崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

シャーマニズム

2009年04月30日 05時34分31秒 | エッセイ
 目下、村山智順の巫俗に関する本を訳しているところである。私の研究は韓国の巫俗やそれの比較をする、シャーマニズムの研究が主であるが、植民地時代の日本人の研究から始まったので日本の植民地研究に広がって今はシャーマニズム研究から遠くなった感がある。しかし翻訳の過程でシャーマニズムの研究が懐かしく蘇っている。自分の秘かな変化ではあるが、今までは植民地関係の話をする機会が多かったがそれとは違って講演や講義はシャーマニズムに関することが多くある。
 まず京都造形芸術大学の公開講座でシャーマニズムに関して講演、東京大学COEの研究で国際シンポジウム「死生学」の1、2部の司会、明治大学大学院で韓国の巫俗に関して講義などが近いうちに予定されている。シャーマニズム信仰に強かった母親、そして調査を行った多くのシャーマンたちが亡くなった。十代まで私自身がそれを信仰したがキリスト教へ改宗してからはそれとは少し距離をおきながら冷たく分析したが、その信仰の魅力は忘れられない。それは神霊と直接的に交渉するとされている。今研究からその信仰心への復帰の予兆ではないかと思ったりする部分もあリ、わくわくしたり、楽しく翻訳している。

召使の心、ボランティアの心、

2009年04月29日 05時44分03秒 | エッセイ
 私と同年輩の権藤氏はテレビ局を定年していろいろ映像関係のボランティア活動をしながら「定年生活」をしている。鍬野氏も社会運動をボランティアでしている、彼らだけではなくいろいろな人がボランティアで活動する人は多い。その人々の活動を利用して商売や利益を得る人も多い。私はそのような人の心を大事にすべきだと思っている。そのためにはこちらもボランティアの心で応対すべきであり、実費などはもちろん、金銭的にもある程度報われるように気を使うべきであると思っている。
 われわれは経済的な社会組織の中で生活しなければならない状況である。知らず知らず利害打算的な人間になっている。職業にもボランティアの心で臨むことは幸せであろう。「ボランティアで働いているのに給料をいただける」と感謝しする態度で生活する人は幸せであろう。聖書の中の「召し使い」について浅野氏が話題を提供してくれた。私はその聖句の「召し使いの心」は「奴隷の心」ではないと解説をした。そのように言うことは簡単ではあっても実生活では難しい。

端島(「軍艦島」)

2009年04月28日 06時03分50秒 | エッセイ
 軍艦島が一般に公開されているという。数年前サハリンの炭鉱での朝鮮人労働動員に関する調査の一環として長崎の炭鉱にも関心をもって調査に行ったことがある。在日(総連)の故朴文奎氏が高齢にもかかわらず戦前三菱工場で働いた現場に案内して当時の労働事情と被爆の状況を語ってくれたのを思い出す。
 この島は周囲1200メ-トルの小さな島であるが三菱が石炭の海底炭鉱地として発展させた。地下600メ-トルに達する海底炭坑で朝鮮人約500名・中国人約200名の労働者が死亡したという。
 上水流君と船を貸切りにして、私は船の先端にビデオカメラを固く握って座って出かけた。船は30ノット以上の超高速で走った。その時はさすがの私も風に飛ばされそうで怖かった。この島に近づいてから周囲を回りながら観察した。高いコンクリ-トの絶壁に囲まれていたが九階建ての高層ビルが立っていることに驚いた。強制労働など、日本の負の歴史を背負っいるこの島が公開され、世界文化遺産の話にもなっている。
 新石器時代の「ゴミ」捨て場も文化遺跡として指定されていることも含めて悲惨な歴史も持っている島も文化遺産になる。それは納得するが、このように考えると全世界が「世界文化遺産」になりうるかもしれない。

