崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

「やさしさ」

2016年07月31日 07時13分52秒 | 旅行
猛暑と旱魃が続いている。校舎の軒下におかれている観音竹が枯れるのではないかと気になる。ベランダの鉢に水をあげながら雑草にもジョウロウの水先をあてる。私のやさしさであろうか。夫がアルツハイマー病の奥さんを介護する「八重子のハミング」それは「やさしさ」と言われた。私にその優しさが足りないと反省させられた。若い時チャーミングな彼女に自分の上着を脱いで暖めてあげたり、マフラーを首に巻いてあげたりするが、年をとっていくにつれてそのようなやさしさ、介護は難しいだろう。昨夜試写会でみた佐々部監督の映画は男たちにその「やさしさ」を問いかけている。その優しさは恋愛、結婚、恥と苦難、幸と不幸、試練などを共にしてきて作り上げてきた堅い「絆」から出来上がるものであろう。萩と下関でのロケ、知人の佐々木正一氏などのエキストラなどで親しみを満喫した。原作者、俳優のトークもあった。帰宅しては夜空の花火を見た。
 朝から大学へ、反田昌平氏の「戦争と難民」の発表、堀まどか氏のコメントで行った充実した研究会。反田氏は毎日新聞社東京本社社会部で防衛庁担当時、陸上自衛隊のイラク派遣に伴い、隣国クウェートで取材したという。米国・同時多発テロ後、アフガン戦争、イラク戦争、シリア内戦、イスラム国(IS)の誕生、シリアからの大量の難民が欧州(EU)への大筋を語ってくれた。堀氏のコメントに触発され、30余人全員参加のような討論会ができた。暴力と宗教、テロとゲリラ戦、引揚者と難民、テロと戦争、イスラムと日本の多神教など多くの話題が登場し、予想をはるかに超える猛暑を抑える猛熱な討論会であった。
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『植民地歴史を正しく見る』が届いた

2016年07月30日 06時15分48秒 | 日記
ソウルの出版社から新著『植民地歴史を正しく見る』が届いた。嬉しい。民俗苑から10冊ほど出させていただいて、出版社の発展も感じている。デザイン、編集、カラー印刷の新鮮さから出版社と共に成長してきたような気がする。350余ページのハンディな本であり、今度は私が自ら植民地を調査して歩きながら思索したものが主な内容である。
 日本植民地を対象に負の遺産を考察した。東アジアには「反日文化圏」がある。その核は韓国である。建築遺産を壊し、浄化運動を長く実施している。反日感情が一番強い国である。北朝鮮よりも韓国の方が強い。中国、サハリンなどではうすくなりつつあり、台湾、パラオなどで親日的である。旧占領地でも似ている反日と親日が強く、また薄れている所もある。イギリスを中心として西洋植民地も行ってみた。アイルランド、南アフリカなど後期植民地の国々は遺産の存在が多様である。日本に戻って考える。戦争を起こし、犯した国が被爆を以て被害国として変身している点も指摘した。これから読者と一緒に考えたい。
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ガラスの天井

2016年07月29日 05時17分38秒 | 旅行
アメリカ民主党大会で大統領候補にヒラリー氏が指名された。女性としてアメリカ史上初めてのことである。大型テレビ拡大画像にヒラリー氏がガラスが割れて現れた。この画像から私は瞬間「不吉」を感じた。それは鏡などガラスが割れることは離婚などを含む不幸な不吉の予兆と思う習慣から感じたものである。鏡を神秘的に思うのは中国を中心に北東アジアに広くあるものであり、日本では三種の神器の一つでもある。
 アメリカではガラスは見えない壁と思われている。ガラスの天井(glass ceiling)とは女性の昇進を妨げる見えない壁とされている。ガラスが破れて表れたヒラリー氏が「初女性大統領、あなた(女)もなれる」と語った。私には演説の内容よりガラスが壊れる「不運」を強く感じる。トランプ氏との戦い、幸運と不運の道がまた続いている。
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障害者の人権

