崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

日朝「拉致問題」合意を歓迎

2014年05月31日 05時20分43秒 | エッセイ
 日本と北朝鮮は拉致被害者らの再調査など合意したことを安倍晋三首相が発表した。日朝「拉致問題」合意を歓迎する。政府の外交交渉に感謝したい。被害者家族たちもほぼ一斉に歓迎している。日朝関係を和らげるような展望が開いた。東アジアでの新しい平和関係の構築の変化が期待される。
 日本は北朝鮮とは国交がないので国家として認めていない。認めなくとも北朝鮮は存在している。日本は北朝鮮を敵国扱いしている。この世には悪人もいる。しかし共存せざるを得ない。悪い国もある。まず相手国を認めるべきである。中国は韓国と北朝鮮を同距離において外交しているが、日本は「拉致問題」で孤立化させ、国交正常化していない。それは敵作りの論法にすぎない。今度の合意を素直に受け入れて、進展を期待してほしい。
 しかし討論者たちは北朝鮮の「狙い?」とは何かなどと、懐疑的な人も多い。韓国やアメリカは積極的には歓迎しない。韓国は歴史問題を、アメリカは核を懸念している。韓国は北朝鮮へ「統一」を打ち出している。「南北統一」は朝鮮民族の念願であるが、戦後70年過ぎても互いに国家として定着している。「統一」というのは「分裂」以上危険なことでもあると私は思う。国家においては分裂や統一も危険である。敵国家とも共存できると考えた方が良い。「敵を愛する」という言葉の本意はここにある。
 多くの国民は知っている。日本の拉致問題はアメリカの北朝鮮敵対政策と歩調合わせ、日本の植民地への賠償問題の「楯」政策にすぎないことを。戦略的な外交政策から大きく変身し、素直に関係改善してほしい。

アジアのシャーマン

2014年05月30日 04時58分02秒 | エッセイ
 1997年モンゴルのウランバトルの東部の草原のゲル(テント式家)で撮った映像がビジュアルフォークロアー(代表北村皆雄氏)から「アジアのシャーマン」(59 分)として発行され、昨日届いた(写真)。私が映像に関心を持つようになったのはシャーマンの研究を始めてからであった。生き生きしたシャーマン儀礼を映像で収めたいと思ったことからである。牛山純一氏グループと出会い、そして北村皆雄氏と友人、協力関係をもって数十年間多く撮ってきた。その中から一般人と教育・研究のために「映像人類学シリーズ」を出すことになった。これが「別神祭」「日暮里・三河島物語」(解説)に続いて3番目である。さらに今年中「韓国の死後結婚」の映像が発行される予定であり、今その作業の最中である。その他映像関係の出版に3冊が進行中であり、この映像作品がそのトップを切ったことになる。
 私が撮った映像が永遠に残るようになったこと、嬉しく、感謝である。まだ多くの資料が眠っている。数年前から資料をDVD化して保存しているが、状態が悪くなっているものも多い。60年代韓国のシャーマンの踊りを撮りはじめ、中央アジア、ロシアのサンペテルブルグ、イルクーツク、サハリン、ハバロフスク、カムチャッカ、北朝鮮、東南アジアなどの映像が眠っている。中にはシベリアの唯一のシャーマンと言われた方の死の直前に撮ったものもある。またビジュアルフォークロアーの三浦庸子氏と世界最大のキリスト教会の趙基牧師にインタビューした映像なども編集されて発行されるよう期待する。
 私の映像人類学に大きく影響した友人の北村氏に感謝したい。友情の協力関係により仕事がなされるのは力強く、楽しい。私は完璧主義ではない、常に人との協力を求める。それは一人で素晴らしい創造作品を作る大家ではないからであるが、友情の塊を人生の宝物と思うからである。

