崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

サルコジ大統領東京へ歓迎

2011年03月31日 05時42分39秒 | エッセイ
昨日韓国馬山の友人から安否の電話が来た。ここ下関では被災地には申し訳ないが被災者の方々のことを心配し、心痛く思い、募金活動に協力したりしているが不便なく暮らしている。韓国では過剰に国民を保護するという次元で過剰報道をしたようである。その結果が韓国にも及んでいるという。被災地から下関よりさらに数百キロ離れた釜山の西の馬山では特に幼児がいる家族が不安がっている状況だそうである。
 慶南文化祭、統営国際音楽祭など各種交流も中断したという。ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団 - Salzburg Mozarteum Orchestraが韓国まで影響があると思い、取り消し、中断になったという。急に中断したオーケストラ団に訴訟を起こすという話も出ているようである。韓国側の過剰報道が韓国に悪影響を及ぼす結果になったのである。韓国の地方の市長も東京訪問を中断したという。しかしフランスのサルコジ大統領は東京へ協力するために来られるというニュースがあった。数日前に我が大学でも大学間国際交流会を予定していたが、韓国からの訪問は中断するという通報を受けた。そのために数回打ち合わせをし、社会福祉施設にも依頼したりして準備した私たちも大いに失望し、怒りも感じた。お詫びの電話が4回も来たので、今私も納得しており韓国からの多大な支援などに感謝している。韓国のみならず各国からの支援に心温まる思いがし、感謝である。
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スピーチは成功の秘訣、speech on Libya

2011年03月30日 05時05分26秒 | エッセイ
昨日現地時間午後7時30分(March 29, 2011) から約30分間のオバマ大統領のリビア状況に関するスピーチを視聴した。リビア戦に関する批判を意識しながら広く理解を求める演説である。ノーベル平和賞の受賞者の戦争へ立ち向かおうとする内容に参加者も最後を除いて拍手を控えたは印象的であった。彼は戦争を主張するのではなく国民に大量虐殺や無差別攻撃するカダフィからの救援活動として平和や人権を持って正当化、理解を強く求めた。
“殺戮をそのまま見ているのは我慢できない(I refused to wait for the images of slaughter and mass graves)”.
 戦争論はさておきオバマ大統領のスピーチは選挙、就任などの演説として世界的に有名になったのはいうまでもない。階段を軽く飛び上がり、聴衆の顔を注視しながら要領よく論理的に休止を置きながら考え分かりやすくまとめ繰り返して強調して終えるまでがスピーチ論のモデルのような演説である。スピーチ論はキケロの雄弁から政治家の重要な武器であるという伝統から発展してきたものである。アメリカではカーネギー(D.Carnegie 1888-1955)の「話し方」の著書があるようにスピーチ教育を受けて育ったオバマ大統領の力強いスピーチを聞いた感がした。私は大学時代に教員になるためにスピーチ論を受講したことを思い出す。私は成功的だとは思わないが、人のスピーチを聞くことはできると思う。カーネギーのスピーチの要点をみると自ら信念をもって準備、練習をして現場では暗記するようなことはしてはいけない。はじめにトピックをはっきりし、終わりに要約し問題点を残す。経験した例を上げる。親しい用語をつかい、聞き手と視線を保つ。3分、30分などのスピーチでも構造は同様である。同じ内容の繰り返しではなく、新鮮さをもち、時間を守るのは当然である。
 このような話をすると「沈黙が金」であると反論する人がいるだろう。成功の武器ではなく、効果的なコミュニケーションのために必要である。教師、牧師などにはこのスピーチ論は分かって欲しい。教養科目にも入れるべきであろう。

 

