崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

キリスト教とシャーマニズム

2016年05月31日 05時22分15秒 | 旅行
 私の模様替え嗜好を自ら趣味と言ったが、それはまだ続いている。今度はPCをベッドの足元に置いた。今まで数多く変えたがまだ新しいバージョンはある。ベッドと向き合わせに数ミリの間隔がなく苦労した。結局無理なく安置できて嬉しくPCでハングル字版を見ず原稿を1章を打った。1年ほど前から「韓国のシャーマン」の改正版の原稿が延びたままになっているが、今から急ピッチですすめるつもりである。
 昔から書きたいと思って資料を集めて実行していない2冊がある。それは愛犬とキリスト教に関するものである。世界を広く歩きながら韓国の海外宣教などをもって考えたことを書きたい。秀村研二氏から韓国のキリスト教に関する論文刷りが届いた。韓国のプロテスタントの減少、牧師と長老の葛藤などについて触れている。宣教と伝道の歴史から逸れて世俗腐敗の現象が感じている。私はそれに懸念せず人生の危機においての信仰性に関心をもっている。*写真は元ヨイド純福音教会の趙牧師
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文と写真

2016年05月30日 05時45分58秒 | 旅行
昨日はフェイスブックに文と写真を別々投稿した。チェックした読者数は生け花の写真の方が倍ほど多い。台湾在住のLai Carry氏は「変わらず素晴らしい、多芸多才な先生」。それに私が「いつも愛読、ありがとうございます」。Lai Carry「はい、とりあえず・先生の真似して、先生の本をさがして拝読するつもりです」。その後、Lai Carry「先生の本すでにgoogleで見つかった」という書き込みがあった。
 私は生け花を楽しむ年月や経歴はあっても無免許運転のようなものである。このアジサイは友人が数年前大きい鉢に小さい苗を植えて持ってきたもの。ちょっと有難迷惑とおもったが、本当に有難くこの夏を知らせるように花が咲いたものである。その夏の季節を共感するために花器に入れたものにすぎない。いつも愛読者が一緒に鑑賞してくれて嬉しい。Lai Carry氏は、生け花鑑賞からさらに拙著にまで誘われたような共鳴、本当に嬉しい。今、遅ればせながら咲くベランダのツツジをみている。
어제는 페이스북에 문장과 사진을 따로따로 투고했다. 체크한 독자수는 꽃꽂이의 사진쪽이 배 정도 많다. 대만 재주의 Lai Carry씨는 「바뀌지 않고 훌륭한, 다예 다재한 선생님」. 거기에 제가 「언제나 애독, 감사합니다」. Lai Carry「예, 우선 ·선생님의 흉내하고, 선생님의 책을 발견해서 배독할 생각입니다」. 그 후, Lai Carry 「선생님의 책 이미 google에서 찾았다」라고 하는 기입이 있었다.
 나의 꽃꽂이를 즐기는 년월이나 경력은 있어도 무면허운전과 같은 것이다. 이 수국은 친구가 몇 년전 큰 화분에 작은 모종을 심어서 가지고 온 것. 조금 달갑지 않은 친절이라고 생각했지만, 정말로 감사하게 이 여름을 알리게 꽃이 핀 것이다. 여름을 공감하기 위해서 꽃병에 꽂은 것에 지나지 않는다. 언제나 애독자가 같이 감상해 주어서 기쁘다. Lai Carry씨는, 꽃꽂이감상으로부터 나의 책에까지 유혹된 것 같은 공명, 정말로 기쁘다. 지금, 뒤늦게나마 피는 베란다의 철쭉을 보고 있다.
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「君が代」

