崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

「敵対双方」の観光

2018年09月23日 06時05分03秒 | 講義

 「楽しい韓国文化論」が始まった。帰ってから+字体形に寝転んだ。楽しむ韓ドラ視聴も非盲似夢になった。新学期が始まった実感もした。日本人に人気のある韓国観光スポットの一つの板門店、昔私は「敵対双方」の観光だと書いたことがある。3年間の朝鮮戦争の疲れて、終わりに結ばれた休戦線、その接点JSAについて語った。観光地らしい自然環境として観光資源のないところが人気ポイントになったのはなぜであろうか。南北の敵対、緊張と恐怖、その背後には「禁断の金王国」の存在が観光資源になったこと。国民はなぜ戦争をしたか、共産主義も民主主義も知らないのにただ命令によって戦って犠牲になった戦争である。その戦争の中で生き残っている私の体験談は小説のようである。昨日参加者の二人がその本を読んで持って来てサインを求めた。嬉しく署名した。私は戦争体験から戦争について書いた。日本やアメリカでは新聞記事などスクラップして集めて分厚い本を書いて大家となった人がいるが、私は彼らとは全く違う。それとは質的に異なる。研究室では長い談笑が続いた。「楽しかった」、成功的な講座の始まりである。

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「善戦」

2018年09月22日 05時24分45秒 | エッセイ

 下関出身の安倍氏が総理に三選された。選挙を戦い、戦争に比して語り、石破氏に「善戦したね」と言った人が多い。それに石破氏から「どこが善戦か」と反問された。この「善戦」とは敗者を慰める「頑張りましたね」である。聖戦の歴史の長い日本で今度の選挙は戦いとはいえない。もし選挙が戦い、戦争に比するなら敵がいるはずである。よい戦争(?)は将棋のように「卒」も戦い、勝利と敗北が宣言されるものである。卒なしの王様、将軍同士の戦争はなりたたない。日露戦争や日中戦争に参戦した軍人の日記を読むと敵意識がない。軍人はただ命令に従うだけである。今、私が精読する火野の戦争従軍記でも中国で苦戦、悪戦をするがなぜ戦うか全く知らない。日本で人気のある将棋から「善戦」の意味を知って欲しい。自民党内の内部調整、政治ショー、そして長期執権の布石に過ぎない。敵(野党)のない選挙の本当の善戦はない。国民を巻き込んでいない選挙は政治的なショーに過ぎない。

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明日22日から「楽しい韓国文化論」が始まる

2018年09月21日 05時42分14秒 | 講義

昨日の読書会では博士論文構想が発表され、兵庫大学の李良姫教授も参加した。明日22日から「楽しい韓国文化論」が始まる。大学の東アジア文化研究所と日韓親善協会が共催し、一般市民対象の教養講座であり、今年が7年目、本当に「楽しい」。多くのメンバーが固定されていて、韓国旅行も兼ねて親睦を図っている。明日最初の講義はオプ-ニング、私が担当する。緊張の国境に「生きている博物館」Living Museumといわれる板門店を語る。その緊張力から映画JSAや斧事件などの恐ろしいところとされた。しかし今南北の交差点、和解の地点となりつつある。そこは私の生まれ故郷に近く、私は朝鮮戦争について多く語り、本にした。その一面を語りたい。関心ある方はぜひ参加してほしい。東亜大学13号館7階・14時から。

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「暦」

2018年09月20日 05時08分37秒 | 講義

 最初の時間で日中韓の学生たちに若干のイントロで「雑談式講義だ」と宣言したが、実は重い話になった。今世間で騒ぐ、セクハラ、パワハラ、差別と区別、ハラスメントを話題にした。ある中国の留学生から差別の「良い面と悪い面」は何かと質問された。「良い差別」はあるのか。そのことばに賛同する人がいるだろうか。しかし私の研究成果の一つだと思うので肯定的に受け入れて話した。差別を壁(保護)を砦にして生きる人の例、被差別集団、カーストなどの例、拙著『差別を生きる』の核心を語った。雑談式講義を遥かに超えた深い議論となった。
 私の「文化人類学」講義は辞書的説明ではない。人間の文化の本質を考え、必要であれば方法論について触れることにする。概念から展開する一般の講義式は、知識はネットで引っ張ればよい。講義方式を改革しなければならない。文化は何だろう。よい例がある。東亜大学の金田晉氏(広島大名誉教授)の中日新聞などに旧暦と新暦の併用を主張する記事を読んだ。「暦」は時間を文化化したものである。中国を中心に中華文化圏では新旧を調和して使っている。来週は中秋、満月の旧暦の名節である。日本は新暦中心になって、8月15夜の満月の意味はない。暦から見て日本は脱アである。私は熱帯地方でクリスマス、サンタクロースなどを体験したことがあり、時間、季節、歳時記、カレンダーは文化である。

