崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

寛容

2015年12月31日 05時01分37秒 | 旅行
日韓関係の改善のために行った外相会談がそれぞれの国内問題となっている。私は最悪という日韓関係を改善しようと努力した政府側に肯定的な評価をしたい。戦争中の人権、人道の問題は慰安婦以外にも数え切れないほどある。強制動員、徴集など戦争体制によって人権は踏みにじられたことなど無数にある。戦後は教科書問題、竹島問題などを含めて複雑多岐にわたって問題とされてきた。中でも慰安婦問題が注視されセックス、貞操観念に関わる性道徳とナショナリズムに火をつけ、さらに人権運動家たちの活動によってエスカレートしてきた。油の火炎は消えることなく燃えている。そこに水をかけてしまたようにより広がっている。
 日韓関係に限って考えてみてほしい。恨んで戦う敵対関係が良いのか。和解して改善、協力するのが良いのか。敵対関係は緊張し、協力しあえないなど不幸であることは確かである。今までは政府間の対立反目があっても民間レベルでは交流してきた。しかし、この会談により逆になった印象がある。韓国側では慰安婦の意見を無視したという意見があるが、もともと慰安婦たちと人権運動団体の意見は必ずしも一致していたわけではない。私が平壌で会った元慰安婦はお金に触ってみたいと言っていた(写真2002年平壌で行ったアジア慰安婦たち)。助成基金をもらった人、もらいたい人がいた。しかし運動団体は日本政府の謝罪を受けてからお金をもらうようにと指導したのであろう。本人たちよりその周りの団体が問題を複雑にしている。寛容は難しい。しかし寛容にならなければならない。不幸から逃れるために。 
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配偶者とは

2015年12月30日 05時48分19秒 | エッセイ
 10年近く知己の友人と道端でたち話をした。この間柄ではプライバシーの話が多い。彼は最近手術を受けて完全に回復する間もなく仕事を続けている。手術の時には、奥さんや娘さん、孫まで心配して見えたがそれっきり顔を出すことはない。大きい手術後も一人暮らし、単身赴任の彼は下関で7年、家族は別の都会生活をしている。彼は冗談のように娘から言われた言葉を繰り返す。「お父さん、死ぬ前に自分の荷物を片付けてね」。都会に住んでいる妻は田舎には住みたくないそうである。夫は稼ぎ、生活費だけを待っているような言葉が私の耳に届くような感じである。
 人生の成功物語りとは逆である。誰かが語った夫が引っ張るリヤカーを妻が後ろから押しながら仕事をしたと言う話は飛んでいってしまった。その物語は成功はしなくても夫婦の理想型を表す。世代の変化か、夫婦や家族のあり方の変化なのか変わった夫婦である。単身赴任や夫婦別姓の次元をはるかに超えた夫婦別居型は配偶者が専業主婦だという話では、理解に苦しむ。配偶者とは何か。この言葉をつづりながら私の心には盾がある。私の家内のことである。生活から看護、介護、文章校正など一方的な協力者、配偶者である。私は感謝より当たり前のことのように考えている。年越しの境目に反省している。(写真2014年南京)
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慰安婦

2015年12月29日 05時40分51秒 | 旅行
 昨夜韓国KBS9のニュースを見た。もちろん慰安婦問題妥結という内容がトップニュースであった。4人の記者がそれぞれ報道記者レポーターが自分の名前を3回ずつ(間接紹介<막전 막후 순간들을 천효정 기자가 보도합니다>直接自己紹介<KBS 뉴스 천효정입니다>字幕<천효정>わたしには異様感がある)繰り返しながらまとまった形で報道をした。外相会談の合意宣言、繰り返してテレビ、ネットなどを通して注視していたので内容より報道の仕方に注目してみた。国家間の反省と未来志向的な決着として歓迎するが、一方では性的な慰安に大金を払う構造になってしまう恐れがないとは言えない。
 日韓両国のそれぞれ報道の違いに注意してみた。KBS9では韓国が積極的に外交努力をして成功させたという。産経新聞記者の無罪、憲法裁の棄却などに乗ってくれた日本、日本国の総理大臣の名前で日本軍関与に関して「謝罪」「賠償」という報道をした。それは韓国政府が国際社会において日本を圧迫してきた成果だといえると言う。朴大統領の大成功の「大勝」というコメントもあった。このようなニュースは国内用であり、まとめて外交成功というメッセージ性の強いものであった。
 全体的に日本のニュースが会談内容に近く客観的であった。韓国のニュースに比して日本のニュースでは韓国の「謝罪」という言葉は日本の「痛感」、韓国の「賠償」は日本では「基金」という表現になっていた。韓国の論理では痛感と言いながらお金を出すので結果的には韓国の言う謝罪と賠償になる名分となったのである。実質的には性犯罪に対する罰金、「性とお金」になっている。
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「授業料」