2016年05月29日 06時04分11秒 | 日記
 国際スポーツ試合などでしばしば国歌斉唱が行われている。日本の「君が代」は特異な感がしてしょうがない。音楽に無知な私には日本の国歌の「君が代」はかなり雅楽的であり、悲愴的なメロディであり、リズム感がないからである。応援歌などに歌われる行進曲の「君が代行進曲」が別にあるほどである。軍楽を教えていたイギリス軍人フェントンが作曲したのが初代国歌であるという。後に雅楽楽師たちによって現行のものになったという。「君が代」が国家の慶祝歌に格上げされたのは明治政府によってであり、雅楽調になるのも当然だった。
 私は歌詞も知らず、人にしばしば聞いてみると「日本国民もよく知らない国歌だ」と言われたことがある。雅楽の壱越調で作られた曲として威厳も感じられるが、地味で感動もないという人もいる。日本の国歌は多くの人がドイツやフランスなどの国歌のようにリズムがあって力強い行進曲、応援歌になっていないことを指摘する。マイクルジャクソン以来リズムの濫用の振り付けの流行の国歌を望むのであろうか。私は雅楽の悲愴感があって、他の国歌との差もあって良いのではないかと思っている。これが右翼ではない私の感想である。
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黙祷

2016年05月28日 05時43分36秒 | 旅行
 アメリカのオバマ大統領が広島の平和公園を訪れ、献花し、スピーチを行った。71年前のこと「閃光(せんこう)と炎の壁によって、町が破壊されました」と述べた。その一連の行事にはさまざまな思い感想がある。被爆者や戦争体験者とそうではない第三者のものに分けられるかもしれない。私は朝鮮戦争の体験者として,体験していなかった人たちの「平和を」という声が時には教科書の暗唱のように感ずることもある。一方被害者の証言や表情をそのまま見るのも我慢できないような辛さを感ずる。森重昭さんとの、抱擁を交わす場面もそうであった。
 日本は被爆国であることは間違いない事実である。しかし戦争を起こしたことを被爆で埋没させてはいけない。原爆投下は戦争中に起きたことである。日本は加害国でありながら被害国であることを痛感すべきであろう。頭を下げなかった黙祷に不満のメディアのコメント、クリスチャンの祈りの様式を知らない事による誤解、また、それは戦争に対する無知ではないだろうか。戦争はこのようなセンチメンタルな無知な愛国者と冷淡な策略者によって起きて進行される。戦争への反省も含めて演説を聞くべきである。
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「招かれざる客」

2016年05月27日 05時39分31秒 | 旅行
朝8時前に出勤、講義準備をした。読み物、私の紹介、「招かれざる客」「日本文化の起源」の映像3個、コンピューターにppt資料など、感想とコメントの要旨などをもって講義が始まる1時間半前に教室に入った。院生の王さんが設置してくれた大型モニターにコードをつなげ、手術以来手使っているハンドマイクを付けて学生たちを待ってからのイントロ、私の研究を紹介するビデオ3分、出席をとり、先週提出した学生のレポートをもって議論コメント、発展途上国には発展段階、つまり「成熟」の時間を持たなければならないのか。ナチスの人種差別への多くのコメントには「招かれざる客」の映像3分ほど見せて話を勧めた。まず私の講義内容や説明をキチンと聞き取れたかメモをさせ、発言を聞いた。
 黒人と白人との結婚についての映像の感想、中国やベトナムなどの学生から国際結婚反対の意見が明確に出た。親が子供への結婚に干渉するのは当然という。提出したコメントを読んでも圧倒的に国際結婚反対が多い。院生のGさんは中国国内でも香港人は駄目、台湾人はもちろん駄目、そして自分の生まれ故郷の小都市の中の人が良い。文化や習慣などが同様であり、幸せになりうると強く主張した。私は高齢者であり国際結婚をしたのに、青春時代の学生たちとは逆世代、ギャプの大きさにショック、戸惑っていた。しかし私は説教はしない。何をどう教えるかを考えている。
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コンピューター教室

