崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

言論のねつ造

2017年01月31日 06時04分52秒 | 旅行

 アメリカの大統領の影響は本当に大きいので驚く。私は四つの新聞を定期購読しており、日本、韓国、CNN, BBCなどのテレビを通しても情報を得ているがトランプ氏への非難や批判が圧倒的に多い。昨夜BBCはCNNと異なり、アメリカの国民から彼が強く支持されていると報じた。他の多くの媒体はそのことを報道していない。
 私のメディアへの不信感は一層高まった。韓国で弾劾へ至るまでのメディアの操作、ねつ造はどうだろう。メディアへの不信は逆にネットへの関心に傾く。トランプと朴クネ両大統領がツイッターにより発信する気持が理解できる。戦前のプロパガンダ映画を非難する人は多い。否、戦前ではなく現在がよりねつ造が酷いといえる。昨日満洲映画を研究する林楽青氏との話、私は現在のプロパガンダ、ねつ造が酷いことと持続性について触れた。
 生の情報や資料を編集して効果的に理解できるように報道するのは正当である。しかしそれがねつ造になりやすい。資料の選定や編集方法には真正性、正当性、客観性などがなければならない。その上本質を正確に把握しなければならない。トランプ大統領の例でいうならば彼の行動、発言の後ろには多くの支持者がいることが本質である。その支持について報道しながら批判するのが正しい順であろう。
 昨日下関市長選の候補の一人の松村せいご氏が研究室を訪ねてこられた(写真)。同行した「ひまわり」の穴見幹男社長は釜山との交流を強調した。宣伝、PRは、少女像の釜山との関係は選挙の関心ごとになるのだろうか。4千人ほどの在日は投票権がないのではないかと言ったらほぼ帰化しているという。なるほど。

コメント

時折貴織氏へ「烈女門と少女像」

2017年01月30日 05時43分47秒 | エッセイ

 

 先日本欄である新聞から掲載無理といわれた原稿「烈女門と少女像」について多くの方から反響があった。時折貴織氏からはコメントをいただいた。「内容を拝読させて頂く限り…何故、出版側は掲載不可としたのでしょうかね?」とし、要約すると日本の占領が、欧米諸国の占領とは全く意味合いが違ったことは教授もご存知の事、共存共栄を目指した占領である。今日、慰安婦問題が両国にとって最も大きな蟠りとなっているが…特に朴教授の「帝国の慰安婦」の内容が最も事実に近いとすれば、「チェ教授は、両国は今後どの様な対応をすべきとお考えでしょうか?個人的な考えで結構ですので、お時間がある時にでもご教示下されば幸いです」。
 2月16日午後3時から東亜大学で山県順子氏によりいわば「関釜裁判」を以て慰安婦問題を討論しようと予定してする。もし時折氏が参加できれば嬉しい。私は日韓関係など目下危険な事情やテーマに問題意識は持っているが直接挑戦はしていない。それは逃げてるようで卑怯と思われるかもしれないが、決してそうではない。反日、親日、好き嫌いのレベルをはるかに超えて考えているからである。つまりそれらの問題は研究への刺激ではあるがわたしにとっては本場ではない。その点は多くの慰安婦問題への筆者たちとは本質的に異なる。私は戦争と性、性と政治、現在のセックスナショナリズムの韓国社会の伝統的な男性中心の儒教の性モラルなどを明らかにしている。*2013年10月ソウル
コメント

死線の壁

2017年01月29日 05時47分05秒 | エッセイ

 壁をなくして国際化、グローバリゼーションへというボーダーレスに逆行するトランプ大統領の壁を作る話が気になる。写真で見ると壁は高い柵のようなものである。それより丈夫なものを作るのだろうか。韓国の155マイルの休戦線をモデルにすればよいかもしれない(笑)。以前北朝鮮から柵に穴をあけて侵入した事件があってから、鉄製柵、それには地雷を埋めトリガー線の網をかけており、柵付近には、足跡の確認用の砂を巻いている。それだけではなく、GOPから軍人が見張りをする。それを超えることは殺されること、つまり死線の壁である。私はその内側に入ってGOPで見張りしたことがある。北朝鮮側にはこのような施設はほぼない。私は朝鮮戦争直後感電死の現場を目撃して、その兇悪のトラウマを持っている。刑務所では電流拷問を行っていると聞いたことがある。
 アメリカが出入国管理を厳格にするのは自由であるが、「壁」を作る話は異様な感がする。梯を作るという人もいる。メキシコからは祝福の地であるアメリカであること、アメリカ行きを熱望するメキシコ人に移民入国の開放政策を取り、不法の転入や滞在を取り締まるように知恵を絞ってほしい。日本は少子化に悩みながらも移民は受け入れていない。ここにも見えない高い壁はある。

*写真593x282-20.6kB-Mexico-Guatemala Border Wall :...
 

