崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

年越しソバ

2010年12月31日 05時43分07秒 | エッセイ
 時々韓国のインスタントの辛ラーメンを食べたがいつもの間にか日本のソバに代わった。両国においても古くは貧乏な人の食品であったが開発して韓国の冷麺のように多くの人の嗜好食になった。麺食は雑穀文化として稲作文化と調和してきたものである。数日間昼食にソバを食べているので今日は連食になるかも知れない。今日は日本の大晦日であり、年越しソバを食べる日だからである。
 日本でハレの食として年越しソバを食べるのは韓国の結婚式など宴で麺「ククス」を食べて祝うことと対比される。一昔前まで韓国の結婚式では必ずともいえるほどククスを食べた。したがって結婚することを韓国語で「국수를 먹다(クッスを食べる)」という。麺の糸形が長いことが結婚生活が「黒い髪が白髪になるまで」永くという祈願する意味がある。寿命長生のために糸束を神に捧げるのもその意味として言われている。日本で年越しソバを食べる意味を語る一つが「永さ」であり、祝う場合が異なるが日韓においてハレの食であることは共通している。その程度の差は同じ国内での地域差のようなものである。日韓がいかに文化的にも近いか痛感する。
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正月と旧正月

2010年12月30日 06時32分26秒 | エッセイ
私は時々ご馳走になった友人にお返しの食事をしたいと考えていた。しかし、彼が研究室に訪ねてきたけど、二人ともに忙しくて食堂に行く時間はなく、インスタントのどんべいソバを一緒に食べた。美味しいと彼は喜んだ。1万円を超える彼のご馳走に百分の一くらいでのおもてなしでしかなく、笑ってしまった。迫った計画を立てている中、彼とまた新年早々出張の予定を立てた。その時きちんとお返しをしたい。韓国の大学間の交流を2月3日に設定して連絡した。担当者は驚いた声で電話が来た。その日は韓国最大の名節の旧正月であるという。私はそれに気が付いていなかったことに大変失礼だったことと、韓国離れしている自分にあきれて顔が赤くなるほどであった。台湾調査旅行もそれを避けなければならない。日本はアジアとは「脱亜」の歴史があったが、亜細亜から孤立する国家になっていく感もする。
 マスコミでは今年一年間を振り返って見る番組が例外なく流れている。多くは尖閣で中国漁船との衝突を上げている。また北方四島のロシアとの問題である。そして日本の外交が弱いということに辿り着く。一番隣国である北朝鮮には小泉氏がせっかく訪ねて行って、結果的には拉致問題をこじらせ、最悪の敵関係になり、今日本は韓国を除いては中国、ロシアとも難しい関係になってしまった。政治家は世論に縛られて党派争いばかりする。そのような一年は振り返ってみるのも嫌になる。

 
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映画の使用権

2010年12月29日 06時01分34秒 | エッセイ
 下関映画祭を東亜大学で行うことは前回書いた通りであるが、作品の選定と解説を任され考えている。気になるのは著作権のことである。日本での韓国映画配給者へメールをしたところ、私の名前を知っているという人から早速返事がきた。意外にも著作権許容の範囲が研究者の使用に配慮があることを感じた。つまり大学で研究者が放映したり研究に使うことは許可なしでよいということである。むしろ研究者たち自身が著作権とか、肖像権などに厳しく過剰に反応している感さえある。もちろん著作権などに配慮すべきである。しかし、映像を撮った人や作った人はできれば多くの人に公開し、共有したい思いはあると思われる。 先日脱稿した論文に植民地時代の写真1枚を使おうとしたが編集者から著作権に関するメールがあって、私は放棄した。これから研究にも問題になるので調べておきたい。韓国では植民地時代の著書、作品には慣習的に「敵産」扱いになっていて著作権云々という問題はない。しかしその韓国語の本などを日本で翻訳するときにはどうなるだろうか。私のような文化人類学者は人と会って話を聞き、観察し、撮影して研究資料とするが、これからは私だけではなく、文化人類学の危機ではないだろうか。さらに実験動物さえ研究に使いにくくなり、学問全般の危機かもしれない。
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郵便と宅配