 

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アンデスから帰ってきた鵜澤和幸教授

2018年09月19日 05時29分04秒 | 講義

 アンデスから帰ってきた鵜澤和幸教授の現地調査の話を聞いた。私の植民地世界旅行の未完成地である南米への関心は高い。しかし合せて4便を乗り継き、合計23時間になる長時間のフライト、彼のFBによると残暑の中に帰国し畳の上にアンデスの冷気を吸い取るようだったと書いている。彼は調査と報告を続ける。南米旅行は私には無理かなとも感じた。下関から世界へ知的レベルアップ、東亜大学の存在感は高い。韓国などからの留学生は倍増を続け、良い教育をしていきたい。大学が少子高齢化とレベル下げる専門学校化している中で鵜澤氏は研究の世界化、それを私がメディアへ報道を勧めても無反応、無感覚、ただ地縁者の無味な固定コラムが長く続き、呆れる。複数の定期新聞購読を減らした。今日から授業、「文化人類学」のスタート、嬉しいい。緊張もする。*写真は鵜澤

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火野葦平資料館

2018年09月18日 05時40分00秒 | 旅行

 数日前読書法について触れたところ台湾の頼氏からその方法を教えてほしいという投稿があった。その模範的な答えのような話になるかも知れない。すでに数回読書感想を書いた火野葦平の『インパール作戦従軍記』を読んで、昨日家内の運転で福岡県北九州市若松の火野葦平資料館「河伯洞」を訪ねた。地方作家ながら芥川賞を受賞し、戦中ベストセラー、戦後に戦犯作家と言われ、今は戦争文学者として注目されている。戦前300万部ベストセラー、印税で85余坪の自宅を建てたその家で多くの作品を書き、1960年自殺した。その時だ、息子は22才だったという。無料で観覧できるのに、彼の息子玉井氏夫妻が説明してくれる贅沢な観覧であった。作家の書斎をそのまま再現している。映画、映像の鑑賞会、読書会が行われているという。これから参加してみたい。日記から文学作品への昇華の過程を考察してみたい。
  

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職業差別

2018年09月17日 05時55分26秒 | エッセイ

今日は「敬老の日」休日、韓国では秋夕、連休の話も聞こえる。 今週から後期学期が始まる。観光人類学(水)と文化人類学(木)以外に7年目の「楽しい韓国文化論」(崔吉城、板門店)(土)、また来週からは「ワンアジア共同体」講義、校正、その他3回の一般市民への講演も入っていて忙しく、負担も大きい。しかし何もないという虚しい寂さは避けられる。

 久しぶりに教会が和気あいあいの愛餐会になった。具長老と私は耳が遠く、大きい声で話すので迷惑になるのではないかと若干気にはなったがワーワー嬉しく賑やかだった。韓国からの3人の留学生を迎えて満車。車内でアルバイトの話になり、私からアルバイトは日本社会を理解する良いチャンス、なにより「職業差別が無くなる」という大きいメッセージを語った。私が体験した話である。

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らくーざ 10月28日(日曜日)

2018年09月16日 06時22分52秒 | 講義

 

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長期執権には抵抗

2018年09月15日 06時28分35秒 | 日記

 野党不在のような日本、昨日自民党の総裁選立候補者の討論を聞いた。民主主義の定本があるわけではないが、自民党の長期執権には抵抗がある。私は与野二党の交代のアメリカの政治がモデルのよう思っているが、どうであろうか。半世紀以上自民党、それはなぜ可能なのか。党内に与・安倍に対して野・石破の討論がその長期執権の機能をする。野党には希望が見えない。分裂、非難、個人プレー、小池劇場のような人気主義のみである。自民党が上手くやれば長くても構わない。ほんとう?不正、腐敗している。政治には与野がないのか朦朧状態であるが、国民は口癖のように左か、右かと言いながら正論がない。メディアから感じるのは愚衆文化である。午後には新著の表紙デザインの相談に行った。また楽しみである。

