崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

新聞の報道

2020年08月07日 05時48分33秒 | 旅行

 下関市東部地区に芸術系の新しい私立大を設立する計画があるという山口新聞の報道、「国際芸術科学大学」の新設の記事が載った。私が在職している東亜大学には芸術学部もある。小都市に5個の大学がすでにあるのに異様、かつ新鮮な記事である。昨日その記事になった会場に参席した市議員の田辺よしこ氏と通話をしたが、実現するには程遠い感じがした。

 事実と記事との関係、記者は評を付けていないが、この報道は正しいか。つまり記者がその事実を認めたことが読者に伝わる。すべての情報は信頼できるのか。伝えるメディアの問題点もあろう。中国でとてもよく利用する媒体wechatも統制される。研究の自由、思考の自由も失われていく。国民を無力化する大国、しかも怖い国になっていく。

 

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シャーマンの死霊祭

2020年07月15日 06時10分17秒 | 旅行
一般のコラムでは
 
日本独特な死生観がある。日本人の死生観、自殺、自死、切腹、自決、心中(一家心中)、武士道、忠臣蔵、葉隠れ、文学者の自殺などに表れている。特に日本は子供の自殺が多い。昔は文学者の自殺も多かった。武士道の精神によるか愛国主義により命を捧げる、殉国殉死などは本当に自由意志による自殺といえるのだろうか。 
 
 難しいと言われた文を本欄に出したが、意外に反応があり嬉しい。特に日本文学者の大阪市立大学の堀まどか氏のコメントは私には新鮮である。動物の死を近く、観察し、考えること、漫画「蟲師」からの自然現象からの死生観、死は自然であって、私には新しく難しい。
 著名な医学者の中沢淳氏と話をした時は、彼は死は自然、当然であると語る。私はショックを受けた。死を自分のこととして受け入れることは簡単ではない。未だにそう思っている。シャーマンの死霊祭では死ぬ場面、あの世から使者が来て連れて行く場面を演ずる。私の両親もシャーマン儀礼のジノギ・クッをおこなったが、それは無理やり死の世界へ連れて行くようであった。
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自殺

2020年07月14日 06時56分03秒 | 旅行
朴元淳ソウル市長の自殺に「彼を自殺に追い込んだ原因は何か」と問う作家がいる。まるで自殺を他殺として受けとめようとする。自殺と他殺はどう違うのか。私は昔、自殺の島として有名な韓国の島で調査したことがある。自殺の多くの事例は酒、喧嘩などで怒り、興奮状態で手当たり次第、その辺の農薬を飲毒して自殺する人が多かった。それは自殺、あるいは本当に自分の自由意志による自殺と言えるのだろうか。一般的に多くの自殺は他殺のように扱われている。シャーマニズムでは自殺と客死の凶喪である死霊は恨み強い怨霊になる。
韓国では伝統的に王が毒薬を送り、自殺させる「賜藥」という死刑があった。日本人は敗戦時、集団自決をした残酷な話が語られている。もっと酷い切腹、親子心中などの自殺方法もあり、自殺国としても有名な日本である。刑法として絞首刑や銃殺刑など残酷な極刑と思われる死刑もある。江戸時代には死刑や獄死などはそれほど強い刑とは思わず罰を加えてから殺す。死刑より拷問などの苦しい罰が怖い。地獄図を想像してしまう。
日本ではいじめによる自殺は多く、他殺扱いとなる。自殺とは「自分を殺すsuicide」ことであり、英語では自分を殺す他動詞、他殺に近い。本当に自分の自由意志による自殺の「自死である」ending lifeとは区別する学者もいる。自殺の「自」、自由意志とは何だろう。
日本独特な死生観がある。日本人の死生観、自殺、自死、切腹、自決、心中(一家心中)、武士道、忠臣蔵、葉隠れ、文学者の自殺などに表れている。特に日本は子供の自殺が多い。昔は文学者の自殺も多かった。武士道の精神によるか愛国主義により命を捧げる、殉国殉死などは本当に自由意志による自殺といえるのだろうか。名誉を意識したものかも知れない。その点で日本文学者の自殺、特に三島由紀夫の自殺に注目したい。自分の命を自分で絶つということは自由意志であろうか。いじめ、ハラスメント、ヘイトスピーチ、差別などによる自殺は他殺に近いが、そこに純粋に自由意志はあるのだろうか。
民間信仰では全ての死は悪霊によって起きると信じられている。つまりすべての死は病名や死因があり、殺されるという意識構造があるといえる。それは元々自殺か他殺かは区別し難いということを指す。
子供の時、雀を捕まえて飼ってみたが死んだ。その時、母は言った。「雀は自殺した」と。雀も自由が束縛されるよりは死んだ方がましだというメッセージであったのだろうか。韓国では若者が自由を求めて燓身自殺した歴史がある。「穀気を絶つ」の伝統は断食闘争に変って生き続く。
私は生き方と関連して考えている。今流行している外来語のピーク・アウトである。敗者が逃げられない状況で究極的に選択した自殺や他殺ではなく、華麗なピークで死ぬことを望む。そのピークとは外的なものではない。生きている限り思索し、楽しく書く仕事を続けたい。平凡で穏やかな生活の集結の中、天寿を全うしたい。
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アジア研究

