崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

勇気

2014年12月31日 04時25分29秒 | 旅行
今日は大晦日、今年1年を振り返る番組が多い。私は今年後半は本を書き下ろし、出版まで没頭してきた。出版社の編集者が良い読者、アドバイザー、協力者になって互いに提案と応答が迅速、正確、正しく作業を進行して年末に出すことができた。短距離競走で優勝した気分である。しかし読者の反応が鈍かったが高質なコメントや読後感などが多く届いている。きちんと読んでからの反応であり、中には「勇気がある」という意見が多い。その背後には「危険なこと」にも関わらず正しく発言したようなニュアンスがある。実は一人類学者が朝鮮戦争の中で育ったことからの考えて、より普遍的に論じたものである。その点では唯一なものと言える。
 一方一歩進んで早く新年を予報、予言するような新年号が沢山出ている。新年は日韓国交正常化50周年になる記念すべき年である。昨日本欄で触れたように韓国に期待している。旧朴の業績を新朴が無視するのではなく、生かしてほしい。オバマ大統領がキューバに続いてイランとも国交正常化の交渉に入ったというニュースが昨日流れた。次は北朝鮮ともなることを期待する。韓国の『月刊朝鮮』1月号に寄稿した劉敏鎬氏の「日本保守の二つの軸、安倍と財界」は新年も日韓関係は薄暗いことを感ずる。韓国人の戦前の三菱へ損害賠償の請求の裁判などが続くようである。日本は日韓条約で済んだという応対で対立するだろう。慰安婦問題は多様化していくかもしれない憂いがある。戦前に遡って法律的に有効化することは本当に危険である。それは被害者だけではなく、植民、拓殖の権利を認めなければならない。戦後の敵産処理も見直すなら植民地へ復元することになる。文化財返還も日韓両方が主張することができる等々社会、世界を不安にすることである。歴史認識ということばも注意して使う新年になってほしい。歴史認識へ勇気ある進展を期待する。
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「乙未年へ」

