崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

映画「終戦のエンペラー」

2013年09月30日 04時45分34秒 | エッセイ
映画「終戦のエンペラー」を鑑賞した。1945年8月30日、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の司令官としてダグラス・マッカーサー元帥が日本に上陸。彼は日本文化に精通している部下ボナー・フェラーズに戦争犯罪者、天皇など戦争の責任者を探し出すように命令した。その中、ボナーは昔恋愛した女性を探すなど日本文化、日本社会へ尊重と理解、天皇を中心に戦争後の混乱を避け、日本復興へのアドバイスをする。そのような単純なストリーである。昭和天皇に戦争責任を問わないという政治な話では面白みがないので話を膨らませたような印象がある。天皇を裁かなかった裏ばなしのようなもので十分劇性があり、恋愛物語りは蛇足に感じてしょうがない。
 天皇が降伏宣言をしただけでも免罪されても良いとも思わされ、この点は普段否定的あった私が新しく認識させられたように感じた。私は戦後の独裁者大統領と言われた李承晩氏がデモ隊の先頭に立った学生たちが殺されたことを聞いて「下野(辞任)」を発表したことを聞いて感銘を受けたことを思い出した。いま考えるとそれは独裁の終末だけではなく、実はそれ以上人間の人命に関する責任感であると高く評したい。今シリアのアサド大統領が10万人以上の死者を出しても政権に執着する小者とは天と地の差である。独裁者にも独裁者になる資格があるのではないだろうか。辞任するか、暗殺されるか、絞首刑になるか、…。
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帝国の慰安婦

2013年09月29日 07時13分19秒 | エッセイ

 私は文化人類学講義で人間の性の原初的な面、すなわち結婚と家族、配偶者外の性、売春と遊郭の歴史、性と芸術および娯楽、妓生と芸者、軍と戦争での性、社会的ジェンダー、フェミニズム、社会悪としての性犯罪などを扱っている。 特に私が体験した朝鮮戦争で、人が死んだり負傷したりしている状況で人間失格的なものを見たのを土台に論文も数編書いた。 植民地研究では植民地遺産としての慰安婦問題、それは 政治的に再生産された問題を客観的に見るということがどんなに難しいかを実感している。
 慰安婦問題に正面突破した朴裕河氏の本が到着した。慰安婦問題を客観的で見てわかりやすい平坦明快な文章で記述している。私はこの本を読みながら色々な問題を考えた。 私の植民地研究は朴氏の研究とはたくさん重なる所がある。 より一層著者のに大きく期待しながらこの本を読んだ。 内容は、国家の管理、業者の加担、強制連行と国民動員、罪と罰、人身売買と売春、慰安所、韓国人協力者、挺身隊、被害意識、慰安と愛、慰安婦の帰還、公的記憶創り、性的奴隷、日本人の植民地認識、愛国の慰安婦、謝罪と補償、河野談話の問題を扱っている。
 私は過去韓国の日本学科に身を置いていた時、韓国の日本語日本文学系では主に日本の作家を紹介することが主をなしいた。当時 私は文学中心の限界を抜け出して外国学として社会的問題を扱うことを主張したものである。この 著者は日本文学を専攻した方として当面の慰安婦問題を対象に記述したという点でこれまでの変化を実感しただけでなく日本に対する研究を大きく進展させたと賛辞を送りたい。
 私は人間の性を基本的に肯定的に見る。性はとても動物的である。性交と結婚(カップル)は鳥類や類人猿などでもあることである。性モラルは別になくとも結婚し家族を作って生きてきた長い人類史がある。ところが性を神聖視して貞操を強調するなど宗教的文学的性愛と性モラルが強調されながら性を抑圧して抑制する文化が発生した。フーコーは性の快楽性を抑制した宗教を検討して人間の性、すなわち快楽の本質を検討した。性を管理することは普遍的だが社会によってその程度と方法はとても多様だ。
 この本を読みながら私は韓日間の政治的葛藤の問題よりは性への認識に対する根本的な差を感じた。慰安婦のというのは快楽の現場で文字そのまま慰安である。性交自体を労働で見るかという問題は別に置いて、それ自体を苦役、犠牲、恥でだけ見ることはできない。夫婦の性交が神聖ならばいかなる性交性愛も神聖だろう。売春を醜業といいながらも公娼と認定したことは東洋、西洋を問わず一般的だった時代があった。戦後にそのような歴史を否定してほとんど公娼を認めなくなったことは性を抑制しようとするのではなく性を夫婦愛や恋愛、夫婦などの次元でよく管理しようとすることである。
 韓国は儒教的性モラルができて、一夫従事すなわち女にだけ貞操を強調する文化になって性に対する見解は基本的に女性に限った。キリスト教の性モラルとは全く違う。私はこのような朝鮮朝社会の代表的な女性教育テキストであった『内訓』『女犯』等を分析して批判的な見解を学会に提示したことがある。最近では米軍キャンプの強姦と売春に対しても学会に発表したことがある。私が米軍の性暴行に対して口述対談した本が韓国テレビに嘘つきとして罵倒されたことはくやしい。
 私は和解のために本質的な問題に学問的に接近しなければならないとは著者と同感である。しかし一般社会というものは本質を抜け出して民衆の関心によりうわさを作って、それを式で形成していくことがあるからそれを学問的に捉えて立て直すことはほとんど不可能に近いだろう。社会というものはとかくそのような俗物のである。無知が有識を支配する構造は永遠に変わらないだろう。そのような世の中と戦うのは時間の浪費かもしれない。 などの言葉の意味も誤解されている部分も多いのでかなり努力が必要であろうし変えることは難しいだろう。しかし、この本を読みながら彼女によって韓国アカデミズムが進展することを期待してみる。