2015年12月28日 04時55分49秒 | 旅行
本屋に立ち寄った。ネットで簡単に購入できるのになぜわざわざ本屋にいくのだろうか。著者や出版社が本のタイトルやブックデザインを工夫しており、さらに書店では並べ方などの工夫によって売ろうとしている気合いが伝わってくる。本を買おうとする読者としてはその中から選ぶ特権のような意識が生まれる。私が店頭に積んである本を手にしているとある女性のお客さんが同じ本を手にとり立ち読みをはじめた。私と関心が似ているのであろうが、私を知っている人のように感じた。二冊の本を購入したがすぐ読むとは限らない。病院で読み始めた「ガン病棟」をまだ手放していない。赤線を入れながら読んでほっておいてまた読み続けている。この本は魔力を持っているように感ずる。その魔力のある本を探している。大部分の本は列車時刻表や年代記的に情報を集めたものである。特に最近ネットを利用した膨大な資料を集めた本は魔力も魅力もない。
 先日戦前の朝鮮映画1940年作「授業料」を購入してみた。下川正晴氏の「幻の朝鮮映画『授業料』と作文集に見る日本統治下のリアル」(「正論」2月号)を読んだ。映画の時代は私の生まれたころであり、舞台は京城の南の水原、私の故郷の同じ京畿道である。祖母役の卜恵淑氏は戦後も活躍したので覚えている。下川氏の文によって子供たちの作文集から映画化された内容がよく分かった。彼は「映った社会、家族、学校の姿がリアルに感じれられます」と述べており、私も同感である。その映画に登場するバスの後ろに「趙膏薬」の宣伝など「リアル」であり、私の頭を混乱させる。当時の貧困より戦後の私の時代がより貧困であったと感ずるのはなぜであろうか。自分のことであるからなのか。収奪植民地と近代化の葛藤が起きるのは私だけではないだろう。
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「壇ノ浦コースト」

2015年12月27日 06時05分20秒 | 旅行
 私が住んでいる下関市の観光一番の壇ノ浦合戦地に加えて昨日愛称「壇ノ浦コースト」の銘板除幕式が行われた。下関港海岸の高潮・高波対策のための整備工事が完成してオプーンされた。その海岸道路を犬も一緒に散歩した。源平合戦や幕末ゆかりの観光地の一つである所まで数百メートルを歩いた。散歩道として愛用したい。
 我がマンションの窓から常に見ている下関メッセのタワー、門司の夜景などを楽しんで下関が好きになっている。夜空の関門大橋の下、海峡を挟んで門司港の無作為な照明が美しい。港や市街の夜景はなぜこんなに美しいのだろうか。電灯一つ一つはそれぞれ美しく意図されデザインされたものであろうが、それが集まった電灯のあかりは何ら調和や関係もなく無作為に混在するものである。その無作為に混在カオスから夜景美が生まれるのは何だろうか。人工的な灯りが総合して美しさを発しているのには意味がある。個々の苦難の複合や雑多な世相も総合すると美しくなれる。私は港町の数々の電灯の灯りを眺めながら人工美から自然美が発生することを感ずる。人の群衆からも美しさが発されるのである。
 
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勧善懲悪

2015年12月26日 05時08分10秒 | 旅行
産科病院で生まれた時のことを語る人がいるが、生き返ったような私は昨日退院後初めて担当の阪田先生に診療していただいた。回復順調で異常なしと言われて嬉しい。感謝の気持ちを込めて病院に車椅子一台を寄贈させていただいたことにご挨拶をいただき恐縮であった。市内で外食は減塩のために日本食を食べた。帰宅してソウルからのお客さんがクリスマスケーキをもって訪ねて来られた。日韓の食品の貿易をしている方であるが、日本の規制が厳しく難しいと言う。中国産食品は衛生規制に引っかかりほぼ不可能であるという。韓国でも日本の食品の中で最も税が高いのはお茶だという。それは韓国の茶産業を保護するためであり、税は500%以上にもなるという。
 お客さんが帰ってすぐほぼ毎晩視聴している韓国のドラマを見た。ひき逃げ事故により登場人物の人間関係がほぼすべてが悪い。死者の恋人、本妻の家族とその娘たちの恋愛と姑嫁関係、有名な女優と娘の関係、俳優たちのやきもちによる葛藤などが展開されており、これからどうなるかと気になっていた。しかし昨日は30分で悪い関係の人同士が会っても表情は柔らかくなり、すべての惡い人間関係が和解により良くなり、待っていた妊娠の喜び、難しさを乗り越えて結婚式を挙げる場面などで「終り」となった。私の失望は大きい。韓国のドラマの無理なハッピーエンディングの失望、韓国文学への失望である。現代ドラマではなく、李氏朝鮮の「6銭小説」(薄ぺラな大衆小説)の勧善懲悪そのものである。文学のレベルの低さ、ドラマではなく「国定教科書」(?)であるように感ずる。それなのに我が夫婦は連続ドラマを続けて楽しむ。なぜだろう。
 