2016年07月28日 05時14分05秒 | 旅行
19人の障害者の首などを刺して失血死させ、また26人に重軽傷を負わせた事件は衝撃である。事件の悲惨さより人間失格、倫理の破滅の根本的な問題を考えさせられるものである。犯人が麻薬や逸脱者であろうという捜査が進行するのとは別の側面から私は衝撃を受けている。日本は高齢化社会として多くの社会福祉が行われるが、それがある意味では社会や国家の負担と思われるところがあるのではないか。主に西洋社会は長い間生存権や人権の思想を築ぎあげてきた。我々の社会もその思想を受け入れて教育をしているはずである。しかしキチンと受けていなくては、障害者は社会の負担だと過信してしまうような危険思想に落ちやすい。標準人間、優秀人種だけが生きる理想国を作ろうとするのだろうか。死を待っているような高齢者、障害者が社会の邪魔になる負の存在であろうか。生きる権利を持つ人は元気なイケメン、美女だけであろうか。しかし植松聖容疑者(26)自身も障碍者や高齢者になりうる。その悲惨さが自分のものであることを認識していないだけである。
 戦後日本の教育は自由を教えても愛することを教えていない。ファッションと快楽文化が溢れ流れている。倫理を遠避けてきた。倫理は形式的な礼儀作法が全部ではない。信仰といえばオカルト、祭り文化が津々浦々で流行っている。聖書には人は神からの賜物であり、標準型はないという。障害や病気を持つ人も神からの賜物であるという。その貴重な信仰はいま我々が享受している法律の基本精神となっている。障害者の人権を守ることはみな自分自身の人権を守ることだと思うべきである。
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韓国で出版『植民地歴史を正しくみる』(民俗苑、2016.7.20定価26,000ウォン)

2016年07月27日 05時58分48秒 | 旅行
 昨日韓国出版社の民俗苑社長の洪鐘和氏から電話で嬉しい情報が届いた。韓国で拙著が出版されたと言うことである。一般的に負の遺産と言われる植民地史を広く比較したものである。表紙の裏に書かれた紹介文をここに載せる。

 私は戦前、田舎で生まれ戦後、ソウルで教育を受けて研究をし、馬山、大邱、そして日本に居を移して研究と教育に勤めております。戦後の韓国事情や日韓関係をある程度知っていると言えます。朝鮮半島は不幸な植民地から解放されても自ら(?)南北に分断しています。戦争の悲劇は今だに続いています。この本で私は経験に基づいて分断史、植民地史を語るように書いています。歴史認識を正すための試みです。
 私は経験的に私個人の価値観の変化より韓国社会がより速く変わってきたように感じます。歴史認識の大変化を期待します。本書では負の遺産の植民地史をもって考えてみました。それは韓国に限らず世界の多くの国家の共通した問題です。
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ポケモンGO

2016年07月26日 06時01分48秒 | 旅行
 ポケモンGOの話が盛り上がった日に学生から教えてもらったが、いまいち面白さが湧いてこない。昨日映像に詳しい藤中氏が訪ねてこられて説明してくれた。現在位置の画像に動くモンスターが出現するのが基本であり、隠れたものを探すのが面白さであると理解した。脳から魂が抜け出ていくシャーマンの脱魂型が遊びになっているのかのようにに思われた。あるいはかくれんぼで探す子供時の遊びであろうとも思った。それらを実現したのがポケモンGO、遊び文化であろう。
 昔私は遊びは子供のモノ、玩具は子供のもの、漫画は子供のものと思っていた。しかし日本に来てみると大人が漫画を読み、玩具で遊ぶ。はじめて日本に来て車内で紳士が漫画を読む場面には失望した。ほんとうに日本人が未熟な子供に思えた。しかし大人専用のパチンコ店が多いのはなぜだろう。日本の「子供文化」は実は「大人文化」でもあると思い始めた。私もポケモンGOに関心がある。子供文化を享有しようとしている。
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日常の糧

