崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

法輪功罪(?)の受刑者たちから生体臓器摘出

2012年04月30日 05時06分13秒 | エッセイ
昨日は韓国で最初の夏日であった。8坪分の芝を買って私の両親の墓の封墳に被せた。家内はシャベルをもって姉家族と一緒に作業をした。儒教式祭祀で「飲福」で私はマッコリを飲んでしまった。普段は飲まないのに暑い昨日は冷たいマッコリが美味しくてコップ一杯飲んでしまった。日曜日であり、登山客が多く見えた。最近早く定年した人が、増えているという。しかし中には登山を兼ねて山菜採りを、し中には栽培中のの山菜などをとって非難される人もいるという。
 数人から韓国の病院の現状を聞かされた。完全看護制ではない、韓国の病院では家族が付き添い、常に禮物を贈与したり賄賂も出さざるをえないシステムが鮮明に分かった。富裕層としては良いシステムではあるが庶民や貧困層にとって良くない。生体移植した人の家族から聞いた話では中国には比較的にドナーが多く韓国の患者たちが中国で移植手術を受ける人が多いという。特に法輪功罪(?)の受刑者たちから生体臓器摘出が多いという。
 この話はネット上で確認することができる。それによると中国大陸各地域の労働教導所、監獄、病院が互いに結託して行い、費用の三分の一ずつ公務員、病院、また一はドナーの家族へ払うという。韓国の患者が移植手術を受けようとしているが、ある韓国人は日本の患者にも紹介して移植手術を受けさせているという。ドナーを見つけることが難しい患者側からはこれは朗報でありうるが、死刑の囚人だけではなく、法輪功の受刑者はどうなのだろうかと思うと、気が重くなった。戦時中日本の731部隊が生体実験したと猛非難した中国は今の現実をどう受け止めているのか。
 
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大型連休の最初の日、ソウルへ

2012年04月29日 05時09分49秒 | エッセイ
大型連休の初日、ソウルへは日本人で混雑。博多駅の食堂階ラーメン屋には味を知っている客たちが並んで待っていた。そこに入るべきなのに待つのが苦手な私と家内は席のあいているある店に入って失敗。なぜ客がはいらないのか店主は改善もなく続けるのだろうか、食べながら経営を考えてしまった。人が多い時間帯、昼食時間に人が少ないことは食堂としては閉鎖すべか、改善すべきである。仁川空港は大混雑、日本の地方の福岡からの飛行機であり、到着ズームから遠いところに降りて歩き走り、シャトル地下鉄に乗り、エスカレーターの連続出迎えに来ている人のために、少しでも早く走り、歩き、韓国人とは英語と日本語だけの会話、韓国に入国したのは1時間後。下関の静かな所から久しぶりに出た家内は人の波に負けそうであった。
 出版社民俗苑の洪社長がホテル(米軍キャンプ)まで送ってくださり、ごちそうにまでなった。中村八重と、崔錫栄氏と奥さん一行の食事は遅くなった。家内と崔氏の奥さんとは久しぶりの邂逅である。仕事や墓参りのための用事で来たのに観光客と混ざった連休、私には危険な旅のように感じた。実は多くの人はアメリカや東南アジアへのトランジットであり、韓国そのものを目的地とする人は案外少ない。若い人ばかりの集団移動式の観光客のなかで我が夫婦には無理な日程が始まったのである。
 夜の味食通り、モクジャパン通り、「味」に執着の強い食文化の天国。話題は大学教授が国会議員に当選、論文剽窃の件で失速、セヌリ朴槿恵氏の大統領への意見も聞いた。私の女性大統領への単なる見識とは異なる意見も聞けて良かった。
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「無罪」とジェントルマンシップ

