崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

反愛国デモ

2012年07月31日 05時20分51秒 | エッセイ
デモでも質高いデモがある。香港は長い歴史でイギリスの植民地から中国に返還された。そして中国国民となっているが、愛国心育成を目的とする中国政府の「道徳・国民教育科」の導入に反対するデモが行われ、主催者によると少なくとも9万人の市民が参加したという。非常にアイロニカルなことはイギリスの植民地教育である民主化、世界化の普遍的な意識が中国の政府よりレベルが高いということである。中国本土や世界へ影響してほしい。多くの国々では正しくない愛国教育をしている。たとえば韓国の反日思想のような教育をしている政府は、香港デモをみて考え直すべきである。
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三伏の暑さに日傘

2012年07月30日 05時01分43秒 | エッセイ
三伏とは一年中、もっとも暑い酷暑の期間をいう。大体夏至から1カ月後の1ヵ月間が三伏になる。今年の初伏は7月18日、中伏は7月28日、末伏は8月7日である。中国の秦時代に由来しているが、日本では土用の日(7月19日~8月6日)など、韓国では三伏の民俗が一般的に定着している。日韓において1日差しかない。韓国では参鶏湯を、日本ではウナギを食べる。今日本は伏中であり、35度以上の地域が多く、熱中症で死者も出ている。私に帽子を勧める人がいた。
 本欄でも触れたように私は10年ほど前から夏に女性の日傘を利用している。男性が女性専用の日傘を使うのが異様かもしれないが、私はユニセックスの思想の乗っ取って使っている。しかしこの夏男性用の日傘が爆発的に売れるという。その記事は韓国でも報じられている。年中ほぼ酷暑の期間である地域も広い。インドネシアのバリ島で1カ月ほど滞在したことを思い出す。日本や韓国は四季がある。涼しい秋を目の前にしている。日本は降雨と気温などに恵まれている。しかし地震や台風など自然災害も多い。自然環境とともに人間関係の良い社会を作るべきであろう。
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堅果マカダミアンナッツ

2012年07月29日 06時10分47秒 | エッセイ
世界で一番堅いナッツだと言う言葉と共にいただいたマカダミアンナッツを楽しく食べている。私たちになじみの深い堅果といえばドングリ類、クリ、クルミ、ナツメなどであるが、マカダミアは丸いドングリのようなものであり、殻が3~5ミリの厚さがありかたい。ペンチでもない専用のネジ式の工具で殻を開けて身を出すようになっている。ナッツ類を見るとリスを思い浮かべるが『日韓における堅果食文化』(和田稜三、第一書房)によると日韓の広範な地域に堅果食が伝統的な食文化として継承されている。和田稜三氏が韓国の私の研究室を訪ねて来られたのは20数年前のこと、私のナッツ好きなことから話題が盛り上がったことを覚えている。
 このマカダミアはリスも食べれないほど堅い。なぜ堅い殻の中に身をもつのだろうか。不思議に思う。身から芽生えるためには水分によってやわらかくなるだろう。身を守るために堅くなっているので、芽生えにくくなる。水分(愛情)によって軟くなると生命が誕生する神秘的な話になりそうである。もも太郎話よりも神秘的な昔話、神話を生みそうである。その神秘的な堅果のマカデミアを専用の工具で割って食べている。
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オリンピック開会式

2012年07月28日 06時07分03秒 | エッセイ
今ロンドン・オリンピック大会の開会式をみている。イギリスの総合文化の紹介が進行している。第一次産業から産業革命、現在の社会福祉、IT産業などを映像を混ぜながら披露している。自然さを以てリアルに伝わってくる。つまり特別なアーチスト中心の洗練された印象はなく国民総動員的な総合文化の祝祭のような印象がある。しかしイギリス文化は産業革命以後世界の文化とも言えるほど親しい。世界が恩恵を受けているイギリス文化とは産業革命であろう。それはルネサンスや宗教革命などともヨーロッパの世界を背景としている。キリスト教の背景は現れていない。植民地によって富を築いた王制、長いビクトリア女王の文化はいまだに存続している。イギリスの歴史を復習しているような感じである。これから選手たちの登場である。世界さまざまな民族衣装の登場である。観ていきましょう。
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日本を応援

