崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

フィクションの中の嘘

2012年11月30日 05時31分50秒 | エッセイ

 韓国のドラマを楽しんでいるが気になることは軽く嘘をつくことである。ドラマ自体がフィクションつまり作り話ではあるが親が心配しないように隠すことから平気で嘘をつく。それが知られても了承されるのも自然に行われる。日本のドラマでは隠蔽が多い。フィクションの中の嘘とはいっても韓国文化を反映するものであり、日本から見て異様に感じる。嘘と言うのは言行一致という基準からその倫理を犯すことになるから悪いこととして意識する。しかし言語生活の中では礼儀上の言葉にウソのようなものが多く含まれていることに気が付く。「元気か、はい」とう挨拶のレベルでも言行不一致は多くある。また鳩山氏が出馬をしないと発表して数日後訂正を発表して非難されている。その個人の心境の変化は嘘ではない。むしろ正直であろう。約束を守らないことも嘘と言う人いる。嘘の本質は他人に対して行うことであるが、実は自分自身に関して嘘つくのは見えないが、それがその人生を決めるのであろう。

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日本のアニメ

2012年11月29日 05時53分27秒 | エッセイ

 日本文化論の講義で今池君が日本のアニメについて発表した。ポケモンなど代表的な作品を動画でみせて説明したが学生たちの賛同を得ても私はその面白さを探るのに必死であった。紙芝居とはどう違うかなど、私から質問し、学生から教えてもらう時間であった。答えは「見て楽しむことが第一だ」という。なるほど私はアニメは子供のものであるという先入感から関心を持たなかった。私には漫画や紙芝居などに夢中になった時期が無かったのが欠点であったとことが分かった。

 私は数年前に加藤泰通監督の戦前のアニメ映画の満映「虱は怖い」を分析したことがある。虱の実物を見せてから画像を使って動かすアニメ映画であった。それを繰り返してみてもそれは解剖のようなものであり、楽ししむものではなかった。一つでもキチンと楽しんでみるのがよいという学生のアドバイス。乳母車の子供から教えてもらうという格言を思い出しながら嬉しくもあり、また戒めとして心新たにする時間であった。

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寂しさが和むひと時

2012年11月28日 04時55分35秒 | エッセイ

 友人の石本氏の好意により緊急連絡で6人が集まって夕食会、忘年会であった。しかし気になるのは夕食の時間帯に視聴する韓国KBS連続ドラマ「すべてをあげる」である。このメンバーの忘年会が楽しみで優先的に参加し、美味しい料理にお酒が勧められて車で来た人も飲んで代行車で帰宅することになった。私は一滴も飲まなかったが味覚が少しずつ戻るようで美味しく満腹だった。日韓両語が交差し国家や民族を意識することもなかった。韓国からの派遣教員の女性は日本人の非社交的な職場のドライな雰囲気から寂しさを感じているようである。韓国の職場では付合いが多く交際するという。飲む機会も多い。日本に来てその雰囲気から解放されて良いという人、それを懐かしむ人の相反する二人の意見があった。私はそれには丁度両方、つまり解放感と寂しさをもっている。この夕食会は私の心を良く知っている石本氏が食べ物を多く注文し豊富な食卓になり、残りを持ちかえった。日本ではなかなか恵まれない、寂しさが和むひと時であった。遅く帰ってからインタネットでドラマをダウンロードして楽しんだ。飲めない私が飲む人を相手にする辛さを感じることなく楽しく過ごした忘年会であった。

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任東権先生別世

2012年11月27日 04時57分38秒 | エッセイ

 李杜鉉先生から日本茶を送ってくれて有難う、どうしても日本茶の味が忘れられないからと電話があった。そして任東権先生が亡くなられたと教えてくれた(写真)。国際電報で弔電を送ろうとしていろいろ工夫してもできず民俗苑社長にお願いした。任東権先生とは1960年代の初め頃からお付き合いさせていただいており、ソラボル大学学長室に伺って文化人類学会のことを相談したり先生の民俗学会の創立などにも参加した。また韓国文化人類学会の任宰先生宅で新年の挨拶時も一緒になることも多かった。当時私は学会常任理事であり先生とは会議などで頻繁に会った。先生は理事たちの意見を良く聞いた上調整してださった。