2020年07月13日 06時46分01秒 | 旅行
 東亜大学東アジア文化研究所が設立されて来年は10周年にあたる。シンポジウムや機関誌を発行することを考えている。その開館記念のテーマが朝鮮通信使であり、再び研究を検証しようかと思っている。もう一つは本大学院で満洲映画で博士号を取得した林楽青氏の提案により研究所誌『アジア研究』という研究論文投稿論文集を出すこととした。質高く、広い視野の論文を募集する。


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韓国KBS終末ドラマ

2020年05月17日 23時04分47秒 | 旅行

今見ている日韓のドラマの感想である。日本のNHK朝ドラは成功物語り式が多い。先が見える。有名な音楽家になっていく成功する先が見える。伝記式教科書のようなパターンである。韓国KBS終末ドラマ「愛はビューティフル、人生はワンダフル」はそれとは相反する。ある娘を自殺ほう助犯にするという刑事物語りのようでそうではない。脚本と演技も勉強になる。先が見えないように進む。文章を書く時も参考になる。辞書を書くように生年月日から伝記式でコピー&ペスト式での作品は読みたくない。そのようには書きたくない。

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サボテン

2020年03月28日 06時20分51秒 | 旅行

 下関に住んでから、しかも暖冬の今年は冬がない。「日本には冬がない」と1763-4年の朝鮮通信使の日記者は数回、記している。関門海峡を湖のようであるとも書いてある。「市報しものせき」に「しものせきをよりよくする会」の会長の下村氏(写真中央)とメンバーが集まって討議したとのこと、東亜大学の韓国からの留学生の白君(左から3番目)も参加した。昨日は室内からベランダへ鉢物を出した。サボテンは室内の隅で目立たない。
 通信使の金仁謙氏は日本で異様な植物に次のように書いていた。

 仙人掌という植物の姿形が奇異である。木に非ず草に非ず花でもなく葉でもない。牛の舌のような形をし、その色は青く肉厚で両面には小さな刺が無数に生えている。今年出たものの上に来年さらに二つ三つと増え年を重ねると、樹木のようになるとか何とも怪異なものである。(三月二十日吉原)

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「お客様は王様」

2020年03月08日 06時46分49秒 | 旅行

 百貨店が展示室のように感ずる。客が少ない。コロナのパーワー。眼鏡屋に入った。店主が「先生」と反応。早速老眼鏡を変えるために視力検査が始まった。焦点を合わせながら近視、遠視、乱視のチェック、左右で距離で異なる。視力検査結果によってレンズを選び、PC作業での目の保護など多様な質を加える。技術の発展が感じられる。値段が高額になる。おそらく昨日はその店の「お客様は神様」だったのではないだろうか。客が礼遇される。街に人が少なくて寂しい。危機を感ずる人も多い。田園風景に戻りつつある。コロナの一日も早い収束を願う。
 