2014年12月30日 03時53分42秒 | 旅行
 日本に住み始めてから25年ほどになるが、在日にはなっていない。在日とは大きい違いがあるからである。それは長と短の長さではなく、生育の時代と環境が異なるということである。私は韓国語が母語で韓国で青少年期を過ごした生活文化を持ち、韓国で社会生活をしてから日本に留学して日本では外国文化として生活してきている。日本人から見ると在日のように見えるかもしれないが在日に成れない限界がある。民団や総連にも所属していない。在日に対しても外からの見方にしかできない。この数年来、年1回だけ民団新聞に寄稿させていただいている。2015年「乙未」年新年号がすでに届いた。新年の干支に関する内容である。
遊牧民の代表的な家畜の羊(未)の年である。新年には羊から和と温厚な習性を見習い、難くなった日韓関係が一日も早く、友好になることを願い、予言したい。私は一九九〇年韓国文化の起源を探るというテーマで朝鮮日報からの派遣でモンゴル調査に参加したことがある。それが私と遊牧文化との初の出会いだった。韓国文化とは異質のものだと思った。馬に乗って羊の群れを連れて歩く場面、私が住所を訪ねた時の戸惑った表情は忘れられない。移動する遊牧民に住所はないからである。定住農耕民と移動遊牧民族との違い、本当に新鮮なカルチャーショックであった。
 私は牛乳が飲めない。戦後アメリカの援助物資として粉乳を飲んだことがあるが、生の牛乳でお腹を痛くして以来、遠ざけてきた。それは私だけではなく、さらに韓国人だけでもなく、熱帯地方の民族にも起きる現象である。北ヨーロッパの人々のようにビタミンを牛乳から取るラクターゼという酵素を多く持っている民族において好まれることは中学時代からの常識である。牛乳文化と縁のない韓国人にとっては、遊牧文化とも縁が薄い。その点は日韓においても同様である。牛乳が輸入されて食用化されたのは明治以降、日本植民地時代に韓国にも影響したが、一般化されることなく戦後幼児用だけ普及した 。 ところで、韓国文化は遊牧民族とは全く関係がないかというと実はそうではない。歴史的に韓国文化はいわば「満蒙」の旧満州やモンゴルなど、北方文化から影響を受けてきたことは常識である。したがって韓国文化の起源をモンゴルなどに求めるのが普通である。日本では騎馬民族起源説が有名である。考古歴史的な研究はさておいて韓国は日本に比して肉食文化を持っている。代表的な家畜は牛であり、焼肉やコリアンバーベキューが有名であり、私は在日韓国人の焼肉文化を理解するために調査して「焼肉の文化人類学」を書いたことがある(『韓国民俗への招待』風響社)。
 韓国では代表的な家畜として牛を農耕と肉食に利用している。モンゴルの5大家畜は馬、ヤク、羊、山羊、ラクダである。牛科のヤクは遊牧民の家畜として、荷役用、乗用、毛皮用、乳用、食肉用に使われている。特に遊牧民族であればあらゆる家畜の乳を絞る。馬の乳を絞って作る馬乳酒は有名である。韓国では家畜の乳を搾る文化とは対照的に動物の乳を搾って飲むような文化はまったくない。牛は農耕や食肉など広く利用され、血や舌まで料理があるが牛乳を搾ることはしない。しかし輸入された牛乳をよく飲むようになって韓国が遊牧民族になったのような錯覚をするほである。韓国文化でもっともモンゴルや満洲から強く影響されたのはシャーマニズムである。私はシャーマニズムの調査のためにシベリアや満蒙地域を回った。それは長い間迷信打破の対象であってソ連時代にシャーマンたちは強く迫害された。シャーマニズムは人が神になる信仰である。それは激しい踊りなどで興奮の絶頂に達し、トランス状態で神になるということで、韓国人の気質や性格に大きく影響した。いま韓流ドラマなどで登場人物が失神する場面が多いのはそれであろう。
 新年は終戦70周年、韓日国交正常化50周年を迎える記念すべき年である。歴史認識が問われる。それは如何に問っても問い過ぎることはない。日本はいわば壬申倭乱という朝鮮征伐出兵により隣国を侵略し、韓国を大きく傷をつけてしまった。植民地化、太平洋戦争を起こして大変な痛みを残している。まだ韓半島では同族間の戦争6.25により厳しい休戦線を挟んで敵対視している。私にとって1965年は記憶に新しい。朴正熙大統領の日韓国交正常化と京釜高速道路建設には学生が中心に国民的に反対した。いわば独裁開発への反対、独裁政治への反対に朴大統領は人気や世論の反対を押し切って実行した。そして経済発展の基礎を作ったのである。しかし私は独裁政権は嫌であった。血を流して折角民主化運動に成功したのに独裁へ戻すことに不満があった。朴氏は当時の民衆や私のような学生のレベルをはるかに超えた独裁者であった。人権や独裁は朴正熙氏が暗殺されてからも長く続いたが、1970年代に「セマウル運動」を行い、経済開発と近代化を成し遂げた。それまで疲弊していた農村を、コメの自給も実現した。長い歴史上で彼をどう評価すべきか。王朝のような人権意識の欠如時代であっても立派な王様が存在したように彼は英雄であろうか。
 先日産経新聞の黒田勝弘氏にソウルで会って放談をした。その際彼に悪い日韓関係の改善の展望を求めた。異色な見解を述べた。新年は日韓国交正常化50周年になる記念すべき年、父・朴正煕氏がセマウル運動を断行したように、娘も両国関係の改善に向けて力を発揮してくれるだろう。私もそう思う。
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『帝国の慰安婦~植民地支配と記憶の闘い』