 先生は戦後韓国民俗学の一世代と言える。私は2世代、今は3,4世代が活躍している。民俗の研究がなぜ重要であるのかその意味も深く考えず戦前の価値観を踏襲して、戦前の植民地主義の研究を戦後にはナショナリズムに変身させて、いまその民族主義に乗っ取られているようである。私は前世代とは違って被差別巫集団の意識構造など社会的な問題を明らかにしようとして研究をしたがそれは後輩たちによって十分生かされているとは言えない。後輩たちに脱民族主義の意識の変化を期待している。

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ネットワークを広げていけばよい

2012年11月26日 17時01分08秒 | エッセイ

 「楽しい韓国文化論」クラスの韓国旅行参加者10人が自己紹介からとけ合うことになった。飛びいりのルームメートで12人が紹介しあう中、水産関係の同業、先輩後輩、同級生、同村など古い縁を発見し、驚き笑いが絶えなかった。私はムーダンという巫人集団を調査した時を思い出した。彼らは結婚家系でネットが複雑に張られていてすべての人が親族名称を使って呼称する。彼らは内集団的に「同貫」という。それが訛になってトンカンネという隠語の集団名が生じた。メンバーの中に私だけが異邦人のようであった。私からは狭い田舎の人間関係と思いながらもその中に飛び込んでいこうとネットのつながりを考究した。ただ一人の在日がいて民族的につながりがあると言える。私は彼らのネットに乗っかってさらに私のネットワークを広げていけばよい。この度は私のネットをもっと広げる機会となった。

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日本帝国主義者の侵略と収奪

2012年11月25日 06時53分38秒 | エッセイ

 晋州のアジアレークサイト(湖畔)ホテルから見下ろせる湖と紅葉の景色を鑑賞しながら下山、市内の晋州城の矗石樓をはじめ妓生の論介が倭将を抱きしめて落ちて死んだという伝説の岩の義岩の絶壁に伝統衣装を着ている女性の後ろ姿に視線が集中した。前から見た彼女は高齢の無愛想な顔であった。広い公園を散歩しながら新しい愛国忠誠の施設、古いものの新開発、時代が新しくなるほど古いものの施設が増えている。不自然な伝統文化の創出、ねつ造を感じた。博物館では豊臣秀吉の侵略と韓国の愛国について日本語で案内された。釜山の近代歴史博物館では独島の生の現在の様子が映っている。映像説明は日本帝国主義者の侵略と収奪が強調されていたが中身は日本によっていかに良く開発されたを見せていて言行不一致の矛盾、その歴史を説明しているようであった。日本の不景気の間、日中関係の悪い中、中国からの観光客が増え韓国の市場は賑やかであった。ジャガツチ市場と国際市場、ロッテデパートどこでも人が溢れていた。昼食はジャジャメンと冷麺、二回食べ、船酔い止めの薬を飲んで夕食はとらず寝むって下関へ向かってきた。

schedule is taking walk around the Lake, and going to the Castle Choksokuru and back to Japan.