コメント

メディア嫌い

2017年01月28日 06時08分22秒 | エッセイ

 今日は陰暦の新年、「中国のお正月」といわれる日である。日本に住んでからこの「旧正」を意識することや祝うこともなかった。しかし隣市に住んでいる教え子が毎年この日に高級な精肉と栗饅頭を送ってくれるし、中国や韓国から留学生が多くいて多少その雰囲気に包まれている。韓国のテレビはこの名節の雰囲気を長く報じている。昨夜のプライムニュースでは産経新聞の黒田勝弘氏が韓国のメディアが、否、韓国人の気質が問題であるというコメントをした。朴クネ氏のメディアと政治家への素朴でジェントルな話も資料映像として流れた。その影響があってまた大きい朴クネをカーバーするデモがあったとも報じられ、韓国国民も多少冷静になっていく時期ではないかと予測した。
 トランプ大統領がメディアを嫌うことが理解できる。インタビューなどを編集、操作するというメディア不信である。生の声を編集、操作、ねつ造などとなったりすることがあると知っているからである。言論の自由という壁を作って民主化運動に便乗して君臨する。寓衆が知るはずがないので暴君になっている。生の声、文脈、レトリック、雰囲気などを充実に報道するようになればと期待している。先日2社のある新聞コラムに依頼されて送った文が断られた。その文を読書会で読んでもらって名文だ(?)と評価された(以下参照)。また慰安婦に関しての朴裕河氏の講演会にも一社も取材に来なかった。私はツイッター、フェイスブック、ブログに毎日投稿している。トランプと朴クネの両大統領もそのようになっていることが十分わかる。

 <烈女門と少女像>
 日本の太平洋戦争は植民地諸国を超えて東南アジアなどを含み広大に占領していった。太平洋戦争の最終期に韓国は戦場ではない後方(銃後)地として徴用、徴兵などで動員され、ものが収奪されたことは明らかである。戦後処理問題が残っており、現在まで日韓関係を難しくしている。その一つがいわば慰安婦問題である。それがなぜ植民地あるいは戦争の被害の象徴的なものになったのであろうか。それは植民者は絶対悪、被植民者は絶対善という二項対立的になっており、「和解のために」書いた著者さえ政治裁判的に裁かれている。
 多くの韓国人は少女像(慰安婦像)を見ながら女性の貞操を奪った日本民族は許せないと。呉公太民団団長は釜山総領事館前に設置された慰安婦少女像は撤去すべきだといったと報じられ、私は初めて民団から聞く新鮮なことばだと思っている。読者は唐突な話に聞こえるかもしれないが、私は少女像を見ながら朝鮮王朝時代の烈女門を想像する。それは私の想像に過ぎないことではなく、歴史的史実である。豊臣秀吉朝鮮出兵の壬辰倭亂の時に日本の将兵たちが朝鮮の女性の貞操を汚したことへの憤怒と怨念で烈女門(夫以外にセックスのない)が多く立てられた。それは蒙古の侵略に処女供出に憤慨した事と同様である。儒教によって女性の貞操は強調された反面男性についてはほぼ放任された。女性だけに強いられた貞操観である。韓国では最近まで姦通罪、貞操に関する刑法が成立していたのがそれである。
 少女、烈女、慰安婦は何を意味するのか。少女と烈女は貞操を意味する。私は烈女門の変身が少女像だと感じている。慰安婦は貞操が犯された汚れた女性を指す。それを日韓に相応してみると日本は悪の植民、韓国は善なる被植民の二項対立的、つまり悪の日本人が善なる韓国の女性の貞操を奪ったということになる。それは反日以前の原初的な韓国社会の特質といえる。
 朝鮮戦争の時国連軍による性暴行があった。平和軍であり、民主主義を守ってくれる天使のような軍人が、みんなが手を振って迎えたのに村の女性に性暴行することがあった。兵士の婦女への性暴行により、結局村に売春婦たちが入ることになり、性暴行はなくなった。儒教的な倫理観が強い村が戦争という不可抗力、性暴力の恐怖によって、住民たちは売春婦を認めざるを得なかった(拙稿『韓国の米軍慰安婦はなぜ生まれたのか』)。朴正熙大統領時代には妓生観光があったが日韓関係で大きく問題化することはなかった。
 反日感情にこのような慰安婦問題を載せると国民統合や外交の効果が倍増する。政治家は世論を引き上げるのに貞操感を持ち出す。元慰安婦の人権を著しく傷つけたことへの誠実な謝罪が必要だと主張する人権主義者たちやフェミニストたちとも連携しやすくなる。韓国政府は常にセックスや性倫理を政治に利用してきており今も日韓において不和の火種になっている。

