものか否かが問題になっているのである。戦前の慰安婦に関しては、崔氏は先の『朝鮮出身の帳場人が見た慰安婦の真実』において、帳場人の朴氏の日記による限りでは、日本軍の「強制」は見られなかったという。

戦後の慰安婦については、崔氏は朝鮮戦争の国連軍において直接見聞したという。朝鮮半島は1945年に日本の植民地支配から解放され、1948年に北緯38度線以南に大韓民国(韓国)、以北に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が成立した。その後1950年に北朝鮮が韓国に侵略した結果、朝鮮半島全土を戦場とする朝鮮戦争が始まった。これに国連軍(米軍中心)、中国軍が参戦した。崔氏の故郷、韓国京畿道東豆川も戦場となり、韓国軍、北朝鮮軍、米軍、中国軍が相次いで進駐した。

この時、中国軍以外の軍隊によって村の女性に対する性的暴行が起きた。主要には米軍であった。当初、東豆川の村民は米軍が共産軍から村を解放しにやって来たとして歓迎したが、米軍は村の女性達を襲い性的暴行を行った。韓国軍も自国の女性に対し性的暴行を行った。

崔氏によれば、この状況に対して村は儒教的な伝統的倫理をゆるめて、外部から売春婦をいれるとともに、各戸の部屋を売春婦に貸し出し、利益を得た。村人は売春婦を歓迎し、村は売春村と化した。売春村になると村では、米軍の性的暴行はなくなった。村はあたかも慰安所のような状況を呈した。慰安婦は外貨を稼ぐ存在となった。かくして村の利益のために米軍慰安婦が誕生した。売春は不特定多数を相手にし、慰安婦は軍人を相手にした、セックス産業であった。

朝鮮戦争以後もセックス産業は栄えた。米軍基地の周辺には売春地帯が形成された。1970年代、朴正煕政権は一方で売春婦(慰安婦)の行動を貞節の面から取締りながら、他方で外貨獲得と朝鮮半島の安全保障のために、彼女らの行動を愛国視した。韓国政府は米軍の性暴行や売春に対して大きな問題にしなかった。今日、韓国政府は慰安婦問題に関し米国に非常に寛大であるが、日本に対しては厳しく、政治的外交的カードとして用いている。

ところで崔氏によれば、村の儒教的な伝統的倫理とは、女性が守るべき「貞節」をさす。「貞節」とは、女性が課せられた「婚前の純潔」と「一夫従事」(「不事二夫」、再婚禁止)のことで、女性にとって命より大切なものと見なされていた。これに対して、男性は買春も、妾を持つことも許容されていて、明らかにダブルスタンダードであった。朝鮮社会における「貞節」とは、女性にだけ屈従を要求する家父長的「男尊女卑」によって女性を虐げるもので、再婚禁止などは、女性の再婚を妨げセックス産業においやる場合もあった。

崔氏は、慰安婦問題の「少女像」は、現代版「貞節」思想を具現したものだという。「少女像」は「貞節」の「烈女碑」から来たもので、「烈女碑」は李朝時代に於いて「一夫従事」(「不事二夫」、再婚禁止)を守った女性を表彰したものである。

「少女像」を反日慰安婦運動体が担ぐのは、朝鮮と日本の国家の関係を、純潔な朝鮮人の女性とよこしまな日本人の男性に置き換え、朝鮮人女性がよこしまな日本人によってその純潔を奪われ慰安婦になったとのシンボリックな想定がある。朝鮮が日本の植民地になったことを、朝鮮の純潔が日本によって奪われたとイメージ化することによって、反日ナショナリズムを高揚して国民を統合し、対日交渉を有利に進めようとする意図がある。このセックスナショナリズム、言い換えれば「貞節」ナショナリズムの根底には伝統的な「貞節」観が今日も生きていて、女性の解放につながっていないと崔氏はいう。「少女像」は反日運動のシンボル・手段であって「烈女碑」に示される伝統的韓国社会内部の男尊女卑を否定するものではない。

 本書は、文化人類学の立場から慰安婦問題を韓国社会内部から女性を視点に据えて検討したもので、客観的で説得力のあるものとなっている。本書には崔氏の体験に基づく知見が示されていて有益である。今後、本書が契機となって「貞節」ナショナリズムのさらなる研究が進展することを期待したい。