弁当を食べる奴

2014年05月29日 05時02分36秒 | エッセイ
 韓国から来られた50代専業主婦の名言、家で「三食食べる夫は、二食は、外食のみで一食だけ家で食べる夫は」(3식놈,2식씨,1식님)と言われているという。私が弁当を持ってきて研究室で食べるということへの反応であった。弁当を妻に作らせることは大きい負担であるという。つまり「愛妻弁当」の逆のニュアンスで語っている。彼女のご主人は弁当を会社で注文して食べるという。夫の出勤の後、「奥様」は趣味と健康管理の時間で忙しく楽しく過ごしている。目下女性の労働力を発揮させようとする日本の政策とは相反するかもしれないが、韓国社会では理想的な高級な生活は女性に苦労を(労働)させないことである。ドラマでも頻繁に出る女性への言葉「手に一滴の水もつけさせない」(물 한방울도 묻히지 않게 한다)がある。韓国の女性の理想は働かず高級な生活をすることである。
 韓国の夫婦を「内外」というのは夫を「外の人」妻を「内の人」と二分してきた古い伝統がある。世界的にみても広くヒンズ教やイスラム社会がそうであり、女性の社会への参加は積極的ではない。その社会の二分構造は仕事の分担意識からとは思われるが深くは労働の価値観が定着していることには注意すべきである。夫は働く、労働する、苦労するに対して妻は仕事をせず、楽しむという二律相反する構造になっている。わが愛犬は仕事も労働もしないが、我が家に多くの幸せをもたらす。韓国の女性が家族の幸せを作りだせるかが焦点になろう。しかし女性が家族の不和の原因になっているのはなぜだろう。(写真山本達夫氏)

危険な授業

2014年05月28日 05時42分08秒 | エッセイ
 昨日広島大学の楊小平氏の文はショッキングなものであった。楊氏は中国からの留学生であり、博士号を取得された、私が信頼する親しい人である。彼によると広島大学の准教授崔真碩氏が講義で「終わらない戦争」という慰安婦に関する映画を見せたのが報道されて問題になっているという内容である。それを受講していた学生が、産経新聞に投稿し、5月21日に新聞の1面で取り上げたこと、学問の自由への重大な侵害だという。検索して詳細なことが分かった。私が最初に韓国の国籍で広島大学に赴任したのは1995年、韓国教育への先見の眼を開いた大学と相談してもう一人の教員を採用した。彼は私などの意思とは距離のある反日的な方であった。その彼の後任にこられ、私から3代目の韓国系の教員となった方である。
 この講義が政治的な微妙な関係の風潮に乗って文部科学省、産経新聞、科学者会議などに広がっている。一方ソウルでは慰安婦を売春婦と書いたソウル大学の李栄勲教授が暴力を受ける写真もネット上公開されている。私は昨日の日本文化論の講義でこのようなことを見せながら講義を行った。慰安婦を講義で扱うことは問題がない。しかし世俗的な噂話、政治的な宣伝、愛国心による偏執などを教えてはいけない。映画を資料画像として使うことは良いが、教室は映画館ではない。ある教員は映画を流すだけの時間になっていることもある。講義は真理を探究すること、そして教えることにならなくてはならない。60分間流したということは教授法をよく知らない教員のように、また政治的な日韓関係、反日的な世俗性に偏った人のようにも感じられる。学問的に扱ったものなら問題にならない。基本的な問題である。
もう一つ大きい問題は楊氏が指摘したように講義についての報道である。受講生がコメントや不満をいうことはありうる。ただマスコミや政治団体が大学の学問の自由を配慮すべきであったと思う。講義では真理の探究のために扱ってよい。否、勇気を以て研究、教育が活発になっていくことを望む。危険な授業は続けてほしい。

一触即発

2014年05月27日 05時13分50秒 | エッセイ
 東アジアに一触即発の戦雲の危機感のあるニュースが続いている。ベトナムの漁船が中国の船とぶつかって沈没したという。2か月前には239人の人命を乗せたマレーシア飛行機の行方不明の事件が起きた。一人も残らず全員死亡(?)、捜索活動も打ち切ったようでニュースにも出ない。一人も残らず悲惨さ極まりないのにそれがニュースから消えていく。終戦の渦巻きの中でサハリン瑞穂村で起きた日本人によるゼノサイドも悲惨さは伝わっていない。全員が殺されるゼノサイドgenocideの悲惨さは耳から早く消えていく。
 私は小学校時代の朝鮮戦争、中学生時代には地球が惑星との衝突で人類は全滅するという噂に悩んだことを覚えている。死が怖いということを感じながらも、しかし自分だけ死ぬのではないこと、「皆で死ぬ」ということが慰めになったことも憶えている。私の子供時代のナイーブな感じ方だけではないだろう。多くの人もそのように考えていると思う時が多い。ローカルの死の感じ方もグローバル化して地球規模で全滅の怖さが広がっている。人類は燦爛な文化を築いてきたが、それを全滅させるかもしれない。それを本当に怖く感じてほしい。
 生物は死ぬべき運命であり、人はすべて死んでいく。それは慰めであり、悲劇的なことかもしれない。しかし生き残る人がいるということが希望である。(写真はネット)