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人事異動

2011年03月29日 05時52分58秒 | エッセイ
 新聞の新年度向けの公務員の人事異動の告示をみながら自分の過去を思い起こす。中には左遷とか、榮転と言われるものがあるかもしれない。しかし、私はその度、栄転と思った。新しいところで、新しい出会いを期待したからである。人事異動は新しく人間関係の組み換えとして社会を改新していくと思う。先日道端でばったり会ったある人は東京の本社へ、それも重要なポストへ移動することになったと嬉しさを隠しきれない表情で言ってくれた。心からお祝いしたい。
 校舎のゴミ捨て場に古本が山盛りになっている。本を眺めて見ているうちに同僚の方が東京への転勤に伴い捨てられたものであることが分かった。彼が長い間、研究してきた学問的な跡でもある。彼は運びきれなくて捨てるものを人にあげるのは失礼だと思ってゴミにしていることがすぐ伝わってきた。私はこの本はゴミではないと判断し、同僚に声をかけて台車を使って学生談話室の書棚に並べた。同僚であった彼とは私の研究分野と近く、研究や学生指導などで多くお世話になっており、感謝している。新しい環境でよい研究成果を期待している。私の次の「栄転」はどこか。読者は知っているだろう。
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閑散な港

2011年03月28日 00時14分23秒 | エッセイ
 韓国から留学生三十数名が下関港に着いた。歓迎の垂れ幕を持っていたが意外に早く下船した。乗船客が100人足らずで港は閑散としていた。最近、韓国の全羅道光陽からの新定期船にはお客さんがたった4人に過ぎず運行が中止になったという。韓国や中国からのお客さんが大地震の影響で極端に減ってしまった。そんな中、我が大学への留学生は全員予定通りに来ることができて感謝であった。しかし彼らの荷物は非常に多く、引越し荷物のようで大型バスで二回往復しなければならなかった。荷物の多くはお水と食品であった。日本のものは汚染されたと思われているようである。また心配して父兄が4人も付き添ってきたのである。
 私は父兄への対応をした。韓国では終日テレビが日本の悲惨な状況と危険性を警告しているので日本に来ることさえ恐れているという。対応するわれわれは彼らを速やかに寄宿舎にて安定して過ごしてもらうために神経を使い、地震のことは話題にせずに過ごしてしまった。来られたときにすぐに説明すべきであったが遅ればせながら地震や津波に関しての心配は今、現在は不要であることを説明した。彼らは安心感を持ったようである。さらに近くのショッピングモールなどを案内して下関が平常であることをみてもらい安心していただいたのである。
 一方われわれは韓国からの学生たちの明るい表情から慰められて震災の影響からの重い気持ちが少し晴れた。私は留学が人生にとって大きい力になるといい、鵜沢副学長はこの危機に来られた学生は将来日韓、国際的に重要な役割が期待されるといった。われわれのベストチームと韓国側の院長と学生、父兄もベストであった。


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チャリティー・トンニャン

2011年03月27日 05時52分05秒 | エッセイ
 今至るところに大地震のための募金活動が行われている。「しものせき映画祭」も中止を検討したがチャリティーに代えて実行することになった。charityとは慈善を公的に行うことである。チャリティーの活動は世界的に、普遍的に行われている。日本でも多くの社会団体がある。NPOなどの類も一種のチャリティー団体である。もっと一般的には宗教であり、仏教の布施、イスラム教の喜捨、キリスト教の献金などである。
 韓国も伝統的に寄付と献金文化が盛んであり、最近キリスト教会の献金は巨額になり時々話題になる。各種扶助行為は重要な社会活動でもある。それは経済効果を持つのは事実であるが、それより重要な意味はその行為はは愛と尊敬の心である。富の見せ掛けや地位を高めようとするのではない。もらい手はそれに感謝するしかない。一方的に感謝の気持ちもなくとにかくもらいたいという心は乞食心である。それを韓国語でトンニャンという。昨日我が家からは分を越える喜捨をしたのに相手は全く期待はずれのような反応をして不愉快であった。しかし相手をみて行う行為ではない。多くの宗教団体はこの慈善と感謝が枯れて頼母子講のように金を集めるようになっているところが多い。チャリティーの世俗化と言うか、一般化されたというか、とにかくチャリティー精神、心を失ってはいけない。利益を追求する営利団体は喜捨は損することであり、否定的である。しかし利益をより広く考えるべきであろう。
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野外のブーゲンビリア

