崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

「新宿ゴールデン街」

2015年01月31日 04時52分40秒 | 旅行
暴雪の新宿で道に迷うも出版関係者と久しぶりにあって相談し、彼の案内で有名な中村屋でカレーで昼食、日韓文化交流基金を訪ね事務局長の余田幸夫、長、清水の諸氏に歓迎された。余田氏は1970年代から釜山総領事館に勤め2回も総領事を勤めた方で特に韓国の民俗学に関心があって早くから私の名前は知っていて下さり、先日東大での講演に参加されたという。話はお互いに積もる話もあったが、長い昔話を切り、記念写真を撮り、急いで次にビジュアルフォークロアへと向かい、駅で出迎えていただいた。
 北村皆雄氏、三浦庸子氏と慰安婦について話をしている中、私が泊まっているホテルが昔、売春地域として有名なところであると聞いて、。ついでに案内していただいた。「新宿ゴールデン街」などの遊郭街をジグザグに歩いた。当時は芸者たちが自殺してもそのまま捨てたという。そこには無縁仏を祀っている寺が二軒も建っている。北村氏がフラッシュで照らし、三浦氏が書かれている説明を読み、私はそれを聞いた。細道の遊郭街に「宿」毎に2階建ての家が繋がって並んで、今は飲み屋になっているという。慰安所日記を読みながら想像してみた慰安所とは違う。それが慰安所と売春宿と差であろうか。今度の東京の旅は慰安婦調査となり、数時間歩きホテルについたのは夜の10時ちょっと前であった。

自著を語る

2015年01月30日 05時12分00秒 | 旅行
 昨日東京の麴町のあるホテルで拉致家族「救う会」の会長の西岡力グループの勉強会<朝日新聞「慰安婦報道」に対する独立検証委員会>で私の最新著『韓国の米軍慰安婦はなぜ生まれたか』について語った。産経新聞ソウル支局の黒田勝弘氏の推薦で私が話者となったという。小説など戦争文学では戦争体験が描かれているが文化人類学者が戦争体験を書いたのは珍しいと西岡氏のイントロがあった。私は戦争の悲惨さの証言者ではない。小さい戦争体験を記憶しながら自分の生き方の力にしてきたこと、戦争の本質、子供が見た戦争とは本物のホラー映画であって楽しい部分があったことから始めた。したがって悲惨さだけを強調する一般的な「証言」とは異なる。2002年北朝鮮の人民文化宮殿で開かれた「過去清算を要求するアジア大会」で慰安婦(?)たちが告白する類とは違う研究者の立場を強調した。
 朝日新聞の「慰安婦報道」対する質疑が行われた。なぜ朝日新聞が吉田を紹介したのか、新聞に刺激され彼が嘘を書いたのではないか、挺身隊と慰安婦の混同を起こしたのは日本であり、歴史学者の宮田氏などに関する議論がなされた。
 韓国政府が性の問題の慰安婦に執着するのは貞操観を利用して政治的に利用することに過ぎないのではないか。西洋ではキリスト教(カソリック)の神父たちが貞操を強調し、その貞操思想の影響で多くの人が犠牲になった歴史を知ろうという教訓も考えた時間であった。慰安婦、売春、遊郭、芸者などが延々と続いたが、性は蔑視すべきではなく、神様からいただいた貴重なものであり肯定的な見方をすべきだと、性から解放された高齢者としての私のメッセージでクロージングした。九段下のアンコウ料理屋で珍しいコースをご馳走になり、話はまた日韓関係の話が長く続いた。参加者のみなさまに感謝したい。 

盧麗平琵琶独奏

2015年01月29日 05時16分51秒 | 旅行
 新年初めて東亜大学東アジア文化研究所の動きをお知らさせていただきたい。中国広東省を中心に活躍している中国琵琶の女性演奏者であり、社団法人廣州留東同学会の盧麗平(ろ れいへい)氏の琵琶演奏を聴取することとなった。私は去年7月福岡で演奏を聴いて楽しかったので本欄でも紹介したことがある。中国琵琶の著名研究者李光華氏に師事、 北京中央音楽学院を修了し、中国の多くの地域へ演奏旅行に出かけている。フランスのボンドワルズ音楽学院、シドニー音楽学院などで演奏交流会を行った女性である。北京環球音楽出版社より「盧麗平琵琶独奏」CDアルバムがリリースされている。九州・アジアビジネス連携協議会の招へいにより2011年から福岡市と大分県九重町で文化交流を行っている。下関では初めての公演である。
 