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『제국의 위안부』.

2013年09月29日 04時42分35秒 | エッセイ
나는 문화인류학 강의에서 인간의 성의 원초적인 면 즉 결혼과 가족, 가족 밖의 성, 매춘과 유곽의 역사, 성과 예술 및 오략, 기생과 계이샤, 군과 전쟁에서의 성, 사회적 성인 젠더, 페미니즘, 사회악으로서의 성과 범죄 등을 다루었다. 특히 내가 겪은 한국전쟁에서, 사람이 죽고 사는 지경에서 인간실격을 본 것을 토대로 논문도 수편 썼다. 식민지 연구에서는 식민지 유산으로서의 위안부 문제도 되외시할 수 없었다. 정치적으로 키워진 문제를 객관적으로 본다는 것이 얼마나 어려운가를 실감하고 있다.
위안부 문제를 정면돌파한 박유하씨의 책이 필자로부터 도착하였다. 이 책은‘위안부 문제’를 객관적으로 보고 알기 쉽기 평탄명쾌한 문장으로 기술하고 있다. 내용은 <생산적인 논의를 위해서>란 서문에서 시작하여 국가의 관리, 업자의 가담, 강제연행과 국민동원, 죄와 벌, 인신매매와 성매매, 위안소, 한국인 협력자들, 정신대, 피해의식, 위안과 사랑, 전쟁터의 포주들, 위안부의 귀환, 공적 기억 만들기, 성노예, 일본인의 식민지 인식,‘애국’의 위안부,사죄와 보상, 문제의 발생과 경과, 고노 담화 특히 2부에서 사죄와 보상의 문제를 다루고 있다.
나는 이 책을 읽으면서 여러 가지 문제를 생각하게 되었다. 내가 과거 일본학과에 몸담고 있을 때 한국의 일어일문학계에서는 주로 일본 작가를 소개하는 것이 주를 이루었다. 나는 문학 중심의 한계를 벗어나 외국학으로서 사회적 문제를 다루기를 주장하였다. 저자는 일본문학을 전공한 분으로서 당면한 위안부 문제를 대상으로 기술하였다는 점에서 그간의 변화를 실감하였을 뿐만 아니라 일본에 대한 연구를 크게 진전시켰다고 찬사를 보낸다.
나는 샤머니즘의 연구에서 시작하여 일제시대의 선행연구자인 일본인들의 연구로 연계되고, 다시 식민지 연구로 확대되어 지금에 이르고 있다. 처음 국문학,민속학에서 출발하였으나 민족주의적 성격을 벗어나고자 문화인류학으로 전환하여 식민지 연구를 하게 되었다. 그리고 나는 한일간을 왕래하면서 살고 있는 사람으로서 한일관계가 개선되기를 열망하고 있는 사람의 하나이다. 나의 식민지 연구는 저자의 연구와 많이 결치고 있다. 더욱 저자의 <화해를 위하여>에 크게 기대하면서 이 책을 읽었다.