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嘘文化

2019年12月31日 06時49分43秒 | 旅行

 楽しんでいる韓国ドラマのクライマックスで嘘が劇的転換となっている。結婚を約束したのに大病、結婚相手に病気を隠して大嘘、嘘に嘘を重ねてストリーが広がる。ドラマはフィクション、虚構、嘘は許される(?)芸術であり、作家が嘘に関して、作家意識はどうだろうか。韓国社会の嘘文化を表すとも言える真実リアルかもしれない。この嘘文化について書こうとする直前に同僚の知識人の金田Kanata先生が私の日韓関係に関する文に投稿されておられた。彼曰く日韓関係の最悪というのは「政府が国民におしつける虚偽意識」と指摘されている。同感卓見の文である。何と、以心転心か、敢えていうなら「・・・のために嘘」は許される、私が生まれ育った韓国文化の真髄であると言える。嘘は悪いと教えながらも忠孝のためには許される、否、積極的に嘘をついても良いというモラルの韓国文化。日本でもアメリカでも、中国でもナショナルインタレストという嘘文化はある。

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「韓国文化探訪」東洋経済日報コラム2019.12.20

2019年12月25日 06時07分16秒 | 旅行

日韓関係の最悪の中でも「楽しい韓国文化論」を終え、韓国探訪に行ってきた。日韓関係の良し悪し、親日、反日に関係なく「楽しい」講座を続けて八年目になった。日韓関係の「最悪」の中で「楽しい」とは相応しくない。一一月韓国探訪旅行の案内役をした。
ホテル探しに以前、近く感じたが、大通を渡ることができずバイパスを捜して、地下道を降りて上がろうとしたが、六〇余段ほどの階段が数回、疲れて登れず階段の途中で、立ち止まっていた。ある高齢の男性が私の荷物を持ち運んでくれた。日本ではありえない韓国の人情である。
 商店街の裏道の歩道は歩き難くい。よく見えない隅々まで福祉社会の道ではない。夏に見た「日本に勝つ」という大きい看板を思い出す。走る相手を追い越すことは容易ではないが、ぜひ日本に勝ってほしい。
タクシー運転さんに日本人客が減っているのかと、日韓関係を直接、話題にしたり質問したりすることは控え、問うと不満を爆発させた運転手もおられた。空港までのタクシー運転手の成氏は例外的に柔らかい。わけを聞くと下関で三年間運転する仕事をしたことがあり、国際結婚、日本人の妻(看護師)は下関出身であり往来する話、わが夫婦と同様、日韓関係が悪化しても夫婦や家族関係は全く影響されない。
滑稽な話は観光バスの運転手が道を知らずナビゲーションも持たず、釜山駅も知らなかったことである。道に迷い、目的地にたどり着くまでの時間のロス。大変困ったがびっくりして、あきれて、皆笑ってしまった。
 蔚山でクジラ博物館を観覧した。資料は不足、建物に比してあまりも貧弱であった。国民の関心が薄いのか、私と同感のような表情をしている韓国の高齢者たちが外のベンチに座っていた。その隣に座って、数人と話を交わした。政治批判の話が長かった。私はほぼ言葉を発せず表情でフィードバックしていた。それを見た我がグループの人たちは私が偶然友人と出会って喜んで話していると思ったと言っていた。
昼食のための食堂、長盛香という食堂を探すのにも迷った。皆でバスから降りて探し、新らしく開発された、アワビ定食は美味しかった。
 七〇〇〇年前のバングデ岩刻絵の所にたどり着くには遠く、険しい山道、山奥にあった。しかし川を挟んで向こうの岩に刻まれた絵を肉眼で見ることは出来ない。望遠鏡でみても分からない。遺跡だと言われても実物を直接見ることができず、図を以て解説するのを聞いた。何とシャーマンによるクジラの祭りだというストリーは一生シャーマンを研究している私の耳には入らなかった。貴重な遺跡があっても実物が見れないのは残念、延々と山道を歩いて降りた。近くで見れる他の遺跡には運転手が応じず行けなかった。
メンバーたちと釜山国際市場のモッコリ「食べもの通り」へ、たくさんの群衆が美味しく熱心に食べる。その風景は余暇も、美の空間もゼロ、私もそのただ食べるだけの群衆の一人になった。