2016年05月26日 05時30分25秒 | 旅行
大学のエレベーターで会った80代の女性、重そうなカバンを持っている。一言、何ですか?、「コンピューター、コンピューター教室に通っています」と。若者文化と思われがちなコンピューターが高齢者にも広がっていくことを意味する。私は時々高齢者の方にオスだけで簡単であり、運転より楽しいと勧めた。オスことはピアノ、車、コンピューターなど共通するが音感、道路、情報など文化を知らなけれならない。私は朝起きてから寝る前までコンピューターやスマートフォンと生活するようになっている。多くの情報を受け入れながら発信する。高齢者である私には肉体的な力を使わずできる。これこそ老人文化の中心にしても良いのではないかと思う。そのためにはただオスだけではないものが多いことも考えなければならない。好奇心で押したことで困り、数日間集中して回復させるなどコンピューターとの戦いのような歴史があった。1960年代の初めころ英文タイプライターを習い、教え、ハングルタイプライターへ、日本のワードプロセッサー、コンピューターへの私のコンピューターの自分史がある。
 昨日学長、副学長、事務局長、学科長らが参加してワンアジア財団の支援講座の準備会を開いた。二学期にはアジアの碩学を招請して15回の講義を市民にも公開し、ITによって遠距離、海外からも視聴やコメントができるようにすることを話し合った。ワンアジア財団の支援では講義受講者に奨学金や表彰もある。市内の大学に公開し、市民にも呼びかけ学生と市民が共に学びあう場にしたいと考えている。一番の問題は講義の中身であり、その点打ち合わせをし、進行させようと思っている。
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釜山にある東亜大学から

2016年05月25日 05時30分18秒 | 旅行
釜山にある東亜大学から同名の日本の東亜大学と交流を提案してきた。私の所属が韓国の東亜大学とされることがしばしばある。同名であることから親しさを感ずるか照れくさくも感ずるような…。名前はアイデンティティを指すものであり、特徴があった方が良いであろう。釜山の東亜大学大学院の李学春教授をはじめ3人の先生が引率して修士・博士の学生10人が来られ発表と討論を行うこととなった。日韓の法律の差が話題になってほしい。最近まで存続した貞操に関するもの、姦通罪はもちろんであるが、今話題になっている日本憲法9条、いわば平和憲法に関する見解を求めたい。韓国の兵役義務などの問題も討論して良いのではないか。市民にも公開する(通訳あり)。以下変更ありうる。*写真李教授ホームページから

時:2016年7月8日10時~
場:東亜大学13号館710
 
제1회 일∙한 동아대학 대학원국제관계 세미나 개최계획1 공동주최: 일본 토우아대학/ 한국 부산동아대학교
2 세미나 개최 시간: 2016. 7. 8(금) 10:00∼ 15:30
3 참석자:한국측(총23명): 동아대학교 대학원 국제법무학과 석사/박사과정 학생 10명 + 학부생 10명 + 교수진 3명
4. 사용언어:한국어 일본어(통역)
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散歩

2016年05月24日 06時06分50秒 | 旅行
 家内と一緒に愛犬ミミを連れて50メートルほどの坂道を登り関門大橋が見える公園の椅子に座った。母娘のような人が犬を連れて散歩に現れた。犬同士は嬉しい反応、早速近づいて挨拶(?)をする。特にミミは社交性は高い。初対面の人にも近づいて行って撫でられるのが好きで、彼女の散歩はそれを目的にしているようにも思われる。ミミを見ていると人間はなぜか他人との付き合いが下手にも感ずる。ある人は付き合いがゼロといえる。引きこもりのような性格である。自分の仕事が終わった後は人と交わることはしない。一人で食事をし話しかけても反応はうすい。こんな人は日本では少なくない、特に異様ではないかも知れない。「鎖」に繋がらないか、「絆」に繋がらないか。
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タゴール

