崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

韓国の民主主義は健全

2014年04月30日 04時43分13秒 | エッセイ
 旧友の李相日氏がホテルに来て近いところでフユアオイ(冬葵)スープで朝食を共にした。この味で50年も遡って、私たちの話も古い話であった。若い世代への批判を含めて、長く人生放談をした。彼は大学を定年してからアートホールの理事長を7年も経て80歳を過ぎてようやく役職ゼロのフリーな人になった。彼は人生や学問の虚しさを語った。私は文化人類学を続けているのは学問を糧にするというより、人と会って話をして縁を作る楽しさを語り、対応した。昨日タイムキャプセル博物館について書いた本欄を読んだ女性から電話がかかってきた。そこで私が会った館長の呉氏と彼女の夫が友人、そして本人は啓明大学85学番という弟子であり、電話は長く楽しかった。
 広大で博士号を取得した崔錫栄氏が博物館長をしている国立劇場へ初めて行った。彼の勤務する博物館は国立劇場の中にある。美しい自然の景観に感嘆した。劇場にはただただ人がおらず静かな公園のようであった。ここで勤務するだけで幸せではないか。劇場でありながら公演などが一切中止されているという。船の沈没事件で、特に予定している劇は笑いと海の場面があって自粛せざるを得なかった。韓国全体が悲痛、危機感などが混合している。
 その中で朴裕河教授のグループの従軍慰安婦のシンポジウムがプレスセンターで開かれて1時から5時まで黒田勝弘氏、平井氏と同席して聴取した。朴氏と和田春樹氏の経緯説明が発表されてから休憩時間に朴氏とは初めて挨拶を交わした。互いにFBなどで知っており、親しさを感じた。第二部には釜山挺身隊問題対策協議会会長の高齢の女性の金文淑氏が韓国女性がそんな話を公に語るのは「恥ずかしい、韓国の女性はそんな話はしない。私が慰安婦だったら死ぬまで話さない」といい、私の後ろからヤジが聞こえた。しかし強い語調で社会運動家の若者たちが彼女たちに綺麗な服装や化粧させて「一日10人、20人も相手した」と話させるのだと言う。金氏自身は慰安婦を10人ほど連れて日本に行き、静かに裁判をさせたことはあるという。韓国日報の黄氏は日本は小さいものでも間違ったら全体が間違ったと否定する文化であり、「強制」というところの話が間違ったら聞く耳をもたず戦争責任さえ投げてしまうような思考構造の国であるという。韓国はアジア女性基金について寛容の心が足りなかったとも言った。。
 質疑の時間にフロアーから「日本が謝罪したことがあるか」という質問に金氏は「見舞金」自体が謝罪になると答えた。謝罪する心がなかったらなぜ大きいお金を出すかと答えた。戦争を裁判で計るような法律が日本にはないかという質問には答えが足りなかった。私は発言したがったが抑制した。
 戦争や植民地への賠償は65年条約で終結した。それは戦争を戦後裁判はしないということは基本的な法精神であることは明らかである。しかし人権問題は戦争とは関係なく問われるのである。そこで登場したのが慰安婦問題である。韓国人にセンシティブな性モラルを刺激するので運動家や政治家たちがクローズアップさせているのである。慰安婦問題はセックスという性倫理を強調するので韓国民に訴える影響力があるからである。しかし日本や西洋社会では売春自体はそれほど道徳倫理的な犯罪とは思われず、場合によっては職業として認めるようでありそれを問題にすること自体が職業差別にもなりかねない。ただ問題は拉致、強制、奴隷などである。それが人権犯しの核心である。韓国の運動団体や政治家が慰安婦を利用していることは金氏の言うとおりに明白なことであろう。
 昨日のシンポが悲痛な状況でも行われたこと、金氏が発言したことも許される韓国社会に民主主義は健全だと強く感じた。
 