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講義再開

2015年12月25日 05時55分50秒 | 旅行
 昨朝早く出勤し、久しぶりに講義「観光人類学」を再開した。今年の最後の講義でもあった。林、倉光、李の諸氏が助手になって準備と片づけをしてくれた。研究室に学長も来てくださった。病気以来保護を受けて恐縮と感謝の日々である。校内で会う人ごとに「回復が早い」と言われ、話す機会も増えた。講義では休講になったことへのお詫びと経緯、体験に触れた。
 日本の病院の看護と介護が完全に病院側によって行われることを話題にした。中国や韓国では介護は家族などに任されていること。家族と医療の関係の問題点を学生とどもに追求していくがなかなか深まらない時、韓国の留学生のインさんが家族の負担に触れた。患者と家族を医療的分離することは家族の負担を減らす社会福祉の原点であることにたどり着いた。
 医療がグローバル化し、サービスの世界化現象、商業的にもなっている。医療観光メディカルツーリズムに触れた。シンガポールとタイでは医術とサービスを観光化して膨大な収入を得ていることを紹介した。韓国の整形外科手術が有名である。美人天国、外見主義社会が生んだ背景を説明した。美しさはよいが、美人スタイルがファッション化していることを批判した。映像や画像の現在、外見主義は世界的になっているのも否定できない。(写真は林楽青氏撮影)
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「加害と被害の記憶を超えて」

2015年12月24日 04時52分57秒 | 旅行
 今年は「終戦70年」という戦争反省の年であった。なぜ「終戦70年」とう標語を高く振ったのか、反省をより深く反省することであろう。加害と被害に関するものだった。加害者であった日本では加害よりは被害が強調されて、被害者であった韓国や中国などは鬱憤を払うように日本に挑戦的な態度をとっていた。日本は加害国より被害国になった印象が強い。それは戦争期よりは「敗戦」という時点に焦点をおいていたからであろう。しかしソ連兵の性暴行などロシアに謝罪や賠償を要求しない。慰安婦以上の問題であるが問題にしない。不思議な戦争反省である。
 李淵植著舘野訳の『朝鮮引揚げ日本人:加害と被害の記憶を超えて』が届いた。加害と被害を同時にみようとしたことがわかる。李氏は森田芳夫氏の『朝鮮終戦の記録』について「終戦後に体験したあらゆる惨状の記録の集大成ではあるが、なぜそのような惨状が生まれたかについて、歴史的省察が十分になされているとは言えない。」と指摘している。つまり加害の部分が抜けているという。加害を話題にすると「勝戦物語」になるかもしれない。「終戦70年」は物足りなく、問題を多く起こした年であったことを振り返ってみた。
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八路軍

2015年12月23日 06時50分55秒 | 旅行
 昨日は私の生きている象徴というか、趣味といえる部屋の模様変えをした。家内が留守の時行わうのが常である。相談すると「今はしない、後でしよう」と返事が返ってくるのが嫌である。しかし変わったことには感動をするのが楽しい。この度は意味が若干違う。お互いに起きる時間と寝る時間に大差があってそれぞれの部屋を使っていたが、大病の時など同じ家で孤独死になるのではないかという不安があり、同じ部屋にベッドを並べて寝る必要を感じたからである。私が死ぬような危機に介護を願って行ったようなものである。やり始めると大掛かりになったが、できれば無理にならないように家具を滑らせ移動した。それでも途中休まなければならなかった。
 長周新聞の竹下記者が訪問して来られて話を交わした。彼も10年前、私と同様な手術をしたという。その後異常なく取材、配達などハードな仕事をこなしているという。彼は拙著『韓国の慰安婦はなぜ生まれたのか』に触れられた。朝鮮戦争の時の慰安婦と同じように敗戦直後の下関に近い小月と、岩国にも米軍相手の慰安婦は存在したという。それと関連して敗戦直後満洲で日本人の体験談をもってソ連兵とは全く正反対の中国の八路軍は鍋を借りたら返すときには卵を1個鍋に入れて返してくれたという話をして私の体験を裏付けてくれた。中国共産党が安定しているのは実に中国人民軍が信頼されていることにあるといえる。先日、日本文化人類学会の編集長の田中雅一先生がやはり拙著を細かくキチンと読んだ感想を述べてくださり嬉しかった。殊に中国軍には性暴行がなかったということに驚き、より詳しく知りたいと言ったことを想起した。
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親切