2014年12月29日 05時44分29秒 | 旅行

今、日韓関係の膠着状況を打開するキーパーソンは誰か。前回は「ヨン様」であった。今度は誰か。「和解のために」を訴える朴裕河教授が韓国で訴訟されて、裁判が進行中であり、皮肉な状況であるといえる。過度な民主主義の所為か、韓国では訴訟が多い。産経新聞の加藤氏の件など一連のことをみると全国民が違反者扱いになるのではないだろうか。まるで「ポケットを叩いて塵が飛ばない人はいない」つまり誰でも違反したことがある「罪人」ということになる。中国や北朝鮮では法律違反と摘発という形で粛清をすることは誰でも知っている。言論の自由とはただしゃべりたい人を放置する意味ではない。生死にかかわる人権の意味がある。反日感情文化は韓国社会の最大の癌的存在だと思う。
 昨日の「毎日新聞」の<今週の本棚>に韓国の朴氏の『帝国の慰安婦~植民地支配と記憶の闘い』の書評が載った。私は韓国語と日本語の両著を読んでおり、彼女の学識、勇気などを高く評価している。本の大部分は研究史的文献をよく整理されており、特に彼女自身の調査研究による慰安婦たちへのインタビューの価値が大きいと思った。しかし慰安婦とその関わりの組織などから訴訟問題が出されている。韓国で日本関係の反日的否定的反応は新しくはない。このような類は<醜い韓国><スカートの風><ようこの話>など韓国の反日感情による否定的反応による著者たちの苦労話しを聞いたことがある。民主化や経済成長は早くとも韓国の国民意識はそれほど成熟していないことを指す。
 このようなことは今、現在の話だけではなく古く遡れる。韓国儒教論には「理」と「気」の2大説がある。栗谷先生は感情の「気」を注視した。私は李退渓の理気説より栗谷の方が正しいと思っている。韓流ブーム以来韓国ドラマが日本にも定着しているが映像は感情「気」が中心である。「気」によっては思考、思想を深めるには不足がある。読者層が薄い韓国でテレビ画面を消して、本を読むことを勧めたい。結構勇気が要ることである。
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読者からの評

2014年12月28日 05時00分29秒 | 旅行
 先日富山在住の弟子から私の最新著の『韓国の米軍慰安婦はなぜ生まれたのか』を書店で見つけて購入して読んだ感想が届いた。「先生の御本は富山のような田舎の本屋さんでも販売いたしております。したがいまして、日本の全国中で販売されていると思います。広く多くの人たちに買っていただければと希望します。私も知人に薦めます。…今、先生の御著書を拝読して、実際の現地の人々の視点からの状況を知り、胸が苦しくなる思いです。先生が非常なる体験をされたと知り、その後の先生の努力を拝察するとき、なんとも言葉を失います」。
 ここ下関の書店でも売られている。しかし今のところ反応は鈍い。先日は地方の新聞の大物記者のインタビューを受けたが、それっ切りになっている。おそらく私が平素、書くものとは異なったイメージのものであるから関心を見せにくいのかも知れない。特に広告用の帯に「韓国に日本を責める資格があるのか」に抵抗感を持っている方がいるようである。そんな中、日韓関係中枢的な人物から今届いたメールで「現在の日韓関係において、最大の課題となっている問題について、ご自身の体験に基づいて投じられた一石は、両国間の梗塞関係の改善を、必ずや一歩呼び込まれるものと感じつつ、拝読いたしました。どうかこれからも、先生のお立場からでこその御箴言を積極的に御発信頂ければと存じます」と評価されてうれしい。また他の方から「戦争体験の重い話から…」、直樹賞受賞作家の古川薫先生からは「共感いたしました」とあり、さらに理路整然、反論の余地なしと思いますが…先生の勇気ある論証にまず敬服いたしますとコメントをいただいた。またある方は戦争中の人間を観察したこと、喫茶店の売春さえ福祉的機能を果たしたのではないか、倫理や法律を超えて生きている社会の描写ではないかとおっしゃってくださった。
 これから批判や非難もあるだろう。それは反響であり、もう一冊への火種となり得る。一般の常識は大きく平和主義になっていることは社会の大きい進展である。しかし戦前と戦後に豹変した人間も多い。私は敵対と友好をひっくり返す歴史を知っている。日韓関係もその類と思う。時間の流れや民衆の正しさで社会が大きく変わることは期待できない。その社会の変化と発展をショックな事件、混乱、戦争などの中から見つけようとして本書を書いた。大混乱なアノミーの状況で殺人、性暴行などの中で人間は何を頼るのだろうか。私は深く考えた。
 *写真は新年度のカレンダーを飾った書斎
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「シルミ島」