2012年04月28日 05時07分02秒 | エッセイ
 「人民裁判」というと毛沢東の「文化革命」を思い出す人が多いだろう。私は朝鮮戦争の時3ヶ月間北朝鮮軍の占領時によく脅迫された「人民裁判」という言葉であって直接行われたことはわが村ではなかった。しかし韓国軍に復帰された直後北朝鮮に協力した敵性分子「パルゲンイ(赤)」であった一家が村民会議に問わたことを見た。「赤」と決議されるとその時は例外なくその家族は銃殺されることになる。私の父も参加したと思われるが、長い会議の結果「赤ではない」と結論を出した。その結果は尊重され、その「人民裁判」(?)について異議を提議して問題にする人は一人もなく、その家の人たちは今でも村人と仲良くなっている。世界に例のないジェントルマンシップであったと私は自慢する。明日その故郷を訪ねる。
 民主党の小沢一郎氏に対する裁判は「無罪」になった。それについてまだその経過や疑いなどは持っている人、メディアが多い。裁判は尊重されるべきである。軍事裁判ではないので日本の司法を尊重するのが本当の市民citizenである。スポーツで不当と思われる判定をしたとしても審判を立てた以上尊重するのが紳士的ジェントルマンシップであり、それを見せてほしい。これからは裁判の結果を以て政治的闘争なり、議論するのが望ましい。不正を断じてなくそうとする国民感情を無視するわけではないが、フィリピンや中国などの不正corruption社会とは次元が違う。今度は司法の裁判を「人民裁判」化しないて欲しい。
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留学生増加

2012年04月27日 05時47分22秒 | エッセイ
 韓国から留学生を引率してきた崔氏がインスタントらーめんのジャジャンメンであるジャパケティを度々持ってくる。それを食べながら留学生受け入れ準備を思い出す。現在留学生の在学生が100人を超えていると聞いて万歳したい気持であった。下関に呼ばれて留学生を受け入れようと何度も提案したが受け入れてもらえなかった。韓国の大学副学長を当時の副学長に紹介しても実施できず、役員や多くの教員も消極的であった。学長に何度も提案してようやく2,3人くらいならという承諾を得た時は失望と希望を持った。その後現櫛田学長になってから積極的に私の意見を受け入れてもらえるようになった。その後大学挙げて全体的に受け入れて2,3年で100人を超えたのである。全国的に一番保守的だと言われる山口県人口は激減している。その下関に留学生が増えることは大学だけではなく、下関を変える兆であろう。(写真前列が留学生たち)
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「ソマリア化」

2012年04月26日 04時49分07秒 | エッセイ
 先日「毎日新聞」(2012年04月22日)に記載されたフランスの思想家ジャック・アタリの「ソマリア化する世界」が痛快な文として頭から離れない。

  民主主義を伴わない市場のグローバル化はルールのない世界を生む。無政府状態が15年間も続くソマリアを想起してほしい。市場だけのグローバル化は「ソマリア化」と呼ぶことができる。そして私たちは今、どちらかというと、ソマリア化する世界の中にいるのだ。…
  アジアで地域統合が進まないのは、アジアの弱点でもある。

 私は韓国の民主化運動家、元大統領の金大中氏が民主化と経済発展は車の両輪だと主張したことを想起する。上の文にソマリア化はおそらく中国などを指すのであろう。マックス・ウェーバーの古典的な研究では精神が近代化へという説として長く風靡したが今はそれほど信頼されていない。つまり経済は経済的な論理やメカニズムで運用されるということであろう。「企業精神」はなくとも経済的に富を積んでいる人は多い。「横に歩いても都へ至る」という諺のように方法や倫理精神がなく富裕層になった人は多いのではないだろうか。ソ連崩壊以降民主化が進み、経済的に発展する国家が多いが、中国は民主化をせず経済的にグローバル化「ソマリア化」している。経済は経済、物は物、唯物論主義が実に強く生き残っていると感じる。
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春抜き

2012年04月25日 06時00分34秒 | エッセイ
 ここ下関に桜が咲いた時は暴風と雨で寒く、春と感じたのはたった2,3日、昨日いきなり25度に急上昇して初夏になった。ここに住んでから春は抜きとなり、四季ではなく、三季としかいえない。世界的には雨季と乾季だけなど二季の国が多い。日本も二季に向っているかなと感じるこのころである。しかしここだけを見て考えることは控えなければならない。東北地方では今、桜の花見をしているところがあるからである。
 春がないことは惜しい。春は人を刺激する。迎春、春風、春画、青春などの「春」は原動力になっている。電光石火のような短い春を大切にしたかった。桜の花の次は、つつじ、藤など、そして「新緑」、ピンク、赤色から紫、緑へ自然はかわる。人も変わる。
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「居眠り時間」を設定