2016年05月23日 05時24分51秒 | 旅行
 私の植民地への関心は点々と広がっている。特に植民地と被植民地の間で犠牲になった悲劇的な人物に焦点を当てている。イギリスとアイルランドの間で活躍し大逆罪で死刑になったケースメント、スペインとフィリピンの間で犠牲になったリサール、韓国の安重根などである。これらの人とは逆に植民地と被植民の間で折衷調和、要領よく成功的であった人にも視線を当てることにしている。このタイプは植民地に最も多かったと思われる。その意味でインドのガンディーとタゴールが視野に入ってくる。東京外大の外川昌彦氏の「タゴールとノーベル賞受賞の100年――二つの『ギーターンジャリ』をめぐって――」(『文学』岩波書店)を読んだ。彼の文を以前にも読んだことがあるが、改めてこの文を読んで美麗、論理性のある名文だと感じた。
 私が注目しているのはタゴールが英領インドで生まれて英文学を学び民族詩人となった経緯である。外川氏は「敬虔な宗教的世界からは、植民地統治に打ちひしがれた人々を愛国歌によって鼓舞した民族詩人としてのタゴールの姿をうかがい知ることは、容易ではないだろう。」民族運動が、暴力的なテロや反英運動へと傾斜してゆくことに強い懸念を抱いたタゴールの民族詩人としての妥協があったように私には思われる。民族運動と背信行為などの困境におかれたようである。しかし彼は多様性の統合を主張して、「多面的な顔を持つタゴール作品を捉えなおす視点を通して、そこには私たちの時代への尽きないメッセージが示されている」という。私はインドへの調査旅行に誘惑されている。
나의 식민지에 대한 관심은 점점 퍼지고 있다. 특히 식민지와 피식민지의 사이에 희생된 비극적인 인물에게 초점을 맞추고 있다. 영국과 아일랜드의 사이에서 활약하다가 대역죄로 사형이 된 케이스먼트, 스페인과 필리핀의 사이에서 희생된 리살, 한국의 안중근 등이다. 이런 사람들과는 반대로 식민지와 피식민의 사이에 절충 조화, 요령 좋게 성공적이었던 사람에게도 시선을 맞추기로 하고 있다. 이런 타입이 식민지에 가장 많았다고 생각된다. 인도의 간디와 타고르가 시야에 들어온다. 도쿄 외국어대학의 도가와 마사히코씨의 문장을 이전에도 읽은 적이 있지만, 이 문장은 미려, 논리성이 있는 명문이다.
 내가 주목하고 있는 것은 타고르가 영령 인도에서 태어나서 영문학을 전공하여 민족시인이 된 경위이다. 도가와씨는 「경건한 종교적 세계에서는, 식민지통치에 기세가 꺾인 사람들을 애국가에 의해 북돋운 민족시인으로서의 타고르의 모습을 추측하는 것은, 용이하지 않을 것이다. 」 민족운동이, 폭력적인 테러나 반영국운동에 경사해 가는 것에 강하게 걱정을 품은 타고르가 민족시인으로서의 타협이 있었던 것 같이 나에게는 생각된다. 민족운동과 배신행위 등의 곤경에 처해있었던 것 같다. 그러나 그는 다양성의 통합을 주장하여, 100년 뒤 오늘날 시점에서 평가되고 있다고 할 수 있다. 나는 인도에의 조사 여행이 하고 싶어졌다.
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ポピュリズム