2015年12月22日 05時10分07秒 | 旅行
 下関市役所まで歩るいて往復することができた。途中友人の店に顔を出したり知り合いの新聞記者とも挨拶を交わした。大学の図書館で行わている日露戦争資料展示会にも寄った(写真)。人に会うたびに私の病気のことが話題になりお大事にの言葉をいただいた。韓国の占書には「挨拶を受ける運인사받을 수」という主要な項目がある。それは一般的にはクンニル(큰일)という、つまり大事なことが起きることを指す。冠婚葬祭などを意味するが「挨拶を受ける運」とは大体不幸な悪運をさす。丁度私の病気がそれに当たるような気がする。私にとってはクンニルであり、「挨拶を受ける運」であった。
 新しい庁舎の市役所に行った。ただ立っているのに知り合いのような表情で案内された。終始親切さを感じた。言葉や事務の内容まで親切であった。おそらく世界一親切であろうと感じた。日本の社会は少子高齢化によって衰弱しているかもしれないが人間や事務と組織などの質ははるかに発展している。先日医療体験のような入院生活で病院もホテルのように親切であることを感じた。昔医師は患者に権威者として行動したが、とても親切になった。教育や宗教機関だけが遅れていると感ずる。教育者と宗教者はまだ権威主義に留まっている。社会の変化に遅れている。教師も牧師もケア精神をより多く受け入れて変身しなければならない。
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クリスマス礼拝

2015年12月21日 06時03分29秒 | 旅行
昨日クリスマス礼拝に参加した。私は1960年12月25日クリスマス礼拝の時洗礼を受けてから丸55年になる。クリスマスイブから深夜早朝キャロル回り、鐘が鳴り、礼拝がいかに感動的であったかを思い出す。今は信仰より習慣になっているようであるが、今度の病気を通して信仰心も回復した。昨夜わがリビングルームに幸福の木の花が満開し、香りが充満している。嬉しい。
 日本ではキリスト教の宣教が韓国より1世紀ほど早かったが現在普及率は1%未満の稀な宗教である。しかも信者も減っていく。私が出席する教会も百年近い歴史を持っているが20人弱の信者が出席する。昨日の礼拝説教時に牧師は世間ではクリスマス商魂騒ぎをしているがイエスがこの世に来た意味は知らない、その意味を説教し、教会学校の生徒たちによるトーンチャイムが演奏された。
 一般的ローマより西のキリスト教では12月25日にクリスマス礼拝をし、東(ギリシャ、ロシア正教会など)では1月6日がその日になっている。私は以前ロシア正教会で1月6日にクリスマス礼拝に参加しながら調査したことが数回ある。政治的な正教会、ジハードのテロイズムのイスラム、民族宗教のユダヤ教さらに多くの新宗教などが問題になっている。といっても存在する宗教をなくすことはできない。「多文化」主義は「他(異)文化」を理解することが大切である。クリスマスは異文化を理解するというメッセージにしたい。
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ショッピング

2015年12月20日 05時12分17秒 | 旅行
 昨日午後家内のショッピングにリハビリがてら同行した。百貨店の駐車場が満員であり、大きい行事があるのだろうかと思いながら店内に入った。週末で買い物客も多かったが店内の広場にクリスマスイルミネーションで作られた会場の舞台、その前の観客席が人でいっぱいだった。女児たちのバレエが披露されている。私は上の階から拍手をしながら観覧した。子供の行事には父母や祖父母などを動員し、集客しやすいと言われるが、その通りであった。駐車場の満員に頷いた。楽しいクリスマスプレゼントを頂いた気分であった。今日は12月20日クリスマスはまだ先なのに教会ではクリスマス礼拝がある。世間では25日をクリスマスといっているが、日本のキリスト教会ではより世間的に日常生活に都合よく行われる。
 ショッピンしたものが結構多く、大きな袋が二つになった。駐車場までそれを持って歩くには回復中の私には体力的に無理であった。家内が両手に持って歩くのをみて夫として格好悪く感じた。帰宅後、入浴の予定だったが疲れて明日に延ばしたので家内は足を洗ってくれた。まだ介護される生活が続いているが、私は夫としての対面(面子)を意識するようになってきた。本当に回復して正常に向かっているのだろう、正常な人たちは美しく化粧をし、おしゃれをし、格好良くして出かけるだろう。化粧文化は健康な社会を象徴する。私も早くジェントルな老紳士になりたい。
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朝倉敏夫『コリアン社会の変貌と越境』(臨川書店)