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インタービューと伊東順子氏の書評

2018年08月03日 05時15分33秒 | 研究業績

 百貨店に行き、くまざわ書店にも寄った。私の寄稿文の入った雑誌『歴史通』、新刊拙著『米軍慰安婦の真実』と『慰安婦の真実』が20冊ほども店頭などに平積みになっている。私がここに住み、大学、在職中であるので本屋の配慮であろう。感謝である。しかしこの地域の新聞などのメディアは一切触れていない。本欄読者も下関の人が一番多いと思うが、なぜメディアは関心がないのか。もし右、左を意識しているのであれば、メディアの姿勢は間違っていると思う。その中に全国的評論紙である「日本時事評論」(2018.8.3)に田村伸氏の私へのインタビュー記事が2面全面開きに記載されている。私の研究からの見解が詳しく語られている。また昨日本欄に紹介されている伊東順子氏の書評が寄せられている。本格的な書評に心から感謝、感激である。本を読んでいない人たちのうわさ話とは異なる。昨日の読書会では慰安婦に関して韓国のダブルスタンダードつまり反日と反米への異なる態度、韓国の貞操観について議論した。

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伊東順子氏の書評

2018年08月01日 15時23分29秒 | 研究業績

伊東順子

崔吉城著『米軍慰安婦の真実』を読んで

崔吉城先生のテーマは、いつも興味のストライクゾーンに入ってくる。先に書かれた『朝鮮出身の帳場人が見た慰安婦の真実』もそうだったし、植民地における宗主国の建築物に関する比較研究もそうだ。オリジナリティのあるテーマが、独自の調査と思考で論じられていく。韓国関係の本はいささか食傷気味でもあるけど、崔先生は特別だ。いつも最優先で読み、そして考える。

この本も何度も読んで、ずっと考えている。

少年が見た米軍慰安婦の村

生まれた村が米軍慰安婦の村になった物語は、著者の幼少期の体験から始まる。好奇心旺盛な少年が新しいもの、珍しいものを、積極的に観察し記憶する。著者は幼い頃の自分に問いかけ(インタビューし)、記憶(証言)の裏付けをとっていく。一流の文化人類学者が自分自身を取材対象にして物語を再構築していく、この本の前半分は掛け値なしに面白い。
特に日本の敗戦から解放、朝鮮戦争の部分は、私自身が昨年インタビューし、まとめた「北朝鮮出身の元NATO軍軍医、ドクター・チェ」(『中くらいの友だち』第3号)とも背景を同じくする。38度線と軍事境界線は違うのだという確認は、奇しくも私自身も強調した部分である。
さらに、この物語は私の母の物語にも通じる。私の母も80歳を前に自分の記憶を一冊の小冊子にまとめたが、それは自分の生まれた街が「遊郭」になった話だった。軍の連隊が置かれて軍都となると同時に、市の一角には遊郭が、計画的に作られた。母は幼い目で見た遊郭の様子を、70年後に文章にした。日本の遊郭で暮らす少女もまた、朝鮮の慰安婦の村の少年と同じぐらいの好奇心で、街と世の中の変化を眺めていたのである。
前半はあっという間に面白く読んだのだが、後半では疑問がいろいろ出てきた。大きくは以下の2つだ・
1, 韓国人の民族感情に、対日と対米で大きな差があるのか
2, 韓国人と日本人の貞操観念の違いは、近代化の速度の差によるのか。あるいは文化的にまったく異なる素地があるのか。