나는 인간의 성을 기본적으로 긍정적으로 본다. 성은 아주 동물적인 것이다. 성교와 결혼(커플)은 조류나 류인원 등에서도 있는 것이다. 성 모럴이 별로 없이도 결혼 가족을 만들어 살아와도 이혼도 적게 살아 온 긴 역사가 있다. 그런데 성을 신성시하고 정조를 강조하는 등 종교적 문학적 성애와 성 모럴이 강조되면서 성을 억압하고 억제하는 문화가 발생하였다. 푸코는 성의 쾌락성을 억제한 종교를 검토하여 인간의 성 즉 쾌락의 본질을 검토하였다. 성을 관리하는 것이 인간성의 본질인 것은 보편적이기는 하지만 그 정도와 방법은 아주 다양하다.
이 책을 읽으면서 나는 한일간의 정치적 갈등의 문제보다는 성의 인식에 대한 근본적인 차이를 느꼈다. 위안부의 <위안>이란 쾌락의 현장이고 문자 그대로 위안이다. 성교 자체를 노동으로 보는가 하는 문제는 차치하고, 그 자체를 고역 희생 수치로만 볼 수는 없다. 부부의 성교가 신성하다면 어떠한 성교 성애도 신성할 것이다. 매춘을 추업으로 여기면서도 공창으로 인정하였던 것은 동서양을 묻지 않고 일반적이었던 시대가 있었다. 전후에 그런 역사를 부정하고 거의 공창을 인정하지 않게 된 것은 성을 억제하려는 것이 아니라 성을 부부애나 연애 부부 등의 차원에서 잘 관리하려는 것, 억제시키려는 것이 아니다.
한국은 유교적 성 모럴이 생겨, 일부종사 즉 여자에게만 정조를 강조하는 문화가 되어 성에 대한 시각은 기본적으로 여성에 한하였다. 기독교의 성모럴과는 전혀 다르다. 나는 이러한 조선조 사회의 문제의 촛점이 교과서 였던 <내훈> <여범> 등을 분석하여 비판적인 시각을 학회에 제시한 바 있다. 최근에는 미군 캼프의 강간과 매춘에 대해서도 학회에 발표한 적이 있다.내가 미군의 성폴행에 대해 구술 대담한 책이 한국 텔레비죤에 거짓말쟁이 <신친일파>로 매도된 것은 분한 일이지만 그것을 가지고 내가 초창기 창립멤버인 학회에서 나를 배제한 학회에 대한 실망은 아주 크고 깊다.
나는 화해를 위해서 본질적인 문제에 학문적으로 접근하여야 한다고 저저에 동감하고 있다. 그러나 일반 사회라는 것은 본질을 벗어나 민중의 관심에 따라 소문을 만들고 그것을 <우격다짐> 식으로 형성해 나가는 것이니 그것을 학문으로 되잡아 돌린다는 것은 거의 불가능하다. 사회라는 것이 그런 속물들의 <세상>일 뿐이다. 그런 세상과 싸우는 것은 시간 낭비인 것이라 생각된다. <정대협> <강제연행> <종군위안부> 등의 말의 뜻이 무지 오해에서 생긴 것인데 아무리 애써도 바꿀 수 없을 것이다. 이 책을 읽으면서 그녀에 의해 한국 아카데미즘이 진전될 것을 기대해 본다. 그러나 무식이 유식을 지배하는 구조는 영원히 변치 않을 것이다.
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新しい日韓関係の定立