2016年05月22日 05時49分20秒 | 旅行
舛添要一東京都知事の記者会見をみて気が重くなった。舛添氏が行政的な業績を上げてもそれが注目されることはない。また彼は法律的に違反していないと弁明するが、市民はそれが問題ではなく、彼の良心や生活態度である。つまり市民の目は法律ではなく道徳である。政治家への資質が問われて「舛添降ろし」のような勢いになっている。反不正への正義感と浄化運動としては今度の騒ぎは悪くないが、そのような不正浄化政治は今中国でも行っている。ここで注意すべきことは世論という日本人の「いじめ文化」を警戒しなければならない。もっと根本的なことは民主主義の選挙制自体が問われるべきであろう。名前だけを叫びながら走る宣伝スピーカー車の選挙運動で、主に「よろしくお願いします」「お辞儀」の真面目さ(?)で選ばれた議員が多く、後に失望することは政治だけではなく、人間関係でも常にあるものである。制度として選挙が問題である。
 舛添氏の出世道は要領よく成功的であったが砂上の楼閣ではないのか、失望する人も多い。私はそれより民主主義に失望している。選挙では政策を棚上げ、人気投票になっていくのではないかと。つまりいわばポピュリズム化の世界になっていくのではないかという憂いをもっている。隣国の中国や北朝鮮には民主主義や選挙がないことと対照的であるが、その差異が問われる深刻な現象と言わざるを得ない。歴史的に見ては王朝時代、独裁時代を問わず政治家は業績で評価されている事実は何を意味するのだろうか。民主主義への懐疑と失望を感じている。
 마스조에 요이치 도쿄도 지사의 기자회견을 보고 마음이 무거워졌다. 마스조에씨가 행정적인 실적을 올렸다고 하여도 그것이 시선을 끌지 못했다. 그는 법률적으로 위반하지 않았다고 변명하지만, 시민은 그것이 문제가 아니고, 그의 양심이나 생활 태도를 주시하고 있다. 즉 시민의 눈은 법률이 아니고 도덕이다. 정치가에의 자질이 문제되어 「마스조에 끌어내리기」와 같은 기세가 되어가고 있다. 부정의 정화 운동으로서는 나쁘지 않지만, 그러한 부정정화 정치는 지금 중국에서도 하고 있다. 여기에서 주의해야 할 것은 여론이라고 하는 일본인의 「왕따 문화」를 경계하지 않으면 안된다. 더 근본적인 것은 민주주의의 선거제 자체가 문제되어야 할 것이다. 이름만을 외치면서 달리는 선전 스피커 차의 선거 활동으로, 주로 「잘 부탁합니다」 「인사」의 성실성만 보고 뽑힌 의원이 많고, 뒤에 실망하는 것은 정치뿐만 아니라, 인간 관계라도 항상 있는 것이다. 제도로서 선거가 문제다.
 마스조에씨의 출세의 길은 요령 좋게 잘 성공적이었지만 사상누각이 아닌 것인가, 실망하는 사람도 많다. 나는 그것보다 민주주의에 실망하고 있다. 선거에서는 정책을 보지 않고, 인기 투표가 되어 가는 것이 아닐까라고. 즉 이른바 포퓰리즘화의 세계가 되어 가는 것이 아닐까라고 우려한다. 이웃나라의 중국이나 북한에는 민주주의나 선거가 없는 것과 대조적이지만, 그 차이가 문제되는 심각한 현상라고 말하지 않을 수 없다. 역사적으로 보아 왕조시대, 독재 시대를 막론하고 정치가는 실적으로 평가되고 있는 사실은 무엇을 의미하는 것일까? 민주주의에의 회의와 실망을 느끼고 있다.
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ダークツーリズム(dark tourism)