2010年12月28日 04時57分03秒 | エッセイ
 年末になると郵便物が多くなる。共働きのわが家には留守の「ご不在連絡票」が郵便ポストに入れられている。電話をして再送してもらうが、郵便局と宅配によって異なる。郵便局に電話をするときは質問項目が多く、確認まで煩い過程がある。昨夜の韓国からの郵便物の例をあげる。
 私「留守をしておりまして不在連絡票がありましたが」
 郵「住所は」
 郵「電話番号は」
 郵「貴方の名前は」
 私「チェ(崔)です」
 郵「はー?}
 郵「送り手の名前は」
 私「yoonです」
 郵「はー?」
 郵「最初の配達時間は」
 私「11時15分です」
 郵「種類番号は」
 私「81番です」
 郵「お知らせ番号は」
 私「0067-54です」
 郵「再配送の時間は」
 私「これから家にずーといます」
 郵「5-7時に届けます」
 しかし郵便局ではない宅配がくると担当者への電話で「壇之浦町の犬が煩い家です」で「わかりました」で終わる。日本語が良くできない人であれば不可能な郵便局との対話を想像すると非常に厳しい対応だと思う。一度郵便局まで通知書をもって留守の郵便物を取りに行ったが運転免許証のない私の写真入証明書がなくもらえなかったこともある。確認が厳しいことは正確にするということであろう。国境を越える時より複雑な質問で「審問」のように感ずるというと、過剰反応だといわれるかもしれない。かなり前に弁護士事務室へ行った時は、家内と一緒に来たと言うと「どうして夫婦であると言えるのですか」と質問されてびっくりしたことがある。夫婦である証明書を持って歩く人がいるのだろうか。確かに証明するためには写真入りの証明書が必要かもしれないが、日常生活の中で上のように煩わしいことは人が少ない地方、知的レベルが低い地域にこそ一般的ある。それは原理主義か官僚主義である。郵便制度を改革するとは言われるが、「人の考え方」を変えないと変わらないと感ずる。
 
 
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企業精神

2010年12月27日 05時16分22秒 | エッセイ
ある韓国の出版社社長と経営について話をした。週5日制を遅れながら新年から始めるという。初代の社長の基礎をもって速いテンポで発展している。十数人で家族企業のように営まれている。私は経営は知らないが経営精神を強調した。利益を追求するのは会社であるが、それを社員と共有し、「福祉に努力しなければただの悪徳企業に過ぎない」と助言した。商売人と企業家は異なるといったのはマックスヴェーバーである。
 私は大学生時代にサムスンの李社長宅の近くに住んだことがある。当時エスカレーターが設置されており、サムスンは利益ばかりで「私利私欲の悪徳企業だ」といううわさが広がり、ソウル大学の学生たちが家の前でデモをしてサムスン文化財団を作るようになったのを記憶している。
 会社は大小を問わず、利益を追求するのは当然ではあるが、それには倫理がある。豊かな人の気前の良さのようなものではない。お金があってもなくとも持つべき企業精神であろう。企業に限らず人の生き方もそうである。年末年始にクリスマスキャロルを思い出す。英国の文豪ディケンズの小説で吝嗇なスクルージが感じた淋しさを味わうような人生は避けたいものである。

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キリスト教会は平日のクリスマス

2010年12月26日 05時59分36秒 | エッセイ
 、韓国からのお客さんとタクシーに乗って、韓国語で話をしているのを聞いた運転手さんが嬉しそうに「私は韓国人です」というので、韓国語を知っているかと聞いたら知らないという。また韓国に行ったこともない、自分で3、4世だろうといいながら、特別な縁もないのに「韓国人だ」というわけはなんだろうか。彼は差別されたがヨン様のお陰で良くなったということも付け加えた。
 デパートの中はクリスマスで盛況であった。点灯されたクリスマスツリーの周りで踊り子たちが美しく、嬉しそうに祝っていた。平等と平和を世に訴えたイエスを思う人は少ないだろう。平和と愛を実践した人を十字架に架ける人は今も何処でも多い。クリスマスにイエスがこの世に来られた意味を考えて欲しい。
 たびたび触れるように日本のキリスト教会は19日にクリスマス祝賀礼拝をしてしまい、クリスマスの昨日は平日になっている。笑われるそうだ。23日は天皇誕生日、25日はクリスマスが連なる国民的な雰囲気とはかけ離れたキリスト教指導者側の問題が大きい。クリスチャンが少ない理由が十分理解できる。しかし韓国ではクリスチャン大統領と仏教などが葛藤が多い。宗教はあまりも熱狂的になるのは問題である。バランスをとるのが良いだろう。
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『映像が語る植民地朝鮮』増補版