アマチュアー人生

2014年05月26日 05時56分35秒 | エッセイ
本欄の愛読者の中には私が研究もせず外回りばかりするのではないかと思われる方もいるだろう。昨日も下関キリスト教会創立86周年記念礼拝と昼食会、「美空ひばり祭り」音楽会を楽しんだ。照明や舞台監督もないような田舎風景の音楽会、それでも美空の名曲を鑑賞することができた。続いてバンブーアンサンブルの公演、マイクを使わず大ホールでは音量が足りなかった。美空ひばり記念音楽会では他の歌手が上手く歌ってもカラオケーや本物ではない「偽物」という感がするのはなぜであろうか。本物ではない面白さは本物のそっくりではない個性を創造したり、あるいは下手な自分から上手な本物への近付こうとする面白さがある。
 帰宅して早速バンブー楽団の村田さんからいただいた横笛を練習した。楽譜も見ずただ耳で音階を確認して演奏しているだけである、自信のないものである。ただ隠れ趣味にすぎない。子供時代から耳になれた民謡、研究対象であった巫俗音楽からのメロディが下手に再構成される。中高時代、映画監督の安夕影氏の息子の安先生に作曲の話、大学時代の音楽鑑賞法を学んだことがすべてである。しかし名曲を鑑賞することはできる。
 大学生たちに「勉強は自分でするものである」とよく言ったが、それは常に素人、アマチュアー人生になれという意味ではない。自分との闘い、創造することを願うからである。

絵葉書の下関市美術館で展示

2014年05月25日 05時44分59秒 | エッセイ
 以前堀研画伯から寄贈していただいた戦前の絵葉書を下関で展示を企画している。これは植民地帝国の科研の研究の一環として行っているものである。元のコレクターは山口県小郡出身、米光長三郎氏、その息子が慶応大学医学部を卒業した産婦人科医の米光権吉氏(1900~1986)である。堀研氏から私のところに届いた。今度の展示会では主に山口県の小野田、萩吉田松陰、湯田温泉、長府乃木宅、門司などに関したものを中心として考えている。研究者や市民に公開して情報や意見を聞きたい。
 下関に関するものがたった一枚、「泉菊印刷商会謹製」発行の絵葉書を見つけ、昨日その会社(代表中村隆志)を訪ねた。せっかく訪ねたが対応者は会社にはその経緯がわかるようなものは全くないと言われた。帰宅し、すぐ『下関市史』から明治36年2月1日泉菊太郎氏が鉄道印刷物を主にして設立創業して、1945年戦争で全焼され、その翌年1946年に復興した120余年の歴史を持っていて、現在盛業中であることを知った(写真)。 HPなどもあるがその方はなぜ「ない、わからない」と言ったのか、疑問である。その葉書にもう一つ情報がある。沖の山炭鉱の坑内の写真がそれである。宇部炭鉱の中では一番早く1897年開業された炭鉱である。これから絵葉書の元所蔵者である米光氏の子孫や、炭鉱を訪れたい。
 このような研究は私が研究者だというより下関の郷土人になっていくような感がする。私のアイデンティティは日韓人ではなく、「下関人」となっていくようである。研究者から一般市民へ、溶け込んでいくような気もちである。