2011年03月26日 05時44分08秒 | エッセイ

 昨年6月12日のブログにある家の壁のほぼ半分に赤と紫のブーゲンビリアの花がみごとであると書いたことがる。しかしその花が枯れたようだと家内から言われ、自分の目で確認した。他のブーゲンビリアも枯れていることは下関でも寒さが長く続いた気候の所為であろう。南米熱帯雨林が原産地であり、インドネシアなど熱帯地域の花として珍しく下関でも外で寒さに耐えられる花だと思ったのに悲惨な状況になった。その葉っぱは落葉でなく、そのまま黄色っぽく枯れている。寒さを凌ぐためには落ち葉になる過程を知らずそのまま枯れてしまったようである。寒さに慣れていないことを表しているようである。鉢物でなく、「避難」することはできなかったのであろう。その寒さは今3月下旬なのにまだ和らいでいない。
 我が家の窓際に桜(写真)、シクラメン、ブーゲンビリア、サンパチェンス、シンビジューム、名前はわらないが白い花と小さい赤い花が咲いている。桜の開花宣言も遅れている。しかしつぼみが数日間の15度以上の日を待っている。いま全国的に暗い気持ちにおおわれているが、一日でも早く暖かくなり、仮設住宅でも日常生活ができるようになって欲しい。桜の満開も待ちどうしい。そして枯れたブーゲンビリアが蘇ってまた壁に沿って満開の花を見せてくれるように祈る。悲しみや心配の多い時から少しでも嬉しい心を取り戻せる日が一日でも一分でも早く来ることを願い、祈る。
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経済発展の原動力は教育か

2011年03月25日 05時45分50秒 | エッセイ
 
 先日本欄で触れた韓国国際大の総長金永植キム・ヨンシク氏著『교육의 틀을 바꿔야 대한민국이 산다(教育のパラダイムを転換すれば大韓民国が生きる)』を読み終えた。今日のように情報過剰時代に教育も変わらなければならないということを前提にしている。20代から長く教育に従事してきている私としては非常に刺激的な著書である。知識の暗記に依存する教育方法では創造力ある人材を養成できないという。研究力を中心に人事を起こしている日本では教育の方法には全くアマチュア的な教員が教えている状況であり、効果的な教育ができていない。
 著者は韓国の‘教育の熱意’で高度成長した上、それを維持する、成熟した国民を創るためにはその改革が必要だと呼びかけている。そのために暗記できた知識で人材を育てた産業化時代の教育システムの枠組みの教育時代は終わった。学習者自らが学習するところから創意性が生み出されるようアイディアを創り出す教育だけがグローバル時代での無限競争で生き残ることができること「教育システム改革に大韓民国の未来がかかっている」と述べている。
 私は経済と教育、競争と協力、システムと教員の質などに注目しながら読んだ。「漢江の奇跡’を成し遂げられた我が国は全世界で最も速い速度で国民所得1万ドルを達成した国になった。韓国の経済成長をさらなる短期間に先進国に達成するための教育、グローバル競争力が核心だが科学技術を引き上げて高級人材を養成できる教育システムとしては学生自ら学習できる創造力を育てて世界的な競争力を備えた人材を育てることである。
 それを教育に当てはめてみると競争的な教育か、協力的な教育かになる。著者は競争を意識しながら協力と調和の教育に改革を求める。また彼の教育政策者としてシステムをいかに変えても教員が注入式教育している現場をどう変えるかは問題である。それにも教員評価制などに触れているがそれに期待することは難しい。教育改革は常に必要であるが、この本でこの時代に相応しい新鮮感がある。注入式教育をしている多くの教員に対して大きい反省と改革を呼びかけるためにこの本の一読を進める。この本の核心は「教室改革である」ことを付言する。
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卒業式