2014年12月27日 05時40分09秒 | 旅行
 金正恩の暗殺をテーマにした映画がアメリカで制作され、北朝鮮が「露骨なテロ行為で絶対に許せない」と反発をしている中、アメリカで放映している。この映画は2人の記者がCIAに依頼されて暗殺を試みるという内容であることをYouTubeでみた。北朝鮮は「上映を黙認・擁護するなら、それ相応の無慈悲な対応措置を取る」「最も露骨なテロ行為であり、戦争行為として絶対に許せない」とアメリカ政府に圧力をかけている。「言論の自由のある国家」と「言論の自由のない国家」の対立が顕現することを注目したい。
 昨日韓国に関心を持つ尾島悠太君と「シルミ島」を2時間きちんと鑑賞した。主に死刑囚たちで構成され、金日成の首切りのための特殊訓練をして北朝鮮へ向かっていく途中、中央情報部長が更迭され、殺しはやめることになり、訓練兵たちが自爆する内容である。この話は1968年に起きた北朝鮮の武装グループによって朴正熙大統領暗殺未遂事件の後の、実話に基づいて製作された映画である。この類の映画は数多くある。訓練隊長と独裁者との関係、軍人は軍務に充実、命令に従うといい、隊長が自殺、隊員の自爆に終わる。当時私は軍人であり、ショッキングな危機感を感じていた。その後、日本に留学した。日本では独裁国家の韓国は笑い話のニュース源であった。今北朝鮮がその役を果たしているようである。もし日本の天皇を侮辱する映画が製作されたらどうするのだろうか。
 
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2014年12月26日 04時30分55秒 | 旅行
 昨日はクリスマス。テレビで伝える各国のクリスマスとは異なり、日本では平日であり、夕食に鶏肉と少しメニューが多かったが私にも平凡な日であった。山口市の井筒屋から来られた磯部氏に年末年始の絵はがき展示用の資料を選んでもって行っていただいた。主に帰省客へのサービス、12月28日から1月5日まで行われる。山口市、防府、萩に関するものが主に展示される。広島市立大学の名誉教授の堀研氏、防府市議員の中林堅造氏が東亜大学東アジア文化研究所へ寄贈したものである。平凡な日が続く中、応接間の空間には小さい奇跡的なことが目に入る。前にも触れたが窓際においてあるハイビスカスの花が夜中にも咲いている。「夏の一日花」と言われているが真冬に2日間も咲いている。二日酔いの花か、奇跡か、どうしても目に入る。
 もう一つは中から物を取り出し空になったボ-ル箱を置いたら犬のミミが中に入った。新聞紙を敷いてやると横になっている。彼女は生まれて数か月間、ショーウィンドウの生活だったし、もしかしたらボール箱に入っていたのかもしれない。懐かしさか習性によるものであろう。穴の中にいるネズミなどは広いところでは不安になり、隅の線に沿って走ると言う。人も広い研究室が当てられても対立てや本棚などで狭くしている。そのような日本人がブラジルなどに移民して大きく広い家を建てても角隅の小さい部屋で生活するという建築学者の話を思い出す。人は自由を叫びながらも絆で結ばれたいという。
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「酒本通信」

2014年12月25日 05時24分05秒 | 旅行
一般の人から大学も長い冬休みに入ると思われている。広く見ても北半球では冬休みは寒い季節に決まっている。日本の大学は冬休みではなく春休みをとっている。動物はもちろん農家でも冬を休むのが季節のリズムである。その意味では日本の大学は合理的ではない。今文科省が主導的に知識の暗記式の教育から「知識の活用」へ教育の改革をするという。戦後まもなく韓国で行ったことを今、日本で聞くと昔話のように聞こえる。のど自慢、笑点など長寿番組が多い。改革と言っても教育者が変わるまで、また1世紀はかかるかもしれない。日本は少しづつ変わるが改革はしにくい。明治維新が行われたのは奇跡と思われる。
 私は基本的には「考える」講義をしている。昨日はクリスマスイブの日にイエス誕生から人間誕生の話をもって話をし、なぜ処女マリアが懐妊したのか、問題を投げかけた。神様の話が出るが、世俗的合理的論理的に考えることを要求した。人間は性交渉することによって妊娠することを知らなかったというフリーマンの説を紹介した。しかし遊牧民族などにおいてその知識は人間の本然の知識があったというので否定された。そこまで説明と議論したがまた他に考えられるのは何であろうか。問題を残し、それを宿題とした。
 下関の地元の歌手の酒本氏とホルモンテレビの藤中氏、権藤氏、若いカメラマンの尾中氏の一行が研究室を訪ねてきて講義の延長のように楽しく過ごした。彼らは下関の活性化に強い意欲を持っている。私は市民が個人主義の個人ではあっても孤独にならない市民共同体意識を高めるような話をした。下関は農魚山村と都市の混合状況の文化人類学でいうとタウンtownである。港町の特徴を生かす方法をいろいろとアイディアが出た。まず酒本哲也氏のような人を政治的に影響力を持たせることが必要であろう。下関に来て10年近くなり、本当に友人、知人が多くできた。嬉しく、感謝である。メリークリスマス!
 「酒本通信」には次のような写真と文が乗っている。
 