クーデターを招く国民

2014年05月24日 05時24分28秒 | エッセイ
 タイでクーデターが起きたというニュースを聞きながら私は懐かしく(?)感じた。戒厳令と夜間通行禁止も慣れていたものであったからである。東南アジアで唯一ともいえる植民地にされなかった国のタイ、良い指導者に恵まれた国あったが、国民が自由を持つ能力がなく、デモばかりをしてクーデターを自ら招いたことになった。とても残念でしょうがない。自由から逃避、放任のデモ、困難なアノミー状況で独裁を希求し、クーデターが起きるのは決まったプロセスであろう。
 韓国でも主に大学学生たちの民主化運動によって李承晩大統領が下野された後、ほぼ1年間三流国民の愚衆がデモばかりして混乱状況になり軍事クーデターが起きた。否、国民が独裁を招いたような状況であった。私の経験からはクーデターよりも真の自由を知らない国民に問題があった。国民自ら民主化を定着させることができなかった。デモは意思表現にすぎないものであり、暴力化してはいけない。自由から放任へ、デモから暴動化へ、そしてクーデターを招くのは後進国家の著しい特徴である。放任と混乱は権力を独裁者に進上することである。民主主義は自由を活用することである。長い王朝文化は自由を知らない時代のものである。
 ここで自分の生活環境に戻って考えなければならない。ある経営者が無能力者だと言いながら社員たちは放任している状況を知っている。社員たちは出勤も真面目にきちんとはせず放任を満喫している。それは反省すべきことである。タイ国民も反省せよ。

人命救助をなにより優先すべきである

2014年05月23日 04時19分58秒 | エッセイ
韓国の朴裕河教授が新入生セミナーでテーマを与えて討論する方式で進行する講義の内容をフェイスブックに紹介した。船沈没で300人以上が死亡した大惨事、船が完全に沈没までの2時間、初動に失敗したことをテーマにしたという。韓国政府が日本の支援を受けなかったことに関して、自分が大統領だったらどのようにしたか? その理由は?と尋ねた。13人の学生中8人が日本の支援を受けるべきか否かの質問に「受けない」と答え、5人が「受ける」と答えたという。当然先生は異なった意見から問題点を導き出して、"国家とは何か"という話になったそうである。素晴らしい講義であったと思われる。
 以前にも引用したが、ルース・ベネディクトの『菊と刀』を再び引用したい。戦争中に日本のラジオで米軍の指導官が海に溺れている一兵士の命を救援したことを「アメリカ軍は大したものではない」と語っているのを著者は逆に「命を軽く見ている日本」を批判した。「軍人は人を殺して勲章をもらうのではない。」命を守ったからもらうのである。私は若い時に愛国心をもって、陸軍士官学校の教官として軍は命を守る「最高の福祉だ」と教えたことを思い出す。
 朴大統領の思考が問われて良い。船が沈んで行き、人命救助をなにより優先すべきである時、国家の体面や政策などを優先したことはとても残念である。孟子は幼児が井戸に向かって這っていくのをそのまま見ている人はないだろうと言っている。しかし今多くの人はそのまま見ているような人間であることを反省すべきである。政治改革の前に教育の改革が必要である。経済中心、競争教育を改革すべきである。
한국의 박유하교수가 신입생 세미나에서 토론 방식으로 진행하는 강의 내용을 페이스북에 소개했다. 배침몰로 300명이상이 사망하는 대참사, 배가 완전히 침몰까지 2시간 초동에 실패한 것을 테마로 했다고 한다. 한국 정부가 일본의 지원을 받지 않은 것에 관해서, 자신이 대통령이라면 어떻게 한 것일까? 그 이유는? 이라고 물었다. 13명의 학생중 8명이 한국은 일본의 지원을 「받지 않는다」라고 대답하고, 5명이 「받는다」고 했다고 한다. 박교수는 당연히 다양한 의견에서 문제점을 찾아서 ” 국가란 무엇인가”라고,전개하였다. 훌륭한 강의이다.
 이전에도 인용했지만, 루스·베네딕트의 『국화와 칼』을 다시 인용하고 싶다. 전쟁중 일본 라디오가 미군의 지도관이 바다에 빠져 있는 1병사의 목숨을 구원하는 것을 비아냥으로 「미군은 대단한 것이 아니다」라고 이야기 하고 있는 것을 저자는 반대로 「목숨을 가볍게 보고 있는 일본」을 비판한 것이다. 「군인은 사람을 죽였기 때문에 훈장을 받는 것이 아니다. 」 목숨을 지켰기 때문에 받는 것이다. 나는 젊은 시절에 애국심을 가지고, 육군사관학교의 교관으로서 군은 목숨을 지키는 「최고의 복지 기관이다」라고 가르친 것을 마음속으로 자랑하고 있다.
 박(朴) 대통령의 사고가 문제되어도 좋다. 배가 가라앉아 갈 때 인명 구조가 무엇보다 우선해야 할 때, 국가의 체면이나 정책 등을 우선한 것은 정말 유감스럽다. 맹자는 어린 아이가 우물을 향해서 기어 들어가 가는 것을 그대로 보고 있는 사람은 없을 것이다라고 하였다. 그런데 지금 많은 사람은 그러한 인간인 것을 반성해야 한다. 정치개혁 앞서 교육의 개혁이 필요하다. 경제중심, 경쟁 교육을 개혁해야 한다.

