崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

「ドジョウが金魚のまねをしてもしょうがねえじゃん」

2011年08月31日 10時03分42秒 | エッセイ
 
両院議員総会で野田佳彦氏の演説の中にもう一つ面白い比喩がある。それは「ドジョウが金魚のまねをしてもしょうがねえじゃん」というところである。私はドジョウの比喩は、はっきりしたニュアンスがわからなかった。韓国ではドジョウは不利な時には巧みに逃げる、悪賢いもの「一匹がすべての水を汚す」とされている。料理としても泥臭く、一般化されなかったが、ヨモギやサンショなどで泥臭みをとって栄養健康食として今はかなり一般化されている。ソウル市内の「兄弟鰍魚湯」という有名な食堂があったことを覚えている。
 
ドジョウは泥にまみれながら生きるということと上のような比喩だけを知っている私は政治家が自己比喩としては最初不適切な感があった。しかし自分や民主党を泥の中と比喩し、「どじょう」の再生を訴えた時は実に“名演説”と思った。オバマ大統領の演説も暗い過去をもって明るい未来を訴えた名演説であったが、これも名演説である。この演説は数人のニュースコメンテーターと「スポーツ報知」「産経新聞」で評価されたが、他のところは否定的な意見が多い。新しい人に注目して応援する肯定的な態度ではないことを残念に思っている。
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民主党代表選演説

2011年08月30日 05時27分18秒 | エッセイ
 昨日は研究室で接客しながらも気になるのが民主党代表選演説であった。携帯とラジオで5人の候補の15分づつの演説を聞いた。皆さんが選挙運動を通して勝ちぬいてきただけに上手いと思った。特に野田氏の演説が突飛な感じであった。母親から「政治家は命がけなのよ」と言われ、政治を意識し、初めて選挙に立候補した時は毎朝、街頭に立ち続けた。中には105票差で敗れた時「一票は重い」と痛切に反省し、一人一人を大切にする政治が原点だと語った。夜の闇と冷たさの中で朝がおが早朝に可憐な花を咲かすという比喩から「国民の生活が第一」という理念を語った。さらに印象的なことは落選した時の子供との時間を持ちながら教育を考えたという話である。闇と失敗から戦い、理想を持っているという迫力ある演説であった。
 私は散歩のとき道端に朝がおを見て感動しながら、光を貯めて噴出するような力を感じたが、野田氏の「闇」から再生のモチーフは斬新であった。エッセイとしても野田氏の演説は面白い。また選挙には強い人というイメージアップの演説だと思う。議員たちには次の総選挙に強い人としての信頼性を与えたのではないか。ニュース解説を聞くと演説には全く触れず小沢、反小沢などの話だけであって、品のない解説のように感じた。人柄や人生も論ずるマスコミになってほしい。
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ラジオ体操

2011年08月29日 04時35分53秒 | エッセイ
 近くの小公園で朝の6時半の「ラジオ体操」に合わせて夏休み中の小学校の生徒たちや住民が集まって体操して参加証明書を持っていく風景を目撃した。私は複雑な思い出が浮き上がった。韓国の国民学校時代に「国民体操」というものをやらされたことがある。後にラジオ体操として定着したが、植民地遺産という意見を言う人もあった。日本帝国は1920年代にアメリカの体操を日本化してラジオ体操として定着させて今日に至っている。日本は植民地全体にこれを普及させていて映像も残っている(写真1930、ウィキペヂア)。韓国の国民体操は植民地遺産であり、教育である。
 数十年間の植民地遺産は多く残っている。目に見える建物は多く壊された。しかし精神的な意識構造は簡単に無くせないというのが民族主義者たちの主張である。私はそのことについて日本語では『親日と反日の文化人類学』(明石書店)、韓国語では『친일과 반일(親日と反日)』を出した。残念ながら日本では反応がないが、韓国では反応まあまあある。上の二冊は全く同様な内容ではない。韓国語では親日と反日の対象である「日本人」ではなく、お互いに敵対する対象は「韓国人」であると主張した。したがって日本人は植民地に関しては親日か、反日は韓国人のことであるとしてそれに触れることを控えようとする。私の親日の研究はピント外れのようになっている。
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集いは「楽しさ」を第一とする私のモット-