2016年07月25日 05時23分12秒 | 日記
昨日は猛暑日、森林の中の花苑、植物園のような大韓宇部キリスト教会の礼拝堂で礼拝に参加した。半年余りの大病からかなり健康を回復したことを見せる格好となった。崔栄信牧師の「欲に生きる?、聖霊に生きる?」など説教の後、然突の出席にもかかわらず、礼拝時間に講壇に立って挨拶とあかしを少し語った。
 昔韓国で初期伝道の時代に若い伝道師に導かれ、洗礼を受け、60年近く信仰生活をしていて、恩、縁、恵などに感謝しながら生活していることを語り、祈った。信者たちと久しぶりに話を交わした。中には私のエッセー集を読みたいという人がおられた。教会では霊の糧、日常の糧の昼食のために帰り道で寄った「みちしお」は満員、盛業であった。両方の糧を満喫した日であった。
 
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盗用

2016年07月24日 05時54分13秒 | 旅行
 トランプ氏の夫人のメラニア・トランプ氏はスロベニア生まれ、英語をはじめ何か国語も話すという。彼女の演説がオバマ大統領夫人のスピーチに酷似しており、盗用の疑惑があるといわれる。共和党全国委員会はこの問題に答えるつもりはないと語った。この例話はアメリカ選挙だけの泥喧嘩のことと簡単に無視することではない。我々の日常言語生活から執筆までつながる問題であるからである。オバマ氏の一句、普通の英語である Yes, we canはある子供の言葉を盗用したかと考えたくなる。言葉はアイディア、発想と人格によって生きるものである。深く考えてみよ。
 私を例にしたい。1936年の韓国農村を撮った映像を分析している内に麦わら帽子に映画フィルムがリボンとして使われたことを知り、フィルム消耗の利用という大発見と思い、2009年の本『映像が語る植民地朝鮮』(307-8)に詳しく説明し、10回以上の講演やコラムなどで話をし、書いた。その講演を聞いたある同学の研究者が今年(2016)岩波書店発行の『甦る民俗映像』に私が書き(192)、話したことを自分が発見したように書いたものが載っている(411)のを見付けて嫌な気持ちである。私のアイディアをすべて奪われた気がしてしょうがない。
 学問の本質を考えなければならない。私が学生時代ソウル大学図書館で見つけた古い英語の雑誌を分析して書いた論文が韓国の同学の学者に盗用されたが、それでもしっかりした研究者はそれを知り、批判するだろうと思った。しかし逆に日本人の韓国研究者が私の論文より盗用した論文を引用したので私は批判の文章を書いたことがある。また、盗用した彼に抗議したら私より先に考えたとか、結果がおなじであったという。唖然。
 
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「戦争と難民」

2016年07月23日 06時07分05秒 | 旅行
東亜大学東アジア文化研究所の研究会を兼ねて講演会を行う。一般公開無料である。講師は毎日新聞下関支局長の反田昌平氏である。彼が新任者として赴任したばかりでお会いして聞いた彼の経歴に惹かれた。彼は2011年4月から西部本社報道部副部長を経て15年5月から現職の方で、1991年、毎日新聞社入社、東京本社社会部で検察庁、防衛庁などを担当し、イラク派遣の陸上自衛隊をクウェートで取材した方である。それらの体験を基に写真を見せながら戦争と難民を語る。米国・同時多発テロ後、アフガン戦争、イラク戦争、シリア内戦、イスラム国(IS)の誕生、シリアからの大量の難民、フランスでの大規模テロなどが続き、ISの脅威は今も大きい。決して対岸の火事ではない。中東、欧州におけるテロの現状や問題と課題、深刻な難民問題について語る。一人でも多くの方々に聞いていただきたい。
 宇部出身の堀まどか氏がコメンデーターとして討論する。テロの本質に迫ると期待する。

東亜大学東アジア文化研究所/研究会・講演会
日時:2016年7月30日(土)14:00~16:00
場所:東亜大学13号館7階710号室
テーマ:「戦争と難民」
講師:反田昌平氏
コメンデーター:堀まどか氏