2016年05月21日 05時48分20秒 | 旅行
余裕と好奇心の高い人たちが観光のために世界を回っている。団体旅行から個人旅行へ、見物から探査への傾向も出ている。古代では特殊な人が苦難の巡礼記などを残している。文化人類学は100年ほど前に異文化の中で現地調査をすることから始まっている。異文化体験や調査記録を多く残している。異文化を対象にするということで音楽、経済、歴史等々を冠にした●●人類学が生まれた。しかし国際化、グローバル化によって観光が一般化されていて文化人類学の特徴が目立たないようになり、「国際」●●学というものが多く表れた。この変化は私の生存中の現象である。
 観光学が現れ、今私は観光人類学を講義している。元々ホテル経営や営業が中心であったが私は文化として注目している。主に私が調査した資料を紹介しながら人間行動を分析している。墓や葬式観光、戦争地、虐殺記念館など悲惨な遺跡を扱っている。私は講義として楽しくやっているが、学生はどうであろうか。このような観光をダークツーリズム(dark tourism)という。今週はドイツミュンヘンのナチスのダッハウ収容所を取り扱った。元々火薬工場として使われていたところをナチ党が1933年ユダヤ人ダッハウ強制収容所として設置した。私は2005年㋊末(写真)の午後閉門時間前に入館した。観覧者も少なく、骸骨や刑具などを見るのも怖く辛い時であった。これは観光ではない苦行、見学、学習であり、観光ではないとも感じた。オバマ大統領が広島を訪問するという。見るだけでも辛いのに「謝罪せよ」という人もいる。二重に辛いことである。
 여유와 호기심이 강한 사람들이 관광을 하러 세계를 돌아다니고 있다. 단체여행에서 개인여행으로, 구경에서 탐사로 바뀌는 경향도 나오고 있다. 고대에는 특수한 사람만이 고난의 순례기등을 남기고 있다. 문화인류학은 100년 쯤 전에 이문화를 찾아가서 현지조사를 하는 것에서 시작되었다. 이문화체험이나 조사 기록을 많이 남기고 있다. 이문화를 대상으로 한다라고 하는 것이 음악, 경제, 역사 등등에서도 ●●인류학이라는 식으로 테를 둘렀다. 그러다가 국제화, 글로벌화 시대가 되니까 관광이 일반화되고 문화인류학의 특징이 눈에 띄지 않게 되자, 「국제」라는 띠를 둘른 ●●학이라는 것이 많이 등장했다. 이 변화는 내가 살아있는 동안에 생긴 일들이다.
 관광학이 생겨, 지금 내가 관광 인류학을 강의하고 있다. 원래 호텔 경영이나 영업이 중심이었지만 나는 문화로서 주목하고 있다. 주로 내 자신이 조사한 자료를 소개하면서 인간행동을 분석하고 있다. 무덤이나 장례식을 관광하는 곳, 전적지, 학살 기념관 등 비참한 유적을 다루고 있다. 나는 강의로서 즐겁게 하고 있지만, 학생은 어떨까? 이러한 어두운 관광을 다크 투어리즘(dark tourism)이라고 한다. 이번 주에는 독일 뮌헨의 나치스 다하우 수용소를 다루었다. 원래 화약공장으로서 사용되고 있었던 곳을 나치당이 1933년 유대인 다하우 강제 수용소로서 설치했다. 내가 2005년 말(사진)의 오후 폐문 시간 전에 입관했다. 관람자도 적고, 해골이나 형구 등을 보는 것이 무섭고 괴로웠다. 이것은 관광이 아닌 고행, 견학, 학습이지 관광이 아니었다. 오바마 대통령이 히로시마를 방문한다고 한다. 보는 것도 괴로운데 「사죄하라」라고 하는 사람도 있다. 이중으로 괴로운 일이다.
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「幸せのために」

2016年05月20日 04時37分03秒 | 旅行
 研究所で市民向けの談話会を開こうとしている。まずは自分が関心あるテーマから選定することになるのかなと思いながら市民に共鳴できるものが良いと思っている。昨日中国の留学生たちと中国での大学の公開講座などの事情を聞いてみた。日本では津々浦々様々な文化講座などが行われている。私も多く講師を勤めたことがある。韓国でもあるのはあるが、日本並ではない。私は以前韓国で日本のこのような文化活動は日本の力だと書いたことがある。
 中国ではどうであろうか。学校教育を終えた一般人の学習、つまり生涯学習について質問をしてみた。一般的に学習は学生時代に限るので卒業してから勉強はないという。受験勉強を熱心にすることがピークで終わりだという。一般市民向けの講演会が盛んな日本とはずいぶん異なるという。なぜ一般人が学習すべきなのか、その必要性を考えている時、同僚の磯永氏が現れ、私がシラバスに「幸せのために」と書いたことを指摘した。それは宗教者の言葉のように感ずる人がいるかもしれない。しかし、学習とは幸せの幅を広げようとすることだ説明した。たとえば英語の学習が読書の幅を広げ、国際的な人間関係を広げるようなことを意味する。美術館で名画を鑑賞できず、闊歩する観光客はそれを楽しむ方法を知らない、学習の幅が狭いからであろう。「幸せのために」の私の教育論に耳を傾けるように強調した。*写真は5時頃の関門大橋の日出
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病院ピクニック