1, 韓国人の民族感情に、対日と対米で大きな差があるのか
7月半ば、愛知大学のオープンキャンパスで担当している「現代韓国事情」の最終回、崔吉城先生の新刊『米軍慰安婦の真実』を紹介しながら、「米軍基地村での性売買”慰安婦”に損害賠償」問題をとりあげた。「米軍慰安婦」については今年2月、韓国の国家責任を認める判決が出ている。http://japan.hani.co.kr/arti/politics/29733.html 
「日本以外の国にも『慰安婦問題』があったなんで、私はいままで知りませんでした。大変、ショックです。なぜ、知らなかったのでしょう」
女性受講者が何度も驚きを訴えた。すると、男性受講者が「それは、マスコミが偏向しているからです」と決まり文句。それに対して、「偏向というより、視聴者が関心がないことは報道しないだけでしょう。日本軍慰安婦問題は日本に関係があるけれど、米軍慰安婦問題は直接関係ないから」と、常識的な意見が出る。
ただ、「米軍慰安婦」は韓国でも長い間、大きな問題とされずにきた。日本メディアの偏向云々についてはともかく、韓国国内の問題に関しては、私が説明する必要がある。
崔吉城先生は『米軍慰安婦の真実』の中で、「対日」と「対米」のダブルスタンダードを指摘されるが、私はそこがうまく理解できない。韓国人は日本に対しては厳しく、米国に対しては甘いということがあるのだろうか?
私自身が暮らした1990年代~2000年代の韓国は、反米運動がとても盛んだった。それを洋泉社新書の2冊の著書にも書いた。たとえば光化門の米国牛肉輸入反対デモに2万人、ところが同じ時期の日本大使館前の慰安婦関連集会には200人というのが、日常的な風景だった。韓国人のナショナリズムは「敵」が明確な「対抗ナショナリズム」という印象が強いが、その「敵」は状況によって相手を変えるように見える。時には「反日」、時には「反米」、また「反中国」を強く感じる時もある。それは時の政府の、政治外交上の事情が深く関係しているように思う。
「慰安婦」問題についても、民族的な感情というより、政治的な便宜主義(政治外交のカード)を強く感じる。しかし、崔先生は、国連軍の性的暴行や米軍慰安婦がこれまで語られてこなかったことを問題にする。
「ここで、どうしても私に、一つの疑問がわいてくる。なぜ、明らかな犯罪である国連軍の性暴力、つまり米兵が朝鮮戦争の時にひどい性暴行をしたということは、彼らにとっての問題にならないのか。なぜ、韓国の人たちは、このことを取り上げようとしないのか」(p179)
「韓国の人たち」というのは、政府と国民の両方を指すのだろうか? 
ただ、日本軍の従軍慰安婦についても、韓国政府が真剣に取り組むようになったのも2000年代に入ってからだ。1990年代以前には政治交渉に持ち出されることも、国民的な運動が起こることもなかった。
さらに、私が疑問に思ったのは、次の部分だ。
「性の問題に関して、フェミニズムとナショナリズムは、常に緊張関係にあったが、敵対(?)する日本に対するものとは対照的には、アメリカに対しては非常に寛容だった」「つまり、米軍相手の売春は比較的自由であり、法律的な制約はあまりなかった」(P180)
少なくとも、朴正煕大統領時代のことを考えるなら、「日本に対するものとは対照的」というのはあたらない気がする。 崔先生も本書の中で言及されているように、日本人観光客相手の売春も特別な許可証を与えられ、かなり自由に行われていたからだ。 そして一般国民はといえば、米軍相手の「ヤンカルボ」も、日本人相手の「キーセン」も、同じように差別し、蔑んでいた。

2,韓国人と日本人の貞操観念の違いは、近代化の速度の差によるのか。あるいは文化的にまったく異なる素地があるのか
p190から始まる「韓国人の貞操観念」という章は、大変、面白い。たとえば、「韓国人は性を抑制するために、禁欲するのではなく、謹慎する」(p191)
ここまで、儒教における性を、キリスト教や仏教などと比較して、上手に表した言葉はないのではないか。儒教は謹慎を強いる、それは女性にのみ厳格で、男性には寛容というダブルスタンダードである。性を謹慎するとは、――つまり女性においてのみ、夫に出会うまでは謹慎期間が続く。そして結婚後は夫以外との性は、たとえ夫と死別しても、「永遠の謹慎状態」となる。
ところで、その後に登場する日本人と韓国人の貞操観念の違いについては、少々理解にしにくい。たとえば「冬のソナタ」が例にあがっているが、確かにここに出てくる貞操観念は日本では1960年代までの意識にように感じる。つまり、先生が指摘されるように、日韓で、特に女性自身の貞操意識に「時差」があるのはわかるのだが、それは単に近代化の速度の差なのか、儒教や韓国文化に根ざした意識のせいなのかが、うまく読み取れない。
それはおそらく両方だと思う。
この後半部分については、ぜひ2000年代以降の韓国の変化が書き加えられるべきだと思う。
本書には1995年代半ばの大学生の性に関する意識調査の結果が例として引用されている。私はその頃、梨花女子大の学生たちと同じ下宿で暮らしていいたので、この部分はリアルに理解できる。たとえば、同じ下宿にいた女学生が強姦されたことがあったが、彼女を慰める言葉が「処女膜再生手術があるから、そんなに落ち込まなくていい」という言葉であり、実際に彼女はすぐに手術を受けた。あるいは、日本の女子高生は自転車で学校に通うと言ったら、「そんなことをしたら処女膜が破れるじゃないか」と言われた。
ただ、その後に韓国女性の変化した。2000年代に入ってから、「戸主制の廃止」、「同姓同本の結婚の許容」、「姦通罪の廃止」など、女性に関する法律が矢継ぎ早に改定された。また新生児の男女比率も解消され、今はむしろ「娘がほしい」という声を現実社会ではよく聞くようになった。また、処女膜再生手術よりも、出産後の膣を締める手術が話題になったりもした。そして、昨今のMeToo運動にいたるまで、韓国の女性たちの意識は大きく変化している。
それは表面的なものなのだろうか?
崔吉城先生の著作はいつも刺激的だ。とりあえず、ここまで書いておいて、あとはもうちょっと考えようと思う。

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