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人との出会い

2014年04月29日 05時42分09秒 | エッセイ
雨の中の歩き。二つの研究テーマに迫った調査の一日であった。午前インタネット新聞「デェーリニュース」を約束電話もなく訪問して印輔吉社長に会った。彼は高校の親しい同級生、朝鮮日報の編集局長を二期した経歴者である。定年してもバリバリ仕事をしている現場を見て嬉しかった。また『月刊朝鮮』の編集局長であって朴正煕研究家である趙甲済氏に電話して昼食をご馳走になりながらセマウル運動の研究協力と日韓関係について談話した。彼は伊藤博文の孫にインタビューしたことや萩を訪問して吉田松陰について知るなど幅広くマスコミの中の日本通であると思った。
 午後、ホテルの帰り路に二回も迷ったが出版社民俗苑に寄り、会長に挨拶、社長の運転、朴顧問と同席し、ソウル北部の都市の坡州へ板門店やわが故郷の方へ向った。タイム・カプセル博物館で館長呉埰鉉と会った。彼は大邱の慶北大学出身、イタリア留学5年の彫刻家である。彼は昔古本屋から「慰安所帳場人の日記」を購入した経緯を語ってくれた。その本が去年2013年韓国で出版されて話題になった。彼は研究に協力してくれると言って下さった。ホテルに戻り民族問題研究所弘報室長の朴漢龍氏と会った。彼も私と直接会うことが嬉しいと言いながら「慰安所帳場人の日記」に関する研究協力をすると言って下さった。
 研究調査とはまさに人との出会いである。一日中歩いて、すべてが友人になり、良き友人を作ることのような、人との出会い、縁の大切さを痛感し、感謝であった。
 
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先進国化には時間がかかる

2014年04月28日 04時57分38秒 | エッセイ
黄金連休の始まりの韓国ソウル行きの飛行機はガラガラな感じ、それもほぼ若い女性が目立ち、私の世代の人は私一人でその場にふさわしくない客になったようであった。日本最大のゴールデンウィークに韓国行きの客が少ないのはなぜだろう。日韓関係が如何に悪いか、あるいは不幸な船の沈没事故の国への観光を控えているという意味か、憂いを感じた。私はゴールデンウィークに観光に来ているわけではない。仕事のための出張である。
 出版社から迎えに来てくれて一緒に食べた昼食はのチョングチャンは最高の味であった。日本の納豆に似ているとはいっても私の古里の味であった。メニュをみて日本より決して安くはない。日曜日でもスターバックスには若者がいっぱい。時間制限のない自由なコーヒーショップに座って洪社長と共同翻訳朴氏、絵葉書研究家の権氏などと出版編集会になった。また文化観光部の姜賢秀氏家族が来てくれて話は数年前のことに戻った。懐かしい。友人たちに電話をしても不通、システム的に番号が変更しているという。通信がスムースに変わることもできていない。IT産業の発展と不逞な変化、IT先進国と言うにはまだ早い。
 話題の多くは「船の沈没事故」であり、国を挙げて反省していること、総理大臣が辞表を出したということがトップニュースである。多くの話は主にテレビによる情報であり、日本側の情報は共有されていないようである。日本から事故直後救助を申し入れたことは韓国ではあまり報道されず、自衛隊(軍)が来るという脅威の報道はあったようである。それは日本の朝鮮出兵や植民地の悪夢を想起させたのではないだろうか。
 遅すぎる救助活動、遅すぎる議論ばかりが広く話題にされている。金大中大統領によるIT産業の成功以降韓国は世界的に注目される先進国化へ進んでいる国であるが、大きい社会問題を露出してしまったのは残念である。船主の非道徳的な面が大きくクローズアップされているが、彼の黄金万能主義の成功物語りの裏ではどのくらい不正組織が支えてきたか反省すべきであろう。先進国化には時間がかかるという警告でもあろう。悔い改めて社会改革が行われ、名実に先進化へ向かうようになる機会としてほしい。
 