 東亜大学訪問
 今日は東亜大学教授で広島大学名誉教授でもある崔さんとお話をしてきました!とても気さくな方で笑顔がとてもすてきな方でした。世界中をたくさん旅をしているお方でそういった世界目線から下関についてもいろいろアドバイスをいただいてとても充実した一時でした!
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加羽沢美濃コンサート 

2014年12月24日 04時52分58秒 | 旅行
 友人夫婦との昼食時に耳が遠く、積極的に話を主導することができかなった。むしろそれがバランスがとれたかもしれない。食後コンサートの会場、下関市民会館大ホールへ急いだ。音楽会なのにロビーには人があまりいない。自由席であり、席を占有するために先に座っているからであろう。それよりはコンサートの音楽鑑賞が主であり、それを契機に人との出会いの場にはなっていないことを意味する。私は文化振興財団の理事長と文化協会長とあいさつを交わした。クラシックを鑑賞する聴衆たちらしく静かに、そして拍手などもあった。この地方でも聴衆のレベルは決して低くはない。作曲家兼ピアノスト・加羽沢美濃がディズニー曲をピアノ演奏してから挨拶と解説があり、その調子で終始した。私は聞くことを楽しんだ。
 私は田舎からソウルへ編入して田舎者がクラシックを聞くことがソウルの人になれるという思いから音楽会に多く参加したことを思い出した。大学教養科目では李ソンゼ教授にクラシックに関するレポートを出したことも思い出した。中学校時代には童謡作家の安先生に習ったこともある。そしてただの騒音であったクラシックが田舎者の私に名曲に聞けるようになった。騒音から名曲へ、青春時代がなかったら私にクラシックはただの騒音に過ぎなかったであろう。しかしその音楽鑑賞の磨きは十分ではない。
 演歌などは歌詞でほぼ感情をしめしていてクラシックに比べて非常に単純なものである。クラシックではメロディ、ハーモニー、リズムだけで海、月、田園などを表現するのか、そこにクラシックの価値とその世界が輝くのである。美しい音を探し、それをハーモニーにする。小節を繰り返す対位法など、私はそれが小説にも生かされていることを評価したことがある。
 下関出身の俳優の前田倫良氏の朗読の「いのちをいただく」の牛屠殺者の親子の対話式の話に私はとても感動した。隣席の中年男性は泣いていた。訳を聞く前に彼は自家の農牛を屠殺所へ送る時牛は涙を流したと言いながら7歳の時を思い出したという。私は品川屠殺所で見た屠殺、それがトラウマになっているのでこの話は悲しく響いてきた。帰宅して韓国から珍しい人から電話を受けた。彼は私を祈ってくれるシャーマンの話を読んだように男性シャーマン、画家詩人とも名乗る人である。またあるシャーマンはFBに私が17歳の時に私の母がシャーマンへ捧げた宗教的誓約のミョンタリ(命橋)の写真を公開した。韓国国立民俗博物館所蔵のものである。私の遺産のひとつである母のシャーマニズム信仰、母胎信仰のしるしでもある。
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「空腹がおかず(시장이 반찬)」