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「楽しい韓国文化論」の韓国研修旅行引率

2012年11月24日 22時40分43秒 | エッセイ

 下関グリーンモールでリトルプサンフェスタで東亜大学トータルビューティ学科の学生たちの公開ヘアーショーを見てから「楽しい韓国文化論」受講者10人の韓国研修旅行引率のために 関釜フェリーに乗船。船は揺れた。船酔い止め薬で酔って疲れて、翌日韓国釜山に降りて、観光バスで全羅道へ、ブログを書く暇がなかった。読者には申し訳なくお詫びしたい。そのことで心配して電話してくれた韓国の出版社の所長もいた。全羅道の宝城のパンソリ西便制の発祥地の伝授館において協会長の張氏の伝授の場を観覧した。郷土料理の赤貝定食の昼食、これはこの度の最高の御馳走であった。元下関韓国教育院長の李永松校長の先導で早速長興の冠山の李王朝の三大儒学の一人である魏伯珪氏(1727-1798)生家の本宅を訪ねた。現地の遺物展示館の館長の魏聖氏の案内で両班住宅の内棟、舎廊との内外、女性と男性の区間の区別、行廊(下男など奴婢)、そして祠堂などを案内と説明をしてもらった。祠堂の中には向かって左から高祖、曾祖父、祖父、父の対の位牌が祭られている。冬の日の短い時間、支石墓、遺物展示館観覧をして、長興市内へ、青少年修練館の館長の魏明温氏主宰の詩朗読会とパンソリ講演を観覧した。パンソリは我々のためのものであった。全羅道から慶尚南道の晉州に戻り、夕食はビビンパ、宣伝に合わない期待外れの食事であった。ホテルは山の中の湖の湖畔にあってもすでに暗くなっており鑑賞する時間は朝の短い時間しかなかった。部屋はツインをはっきり頼んであったのになぜか全てがダブルベッドで急に簡易寝台を入れてもらうことになった。。引率とはいっても昔古く調査したところを訪ねて懐かしかった。

한국에 나와 있어서 부로그가 늦어졌습니다. 오늘 아침 부산항에 내려서 바로 보성 서편제 판소리 전수 회관에서 관람하고 관산의 위씨 마을의 양반 주택 고가를 들리고 지석묘와 유물자료관 그리고 석장승 등을 보고 장흥 청소년 수련관에서 행하는 시낭송회에 참가하여 판소리 공연을 들었습니다. 바로 되짚어서 진주에 들려 저녁식사를 하고 호텔에 들었습니다. 튄으로 부탁하여 예약한 방이 모두 다불벳으로 되어 소동이 나서 예비 침대를 넣는 것으로 타합을 하여 지내기로 했습니다. 우선 일정만을 적어서 대신합니다. 일본어 자막이 되지 않아서 한글로 쳤습니다.

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外間守善先生

2012年11月23日 05時47分46秒 | エッセイ

 新聞で外間守善先生(法政大名誉教授)が20日87歳、肺炎のために亡くなられたことを知った。人格と学問を兼備した大物の人物として尊敬している。先生とは82年沖縄復帰10周年記念講演会以来いろいろお交わりいただくことが多かった。沖縄復帰10周年記念講演はハワイ大学の故リブラ―教授、ノルウェイのリックン氏、スイスのエーハント氏と私の4人が講師を務めた。法政大学学長の中村哲先生と夕食会、その時いただいた一筆はいまだに我が家の壁を飾っている。外間先生とは以来沖縄の学会、テレビ、ラジオ出演などでも呼ばれた。先生が法政大学沖縄文化研究所の所長の時には小生も数年間研究員をさせていただいた。特に記憶に残ったことは先生と韓国東海岸地域を旅行し、江陵鏡浦台のホテルで日本海を背景に沖縄のテレビに出演したことである。沖縄と韓国の文化的影響関係に先生は強い関心を持っておられ、私には恩の深い人格者であった。心からご冥福を祈る。

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舞踊ミュージカル「春香伝」

2012年11月22日 05時32分50秒 | エッセイ

友人の鍬野保雄氏の案内で宇部渡辺翁会館で開かれた金剛山歌劇団の舞踊ミュージカル「春香伝」を観覧するために余裕を持って出発した。例年下関で行っていたのに宇部で行うのはなぜだろうか、観客動員が難しいのではないだろうかと思いながら会館の前に来て広い駐車場が満員で折り返しの手信号の前で止められ、ようやく入れてもらった。一階は満席、二階へ上がりスムースに席がとれて幸運であった。さらに幸運だったのは舞踊ミュージカル「春香伝」を観覧できたことである。1500席が満席に近い、会場のでは朝鮮語が飛びかっていた。北朝鮮に関しては常に「拉致朝鮮」のマスコミの風潮とは変わった風景、ネット上でのこの歌劇を中止させよとすることばを無色にするような圧倒的な観客に驚いた。鍬野氏は宇部市民の芸術のレベルは下関より高いという。私は港町は商業には関心が高く、芸術や学問には向いていなのが一般的な傾向だとミニコメントをしながら待つことのほぼない内に幕が上がった。