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思いがけないお祝い

2014年04月27日 03時22分31秒 | エッセイ
桜の花見に春を迎えた喜びのさなか、韓国珍島沖で起きた悲惨事がまだ収束完了されないまま4月を終えようとしている。単純な沈没の事故と思われたが、初動対策ができず多くの乗客の救出ができなかったことには苛立ちと悔しさと憤りを覚えた。危機においてはパニックになることを勘案しても救命ボートも作動させず、船長をはじめ乗組員が先にすべきことを放棄して船から離れ、さらに船長が宗教人であること、行政監督などまで膨らんでいって韓国社会の問題点そのものであるということになった。韓国のこのような状況は中国に似ている。しかし今韓国は「親中」政策をとる。経済大国、「大国」へ向かうことは当然であろう。しかし個人所得は中国の国民1人当たりの年間所得はアルジェリアやアルバニアと肩を並べており、米国の10分の1しかない。世界84番目だということを考えなければならない。また人類史的に非難される帝国主義をコピーしているような「大国主義」を警戒しなければならないのに若い青年を中国に留学させるということは韓国の未来に大きい問題になると思う。
 日本の北部では桜の花見が続く中、オバマ大統領歓迎ムードが残っている。これから長い連休が続く。昨日わが夫婦は海辺の食堂で昼食をとった。焼き肉店「やすもり」から家内の4月12日の誕生日祝いの葉書が来てしばらくなっていた。4月が過ぎる前という期限限定のサービス券であった。昼食のデザートとして3種類のシャーベットと小さい爆竹とお祝いの文字が書かれた大きい皿を受けた家内は大喜びであった。誕生日は過ぎてからのお祝いであるが、思いがけないお祝いであった。帰宅して、お客さんを迎えた。山尾氏が竹の子を持って来られた。彼は第2期「楽しい韓国文化論」のOBである。昨年は彼の自宅の竹林でパーティをしていただいた。夕食はもちろん筍のご馳走であった。
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人権侵害

2014年04月26日 04時50分53秒 | エッセイ
兄弟喧嘩をみて親は兄には兄として我慢すべき、弟には兄に反抗してはいけないと、両側を叱る否定的な態度をとるのが一般的である。それは仲裁させる一つの方法である。しかしもう一つは両方とも正しい点を誉めながら仲裁させることがある。教育的には後者が効果があると教育学的に言われる。歓迎一色の日本から韓国へ着いたオバマ米大統領は記者会見で従軍慰安婦問題について「戦時中であっても人権侵害だ」と発言した。多くの人はワンダーフールリップサービスに聞こえるかもしれないが、私はクリスチャンとしてのオバマ大統領の人道主義的発言として大歓迎したい。日本の政治家に意見を求めると「差し控えさせていただきたい」と繰り返されるだろう。
 彼は韓国の朴大統領に過去の苦痛を拭い去る道を探ることが、日韓両国民の利益だとして未来志向を促す趣旨で話をした。日韓関係の最悪の状況に日韓両国にそれぞれ味方をして喧嘩を誘発させるのではない。彼の発言は政治的な手腕の言葉ではあろうが、真意は両側を認めながら喧嘩を仲裁させようとすることだと私は思う。日韓関係改善のため、特に朴大統領に誠意ある対応を求め、日韓双方に解決を促したこととして適切である。両国は「過去は誠実、公正に認識されなければならない」という言葉を真摯に理解すべきである。
 
 
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拉致「少女写真」と慰安婦「少女像」の対照

2014年04月25日 05時41分38秒 | エッセイ
 アメリカ・オバマ大統領が日本での盛大な歓迎ムードの中,今日悲痛な韓国へ向かう。私は本欄などで同時期に当選した「黒人大統領」と「女性大統領」それぞれ当選を歓迎する小文を書いたことがある。「明るい」アメリカの大統領と「無愛想」な韓国の大統領とは今対照的に感じている。昨日オバマ大統領と安倍総理の記者会見を聞きながら特に感動したところがある。オバマ氏が自らアメリカをはじめ、中国、ロシアなどの「大国」が力で押し付けることへの懸念を語ったことである。アメリカの政策などもそうであるが、私は彼の表情や思考力に感動した。その明るい表情を今日韓国では変えなければならない。日本では国賓、韓国では訪問者であり、決まった文句を語るのだろうか。
 昨日オバマ大統領が拉致被害者・横田めぐみさんの両親らと面会したことが気になる。早紀江さんがめぐみさんの「少女写真」を見せたのと韓国の慰安婦「少女像」が並んで頭に浮かぶのはなぜであろうか。二人の少女の人権を持って国際社会へアピールするのが日韓両国で共通であり、ただただ嫌に、悲しくなった。戦前日本と米国は敵の「鬼畜」として戦った国の間柄、今世界で一番(?)親しくと映る。私はまず国際舞台に拉致、慰安婦などの問題を持ち出さないように願いたい。オバマ氏は韓国では悲痛な統治者と国民を慰めることに留めてほしい。
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矛先

