崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

リマインダー「楽しい韓国文化論」

2016年08月31日 05時26分58秒 | 旅行

 私は90年代下関の韓国総領事館でパスポートを更新した。その領事館が広島へ移転する記念シンポジウムに参加、テレビに出演した。1905年の関釜連絡 船就航により朝鮮半島への玄関口となって、戦前海上交通の要点として賑わい繁栄した港町が今は廃れ、静かな町になっている。 グリーンモール商店街一帯は多くの在日韓国人のコリアンタウンだがシャッターを下ろしている店も多い。戦前海上交通の要衝として発展したが戦後空港を作らず関門トンネルの開通に伴い、航路が主役する時代に福岡に変われた。市史などの文は懐かしき戦前の歴史を悲しく述べている。一方では静かな関門海峡を挟んで住まいとして楽しんでいる町、リゾート化もしている。
 今週9月3日土曜日から始まる東亜大学東アジア文化研究所と下関広域日韓親善協会共催の「楽しい韓国文化論」は5年目である。5回の講座のテーマは「釜山」にしている。まず下関と釜山の人流と物流(木村健二、魏鐘振)、国際市場(朴熙喆)、倭城(礒永和貴)、温泉(崔吉城)について議論し、終わりに現地探訪の旅行を行う。これは単にイベント主義や商魂によるものではない。国境を挟んでいる港町の意味を再認識し、生活の質を高めることである。関門海峡はさんで、日韓の文化活動である。スケジュールは下記の通り。受講料 5,000円。当日申し込み可能。

9月3日(土)  14~16時 木村健二  釜山と下関の人流
9月10日(土) 14~16時 礒永和貴  知られざる倭城
9月17日(土) 14~16時 崔吉城  日韓の温泉比較

9月24日(土) 14~16時30分 朴熙喆   映画「国際市場」鑑賞
10月2日(日)  14~16時 魏鐘振   釜山と下関の物流
現地研修旅会:11月4日(金)~11月7日(月) 釜山(金海・伽耶文化歴史めぐり)

 

 

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老益壮

2016年08月30日 04時24分00秒 | 日記

二人から「若者以上に旺盛な研究活動をしている」「老益壮の研究者だ」というメールが届いた。半年前死ぬことを覚悟して大手術を受けた者として私も不思議な健康回復である。昨日にわか雨の中、軽く走った時、少し違和感があった、病気の後遺症か老人性か、おそらく混合であろう。定期受診に行った。主治医が聴診器をあてながらすごく音がきれい、異状なしと言われた。この調子いつまで続くだろう、不安はある。
 韓国から来られたお客さんを櫛田学長に紹介したら学長は私が大学に働いていることが心強いと言われた。それを聞いたお客さんは韓国では定年平等のようなものがあり、長く務めると不平等だと非難されるという。韓国では仕事は高齢者には労働ではなく、名誉と感じていることを意味するのではないかと思った。私は教育と研究が好きな労働者である。

 写真は今週末9月3日から「楽しい韓国文化論」が始まるご案内である。

 젊은이 이상으로 왕성한 연구 활동을 하시는데 감명을 받았습니다. 아무쪼록 건강을 유지하시고 좋은 연구를 계속하시기를 빕니다.부인께서도 편리한 교통편을 제공해 주셔서 고마웠습니다.

노익장을 과시하는 선생님의 모습에서 제가 지향해야 할 연구자의 모범을 만나 뵈었노라고 생각합니다.귀국해 집으로 돌아와서 마침 제가 갖고 있는 선생님의 저서를 서둘러 읽었습니다.



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「新婚さんいらっしゃい」

2016年08月29日 05時48分16秒 | 日記

 昨日は「新婚さんいらっしゃい」の司会者の気分であった。下関に在住した記者西嶋正法氏が結婚したばかりの新婦と一緒にわざわざ大分から来られて昼食を共にした。司会者のような私は新婦への話しかけに傾くようであった。特に彼女が文化人類学が好きであるところからレヴィストロースの話にまで膨らんだ。新婚さんの新婚旅行先の助言として私はシンガポール、バリ、サンペテロブルグ、フィンランド、パリーなどを勧めた。新郎がパリーには住んだことがあり学校に通ったこともあるという。私は勧める態度を後退するしかなかった。彼のお父さんがルソーの研究者、現役の教授であるという。私は話の主役の勢いを失い唖然とした。それは文学少年時代にルソーの『懺悔録』など特に「幸福な前半生」を読んで感銘を思い起こしたからである。