2016年05月19日 05時13分54秒 | 日記
手術してから半年、総合診察を受けるために行った病院での気持ちはピクニック気分、どういわれるか執刀医の阪田先生に会うのも嬉しく、そして怖いアンビーバランスの気持ちでもあった。8時前から採血を待っている人は多い。最初に気になることである。ベテラン看護師の家内が付き添っているので安心であるが、採決は新任の看護師の仕事という言葉を聞いて下手な採血を気にしていた。呼ばれて行った。担当の女性は新しい看護師のようであって、結局、黒く内出血の後を残している。心電図、レントゲン写真などをすませ病院での朝食はピクニック気分。1か月以上入院した病室を覗いてみた。顔見知りの看護師と微笑を交換した。阪田先生との再会もとても嬉しかった。私は彼が急に老いたような印象を受け、逆診断のような感がした。
 検査結果に基づいて私の体の画像がpc、上拡大、縮小されるなど精査しながら異常なしという。高齢者であることを自覚している私はどんな状況と言われても受け入れるつもりであったが、恐れる気持ちの瞬間でもあった。先生は言われた。本当に危なかった。あんな危機の時からこのように良くなったと自白するような声で言ってくれた。嬉しく、感謝であった。次回受診はは11月。予約し、食べ物などの制約もなし、何をしても良し、元気な暮らしが保証された。帰り道バラ園に寄りばらの鑑賞と香りを楽しみ、本当のピクニックになった。、*写真は済生会下関病院内に展示されている阪田先生グループ
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西澤信善教授

2016年05月18日 06時08分08秒 | 旅行
 中国大連の東北財経大学の副研究員の方が私が務めている東亜大学の非常勤研究員になり数か月、昨日初めてその方、崔衛華氏に会った。他の同僚が彼女を招請するためには大変苦労であったということも知った。紹介人であり、同僚の西澤信善先生が同行して来られた。中国の文化遺産の研究をしているというが研究状況を知ることはできず、主に西沢先生と長く談話を楽しめて良かった。先生は広島大学、神戸大学などを経て本学に赴任した。東南アジア、インドシナ半島のメコン川流域地域の経済発展および経済状況を研究の対象としている方であるが広く文化と経済の話に広がった。私は東南アジアで華僑の経済的活動と関連してなぜ中国人はお金に執着するのかと得意のメニューのような質問をした。資本主義の中国への影響であろうと言われた。これからメコン地域開発、ミャンマー経済などに関しても研究会などが楽しくなると感じた。帰宅したら先生の日を記念に送られた美味しい生菓子が届いており早速家内といただいた。感謝である。
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「ITによるアジア共同体教育の構築」

2016年05月17日 05時15分23秒 | 旅行
ワンアジア財団(理事長佐藤洋治)の存在を知ったのは最近のことである。そしてその財団から講座に支援を受けることになったのは嬉しい。すでに広く日本、韓国、中国などアジアの大学に広く数多く支援していることを知らなかったことが恥ずかしく、申請に挑む勇気がなかなか出なかった。助成金支給決定の通知を受けた時は大賞でも受けた気持ちであったが次第に運営と成果を上げるための仕事の実感がわいてくる。これは賞ではないが、大企画が認められたことは名誉である。それより内容を充実したものにしていくことが大事である。
公開講座名は「ITによるアジア共同体教育の構築」であり、アジア共同体はこの財団の指定テーマである。日本、韓国、中国、台湾から碩学たちが参加するようになる。私は開講の前に他の例を見たい。そして先日目下実施中の中国大連大学で講義を担当するために空港へ向かう、駅で偶然久しぶりに下関在住のフランス人のクリストファー氏に会って同方向の列車に乗り、車中での話の中で彼が「日本人は特殊だよね」と言った。その言葉をもって英語通訳の仕事をしている森田氏と家内を含めて車中で日本人論のような話になった。十数分の短い熱血討論をして別れた。8月にはこの財団の支援を受けてカンボジア大学でコンベンションが行われる。そこに参加することになった。以下略 写真は大連大学で講演の案内板(上)、旅順案内の呂教授

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