2013年09月28日 04時26分38秒 | エッセイ
昨日下関韓国教育院主催の韓国語教員たち15名の晩さん会に参加した。このような集まりは5、6年ぶりであった。参加者は主に私のように留学して教員になった人、在日3世、結婚してきている人、派遣されて来ている人などである。冒頭に私は挨拶をかねて最近の日韓関係に次のように触れた。
 私は40年ほどの往来しながら今が「日韓関係が一番悪い」と感じていると前置きにした。竹島、靖国、慰安婦像、ヘートスピーチなど反日と嫌韓の最悪の関係になっている。この直前まではヨン様など韓流ドラマなどで最良の状況であった。その状況は何より金大中大統領の文化政策によるものであった。私が今が日韓関係の最悪時期というのは日本国民の嫌韓感情が増えていると感ずることである。このような状況を作った張本人は政治とメディアであろう。それによる危機である。
 今まで韓国は基本的に植民地期以来、良し悪し問わず日本よりに発展してきたのは事実である。それは政策であり、無意識の中の真似を含めて絶対的なものであったと私は思う。その韓国が今、日本と距離を持ち本当に独立して世界化していくこととも思われる。一方日本は韓国を後期植民地のようにただ好きになれば良いという安易な隣国感をもって受身的に対処してきた。謝罪すべきものは謝罪、不当なものには反論すべきであった。
 昨夜私は最悪の日韓関係は新しい日韓関係の定立の時期であり、この時期は必要である、変化のチャンスでもあると主張した。この時期に民間レベルでの日韓関係の活動、韓国語や文化を教えながら活躍することが必要であると主張した。

写真:前列左から金へイン(山口県立大)李ミョンオク(梅光大)金キマン(院長)、私、家内、尹ショクチョン(宇部工高)後列左からカンソンヘ(梅光高)伊東香美(民団)ナオンヒ(ヒビキ高校)呉ヒャンソン(市立大)イヨンヒ(山陽小群婦人会)ノチュンリ(教育院)張ホンソク(中等学校)張ハンサン(豊田教育院)柳鐘美(東亜大・「楽しい韓国文化論」講師)
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福岡はナショナリズムの衝突地

2013年09月27日 04時54分18秒 | エッセイ
 昨日九州大学での集中講義では朝から松原教授が始終参加してチームティーチングのようになり、有効的な一日であった。松原氏は日韓のセンターに当たる地において韓国研究センターを設立して十数年、二百数十回の研究会などを行って来たことを披露した。しかし今、日韓関係が最悪になっている中で私は微妙な問題などを含む植民地、戦争などを扱った。慰安婦、農村振興運動とセマウル運動、北朝鮮のキリスト教会の礼拝、満州映画協会での調査、サハリン朝鮮人の悲劇的な事件などを主に私が撮った映像を見せながら学問の本質に迫っていった。
 さまざまなテーマで天皇制、世襲制、元号、軍隊と性、刑務所における刑と労務の問題などを扱って時には日本社会の問題点、韓国の問題点、そして国際的な問題点など交差して批判的になった部分もある。これらはナショナリズムを超えて、本当のグローバリズムのための研究をさらに超えて教育にまで期待しての講義であった。しかし韓国のマスメディアに強く影響された学生から反発があり、そこからの講義は私の代わりに松原教授と申鎬助教によって進行する形で、アカデミズムの本質を語る結果になった。二人の話を聞いてこの地での韓国研究センターの存在を新たに評価する気分だった。私は最後にこれから日韓のナショナリズムの衝突地に客観的なアカデミズムの名実ともに「研究センター」になってほしいと願いの言葉で閉めくくった。
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「奇縁」

2013年09月26日 03時40分41秒 | エッセイ
九州大学に朝早過ぎに到着して外で待っていると松原所長がどうしてわかったのかそこに来てくださって、所長室に案内、そこで昔の話をした。1979年3月末成道男を先生のフィールドを決める時同行したとか、韓国啓明大学で同時期に勤務した時の話をした。彼は私は良い先生や先輩に恵まれたと言った。尹泰林、任宰、張籌根、泉靖一先生など諸氏を挙名した。そのような素晴らしい先生方との学問的な環境で日本に留学し、研究は日本植民地研究まで進んできた話になった。私は日本での苦労話をした。その時松原氏から「その苦労話は忘れたら・・・」といわれた。彼の肯定的な性格に、私は否定的な部分を多く記憶していると反省した。記憶の持ち方を教えていただいて、いましめになった。
 韓国からの外交官としての留学生の一人、彼と弁当を一緒に食べながら話をした。彼の生まれ故郷を聞きながらグーグルアース世界地図から絞っていくように韓国の江原道>太白市>桶里>美人瀑布>新里へと焦点を当てた。なんと奇縁であろうか。1960年代半ば李光奎氏(文化人類学者、ソウル大学名誉教授)と火田(焼畑)村を探しに、歩いて新里の部落を見つけて共同調査をして『韓国文化人類学』に掲載され、つい最近『東北学』9号に日本語で翻訳されたその調査地出身の方である。桶里駅は山への上り坂がキツイので客や物を運び稼いだという山間高地の山村である。彼は自分の生まれ故郷を私が知っているとは想像もつかなかったようである。しかし私が数回調査したことを聞き、びっくりした表情だった。話は互いに同郷人のようになった。素晴らしい出会いである。
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国連軍の参戦