 西嶋氏とは韓国旅行も一緒にしたり頻繁に会って多くの話を交わしたはずなのにそのような話は初耳であった。ひと昔までは海外旅行の話は自慢話であり、パリの話をしなかったのだろうか、私が話を独占的に進行してしまい、彼が遠慮深くて話さなかったのかもしれないと反省をした。彼とは下関で記者として付き合い、それを超えて親しく付き合っている。私が入院中にはわざわざ大分からお見舞いに来てくださった。昨日は新婦と一緒に「新婚さんいらっしゃい」のようにこられて私が語る家内の私への看護、介護の話にも関心を見せておられた。お二人は凄く幸せに見えて、私たちも楽しく幸せだった。これからももっともっと幸せを祈っている。

  

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韓国の経済成長

2016年08月28日 06時08分00秒 | 日記

 昨日ソウルから来られる東国大学校の金洛年教授を新幹線駅で迎え、研究室で昼食をしながら話した。彼はソウル大学を卒業して1980年代半ば東京大学に7年間も留学し、同大学出版部から2冊の本も出している。そしてソウル大学の経済研究所の所長をしているという。私たちの研究は日本植民地時代の朝鮮や台湾などの植民地経済に関心を持っており、彼の博士論文が日本植民地時代の朝鮮の経済成長に関するものである。昨日彼は植民地期を含む100年間の韓国の経済成長に関して統計的な長期推移と国際的に比較で、人口構成、労働、貯蓄と投資や学校教育によって韓国の経済が発展したと解釈した。

 コメンデーターとして木村健二、古川智、瀧田修一の3氏による質疑、研究メンバーの原田環、上水流久彦の両氏、そして魏鐘振氏田中氏らを含む、3時間の討論会であった。夕食を兼ねながら金先生、研究メンバーたちと今後の研究に関することなど会話が続き、駅に送るまで研究会は続いた。充実した貴重な一日であった。金氏は私がコンピューターなどの機材をこなすことに高齢者として意外な存在だと繰り返した。先週東京で対談した夢枕獏氏は原稿をペンで手書きだと言っておられた。それに私は驚いた。彼は私が高齢なのにコンピューターを使うことに驚く。周りの人達がハハハハ。 

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収穫の季節

2016年08月27日 05時42分35秒 | 日記

 台風により猛暑は一つ峠を越したようである。長い間熱中症も脅威であったが、思考力が落ちることが心配であった。熱帯地域の人を見ていると昼寝などで時間を過ごすことはできても思考創作活動は難しいと思った。四季を持っている地域はいかに恵まれていることだろう。朝夕涼しくなっている。蝉の鳴き声もコオロギの声に変わりつつある。猛暑の間、ヴェランダの鉢物の植物が成長し、茂っている。古木になって捨てるつもりだった棗の枝から芽生えて早く成長して花が咲き、今は多くの実をつけた枝が垂れ下がっている。収穫の季節になっている。

 私の秋のリズムはどうだろうか。今日は科研研究会で韓国東国大学校の金洛年教授をお招きし、日本植民地時代の経済発展について発表。木村健二、古川智、瀧田修一の3氏による討論、そこに研究メンバーの原田環、上水流久彦の両氏と参加者による議論が予想され、楽しみである。来週から1か月間土曜日ごとに「楽しい韓国文化論」、10月からは「アジア共同体」の公開講座に学生たちだけではなく市民へのサーヴィスでもある。猛熱が広がることを望んでいる。

 

 

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植民地研究学派

2016年08月26日 04時33分02秒 | 旅行

一月に日本文化人類学の田中雅一、上水流久彦両氏の編集委員にインタービューされたものが出版されて届いた。私の学問と人生を語ったものであり、特にシャーマニズム研究と植民地研究に関する質問に対する話が多かった。啓明大学日本学科在職時代、当時の韓国の反日感情の中から私の植民地研究が生じたものである。親日派と非難されることを覚悟して始めたものである。植民地を正面から研究し、研究学派などを作ることも希望した。しかし、学生たちは親日派と非難されることを恐れたのか植民地研究には一人も一緒にする人はおらず、私一人の孤独な道であった。しかし私が広島大学に在職して同様な研究を続けている時は違った。多くの植民地を研究する人が出た。その中の二人から研究状況が分かる論著が届いた。