2010年12月25日 06時39分50秒 | エッセイ
昨年2月に韓国民俗苑で出版された拙著『映像が語る植民地朝鮮』の増補版が著作集第二巻「2010年度大韓民国学術院基礎学問育成優秀学術図書選定」という金色のマークが目立つ本として12月20日に出た。ただ2週間前に最終校正をしたのを昨日洪社長と鄭室長が下関まで持ってきてくれた。三人の女性編集者が徹夜、最後にはほぼ全員が徹夜して仕上げたという。クリスマスイブに私に貴重なお土産にしてくれた。誰も真似ることができない熱心さ、熱情には感激した。
 私は続いて出版される『近代朝鮮絵葉書』(全7巻)の監修者になった。昨日その作業の一環として佐賀県立博物館に行って編集者の浦川和也氏に会って最終作業を打ち合わせた。佐賀美術館では「葉隠」の特別展示を見た。昔日本人の自殺の研究でよく読んだ時の葉隠れを思い起こした。日本の古地図の件では川村博忠先生に研究室に来ていただいて出版社の社長と情報を交換し、遅くまで先生の車で移動した。夜タクシーで帰宅途中、教会へ向ったが食堂に忘れ物、戻って、教会に着いた時はクリスマスイブ礼拝は終わりに近かった。それでも久しぶりに多くの人と握手を交わし、中年主婦からはハーグもされた。一日感激と感謝で疲れ、ふたびれてしまった。
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『ハイブリッド化する日韓』

2010年12月24日 06時13分02秒 | エッセイ
 先日京都大の小倉紀蔵氏から新著『ハイブリッド化する日韓』が届いた。長い歴史上、中国文化圏では中国文化が朝鮮半島へ、さらに日本へという流れであり、それが当然であったという中国人や韓国人が無意識的に日本からの逆流には常に抵抗感を持っているところから話が始まっている。2010年、中国が国内総生産で日本を抜き世界2位に浮上し、韓国経済が躍進して「東アジアの正常化」の現象が起きているという。著者は長い歴史から見ると、アジアで日本がNo.1だったのは「近代」の産物にすぎないという。この意見はただ悲観的なことを語っているわけではない。政治家たちはこの言葉だけで「妄言だ」と言うかもしれない。国際化時代になると文化が一定の方向へ流れ、それが上下関係になるのではない。アジア新時代、日本は隣国と異質な他者と共生、共に学び合う新しい関係を宣言している。
 また先日韓国を訪問したときの日本留学の経験のある韓国の教授が日本への留学を希望する学生の前で「日本では学問的には学べるところはない」と話したことを上記の小倉氏の意見とあわせて考えたほうが良い。留学生は先進国へという方向も多様化している。韓国から中国へ留学生が圧倒的に多い。中国で中国語以外に何を学ぶのだろうか、それは韓国の国際化の象徴的なことである。日本人は留学生に教える「皆先生」という態度を変えなければならない。日本人は国際化の多様化を痛感すべきであろう。

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クリスマスイブ

2010年12月23日 05時20分26秒 | エッセイ
 昨夜は個人タクシー青木氏が家まで送ってくれて感謝だった、さらに降りる時にたこをプレゼントにしてくれた。贅沢な帰宅であった。祝日の前の晩、もっとも忙しい時に私に無料のサービスをしてくれたのである。彼にはいろいろお世話になり感謝の気持ちいっぱいである。彼は祝日の今日天皇誕生日は忙しく、明日のクリスマスイブには客が少ないという。イブには家庭に籠もって家族と過ごし、出掛ける人がが少ないからだという。意外な話であった。日本ではクリスチャンが少なく、商店街にネオンが多く、クリスマス気分がいっぱいで、表面的な文化だと思っていたのにイブは定着しているのだろうか。いやキリスト教とは無縁の文化のように感ずる。
 新年度から「日本宗教史」を担当することになった。神社信仰、仏教、キリスト教、新宗教などを講義しながら宗教と文化の乖離、習合現象などを検討したい。仏教やキリスト教の世俗化、キリスト教の佛教化現象、檀家制のような現象などを分析できればと思っている。初めて日本の教会に所属してから、最近信仰生活の中で一番教会から遠ざかっていると感じる。それは残念とは思いながら宗教を客観的にみるのにはプラスになるとも思う。日本では宗教は根下ろしにくく、文化が容易く定着するような本質はなんだろう。
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1年を回顧して