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舞鶴港資料展、香月泰男美術館

2019年12月01日 06時41分30秒 | 旅行

 下関の北端にある長門への山道を走った。読書会のメンバーの古本氏の運転で我が夫婦の冬の外出、常緑樹の密林の中から見る風景はまだ夏のような風景であった。まずルネッサながとで開かれている舞鶴港資料展を見た。「シベリア抑留」に注目した。「シベリア」というのはほぼ中央アジアのこと、シベリアの寒さ、凍死の残極が強調されていることが分かる。収容所の中で風呂、文学、演劇公演などの状況も展示されていて客観的に理解できる。そこには香月氏の美術作品も紹介されていて、香月泰男美術館にも寄った。田んぼの中の一軒の建物が全国から訪問客を集める芸術力、インパール戦、中央アジアでの抑留に関する作品と映像を観覧した。ようやく愛犬ミミを失った喪失感から抜け出し、再度、執筆が続けられそうである。

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中曽根氏死去

2019年11月30日 06時39分02秒 | 旅行

 1985年8月15日靖国神社の状況が目に浮かぶ。軍服姿で現れた元軍人と大型スピーカーから反戦を叫ぶ声、私はその場に立っていた。中曽根総理が訪問すると聞いた。その中曽根氏が昨日101才で死去された。大きく報道されている。業績より人物評が多い。歴史にはどう残るか、これからであろうが、人々の心には人物像が残る。愛され、記憶されるか、忘れられるかはその人の魅力であろう。人や宗教によっては、死は無、空になることを望む。生は充実したものでありたい、死後の世界はない。しかし民間信仰などではあの世で生き続けると信じる。シャーマニズムでは近く長く残るのは怨霊である。恨みは否定的ではあるが関係を強くつなげることもある。中曽根尊位、ご冥福を祈る。

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「兵器を作りながら平和と愛か」

2019年11月25日 06時22分28秒 | 旅行

 なぜか体が重く感じている。歩き過ぎだったか。「楽しい韓国文化論」のメンバーたちと食べ歩き、釜山国際市場モッコリという「食べる」通りでは食べるだけの風景、余暇も美の空間もゼロの美味しさだけに集中する群衆の風景を見た。その食文化、文化空間のない食堂街で私たちも韓国式のブルコギを食べた。
 昨朝、まだ暗い時刻の金浦飛行場への運転さんの成氏は国際結婚、日本人の妻(看護師)が下関出身であり往来する話、日本が大好き、日韓関係の悪化でも夫婦や家族関係には全く影響されない。飛行機の隣席には黒人美女、韓国で英語教師、夫は米海軍、プライベートな話も多く交わした。私は文化人類学者だと言うと、彼女は勉強したことがあるという。話中には黒人差別の強いアメリカ、警察が怖い、韓国が好き。日本人はおとなしく、韓国人は表現が活発だという。私は来年鎮海の桜の花cherry blossomを見に行く予定を言うと彼女は鎮海に住んでいるので、また会えるかもと言った。
 韓国のテレビではジーソミヤについて日本を非難している。帰宅して夜7時のNHKニュースはローマ法王の広島訪問の生中継が長かった。法王の被曝へのメッセージの中に「兵器を作りながら平和と愛か」が耳に残った。私が最新著『帝国日本の植民地を歩く』で力説した部分と、一致した。それは同じクリスチャンのメッセージかも知れない。ジーソミヤ分析を視聴し、日韓関係はあまり良くならないような気がした。