 山田寛人氏は日本の植民地期に日本人への朝鮮語教育に関する研究で博士号を取得。山田氏から「朝鮮語を学び、奨励した水野錬太郎」(『正論』2016年7月)、崔錫栄氏の『日帝の植民地考古学と戦後』(韓国語2015年)が届いた。上水流久彦氏の「第一回研究者訪問:東亜大学崔吉城教授」(文化人類学81巻1号、2016年6月)と共に3人の業績を見ながら希望していた植民地研究学派でも作れるのではないかと思いつつ、教え子たちに支えられていることを幸せに感じている。感謝したい。

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快楽は人を滅ぼす道

2016年08月25日 04時35分44秒 | 旅行

 私は今後期高齢者、韓国語でジョンジャンナン(大人、若くない)人として「強姦」という騒ぎを耳にすると縁の遠い嫌な感じである。が思春期から自分の性欲を振り返ってみると簡単に片づける問題ではない。人間にとって性欲はただ種づける欲だけではなく、性欲と愛情は「性愛」と結婚、家族に繋がる人間の社会化の本源であることを認識しなければならない。つまり子孫を残すためのようであり、現実的には性欲を発散、コントロールするために結婚制度ができあがったのである。性欲には極端な快楽性があり、犯罪の源にもなっている。快楽を禁欲するのは無理であっても抑制させようとするのが禁欲であり、それが貞操観として設けられている。日本人に比べて韓国人は貞操観が強いと思われるがそれは女性にだけ求められている男女差別を基礎としている。キリスト教の男性の禁欲が強調されているのとは違う。

 若い青年男性に性欲を抑制させることは難しい。特に死と闘う軍人に性欲を抑制させるのは難しい。今問題になっている慰安婦などがその例である。性欲と禁欲をコントロールすることは人生の重要な生き方、人格でもある。社会には性とロマンが混合して、文学や芸術が流行り、男性の性欲を刺激する現象が溢れている。多くの若い女性が男の視線を引くように露出しており、男性にとっては刺激的であることも現実である。

 俳優の高畑裕太容疑者(22)が女性に性的暴行を加えケガをさせたとして逮捕された。強姦致傷とはいうが性器への致傷ではないだろう。女性の指にケガをさせた疑いが持たれている。性交自体は犯罪行為ではない。社会や時代によっては男性はある程度強く誘うということがゆるされていた。相手の意思に反する、恥を強制したのが違反である。つまり基本的人権を犯したのである。快楽は人を滅ぼす道である。詳しいことは拙稿『恋愛と性愛』を読んでほしい。

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190x275-17.4kB-恋愛と性愛 | 早稲田大学出版部

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情報の料理

2016年08月24日 05時46分21秒 | 旅行

 昨日また紀伊國屋書店に寄った。やや早めに昼食は中村屋の有名なカレーを次に出版予定の拙著の編集者にご馳走なった。中村屋は知名度と値段は高目であり、時間になるとかなり混んでいた。味は強い香辛料が私の口には合わないものもあった。しかし、落ち着いた格調高い雰囲気で会話を楽しんだ。私たちの話も格調高くグレードアップされたようであった。本をよく作ることにも一時的な流行に乗るべきか否か、タイトルはどうすべきか、紙の文化とネットの文化への批評的なことも話題になった。私はスマートフォンなどを脳のように使っている風潮を批評した。紀伊國屋書店で買ったPeter Burke著 What is the History of Knowledge?を出して見せながらただの情報inoformationは知識ではないことを強調した。スマートフォンからの情報は脳の機能作用を通して知識化しなければならない。読書とは知識作業である傾向が強いことに合意できた。