定年生活と老後生活

2009年04月27日 05時21分08秒 | エッセイ
定年して老後は仕事から解放されて悠々とエンジョイするというのが理想的な老後生活だと言われている。つまり生活パターンやリズムを断絶的に変えて生きることである。ある人は趣味や休養的な生活にしている。
 しかし定年後その延長線で定年までの仕事をさらに深化させて生きる人もいる。過去の経験に基づいて積極的に仕事をする。このような生き方を「定年生活」ともいえる。老後生活より社会へより積極的に生きることである。どれを選ぶかは人ぞれであるが昨日本欄で紹介した出版ニュースの筆者である舘野氏は「定年生活」のパターンの方であろう。
 彼は公務員として国際関係の職務から定年してハングルをマスターし一躍有名な翻訳者になっている。拙著『哭きの文化人類学』を訳して出版していただいた。今舘野氏は日本と韓国の出版界の橋渡しの仕事をしている文筆家である。
 私は630ページの本を日本語から韓国語へ翻訳している。すでに半分以上進んでいる。英語から、韓国語からの既刊の訳書があるが、今やっているものが楽しく、またやや自信も生じている。著者の意図を正確に理解することや韓国語で読まれるように文章を工夫しなければならない。
 一般的に定年するまでの仕事とは、私には「基礎」のような感じがする。その基礎のレベルで仕事をやめるのはもったいない。私の恩師は、「研究は80までは可能だ」と電話で言ってくれたのを思い出す。舘野氏の定年生活を賛美しながら健康に留意して私も頑張りたい。

出版ニュースに韓国で出版の拙著が紹介された

2009年04月26日 05時38分18秒 | エッセイ
 4月21日発行の『出版ニュース』に館野晢氏が海外出版レホートとして「韓国:映像が語る植民地朝鮮」に関する書評が次のように記載されている。一部を紹介する。
          
 最近、韓国の大型書店を見て回ると、朝鮮(李朝)末期や植民地時代の写真、新聞雑誌記事、マンガ、図版などを収録した出版物にしばしば出くわす。外国人が写した写真集、見聞(探訪)記なども何冊か刊行されている。これまでこの種の出版物はあまり目に付かなかったから、ひとつの時代を客観的に照射し、再考してみたいという読者の要求に応じたものだろう。

 そうした流れに沿う貴重なI冊が刊行された。崔吉城『映像が語る植民地朝鮮』(民俗苑、2009年2月、2万2千ウォン)である。文化人類学の研究者である著者(東亜大学教授)は、数多くの著書で知られているが、今回は「映像資料」という視角から植民地朝鮮での民俗学研究にメスを当てている。
 著者は導入部分で次のように述べている。「この本は植民地時代の民俗学的研究成果と記録映像を分析し、これらを現在の韓国の文化で占める意味を考察しようとするものである。これまで韓国では植民地時代に作られた図録や映像などはかなり知られてはいるが、大部分は説明がなかったり、不適切であったりして、分析する論者は皆無状態だった。筆者はこうした点に鑑み、日帝時代の韓国の民俗などに関する映像を中心に生活文化を考察してみた。この作業は植民地時代をたんに表面的に復元しようとするものではない」
● 映像の持つ説得力 
 朝鮮半島に関する民俗学研究といえば、植民地時代の日本人研究者を挙げないわけにはいかない。今村鞘、鳥居龍蔵、村山智順、秋葉隆たちである。著者は彼らが朝鮮総督府の統治施策の要請に応じて「調査研究」を行った事実を辿り、それを批判しながら彼らが写した映像(写真、記録映画)の現在的価値を再評価している。今は失われた貴重な文化遺産、風俗習慣、生活様式などが的確に記録されているからだ。
 今では文化人類学のフィールド調査に、カメラ、テープレコーダー、ビデオカメラなどは必需品となったが、60~70年前は写真1枚を撮るにも天変だった。本書91一頁に済州島ムーダン(巫女)の写真が収録されている。被写体9名のうち5名は正面を向いており、3名は後ろ向き、1名は横向きである。ムーダンの身体的特徴や服装を写すのが目的であり、著者は考古学標本のように人種の標本を意識したものとしているが、貴重なフィルムを節約するための窮余の一策でもあったのだろう。
 本書の構成は次の通りである。第1章‥日本植民地の特徴、第2章‥植民地が残した写真、第3章‥宣伝映画、第4章‥植民地の映像を読む、第5章‥衛生映画、結びの言葉。
 <以下省略>