2013年09月25日 04時38分50秒 | エッセイ
昨日から九州大学大学院で集中講義が韓国研究センターで始まった。センター長の松原孝俊先生から紹介され、講義は始まった。彼は1979年3月2日初めて私に会ったと話された。帰宅してその日の日記をみると啓明大学校の野外劇場で新入生の入学式の日であった。おそらくその時私に新任教員として紹介されたと思われる。3月23日は日本から末成道男氏が来られて、翌日私が彼のフィールド地として糸津里へ案内した。それから末成先生は1年間そこで調査された。25日の日曜日に末成氏と松原、門脇氏が我が家に訪ねてきた。30日は松原氏のご家族から鹿井食堂で夕食に招待された。6月22日2時松原氏が研究発表し、記念写真を撮ったとか彼の名前はしばしば記されているのを確認した。このように35年ほど前の出会いであった。最近私が所長とする東亜大学東アジア文化研究所の開所式ではご挨拶もしていただいた。彼が所長を務めているセンターで私が立ったのはこのような長い友情の結集点があるからであろう。嬉しい。
 福岡の繁栄は東アジアへの開放からであろう。そこの韓国研究センターで院生は10人強、韓国と中国からの留学生が多く、日本人は2名マイノリティ。私は日韓往来40年、今が一番「韓日関係」が悪い。それは韓国が日本依存的な関係から自立することではないだろうか。日本はナショナリズムへ、第二の「脱亜」の勢い。講義は私が、戦争と植民地の歴史、話題の「従軍慰安婦」に絞って皆で考え、討議することになった。突如「戦争は悪いか」の発言に戸惑っている表情。私は朝鮮戦争の時、国連軍の参戦つまり戦争を強く希望したことを思い出として語った。そして、今シリア国民の中にはアメリカ軍の支援を強く希望する人々がいるかもしれない。国際的には平和主義的な反戦ムードが一般的なことではあるが、朝鮮戦争の時アメリカ軍(国連軍)が参戦しなかったら今韓国人は金日成3代の「将軍様」の下で生活しているだろう。現在までの状況から国連軍が半島の半分、否、百分の一だとしても民主国家として「韓国」を守ってくれたことに、国連軍の参戦に感謝すべきである。 この講義は一般常識や世論とアカデミズムとの戦いのようでもある。 
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試写会

2013年09月24日 01時49分32秒 | エッセイ
 第12回「しものせき映画祭」への出品作の最終編集が毎日撮影と編集者である権藤博志宅で行っている。昨日は夕食までご馳走になった。題を「文化人類学者の調査記録:小山上等兵が撮った日中戦争」と決めた。98歳の小山氏が自分で撮った写真を見ながら青春と戦争を生々しく語ってくれた。私は数十年間主に調査に映像カメラを使っているがそれは放送用のものではなく、単純に記録する研究資料に過ぎないものである。しかし今度は元テレビ局のカメラマンの友人が同行して撮ってくれたのでドキュメンタリー映画として仕上げることにした。いわば私が監督としてのデビュー作でもある。公表するためには固有名詞、個人情報、多くの人と議論になった。
 40分弱のものであるが、前半は2011年に小山氏が戦争中の写真約130枚を彼の自宅で見せていただき、インタビューしたのが主であり、後半は写真の「慰安室」に関する内容である。この作品の見どころは今、日中韓の間に問題になっている「慰安所」に関わるものである。私が3x4センチの写真を拡大したりコントラスを掛けたりする時「慰安室」「慰安する」という文字を見つけ、質問したものが主である。1937年中国徐州の戦場にあった「慰安室」とは何だろう。来10月1日4時から東亜大学で試写会を行い、意見を聞きたい。参加を希望する方は一報を願う。
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化粧