2012年04月24日 05時11分12秒 | エッセイ
集団登校中の児童ら約10人の列に軽乗用車が突っ込んで逮捕された少年(18)は「居眠り運転をしていた」などと供述したという。居眠りが本当の理由かは今のところ定かではないが、日本的な「居眠り文化」(?)を以て事故原因が述べられたことに注目すべきである。中国には古くから「昼寝」の習慣があることを知っている。それを皮肉に笑う日本人は多いと思われる。しかし日本でもそれを導入すべきではないだろうか。本欄で何回も触れたように公な場でも居眠りする人は日本では普通である。
 眠りは生理的な現象ではあるが、就寝時間、睡眠時間を守ることは幼稚園児から教える重要な項目であるが、大人が守れていないのが一般的である。フロイド心理学では人間の文化化の始まりは肛門期、つまりトイレトレーニングから初まるという。最近は授業中に学生がトイレに行こうとすることは珍しくない。人間の文化化が始まっていないような現象であろうかとも思う。日本で居眠りが一般的であれば「居眠り時間」を設定すべきであろう。私はいまだに公な場では一切居眠りしなかったが、最近在宅の時、テレビの前で居眠りすることが多々ある。私も居眠り時間を利用する歳になっているのかもしれない。
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公と私の区別

2012年04月23日 04時22分12秒 | エッセイ
下関では深夜風速26.6と風が強く、電車が止まった程であった。我が家のベランダの鉢は倒れ、葉が散らばって落ちていた。しかし昼からは最高の日和であった。大学のキャンパスに行ってみた。日曜日であったが守衛の方がきれいに片づけ作業をしていた。ある研究室には日曜日でも教員が在室している。その研究室の前に敷かれた足踏みマットがひっくりかえって、前夜の暴風の酷さを物語っている。私はそれを元に直した。他の建物の入り口にはスポーツ用ユニフォームを着た一人の学生が掃除をしていた。教員は気がつかなかったのか放置したままなのに、学生は隙間から入ったゴミを掃いてモップまでかけて掃除をしていたことが異様な風景としてイメージされた。その学生も歳をとるにつれてその教員のように目の前の他人ごとのようなことには関心がなくなるのだろうか。
 窓の外の花壇にも水やることもしないようになるのだろうか。それは許可をとらなければならない複雑な規制があるからだろう。「公と私」の区別がはっきりしている近代化された社会には公衆道徳を受け身的に一方的に守るだけで、積極的に「私」が「公」へ積極的に関与することはできないからである。そのためには申請、提案など複雑な規制や掟がある。規制を守るために、人は他人事に無関心な「孤人」にならざるを得ない。
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熟考

2012年04月22日 07時13分48秒 | エッセイ
下関地域で暴風が強くデジタルテレビや電話が繋がらず朝早くからインターネット線も繋がらない。頭が真っ白になって、あせっていろいろ工夫しても繋がらず携帯電話で書いている。朝の最初の仕事がつまずいてしまった。それより日本は自然に弱いことと改めて感じた。
日頃、書棚を見ながらインターネットによって検索が簡単に出来る時代に印刷された辞典事典の類いは無用に感じていた。まずブ30巻余のブリタニカなど、漢和辞典、外国語辞典を処理しようと思っていた。しかし今日のようにインターネットが使用できない事態になるとインターネットだけを信じて良いかと疑うことになり、ちょっと待たなければならないかと思っている。時代は変わるはずである。インターネットで集めた本が氾濫している。それはほぼ無用なものである。資料データ中心の本は捨ててもよろしいだろう。これからは考え方を書くべきであろう。何を書くべきかは熟考ししなければならない。
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「見た人」と「読んだ人」