師弟関係

2014年05月22日 05時21分49秒 | エッセイ
中国の杭州へ行くことを考えている。広島大学時代の留学生が大学の教員として3人もいて、スケージュルを調整中であるという連絡をうけながら準備している。そこに長春にいるもう一人の弟子がわが夫婦を迎えるために来るというメールが来た。長春から杭州までは1580キロ離れていて遠い。彼女は旧満州映画協会の調査の時通訳などをしてくれて以来の再会である。中国の東北から南へ遠くまで来てくれるという話、嬉しく、感動的である。遠くにいても親しい、近くにいて遠い関係(弟子、友人)もいる。これは「親疎関係」というものである。社会言語学や文化人類学では親しさ(familiarity)により敬語や社会的人間関係の距離を調整することが研究されている。
 私にとって子弟関係は関心と愛情によるものである。しかし、中にはうまく連絡できずにいる弟子も多い。昨日ある学生が丁寧に挨拶をするので日本の学生ではないと思って声を掛けて、私の研究室で話をした。彼は私のブログなどを読んでおり、私を知っていると言う。韓国の啓明大学時代の教え子の達城高校の李忠教先生に学んで留学するようになったという。本欄で李氏が本学を訪問してきた時、床に頭をつけて挨拶し涙の再会の文を読んで、厳格な自分たちの先生のイメージから感動したと学生たちの中で話題になったという。(写真は本文と関係ない)
 私は大学時代に先生が外国旅行の時は空港まで送迎した。それは大事な客が帰る時、村の外まで見送る伝統的礼儀であった。日本に留学してからも中根千枝先生など送迎したら驚いた表情であった。しかしこのような子弟関係や恩師観念は古臭いと考えるのが現代っ子のようにと思われる傾向がある。そして人間関係はだんだん冷えて殺風景なものになっていくのである。

青春時代の夢

2014年05月21日 05時26分25秒 | エッセイ
 「夢を持ちなさい」という言葉は夢は良いと意味だろうが、私はなかなか良い夢を見ることはない。昨夜は例外であった。早寝して、早起き過ぎて二度寝して良い夢を見た。鮮明に憶えている。ある大学の会館で食堂を経営していて、お客が多くて、死後これは残るだろうと話している時目が覚めた。5過ぎ、私にとっては朝寝坊である。昨日バンブーアンサンブルの代表の村田氏が自作の横笛を持ってきて土産にくれた(写真)。嬉しかった。彼は「蛇が出ないように練習してね」と言った。韓国の横笛より吹きやすく、アリランなどを吹いてみた。練習して彼の楽団に入れてもらおうか、と夢(望み)を持った。それが良い夢になったのだろうか。
 私は趣味がないと思っている。それはいわば男らしいスポーツなどが全くできないことを意味する。若い時は熱帯魚、鳥、骨董品、生け花、短簫吹きなどに興味を持った。私の趣味は中度半端で素人勝手なものであり、幼児が玩具を持って遊び、飽きたら捨てるようなものである。それが私には相応しい。つまり私の趣味とは心の流れにそって「やり、やめる」ものである。しかし多くの人は趣味と言いながら切手コレクターのように専門的になっている人もいる。
 私は青春時代に有名な評論家になろうと夢をもって、それを目指して美術史、音楽史に関する読書と鑑賞を多くしたことがある。それが私の心のどこかに残っているようである。今コンサートや展示会には好んで行き、鑑賞するのは青春時代の夢の名残りであろう。

再び「船沈没事故」(東洋経済日報へ寄稿文2014,5,16)