2014年04月24日 04時32分31秒 | エッセイ
 一昨夜のKBS夜9時のニュースには気になることがあった。一週間続いている特別ニュース「セウォル号」沈没事故に関する話の中、22日安倍晋三首相が靖国神社に供え物をしたことを報じた。沈没事故ニュース以外のものが伝わっているのは異様な感がした。日本のニュースでは参拝せず簡略にしたことが報道されたが韓国や中国では供え物と参拝は同様のものと報じた。極端に言うと参拝しなくとも心は参拝したのと同じであるということにもなりかねない。私は両国のニュースを合わせてみながら、この韓国のニュースは心配である。なぜなら韓国の悲しみや欝憤を晴らす「矛先を日本」に向けるのではないかという憂いを感じたからである。慟哭の国になっている。悲惨事には助けあうのが普通であるが、その原因を外に向け、恨んだりすることは危険でもある。
 悲しみより怖いのは憎しみである。憎まないためにはそれぞれの良心や倫理が必要である。怒り恨むことは自然な心理現象である。外に矛先を向けて怒る前に何度でも考え直す心理過程が必要だと思う。飲酒により発散することも良いかもしれないが、もっと良いのは「悩む」ことである。「祈る」ことも良いかもしれない。そして許し、肯定的になる。やがては悩みから解放されると思う。人の悩みや怒りの矛先になってあげるのも愛であろう。多くのカウンセラーは「矛先」になる心を持っているのではないだろうか。
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パン食

2014年04月23日 05時41分03秒 | エッセイ
 朝食のメニュがパンになることが多い。私はパンの味はわからないので食べる量の調節ができるので良い。私はパンは餅のように思っているので餅を朝食にするような物足りなさを常に感ずる。「古い世代」と言われてもしょうがない。若い時からなんでも食べると思ったが実はそうでもなかった。韓国からの女子留学生たちが韓国に行って来てトックボッキなどを美味しい食べ物として上げったが私の好みとは異なるものばかりであった。私が韓国の食文化から離れたからだろうと思った。今家内は私の口に会うチゲを作っている。それが私に会う本物の韓国料理と思う。
 今見て楽しんでいる韓国のドラマ「製パン王キム・タック」からパンの味は映像から感ずることができないので残念である。それより面白いのは社長の息子と女中との私生児の話である。社長夫婦の愛憎、相続問題、嫉妬、恋愛、陰謀などが総合して韓国社会を表す人間ドラマである。韓国ドラマで非常に一般的な親による戦略結婚、結婚反対も入っているが憎しみの食卓の雰囲気が重苦しい。私はエミリーブロンテ作の「嵐が丘」を連想した。数年前イギリスの舞台となったシェフィルドの記念館を訪れたこともある。自称人間嫌いの青年が「嵐が丘」を訪れ、家庭教師として入った館の主人の家の話である。全貌を知る古女中に事情を尋ねる、憎愛と復讐の物語。無愛想の妻、食卓を囲んでいても冷え切っている人間関係、客前でも平気でののしり合っている。復讐と財産の奪い取り、結婚させ財産を自分のものにしようと愛はなくても結婚、冷たい言葉と虐待、出産と生活の苦しみ、復讐と憎悪、愛と憎しみにより、幻覚を見て発狂した。最後に「嵐が丘」に戻り和解し、愛し合ったという。こんなストリーがなぜ名作なのであろうか。
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人権の武器化、「ヘイトスピーチ」(東洋経済日報掲載.4月18日)