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「風邪と共に」

2018年09月14日 05時54分08秒 | 日記

 「風邪と共に」読書した内容を昨日の読書会で披露した。600ページ弱のインパール作戦従軍記を解体、分析、整理、統合した。大学生時代に勉強したアメリカのニュークリティシズムを想起する作業であった。カレンダーソフトを利用して日記を整理し、まとめPPTで説明を行った。プライベートとパブリックの区分、従軍(徴用)という身分、戦線の先進と後退、作家と軍人…などの差を明らかにした。日本帝国軍人は玉砕はしても敗北はない。「帝国軍人」として最後までバナナから女まで買って食べ、欲を解消する。「英人(イギリス人)は強姦する」という記述などは私にはショッキングである。私のメッセージ。本や作品を「正直」に読むこと。序文、後書き、目次だけ,目を通しては読んだとは思えない。今私の元で二人が博士論文を準備しており研究者として本の読み方を提示する。真実に迫る読書を勧めた。

 

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漫画

2018年09月13日 05時25分11秒 | エッセイ

オーストラリアの時事漫画家マークナイツが日本の大阪ナオミ選手に敗れたセリーナ・ウィリアムズの姿を漫画に掲載したことが人種差別女性差別という非難を受けている。差別とは、偏見や先入観を持って差異を表現するという、負の面、言論と表現の自由という面の、両面がある。今メディアが一面だけを強調する傾向がある。厚い唇の姿で描かれているのが性差別や人種差別といわれる。イスラムを漫画で描いて問題になったこともある。宗教は信仰的問題などの文化価値の基本的な問題である。
 
ポルノか芸術か、映画か文学か、の議論も想起する。漫画と写生画を区別する必要はないのか、あるのか。変形deformation芸術、日本の浮世絵、漫画、アニメーション、コメディなどはどうなるのだろうか。漫画の対象になり一躍有名人になる報道の効果はどうか。女性を描写することが差別なら女性自ら濃い化粧をすることは、女性が自ら差別助長をしていることなのか。判断するのは難しい。最近起きているさまざまなハラスメントの問題を含めて深く考えて欲しい。

 호주의 시사만화가 마크 나이츠가 일본의 오사카 나오미 선수에게 패한 세레나 윌리엄스의 모습을 카툰으로 게재한 것이 인종 차별 여성 차별이라는 비난을 받고 있다. 차별이란 편견이나 선입견을 가지고 차이를 표현하는 것이란 부정적인 면, 언론과 표현의 자유라는 입장의 양면이 있다. 지금 언론들이 일면만을 강조하는 경향이 있다. 두터운 입술에 비대한 몸집을 지닌 모습으로 묘사된 것이 “성차별과 인종차별이라고 한다. 이슬램을 만화로 그려서 문제가 된 적이 있다. 신앙적 문제 등 문화 가치의 기본적인 문제들이다.
 포르노냐 예술이냐, 영화냐 문학이냐 의 논쟁을 상기한다. 카툰과 사실화를 구별할 필요가 없는가, 있는가. 디폼deformation 예술인 일본의 유키요에 만화 아니메이션 코메디 등은 어찌 되는가. 만화의 대상이 됨으로 일약 유명인이 되는 보도의 효과는 없는가. 여성을 묘사하는 것이 차별이라면 여성 스스로가 짙은 화장을 하는 것은 차별 조장인가. 판단하기 어렵다. 최근에 일고 있는 각종 하라스먼트 문제를 포함해 깊이 생각할 필요가 있다.

 

 

 

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「板門店宣言」

2018年09月12日 05時55分30秒 | 講義

 日韓親善協会の友松会長が訪ねて来られた。来週から始まる「楽しい韓国文化論」の打ち合わせのためである。7年目、一緒に考え、一緒に旅をする。「楽しい」が全部である。韓国が対象で何が楽しいかと、聞かれるかもしれないが講座は続いている。韓国というよりわれわれの友作り、友情を深めることが楽しい。その最初の時間、私が板門店について話題を提供する。数年前ソウルから板門店へ、平壌から板門店へと同時期に訪問した話から始め、その映像も見せる。板門店はトランプ大統領の影響により文と金の首脳会談で朝鮮半島の南北関係が和解ムードになっているところである。昨日韓国政界では「板門店宣言」が行われた。南北が協力して共同開発をするという話である。日露でも北方4島の共同開発に話が進む。私は東アジアにおける非国際化を残念と思っている。関釜から旧満州、シベリア、そしてヨーロッパへと陸路で繋がる時代を望んできた。もしかしたら実現されるかもしれない。