2011年08月28日 05時38分43秒 | エッセイ
東亜大学・東アジア文化研究所が設立して初めての研究会を東洋大学・アジア文化研究所と共催で行った。発表者などの外に熱心な大学院院生、研究者、日韓関係に関心ある人、中国新聞の伊東記者などが参加して、夏休みの空虚な大学の建屋を独占した気持ちであった。宮下良子氏の司会で、日韓の人々の移動がメーイン・テーマであった。山口から朝鮮半島への移民状況(木村健二)、朝鮮半島へ移民して定着(礒永和貴)、引き上げの証言の研究の意味(崔吉城)、現在観光客の日韓往来(李良姫)、韓国教会の国際性(井出弘毅)について大枠まとまった研究会ができた。 討論では韓国の家族が職業や教育のために国際的に分散していることをトランスナショナリズムと言えるか、単身赴任など国内的な現象の延長線で考えるべきか、境界と境域の概念を人類学の用語としてはどうであろうかなどが話題になった。地元の新聞社でもないのに広島から来られた伊東氏は広島から朝鮮半島へ移住した人々の証言を30回にわたって連載した事例からコメントをしてくれた。懇親会はヤスモリで焼き肉を食べながら声がかれるほど大きい声で話をした。今度の研究会は大きい成果を上げた。集いは「楽しさ」を第一とする私のモットーも達成した。

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「闇の奥:Heart of Darkness」

2011年08月27日 05時54分34秒 | エッセイ
 田中絹代メモリアル協会の総会に参加して大学側と連携して積極的に参加することを話した。一個人の俳優を記念する意味もあるが、それを接点にして地域の文化生活が活性化する意味が大きいだろう。理事長平井愛山氏(写真右端)によると最初は小さい映画研究会から出発したという。その伝統は今『絹代塾』として続いている。そこで私は戦前の映画を研究する場にして接点を持ちたい。一般的に注目されない映画を面白く一緒に見るのも良いかと思った。面白く観る方法を考えたい。
 今戦前の植民地と戦争と関連したプロパガンダ映画について執筆しながらその実験室を得たような気持ちになった。アフリカのベルギー植民地であったコンゴを描いた小説「Heart of Darkness」を面白く読みながら映画「地獄の黙示録」(1979年に映画、監督はフランシス・フォード・ コッポラ)を買いに店に出た。今日行われるは日韓越境の研究のワークショップでその話から植民と移動の話をしようと考えている。
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米東海岸地震被害なし

2011年08月26日 05時58分48秒 | エッセイ
 米東海岸で地震が発生、首都ワシントンをはじめ、ニューヨークやボストンなど多くの都市で建物が揺れ、建物の中にいた人が避難した。大きな被害は報告されていない。震源地はバージニア州であり1897年以来の大きな地震となったという。私はアメリカの西部地域に比して東海岸地域は安全地帯と思ったが結構大きい地震(M5.8)に被害が出るのではないかと考えた。私の知識としては珍しい地震にもアメリカは意外に耐震能力が強いと感じた。CNNはリビアに集中していて、地震ニュースは粗末にしている。
 私は青年時代に愛読した鉄鋼王アンドリュー・カーネギー(Andrew Carnegie, 1835-1919写真)を思い出した。この地震にも鋼鉄文化の強さがあるのではないか。それは専門家に任せることであるが、文化的に考え、ギリシャ・ローマの石の文化、日本の木の文化と違って鉄の文化の強さを感じる。木から石へ、石から鉄へと発展してきたはずであるが、日本は木の文化を大事にしている。鉄文化を再認識している。
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圧力釜

2011年08月25日 05時32分02秒 | エッセイ
圧力釜を購入した。私は固いものを軟く料理することを期待したのである。まだ実験の段階であり、蒸気を出すのが蒸気機関車のような感がした。熱と圧力によって料理するというのは大きい変化といえる。ご飯の炊き方も古くは土器が出現する前までは蒸すことがより自然だったが、その後煮て炊くという方式が安定したという説がある。圧力釜は「蒸す」「煮る」「圧力」を合わせて料理ができるようにしたものであるようである。材料を入れてから、煮て、蒸気が出るところまで待っている過程が登り釜から芸術的な焼き物を出す気持に似て面白い。創る過程も味も神秘的である。ただ心配が一つある。それは美味しい料理で過食し、太ることである。すでにその兆候が表れている。美味しさと摂食は大きい戦いであろう。世界にはまだ飢餓状態の地域が広いのに申しわけない話である。
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酢橘