韓国の又松大学校理事長一行を迎える

2009年04月25日 05時38分21秒 | エッセイ
 私が下関に在住して韓国との関係を促進すことにささやかな協力ができることは嬉しい。昨年の年末に東亜大学の理事長櫛田宏治氏と韓国の又松大学校を訪問して歓待を受けて、昨日又松大学校の金聖経理事長一行を迎えた。私は本学の関係者に環境美化を要請し、協力を願い、各所の協力を得、素晴らしいチームワークで迎えられた。キャンパスにはサツキなどが満開しており、それを利用していけ花で会場を飾った。会議初頭にこれが話題になり、美しいキャンパスの話になり、私は嬉しかった。
 昼食は弁当を注文した。弁当のサンプルをみて櫛田理事長が和食を選んだことを一行に説明しながら話題を広げた。櫛田理事長が直接弁当を選んだことなどを含み、金理事長は自分たちを迎えるのに細やかな心使いをしたことに感動したと反応した。この度、一行を迎えるために清掃、整備などを教員、職員などが全力を尽くした。これからも誠意ある運営が続いてほしい。昔わが夫婦は拙宅に客を迎えるためにリハーサルまでしたことがあり、今でもお客さまを迎えるための心構えは変わりない。それが職場でもできたことに満足している。
 

公共精神

2009年04月24日 04時57分24秒 | エッセイ
 ほとんどの共産主義は失敗している。何故であろうか。共産主義の長い歴史を持っているロシアで人の労働現場の一例として氷を解かすある男性の仕事ぶりをしばらく観察したことがある。誠実さの足りない粗末な質の良くない労働であることを感じた。そこで共産主義社会の評判の悪さを実感した。他人のため、社会のためにであれば人は奴隷精神になるものなのだろうか、私はその根本の問題を深く考えた。聖人たちは他人のために、利他精神を主張する。なぜであろうか。
 京都の将来研究所の所長金泰昌氏は日本での公共精神の必要性を主張し、研究をサポートしている。私も一度発表したことがある。私が住んできた韓国や日本ではあまりにも自分しか知らないような人が多過ぎる。会社や学校などの構成員たちは会社などは「所有者のもの」であり、「自分のもの」ではないと無関心である。人間は所有欲から私有財産を持つために能力を発揮するというところから資本主義が普遍化しているが、個人所有を優先する資本主義も失敗だと思われるのが現状である。内村鑑三は聖書をよく読んで悟ってから今まで見てきた自然が改めて美しく目に入るようになったと言った。自分の庭の花ではない山の花、自然そのまま自分の花のように美しく感ずるのは幸せな人であろう。昨日キャンパスに花がたくさん咲いているのに一つも目に入っていないという教員の話を聞いて驚いた。

フロッピー処分

2009年04月23日 05時31分40秒 | エッセイ
 十年間情報を管理してきた50枚ほどのフロッピーディスク (floppy disk)を処分した。以前の古いものに入っている情報を呼び出そうとしたら情報が消えて喪失してしまった。その後の情報をCDやDVDに保管しているがそれも永久保存は難しい。USBなど大型の情報貯蔵をする機器を購入した。昨日思い切ってフロッピーの情報を全部新機器に移動させてフロッピーを捨てた。
 1960年代初め頃から英文タイプライターからハングルタイプライターへ、ワープロから、コンピューターへ変わって対応してきた。情報を得るのも書籍や新聞、テレビなどであったものが今ではほぼインターネットを利用する。光ファイバーによって超高速で情報を得ることができる。自分を振り返ってみても隔世の感がある。出版社から古い拙著の増補版を出す話があって、その資料の利用について問い合わせがあって調べたが結局は印刷された本しかない。出版社がそれを新しく打って私が増補するようになった。消えた情報を惜しんでいる。未だに永久に情報を保存するには印刷が必要であることを痛感した。しかし本が売れなくなりつつある出版刊行業者の悲鳴を聞くのは辛い。
 