2012年04月21日 04時03分23秒 | エッセイ
通信制大学院のためにスタジオの映像カメラの前で「文化人類学」の講義を録画した。日本の人類学界で代表的な最近の著を2冊紹介した。定期購読する新聞の一つの「長周新聞」に『近代日本意識の成立』が紹介された「本棚」を読んだ。1ページの半分以上に、私が寄稿した論文他2人のものを含め詳細な記事が載っている。カメラの前で紹介した本の一つが新聞に載ったので偶然一致、以心伝心だろうか。献本もしていないのにわざわざ購読して書いてくださった竹下一記者に心から感謝したい。
 私の論文では植民地主義者といえる鳥居龍蔵、今村鞆、秋葉隆の3人に関して植民地主義的な言論、語録などを中心に紹介したものである。彼らをどう評価するかがポイントである。それは戦前の人を今の時点で非難する人への非難とも言える。植民地主義を今の時点で非難することは平和な通りで平和を叫ぶのようなものであり、またその批評こそ現在の「時流」に乗ったものではないかという批評であった。つまり彼らを非難批評するものへの私の再批評、そのポイントがキチンと把握され書いておられる。「見た人」と「読んだ人」の差が感じられた。
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安重根と伊藤博文

2012年04月20日 04時33分29秒 | エッセイ
「日本思想論」の講義で先週吉田松陰の松下村塾出身の伊藤博文について討論させた。進行方法としては私がパーワ―ポイントを使って問題提示をした後 韓国人、中国人、日本人のグループに分けて討議させてそれぞれ代表が発表し、私がまとめてコメントするようにした。伊藤博文は1905年大韓帝国が大日本帝国の保護国韓国統監府初代統監になっていたが、統監を辞任、枢密院議長になり1909年10月、満州・ハルビン駅で安重根によって暗殺された。ロシア軍に逮捕され日本の裁判を受けて旅順監獄で処刑された。安重根は韓国の英雄、伊藤博文は日本の英雄として記念されている。
 三つのグループはそれぞれ日本語、韓国語、中国語で活発に行われた。日本グループはその侵略の歴史は現在の日本人としては責任がないといい、中国グループからは残念な歴史であると発表をした。留学生たちは伊藤博文に関する知識が乏しかった。これからは3国を混ぜたグループに分けて行うことを考えている。安重根が伊藤博文を殺したこと、暗殺者が英雄化されるその基盤は「愛国主義」であるが、それが国際化されたときに混乱する問題、「殺すな」という倫理が普遍的ではないことを指摘した。留学が多く、わかりやすく話をしたが問題は深刻であることを受けとめていることを学生たちの表情で感じることができた。

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2050年に日本は先進国から転落

2012年04月19日 04時56分02秒 | エッセイ
 このエッセイは政策などを政策で賛否を述べるのが目的ではない。もっとも根本的な問題、考え方を示すものである。先日日本経団連の「21世紀政策研究所」の発表によると2050年まで長期予測し、人口減少により日本は先進国から転落するという。日本に住んでいる者として残念なニュースであった。このニュースは韓国や中国でも報道された。これは40年後の予測であるが、歴史的に見ても言えるものである。古代文明、ギリシャローマ文化などの現在と比較してみても経済的な進度は変化してきたからである。この発表は人口減少と経済成長を直接結びづけた予測であり、単純とは言っても無視することはできない。人口減少だけの問題であれば移民を多量に受け入れたら解決するだろう。
 より根本的なことは「先進国」という意味である。いろいろな国を歩いて見た者として、私は経済を含む生活環境、文化生活をもって「先進国」を考えている。ロンドンではゆっくり走る電車から乗下車する、インドネシアでは開門したまま走る、中国ではバスの屋根に荷物を積んで走るなどは直接経済で説明するより文化による差かもしれないと思う。
 日本に帰国してバスに乗って先進国を感ずる。中央から千キロほど離れた辺境地のバスに乗っても安心できる。座席毎に停止ボタン、「降りる際には危ないですからバスが完全に停車してからお立ちください」というアナウンス、バスから降りて段差をなくした歩道を歩きながら「先進国」を感ずる。先進国を目指す国々はまず「車より人」を優先するようなことから競争してほしい。
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失敗を認め