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バングデ岩刻絵を見学

2019年11月23日 21時53分38秒 | 旅行

 今年度の「楽しい韓国文化論」の韓国旅行、午前は加藤清正の建築といわれる蔚山の西生浦倭城と長生浦洞鯨博物館を観覧した。クジラ博物館は資料不足、国民の関心が薄いのか貧弱な展示である。韓国の高齢者たちが観光に来て外のベンチに座っている数人と話を交わした。韓国では今はクジラは一切獲らないと反応があった。昼食は長盛香という食堂で食べた新らしく開発されたアワビ定食は美味しかった。午後はバングデ岩刻絵を見学した。行く道は遠く、険しく、山奥にあった。1971年に発見した7000年前のものであり私が関わった遺跡ではなかった。シャーマンによるクジラの祭りという解説を聞いた。観光目的地までの道も釜山市内の道も知らない運転手のホテル探しにはびっくり、笑ってしまった。
 多くの人と対話をした。
日韓関係を直接、話題にしたり質問したりするのは控えた。タクシー運転さんは日本人客が減っているという。その言葉に頷くと彼は文大統領に不満が爆発。彼は下関で3年間運転する仕事をしたことがあるという。観光客としてきた人と話をした時、飛行機に韓国人の客が少ないと言っただけでまた文大統領への批判、朴正熙氏への称賛が出た。私は言葉を発せず表情で反応していた。その状況をみた我がグループの人は私が偶然友人に出会って話していたと思ったと言った。私が文大統領の国民との対話に肯定的に感想を書いたことには圧倒的に文氏を非難するコメントが返ってきた。ジーソミヤに肯定的であっても文政権は難しいのではないかと思ってしまう。 

 

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<(日本に)再び負けません>

2019年11月23日 07時00分52秒 | 旅行

  以前、近く感じて歩いた道を街並みを楽しみながら歩いた。しかし、大通を渡ることができなくてバイパスを捜して、そして地下道を降りて上がろうとしたら、60余段ほどの階段が数回、楽しみは消え去り、疲れて階段の途中で登れず休んでいたところ、ある高齢の男性が私の荷物を持ち運んでくれた。商店街の歩行者用の道は斜めになっており、歩きにくい。このように歩き難い道路は発展国では初めて歩いた。ようやく到着したホテルは同名だが、目的のホテルではなかった。また歩くことになった。
 8月に来た時は<(日本に)再び負けません>という大型看板を見たことを思い出した。韓国が発展することと、日本を追い越すこととは、別次元である。日本も立ち止まっているわけではない。走る相手を追い越すことは容易ではない。昨日私は路地の事情を身に感じながら福祉社会へ道はまだ遠いことを実感した。よく見えない隅々まで日本に勝ってほしい。夕方のニュースで、韓国がジーソミヤを破棄しないと報道された。日本では歓迎しながらも、韓国の<一人相撲だ>という記事も見られる。慶南大学の張竜傑教授が来られて、長い会話、今までの40余年間のことが話題になった。韓国社会の変化と私のの周囲の人脈、学問と人生について話し合った。

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부산을 걷다

2019年11月23日 06時35分53秒 | 旅行

 예전에 가깝게 느껴졌던 걸었던 길을 걸었다. 대로를 건널 수 없어서 우회로를 찾아서, 그리고 지하도를 내려가 올라가려 하자 60여개의 계단, 중간에 멈춰 섰다. 어떤 노인이 내 짐을 올려 주었다. 골목길은 상점가, 비스듬히 되어 걷기 불편하다. 이렇게 행보인을 고려하지 않은 도로, 발전국에서 처음 걷는 것이었다. 찾아간 호텔은 동명, 목적 호텔이 아니었다. 또 걸었다.
 8월에 왔을 때는 <다시는 지지 않습니다>라는 대형 간판을 본 것을 떠 올렸다. 한국이 발전하는 것이 일본을 뛰어넘는다는 것은 다른 차원이다. 일본이라고 그냥 서 있는 것만은 아니다. 달리는 상대를 앞서기는 쉽지 않다. 어제 나는 골목길의 사정을 몸으로 느끼면서 복지 사회의 시설이 아직 엉망이라는 것을 실감했다. 잘 보이지 않은 구석구석에서 일본을 이겨주기 바란다. 저녁 뉴스에 한국이 지소미아를 파기하지 않는다고 발표하였다. 일본에서는 환영하면서도 한국의 <홀로 씨름>이라고 비야냥하는 기사도 보인다. 경남대학교의 장용걸교수가 와서 긴 대화, 40여년의 일들이 점철되었다. 개인적이면서도 한국 사회의 변화가 거론된 셈이다.       

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