死刑と殺人

2009年04月22日 04時39分05秒 | エッセイ
 カレー事件の林真須美被告(47)が上告したことに最高裁は棄却と判決した。林被告は「やっていない」というのに死刑とするのは無理があろう。死刑が殺人になってはいけない。死刑の根本的な趣旨は罰、恨みを払らすレベルを超えて「命の保護」の価値観を維持するためのものである。殺された人の恨みからでいうならば一回殴られたら十回以上でも殴りかえしたいであろう。この事件で、4人も殺されたので4人以上が死刑にされても良いという論理になってはいけない。
 被告の命も大事な命である。10年間も拘留されながらいろいろと訊問を受けてもまだ「やっていない」ということ、それを反証することができなかったという点では裁判を再考すべきであろう。
 「人を殺してはいけない」というのは普遍的な価値である。しかし命を守るために、つまり止むを得ず「発射」し、「死刑」をするのが社会的な制度になっている。それは殺人の制度ではない。このケースで裁判官は殺人か、死刑か、もっと真剣に深く検討してほしい。

パチンコのレバーを打つ仕草

2009年04月21日 04時31分03秒 | エッセイ
 バスの中で50代の女性がパチンコのレバーを打つ仕草をしていて、パチンコ店の前で降りた。私はパチンコはできないがその仕草は間違いなくパチンコの仕草であろう。ピアノの鍵盤を打つ仕草をする人もいる。昔は算盤を打つ仕草もいた。最近最も多いのはゴルフ練習の仕草である。それぞれ指先か体で覚えていることを示すものである。
 日本でパチンコ産業は自動車産業より規模が大きい。その経営者はほぼ在日韓国・朝鮮人である。それはこの指先で覚えているほどの人や、パチンコが好きな人によって成り立っている。もともと鳥を撃つゴムパチンコからアイディアが出たといわれる。それが賭博性のあるゲーム、遊びになっているという。パチンコが生活化されている「パチンコ人生」とも言われる人もいる。
 赤の他人の人々が集まって音楽や騒音の中に一台の器械に向って「個人ゲーム」を楽しむということはデイヴィッド・リースマン著「孤独な群衆」を思わせる。私は今朝早くからコンピューターを打っている。ローマ字盤や韓国語の字盤を指先で覚えている。パチンコを打つ仕草の人と似ている。私はパチンコ(学問)の孤独さに没頭する人に似ているかもしれない。

「毎日新聞」掲載リレー6回目

2009年04月20日 05時52分01秒 | エッセイ
「毎日新聞」掲載エッセイリレー6回目分が2009年4月18日(土)に「日韓を生きる」と題して掲載された。以下全文である。