2011年03月24日 05時47分10秒 | エッセイ
 
毎年卒業式のシーズンになると卒業する生徒が少なくて小人数が寂しく、また最後の卒業式がニュースになる。今年は大震災で卒業式が中止になるところも多い。そのなかでここ東亜大学では卒業式が予定通りに行われた。北京から来られた金在国氏が登壇して博士号を受けた。彼は中国朝鮮族の作家として数多く受賞された方である。十数年前中国の長春で私が本屋で彼の作品を立ち読みし、彼を訪ねて会って、以来広島大学に留学するようになり、十数年ぶりに「在日ナショナルアイデンティティの研究」で学位を取ったのである。彼自身が感慨無量であろうが、私もそうであった。私は新著に「金在国博士恵存」と書いてあげた。
 50歳過ぎの彼に私から注文が多かった。某大学の日本語学科の教員に新規採用される彼に私は人間関係や生き方について多く語った。新しい大学に安定した時、私は関係者へ挨拶に行くことを約束した。彼に創作、研究を勧めながら彼の学者としての生活を頼んだ。彼は私の言葉を忘れないように映像にためたり頷いたりした。博士を取られて職場について安定して研究を怠ける者になった人を見ているので老婆心からである。社会へ出る多くの卒業者にも社会の中で「この世の塩になってほしい」。 
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毎日新聞の余禄「融通性がない」

2011年03月23日 05時27分32秒 | エッセイ
 被災と救援に批判的な言葉がタブーされているなか「毎日新聞」の「余禄」(2011,3,21朝)に意外な文が載っていた。韓国・朝鮮日報の特派員の言葉、「日本の危機対応能力を信頼していた鮮宇記者は考え直した。マニュアル化されたシステムが、想定を超える被害の中で融通性を欠き、初動の救援が遅れた。被災者の忍耐を尊敬する。でも耐えるだけではなく、政府をもっと急がせるため要求の声も上げて欲しい。」と書いていた。その取材の現場で感じた話ではあるが、私は普段感じているところでもある。マニュアル、規制、規則、法などが社会を安定させていることは感じているが、それを越えて行動するには非常に制約された社会であると思う。社会はシステム的に運用されているが、愛や尊敬などはマニュアルに乗っているとは限らない。システムとそれを越える行動も必要であると思う。
 大学時代に学んだ孟子の例え話を思い起こす。幼い子供が井戸に向かって行くのを見ての行動についてである。井戸に落ちそうになった子供を助けようとするのはなぜか。「自分の子供ではない」「プライバシー侵害」「マニュアルは」「法律は」などと考えて遠慮していたら、子供は落ちて死んでしまうと連想する。イエスも似たようなことの例え話を語っている。バリサイ人が危機に晒されたとき宗派や敵対関係を超えて救援した人の話がそれである。危機の時こそ人類愛による行動を優先すべきであろうという。あとに責任が問われてもすべきことはマニュアルやシステムを越えて行動するのが正義であるというメッセージを「余禄」から読み取れる。
 
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大佐」や「将軍」

2011年03月22日 05時30分31秒 | エッセイ
 11日国会中継を視聴していた途中「地震速報」の画像に代わり、天地壊滅状況のニュースでショックを受けたのは私だけではない。その後政治ニュースや娯楽番組などたの情報は乏しくなった。政府と国民が総力を上げて危機を乗り越えようとする。政治論争も消え、空白のような状況が続く中、与党から自民党の谷垣総裁へ協力を求めたという情報があったが拒否されたという。昨日広島大学名誉教授との放談の中で彼がその点について今、総力を挙げて復興をめざす時なのに与野党を区別して参加しないと拒絶した谷垣氏の態度は正しくないと言い出して私も大いに賛成した。与野党を問わず、地位を問わず、可能なことはどんなことでも協力すべきではないか。野党の声がマスコミから消えて、伝わってこないのは不幸中の幸いである。
 リビアのニュースも多く伝わってこない。しかしCNN,外紙などを通して知ることができる。それより日本の情報が外信でどう伝わっているかも知りたい。カダフィの抗戦にアメリカ、EUなどが攻撃する戦争が続いている。「大佐」や「将軍」という独裁者の称号は軍事によるという意味がある。彼らの末路が戦争になる例になるかもしれない。「正しい戦争」には以前論じたことがあるが、いまの西洋諸国のカダフィへの攻撃は戦争というより国際支援のように感ずるのは何故であろうか。それは長い独裁者は生前に悲劇に向かわせるべき正義の行動であるからであろう。 
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Kids Forum