2010年12月22日 05時55分07秒 | エッセイ
 昨日ある新聞の記者から私の今年1年を回顧して何が言えるかと質問された。今年は多くの研究会、国際シンポ、講演会などで忙しかった。何より私にとって嬉しいことは韓国で著作集第1巻『韓国の祖先崇拝と孝』をだし、第2巻の発行を直前にしていることである。その日本語訳版は来年に出ると思う。国立民族学博物館で3年半にかかった研究会の成果が関西学院大学出版会から6月に出る予定で、代表の山路先生がいま細かい作業をしている。その本には私は「朝鮮総督府資料を読む」という論文を載せた。それで秋葉という学者がいかに多く総督府嘱託の村山氏の研究を利用したかを明らかにした。これからもそれらの資料を精読したい。
 「毎日新聞」のリレーエッセイを長く連載し、ほぼ同じ時期にはじめた連載、「東洋経済日報」のエッセイコラムを2年以上続いている。しかし同じ韓国民団系の「民団新聞」には今まで一切名前さえ載せてくれなかったのに、東京韓国文化院長の紹介ではじめて新年号に原稿請託を受けて異様な感がする。『差別を生きる在日朝鮮人』を書いたことが受けいれられず、ニューカマーの私は登場することがなかった。それは民団も親日・反日を超えて国際化されたことを意味するだろうか、ただ偶発的かは知らない。受け入れるか、ないか気にせず私はただ生きていることを新年も発信していくつもりである。
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鄭鑑録

2010年12月21日 05時24分21秒 | エッセイ
目下最も注目される人物の小沢一郎氏と元自民党のトップインテリの与謝野氏が碁盤対決する映像を見ながら「鄭鑑録」を思い出した。小沢氏の勝利が何やら象徴的に感ずる。「鄭鑑録」とは李沁という人物と、鄭鑑という人物の二人が朝鮮の地形を見下ろしながら風水的に、会話するという形式で書かれた本である。主な内容は李氏朝鮮が滅びて新しく鄭氏が現れて国を立て直すという。風水地理説により戦乱の中でも安全だといわれる鶏龍山や風水的に良い場所といわれる「十勝之地」を王都や住居地として薦める。李王朝の敗亡を予言した終末論的な内容であり、禁書になり、民間で手書き筆写などで異本が多くでまわったりして関心が高かった。私も風水信仰の研究でこの本を分析したことがある。
 王朝が滅びるという終末論に民衆は関心が高かったか。世界的にも千年王国説、聖書などでも終末信仰が語られている。週末とは悲劇的な要因と希望を持たせる要因がある。支配体制への不満、社会的不安などから新しい体制を求める政治的・社会的状況へ変化を期待する心が根底に横たわっている。いま日本は豊かさの中の貧困層が広く政治的に強いリーダーシップを持つ人物を求めている。小沢・与謝野の碁盤対決は何を意味するのだろうか。(写真は東京新聞から)

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九州大・国際シンポでコメント

2010年12月20日 06時32分09秒 | エッセイ
 昨日福岡市東区の九州大学箱崎キャンパス国際ホールで「朝鮮半島をめぐるボーダー研究の最前線」のシンポジウムが開かれた。松原孝俊・九大韓国研究センター長とは1979年から啓明大学時代の同僚であり、同センターで以前にも発表をしたが今回は発表者と聴衆も国際政治、歴史関係者が多く異分野の感があった。NHK山口テレビのアナウンサーの柴田拓氏が参加したので松原氏を紹介した。私の担当のセクションは「サハリンとコリア」というトピックで今西一(小樽商科大学教授)「樺太・サハリンと朝鮮人」、三木理史(奈良大学准教授)「北からの朝鮮人移住と樺太」、許粹烈(韓国・忠南大学校教授)「韓国における強制労働研究の現状」についての発表があった。
 学会の発表ではないシンポジウムの場合はキーワードを持って共通の認識を模索することであるがそれができなかった。小さい研究会ではできるが、大きい国際会議になると真面目な討論は難しくお祭りの雰囲気になる。通訳を入れるなどで時間調整が粗末になり、言語問題が支障になる。昨日も発表者が2倍以上の時間を費して、3人の発表のレジュメを現場でもらって聴講だけでコメントをすることになり、大変だと思い緊張して聞いていた。しかし、最後の私のコメント時間が短縮され、20分という時間を守ると宣言して立って話したが疲れて若干早く終えた。私は先行研究や用語などの基本的な問題点だけを指摘した。 続いてセッション2「北東アジアの境界・北朝鮮」も傾聴した。三村光弘「北東アジアにおける北朝鮮の位置」、李鍾奭(元韓国統一部長官)「北核問題の膠着:背景と展望」倉田秀也(防衛大学校教授)「北朝鮮と米中関係」では日中韓、6者会議などテレビで聞くような話であった。発表者の一人が途中で早引き脱席した。人の話を最後まで真面目に聞く日本人の真面目さはかなり薄れた。世界的に模範であった日本人の真面目さがなくなり、むしろ外国から来られた人に悪い点を印象ずけるのではないかと心配である。