 2015年2月9日(月曜日)3時から東亜大学コミュニティセンターで演奏と解説が行われる。
 主要演奏曲は「春江は花月の夜」「十面埋伏」「天空の城」など、無料



美しい国

2015年01月28日 05時25分08秒 | 旅行
 今週2回目、下関市立美術館に行った。前回はある画家に展示空間として紹介するためであってついでに学生たちの作品の展示会をみて、今度は東亜大学アートデザイン学科の卒展と所蔵品展「花・鳥・美人/香月泰男と戦前・戦後の美術」を観覧するためであった。美術館全体が「美」がテーマであった。自然の美を発見したものか、美を創ったものか。なぜ花と女性が美しいのか。「心が表れる女性が美しい」と修士論文による説明文が書かれている。なぜこの世には「心のない美人」が溢れているのか。心のない過剰な化粧の妖怪物、白昼の妖怪の時代になっているようである。
 二階は入場有料、しかし、高齢者ということでパス、これは特権か、同情か、とにかく有難い。狩野などの花鳥画や美人画、約20点の日本画を楽しく観覧した。花はなぜ美しいのか。韓国では寒い冬に屈しない雪中梅や青松が好まれている。松林桂月作の《春宵花影》(1944写真)がそれに似ている。ただ弱さが美しく映るようにも感ずる。日本人の美意識を考えて、場外に出ると陽春の美しい庭園が視野に入る。美しい国である。

イスラム国(ISIS)

2015年01月27日 06時08分11秒 | 旅行
 私は母胎信仰の巫俗信仰で育てられ、クリスチャンになった。神を信じてする祈りは巫俗とキリスト教はそれほど変わっていないが、旧約聖書にはモーセの十戒などがあるのが大きく異なっている。近代的な法律が成立する前までにはこのような宗教法的な戒命や慣習などが主であった。シャーマニズムにおいては神罰がそれに比する。神を侮辱すると「祟り」が起きる。
 ユダヤ教からキリスト教へ、さらに600年ほど後に創立したイスラム教にも宗教的慣習がある。ムハンマドは旧約の十戒の中から特に「神が唯一の神である」「偶像を作ってはならない」「神の名をみだりに唱えてはならない」「安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ」などを厳格に守ることにした。イスラム教、特にスン二派はそれを厳正に守る。今話題になっているイスラム国(ISIS:Islamic State of Iraq and Syria)はイスラム法を守っている。厳正に守る原理主義から過激派になりジハード(テロ)をおこしているのである。
 シャーマンは神懸かりをし、降神中では自分の意識はないという。しかし全然無意識であれば精神異常か精神病である。シャーマンは意識と無意識がバランスをとって儀礼を行う。新約聖書に有名な比喩がある。イエスは漁夫にすべてを捨てて私について来なさいと言われた。それをもってある牧師はある長老に全財産を教会に捧げなさい言われたと言ったという。そこで二人の人間関係は壊れた。しかし我々は守るものも多いが場合によっては古いもの、悪いものをすてるべきでありその聖句はよい座右銘にもなりえる。

「自力更生」

2015年01月26日 05時46分37秒 | 旅行
 昨日下関市議員選挙の投票をした。地方創生と関連して地域おこしの中心メンバーを選ぶのに重要な選挙であった。私は地方創生という言葉を聞くたびに韓国のセマウル運動や宇垣一成朝鮮総督の農村振興運動の「自力更生」を想起する。特に漢江の奇跡といわれるセマウル運動は「新しい村作り」つまり村が新しくなることである。しかし地域のメディや新聞などの傾向を見ると地方創生を閉鎖的「郷土愛」と誤解している人が多いようである。
 石破地方創生相は人材育成の支援策を検討するという意見を表明した。「人材育成」とは上の両運動は「中堅人物養成」を指すように感ずる。その養成が成功や失敗を決めるカギーであった。今でも古い「自力更生」の人物の養成が如何に重要であることを強調してもし切れない。地方が町作りを伝統文化で様相を塗り見せかけに終わったり竹下式お金のばらまきでは地方は疲弊一路にしかならない。石破氏が「リーダーの養成について、政府としてどのような助成ができるかということが必要だと思う」と述べたことを歓迎する。
 地域がグローバル化するために「新しい町作り」の「人材」としての市議員である。当選の方々には「おめでとうございます。」とともに「よろしくお願いします」と言いたい。