2011年03月21日 06時21分33秒 | エッセイ
百貨店の広場で子供のために行われた楽しいパフォーマンスKids Forumを見た。東亜大学の子供発達コースの教員たちも参加する行事もあった。子供が登壇して参加するので子供自身は勿論、観ている人たちの嬉しさが伝わってきた。中には子供よりも楽しむ大人が多い。ある中年の紳士は子供たちの中で横にころがった姿勢で喜んでいる。日本が憂鬱な時ではあるが、このように笑顔を誘う楽しいところもあってよかった。会場のの入り口や横では必ず募金活動が行われている。
 私は偶然にも10人ほどの面識ある人と挨拶や合図を交わした。ここで時々偶然に会う人が多くなった。私はもう下関の人間にもなった感がする。雨が降る中、若い親が子供を抱いて、ベービーカーを持ち上げて歩く人をみた。子供を愛して大事にして歩くのをみた。時々マスコミでは子供を虐待し、殺したりするニュースが大きく報道され、現代人は子供への愛情がないように錯覚しそうであるが、これらの親子の姿はほほえましく美しく感ずる。社会はまだ健全であると思った。
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「海」(津波)と「塩」(中国人)、

2011年03月20日 05時52分09秒 | エッセイ
 博士号授与式に参加するために来る金君を迎えに出た下関港で中国人の往来が非常に多く混乱していた。彼の話によると日本にいる中国人が原子炉の放射能を恐れて避難していくのだという。中国の港では日本からの人々が下船する時、戦場から無事に戻ったというように花束をあげたり抱きしめたりする風景をみてきたという。東京などからは出国チケットが求めにくく、下関港まで溢れていることが分かった。中国のマスコミは大げさに日本は危険な国、可愛そうな国として連日報道し、直接放射能は影響なくとも、海が汚染されたので塩は危険物だというデマが回って塩が売れきれたとか、中にも以前に作られた日本製の塩が安全だということで日本製の塩が人気があるという。海水(津波、放射能)と塩(中国人)、死と生の弁証法のように見える。日本を危険視している人が日本に一緒にきたらこの平穏な日本人をみて驚くだろうと彼は感想を語った。
 この話とは矛盾していることも多い。中国から来る人も少なくない。中国では日本製の米、塩が人気があり、反日感情は収まっているようであるという。中国人が日本に援助、支援する話も多く報道されているという。中国人がマスコミに扇動されているようでもそれを上回るデマが優先されるのをみるとマスコミが機能を十分果たせないと思われる。日本のマスコミが全チャンネル(?)が大地震に集中し、自粛雰囲気であり、外国にデマを流すようにもなったと思われる。死傷者のことは心痛く、冥福を祈るしかない。生き残っている人は七顚八起、復帰すると思う。マスコミに多くのタレントさんの代わりに多くの研究者や技術者が登場した。危機において彼らの冷静な態度や説明によって世論が主導されたことは良い。固定電話が携帯へ、固定チャンネルがインターネットへ変化すると共に情報交換、管理が問題になりそうである。
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危機は人を一段高く、大きく変える