2014年12月23日 05時55分24秒 | 旅行
 予定された血液検査の日であり、朝ごはん抜きで待合室で待つ時間は長かった。なぜかテレビの料理番組の画像が私の視線を引いた。普段料理番組は見ていない私がその料理番組を夢中で見ているのに気が付いてびっくり。お腹が空いていたのである。日本で料理番組が多いのはなぜだろう。日本にはまだお腹空いた人が多いからであろうか。
 診察室の前に席が移った時である。ある看護師さんが来て最近私が隣の梅光大学で講演したことがあるかと言う。大学1年生の彼女の娘から講師が「チェキルソン」だったと聞いたと、私の名前を正確に言いながら確認し、彼女の娘さんがとても韓国が好きで短期留学をしたことを語り始めた時呼ばれた。肝心なことは診断の内容であり、サチュレーションが90にも達していない。運動不足などもあるが病歴や老人性と判断したのか、主治医の池田先生は採決の結果で評価するとし、アメリカとキューバの国交正常化の話、キューバにおいてあるアメリカのグアンタナモ刑務所の話がなされた。私はフィードバックしながヨーロッパ式の島流しなどについても触れた。拙著の最新著を差し上げた。次の診断の時は血液検査の結果と先生の書評が聞かされるだろう。どちらも厳しい話にならないように祈る。家内を含め、5人の看護師に見守られながら採血は無事、やはり怖かった。その後普段は振り向きもしないロッテリアに入り、サンドイッチを食べた。美味しかった。まさに「空腹がおかず(시장이 반찬)」という韓国のことわざどおりである。
*www.jrcl.org-350×251-画像『ニューズウィーク』誌(五月九日号)
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燈火のような光

2014年12月22日 05時27分43秒 | 旅行
昨日クリスマス礼拝があった。日本のクリスマスは世界のクリスマスとは異なる。それは宗教的論拠によるものではなくただイエスの生誕日とされる日に近い日曜を選んで記念礼拝をしているからである。キリスト教の記念日でも感謝節などは日曜日つまりキリスト教の神の日「主日」で行われる。一般人は日曜日を「聖なる日」とは思わない。世界的には12月25日がクリスマス、正教会では1月7日としているので日本式のクリスマスを入れると3回のクリスマスがある。クリスマスの祝祭は世界で盛大化されているが、逆に世俗化により、信者は激減している。本欄でも触れたことがあるが、イギリスで数百人の信者が集まって礼拝していた教会の信者が減って維持できず売られ、そこが飲み屋になったという話をしてくれたリーズ大学の教授の話が忘れない。
 消えていく燈火のような光が闇を照らす。イエスは自ら自分を「光」と言った。危険な原発からソーラーが注目されている中、青い光LEDが発明され、ノーベル賞の話題からもその光の恩恵に感謝する。我が家のハイビスカスの花に異様な光景が生じた。室内で花がさいている。その花は日が暮れると萎んでしまうのでたった一日の花であることは常識であろう。しかし室内のLEDの所為であろうか二日も咲いている。このへんは専門家の知識が欲しいが、花は気温より光の影響が大きいことから考えると納得がいく。
 私が出席する教会は昔は百数十人の信者がいたが今では20人弱の信者が集まっている。この教会にも光はある。心と心の交流、家出をした放蕩者の息子を迎える親心、怪我をした旅人に暖かい手をさし延べる心などを意味する光のことである。子供たちのハンドベルを聞きながら彼らが練習したのもその心であると感じた。長く欠席していた人の顔を思い出して電話をした。来週から出席するという。燈火のような光は消えていない。
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オバマ大統領がカストロ氏と同意書にサイン

2014年12月21日 05時05分42秒 | 旅行
私はほぼ同じ時期に大統領に就任されたオバマ大統領と朴クネ大統領を歓迎し、期待した文を書いたが、期待が大きいほど外れた感も大きい。特に朴クネ大統領が反日外交の面で日韓関係を悪くしたことには失望が大きい。しかし韓国や中国では朴氏の外交政策は成功として見る人が多いようである。先日中国から来た韓国人は朴大統領は内治は失敗、外交は成功、特に中国に傾く外交はよいと言うのである。彼女にとって父親の朴正熙大統領の負の遺産の「親日」から抜けようとする悩みがあったのかもしれない。
 一方アメリカのオバマ大統領には失望していない。一般的にはアメリカの先導的なイメージが弱くなったのではないかという見解がある。彼はショーマンシップやパーフォーマンスを見せるたり、リーダーシップを握ろうとはしない。ただ大きい判断を慎重にする。その例としてCIAの拷問を発表、特にキューバへの外交政策がある。世界で一番民主主義国家のアメリカの目の前にある一番独裁共産主義国家のキューバとは長い間敵関係であった。ベルリン障壁とソ連の崩壊、アメリカは共産主義国家であるベトナム、中国などとも国交を持っているがまだイランや北朝鮮などとは国交がない。オバマ大統領がカストロ氏と45分の電話会談で同意書にサインした。大きい進展として歓迎する。その関係改善の発表を聞いて、私は初めて使う日本語の表現「目から鱗がおちる」と言いたい。写真はキューバのスパイ釈放のニュースを聞いたハバナの学生たちが歓迎する様子である。世界へのクリスマスプレゼントとして受け取りたい。
 *photo Credit Roberto Morejon/Agence France-Presse ― Getty Images
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「怠けもの」信仰

