崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

門司港レトロとまちづくり

2007年03月31日 06時43分26秒 | エッセイ
 東亞大学に赴任することが決まり、最初に門司港に住まいを構えようかと街を歩いたことがあるが、結果的にはその向かい側の、いつも門司港が見える壇ノ浦に定着してしまった。数日前は海底トンネルを歩いて門司を観光案内した。門司港レトロと関門海峡の総合的開発が推進中であるようである。
 今東亞大学で「下関学」を立ち上げようとしている。北九州大学の大久保裕文氏の論文を読んで、行政と民間のまちづくりへの努力を強く感ずる。大久保裕文氏の講義を聴きたくなった。特に港の明かりは景観つくりに一番といえる。門司港の明るさは我が家からみる「百万ドルの夜景」(来宅のお客様の言葉)である。

「靴と花」「乗口」「降口」

2007年03月30日 06時40分19秒 | エッセイ
 バスの窓からいつも気になるのが「靴と花」という店の看板である。縁の遠い二つをくっ付けたように感じてしょうがない。私の靴のイメージは美しいとかおしゃれとはほど遠いもの、なのになぜ花と一緒に商売をするようになったのだろうか。もしかしたらイタリアの形をしたしゃれた靴を花で飾って展示しているかもしれない。しかし店は歴史古く、しゃれたイメージでもなさそうである。
 昨日クリスチャンホームに午餐会に招待されて主人の堀氏がその「靴と花」の店の方を知っているということでその旨聞いたが謎は解けなかった。また彼女はわがマンション前のバスストップに建っている「乗口」という表札の家の方とも知り合いだという。彼女は「降口」という苗字の方も知っているという。私の謎はどんどん増えていく。日本の街を歩くと楽しい。そんなことがが話題になった。

青木保氏が文化庁長官へ

2007年03月29日 05時59分48秒 | エッセイ
 青木保先生が4月から新しく文化庁長官へ就任することになって祝電を送った。私は日本では彼に一番長く頻繁に共同研究などでお世話になった。1970年代初めごろ彼が東大の助手をしている時に東大の伊藤亜人氏の紹介で知り合い、彼が大阪大学、東大先端技術研究科と法政大学などに在職している時数多く科研や研究会などで参加させていただいていつも感謝している。私の韓国大学で在職中の二人の学生を先生のところに送り、博士号を取得して今活躍中である。近刊の拙著の序文に青木氏に感謝する言葉を書いたが、それが「祈り」となって神に届いて、彼の適所である仕事に就くのではないかと勝手に思っている。今後の活躍を大いに期待している。

桜の木に絡まったつるを除去した

2007年03月28日 05時36分54秒 | エッセイ
 わがマンションの敷地に立っている桜の木が咲きそうにつぼんでいる。しかし十メートルくらいの高さのその木に蔓が絡まって桜の木が生き苦しそうに見える。思い切って剪定鋏と鋸切りで蔓の根元を切った。指に怪我をした。桜のつぼみが赤みを増しているように感ずる。数日後咲くのを待っている。枯れた蔓を除去して満開を楽しみにしている。満開した桜には大きな喜びとそこはかとない寂しさを感じるけれども春の訪れの幸せを感じる。

カメラが見つめた植民地朝鮮

2007年03月27日 06時19分33秒 | エッセイ
2005年2月下関・東亜大學で開催された日本映像民俗学の発表内容を中心にまとめた北村皆雄氏との共編著の『カメラが見つめた植民地朝鮮』を脱稿した。膨大な量の原稿を出版社に送ってほっとしており、一方空虚感にもとらわれている。一瞬何もしたくない、人生が空しく感じられる一瞬である。「なぜ書くのか」・・・新たに研究会に誘われて嬉しく感じている。矛盾する感情が往来する。今日は「下関学」を市民に呼びかけるために走り回る予定である。また研究力を再生し、次の仕事を始めようとしている朝である。