2013年09月23日 04時44分54秒 | エッセイ
 私は夏には半ズボンと下駄姿で近所に出かけることが多い。先週歩いている後ろから声を掛ける女性がいた。振り向いて見ても誰かが分からなかった。よーく見ると隣家の奥さんである。化粧のせいで、変装に近く判別しにくかった。「若く変身したね」と笑いながら冗談を言った。私は逆に夏には人がみても分りに難いほど服装を崩しているが、寒くなると整復する。逆に多くの女性は化粧や服装などで変身したような飾り過ぎである。女性の歳は知らなくても良いが、予想がつかない時が多い。それは化粧というよりペインティングのようなものによるものであり、日本も「美人天国」化していくような時代である。
 変装と変身によって人格を代えるのは俳優であろう。一般的に変装はしても人格を変えることはない。仮面劇や落語では両面的に人格を代える。古くから日本人は韓国人や中国人が外貌や外見を重視していると否定的に言う人が多かったが、最近は日本人が平気で「イケメン」「美人、美女」などという。私の長い間の教壇生活から偏見のように、美女は内実が不実であろうというイメージをもっている。つまり「中味、中美」が足りないのではないかと思わされたが最近はそうでもない。生活の中ではパーソナリティが重要である。それが美を超えるからである。名優の力はこのような美を超えるタレント性であろう。今韓国の連続ドラマ「怪しい三人兄弟」を再び視聴している。ストーリーや美女よりはタレントさんの本当の「タレントtalent」パソナりティに魅力を強く感ずるからである。化粧を超える生活美を望んでいる。(写真は東亜大学トータルビューティ学科卒業作品)
  
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ペルーでの発掘の報告

2013年09月22日 05時17分43秒 | エッセイ
昨日大学の大型スクリーンのある研究室に暗幕を張るのを手伝った。そこでは週末ごとに行事を行っている。昨日は集客活動もあまりせず20人ほどの小規模な映画鑑賞会となった。暗幕の効果は強く、殺風景なペルーの山、砂漠などの映像がとても綺麗に映し出された。今回は先日ペルー調査から帰国した鵜澤副学長の現地調査報告も兼ねて行われた。鵜澤氏のペルーでの発掘現場での座葬の様式と遺物の写真はリアルで美しい。映画「悲しみのミルク」はテロが多かったペルーの1980年代が時代背景となっているが、女性差別はもっと古い。レイプからの恐怖感を持って生きる女性の暗い表情が一貫している。
 下関で南米ペルー文化の紹介を兼ねて市民に公開するのが今度の趣旨である。3人の新聞記者が参加してくれた。今朝の「毎日新聞」には“鵜澤教授は、遺跡発掘調査により古代文明などを研究する立場から、映画の背景を解説した。現地の写真をスクリーンで紹介しながら「80年代のテロリズムの恐怖、16世紀以降のインディオへの差別、映画からは時代的な階層性が読みとれる」と指摘”(平川昌範)。大学での研究会も兼ねたようなものであるが、大学からの聴取者は少ない。授業の「同僚参観」はあってもこのような研究会にはあまり関心を見せない今の大学風土は衰退の先端を走るようである。
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障害

2013年09月21日 04時52分52秒 | エッセイ
下関議会で田辺よし子議員の質疑を傍聴するため市庁に着いたが、前の質疑者の質問が短く予定外に早く終わってしまったという。彼女を囲んだ数人のファンたちは失笑、地下で談話をした。私に紹介された人は60代の上田誠氏。彼は咽喉にマイクを付けて話をする方である。数年前咽喉癌で手術を受け、普通に発音することができずマイクロフォンを付けて話す。そのような人が全国に67人いるとのことである。彼は補聴器を使っている私の左耳側にすわっていて不思議に調和していると感じた。彼は発声ができず、私は耳が聞こえず、マイクと補聴器が対になった障害を持つ二人の出会いであった。私の話にわざわざ「はー?」「この言葉を知っていますか」と大きな声を出して言う人がいる。私は日本語の障害を持っているかもしれない。実は障害は身体だけの問題ではない。男女の凸凹のように人はそれぞれ不完全なものの調和であろう。また「正常」な人と「不正常」な人が調和する。その調和が順調な社会が福祉社会であろう。
 