韓国から来られたシャーマン

2015年01月25日 05時35分51秒 | 旅行
自らムーダン(シャーマン)詩人、画家という季節花氏(65歳)とマネジャーの崔氏の二人を港で待っていた。10年以上も前に一度だけ会ったことがある方だが分かるだろうと期待して待っていた。彼はトルマギという韓国の伝統的な白い礼服を着て、絵を持っている方と一緒だったので確認できた。研究室にきて自筆の絵を寄贈してもらった。彼らは日本で展示公演を希望している。3月から韓国ソウルの戦争記念館で展示が決まるという。日本では広島で原爆、沖縄で戦争犠牲者へ怨恨慰霊祭などを平和のために行いたいという。私は肝心な公演の中身とレベルを知りたかった。3月にソウルで予定されている公演を見ることにした。
 シャーマンであり私もよく知っている巫義を芸術化して舞台にあげることを進めた。シャーマン儀礼をしながら絵を描く、音楽と踊りと絵を書くことは信仰と芸術の現場感があり、感動的になるかもしれない。彼らが韓国のシャーマン文化をもって日本にもう一つの韓流ブームを起こしてほしいと強く期待を語った。そして海の見えるレストランで昼食を勧めたが一つも食べられないという。魚と肉類は一切食べない。野菜にもドレッシングがかかったものは食べないと言う。ムスリムより厳しい菜食主義者である。私が力が出ないでしょうと言った一言に彼は牛や象も力があると言われ、私はなるほど…言葉を失った。しかし、彼は対話中ちょっと居眠りをしたり疲れて見えた。彼の神秘性を探る半日であった。 

日本は静かな国

2015年01月24日 05時01分31秒 | 旅行
韓国の女子高校生の笑声がわがベランダでわき上がった。向かい側の夜の門司港の夜景を見た感動の声である。部屋では丁度サッカー生中継の映像と笑い声が重なってわが家も生気にあふれた。金海高校3年生4人、入学試験を終えて飛んでいくような開放感で来られた。呉信媛先生の引率の日本旅行である。家内とミミもいて7人の女に囲まれた私は幸せな時間であった。彼女たちの日本での印象が話題になった。「静かさ」であった。日本は静かな国ということ、失礼のないように注意されて知っていたが、店などに入ってはじめには注意を払い静かにいようとしても嬉しさに我慢できず大きい声を出してしまったという。その笑い声で店内が明るくなって一気に雰囲気が変わった状況が伝わってきた。静かなシャットタウンの町を活性化させる天使たちの笑い声は長く続いた。
 
 

人道支援

2015年01月23日 04時50分01秒 | 旅行
 72時間の死線という期限を以て二人の日本人殺害脅迫が続いていて驚いている。メディアなども議論が多く行っている。昨夜のプライムニュースで二人のゲストはイスラムの「一神教への理解」を主張した。しかしこの命の身代金の対策には大変難しいとも言われた。私は15億の信者を持っているイスラムをテロと誤解してはいけないと思う。日本人は他の宗教への知識があまりも乏しい。そしてキリスト教やイスラムと言われると漠然と信仰には否定的、無神論者だと言う。他の信仰への無関心だという。私は宗教的伝道や宣教するつもりはないが、他の宗教への関心と知識が必要だと思っている。他の宗教への理解は国際化の始まりともいえる。
 安倍首相は人道支援表明をし、民主党の岡田代表も全面協力を表明した。しかし「テロ組織に人道支援するのではないか」という反論もある。今世界的に二人の命に多くの人が苦しみ悩み驚いている。国家主義や独裁国家ではそれほど大きい問題ではないかもしれない。人命尊重する日本への試練、日本への踏み絵であろう。テロには犯罪として厳しく対応すべきであるがイスラムと対決してはいけない。私はキリスト教を信じてきているが唯一神についてはサタンと対決することであり、他の宗教と対置することは信じない。クリスチャンに言いたい。他のの宗教、信仰を包容することを、それができなければ世俗化した方がよいと言いたい。

「先生のような生き方をしたい」

2015年01月22日 05時35分58秒 | 旅行
 昨日は文化人類学の後期最終講義だった。イントロで二人の日本人がイスラム国に拘束され、身代金を要求され、殺害の脅迫を受けている難しい問題に触れた。イスラム等異文化への理解という私の意見に正田君がテロを容認することではないのかと反論があり、議論になった。テロ自体への処罰はもちろんであるが、テロを起こす環境を作るのではないか。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の共通の唯一神信仰を基礎とし偶像崇拝を許し堅い信仰によることへの理解が必要であると話した。学生の中にはヒンズー教とイスラム教、キリスト教、仏教の信者たちがいて宗教問題と関連して私の講義は平和主義の話になり、特に信仰の世俗化の肯定的な意味を語り、終わった感がある。
 昨日は普段は静かな実習室などには学生たちが卒論準備のために多かった。私は4人の学生の卒論などの相談を受けた。日本の野球の特徴、食べ物のサンプル、山口百恵、ホテルのお客サービスなどに私の関心と合わせてコメントをした。対話の中、意外の話が出た。韓国からの留学生から「先生のような生き方をしたい」という。日本で勉強をして大学教授になりたいという。私の人生は決して平坦ではなかったので学生のモデルになってよいだろうかと自分を振り返ってみた。先日本欄で紹介した眞鍋氏の著書に触れられたSさんのことも思い出した。彼女もそのような希望を持って留学をしたが病気になり、亡くなった。来年度には留学生がかなり多くなる予定である。よりよい講義をしたい。
*写真は中国・中山大学で発表した私の講演と討議が掲載されている報告書