*イラクに派遣された陸上自衛隊で、著作権は毎日新聞

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蛍観光

2016年07月22日 05時18分44秒 | 日記
昨日朝9時から1時間ごとに7チームと話をした。最初徐ジョンキュン校長先生の引率の高校生を迎えた。その間に講義をしたような格好となった。観光人類学で昆虫をもって観光する現象を考えた。鳥などが観光の主役になっているのは周知のとおりである。沖縄を除いて全国的に蛍をもって観光としている。それは韓国と中国でも行われている。子供時代に昆虫や虫に親しむのは自然観察力を高める効果があるのではないか。カブトムシ、デントー虫、糞転がしなどが好まれる日本の子供に比べて留学生たちは昆虫への関心度が低いと思った。私が1970年代初め留学した時日本で昆虫博物館を鑑賞して感動したことがある。
 広島から山田寛人氏が来られデントー虫がアブラムシを食べると観察したことを話題にした。ベランダでの栽培で虫に葉を食われないように春種まきを秋にするという。虫にもリズムがあるということに私が大賛成、自らの経験を話した。棗の木が死んだと思い片隅に寄せた古木から季節遅れで芽が出て日増しに成長している。以前現れた虫が現れていない。私は虫にも幼虫から成虫への「虫生」があり、それが季節にセットされていることだと賛同した。知識として知るものではなく、体験による信念、そして私も知的に成熟していくのである。若い時クモの網作りの過程を観察したことは以前にも書いたが枠を決め、落ち乍ら核の糸を延ばして、結ぶという神秘的なことを行う作業、そこは神の技としか言いようがないと思った。蛍の光が大きい資本になるのは当然である。
*写真は595x866-159.5kB-身近で見られるクモの網 池田博...
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東京マラソンそっくりの知事選

2016年07月21日 05時15分48秒 | 旅行
二日間長くCNNで米大統領選の放送を見た。共和党全国大会でドナルド・トランプ氏(70)は政治経験のない「アウトサイダー」としてを厳しく批判されても「米国を再び偉大に」というスローガンで1725人を獲得圧勝し、正式に指名された。彼と家族は喜びを語り、党の結束とクリントン氏を非難した。トランプ氏は妻を次の大統領婦人ファーストレディNext First Lady of United States of Americaと紹介し、彼女の演説に、私は感動したがその演説内容がオバマ氏婦人の演説の盗用だと言われている。娘、最初の妻との長男の演説があり、それは立派な賛助演説であった。人身攻撃などが氾濫しても民衆はただの熱戦という雰囲気にのってしまうようである。選挙は祭りのように一時的に反社会的な現象が起きて、言いたい放題、食べ放題の状況になる。それがポピュリズムの民主主義の危険であろう。
 東京でも似てる現象の都知事選が起きている。日本で一番大きい直接選挙、大統領選に似た東京選でも非難が溢れる。都民、日本人のレベルがテストされるものである。鳥越氏の女性問題、小池氏の鳥越氏に対して「病み上がり」という発言で彼は怒っている。鳥越氏に非難が集中するのは彼が優勢だと思われているからであろうか。選挙候補に出た以上は泥喧嘩でも勝たないといけないというのだろうか。国民投票ではない知事選は政策の差は重大な話題にならない。人格か人気が左右する。知名度のない多数の人も候補に出ている。最後には最低でも出世道を完走する選挙である。「東京マラソン」と錯覚しそうである。
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「禁止文化」