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「君か代」斉唱

2013年09月20日 04時46分19秒 | エッセイ
 
 大阪の橋下市長は「君か代」を市民に強制的に斉唱させるという。地球規模で国際化へ進んでいくと思っている中、逆行する愛国心はイスラム原理主義者に限ったことではないことを知らなければならない。国家は聖なる存在か、あるいはただの土地であろうか。それは法律や政治の問題を超えて人間社会の現象を考えなければならない。簡単に愛国心や象徴と政治を密着させようとするように見えるが、その問題は簡単ではない。国旗や国歌のような類は多い。私が勤務する大学の入学式や卒業式には必ず校歌斉唱がある。その時に本学を卒業していない私は全く歌えない。しかし「日の丸」への敬礼はする。オリンピックなどの試合の前に両国の国歌が流れるが歌わない選手も多い。国家や国旗以外にも花、鳥など数多く国を象徴するものが多い。否、地方行政、団体、伝統的な家紋などの類も多い。
 最近北朝鮮はスポーツの時、韓国の「太極旗」を平壌の運動場に掲げることを許可をした。大きい進展である。国旗などはモノのマーク、イコン、信号、象徴であろう。文化人類学では基礎的な概念である。エドモンドリーチの本Culture and Communicationが参考になる。戦前の天皇制国歌の日本では国旗などは「聖なる象徴」であった。その「聖なる」というのは「神聖なる」ことを意味する。つまり宗教的な意味を持つのである。聖画を踏ませる「踏み絵」や、国旗を踏みにじることは侮辱である。国旗や政治家の似顔絵が焼かれ、射撃の標的にすることは人格や人権を侮辱することである。国旗をデザインしてクッションにすることは可能であろうか。要するに神聖なものか、世俗的なものかの区分であろう。非常に世俗化過ぎのようになった現代人が愛国心、国旗に「神聖さ」を認めることは心に世俗を超えたものを持っていることになる。
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謝罪文化

2013年09月19日 05時06分24秒 | エッセイ
 昨日下関市の隣の宇部市に住んでいる弟子の李茂玉女史から名節の仲秋「秋夕」祝いとして電話とお土産をいただいた。彼女は大学学部時代の教え子であり、当時彼女のお母さんから秋夕には松餅をいただいたことを覚えている。毎年韓国のこの名節に日本では無感覚ではあるが、私は母への親不孝が気になり、少し気が重くなる。多くの人から電話やFBやブログなどで祝いの言葉をいただいて、祝うというより慰安される気持ちである。伝統的には日韓同様八月一五夜を祝ったが日本では陽暦化し、陰暦の名節が多く消えていった。仲秋の名月の月見は日本では無意味になっている。
 昨日は読書会と同僚や新聞記者との談話、問題意識の豊富な話が多かった。その中から同僚の山本氏が日本近代化の文化遺産登録への推薦について韓国が反対することなど韓国の一連の否定的な態度について不当だと言ったのが気になった。今、日韓関係が冷えたのを温める方法の一つとして日本は植民地と戦争に対して謝罪すべきではないだろうかと提案した。山本氏は西洋にはアポロジー文化があってドイツの政治家が謝罪しやすいといい、日本では謝罪文化がないと反論された。私は日本は韓国に比べると謝罪文化があり、会社などが問題などを起こした時によく長いデスクを並べて役員たちが並んで謝罪する映像が頻繁に映されるではないかと反論した。そんな国がなぜ終戦後一回もそのような謝罪をしなかったのか。来年の終戦記念日には政府の要員たちが並んで植民地と戦争に関して謝罪を行うべきである。それは新しい敗北であり、勝利であろう。
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「しものせき映画祭」の上映作品「狼火は上海に揚がる」