2015年12月19日 05時12分41秒 | 旅行
 平凡な日常からの断絶(一か月間入院)によって私は「年末」という季節感が受け入れ難い。紅葉や木枯らしなどの自然の変化を皮膚で感じて季節を感ずることなく、浦島太郎のように季節が勝手に先走っているように感ずる。季節とは自然のリズムと人間のリズムが並行している。昨日ソウルの姉からキンジャンキムチ、広島の教え子からお歳暮のメロンが届いて年末を感じさせ、違和感のない日常をとりもどせたような気分である。
 民族学博物館の朝倉敏夫氏から最近著『コリアン社会の変貌と越境』(臨川書店)が届いた。韓国研究30余年、来年3月定年を思い、韓国だけではなく海外のコリアン社会を含めて調査したことが書かれている。私が日本に移り住んだ後の韓国情報の話であるが、反日感情、島での生活など韓国の伝統社会の変化はそれほど激しく感じられない懐かしさがある。しかし世界に散らばって住んでいる韓国人コリアンのグローバル化「越境」からは激変を感ずる。
 私は朝鮮戦争による離散家族の悲劇、冷戦時代のサハリンのコリアンなどで家族の離散を悲劇などと同情したり調査したりしたが、今の越境時代には「離散」は必ずしも悲劇だけではない。普遍的に起こる現象でもある。今われわれの現代家族の多くは単身赴任など離散しているのが常である。大家族から核家族化、離散、越境の現象が著しくなっている。
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韓国の政治裁判

2015年12月18日 04時46分12秒 | 旅行
今日韓関係に関わるような裁判が注目されている。昨日加藤達也元ソウル支局長がソウル中央地裁で「無罪」と判決された。異例だという意見が多い。加藤氏の知人である私としては歓迎である。ただその一連の様子を伺いながら判決そのものではなく、裁判制度はどうなのだろうか考えている。昔韓国の流配島として有名な島々を現地調査地として歩きながら島民に歴史的なこと、流配者の「罪」に関して聞き取りをしたことを思い出す。誰一人、流配者の罪を「罪」として認めている人はおらず、ただ歴史、時代の政治的な犠牲者と思っており、当時の裁判が正しかったと思っている人はいなかった。日本でも同様である。菅原道真の流配「罪」も政治的争いの犠牲になり怨恨強く、怨霊信仰の神様になっている。私は韓国の崔瑩将軍と比較したことがある(『韓国の祖先崇拝』御茶ノ水書房)。
 最近の一連の裁判の判決をどうみるべきだろうか。報道によれば昨日裁判長は判決の言い渡しを始める前に、外交省から検察側を通じて、裁判所に提出された文書を読み上げたという。韓国外交省当局者は異例の要請をしたことが明らかになった。また日本からは外交が成功したようなコメントが出た。私は韓国の政治裁判(?)、日本の世論裁判(?)に失望している。私がもし職業をやり直せる機会があれば「正しい裁判官」になりたい。しかし私が望む裁判官は今の状況では政治的に失敗、世論からもかけ離れ、失敗終わる裁判官になるのであろう。長い歴史に評価される裁判制度が確立されるのはいつの時代になるのだろうか。
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夫婦別姓と男女平等はそれほど相関関係はない

2015年12月17日 05時16分28秒 | 旅行
 夫婦別姓に一言。伝統的に朝鮮社会は血縁主義、父系血統主義が徹底しており、「姓」を変える(悪口)ことはしない鉄則が守られている。しかし植民地政策の、創氏改名によって養子縁組や結婚などで姓を変えるようになっていた。1940年植民地日本政府は創氏改名を朝鮮などで実施し、その年生まれの私の名字は崔から「山本」になった。だが、解放後創氏から元に戻り、族譜を尊重する、韓国の血統主義は変わらず存続している。いまだに続いていて夫婦別姓もその一つである。夫婦別姓によって男女平等という意識はまったくない。
 私は憲法に縛られて考えたくない。法律とは別に自ら男女平等なる生活をすべきである。人間の生き方、生活、文化を尊重すべきだと思う。それを踏まえて規定や法律が作られるべきであろう。右側通行が左側通行を差別するというような発想で裁判する必要はない。夫婦別姓の韓国より日本のほうが男女平等社会だと思う。少なくとも夫婦別姓だから男女平等だとはかぎらない。
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