2012年07月27日 05時17分01秒 | エッセイ
 ロンドン五輪1次リーグの第1戦となるスペイン代表戦に日本が勝利した。私は日本を応援していた。中継放送につづいて北朝鮮がオリンピックを生中継すると言うニュースが伝わった。日韓戦ではなく、日本を応援したのは当然でる。反日感情の強かった韓国では日本を応援したということだけでも言うのは勇気がいることだった。スポーツゲームの応援には自然な郷土心、愛国心が生み出される。政府はスポーツに国家政策を取るのが一般的である。オリンピックはそのスポーツゲームであり、スポーツナショナリズムの大会になっている。国際化であり、ナショナリズムの大会とも言える。しかしゲームは喧嘩や戦争ではない。勝敗を通して理解する人間関係の基礎による国際化と言える。試会、競争などを通して相手を理解し、自己反省や勝利感を味わいながら人間関係は深くなる。北朝鮮でも世界化や国際化される開放時代が来ることの火元になってほしい。
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堀家6代の話し

2012年07月26日 05時13分41秒 | エッセイ
 昨日はこの夏最暑の日、最高気温が下関でも33度である。6月9日本欄で紹介した『「二重国籍」詩人野口米次郎』(名古屋大学出版会)の著者の韓国巨文島生まれの堀麗子氏の孫の堀まどか氏が娘さん(しずかちゃん)とお母さんと一緒に来室した。「著者に直接会って詳しく聞いてみたい気持ちに満ちている」と書いたとおりに、3代の似形女子たちに圧倒された雰囲気、まどか氏は子供の時から私の名前を知っておられたと親しみを話ってくれて一気にソフトになった。彼女との縁は彼女の祖母の下関湯玉居住の堀麗子氏との関係である。麗子氏が小学生の孫娘がかいた韓国旅行の作文のことを私に話してくれたことがあり、その当人が研究者として博士論文を出版し、目の前に現れたことによって古い縁が新鮮に、そしてさらに縁が深まる気持であった。話題は自然に堀家の偉大な祖先である木村忠太郎氏に遡った。彼は20世紀初め大韓帝国、韓国巨文島に渡り、日本村を作って水産業を発展させ、1910年に「水産王」に表彰された人である。その子孫たちが引き揚げて豊浦町湯玉宇賀に住んでいる。そこから私の植民地研究が始まった。堀家とは私が植民地研究をはじめてからの縁があり、長い付き合いであるが、最初から私の研究調査に同行してくれた家内の幸子がその事情を語り、まどか氏の母親も湯玉出身でもう一つ調査の現場になったような3時間であった。
 私は日本文学専攻のまどか氏が「堀家の話し」を書いてくれないか、と注文したが関心を持ちながらも私に譲りたいようだった。自分の家のことを書くのは難いだろう。私が挑戦してみようかとも思っている。堀麗子からしずかちゃんまで4代、さらに2代遡って6代の話しを私の最終作としてみたい。この話は本学の鵜澤、林教授が加わっている場で話題になった。名作としたい。
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再び「工事現場」

2012年07月25日 05時27分07秒 | エッセイ
 マンションの駐車場拡張工事が中断されていたが再び工事が進んでいる。前回はフォークレインなど重武器のような面白さはない。小規模のパワーショベル3台と十人弱で電線を埋め、柵を作り、下水道作りなど5か所で同時に行われる。観察するのも忙しい。前回より人の手がかかる仕事が多い。杭を打つ作業にも数回測りながら一段階を仕上げる。その時毎に道具をキチンと整理しておく。現場を見ながら私は自分を反省した。私は室内の模様変えなどでは測ることはなく、やってみてからやり直しすることが多く、趣味としてはともかく、賃金労働としてはとても不適切であろう。写真で見るように上の柵は粗末であるが下の柵はキチンとしている。
 先日感想文を書くために学生たちに白紙を配った時、あるスポーツ選手の男子学生が私には確認できないほどだが汚れているといい、新しい白紙と取り換えているのをみて、異様な感じがした。古い紙の裏面にもノートしたりすることが普通と思って育った私にとって今の学生の正確さ、清潔さに驚いたのである。その後私は講義資料を数枚づつ配る時ホッチキスなどを使う様子を注意してみた。留学生に比べて大体日本人の学生たちは紙の揃え方、ホッチキスの使いかた、ファイルの入れ方が適切であった。この精緻さが教育によるもの、日本文化よりことに思い至った。そして創意的発想は弱くとも、この精緻さは日本文化の優れた点だと思った。
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「長周新聞」の書評