2014年12月20日 05時07分47秒 | 旅行
今年も終わりに近い角に立って考えてみる。一回も風邪をひかなかったことが何より良かった。急な気温の変化に私自身が注意したこともあったが主治医や家内のおかげである。また日本の空気の清い環境にも因るものである。さらに深めると母の巫俗信仰とキリスト教の信仰、つまり多くの方々が祈ってくださっていることもあり感謝である。最近FBに見ず知らずのシャーマン(巫女)から友を申請されたので受諾した。彼女も祈ってくれていることだろう。以前ソウルに行った時、ある男巫が私のことを祈って描いたと言いながらご自分の絵を持ってこられ、気に入って今も部屋に飾ってある。
 昨日、ある男巫のFBに私が昔写した1枚の写真を公開した。1969年か70年ソウルでエミレ博物館館長だった趙子庸氏の「博物館オプーニング・クッ」に子供の男巫が参加している写真である。彼がとても喜んでくれたので、この時期にシャーマンの彼ににクリスマスプレゼントになったようである。これは皮肉な言葉であるようであるが、実は巫俗とキリスト教の混合を意味する。私が母のシャーマニズムを迷信と思い、キリスト教へ改宗したのが1960年、以来クリスチャンとしてシャーマニズムを研究してきたのである。このことに矛盾を感じ、私自身、シンクレティズム(混合主義)であり、包容的な宗教観だと解釈してきた。
 日本人の七五三神道、結婚キリスト教、葬式仏教などの混合現象が皮肉に言われるが、私から考えると宗教への包容だと言いたい。今イスラム原理主義過激派、キリスト教の律法主義により戦争が絶えないことをみて、私はキリスト教やイスラム教の原理主義から世俗化、そして混合主義になり宗教も包容的になれとメッセージを送りたい。伝道を怠ける牧師に不満を持っている信者も多いが、考えてみると動物の「怠けもの」が愛されることからもメッセージをうけとることができるのである。
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読書会は強風の中にも

2014年12月19日 04時56分44秒 | 旅行
全国的に寒波、強風の中でも読書会は休まずやった。私の先生の中には朝鮮戦争の爆撃・避難の中でも反論を書いたという話を学生時代に聞いたことがある。それが座右の銘になっているわけではないが、ただ決めた以上は楽しく習慣的に続けることが私の生活パターンである。最近気が付いたのはこの程度の話も日本では自慢話と嫌な表情を浮かべる人がいる。人の自慢を聞くのを非常に嫌がる日本人を知っている。満洲映画協会に日本人グループで調査に行った時、通訳者の私の弟子が一つ冗談で自慢話をしたらある日本人がその言葉だけを言わなかったら完璧だと冗談で返した。中国や韓国では冗談でも自慢話が多いが、日本人は極端に嫌う。私は日本語がいまより下手の時にも数多く失言冗談をした。日本に適応して冗談もかなり控えてきたのは萎縮させられてきたのかもしれない。日本の社会化とは制約、萎縮されることを意味するのかもしれない。
 昨日の読書会では私の科研の研究テーマである、日露戦争後の報徳運動、農村更生運動、そして宇垣総督の農村振興運動と朴正熙大統領のセマウル運動への大筋の中の問題意識が議論された。この読書会は知識人になるために読書をするのではなく、問題とアイディアを追求する戦いであることも主張した。研究成果をを公表することへ話が至った時、コンテンツ会社の小野博社長が岡山から来られた。彼は高精細画像の映像を見せながら製作過程について説明してくれた。高性能のカメラで絵図・屏風・襖絵等撮影し、コンピューターに入れ込んで資料化する。高精度デジタルカメラによる資料撮影、ハイビジョン動画制作、レプリカ制作などに私は大学教育と研究に利用することを考えた。櫛田学長も同席して教育改革のためにどのように活用できるか、話は延々と伸びた。私は自分で作ることを考えた。終わらせたのは、冬の日の短い夜7時であった。
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テロとは戦えない