2014年05月21日 05時12分41秒 | エッセイ
 先週韓国ソウル行きの飛行機はガラガラで、それもほぼ若い女性が目立ち、私の世代の人は私一人でその場にふさわしくない客になったようであった。日本最大のゴールデンウィークに韓国行きの客が少ないのはなぜだろう。日韓関係が如何に悪いか、あるいは不幸な船の沈没事故の国への観光を自粛し控えているのだろうか。
 私は科学研究費による現地調査と出版関係の仕事のための出張であった。出版社の社長らが迎えに来てくれて昼食をごちそうになった。メニューはもっとも庶民的な食事のチョングチャン(청국장)であり、「器より味」、最高の味であった。日本の納豆に似ているもので私の古里の味であった。値段は決して日本より安くはない。日本人にとっては買い物の魅力はなくなるだろう。
 翌日は雨の中を歩きながら『月刊朝鮮』の元編集局長の趙甲済氏を訪ねた。突然の電話連絡にも関わらず、快く時間を割いて下さった。昼食をご馳走になりながら、朴正煕研究家である彼とセマウル運動と日韓関係について談話した。彼は伊藤博文の孫にインタビューしたことや山口県萩の吉田松陰について幅広く知っており、やはり知名度の高い日本通の言論人であった。
 自然の景観が美しい国立劇場を初めて訪ねた。劇場にはほとんど人がおらず静かな公園のようであった。劇場でありながら公演などが一切中止になっている。船の沈没事故で、特に予定している劇は笑いと海の場面があって自粛せざるを得なかったという。韓国内が悲痛、危機感などが混合している。話題も「船の沈没事故」の話が多く、国を挙げて自粛反省しているということであった。その話の多くは主にテレビによる情報であり、日本側の情報は共有されていないようであった。遅すぎる救助活動が広く話題にされている。しかし日本から事故直後救助を申し入れたことは韓国ではあまり報道されず、一部韓国軍がアフリカで自衛隊(軍)から銃弾を借りたことや朝鮮出兵や日清戦争と植民地まで連想して自衛隊の脅威感を持たせる報道であったという。
 日本に帰国前黒田勝弘氏とホテルで会った。彼は有名な記者であり、論客、著述家であり、私とは数年間「東洋経済日報」の本欄に一緒にエッセーを連載しており、親しく話は広がった。朴裕河氏と和田春樹氏も同席した。当日は残念ながら私が先に仁川空港へ向かわなければならなかった。空港内のロビー街はそれほど変わっていないが客の質が変わった。以前は国際的マナーを守る紳士淑女の通りのようなところだったが今では田舎の市場化していく感がした。
 韓国は世界的に注目される先進国化している国であるが、大きい社会問題を露出してしまったのは残念である。船主の非道徳的な面が大きくクローズアップされているが、不正組織が支えてきたことは反省すべきであろう。先進国化には時間がかかるという警告でもあろう。悔い改めて社会改革が行われ、名実共に先進国化へ向かう良き機会としてほしい。





無表情の女性大統領の涙

2014年05月20日 03時51分08秒 | エッセイ
 私が散歩道で撮ったこの写真は葛藤を示す。葛と藤は捻じれる。互いに絡みあいながら伸びる。しかし互いに生きる。歪曲と歪曲が巻き寄っている。日韓関係も「葛藤(葛と藤)」する。日韓首脳会談で韓国の朴槿恵大統領が無愛想、無表情であったことが話題になったが旅客船沈没事故でもその表情は一貫していた。昨日正午の対国民談話ではその無表情の大統領は涙を流した。彼女は終始泣き崩れることなく、談話を読み上げたのは偉いと思った。私なら聞くだけでも感情コントロールが難しい。大統領の訴えは韓国人の心には大きい影響があったと思われる。「社会全般の腐敗を清算していく」というが、根本的な意識改革の対策はあまり見えず、主に処罰主義だけが強く感じた。私もその社会で生まれ育ったものとして、「冒険しないと進歩はない」という考えで即、行動する性格であり、意識改造は難しい。
 韓国が交通事故率が世界的に最高レベルであった時、運転手たちへの標語「パパ、今日も無事に」のお守りを飾り、運転さんは健康に良い(?)ドリンクを飲み、過速し、事故を頻発したのである。「事故は運」でありいくら注意しても起こりうるという。韓国のドラマでは交通事故は神秘的にも扱われている。交通事故で意識を失うことがあり、不思議にも人格を変身させる奇跡も起こすという。有名な冬ソナもそのストーリーである。
  韓国は今自殺率の世界トップレベルである。長生きへの願望、高麗人参の国でありながら、行動は合理的ではない。つまり合理化されていないことは近代化になっていないことを意味する。意識改造、生活習慣を変えなければならない。安全のための体系改革とその日常化が必要である。私は雨の中で体験したことを一つ思い出す。広島で韓国から来られた人が運転する助手席に座っていた時、彼が急ブレーキをかけたが横からバイクで走ってきた人が目の前で倒れたことがあった。私が瞬間的に降りて彼女の怪我の有無を確認し、車に載せるまで運転手の彼は不動のまま座っていた。彼に悪意があるとは思わない、びっくりして動けなかったのだろう。普段の心構えと訓練ができていないと強く感じた。船の沈没事故でも救助ができなかったことも同様であろう。乱暴な競争による先進国化への歪みが出ていることを深く反省すべきである。
 