2014年04月22日 04時52分27秒 | エッセイ
以前サハリンで調査の時、戦前からの在住朝鮮人がしばしば日本相手に賠償裁判について話をするのを聞いた。それは高木弁護士を通して30数回の裁判を行っても全部敗訴したので作戦を変えるべきだと、アメリカ在住の女弁護士からの提案であった。つまり戦争そのものを裁判としては勝訴は無理であるという。戦争や植民地を問題にするのではなく、「人権」であれば裁判で勝訴の可能性は高いといったのである。戦争では多くの人が死んでも戦死のようなものであり、戦後に裁判することは例外的なナチスや極東裁判など以外にはない。しかし虐殺や強姦など人権的なことであれば戦後にも長く残る問題であり、被害者が裁判で勝てるという。
 私はサハリンでの事例が今の問題を理解する上で非常に役に立つと思う。つまり人権問題であれば時効はなく、裁判で訴えることができるという。したがって強制連行、強制労働、拉致、慰安婦などなどほぼ人権問題が出現強調されるようになったのである。
 人権思想とは特に西洋社会での民主化の源動力ともいえる。それは韓国の民主化においても同様である。軍事独裁政権時代下に個人や集団の人権を守ってきた人権弁護士たちも多かった。感謝である。しかし、いつの間にか「人権」そのものが武器とされ、人を攻撃し、政治的に道具化されたのである。このような状況をみて私は大いに失望している。今東アジアの状況を見ながら人権思想への発展か、個人、国民、人民自らの人権思想を悟るというように考え難い。人権を武器化、道具化している感がしてしょうがない。日本が先進国と言う意識があれば率先して本当の人権思想をもって対アジア政策のパラダイムを変えるべきである。また韓国側からも性の問題をこの以上問題としないことが望ましい。


ヘイトスピーチのニュースを聞いて心が痛い。国際化、グローバリズムを叫んでいる現代日本社会では非常に異様な現象であるといえる。主に在日朝鮮・韓国人に対する嫌悪感情の表れである。それは健全な韓国、朝鮮批判とは異なる。悪意ではなく、根拠のある批判であれば嫌韓とはいえない。また韓民族の自慢や賛美のような話も控えるべきであり、批判したらすぐ嫌韓だと決めつけるのも良くないという人もいる。
 ヘイトスピーチは民族、人種、性別、弱者などを差別し、悪意、偏見などで嫌悪感情を持ち、それを表現することであり、世界的にも法律的にも禁止されている。しかし法律などで規制しても抑えることはできないだろう。考えてみるとそれは中国や韓国がいう歴史認識よりも「歴史」そのものであるといえる。それは近い歴史「植民地史」に遡る。日韓は古代から文化的な交流が部分的にはあったが、長い間、鎖国的な状況であった。不幸な歴史は植民地によって両国民・民族が統治者、被統治者という状況の生活レベルで付き合ったことが始まりであった。その時代は植民地が国際化、近代化の時代でもあった。そして戦後それぞれの国家は民族主義、国家主義を高め、国境という壁を高くし、植民地は終わっても様々な体制、人の意識構造にはいわば「歴史 認識」として残って、現在の状況にも強く影響している。それらを超えて本当の国家間の真の「国際化」になり得るのか、疑問がある。
 植民地の歴史は引き続いている。日本は靖国、韓国は慰安婦像、安重根記念館等々で憎しみを増幅してきた。ヘイトスピーチもその表れであろう。韓流・日流の日韓関係好調とヘイト、両国間の愛憎が対照的に表面化しており、悲しいとしか言いようがない。私は大学時代に恩師『韓国人』(高麗書林)の著者の尹泰林先生から紹介していただいたアメリカの精神科医カール・メニンガーの『愛憎(애증)』を思い出す。愛と憎の感情は別個のものではなく密着していて、相互関係にある、二つが混合すればアンビーバランスにもなる。しかしもっとも重要なことは愛と憎は反比例関係、つまり愛が重くなると憎は軽くなるということである。その逆も同様である。つまり、愛する人を憎み殺すまでに至ることがある。もっとも私に希望を持たせたことは憎むことから愛への変換が可能だということである。最悪の「嫌韓から親韓」への変化を強く期待する。
 アイルランドのヒギンズ大統領がロンドンの無名戦士の墓を訪問したことを聞いて、私は日韓関係に替えて考えてみた。イギリスは隣国のアイルランドを800余年間支配、侵略、植民地としたのでアイルランドの「反英」民族主義は強い。私は数年前アイルランドでその国の「悲しさ」を体感してきた。「親英」と「反英感情」により独立以来、ギクシャクしてきたのは日韓関係と非常に似ている。今度の大統領の訪問は最悪の両国関係を「和解」してくれるように歓迎したい。
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下関ホルモンTV