「神旅」

2015年01月21日 05時22分25秒 | 旅行
年度末に向けて人事移動の話があちこちから聞こえてくる。当事者にとって大きい変化であろう。私もそれらを通過して生きてきた。昨夜は日韓親善協会の石本氏宅でクジラ料理で下関韓国教育院長金起萬氏の送別会が開かれた。石本氏は一人暮らしの広々したマンションでパステル絵をかいておられ、会社現役の79歳の会長である。彼の80歳記念に絵を鑑賞しながら彼の絵と私の生け花のコラボレーションの展示を提案した。金氏は帰国してからは高校の校長職につくようである。しかしそれが確定されるのは新学期開学直前であるという。
 ソウルからある画家詩人と名乗る人からの電話を受けた。日本で展示をするために来ると、それも今日着くというのである。あまりも唐突なので聞くと今から出発、私が住んでいるのは日本のどこか、ホテルも日本に着いてから決めるなどの話を延々とした。彼は神懸かるシャーマンであり、十数年前私がソウルに行った時、突然自作の絵を持ってホテルに現れ、彼の作品をいただいたことがある。後に彼の著書に序文まで書くことになった。シャーマン儀礼の中で、神懸かり、絵を描く。それは霊画として評判を得たというのである。神懸かりの「神旅」のように彼は来ると言う。
*写真は石本宅に飾ってあるひな人形

自閉少女から東大教授へ

2015年01月20日 05時25分15秒 | 旅行
 先週ある風の強い夜、いただいたハガキが飛ばされてしまい、数日間飛んでいった可能性のある所を探してもないので気になっていた。そのハガキがポストに戻ってきていた。誰かが拾ってポストへ入れてくれたやさしい心に感激した。郵便が正確に届くには配達員だけではなく、人々のやさしい心があることを感じた。私は日本人の閉鎖的な性格には否定的であり、拙著『雀様が語る日本』でもしばしば触れたが、このハガキが届いた話もその本の中に書き込みたい。
 日本人の閉鎖的な性格について深く考えてみたい。眞鍋祐子氏の『自閉症者の魂の軌跡:東アジアの<余白>を生きる』(青灯社)を読んでいる。著者自身が自閉症者と診断されたところから自分史的に語りはじめられた文は読者を本から離さない文章力、一気に読むようになっている。本当に本の帯に書いているように「自閉少女から東大教授へその壮絶な記録」である。一般正常な人と異なる被差別や自閉症者の人たちは別の世界を形成していく面について触れている。「偶然に最悪に生まれた人が幸運と思う」ように、自閉症者こそ正常な人と対決できる世界が作れる可能性を語る。
 自閉症者の心理を描写する文から正常者(?)とは誰かという疑問が出る。自閉的になることは成長過程において少なくとも誰でも多かれ少なかれ経験するものではないだろうか。私自身も田舎からソウルへ転学して自閉症的になり、本ばかり読んで学問に芽生えたと考えると著者が言う自閉症とは、もしかしたら普遍的、特に日本人には広く一般的な現象かもしれない。偶然に「最悪に生まれつき」の被差別集団のムーダンを私が調査して職業独占の芸能人として満足している世界を発見し、目から鱗が落ちる瞬間でもあったと覚えている。彼らが今は韓国の伝統芸能の「先生」になっている。私の『恨の人類学』の訳者として眞鍋氏はその本についても触れている。また私が心痛いSさんの死を語っている。私の教え子で日本留学、栄養失調、結核で隔離されていて、見舞った時、元気で早く学校へ戻りたいと言っていた彼女の突然の永眠の知らせに飛んでいった時、彼女の母は私に「先生のようになりたいと日本留学をしたのに死んだ」ことに怒り,悲しみ泣いておられたが私はただ「祈りしましょう」としか言えなかった。家内は納棺から葬儀が終わるまで手伝った彼女の死を本書の著者と共有していたのも新しい発見であった。彼女の死は今も今後も私たち夫婦にとって心の痛みである。