 帰路の飛行機内でその本を開き、私はより知識化を図った。情報informationを「料理するcook」というレヴィストレースの言葉が引用されている。この本は哲学の本だが難解な単語も少なく、平易な文、しかし深く考えさせる本である。昨日の「無脳時代」に高木ラブ氏のコメントの中に「携帯、メール、スマホ、ラインなど新しい物が出る度に未来永劫繰り返されていく光景なのだと思います」と物の流れに流されている人の現象だと言う。つまり一時的な現象が永遠に続くことであり、人間の自力の無脳・無能時代は続くと思われる。今この時点で考えるように、情報を知識化する態度へ変えるべきであろう。

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夢枕獏氏と対談

2016年08月23日 06時04分37秒 | 日記

 昨朝ホテルに出たばかりで暴雨に遭い、その大雨中にも関わらず地下道の入り口まで案内してくれた青年に感謝、久しぶりに新宿紀伊国屋に辿り着いた。店内を廻りアジアコーナーで韓国語を話す3人に出会った。近代史研究の韓国の大学の教員と学生、彼らは私の名前を知っていると言う。立って会議をするな会話になった。書棚から私の拙著を出して購入された。記念写真を撮って、台風9号の直撃中に時間ぎりぎりに会場のポレポレ東中野映画館に着いた。猛烈な暴雨のなかでも実行することとなっていて、すぐ着席、「冥界婚」を鑑賞した。台風の中なのに大勢の観客がおられてびっくり。監修のために数回見たが完成品では感動し、涙汲んだ。映画が終わり始めて作家の夢枕獏氏にあって「打ち合わせなし」で、そのまま二人が演壇に座した。司会は壇下で北村皆雄氏がされた。二人はそれぞれ北村氏の長い友人であり、トークショーの二人は初対面、それも観客の前での対談であった。しかし二人の対話は演者というより友人同士のように進行した。不思議な状況であった。

 私は陰陽師作家に挑発的な質問を投げかけながら映画の場面から遠くはなれず死後結婚、泣くことにポイントをおきなら対話を勧めた。紙を焼くこと、匂いなどをもって作家は掘り下げて考え、私は祭りに線香たて、お茶を供えるなど香り文化など広く世界の地域まで広げていく、つまり二人が広げ堀下げる共同作業のするような話もした。泣きについては悲しさと泣く様式とは関係が少ないことなどを指摘した。フロアーから浮葉正親氏、大内典氏のコメント、多くの旧友、知人などとも逢えた。また二人を囲んでの懇親会にはより親密にプライベートの話もした。獏氏は手書き創作活動、スマート時代の人間は、自分自ら思考しないと指摘した。ちょうど私は昨朝ブログに「無脳時代」と書いたが私の文を読んだような話に私は驚き、そして大賛成した。長い対談、放談の一日を終えて、外に出たときは台風は過ぎ去ったいた。

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無脳時代

2016年08月22日 08時48分42秒 | エッセイ

 どこでもスマートフォンが一般化されている。便利な文明の利器であるが頼り過ぎの現象がある。研究会に参加した人に意見を求めたらスマートフォンの画像を見せてくれる。あなたの意見を聞きたいというと「これが正確だ」と返事をする。そのような人の文章もそうであるように人の脳の代わりに電子のサイバーの時代になった。無脳の無能な人間が量産されている。自分で感じて考えることが稀な人間社会は魅力がない。しかしその時代に生きているのは事実である。情報を通して知識を増やすことはよいが、それを持って考えて判断し、信念を持って実行する。そして心を通わせる大事な人間関係が必要である。サイバー人間は無関係、空しく感ずる。スマートフォンはあくまでも利器という認識をすべきであろう。

 

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台風が心配

2016年08月21日 20時12分50秒 | 旅行

 福岡空港のJALカウンターまで順調であったが1ヶ月前インターネットでホテルつきの予約が大失敗であった。家内と同行しながら私一人だけの予約になっていた。連休明けの帰りの客で満席であり、やっと無事に乗れたが飛行機は遅れて東京着、会場にはかなり遅れて着いたが、途中から俳句歌人の井月に関するドキュメンタリー映画「ほかいびと」鑑賞とトークショーを見ることができた。ほぼ満席であった。井月と芭蕉、山頭火など俳句の歴史が理解できた。彼らは基本的には放浪的な点が共通していると言う。二人は現代人の内面的な放浪とつなげて結びにした。放浪は私も職場や国を渡り超えながら放浪していると言える。否、現代人はみな放浪者であるといえる。難民や観光客も放浪者であろう。