コメント

謝る文化

2017年01月27日 06時08分52秒 | 日記

  先週ワンアジア財団から多くの学生たちに奨学金が授与され、感謝している。授与された学生たちは感謝しているだろうか。私は留学時代に受けた奨学金や支援には今も感謝している。それは恩返しすべきだという心の負担ではなく、ただ感謝の心である。それが「礼」といえる。私は子供の時から中国の古典の話から中国は『礼記』の国だと聞き慣れている。その影響は東アジアに広がっている。その「礼」とは何だろう。それは感謝の心の文化であろう。
 謝罪とは何だろう。それは正義、倫理であろう。韓国や中国はなぜ日本に謝罪せよと叫ぶのかという。逆に韓国や中国には謝罪文化があるのか。伝統的に「礼」とは下の者が上の者へ尊敬あるいは服従の礼式であり、平等な心の関係とは言えない。昨日中国からの留学生に日常生活の中で家族や友人に謝るかと質問した。個人によって意識した知識人のことではない一般的に謝る、いわばアポロジーapology文化があるのか議論した。韓国と中国には「謝る文化」が存在しないのは私も経験的に知っている。したがってそちらから謝れ、謝罪せよというのは喧嘩、抗議、屈服させる戦略的な挑戦であることしかない。日本には謝る文化がある。その意味で謝ってきている。
사죄란 무엇 일까. 그것은 정의, 윤리의 문화이다. 한국과 중국은 왜 일본에 사과를 요구할까?. 한국이나 중국에 사죄 문화가 있을까? 전통적으로 「예의 」 라 하면 아래 사람이 위 사람에게 존경이나 복종의 예법이 있어도 평등한 마음의 사죄란 존재하지 않는다. 어제 중국에서 온 유학생들과 일상 생활에서 가족이나 친구에게 사과하는지 질문 했다. 지식인 외의 일반적으로 사과, 말하자면 apology 문화가 있는가를 논의 했다. 한국과 중국은 「 사과 문화 」가 존재 하지 않는다. 따라서 사죄하라라 부르짖는 것은 싸움, 항의, 굴복시키려는 전략 도전일 수 밖에 없다.
*위명온 화백의 그림과 창가의 꽃

コメント

春風

2017年01月26日 05時23分34秒 | 旅行

 韓国から来られた李教授が韓国語で「もうすぐ春ですね、柔らかい春風が…부드러운 봄바람」という。日本では春の風は「春一番」という嵐に近い風であることを彼は知らない。日韓の季節感は異なっている。韓国の姉に旧正のお正月祝いにお土産を送るよう韓国の知人にお願いしたら郵便や宅配が打ち切り営業を休止していると電話での返事。季節感とともに休日の過ごし方も異なる。韓国の大学に在職の時期には学期末になって学生たちと終講祝いをした覚えがある。今学期の文化人類学では性、愛、結婚、家族、差別などがテーマ、昨日の講義の終わりころモンゴルからの留学生がなぜ韓国人はいつまで慰安婦を問題にするのかと言った。学生たちと公開講座を一緒に行いながら無事に充実した授業を終えることができた。一方長い春休みに講義がないことが寂しく感ずる。満員エレベーターの中で韓国からの留学生が韓国の超一流ホテルに就職が決まったという、「泊まりに行くからね」と嬉しさを表現した。

コメント (1)