花粉症の人を花見に

2007年03月26日 14時02分31秒 | エッセイ
 来宅中のウェーデンの友人が花粉症とは知らずに植物園や花屋などを案内した。彼は鼻水とくしゃみで大変であることに後で気がついて迷惑をかけたことを反省している。音楽が好きな人が耳が聞こえないことと同様、彼は詩人・画伯であるのに花粉症であり、美しい花にも近づけない。私は文学作品の作家意識などについて談話した。若いころ私は文学少年であった夢を彼にぶつけたりして、話が尽きない毎日である。

スウェーデンの画伯崔炳殷氏来宅

2007年03月25日 05時56分40秒 | エッセイ
 スウェーデンの画伯である友人の崔炳殷氏が来宅している。彼は1970年代海洋学を専攻するためにスウェーデンに留学してそのままそこで結婚して住み着いている。数年前家内とストックホルムの彼の家に泊まったことがある。湖が見下ろせる景色のよいレゾートホテルのようなマンションである。彼はそこで絵を描いたり小説を書いたりして、国際交流に努力してきた。目下タイに別荘を建てている。そこには老後を過ごす、スウェーデンの人々によってスウェーデン村が出来ていて楽な生活が出来るというのだ。われわれも誘われているが日本の文化や社会から外れての生活は考えていないと遠慮した。先日東洋蘭が咲きそうになったものを場所を変えてしぼんでしまったことを思い出す。今まではよく引っ越したがこれからは環境を変えることを慎重にしたい。

客が犬の糞を踏んだ

2007年03月24日 06時43分19秒 | エッセイ
 生れて半年の犬を我が家に迎え、毎日が楽しく振りまわれている。用便の躾が難しい。可愛くて厳しくすることができない。何をしても良いとほったらかしておく。昨日お客が糞を踏んでしまうハプニングがあって新しい靴下を差し上げた。よその人を見て、躾が悪いと内心どれだけ思ったことか。そんな自分が躾が出来ないのは恥ずかしい。その難しさの根源には愛情がある。モッパンサンの小説を思い出す。一方的な熱情で娘の教育に失敗したストリーである。愛情には「熱情」と「冷情」のバランスが必要であろう。

下関学

2007年03月23日 07時03分17秒 | エッセイ
 山形では「東北学」を立ち上げ、雑誌も一般書店に並べている。下関は戦前の大陸との関門であってなお現在も多くフェリーによる物的人的交流がなされている。私は東亞大学に赴任してからずっと下関の意義を生かす地域学として下関学のようなものが可能ではなかろうかとたびたび関係者に話をしてきた。ようやく4月から東亞大学のフォーラムとして「下関学」を立ち上げることになった。弥生の人骨(松下孝幸)・古墳文化(黄暁芬)から下関戦争、現在の観光問題(礒永和貴)まで広く下関を理解し、再活性化の方法を模索することが目的である。出来れば多くの市民と学生が参加して下関への関心を高め、出版にいたるまで協力して欲しい。 韓国語教育(李永松)、朝鮮通信使(古城春樹)、下関戦争(小川亜弥子)、功山寺(有福孝岳)、壇ノ浦合戦(上原雅文)など、はじめとまとめは崔吉城である。
 4月14日から毎週土曜日12時30分~13時50分、問い合わせは0832-56-1111

中国留学生博士号を持って帰国

2007年03月22日 06時44分40秒 | エッセイ
 9年前中国延辺大学を訪ねた時、現職の夫婦教授が私の前職場であった広島大学へ留学した中国留学生の呂秀一さんが博士論文「在満朝鮮人の国籍問題をめぐる日中外交政策の研究」を持って、帰国の挨拶のために広島を朝5時に出発して訪ねてきた。同行した夫婦は漢族、回族、そして彼は朝鮮族、私韓国人、留学生を支援する堀氏や家内は日本人、この偶然集まったメンバーで緊急国際会議のような雰囲気になった。家内から彼に餞別を上げる時拍手をした。このように中国に帰国した人々を訪ねて今年は中国旅行をすると約束をしてしまった。そして、小倉教会トラジ学園祭で講演にするために時間ぎりぎり走っていって十字架の下でシャーマンの映像を見せながら話をした。朱牧師の配慮が深く広いことをしみじみ感じた。その教会は今年度女性長老を立てる画期的なことも予定している。また聴衆中には作家や画家などもいて、さらに拙著を2冊も読んでいる人もいて嬉しいことばかりであった。