2011年03月19日 05時47分35秒 | エッセイ
 福岡に滞在して研究をしているソウル大学校の全京秀教授から電話があった。彼は日本という国、日本人が東日本大震災を受けて、危機に直面しても冷静に対応しいるのに感嘆したという。一言で日本人は偉い国民であるという。私も大いに賛成した。ただ韓国ではマスコミなどが過剰に悲惨な面を「偏執報道」をしているようであるともいう。私にも韓国から連日安否の電話や電子メールなどが届いてる。日本中、全国的に避難の話が出ているが、我が家族を受け入れてくれると大邱の郭病院理事長、今はなくなった友人の息子からの言葉(英文)をいただいて慰められている。
 昨夜の菅首相の全国民へのメッセージは素晴らしい。「家族や地域の絆を大切にして、ともに助け合い、協力し合って、この事態を乗り越えようと努力をされております。そうした皆様の行動に対して、心から敬意を表したい。このように思います」「日本の復興についても、必ずや、この地震、津波の被害を乗り越えて、日本全体が復興できる。このように確信を致しております」。内容も内容であり、暖かい感情を込めた言葉に家内はテレビに向かって拍手をした。時々不満を本欄でも教育が足りないとなど書いたことがあるが、現地の住民、町長、知事など自治隊のインタビューを聞いて日本の教育は良いと感じている。危機は人を他人へ関心をもつようにし、さらにもう一段高く、大きく変えることもある。

Hello
I worry about your damage from the nuclear crisis. I am willing to help you if you need to take shelter.
Take care
Sincerely yours, Seung-Hoon Woo.

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写生と観察

2011年03月18日 05時43分01秒 | エッセイ
 
下関市立美術館では、近代日本の異才・高島北海(1850~1931)の回顧展を観覧した。北海は地質学の技術士として日本国内やヨーロッパ、北米、中国、朝鮮の山岳を調査し、また画家として日本美術協会展や文部省美術展覧会(文展)を舞台に活躍した。私が関心を持ったのは1917,18年に描かれた朝鮮の金剛山の絵の数枚であった。数年前に私は金剛山の外金剛の「万物相」「九龍瀑布」などを実際に見たのでこの絵とあわせて表現の美しさを観賞した。山の美と宇宙の神秘が勇壮に表現されている。山、滝、花、昆虫そして人、家屋まで描かれている。(写真下:馬を乗って橋を渡るのは朝鮮の笠とドルマギーの服装)
 金剛山は朝鮮の名山として一万二千の名峰があると知られている。その名山が近代的に観光化されたのは日本植民地政策によるところが多い。昨日同僚の礒永氏の案内で、ちょうど金剛山観光を研究している李良姫氏と同行した。彼女は広島大学大学院の時代に私の指導で博士号を取られた方である。北海は写生スケッチもしており、リアルに、さらに神秘性を加味したのである。漱石の「吾輩は猫である」のごとく写生をしようとしたら、細かく、さらに観察が深まると、岡本正康氏の説明を聞きながら長い時間、実に北海の写生と観察が私に強く伝わってきた。濱本聡館長と歓談をしたことは春休み中の研究会のようで満足した。

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明るいニュース

2011年03月17日 05時59分01秒 | エッセイ
被災地の現場画像と原発の危険性の話で気持ちが重くなっているのは私だけではないだろう。私も数日間本欄で自粛を書いたが、自ら節約や節電をしているという話も聞いている。昨日は韓国や在日教会の民族主義を批判したが、日本の「変な外人」や在日の「外国人」騒動なども考え直すべきことかもしれない。中には明るい話も多い。アメリカの日本通のメーヤ氏が日本から非難されたが、彼が今の日本のために全力挙げているという話もある。人は真意とは違った発言もすることもある。一つの発言に噛み付いて人間関係を切るようなことはしない方がいいと思う。「冬のソナタ」の男女の主人公(韓国人)からそれぞれ数千万円の寄付金をはじめ世界から50カ国以上からの多大な支援など明るいニュースもある。
 我が家の犬も11日から一切飲まず食わずで元気を失っていたが、ようやく昨日から少し食べ始めほっとしている。ソウルの姉も大きい手術をして入院中、下関の知人の高齢の方も入院中である。気を配るところが多い。いま日本は不安で萎縮している。黙祷や祈りしかない。希望をもって明るさを回復するようにしなければならない。
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