2011年08月24日 05時35分40秒 | エッセイ
朝早く玄関でミミが吠えるので行ってみると老婦人が立っていた。かなり前にマンションが停電した時の話に遡った。私と家内は12階まで買い物の荷物をもって階段を上った覚えがある。途中である老婦人に会ったので山登りで人と会って話すように自然な対話を交わして家内が彼女の荷物も持って上がった。彼女は10階に住んでおられた。その時のことをを覚えておられ感謝のことばと酢橘を持ってきてくれたのだ。私たちは忘れていたのに彼女はその時、とても体調が悪かったので荷物を運んでもらってとてもありがたかった。ずっとお礼の言葉を述べたくて探していたとのことだった。
 年齢を重ねながらこのような小さい施し(?)に恩や感謝を感じ、大事にするようになる。恩という感情は大切なものであるが、強調しすぎると恩返しの必要性、裏切りなどにもなりかねない。一昔前までは親や天皇からの恩を制度的に強制されたことがあった。しかしその根源は関心、愛であり大事にすべきであろう。私は最近韓国語で書いた著で親孝行を「恩」をもって分析した。
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真の民主主義」

2011年08月23日 05時57分29秒 | エッセイ
 いまリビア情勢から目を話せない状況である。昨日反政府側が首都トリポリを掌握したというニュースが入ってからCNNから最後のカダフィの姿を見ようとテレビをつけっぱなしにした。国営テレビも突然、放送が停止されたという。反政府側が国営テレビを制圧した。カダフィ大佐は大きな宣伝武器の国営テレビを奪われた。これから焦点になることはカダフィが現れることである。フセインのように穴から見つかるかもしれない(写真はロイター通信)。42年間の独裁政権が北アフリカで突風のように吹いて中近東に吹いていく。
 私は韓国の民主化の過程を思い出しながら心から反政府側を応援している。カダフィが戦死するか、人権犯として裁判に掛けられるか、いずれにせよ歴史的なメッセージは大きい。この風はどこまで、何時まで吹くかは未知である。これから少数民族を140も抱えている内政を心配する人がいる。しかし独裁にはノーであろう。たとえば韓国では学生デモによって政権を倒した後に軍事クーデタ、朴大統領の暗殺、またそれを機にした独裁政権が長く続いたことは記憶に新しいことである。結局変化をもたらしたのは民主化の力である。その時代には敵わない。戦争の遺産としての「変形民主主義」ではなく、「真の民主主義」を期待する。

 
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日韓「ふれいあいステージ」公演観覧

2011年08月22日 05時40分28秒 | エッセイ
 馬関祭りの二日目の屋台が並んでいる中を歩き韓国民団の婦人会のところで迎えられ、チジミを食べた。払わしてくれず、ご馳走になったほかにお土産までいただいて恐縮、そして感謝。日本では異例なことであり、暖かく感じた。それから例年のように市民会館で日韓「ふれいあいステージ」公演を観覧した。釜山市からの「サムルノリ」と室内楽のアンサンブル、伝統舞踊やリズム跳躍などがあり、下関からは主に小中高学生たちの合唱、吹奏楽、電子ギターによるボーカルなどで日韓交代式に構成されていた。伝統舞踊は韓国のシャーマン儀礼の服装と踊りに基づいたものであり、私はわかりやすく全体の中でも目立った。音楽は音響が大き過ぎで音楽が騒音騒ぎのように聞こえたものもあった。全体の構成より日韓交代式になったのでクライマックスの設定など舞台構成がよくない。消灯してから幕が下りるなど全体として進行もよくなかった。
 この地域以外の都会から来た人は「小さい田舎の行事だから」と思うかもしれない。私は地方の特徴というか地方色、田舎風を入れることはよいとしても行事そのものは洗練されたものとしてほしい。いま山口県日韓親善協会の創立50周年記念行事を準備中であり、それを強調している。地方だからという弁明は通じない、格調高い「地方色」のある行事を望んでいる。それは都市のものを真似るばかりではなく、その地方文化を生かすことだと思っているからである。
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日本の漫画はなぜ国際的に評価されるか