2014年04月21日 05時32分51秒 | エッセイ
 春になっても春を感じられる日は少ない。曇りか雨の日が続く。テレビばかり見ているとバカになるというが私がそのようになっている気がする。しかしニュースから目を離せない。執筆中の原稿が大分遅れている。韓国の船舶沈没の初動の救出の好機を見逃して死体ばかりを拾うような作業には私さえ欝憤が高まる。生きて船の中で残っているかも知れないという奇跡を待つ家族には絶望を与えるような場面が生中継のように続報される。冥福を祈るしかない。日本に比べて韓国では地震、台風など自然災害が少ないのに今度は「完全人災」とも言える。この事件からの教訓は大きい。韓国はキリスト教化の国でもある。主に経済発展による先進国への進行は早いが、安全と平和の道には時間をかけて質を高めるべきである。スピーディな社会へブレーキがかかったのである。少し前までは交通事故率も世界的に高かったが、今自殺率が高いという。
 下関ホルモンTVが5月3日からスタートするという唐戸スタジオを訪ねた。KRYTV出身の権藤博司氏が撮影、串崎氏が企画、富田氏の編集 坂本氏が営業のベテランの4人で営む。主にインターネットを通してユーチューブで放送する。コンピューター世代の3,40代が対象であろう。もうすでに数十時間分の録画が行われたという。5月3日先帝祭の赤間神宮の宮司のインタビューの編集中であった。もう一つのバカになる箱にならず「考えるチャンネル」になっていくことを期待する。私に何か支援できるか考えている。おめでとうございます。
 
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イースター

2014年04月20日 04時52分13秒 | エッセイ
インタネット続報と日本、韓国のニュース、CNNなどで新しい朗報を期待していたが悲報が届く。海洋の軍、警察、民間の600余名の潜水夫とロボットなども救命には繋がらず無力となり焦燥感が強くなる。この時点で36人の死亡、行方不明者266人であり、期待と失望の繰り返し、苛立ちが政府に向かっている(写真は毎日新聞)。潮流が速い、天候が悪い、海が汚れて視野が悪いという。不幸な事故に最善を尽くすべき状況は分かっても成果は少ない。潮流が速いとはいえ、6,7ノットである。私のマンションの前の関門海峡のネオン表示では潮流が速い時は最高10ノットにもなる。日本は島国であり、海上事故も多い国である。救助の支援参加の態勢を整えて待っているが、韓国は受け入れていないという。自分の不幸を自分で対処しようとするので誰も口出しはできない。特に韓国軍の強さ、優秀な先端技術を持っていると信じ、最善を尽くしていることは分かる。しかし水中でロボットが流れ、窓も砕けない。命の救出に準備して待機をしていた日本、アメリカなの協力があっても良いのではないか。ここで私は提案したい気持になる。生命尊重の緊急対策には政治、敵対関係は超えて協力するという機構を設置すべきである。学生時代に評論を書いた小説「西部戦線異状なし」を思い出す。陥井に落ちた二人の敵兵から戦争を見直すものである。
 今日は復活節イースターである。イエスは人類愛を主張して各地を歩いたのに、十字架にかけられて殺されて、復活したことを記念する日である。民間信仰ではこのような人は怨念を持つ幽霊になって祟る悪霊であるはずであるが、命の大切さを訴えている。世界がこの日を広く記念するが日本では今、NHKラジオでは「今日は郵政記念日」とだけ言う。キリスト教の信仰を宣伝することはなくても、「復活」の意味は重いことを認識してほしい。浅い科学知識によれば人は死によって完全に終わると思いがちである。命の死後はないことも事実であるが、真理ではない。なぜなら誰しも死後を懸念しているからである。死後に恥ずかしくならないように生き方を考えることは大事な発想であり、思想、信仰であると悟る日がイースターデーである。
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外来語