2014年12月18日 05時33分12秒 | 旅行
 パキスタンのイスラム過激派の反政府武装勢力が軍系列の学校の児童や生徒ら141人を殺害した。2年前には当時15歳だったマララ・ユスフザイさん(17)が銃撃された時マララさんは「決して屈しません」と戦うことを宣言した。彼女にノーベル平和賞が授賞された。未成年者へのサプライズ賞であり、奨励賞的な賞であり、他の努力に報われる評価とは異なっている。オバマ大統領も平和賞受賞者、今イラクやシリアと戦争中にある。しかし平和賞がテロを起こすような要因にもなっている。彼女はテロと「勇敢に立ち向かう」と言いながらテロにさらされている。当地には彼女への平和賞に懸念を持っている人が多い。そこでテロがまた起きたのである。
 テロと戦うことは難しい。特に従来の戦争方式では対応できない。兵士と兵士の戦いがスポーツゲームのような一般的な戦争戦略ではテロ対策には間に合わない。テロは選手と選手の戦いではなく、選手と観衆の戦いになっているからである。マララさんに平和賞が与えられたが、皮肉にも殺戮のテロに直面している。テロリストたちにも正義(?)がある。両面を考えなければならない。イスラム過激派のテロとの戦いはイスラム教とキリスト教の対立が根底にあるのでそれは避けるべきである。イスラムの信者になることではなく、とても難しいことだがその宗教への理解、宗教の多様性、包容性を作るのがよいと思う。それが平和を作る基礎であるからである。
 



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一年を振り返って

2014年12月17日 04時21分41秒 | 旅行
毎年このころになると言論界では一年を振り返ってみる特集が多い。世界的に見ると中近東のアラブのイスラム国家において戦争、そして世界的に過激派のテロなどが続いている。昨日はシドニーの人質死傷事件、パキスタンのタリバンのテロなどが起きていた。多くの悲劇はキリスト教とイスラム教の対立が遠因となっている。東アジアは歴史認識とか領土問題で葛藤を起こしている。植民地と戦争のポストコロニアルと言える。日本に戦雲を感じるという人が多い中、自民党が圧勝、百年に向けて執権するようになっている。これは野党の責任である。政治理念が違うから分裂してただ羅列している状態では当然のことである。二大政党制は何時定着するのか、日本的な政治は結局非民主の中国共産党のものと似ている。さらに王朝へと復帰するような感がある。自民党員だって皆政治理念が同様であるとは思えない。上手くやっているようなら百年でも良いと言うならしょうがない。選挙は確かに民主主義であっても日本は一党独裁化への道のりになっているようである。
 私自身の一年はどう評価すべきか。自分のことになるとどうしても甘くなるのではと懸念する。1974年3~4月に出版販売会社雑誌商品課で毎日11時間で日給2,650円(日給+交通費)をいただいたアルバイト登録証を見ながら苦労より感謝の気持ちである。アルバイトを通して日本社会を理解し、好きになったからである。その中でも研究から目を離したことはなかった。日本民俗学会1973年(?)552回では「韓国シャーマニズム」を発表した。
 今年もこのブログとFBには一日も欠かず書いた。講座、講義、講演などで回る時意外に読者が多く、自らファンだという人が多かった。これを通して新しく出会った東大出版部の竹中氏とは二回も会うことが出来た。私のエッセイには賛成が多かったが、反対、非難する人もいた。非難あるいは侮辱的なことがあっても丁寧に反論したり受け入れたりした。数人の読者とは和解し親しくなった。読書会で読んだ本について本欄に言及したことがメディアに注目され週刊誌、月刊雑誌、ユーチューブ放送、講演なども行った。今週末に発行される自著もその延長線上のものである。クリスマス、紅白歌合戦など年末の雰囲気が徐々に上昇していく今である。
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