2013年09月18日 05時21分08秒 | エッセイ
 10月20日東亜大学で行う「しものせき映画祭」での上映作品を紹介する。古川薫氏が推薦し、解説する予定の「狼火は上海に揚がる」は1944年日本の大映と中国の中華電影の戦時体制化で製作された映画であり、1999年ロシアで発見され帰国したものである。時代背景は中国の太平天国の乱である。太平天国の乱とは清末(1851~1864)に広西で洪秀全が起こした反乱である。彼は広東省花県の客家出身で科挙に数回失敗。キリスト教徒となり、天王と自称、太平天国を建て、湖南、湖北、南京を占領し都とした。政治・経済上の平等主義を掲げ、土地改革や男女平等などを実施。儒教・伝統文化の排斥を起こした中国初の革命政権であった。しかし清朝側に立った外国人の指揮の義勇軍などに鎮圧された。
 高杉晋作(坂東妻三郎)が幕府の視察団に参加して上海に上陸するところから始まる。上海市内の町並や黄浦江周辺の中国風の建物が当時の風景として見どころであった。阿片撲滅を唱える太平天国の陳翼周は英国を「紳士の国」と信じ、清に対抗するがその紳士の国は陳を裏切り、清に味方して太平天国を鎮圧する。高杉が陳に「亜細亜は一つに団結しなければならない。」と訴える。日本はいわば侵略戦争を「大東亜共栄圏」形成で正当化しようとするプロパガンダ映画である。最近、プロパガンダ映画を深く考え、見直すことでその時代を批判する作家意識を見つけることができて面白い。この映画を推薦した古川薫氏はどう解説するのだろうか、聞いてみたい。
      
◆監督:稲垣浩・岳楓  
◆脚本:八尋不二  
◆撮影:青島順一郎・高橋武則・黄絽芬
◆音楽:西梧郎・梁学  
◆美術:角井平吉
◆キャスト:坂東妻三郎、梅<嘉/ヨツテン>、李麗華、月形龍之介、石黒達也 1944年 大映・中華電影 モノクロ ト-キ- 65分
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中国で「正直」さを身につけるか

2013年09月17日 06時11分35秒 | エッセイ
韓国の大学で日本について教えている弟子からの電話で気になることがあった。釜山地域の名門私立大で日本学科を廃科することになったという。韓国では日本語教育が盛んである(?)が政府の英語と中国語へ方向転換の政策もあって日本留学から英語圏や中国へ向いている。中国政府は韓国の高校の教員まで募集活動し、韓国では高校卒から外国の大学へ留学する人が激増して多くの大学が存立し難くなっていくようである。韓国政府の政策は日本との関係を米国と中国へ転換することは実に私も強く感ずる。北朝鮮と合わせて韓国の国家政策も危険と不安を感じている。先日本欄で韓国が日本を追い越しているように書いたが最近は逆の感を持っている。
 日本側は失策も多くある。北朝鮮とは敵対外交、脱亜政策が続いていると感ずる。政治はもちろんであるが、国民が国内に安住し、国際化やグローバル化は海外旅行などに留まり、海外日本語普及政策が予算削減などにより日本への吸引力が弱まっている。
 私の長い間の偏見というか信念というか、一言許していただければ言いたい事がある。それは韓国の対中国政策を強化することは良くても、若い学生を大量に中国で留学させるのは反対である。それは中国では「正直」を身につけるほどの社会環境ではないと思うからである。正直を教え、日本のように定着させるためには1世紀以上はかかるだろうと非常に悲観的に見ている。そこで大勢の留学生が本国の指導者になった時の韓国社会に憂いがあるからである。私は弟子に言った。社会や大学の状況を超えて学問や研究に没頭したらどうであろうかと。私の日本大学への転出が正解であり、日本から韓国へ転出した人が後悔するという。それは可変的であり、時代に左右されることなく自分の道を切り開いて行くべきである。昨日は下関に来て初めて敬老の日の特別展示を見るために下関水族館の「海響館」でアザラシのショーをみた。敬老の対象になる人とは全く違って若い子供連れの家族や恋人たちがいっぱいで私のような高齢者はただ私だけであった。(写真は私が撮ったクラゲ)
  
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