2014年04月19日 06時19分50秒 | エッセイ
東京から在日青年、東大大学院博士課程の李真煕氏がわざわざ下関まで訪ねてくれた。在日韓国人2世であるというが日本人とどう違うのか、彼は韓国籍の「韓国人」と言う。そして在日朝鮮人のアイデンティティを研究しているという。彼は韓国語を祖国の言葉であるが、外国語として学び、「韓国人だ」と言うのである。日本人とは何であろう。彼が話せる韓国語は彼の「(韓)国語」であろうか、外国語であろうか。母から学んだ母語は日本語であるという。韓国の国籍でありながら住民登録番号も持っていない、韓国民として「住民登録番号がない韓国人」である。しかし彼は「韓国人」として生きることを決めたのである。このような現象は多民族国家の中では異例とは言えないことである。韓国か日本の一つを選ぶ二者一択の問題ではない。「在日は在日」である。在日は一つのカテゴリーを持って生きることはできないか。それが多民族社会、真の国際社会ではないだろうか。
 アジア言語文化の講義で「外来語」を扱った。日本は中国から漢字文化を受け入れて、いまだに漢字は日本国の文字として使用している。世界的に有名な中国産の漢語は「茶tea」など多くある。また中国は「人権」など和製漢語を多く、日本から漢字語を受け入れて使っている。日韓ではもっと両国語の交わりが多い。韓国語からはチョンガー、キムチなど無数になるが、韓国でも日本語から「わりばし」や「うどん」などまた無数にある。しかし韓国では日本語から外来語を排除しようとするハングル浄化政策をとっている。それも反日政策である。中国は中華思想により外来語には排他的である。私は外来語から「国語」へ話を広げていった。「国語はなぜ必要であるか」と中国、韓国、日本の学生たちに問いかけた。言葉はコミュニケーションの手段であれば日本語、英語、中国語などを公用語とすることも可能であろう。学生たちは戸惑っていた。シンガポールの例をあげて一緒に考える時間にした。
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逆境

2014年04月18日 05時22分58秒 | エッセイ
 昨日は憂鬱な気持であった。韓国の旅客船の沈没、まだ生きている人が中に残っていると思われて一秒でも早く救助活動が進むように見守っていた。しかし天候が悪く、順調に進まずイライラしながら不安と失望。それに現地を訪問した朴大統領に家族たちが鬱憤,怒号したという。韓国の古い歴史書『三国史記』には頻繁に雷がなっても王が責任を感じ祭祀を行ったことが出ている。王は自然災害にも責任を持つ伝統的な意識は変わっていない。李承晩大統領が下野した年に多くの農民は凶作の原因だと言った。救出作業は遅れ、怨念が高まって大統領に怒号をしたことも理解できる。マレーシアの飛行機が海に墜落して、いまだに不明な時にまた海上事故の惨事が起きている。海岸に住みながら海峡の景色を楽しんでいながら海が突然怖くも感ずる。
 NHKの現代クローズアップの時間では韓国の船沈没を扱うと思っていたが、レジリエンス(resilience)が放送された。無関係のような関係のある話であった。不利な状況に直面しても、正常な平衡状態を維持することができる能力と定義されていて、つまり逆境を超えて行く心理的な力を表現する言葉である。研究によれば性格的に「脆弱因子」を持っていたとしても、「レジリエンス因子」が十分であればそれが働き、楽観的になれるという。それは生得的なものからその人自身によって獲得されるものまであるという。
 逆境とは何だろう。時々人はさまざまな失望と怨念を持つことがある。各自、自分自身の逆境を超えてきたはずである。今も世界的にも逆境は多く存在する。肯定的な生き方によって超えて行くべきであろう。(写真はネットから)
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韓国の旅客船沈没