 毎日早朝ブログにエッセーを書いている。もうすでに十年近くになる。その中からまとめたものを妻の菅原幸子との共著夫婦エッセーとして『下関を生きる』を昨年刊行し、本誌にも紹介された。私が粗書きしたものを、幸子が添削したり文章を整理したりする。時には検閲されるような感もあったり、意見が違って議論したりすることもある。幸子は秋田出身で、看護師として東京で働いていた、三十数年前に教会で知り合い、結婚し、日韓を往来しながら日韓の友人、知人をたくさんもっている。
 私崔は韓国で生まれ育ち、文学少年として国文学(韓国)を専攻し、民俗学、後に文化人類学へ変わった。陸軍士官学校の教官、そして文化広報部の専門委員などをへて1972年日本に留学して、日本の植民地を研究するようになった。職場も数多く変えながらさらに日韓を往来している。日本で暮らしてさまざまな体験の一つ一つにもいろいろな思い出がある。下関に来てからは縄張り意識の強さを感じた。しかしそのような所でも中に潜り込むと楽になり、暖かく人間関係を作り直すことができる。
 私たち夫婦は日韓の混血ともいえる。基本的には両国を愛し肯定的にみている。真摯に、時には皮肉に書いても、わが人生そのもの。それをエッセーから感じていただければと思う。地方出版ではあるが、広く反応があって、続編として夫婦愛の合作、日韓の間で感じたものを中心に『日韓を生きる』(クォリティ出版刊)を刊行した。花や季節、食べ物、健康、言葉、教育、日韓関係、人間関係、信仰、人生観、教育や研究生活など十五項目に分け、約二百五十点を掲載した。
 日本人は「アジアの国々では、礼儀正しく人に迷惑をかけない」「あいさつがなさすぎる感じがする一方で、結婚式などの行事での演説的あいさつは非常に多い。あいさつは人間関係を縮めるか遠ざけるかの機能がある」と形式的あいさつだけでは人間関係の希薄化につながりかねないとも書いた。日本人の怖いところは復讐心、嫌なものは慇懃無礼である。大好きなものは変わらない友情と思いやり、親切さである。

満州映画協会

2009年04月19日 05時17分42秒 | エッセイ
 満州映画協会に勤めた下関在住の曽根崎明子氏(82)と彼女の娘さんが私の研究室を訪ねてきた。明子氏は終戦前後2年間映画の編集をした人であり、彼女の夫の曽根崎国臣氏は満州映画協会設立の前から終戦までニュース映画の撮影に勤めたという。彼の父の小栗美二氏は画家として映画の挿絵や字幕などを書いた。明子氏はそれらの状況が分かるように自分史を書いたものを貸してくれた。いま植民地の映像を研究している私にとってはなんと幸せなことかと興奮状態になってしまったた。
 彼女が主に関わった「子供満州」「虱は怖い」などを大型画面に上映して一緒に見た。彼女はこのような映像が今まで奇麗に残っていることに感動した。私は「虱は怖い」を解説を加えながら弁士のようになった。一昨年中国長春にある旧満州映画協会を訪ねて小道具などがゴミだらけであることに心痛くしている。また内部資料を見せてくれるという約束は虚言であった。しかし今年はぜひ彼女と同行して思い出などを語っていただきたい。

悲惨と明朗

2009年04月18日 05時40分21秒 | エッセイ
 下関の権藤博志氏製作のドキュメンタリーを観賞した。カンボジアにて5年間かけてポルポトによる地雷などで足などを失った人々の生活を撮ったものである。この作品は国際コンクール受賞作である。父が足を無くした下関の人がカンボジアで井戸を掘ってあげるなどで出演した。さらに下関の二人がナレーションをしている。まるで「地方下関のパワー作」である。
 足を無くした人たちの表情が明るく、憎まないというのが印象的である。権藤氏も明るい人々に出会ったと言っていた。私は昔ベトナムを訪ねて、激しい戦争で独立を獲得したイメイージを浮かべることがでなかったことを思い出した。ポルポト政権の悪政の悲惨さが現実に残っていながら未来志向、明るさは人を勇気づけるものであろう。下関で公開したい。「悲惨な歴史は悲惨なものだけではない」。
 昨夜「西村出所祝い会」で、舞鶴沖で引き揚げ船浮島丸の沈没の映画の話がでた。これも放映すべきであろう。昨夜の居酒屋代のスポンサーであった小林征之祐氏の父親は第二次世界大戦でのインドネシアからの軍事郵便を編集して本を出した人である。嬉しい集まりであった。