 ほぼ毎年みたミュージカルと歌、演奏などで構成されていたが今度は「春香伝」、舞踊ミュージカルの単品であった。「春香伝」といえば朝鮮王朝時代の代表的な恋愛小説、朝鮮民族であれば誰しも知っている内容である。この身分制度を越えてまでも愛し合う、春香と夢龍の恋愛の物語が簡単象徴的なもので装置し、舞踊の中にダイナミックに移動させながら進行し、古い会館の舞台をいっぱい、いっぱい生かした素晴らしい、華麗な演技と舞踊には感動した。朝鮮総連が生んだ朝鮮民族の在日朝鮮文化の代表的なものと言える。拉致とは構わずこのように参集した日本の民衆は政治家以上に成熟している。日本の政治家も変わってほしい。

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味文化

2012年11月21日 04時23分12秒 | エッセイ

 風邪で数日間味覚を失った。味は分かないが健康を回復するために食べた。それは習慣や薬、健康食のようなものであった。極端に言うならば栄養注射のようなものであった。味覚は食欲を高め、食事をスムースにすることによって、栄養を得て、エネルギーを得るものである。しかし味覚を失ってみると、味を考えない食事で栄養だけを考えての調理は簡単なように感じた。テレビの料理番組のように味を想定しているが画像の料理の美味しさを確かめることができないのと同じである。そこでは食べ物はまったく栄養学の対象になる。味覚を失った数日間は栄養を得るだけの期間であった。味覚を回復して味の文化に戻る。それが健康な状況である。味覚は幼児や動物も知っている。味文化とは人間文化であり、動物的なものでもある。(写真は10月21日アメリカ行きのカール機内食メニュー)

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浪費から自信

2012年11月20日 04時57分24秒 | エッセイ

 東アジア文化研究所のホームページを大学のものにリンクしてくれるということで既存のものを更新させようとしてまる二日間操作したが更新できず、業者に電話して聞いたところできていることが確認できた。私のコンピューターには以前のものが残っていること、一つのボタンを押して確認することで十分だったのに長い時間を浪費した。コンピューターは複雑な現代科学によってできたものであり、使いこなすためには難しい努力を要ることは当然であろう。しかし便利になっていて簡単に使って、難しく思ったら離れてしまう。一つのボタンのために長い時間を浪費した。青春時代に長く待ったりしてもそれが無駄であったことなど、誰でもそのような失敗や浪費の経験を持っているはずである。しかしそれはただの浪費や失敗ではないことを後に知るはずである。ボタン一つのための浪費をした後にコンピューターに自信がつくように感ずるのはなぜあろうか。浪費から自信が生じることを悟る。このホームページを磨いて更新していくつもりである。http://choikilsung.net/eastasia/

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感謝節

2012年11月19日 05時24分27秒 | エッセイ

 昨日は通っているキリスト教会の感謝節であった。イギリスからアメリカに移住してきた清教徒たちが信仰をもって暮らし、神に感謝した信仰史を考え、私も日本に移住して日本人の中で暮らし日本人化したが,人生観は清教徒のような信仰が柱であったことと考える。一年を振り返ってみて無事にいろいろな社会奉仕もできて感謝である。教会の信徒数は目の前で減っていって今は20人前後しかいない。しかし信仰を堡壘とする信仰心の強い人だけであろう。餅やナムルとスープなどの御馳走を前に皆で祈って共食した。私は風邪で味覚を失い、味わうことはできなかったがよく食べた。一緒に食べることが家族であり、韓国ではシック(食口)という。家族ではない食口をケッシク(客食)といい、大きい教会が小さくなると食口になる。食口から開拓して大きくなったり、小さくなったりしても食口が核である。格式のない話、しかし非難や不平の話などはない。何を話をしたか記憶に残る話題は全くない。ただ感謝の気持ちで人の安否と心配などがあったようである。それで良い、社会の中にもう一つ食口を持つことは幸せなことである。