2014年04月17日 05時10分43秒 | エッセイ
昨夜韓国のKBS9時のニュースを視聴した。韓国の旅客船「世越号」セウォル号が韓国珍島付近で沈没した状況を生中継報道した。ニュースを伝える数十人のアナウンサーやレポーターが「○○○から」字幕「○○○」「KBS○○○です」と過剰なまでに自分の名前を繰り返し耳触りであったが、あまりテレビ視聴はしない私もこの惨事のニュースは最後まで見守った。救助活躍は漁船や軍船、行政それぞれ熱心さをもって協力的であり感動した。まだ事故原因、行方不明者数などが不明である。ある乗客の家族は「船内にいる子どもから携帯電話でメッセージが届いた」と訴えた。船内に取り残されたという生徒から兄に携帯電話でメールが届いたという。生存者がおり、救出を求める内容で、「今ここは船の中、何も見えない。男子数人と女の子が泣いている。まだ私は死んでいない」と記されていたという。いる場所を言ってくれないので海洋警察庁は「確認できない」という。(photo:連合=合同)
 家族の怒りが爆発している。いち早く現場を訪ねた総理に暴言や暴行を行ったという。韓国のドラマなどで患者の家族が医師に暴言をはくことは頻繁にみられることである。それは患者への愛情の表現でもあり、韓国では容認される。今はまず救出に全力を尽くすべきであるのに、日本からみると異様な感があると思われる。日本では非難などは後から長引くのが常であろう。沈没船内のアナウンスの間違い、政府や関係者の乗客の被害者の数字の不正確さ、船長が代理者であり一番早く脱出したとか、朴大統領への侮辱発言や非難などの声もある。また多くの家族や関係者たちは夜明けまで埠頭で海を眺めて、行方不明者の無事を祈っている。このような多くの人々に応え、一人でも多く救出されることを祈る。
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STAP問題は日本の研究体制を問う

2014年04月16日 05時00分26秒 | エッセイ
 理化学研究所の小保方晴子氏の問題から多くの問題点と教訓が読み取れる。税金による現代版「国策研究」ともいえる研究の問題点が表れている。「国策」とは戦前の悪名高いものだけではない。放射能や地震予防、生命医学などに国家が集中して研究を支援することは当然であり、望ましい。その意味では国策といってもよい。文部科学省が学術振興会に支援する科学助成費(科研費)が主なものである。それは基礎科学の研究を含めても基本的には問題と解決の研究プロジェクト式の研究費である。したがってその科研費は勉学や教育のための奨励費や奨学金とは異なる。私も日本に来てから多くの研究費をいただいており、感謝している。
 理研の問題点も言われているが、研究ノートも検査を受けて印鑑を受けるという事務組織に誤解があるようである。いま世論はそれを望ましいとみているようである。私のような人文社会研究とはかなり異なると感じた。創意力による創造的研究行為は研究者個人の自由な思考と実験などによって成果を出すものであり、複雑な事務の手順を守る模範的な事務員的研究者からは偉大な発明や発見は出にくいのではないかと思っている。
 多くの研究は問題意識を持つテーマによって縦横関係によって支援と協力で行われている。縦的には主に研究を支援しているシステムである。それは学生に教える教育ではなく、研究がよく進むように事務的に支援することである。研究が上司の責任であるなどというのは研究の本質を誤解しているのではないか。研究者自身が事務的に印鑑を受ける手順ばかりでは偉大な創意ある成果は期待しにくい。一人の研究者は自由に無数に失敗と成功を繰り返しながら行われるように保障されなければならない。
 横の関係、つまり分野が異なる学問を繋げる学際的協力という言葉が流行しているように今一般的に行われている。古くは教授、助教授の組織や学派的な派閥的な研究グループを作っていたが、その古いシステムを払拭して異なる分野から繋げ協力するようになっているのは非常に革命的なことである。しかし一部の研究者はその意識や理解が足りず、ただ研究費を得る為に仲間の寄せ集めのように考えている。共同筆者にも軽く参加することもある。研究費を得る為に斬新なアイディアとタイトルをもって申請して、採択されるとそれとは掛け離れていて、ただの奨学金のように使われることもある。採択の厳しさと同様評価もより厳しくしてほしい。今度のSTAP問題は日本の研究体制を問うことである。改善を望む。
 
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