京都造形芸術大学春秋座で講演予定

2009年04月17日 05時30分32秒 | エッセイ
5月11日京都での講演に行くことになっているが主催者側から拙宅からのタクシー券から新幹線の時刻表など細かく用意したものが届いた。1980年アメリカから招請された時以来の細かさを感じている。大学、主催者、あるいは京都文化といえるのだろうか、「誠実と親切」の文化意識を感ずる。以下内容を紹介する。関心のある方の参加を希望する。

テーマ:日本と韓国の比較芸能史、アジアの視点、体験する芸能史

コーディネーター:田口章子


【前期】
4月13日 総論 「日本と韓国の芸能」 諏訪春雄

獅子の呪力
4月20日 韓国の獅子舞(実演)  孫炳萬 他 (解説 崔昌柱)
4月27日 日本の獅子舞(実演) 別所西獅子舞

神の声を聴く
5月11日 「韓国のシャーマニズム」(理論) 崔吉城
5月18日 韓国のムーダン(実演) 徐溶錫 他 (解説 梁性玉)
5月25日 「日本の巫女」(理論) 川島秀一
6月1日 「日韓シャーマニズムと舞踊」(理論) 諏訪春雄

神々が舞う
6月8日 舞楽(高麗楽)(実演) 天王寺楽所雅亮会 (解説 木戸敏郎)
6月15日 韓国(朝鮮)舞踊(実演) 梨花
6月22日 日本舞踊(実演) 坂東温子 (聞き手 田口章子)

日朝の交流
6月29日 「朝鮮通信使と芸能」(理論) 仲尾宏
7月6日 唐人踊り(実演) 牛頭天王社 (解説 和田佐喜男)

【後期】
10月5日 総論 「韓国の祭礼」 諏訪春雄

神の声を家々に届ける
10月19日 「韓国の門付け芸」(理論) 朴銓烈
10月26日 日本の門付け芸 尾張万歳(実演) 北川幸太郎

神に代わって語る
11月9日 「日韓の語り物芸」(理論) 諏訪春雄
11月16日 韓国のパンソリ(実演) 安淑善
11月30日 義太夫(実演) 竹本綱大夫 鶴澤清二郎 (聞き手 田口章子)

神霊が動き出す
12月7日 淡路人形浄瑠璃(実演) 淡路人形座
12月14日 「韓国の人形芸と仮面芸」(理論) 野村伸一
12月21日 能(実演) 片山清司

土地の神霊を動かす
1月18日 韓国の農楽(実演) ハンマダン朴実
1月25日 日本の田囃子(実演) 上今明田囃子保存会
2月1日 日韓伝統芸術交流史(実演) 韓国芸術総合学校 (解説 金海淑)


痴漢罪

2009年04月16日 06時08分47秒 | エッセイ
 十代の少女たちがミニスカートなど、過剰に露出しているのを見ると、女性という体に男の視線が引かれるということに存在感を感じているように思う。男は女より性欲が強いようであり、性欲管理が人生そのものともいえる。カトリックの神父やある仏教の宗派の僧は禁欲生活が厳しく戒律を守っている。聖書には性を思うだけでも姦淫だという。一般的に男が性的に危険人物であるならば、女淫は男性にとって落とし穴なのだろうか。
 フロイドは性欲が生きる力の「生命力」だとも考えた。男女の性愛は生理的、社会的、文化的に貴重なものであり、男女が一緒に生活をするのは重要なことである。その上、守る掟や法律があり、痴漢罪が問われることもある。痴漢罪に問われた防衛医科大教授名倉氏(63)が最高裁で無罪判決を勝ち取った。その判決の適否は私は分らないが60代という年齢としては性欲を制御できる年齢と、性を過剰に見せようとする十代の少女との対照的な関係として異様な感じがする。
 日本ではアメリカのハラスメントを受け入れて女性専用車両など被害者保護主義が過剰に問題視されている。人間も動物も男女が共に生きるという大前提、その中で互いに注意すべき「性と制御」を考える判決である。