 明日は夢枕獏氏と私の登壇である。打ち合わせ無しで行われることとなった。それは打ち合わせにより新鮮さが減るのではないかと言う私の意見もあったが夢枕氏の話術を知っている主宰側の意見でもある。どうなるだろう。不安と新鮮さを見る機会となるであろう。なにより心配なのは台風の直撃と言うニュースである。早くホテルについたがまた家内が予約されていない。追加して入ることはできたがネットwifiも不便。ビジネスホテルで先日カンボジアより格がうんと落ちている。猛暑の中お湯はあっても冷たい水は無い。半世紀過ぎたような浴室は東京のど真ん中のホテルとは思えない、それもJAL連携であるのには失望した。

 

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探し、調査、捜査

2016年08月21日 05時24分52秒 | 旅行

 昨日2冊のハングルの本を探しに大学へ、研究室と研究所で探した。応接間も全て3か所で数日探してもでない。探せば宝物探しのようで嬉しいが、なかなか探せないといろいろと想像する。誰かが持っていったのではないか、いつの間にか捜査の心に変わっていく。なぜハングルの本がなくなるのか、研究書だから誰かに貸し忘れたのか…それに該当する人物像が浮かび、まるで自分が刑事にでもなったようになる。宝物探しや捜査は面白さと興味は似ている。早く探したら、捜査完了、濡れ衣もハレになるだろう。

 昨日から馬関祭りが始まって釜山から大勢の人が参加している。その主催団体の中に中村八重氏が一行として来ている。昼食をともにしながら研究の近況を聞いていた。対馬観光研究の一環として下関の朝鮮通信使行列や実行などに関する調査に来ているという。古い教え子に調査資料から想像ことへ、今夢中に読んでいる夢枕獏氏の話から一句を話をした。舞う蝶を見て卵、虫、さなぎ、成虫への変化変身を考えるような研究者になってほしいと。今日は東京へ午後から映画上映会に参加する。

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研究は私の人生

2016年08月20日 06時15分36秒 | エッセイ
 投稿や反応が随時入るのでPCの前に座っていることが多い。ブログやフェースブックなどは面白い。その一つが昨日の投稿に対する反応である。私がシャーマン研究者であるということで驚いたという大越氏の文に、香村かをり氏が 「私は逆に、先生が巫俗以外に植民地、日韓関係の本を出していらっしゃることに(日本帰国後)驚きました。80~90年代、韓国巫俗研究の日本語書籍は先生の本しかありませんでしたから。」と書いておられた。シャーマニズム研究からなぜ植民地研究へ転向したのかという質問だと受け止めたい。
 日本留学から韓国に帰国して日本語教育学科に所属するようになり、激しい反日感情にぶつかったことからである。しかしシャーマニズム研究とは接点があった。それは京城帝大の秋葉隆教授のシャーマニズム研究の調査地が京畿道楊州、私の生まれ故郷であり、秋葉を通して植民地主義とシャーマニズム研究を繋げることができた。その延長線で世界の植民地に関心が広がった。最新著『植民地歴史を正しく見る』(ソウル:民俗苑)でそのわけを詳しく書いた。二つの研究は私の人生観そのものであるといえる。本の裏表紙にはその私の言葉が載っている。


나는 해방 전에 태어나서 광복 후에 서울에서 자라고 교육을 받고 연구를 하고, 마산 대구 그리고 일본으로 옮기면서 연구자로서 또 교육자로서 살고 있습니다. 그래서 해방 후의 한국의 사정이나 최근의 한일 관계를 어느 정도 안다고 할 수 있습니다. 나라가 없이 불행했던 나라가 해방이 되고 바로 남북으로 분단된 것은 이후 우리의 역사에서 매우 불행스러운 사건이었습니다. 한민족이 전쟁도 불사한 불행한 비극의 역사는 지금까지 이어지고 있어 참으로 안타깝습니다. 이 책은 그런 나의 마음과 경험을 토대로 분단의 역사, 그리고 그 이전 식민지의 역사를 살펴본 것입니다. 이것은 한국의 식민지 역사인식 및 유산을 바로 보기 위한 노력이기도 합니다.