2012年07月24日 05時26分30秒 | エッセイ
 反戦、平和、原爆などを特徴とする地方新聞の「長周新聞」を定期購読して長い。竹下一記者との縁でそうなった。あまり知られていないが、彼の評論など文化面の記事は特段レベルが高い。やはり『樺太・瑞穂村の悲劇』(カポネンコ著井上紘一・徐満洙訳、花乱社)の書評が掲載された。まるで文学誌の書評のように作品を分析的に読み、評している。
 「異常世界生む戦争根絶にむけて:民族的偏見乗越え朝鮮人虐殺事件の真相に迫る」の見出しの下、著者はソ連側の尋問調書と自らの聞き書きを基本的資料として文学的に人間の生き方を描いているという。被害者への単純な同情ではない。被害者とともに加害者も悲劇になっている戦争の悲劇に挑戦しているところ、作品への関心と評価をしている。ノンフィクションの文学作品でありながら評論のような本書、さらなる本格的な評論を読むような感である。出版物が溢れる時代に本を出しても読んでくれる人が少ない。読者が読んで、想像して記憶に残るようなルネサンス時代がもう一度到来することはないのだろうか。
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「東洋経済日報」(2012.7.20)連載エッセー寄稿文

2012年07月24日 05時23分49秒 | エッセイ
『樺太・瑞穂村の悲劇』崔吉城

『樺太・瑞穂村の悲劇』(東亜大学東アジア文化研究所推薦図書、花乱社)が届いた。樺太にソ連軍が侵入し、平和な日常生活を過ごしていた村は戦雲におおわれ危機感に包まれていた。その時、朝鮮人がソ連軍のスパイだという噂が広がり、それを聞いた軍国主義に染まった日本人青年達が半狂乱となり、ぞっとする事件を起こした。そして、ソ連軍によって判決を受けて処刑された事件が詳細にわかる本である。1945年8月20日から25日までの間に子供たちを含む朝鮮人男女27人が日本人によって虐殺された事件に対する調査報告書に基づいてロシアの作家が書いたものをロシア研究の第一人者である文化人類学者井上紘一氏と在日同胞の徐満洙氏が共同で訳したものである。自分の本が出たように嬉しい。
私がサハリンを初めて訪ねたのは1999年、その時、そこでは戦後韓国に引揚の道が閉ざされていた韓国人が初めて永住帰還する準備の最中であった。いたるところで韓国に永住して大丈夫であろうか、離散家族になるのではないかなど、憂い、心配する人が多かった。日本政府から帰還補助金と韓国がマンションを建てて「故郷で死にたいという」夢がやっと実現することになった。しかし半世紀ぶりの帰国は不安なことであった。特に日本人女性がサハリンに住んでいた韓国人の男性と結婚した人の心境は複雑であった。ある女性は結局最終段階で韓国への帰還を放棄した。高齢者優先、カップルという条件を満たすために高齢者の結婚も行われていた。  
私は2000年京畿道安山市の「故郷マウル」に帰着する状況を取材してNHK衛星テレビに紹介し、また日本語の『樺太朝鮮人の悲劇』(第一書房)と韓国語で『サハリン:流刑と棄民の土地』(民俗苑)を出した。私は帰国した彼らの追跡調査を続けた。
私は下関の東亜大学に赴任し、下関在住の徐満洙氏に会った。彼は1947年,下関市で生まれた在日二世。卒業した人である。高校の時、朝鮮大学校でロシア語を学び,ボランティアで通訳も行っていた。ロシア語の通訳もできる人であるのに専門を生かせず左官などをしているという。私は彼から日本人の差別を強く感じた。時々彼とロシア文学について談話することになり、彼に夢を与えてみたかった。ロシア人作家のカポネンコが書いたロシア語の本書の翻訳を勧めた。彼は昼労働し、夜翻訳して鉛筆やボールペンでノートに書いてきた。
今改めてこれを世の中に出版するのは事件の事実を知らせること、そしてそれ以上に重要な意味があると感じている。軍国主義の下に朝鮮人は日本帝国の国民、臣民として同じ村人として居住していた。帝国臣民の団結が強調されていたにしても危機において民族間の分裂意識を表す事件であった。この事件は古い、ある小さな村での事件ではあるが、実は今現在の問題であり、民族を多く抱えている多くの国民国家を考えると重要なメッセージが含まれている。危機や混乱期に狂乱状態を起こす暴力性、民族分裂の潜在性を示唆するものではないだろうか。
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オスプレイが関門海峡を通過