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北朝鮮の人の労働の質は中国人より高い

2012年11月18日 05時44分33秒 | エッセイ

 「楽しい韓国文化論」の中に北朝鮮に関することについて奈良氏とチームティチングをした。三回訪朝して撮った映像を中心に話を進めた。どうして自由に撮影して持って帰ることができたか理解できないと驚く人が多かった。北朝鮮についてはまず韓国のマスコミは多くの情報を流してくれるが大きくは負のイメージを作っている。地下鉄は避難所であり実際は電車が走ってないのではないか、キリスト教会は展示用であると宣伝していたが私はそれが嘘ではないことを証明することになった。市内の一番繁華街でも車が少ない、夜は暗い、アパートの電気が付くのには時間の制限があるなど貧困さは映像からも十分に伝わる。 一般的に北朝鮮の人の労働の質は中国人より高いということは韓国が経営する開城工業団地からも、ロシアからも称賛されるところである。政治体制が変われば北朝鮮は一気に近代化することを軽く言った。それに関しては日本植民地時代の日本の教育の力と日本の影響を強調する在日の方がおられた。イギリスやフランスの植民地と比較して世界的な視野から日本の植民地を振返ってみる話になり、かなり盛り上がった。。植民地論になって最近の私の研究成果を披露することになり、楽しい韓国文化論は高調してレベル高い文化論になった。

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土佐昌樹氏の本『韓国社会の周縁を見つめて』

2012年11月17日 05時03分09秒 | エッセイ

土佐昌樹氏から彼の最近の著『韓国社会の周縁を見つめて』が送られてきた。彼とはずいぶん無沙汰である。80年代に韓国で私の読書会にたまに参加し、調査旅行もしたことを思い出す。そして彼は珍島で一年間調査をしたと知らされた。その後いくつかの研究成果をいただいたが、本書は韓国社会をよく「見つめて」いる本である。この本を読み始めてから思考と文章の洗練さに驚いた。過疎な農村において労働者や花嫁として韓国に移住してくる外国人たちの現状を見て考え韓国社会の問題を鋭く観察し著者自身を問い直しつつ、文章は続いている。視線を離せないままに「あとがき」にいたる。なるほど編集者と議論を重ねたという本であることが分かる。

 電子化により紙の本の出版が難しい時代であるが、出版の質を変えることなっていると言える。多くの本は年代記、資料の羅列のようなものであり、今では電子的に検索が簡単にわかるようなものを出している。特に「・・・史」類がそうであろう。考え方はなく、ただ事実を並べた本が多い。考え絞った本が少ない。紙出版が生き残るためにはこのように思索を込めた自分の考えを書くことである。留守電に堀まどかの「『二重国籍』詩人 野口米次郎」(名古屋大学出版会)がサントリー文化賞芸術・文化部門を受賞したという。先日本欄で書評を書いたことがある。合わせて一読を勧める。

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恩師の李杜鉉先生

2012年11月16日 05時25分20秒 | エッセイ

昨夜ソウルの恩師、李杜鉉先生から電話、90歳でお元気な声を聞いて嬉しかった。民俗苑から著作集が立派に出て嬉しいというお話、社長からそれが届いたかということだった。数年前出版社社長らと著作集出版会でお会いして以来ご無沙汰にしているが、先生からの電話で恐縮であった。私がまだ忙しくしていのるかなど聞かれた。、先生とは現在私の人生の3分の2を占める歴史を共有している。この冬を越えて暖かくなればお目にかかりますといい、話を切ろうとする時頼みがあると言い、日本茶を送ってくれといわれた。お茶は切れないように送りますと約束したことがあり、断続的に送っていたが早速送ることにする。嬉しい通話であった。

 私にとって冬を越すのに注意を要すると言われている。昨日医師の倉光氏が車で送ってくれた。「先生は30代のように活躍するからその疲れにウィルスが侵入して風邪を起こしている。風邪は身体を守る意味もあるという説もある」と説教調の話を聞いた。

寒気に強いウィルスが浮遊して弱い気管支に着きやすいという医学講義を耳に留めて今日は休みたい。

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