나 개인의 가치관보다 국가와 사회가 더 빨리 변하여 온 것을 이상하게 생각하면서 오히려 사회 변화에 큰 기대를 걸고는 하였습니다. 그러나 남북관계와 한일관계는 좀처럼 변화하지 않고 있습니다. 이 책은 그런 사회의 변화와 불변화에 대한 나의 견해를 피력한 것입니다. 특히 식민지 역사라는 부정적인 문화유산을 다루어 보았습니다. 식민지 문화유산 문제는 비단 한국만의 것이 아니라 세계 많은 국가들의 공통된 문제이기도 합니다. 나의 저울대가 절대로 옳다고만은 할 수 없습니다만 감히 의견을 제안했습니다.

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私はムーダン研究者

2016年08月19日 05時45分28秒 | 旅行

「下関生まれの下関育ち、生粋の長州っ子です。幕末の歴史が好き、高杉晋作が大好きな歴婆です」と自己紹介をしている下関在住の地元の文化人大越清美氏が私のFBに私がムーダン研究者であることを知って驚いたと投稿している。おそらく植民地、日韓関係の本などで私を知っているからであり、当然であろう。しかし私も驚いた。生業として研究しているのがシャーマニズム、筑波大学の文学博士論文が「韓国巫俗の社会人類学的研究」である。しかしムーダン研究であるのに下関在住10年も過ぎているのにまだ自己紹介が足りないのではないか。このような状況は韓国でも同様である。初期の研究が中断されたようになって先日カンボジア会議で会った韓国の研究者からもシャーマニズムの研究はどうなのかと質問された。実は今韓国のムーダンについて韓国語で執筆中である。半分ほど進行しているが他の緊急執筆などがあり並行している。
 私はムーダン信仰の強い母の影響によりシャーマニズムを研究をするようになった。私の信仰はキリスト教、クリスチャンとしてシャーマニズム研究者になっている事情から文章は始まっている。つまり母のムーダン信仰を迷信と思ってキリスト教に改宗したが、教会でまたシャーマニズムに出会うという韓国のキリスト教の研究にも繋がることである。北村皆雄氏が監督、私が学術顧問として製作された「冥界婚」が来週月曜日東京で開封し、トークショーに登場する。下関でもみてほしい。トークショーもできたらと思っている。

 
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「冥界婚」「陰陽師」

2016年08月18日 05時35分03秒 | エッセイ

 猛暑の熱夜が多少弱まった。時々涼しい風が通る。まだ熱中の中ではあるが秋が遠くないと感ずる。私は今週末東京へ、映画「冥界婚」の上映会とトークショーをする。北村皆雄監督の映画が上映される中のトークである。広告のチラシ、

「冥界婚」(2016)は撮影から17年が過ぎていましたが、韓国の客船セウォル号沈没事故の悲劇を受けて完成させることになりました。韓国東海岸のムーダンが司祭した死者同士の結婚式で、受け入れ難い悲劇に直面した家族の心を救う儀礼と芸能者集団のパワー全開の貴重な記録となりました。トークゲスト夢枕獏氏の質問に答えるのはムーダン研究の第一人者である崔吉城(チェ・キルソン)氏。

 冥界婚について「トークゲスト夢枕獏氏の質問に答える」という言葉が気になる。夢枕獏氏の人と作品世界はどうなのであろう。面識はない。不思議な作品世界へ常に挑戦的に創作活動をする作家の攻撃に私はただ受け身になる気持ちである。しかし私も挑発的に問いかける気持ちで彼の作品概要と数編の作品を読んだ。死霊や鬼の世界の話では私が研究上、あまり大きく注目していなかった煙、香り、臭い、焼き紙、紙銭、櫛などが彼の「陰陽師」に展開されいる。民俗学の研究を掘り下げて展開しているようである。私は以前シャーマンの儀礼の中の線香や焼き紙を以て香りの文化へ、お茶と化粧品文化まで広げてみたが、この度はそれらをもって彼の想像力に迫ってみたい。何だかオリンピックの試合に行くよう大げさな話になった。

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