2012年07月23日 05時25分49秒 | エッセイ
オスプレイ(鷹)という愛称の米軍用機12機を載せた民間貨物船「グリーンリッジ」が昨夜関門海峡を通過した。夕食時間であり、ベランダにカメラを三脚に固定して待っていた。海岸の岸壁には多くの人が待っていた。予定よりほぼ1時間遅れて夜8時半になって4機の飛行機の援護飛行か取材飛行かの中、船体の輪郭が肉眼で確認できる程度であり、暗い海を早い速度で関門橋は通過した。飛行機の低空飛行の騒音で幼い時体験した戦争を思い出した。
 山口や岩国の住民たちが陸揚げの反対集会をしているが日米政府は強行している。平和安全のために国家は軍事戦略を立てるはずである。日米安全保護条約により軍事作戦権はアメリカ側にあり、軍用機移動ができないことではないだろう。平和的な意味で反対することは悪くないが、日本が直接軍事力を持たず行使せず平和を守りながら経済発展をしたことを感謝し、深く考えてみてほしい。その条約をもし日本が破棄して、国軍を創立して武装化していくことは、もう一度軍国主義国家になりかねないだろう。民衆が賢明な知識を持つことが本当の先進国であろう。*読者のコメントを受け、「援護飛行か取材飛行か」と訂正した。
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朝鮮通信使登城行列図を読む

2012年07月22日 05時22分52秒 | エッセイ
 東アジア文化研究所主催のシンポジウムの時(写真)、長府博物館古城館長が紹介した作者未詳の「朝鮮通信使登城行列図」を読んだ。古城氏の配慮で2回目の直接拝見であり、昨日は礒永和貴准教授と蔚山大学校の魯成煥教授と一緒にその複写写真を検討した。小童を含め300人の通信使が5月中旬から6月の中旬までの約1ヵ月間の移動過程の内容である。朝鮮からの出発からではなく、江戸城へ登城するところが描かれている。私がこれに関心を持つのは専門の絵描きさんではない、多少稚拙ではあっても絵と文で描かれた内容である。当時の日本人の著者が「唐人」「朝鮮人」を直接観察して絵と文で書いたものである。私は読んでいるうちに絵の順番と説明の順番などが異なっていることに気が付いた。
 私の関心に加わってくれた人はソウルのある出版社の社長である。彼は日本語を知らなくともこの絵に関心を持ってすでに二回も来られて出版向けの作業をしている。彼は学識のある父親から出版社を引き受けた社長であるが、学問への熱情と博識には驚かされている。以上の私を含め4人の共同作業になり、研究グループなど作れそうで嬉しい。通信使の精神は日朝友情であり、その友情が今生かされていきそうである。
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■モスクワからの電話取材

2012年07月21日 05時00分21秒 | エッセイ
花乱社の別府大悟社長が2012年 07月 19日字ブログで次のように書いている。

■モスクワからの電話取材
 11日夜、仕事の打ち合わせを終えて6人で食事をしている最中、「通知不能」という表示で電話が掛かった。モスクワ放送の者です、と言う。エッ……ともかく翌朝また電話を、と言って切った。
 半信半疑だったが、12日朝、改めてちゃんと電話があった。安本と名乗ったその人は、モスクワ放送の日本人向けラジオ番組のアナウンサーとのこと(どうせ放送されてもこちらは聴けないだろうと思い、あまり深くは質さなかったが、後で調べると、どうやら「The Voice of Russia〔VOR〕」の安本浩祥アナウンサーだったようだ)。
 15日発売の『樺太・瑞穂村の悲劇』(コンスタンチン・ガポネンコ著、井上紘一/徐満洙訳)について、サハリン在住の作家の本が日本で翻訳刊行される、とロシアでも報道されたようだ。原著(1993年刊)を読んだ安本氏は、「こういう内容の本を日本で出すのは勇気が必要だったでしょう?」というところから話を始めた。以降、出版の経緯と小社の考え方をお話しし、安本氏からも「坦々とした日常世界の中で、突然“事件”が始まる感じですね」といった感想を伺ったりで、モスクワからの30分間の電話取材となった。