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右か左か

2018年09月11日 05時36分43秒 | エッセイ

  最近数回東京からインタービューに来られても下関のメディアからは一度も反応がなかった。昨日最近私の講演を記事にしてくれた、ある新聞の支局長が来られ、始めて挨拶を交わした。彼は私の2冊の最新著『慰安婦の真実』『米軍慰安婦の真実』を手にしておられた。完読し、話題によって彼は予めマークしたページをを開いてフィードバックをされた。彼は慰安婦問題に関して下調べをしておられたようである。私は半分冗談で貴新聞は右か左かと、質問した。彼は言う。それは読者からよく言われるが、どの記者も客観的に書いているつもりであるが、読者は左も右もない、主義主張のない、もの足りないものに感ずるようだという。左翼、右翼は読者によって決まるということになる。彼の記事を読みたくなった。

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張竜傑教授が論文

2018年09月10日 05時53分27秒 | 研究業績


 アマゾンに注文した英語書『マリノフスキーの日記』が㏩ほどでスイスから送られてきた。私の記憶、体験、日記などを再吟味するのに参考にしたい。以前は英語の本は英語の勉強を兼ねる意味が大きかったが今は勉強というプレシャーはなく、楽しんでいる。ネット上辞書を引くのも楽しい。そんな中、英語のメールが飛んできた。去年本欄で触れたが、拙著『韓国の米軍慰安婦はなぜ生まれたのか』(英訳あり)『朝鮮戦争で生まれた米軍慰安婦の真実』に関して慶南大学校の張竜傑教授が書いた論文を紹介したことがある。もう一度言うと、朝鮮戦争の時、民衆が北の共産主義や南の民主主義など政治的イデオロギーに無知、無関心のような態度deideologyをとったので無事であったという、うまりイデオロギーに乗って運動した人は処罰されたということを述べたことがある。それをアカデミックに注目し、論評を書いたものがアメリカの有力研究誌に紹介されそうである。

Below is the excerpt of your research which has left us a deep impression:

Title: Through korean war, comsidering ambiguous mind of the public people -On focussing why are the US army comfort women produced in korea

Abstract: This study is going to reinterpret the happening by ethnographic depiction between the US army comfort women in a country at the Korean war. ……。

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悪夢

2018年09月09日 05時25分26秒 | 日記

 海岸絶壁崖を歩く前の女性が落ちて死んだのに驚いて目が覚めた。悪夢だった。「ラジオ深夜便」、そしてニュースで死者確認だのような報道を聞く。戦争と災害など頭をこんがらがっている。完全回復していない風邪の中『インパール作戦従軍記』を読了した、その記憶が再構成された夢のようである。日本は自然災害が多い。人命救助優先というニュースを見ながら女性は土俵に上がることは禁忌の非人権感覚が気になる。
 前回読んだ黒岩正幸の『インパール兵隊戦記』の地獄の戦場とこの火野葦平の『インパール作戦従軍記』を一緒に合わせて読んで、何を学び、どう評価すべきか。間違いなく戦争は悲惨なものである。しかし世界戦争は多くの文学、映画などの芸術の対象になっているのはなぜか。多くの読者、鑑賞者がいる。その面白さはどこにあるのか?。火野の従軍記は日記ではない。読まれるために書いたものである。彼の文は今、左と言われる戦中「朝日新聞」などを通して広く読まれ、100万部ベストセラーになっている。日本はイギリス、インドとの戦争で勝利の夢を見た幻の戦争、大失敗の敗戦の悲劇の参戦記をどう評価すべきか?ベストセラー作家を生み出した日本人よ、戦犯はどこまでという線を引けるのか。私は10歳ころの戦争体験から面白さに疑問を持って論文や本を書いた。
 
黒岩正幸と火野葦平が同じインパールの参戦記を書いておられるが、徴兵軍人と徴用従軍、下位の兵隊と上位の作戦参謀、無名勇士と有名作家などなど対照的であり、また共通のところも多い。火野は戦後「戦犯扱い」、自殺した。今日本人は当時戦争を聖戦と賛美したのに今はどう評価するのか。
 拙著『慰安婦の真実』もインパル戦の戦場アキャーブが主な舞台であった。帳場人朴氏が敗戦危機を感じ、撤退し、経営者は爆撃で死ぬ。私は若干触れたがそのインパル戦の枠から理解すべきであることを本書で確認した。解説者渡辺考氏は下記のように記している。

火野を「戦争作家」として戦犯扱いし、片づけるのは簡単だが、平時に暮らす私たちが、その内面の苦悩を想像することもなしに、白だ黒だと裁断を下すことは許されることではないだろう。

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