ニューデイリー

2017年01月25日 05時36分16秒 | エッセイ

先週韓国のインターネット新聞ニューデイリー社長の印輔吉氏に電話をした。友人の死亡、そして健康の話が主であり、彼も私に運動をしなさいと言う。彼は忠清道の田舎からソウルの名門高校に合格した秀才、一番親しい友達であった。彼は印氏親族の奨学館の施設で自炊していて一時期そこに私が同居したことがある。私たちは受験勉強よりは文学の話を長くした。将来の夢を語ったことがある。彼は言論人、私は文学者になることであった。二人で新聞配達をしたことは前述したが、彼は言論人になるために体験したいと思ってやっていたのである。彼はドイツ文学科を卒業して朝鮮日報へ入社、編集局長を二度、傍系社の社長を経て今ニューデイリー社を創立経営する。
 先日ワンアジア財団の最終講義に100数十人ほど集まったことが話題になって先生方の協力があったからだとか私のフェースブックの情報提供による宣伝の力が大であったという話が出た。新聞に報道されなくてもインターネットによるものが早くて効果的であるという話を聞いて印氏に諮問を受けながらみんなでインターネット新聞を作ってみるのはどうかというところまで話に花が咲いた。私のフェースブック友に元国連事務総長潘基文氏が入った。市内ではいろんなところで読者に会うのが楽しい。ネットをより広げてコミュニケーションができればと思っている。

コメント

「やがて世界は一つになる」

2017年01月24日 05時55分36秒 | 旅行

 講座を終えてほっとする間もなく、本番と思い昨日関係した同僚や学生たちといわば反省会をした。インターネットと映像担当の白君はITによるという点について講師たちのパーワーポイント作成が学生たちには平凡古いような感があったという。PPTの効果的な制作から学生の助力を得たい。日本、韓国、中国、台湾から著名な学者による名講義ばかりであったが、アジア共同体への統合性はどうであろうか。次の講座に参考すべき点であり、総括して報告書を作成することにした。さらに講義方式も開発、考えなければならない。
 最終講義の理事長の講義に対する感想文を紹介する。講師がマイクを持って場内を歩きながらの質問式の講義には参反の意見があるが「話が上手く」「すごく面白かった」という肯定的な反応が多くあった。講義の内容については大学ではなかなかできない体験だった「為になる講義」であり、内容が深く考えさせられた。「自我のない人はただの動物」など倫理を考えた。人間は自ら壁を作ってきたが世界が繋がっていると意識でき、とても分かりやすくしかも深い。

 

コメント

餅文化「ワンアジア」

2017年01月23日 06時42分37秒 | 講義
 東洋経済日報寄稿文(2017.1.20)
 日本の新年が韓国や中国では年末の雰囲気になっており、今「旧正」(陰暦の正月)に向おうとしている。東アジアは古くは漢字文化圏とか儒教文化圏の共通する地域であったが、今は暦の西欧化は統一されていない。日本は1873年、韓国は1896年から太陽暦を採用してカレンダーとして使ってはいるが、最も重要な年の始まりの象徴的な祝日「お正月」をはじめ815の秋夕など名節を陰暦で祝う。私の世代では新旧の「二重過歳」が一般的であったが80年代に旧正へ、中国文化圏へ戻った。日本と北朝鮮は元首の誕生日により元号を使っている。カレンダーを持ってワンアジア作りは難しい。
 私が担当する講座の講師である広島大学名誉教授の金田晉先生から日本が中国文化圏へ、陰暦の正月を祝うのはいかがかという提案があった。国づくり、地域づくりの営みとして、住む人の生き方として見直すべきであり、日本でも「旧暦」ブームがあると語った。それについて韓国の留学生の金君がお正月ぐらいは新正に祝うことができれば東アジア共同体への一歩になるのではないかとコメントをした。年中行事になると国によって多様である。日本の被害日である原爆記念日、韓国の3.1独立運動記念日など対立相反するものもある。
 ワンアジア財団の佐藤洋治理事長はすでに「アジア共同体」講義の創設を世界的に支援している。広い地域、多様な民族、国家、組織が存在し、民族、国籍の壁を作る要因を持っているが国境を超えアジア共同体が可能であろうか。近代国家が誕生してからは国家間競争意識が高まって植民地、戦争などにより不和緊張が続いている。東アジアでは共同体は無理だろうと主張する人も多い。戦前の日本中心に叫んだ「大東亜共栄圏」があったからである。境界を超えるボーダーレス越境観念から考えると「東アジア」において、歴史認識問題が横たわっている。
 悲観的であるだけではない。若い世代によって文化は共有していく。映画、音楽、マンガ・アニメなど流れて行き、新しい現代大衆文化を形成している。その文化の核心部の知識を牽引するのは大学である。アメリカの力の中核がやはり大学の機能である。その中で私は政治家たちだけではなく、学者による歴史をテーマにして、インターネットを通して韓国、中国・台湾の姉妹大学を結ぶ遠隔授業の構想として「東アジア共同学術交流ネットワーク作り」を挑戦している。
  東アジアは稲作文化を共有している。その中には餅文化がある。正月には日本では鏡餅、韓国では白餅、中国では月餅を作る。年末年始には餅つきの風景をそれぞれ持っている。暦、祝日、餅は東アジア文化を表す。旧正に韓国は餅の雑煮を食べる。それを何杯食べたかの質問には自分の年で返事を返す。年を取り、オルン(大人)になり、尊敬されるオルシネ(大人様)になる。喧嘩は子供がするもの、大人には礼節があり、寛容がある。人間関係も和解する。日韓関係も和解すべきである。*写真佐藤洋治氏訪問
 