2011年08月21日 05時48分37秒 | エッセイ
 昨日私の研究室では「研究会」の熱気があった。デザイン学部の櫛田、東の二人の芸術専門の両氏が訪ねてきて、放談した。私の突飛な質問は「日本の漫画はなぜ国際的に評価されるのか」ということである。私は漫画は子供の読み物とばかり思っていた。日本に来て、大人がそれも電車の中で読む風景は異様な感があったと話した。日本人の読書量が多いということがこのような漫画読みであろうか、その横に座ってタイム誌やニュースウィーク誌などを読む人との知的レベルは天と地の差があるのではないかなどと思ったことももあったといった。二人は日本で漫画が一般化されるようになったのは1970年代に漫画家の手塚治虫氏の力によるものが大きかったと実態を語ってくれた。
 韓国では日本文化を低級文化だといいながら禁止した時代にも(日本の)漫画を放映したり密かに売られたりしていた、私は漫画の力を改めて考え直したことがある。私は秘蔵の非売品の『朝鮮の春画』を二人に見せながら中国より朝鮮、朝鮮より日本が対象や素材となる自然の形を表現者の主観によって変えて表現する、つまりデフォルム性)deformationが強いこと、それは日本の漫画の背景にはその歴史が生きているデフォルムの伝統があるからではないかと問題を提議した。写真のない時代には絵がリアルティを伝えるもの、大部技術的な特性が重要視された。それは技術的な描写であり、写真によって代置された。しかしデフォルムによる絵は創造性、想像性によって写真とは異なった評価を得る。ピカソやダリーなどの作品はその典型的な例であろう。日本の漫画はその想像性によるものであろう。私は「しものせき映画祭」で吉田氏のアニメーション製作過程を聞きながら、文芸評論家になろうとハーバト・リードの『芸術の意味』(Meaning of Art)?を読んだことを思い起こした。
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書評『戦争を論ずる』

2011年08月20日 06時12分49秒 | エッセイ
 昨日は韓国の学会誌に論文を投稿し、大学の紀要に掲載した書評『戦争を論ずる』が届いた。マイケル・ウォルツァー著、駒村圭吾・鈴木正彦・松元雅和訳を読んで書評を書いたものである。本欄でも以前に言及したことがある。戦争を「正しい」といい、公に論じるのは難しい。私は一般的な平和運動主義者たちに恐怖感を感じながら本当の平和を考えており、この本を選んだのである。戦争論者は怖いが、平和論者はより怖いという私の「真の平和主義」によって珍しい戦争論を読んだのである。
 著者は戦争が最終手段であり、無辜な人々を殺さないための防衛戦など「正しい戦争」もあると主張している。未来学者のトフラーは将来には武器だけを破壊し、兵士も殺さない戦争が可能になろうという。虐殺や人権侵害などを防ぐために戦争は正当であるというのがアメリカなど西欧の価値観であろう。日本は子供の虐待には憤慨しても他国での人権にはよく沈黙しているのとは対照的ある。それよりも私はウォルツァーが戦争を正当化するために人道、人権を主張するようなことに反論したい。もう一つはテロを戦争と定義しながらテロについては国際政治に任せる無力な論理には失望した。無辜な大衆を殺すテロにももっと誠意のある書き方を願っている。
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男の涙