シャーマニズムについて講演

2007年03月21日 06時21分35秒 | エッセイ
 今日小倉教会で開かれるドラジ学園祭で「韓国のシャーマニズムと女性」について講演する予定である。私は父の儒教と母のシャーマニズムの信仰の中で生まれ育った。子供の時はシャーマンの踊りを真似して踊ったり歌ったりして叱られた覚えがあるが、大学に入ってからシャーマニズムを研究し始めたのである。それは運命のようにはじめたものである。ちょうど韓国はナショナリズムが強くなり固有文化を優遇する時代に私のシャーマニズムの研究が注目されるようになった。起源説を主張するとそれに反対する人もおり、シャーマンたちもマスコミに出された。日本に留学してみたら日本でもシャーマニズムの研究が盛んであった。しかし国際化などの時代の流れによって今は学会などでは研究の対象としてはあまり取り上げられていない。しかし、今も民間に強く生き続いているシャーマニズムの謎に触れてみたい。

講演録が発行された

2007年03月20日 06時59分47秒 | エッセイ
 去る11月東京朝日ホールで行った日本人の死生観に関するシンポジウムの発言が採録され、『伝統文化』22号として発行された。韓国から比較して語ったつもりであったが、自分の採録を読んで足りなさと全体の構成に不満がある。きちんと文章で書くのと会場で語るのとの差は大きい。最近講演や口頭発表を頻繁にしているがこれからは話す時、きちんと文章を考えないといけないと、いまさらながら自ら戒めている。

韓国の山・巡礼について

2007年03月19日 07時15分38秒 | エッセイ
 大阪・民族学博物館で開かれている「巡礼」と併行して行われた日本映像民俗学大会で私は韓国の山・巡礼について発表した。巡礼はイスラムやヒンズー教などでは宗教儀礼として義務つけられているものであるが、韓国の巡礼はそのようなものではない。山岳信仰の延長と、観光化などツーリズムと関連して最近盛んになっていることを報告した。山岳信仰としては鶏龍山、白頭山など巡礼性がないわけではないが、宗教的巡礼ではない。日本では仏教などの宗教儀礼としての巡礼は韓国より伝統が強い。私が発表した八公山のカッパウィの巡礼(?)は大阪の生駒山などと比較になるかもしれない。

帰宅がこわい?

2007年03月18日 07時18分31秒 | エッセイ
 我が家にワンちゃんがやってきて10日過ぎた。いまだに飼い主の顔は覚えておらず、来宅者、誰にでもしっぽを振って愛嬌をふりまいて、だっこされて、じゃれて相手が疲れた頃、ワンちゃんはくつろいでいる。誰もいない時は植木鉢の葉をちぎったり、スリッパを噛み、ぼろぼろにしていたり、テッシュペーパーを箱から全部とりだして出しておいたり、とにかく忙しくしているようである。部屋の入り口にはご丁寧におしっこもしてあり、電気をつけずに飛ぶようにしっぽをふって走ってくるワンちゃんを抱っこしようとして部屋に入ったとたん「ん?」。食事の準備をする前の仕事を増やされて、疲れも忘れて時間に追われながら足を洗い、お掃除をし、それでも癒されている自分たちをみつける。でもやはり帰宅時には何が起きているかワクワク、ドキドキのこの頃である。

日本人の正直さ

2007年03月16日 06時55分08秒 | エッセイ
 日本を悪く言う国においても日本人の正直さと勤勉さは言われている。韓国などで植民地時代の悲惨なことを言う人さえそれを認めるのが普通である。それで私は日本人を信頼するところが大いにある。しかしそれが日本の中で崩れていくようなニュースが連日続く。裏金や嘘などが横行している。よく見ていると個人の嘘よりはシステムが問題であるように思われる。日本を近代化させた原動力ともいえる官僚主義、組織や制度などが時代遅れのものが多い。規制緩和とはいっても根本的に古い。新しい価値観によって立て直さないといけないようである。