コメント

質問式講義

2017年01月22日 05時47分02秒 | 講義

 窓際に置いた生け花は少し萎れても、手直す暇もなく、ワンアジア財団理事長一行を駅でお迎えし、カンボジア以来の再会であった。大学の玄関では学長、副学長ら教職員が並立して佐藤洋治理事長を待っておられた。私に大学がこのような広い「勉強部屋」を下さったと言いながら東アジア文化研究所に案内、記念写真を撮った。
 講座は鵜澤先生のイントロ、私が14回の総括の画像を流しながら要約、72才の理事長はマイクを持って移動しながら世界444大学の支援の状況から哲学、人類学のような話、生まれたばかりの幼児には自我があるのか、自我はどこにあるのか、脳か心かなど質問式講義を行なった。人は今日まで民族、国家などを作ってきたが、それを壊すのではなく、それらを生かしていくという「卒業」という言葉で越境を、「やがって世界は一つになる」希望を訴えた。
 最後に奨学金9人、奨励金5人、10人の皆勤市民にプレゼントが授与された。大学が総合的に盛り上がった雰囲気であった。韓国から釜山東亜大学校の李学春教授、啓明大学の中村八重准教授、フェイスブック友人の初対面の李氏、広島から金田晉先生、上水流久彦氏、楊小平氏が参加、その状況は今朝の山口新聞には180人参加し、海外研究者とのリアルタイムな意見交換もあったと報じている。
 積極的に支援協力してくださった財団、本学の学長、副学長、法人事務局長、多くの教職員、学生、市民に深く感謝したい。インターネットや映像関係には学生白君、柴田君、教職員に協力を得ることができた。これから映像編集を含め、報告書の作成に入る。まだ仕事は終わっていないが、一段落したのでお礼を申し上げたい。

 

コメント

韓国版の民主主義の限界

2017年01月21日 06時16分02秒 | 日記

 昨日暴風雪の中に花屋に寄り、生け花をし、今日東京から来られるお客さんを迎える応接間を飾った。家内が鑑賞してOK,それより私の自己満足のレベルで終えて、教室などを点検して整理が終わった時は真っ暗な夜、帰宅して最終講義で配る講義総括を書きながらアメリカの大統領の就任式の中継をみた。トランプ新大統領が誕生した。しかし世論は良くない。抗議デモもあり、狂った韓国版の民主主義の現場をアメリカで見るようである。選挙結果を認めないアメリカの民主主義はその限界であろう。それに代わるより理想的な制度とは何だろう。数百、数千年も続いた王朝、独裁体制に戻るのか、複雑な心境である。しかし私は民主主義を放棄したくない。今日ワンアジア財団支援講座の最終回が財団理事長佐藤洋治氏によって行われる。東京、広島、山口、韓国から多くの方が参加する。アジア共同体をこの町で叫けび、世界化へ広げようとする。

コメント (2)

「戦争と平和」

2017年01月20日 05時52分33秒 | 講義

 「美人天国」と言われる韓国ソウルから女子高校生18名が本学を訪ねてきて私が対面、女性と男性、若者と高齢者の非常に対照的な対面であった。(写真鵜澤)嬉しい。西洋的な美人基準では韓国は体形的に決して特に美人とは言えないが、外見主義が美女、イケメンを強調する国である。世界的にも美容整形が有名な国である。メディアがそれを強化する風潮、結婚や就職まで影響している。手術によるファッション美人化する中、自然な人間社会で多くの人が敗北感、差別感を感じさせられる。自殺率は高い、外国への移民意識が高い。
 読書会で倉光氏が韓国語拙著書評で加害と被害の問題を提議して熱血討論となった。広島平和記念館など日本人は被害、被爆、だけを強調していて加害への反省がないと言われると指摘したことに、彼は日本人としては加害意識が前提になっていると主張した。私は大きいヒントを得た。性暴行された女性は日本が韓国より圧倒的に多いことは事実であろうがそれを訴える日本人女性はいない。それは加害意識持っているからだと気づかされた。
 戦争や被害を以て平和を求めるということに私は反対の持論、交通事故や戦争などの残虐なもの見せながら平和、憎しみを例にしながら愛せよ、まるでトルストイの「戦争と平和」の二項対立論に私は強く反対し、対抗した。そして平和は平和な事例をもって追及する未来像を主張した。