 以上のような内容の話をまた電話で別府社長から聞いた。初めてのコメントとして貴重な意見である。日本人が朝鮮人を虐殺した事件を日本で出版したことについて「坦々とした日常世界の中で、突然“事件”が始まる感じですね」、「こういう内容の本を日本で出すのは勇気が必要だったでしょう?」というコメントである。この本の帯に出版にあたって私のその意義が書かれている。その犯罪人や関係者が生存している中この本を出すのはただ事件説明とか歴史に残すということ以上、戦争敗北、人間としての反省を狙っている。平素、平穏に暮らしていた人々が隣人を殺害したその根源に何があったのか、我々もそのような「毒」を持っているのか、深く読みとるべきであると思う。
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シアター・ゼロ

2012年07月20日 05時01分59秒 | エッセイ

以前映画の港町下関には二十数か所もあったといわれるが今は唯一の映画館シアター・ゼロがある。友人の権藤氏(写真)がその映写室で2台の映写機を作動させていた。一つには20人くらいのお客さんが入っており、もう一つには上映10分前なのに一人しか入っていない。これが昔映画の町と言われた下関の現状なのか」と時代の変化に溜息をした。観衆の「衆」が個人化していることを意味する。ホームシアターのようなテレビなどの時代に変わった。最近行われた「海峡映画祭」に述べ4、000人が動員されたことも映画への復帰というより、祭り風のトークショーなどに人が集まったのであろう。
 映画館での「衆」はただの個々人の群れであり、群鶏のようなものあり、一緒に集まる力は全くない。それに比して演劇や音楽会では休憩時間に人と挨拶や会話を交わす社交の場でもあって社会的な意味のある時間を持てる。映画館ではただ安く大型スクリーンで見たいという必要性は今は無くなり、人を集める力はなくなった。11月に東亜大学で「しものせき映画祭」を企画しているが、映画鑑賞と人間関係を大事にするようにすべきである。特に人間の横関係に注力したい。
 
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再び「家門の栄光」

2012年07月19日 05時32分31秒 | エッセイ
以前数回も本欄で話題にした韓国のドラマ「家門の栄光」がBS朝日で放映中である。懐かしい顔たちが家門の栄光を演じている。「家門の栄光」の精神は家族企業が発展して財閥になり政府の支援を受けながら韓国経済を世界的に発展させた原動力である。研究によればある家族企業の財閥の親族が8割にもなっているという。社内の重要ポストは直系親族によって構成されている。日本でも小規模の会社などでは家族企業になるが成長すると同族経営の質を変えていくのと対照的であるという。
 日本でも親族企業は現在でも多い。しかし親族や家門の栄光意識がなく、ただ親族たちが食べるための場としている所もある。そこは企業の長として人事をする時、信頼できる人を家門の栄光のためではなく、無能な親族の救済策としているようである。現代的な経営の人事は能力中心によって行っている。信頼、忠誠、人間性を評価することは難しい。能力主義と人間関係が調和する社会へのメッセージを受け取ることのできるドラマである。
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<気絶文化>

2012年07月18日 05時06分47秒 | エッセイ
 日本で韓国のドラマを見ていると韓国の文化的な特徴に気が付く。気絶とは一時的に気を失うことであり、以前にも触れたようにドラマや映画に必ずとも言えるほど気絶する場面が出てくる。感情の表現が激しく、ショッキングな事件、それを受け入れる表現として気絶する、私に言わせれば<気絶文化>である。このようなことは日本でもないわけではない。「気絶するほど悩ましい」という音楽もある。しかし日本はいじめ、差別、隠蔽、憂鬱、自殺などが一般的である。私は韓国の表現と日本の隠蔽が対照的に感じている。
 今学校のいじめと自殺、隠蔽が話題になっている。先日韓国から来た高校の教員たちから聞いた話。日本は報道の自由が相当制約されていると。大震災の放射能関連の報道のことであった。昔韓国人が韓国の報道を信用せず日本のラジオやテレビ放送を視聴するために多く工夫したことがあったが、逆の現象ではないか。なぜそう思うかと反問すると政府の隠蔽、天皇制について報道の自由が感じられないという。過剰な個人情報や著作権と肖像権などの保護、取材と報道が難しい。しかし彼らが韓国社会の問題点としてばらまき、学級崩壊、体罰禁止など日本と同じようなことの韓国版を繰り返していると感ずる。台風の名前を数字で表す日本とは違って韓国では名前をつけたが、今日本と同様「台風7号」と言っている。似て異なる日韓関係である。
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