2012年04月18日 04時26分02秒 | エッセイ
 北朝鮮は人工衛星(?)」を打ち上げて失敗したことを認めた。私は失敗するだろうと思い、金日成誕生100年の記念日の翌日の16日に発射するかと思ったが、事前に発射し、失敗して格好悪かった。独裁3代の孫が本当に「偉大なる将軍様」なのか、愚かであるのか、戸惑うショッキングなニュースであった。しかし失敗を公に認めることはたやすいことではない。一般的に人は日常的に失敗と成功を繰り返しながら生きるのである。
 それを持ち遊ぶような日本のマスメディアの論調に注目したい。日本では失敗しないように満遍なく万全を期する。それは日本人の長所とも言える。しかし失敗した時は絶対認めないようなことは短所であろう。大きは失敗しても認めず追い込まれてしょうがない時に頭下げて謝罪する。それは本気で謝罪するようには見えない。戦争責任も数人の軍部の指導者のものとして、謝罪する気持の人は少ない。このような社会からみると金正恩の行動はあまりもナイーブなそして乱暴なことと見受けざるを得ないだろう。
 人の失敗を喜ぶのではなく、自分の失敗を認めることは偉い。人と仲良くなる近道は互いに弱点を見せ、認めることであろう。成功だけの面と面の付き合いは壊れやすいからである。
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下関映画祭の準備に

2012年04月17日 04時59分35秒 | エッセイ
映画「獄」「長州ファイブ」などの製作者である「前田海産」の前田登氏の社長室を訪ねた。下関彦島西田町の端の一角に北海向けの250度ほど全面ガラスに広がる全景が目に入った。人口島に囲まれた海には大型船舶が停泊している内海であるが、やはり朝鮮海峡の風波は強く高くなる時が多いという。下関の景色といえば我が家のベランダが一番と思っている私がショックを受けるほど。そのまま映画の背景になりそうな景色である。自然に映画の話につながった。下関には前田氏のような製作者、作家の古川薫氏、俳優の田中絹代と木暮美千代、松田優作、前田良 など、監督の佐々部氏とグ・スーヨョン氏、東亜大学の映画専門家など、多様な人がいて、下関出身の方も多い。
 これらを考慮して私は下関の映画祭の目的を提案した。1)田中絹代を記念する。2)下関の映画の伝統を尊重する。3)地理的に東アジアと関連させ国際化を図る。これら三本柱を立てることにした。
 テレビなど画面の大型化マイホームシアター時代になっていくにつれて映画館に集客は難しく映画館が閉鎖される時代に映画を以て祭り上げることは無理な話である。しかし別の意味があることを考えてほしい。全く暗い暗幕のなかに静粛と音響による感動の時間と場所を提供するということ。それは世俗から聖なる空間へ体験の時間へ呼びかけることである。最近のある映画を見て全く面白くなかったという話しを聞いてレベルの差を感じた。市民と語り合って映画を見る方法も語り合う、知識や生活のレベルアップを図るのを映画祭の趣旨にしてほしい。(写真:右から河波、私、前田、権藤)
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高杉晋作終焉の地

2012年04月16日 05時54分17秒 | エッセイ
 下関に住むようになってから高杉晋作の話や遺跡に出会うことが多い。先日は高杉晋作像が立っている所へ行き、昨日は下関市新地町にある高杉晋作の終焉の地を見に行った。慰霊祭が行われて間もないようで花や蝋燭がたむけられていた。近くにある遺跡でありながら気が付かなかったが、倉光氏の案内で行くことができた。晋作は幕末に奇兵隊を作って幕府を倒した英雄である。幕府への反逆者、逆罪の人でありながら明治維新の契機を作った功労者、英雄とされている。たった27歳の人生で日本の歴史を変えた人である。
 韓国の長い軍事独裁政権を変えた人は朴大統領を暗殺した金載圭である。しかし彼は軍法裁判で速やかに死刑が決まり執行された。忠臣と逆罪とはどう異なるのか。私はアイルランドの大逆罪で死刑にされたケースメントに関心をもって集中的に調べて書いたことがある(『交渉する東アジア』)。その忠臣と逆罪、愛と背信などの価値観はそれほど大それたものではないかもしれないとも思える。考えてみると我々は日常的に信と不信、愛と裏切りを行っているのではないだろうか。
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