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ソウルから郵送物

2010年12月19日 06時05分14秒 | エッセイ
 ソウルから冬のキンジャン・キムチが届いてから数日後の昨日大きいボ-ル箱がEMSで届いた。あて先は英文、送り先手はハングルで書いている。住所と名前に憶えのないので古い教え子からのお歳暮であろうかと、蓋を開いてみると黒いケースがスチルポールで包まれている。一瞬変な郵便物ではないだろうかと思った。中を確認すると国立国楽院に寄贈した古いカセットテープを整理した担当者から送られた50個のCDなどである。寄贈し、それが専門営業に任されて作業が進んで私がチェックすることになったものだとわかった。大変な作業である。
 数ヶ所の新聞などに新年号、年初発行の記事、共同研究の論文を送ったばかりで、今日は九州大学韓国研究センターでの国際シンポジウムにコメンテーターとして務める。これが済んでから時間を作って50枚のCDを確認する作業を始めなければならない。今日は12月19日であり日本の諸教会では6日も早くクリスマス礼拝をするという。世界的にはクリスマスは二つ、12月25日、1月6日である。熱帯地方でもサンタクロースと雪の風景を描いて25日を守るが日本のキリスト教は異例なことである。日本の教会では19日、世間では25日をクリスマスとしている状況である。「礼拝」が「集会」になっているようである。数日前に会った医者は2年間も教会に通ったがどうしても無理であると、ただの聖書読みに留まるようになったと言う話を思い出す。
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お歳暮

2010年12月18日 06時04分42秒 | エッセイ
 年末になると年賀状やお歳暮が気になるのが常である。煩わしい形式と思う人、負担と思う人、全く無視する人などさまざまである。似ている習慣ではクリスマスカードの交換などは世界的なものもあるが、お歳暮は日本特有の文化といえる。韓国では日本のように一般的に広くは行われていない。日本で生まれ育った在日さえ一般的に年賀状やお歳暮を送る習慣が少ないという。
 私にいち早くお歳暮が例外なく毎年届くのは名古屋の在日からである。彼は私が中部大学に在職中の大学院生であって、同じ教会に出席し、私が出講中の非常勤を譲ってあげたことを覚えている。名古屋を離れてから一回も会ってない。今後の人間関係において損得などはない人柄である。ただ彼は私に恩恵を感じているに間違いない。彼は校長を勤め、すでに定年したはずであるが、未だに恩恵を忘れていない。昨夜は広島大学時代の教え子のお歳暮のメロンを美味しくいただいた。私は韓国の甘瓜が好きだが、日本のその類がメロンである。しかし甘瓜は安く庶民的であるが、メロンは高いのでなかなか口にすることが少ない。夕張に彼と一緒に調査に行った時、いっぱい食べた昔のことを思い出した。
 私はどうであろう。韓国のソウル大学時代以来の恩師の李先生は日本茶が好みということで年に数回は送るが、お歳暮はまだ送っていない。師走の月、感謝を憶える月でもある。ただ物や形式だけではなく、恩、感謝、愛を表現する素晴らしい日本文化だと思う。
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寒さ

2010年12月17日 06時16分27秒 | エッセイ
昨夜ユネスコ下関市の国際親善パーティがあって顔を出した。留学生十数人を連れて行った。下関に留学生が多いのに驚いた。久しぶりに会う人も多かった。茶席に招待されて抹茶をいただいた。副市長や文化協会長などとも同席した(写真鵜沢撮影)突然の参加であったので遠慮して早く帰った。韓国忠清道の世明大学校の金弼東教授の電話で私が推薦した日本人の学者が採用されることになったという。韓国では一昨日最低気温が零下17度になり寒さが話題になり、嬉しい知らせと一方、寒さが気になった。日本では去る夏が極暑だったので対極論理のように極寒の冬になるだろうと予想をする人がいる。下関も寒さと風が強く、冬らしくなった。最低気温がまだ零下にはなっておらず、水で顔を洗う。
 寒さを感ずる以上恐怖感を持った体験が思い出される。10年ほど前サハリンの北部地方の自動車で調査旅行をしたことがある。マイナス35度以下の寒さの中をロシア人が運転して二人で走った。対向車もほぼない風雪の中を走るが、エンジンが止まると1時間以内で死ぬという。車中にあるのは毛布と登山用のバーナーだけが延命道具であった。寒さを感ずるという表現は正しくなく、危機感である恐怖だと思ったことがある。温帯に住む人はこのくらい程度の寒さは感謝すべきである。まだ零下にもなってないのにエスキモーのような格好をして歩く人を見ると贅沢なお洒落をしているような感じがする。
 
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