「似合う」

2015年01月19日 05時12分57秒 | 旅行
 家内に髪を短くカットしてもらっていつものように古くなった服装、靴でショッピングセンターに寄った。駐車場が満車に近い。コーナー毎にガイドの手信号と丁寧な指示、売場にも人が多い。盛業である。なぜであろう。市外のこのショッピングセンターに人が集まるのは理由があるはずである。注文したワイシャツを受け取るために目的の店に行った。親切な女子店員さんが私の姿を見て「スタンドカラーが似合いますね」と言った。うれしかった。なぜ私は嬉しくなったのだろうか…。特別お洒落とは縁のない、いつものスタンドカラーのシャツに背広、靴の私に若い女性からの褒め言葉はショックでもあった。
 このショッピングセンターの商業術であろうか、否、否定的に考えない。私は日本に住むことによって大きく変わったのは冗談を言わなくなったことである。また女性に感じたままよく言った言葉もなくなった。以前私は「似合う」「美しい」などをよく言ったが日本ではプライバシー尊重、セクハラなどと言われがちな社会であることを無意識的に過剰に意識しているのか、いつの間にか控えるようになった。いつも迷惑をかけない、無味乾燥なドライな社会だと感じている。たまに褒め言葉をきくと「褒め殺し手は?」。「似合う」と言われたそのショッピングセンターにまた行ってみよう。

中山大学の報告書

2015年01月18日 04時53分24秒 | 旅行
朝の4時代のラジオ深夜便で伊藤亜人氏の韓国調査45年の話を聞いたばかりで書いている。昨夜私は3年ほど前中国の広州市にある中山大学で撮った写真をFBに公開したのに以心伝心であろうか、不思議にも偶然彼の話を聞けたのである。彼は日韓関係についても触れて「昔より良くなっている」と肯定的に見ている。今度の年賀状では互いに「会いたい」と書いたように今年は会う機会を作りたい。彼は私が会った初めての日本人である。私が韓国の国立歴史民俗博物館の文化財専門委員をしていた1970年である。私が日本留学をするようになり研究や生活面などでも大変、多くお世話になった。中根千枝先生の下で彼と末成道男、嶋陸奥彦諸氏などグループで数多く共同研究を行ってきた。
 2012年3月28日中山大学では末成氏が中心に伊藤、嶋、私などが参加し、香港、シンガポール、ベトナム、韓国、アメリカ等地から研究者が参加して(参加者の写真上)「歴史」を課題として2日間討議をした。私は最後のパーティで乾杯の音頭をとらせて頂き、さらに伊藤氏と一緒に博物館観覧(写真下)と広東料理を楽しんだことがある。懐かしき友人とまた新しく多くの出会いを作った。その研究会の本が末成氏の総主編で彼のお弟子さんの中山大学の麻国慶教授と、劉志偉氏の編集により560ページの本『人類学と歴史』が社会科学文献出版社(2014年12月)から出て、昨日届いた。私はまず友情と出会いの作品と感じた。そして人類学者が「歴史」をどう扱うべきかの議論を尽くした本であると思っている。ぜひ「歴史認識」を云々する方々も含めて広く読まれることを祈念する。

「西日本新聞」

2015年01月17日 04時30分46秒 | 旅行
 小倉在住の朴仙容氏が西日本新聞に韓国文学が紹介されていると知らせてくれた。確認したところ私の旧い友人ともいえる全羅南道長興在住の作家の韓勝源氏が紹介されている。さらに韓国の光州日報にも紹介されていることを知った。以前私どもの映画研究会を取材してくれた文化部記者の平原奈央子氏の写真も載っていて懐かしく感じた。ここでは顔見知りの話より重要な話をしたい。
 私が住んでいる山口とは非常に相反する福岡の発展を見ている。福岡、博多などでは早くからアジアへ視線を向けて発展してきている。アジア美術館、アジア賞などの文化施設を数多くもうけながら韓国や中国などへ積極な態度をとりながら大きく発展している。大阪などを追い越して日本の第一地方都市になるだろう。その地方の代表的な新聞に韓国文学の作家や作品を大きく紹介したり企画記事を書いたりすることはそれを象徴的に表している。山口では稀というか全くないといえる。私は韓国に隣接している下関の、ある新聞記者を韓国に一緒に行き、案内と取材も進めたがそれが記事化されることはなかった。ここでは地元出身人物の英雄化と名物の宣伝を外向けではなく、もっぱら内側に行っている。「地方創生」とは具体的にどういう事かもあやふやなのに「地方創生」という言葉に覆われている。*写真は光州聯合