コメント

平均寿命

2017年01月19日 06時29分30秒 | エッセイ

 2年前ソウルで親しい高校の同級生たち6人が会って楽しい時間を過ごしたた。高齢者たちの集まり、健康が話題になった。その時、ゴルフで優勝し健康を自慢していた人が亡くなった。保健、健康管理に自信を持ってその秘訣を話してた人が仲間の中で一番先に亡くなった。健康と寿命は別の話ではあるが、生きていなければ健康も無意味である。日本の平均寿命が長いのは安心感を得るが、それに近い人、あるいは超えた人はどう思うのだろうか。私も平均寿命に近づきつつあり、むしろ平均寿命が死期を感じさせられるような気分になる。今校正や執筆を多く抱えていながら昨日はある出版営業の人に来てもらい、もう一つの計画「研究所年報」発行について相談した。このような仕事が私の健康を保持しているのだろう。

コメント

<お知らせ>

2017年01月18日 05時27分55秒 | 講義

 今週土曜日(2017.1.21)午後2時半から4時までワンアジア財団支援講座「ITによるアジア共同体教育の構築」 の15回の最終回は同財団の理事長佐藤洋治氏によって「やがて世界は一つになる」が行われる。公開講座であるので多くの市民の参加を願う。
 「教育の構築」とは講義方法の改善に挑戦するものである。講師中心ではなく、知識伝達の注入式ではない講義を行なうことにした。担当者は毎時間講義のイントロで予告、前時間の講義について学生たちのコメントを紹介し、講義終了前には学生や市民の質問時間をもって質疑をした。講師とコメンテーターの議論をインターネットにより教室の外側の現地の研究者と繋げて映像参加を含め、Skypeで質疑に参加し、討論もできるというのがこの講座の特徴であった。
 本講座は試験的な実験でもあった。外部(沖縄、名古屋など)、海外(オーストリア、中国、韓国、台湾)の多くの優れた研究者との映像交流はワンアジアの可能性を味わうことができた。講義の状況をフェースブックで同時中継し、紹介映像には1000回以上再生され、講義を広く共有することができた。学生30人弱、一般人延べ150余人が参加して、下関にとって画期的な企画であったと思う。講義の終わりに同財団からの奨学金が、奨励金、出席回数の多かった市民には記念品が授与される。

コメント

言論自由とはなんだろう

2017年01月17日 05時33分49秒 | 日記

 私は原稿請託されて今日韓関係の問題になっている慰安婦について書いたら掲載不可と言われた。紙媒体はより言論の自由がないと思っている。その時ある女性読者から電話が掛かってきて慰安婦について私の意見を聞きたいという。一瞬頭がこんがらかった。講演依頼も来ているのでその時話をすると答えた。御用学者もいけないが、真実を語らない研究者、メディアも問題である。言論の自由とはなんだろう。研究に基づいて意見を出すことができないのは言論の自由がないからだと思う。

 先週講義に来られた著名な地理学者、小林茂先生は植民地と戦争による地図作成の研究の権威者であるので、現在の竹島など微妙な問題に意見を求めたら「発言できない」と言われた。それは学界の一般的な風潮になっているという。発言すべき研究者や専門家が発言できない社会なのだろうか。もしそうであれば天皇退位について有識者が集まって健全な討議ができるとは思えない。特殊な「有識者」が語るのを信用すべきなのか。アマチュア「無識者」だけが本質を喋るのか。民主・民衆主義は一般人や政治家が語るようになっている。豊洲問題に登場したもう一人の小林雄一先生はどなたの意見にも肯定的に応じて参反を判断するには参考にならないような解説だった。私はマンションの地下水が汚染しているか否かは関係なく「安心」「安全」に生活する。地下水とは関係なく地上の生活には問題がないと専門家は言うのに小池知事がアイドルのようにメディアにでて、政治politicをし、行政governをしない感がする。
 

コメント (2)