2016年07月20日 05時47分21秒 | 日記
 道路標示などは国際化されているがその一つに韓国で「走ると死ぬ」(달리면 죽는다)という脅迫的な標語がオーストラリアにもあると指摘した人がいる。板門店観光の道路の両側には禁止、禁域などの看板がズラッと並んでいる。日本では「ありがとうございます。」など柔らかい表現が多く、トイレには「清潔に使っていただいてありがとうございます」というものもある。また電車の優先席に「席をゆずらなかった。言い訳ばかり考えた」(交通道徳会)と心理的に圧迫する標語もある。禁止は否定的であり拒否感があり、多くの営業所では「禁止」から「専用」へ変えた。
 私が住んでいるところには100坪ほどの小さい公園がある。そこに犬を連れて散歩に行くことがある。ボールを投げつけてはいけない、犬は放してはいけない、その他、犬の糞処理なども含め10個ほどの禁止事項を書いた看板が付いている。こどもたちはボールをもって静かに座っていることを望んでいるのかと思った。私は規制規定天国の日本だと思ってしまう。日本人はこのような「禁止文化」の中で育っておとなしく、静かな国民性に作られたのか、また、それによって精神的障害を持っている人も多いのではないかとも考える。
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長崎への旅

2016年07月19日 04時53分39秒 | 旅行

 海の日の昨日、長崎に行ってきた。JRの遅れ、乗り換えの新幹線に間に合わず、博多から長崎へ行く特急にも乗れず、指定席無効、帰路はまた大幅に遅れた。古い時代への逆戻りだと感じた。なぜ貴重な時間をそのように費したのか。活水女子大学のキリスト教神学者の崔炳一氏に会うためであった。彼は私の本を読んだことがあるというが、互いに初対面であった。韓国ソウル出身の大型ハンサムな韓国人であり、私は日韓キリスト教の比較研究に関する研究会などの講師を念頭におきながら話を交わした。長老会神学大学大学院卒の牧師、九州大学大学院で植村正久の神学の研究で博士号を取られた方である。これから彼の研究論文を読みたくなった。
 長崎は以前数回調査に回ったこともあって懐かしく、駅の近い「日本二十六聖人資料館」と「今井兼次設計記念聖堂」に寄った。2003年10月当時朝鮮研究所の所長の故朴汶奎氏(77歳)から長崎市議会議員、長崎・在日朝鮮人の人権を守る会の代表の岡正治牧師による記念館準備の話を聞いたことがあったが、いま立派な資料館になっている。日本での布教から弾圧のキリスト教史を観覧した。それは私の歴史観が問われる時であった。今では常識外れのキリスト教弾圧であっても当時の日本人は当然だと思った人が多かっただろうと思う。私は今の法や「禁令」など、憲法さえも正しい真理とは思わない。信、望、愛、慈悲、寛容、生命などの価値観を考える時間であった。
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「国際市場」

