駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

見巧者が可能かも

2008年12月20日 | 趣味
 歌舞伎には見巧者が居て大向こうから掛け声をかけたりするが、囲碁将棋では素人には専門家の大局観や読み手が分からないので、見巧者は難しいとされている。しかし、今回の竜王戦で、そうでもないのではと思うようになった。自慢するわけではないが、といって自慢しているのですが、ブログを遡って読んで頂ければわかるように、今回の竜王戦の流れを読むことが出来た。私の棋力は元二段今初段程度で、飛車角の二枚落ちでもプロに勝てないヘボですが、番勝負だと流れが読める感じがしてきた。少なくとも私は米長会長ほどは驚いていません。
 素人とプロの差が一番あるのが相撲と将棋だとされてきた。しばらく前から相撲は残念ながら変容して学生横綱が横綱になったりして、最近まで将棋がプロの強さを誇っていたのだが、その将棋もアマプロの差が縮まってきた。尤も、アマタイトルを取るような人をアマと呼ぶのは私のような並のファンには多少抵抗がある。
 それはさておき、並のファンでも番勝負なら、十分勝負の綾を楽しめると気が付いた。それはたぶん人間の勝負だからだと思う。番外作戦でも群を抜いた勝負師だった大山先生を持ち出すまでもない。人間の心理と勝負の流れは並のファンでも見慣れてくれば十分読めると思う。
 ではコンピュータになったら勝負の綾がなくなるかといえば、そうではなさそうに予想する。ただコンピュータに棋風が認められても、コンピューター間の勝負を楽しめるかと聞かれれば、どうだろう、首を捻ってしまう。
 余計なことをひとつ、羽生ファンには神経に障るかもしれないが、竜王戦以後羽生さんは僅かに勝率を落として行くと予想している。竜王戦第四局はそれほど大きな意味を持っていると並ながら長いファン歴の私は見ている。
コメント
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