国境問題

2014年05月19日 06時36分10秒 | エッセイ
 一週間の中で展覧会とコンサート、4日間も外出し、自ら本職が問われる。昨日は朝の散歩、教会の礼拝へ出席、下関の北の「鬼が城」山へ車中で昼食、山の麓の野外舞台で李陽雨氏のコンサートを楽しんだ。初夏のピクニックのような3-40人の客の中には顔見知りの人もいて、親交の時間、鳥の鳴き声、蝶が飛び、花の香りがする歌と総合交響曲のようなものであった。その最中に携帯が鳴った。出版社からのものであり、外回りの私を机へと催促する電話であった。
 帰宅してのKBSの9時のニュースは久しぶりに船沈没から北朝鮮のアパート崩壊に代わった。日本では有名な歌手の麻薬に関するもの、インドの選挙、ベトナムのデモ、中越の緊張関係などが流れた。中国は国内的に戦争をしない平和的な国家と教科書的に教えるようであるが、朝鮮戦争へ参戦、中越戦争などを起こした。私はその激戦地であったランソンで一泊したことがある。中国は日本の靖国参拝を反対しながら軍国化して行く傾向にあり、日本、フィリピン、ベトナム、台湾などと国境問題を引き起こしており、今ベトナムとは緊張状況である。大国は中国だけではない。ロシアとインドも大国である。両国は中国と異なって民主化が進んでいる。中国は経済だけ開放して、民主化を阻んでいる。インドやロシアは西洋文化から長く影響された価値観を持っている。今は日本や韓国は中国よりインドやロシアと協力関係を強化すべき時かもしれない。

「バンブーオーケストラ演奏」静かな拍手

2014年05月18日 04時55分28秒 | エッセイ
竹は成熟が早く、硬く、美しい。筍は美味しい。美しい音を出す。昨日しものせき・竹アンサンブル(代表/村田悟)の竹楽器の「バンブーオーケストラ演奏」を山の田ケアータウンの2階食堂で鑑賞してきた。地元の「竹」により自ら製作した横笛、縦シロフォン、音階のある太鼓など竹楽器を10人が30人ほどの老女たちの前で演奏した。アメージンググレース、古里、アマちゃん、平和の歌など親しみのある歌を美しく演奏した。反響は静かな拍手であった。韓国の乱打ではないか。騒然の音響かもしれないと思ったが意外に柔らかな旋律であった。打楽器が中心であってもメロディが主であって意外であった。
 私はソウルの北の内陸の山の麓に生まれ、竹と言えば四君子の一つとして墨絵の中の竹を連想するだけであった。後に朝鮮半島の南部で竹細品に触れることができ、日本に来て竹林、竹の子など、竹に魅了されるようになった。竹が美しい音を出す素晴らしさに感動し、その美しさを追求、自ら楽器を製作し、楽団を作り、練習し、演奏するまでの努力に感嘆した。それぞれ仕事の合間を利用して練習しているという趣味のグループである。私はもちろん、家内も一緒にやってみたいと言っていた。今日もコンサート、ここ数日で3回目になる。