2016年07月18日 05時05分35秒 | 旅行
恒例の市民公開講座の「楽しい韓国文化論」が9月に下関東亜大学で開かれる。今年に5回目で市民の評判も安定している。今まで韓国文化に関する概論的な紹介はほとんど行われたので今回のテーマを日韓関係と地域性を考慮して<釜山>とした。多くの日本人に親しまれている「国際市場」という映画鑑賞の時間を予定している。私は予め見た。いきなり朝鮮戦争の時、咸鏡道興南埠頭から避難する場面が広がった。避難場面が変にクローズアップされ、私は衝撃を受けて、しばらく画面を離れてしまった。私は今まで朝鮮戦争時の苦労話を大事に保ち、それを独占している記憶から回想したりしたが目の前に表れた映像を目にして過去の痛みに圧倒されるようだったからである。
 映画には戦争と避難生活の苦痛、軍生活、ドイツに鉱夫と看護婦派遣、ベトナム戦争参戦で片足の負傷、離散家族再会など私の生きてきた時代、私の一生と同じ様なことを描いている。もちろんこの映画の内容を私が全て体験したわけではない。いや映画の場面に比べて私はとても巧みに運良く悲劇を避けて生きてきたように感じる。どうして死なないで生き残ったのだろうか。そして今まで長寿をしているのか。幸運に感謝する。私たちの世代は苦難を踏んで生きてきたが、今の世代の人々は苦労も知らずに贅沢な暮らしているのを見ると不快な気分になることがなくはない。しかし映画でお父さんはいう。「子供たちがそのような悪い歳月を体験しなくて良かった。私が体験して良かった」という。私の小人的思考とは違い、主人公が英雄のように感ずる。偉大な英雄物語である。「楽しい韓国文化論」ではその感想を話し合いたい。
  매년 시민들에게 공개강좌로 실시되는 <즐거운 한국문화론>이 9월에 시모노세키 동아대학에서 열린다. 금년이 5회째로 시민들의 평판도 있고 그런대로 안정되어 있으나 한국 문화에 관한 개론적인 소개 등은 거의 행해진 것으로 이번에는 한일관계와 지역성을 고려하여 <부산>을 테마로 하였다. 그 중에 일본인들에게 친밀한 곳으로 국제시장을 떠올렸다. 그래서 영화 <국제시장>의 감상 시간을 넣었다. 준비를 위해 미리 보았다. 함경도 흥남부두에서 피난하는 이야기로 시작된다. 피난 나오는 장면이 나에게 이상하게 클로즈업 나는 충격을 받고 잠시 화면을 떠나 화장실로 갔다. 나는 한국전쟁시의 고생담을 간직하고 무슨 영웅적 독점물처럼 회상하고는 하였는데 눈 앞에 나타난 과거에 참을 수 없는 아픔을 되새겼다.
 전쟁과 피난생활의 아픔, 그리고 군 생활, 독일로 광부와 간호원 파견, 월남전쟁 참전에서 한쪽 다리를 부상 , 이산가족 상봉 등 나의 시대의 일생을 그린 것이다. 이 영화처럼 내가 모든 것을 겪은 것은 아니지만 나의 생활사였다는 것을 실감하였다. 아니 영화의 장면에 비해 나는 아주 용하게 비극을 피하면서 살아 온 것 같기도 하다. 어떻게 죽지 않고 살아 남았을까. 지금까지 장수를 하는게 복에 겨운 것 같은 행운에 감사하게 된다. 우리들 세대의 고난을 딛고 살고 있는 지금 세대의 사람들이 고생을 모르고 호강에 겨워 사는 것을 보면 때로 샘이 나고 불쾌한 경우가 없지 않다. 그러나 영화에서 아버지는 <자식이 이런 모진 세월을 겪지 않아 다행이다. 내가 겪어서 다행이라>고 한다. 나의 졸부적 생각돠 달리 주인공이 영웅처럼 느껴진다. 이 영화가 나의 자화상이라고 감히 말할 수 없다. 위대한 영웅상이라고 하고 싶다. 즐거운 한국문화론 시간에 감상을 술회하고 토의하고 싶다.
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「夫婦無別」

2016年07月17日 05時18分50秒 | エッセイ
家内より家にいる時間が長くなっている。自然に主婦になっていく感がある。家内が帰る時間を待って窓から見下ろし、確認をすることもある。家内の仕事は相変わらず、むしろ忙しくなっていく。私は主婦になり、家内は「外の両班바깥양반」(主人)となっていくようである。私は家にいても研究の大変さを家内に強調することがある。10年以上使ったトイレの水が漏れて、調べると修理費8000円と書かれている。ホームセンターから200円ほどのパッキンを買ってきてきちんと直し、気分がさっぱりした。それを家内に自慢する。多くの主婦たちが帰宅した旦那に「家事だって大変だよ」というように。昔は主婦役や夫役が決まっていたが、今転倒している。
 私が主婦役をしているような時が多い。冷蔵庫を開けながらぶつぶつ文句を呟くこともある。文句も言いたくなる。食料が見えるように配列し、古いものから食べるようにする。そこで自分の心が主婦を越えていることに気が付く。なぜであろう。主婦から姑になっていくような気持ちになる。キチンをキッチンとさせる心、つまり姑嫁関係になっていくのでかもしれない。新しい関係定立が出来上がる。「外主人(男)」が「家の内(女)」の役割転換も混合している。伝統的な「夫婦有(差)別」から「夫婦無別」へ社会は激しく変わっているといえる。
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