2011年08月19日 05時33分48秒 | エッセイ

 海江田大臣が国会質疑で感情が高ぶって涙を見せながら泣いたことが時々話題になっている。日本では映画でも男優はなかなか泣かない文化がある。それについては拙著『哭きの文化人類学』で分析したことがある。一般的には男性より女性が頻繁に泣く。しかし泣くといって方式や程度がある。多くの男性も文章の中では泣いたと書いている。それが本当かは別として、泣いたという文はあってもそれも私的なものであり、公なものではない。今度は珍しく公的場で男性が泣いたのでその反響が気になったのである。ある女性は「心がとても温かい方」という。しかし政治家が感情をコントロールができなくては困るという意見も多い。男女とも悲しさ、悔しさなどの感情は根本的に同様であるが、それを抑制するなど表現の差が異なる。
 笑いと泣くことは爆発する本質がある。それは生理的な現象でもある。しかしそれをコントロールするすることなどは文化様式である。女性が頻繁に泣くことは自然なものなのか、それに近い文化的な表現意識であろう。泣くことも社会的性の表現である。私は友人や愛犬が亡くなった時、家内のいるところで大声で泣いた事がある。海江田氏の泣く場面によって日本にもソフトな男性がいるという契機になるかもしれない。未だに男性は女性の前で、無口で感情を表に出さないのが美徳とされている部分が残っている日本人も、感情が表現できる「自然な人」へ変身する象徴的なできごとかもしれない。
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邦楽鑑賞

2011年08月18日 05時41分44秒 | エッセイ
この 暑さの中、執筆中であり、暑さと、文章の戦いの真夏。昨日の夕方には久しぶりに音楽会へ行った。電車駅の構内で中国からの留学生に会った。嬉しそうに挨拶をしてから自動販売機から飲み物を買ってくれようとした。日本の学生より韓国や中国人が積極的に出会いを大事にする。それは文化の差であろう。音楽はどうであろうか。久しぶりに日本の伝統音楽を鑑賞した。日本のものは静かで細かい、デリカシーさが強調される。
 昨夜戸畑市民会館で「邦楽アンサンブル」を鑑賞した。友人の奥さんの大久保道子氏らの琴と尺八およびパーカッションのアンサンブルであった。韓国の伽耶琴(カヤグム)の散調とビョンチャン(並唱)などと古くは同じ系統だったと思われるが、昨夜のものでは唱は最小限にし、合奏、尺八とのコラボレーションが主であった。私は韓国の横笛を愛用し、趣味にしているので尺八の吹き方に注目し、琴とのデリケートなハーモニーを楽しんだ。
 客席300席のほぼ満席の客のマナーもすばらしい。休憩の時間に企画人の一人である大久保次氏と話をした。韓国の伝統音楽とのコラボレーションも企画しているという。彼は韓国の伝統音楽と比較して、日本の伝統音楽では韓国のようにな大量な激音を使っていないので韓国人には物足りないと感じるかもしれないというニュアンスで語ってくれた。次のプログラムにも期待する。(写真は韓国の伽耶琴と日本の琴http://blog.goo.ne.jp/yoshi1963jp/e/f48d0fef4b9a9b816243cc327024f368。



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「日韓境域の人と文化」ワークショップ

2011年08月17日 05時25分14秒 | エッセイ
来週(8月27日)東亜大学・東アジア文化研究所と東洋大学・アジア文化研究所の共催で一般には公開せず研究会を行う。東亜大学・東アジア文化研究所は設立して初めての研究会である。11月予定の創立記念シンポのリハーサルになるかもしれない。植民地を機に日韓の民族移動についてイントロをする予定である。引揚者たちの証言について特に「証言」の意味について発表するつもりである。松本誠一氏(東洋大学)の「日韓境域研究の時代区分と『跨境人』のタイプについて」など以下のように発表とコメントが行われる。関心ある人は一報してください(崔dgpyc081@yahoo.co.jp)。

「日韓境域の人と文化」ワークショップ

開催日時:2011年8月27日(土) 13:30~17:00
会  場:下関市・東亜大学 13号館7階

開会あいさつ 崔吉城(東亜大学・東アジア文化研究所 所長)
 「日韓境域研究の回顧と展望――引き上げと証言」

<報告> 
松本誠一(東洋大学・アジア文化研究所 研究員)
「日韓境域研究の時代区分と『跨境人』のタイプについて」
木村健二(下関市立大学・教授)
「日朝間の人の移動をめぐる諸論点ー最近の日本移民学会の研究成​果より」
礒永和貴(東亜大学・准教授)
「日本人の植民地へ移動」
李良姫(東亜大学・准教授)
「日韓境域における観光移動-過去と現在」
井出弘毅(東洋大学・アジア文化研究所 客員研究員)
  「巨済島キリスト教会」

<総合討論>
コメント
宮下良子(東洋大学・アジア文化研究所 客員研究員)
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