駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

レストランの魅力

2011年08月31日 | 旨い物

 

 この七、八年、日曜日の昼飯は郊外のAに行くことが多かった。里山の麓のテーブル十席、カウンター二席の小体な店で五十代と思しきコックとマダムの二人でやっている。家庭フランス料理というのだろうか、ハンバーグ、羊ソテー、鶏こんがり焼き、ステーキ、ポトフ風豚煮込みを供している。お値段は手頃で飲み物とデザートが付いてステーキ以外なら二人で四千円以内に納まる。

 最初の頃は魚料理、カレー、スパゲッティなどがあったのだが、だんだんメニューが減って五つになってしまった。私は羊のソテーが好きで飽きずに食べてきたが、女房の方が流石に飽きてきて、今日は他のものを食べてみたいと言うようになった。そのため月三回が二回に、二回が一回に減り、この一ヶ月はご無沙汰している。味は平均以上で、私は旨いと思っているのだが、十年近く通って、そう言えば何かが足りないと思うようになった。

 通い始めたのは開店して一年ほど経った頃だったと思う。何時行っても空いており、私たちの他に客の居ないことも多かった。この値段でこの味だからそのうち繁盛するだろうと思っていたのだが、今でもお客さんは多少増えたようだが、繁盛とはいかない。コックは職人気質で、手を抜かないきちんとした料理を出してくれるのだが、そういえばどこか頑なのだ。いつだったか、魚料理はどうしたのかと聞いたことがあったが、魚はねえと言うだけで復活することはなかった。マダムは小綺麗にしているが、割と地味で正直な人で口数が少ない。自分は納得の値段で料理さえ旨ければ、他のことはあまり気にならないタイプだと思っていたのだが、年を取ったせいか、やっぱりレストランは料理だけではないなと思うようになった。

 この頃は同じ系統の店でNというところに行くことが多くなった。ここは開店して三年目なのだが、繁盛していて予約しておかないと三十分くらい待たされてしまう。ここもメニューは五種類なのだが、魚料理がひとつあるのと日替わりというのがあって必ず目新しい料理が一品用意されている。十五席にサービスは一人なのだが、コックは三人いて甲斐甲斐しく働いている。手が空けばロビンウイリアムズに似た主人がサーブして愛想良く説明してくれる。味と値段はAと良い勝負だ。

 Nには笑顔が溢れ雰囲気が明るい。窓際に恋人風二人連れ、隣に四人の家族連れ、そして辺りには調理の音と匂いが漂っている。要するに食事、特にランチは賑やかに楽しく食べられるのが良いと気付いたのだ。

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町医者の助言

2011年08月30日 | 世の中

 

 市井の医師は病気を診療するのが仕事なのだが、当然ながら微妙であるが客商売の側面もある。儲かると揶揄される町医者もある程度の数の患者さんに来ていただかないことには、左前になってしまう。

 医師は一般の人よりも様々な人の色々な側面を見る機会が多いので、ある程度人を見る目はできているかもしれない。そのために独立して医院を始める前は、相手を見て優しくすれば商売繁盛と思いがちだ。

 確かにそれで概ね上手く行くようだが、本当はそれでは不十分なのだ。長ーく深ーく愛好されるためには相手を理解すると同じように相手に理解されなければならない。どんなに患者を理解しても、患者に先生はこういう人だと理解されなければ、強い信頼関係は築けないと、いつ頃だったか気付かされた。

 政治家にも同じことが言えると思う。国民に私はこういう人間ですが如何でしょうと理解されなければ、信頼は得られまい。人間は度し難く無知は不信を生みやすく、他人の不幸は密の味で悪評は広がりやすい。誤解を恐れず言えば、小人には細心の注意を払わねばならない。燕雀に理解されてはじめて、国を動かすことができるのだと思う。

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野田か海江田か

2011年08月29日 | 小考

 

 

  今朝は秋空の下秋風が吹いていた。今年の夏は早く来て早く去る。  

 大方の予想に反して前原が伸び悩んでいる。又、人気があるのにおかしいとマスコミは騒ぐのだろうが、議員は意外にきちんと人を見ている。顔とスタイルで離されていた野田が健闘している。私も落ち着いた話し方と誠実な物言いに好感を持った。ロートル記者の狭い了見を窘めた所を買う。前原はちょっと浅薄なところが透けて見える。言葉が上滑りで中身に乏しく仙石の陰がちらついている。

 候補者に対する私の感想は個人的なもので、当然別の見方もあるだろう。まあしかし、菅から学んで、信頼できる人柄に目が行くようになったと申し上げたい。リーダーには能力次いで人柄と思っていたが、そうではないようだ。人をまとめるには信頼される人柄が欠かせない。多様な意見を収束させなければならない政治には、あの人の言うことならと譲歩を引き出す信用力が何よりも必要とされる。どんな理想も、実行できなければ絵に描いた餅で妄想に終わる。

 勿論、一定の能力は必須だが、有能な人を使いこなせれば、優秀というか優秀気取りのリーダーに数段勝るだろう。好かれる信頼される人柄に特大の肝っ玉があれば言うことはない。詰まらぬ政治記者や政治評論家の煽りに惑わされず、身命を賭す覚悟の玉を選んで欲しい。

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日曜の朝も

2011年08月28日 | 世の中

 

 院勤めの頃は日曜の朝は九時過ぎまで寝ていたものだと書くと、今はさほど忙しくないので疲れが少なく早く起きるように若い方は思われるだろう。其れが違うのだ、年を取ると早く目が覚めてしまい長く眠ることができなくなるのだ。年を取ると言っても、大抵の人は既に四十代から徐々に長く眠れなくなるものなのだ。日曜の朝十一時頃まで眠る幸せは若い人の特権なのを憶えておかれると良い。

 そうしたわけで、今朝も六時半には目が覚めてしまい新聞を読んでいる。昨日の夜ははブリッジの例会で、夜十時の街を歩いて帰ったのだが、道路には若者が溢れ、店先でテーブルを挟んだ若い人達がなにやら楽しげに話をしていた。夜遅くまで何という目的もなくあれこれ活動する、若い人はそうしたものだ。若い人が元気そうなのは嬉しい。

 朝刊を読むと私が口酸っぱく注意したのに、全国紙にまた反小沢親小沢脱小沢がチラチラしている。脱菅脱官ならまだわかるのだが。候補者の方が記者よりよほどしっかりしている。面相で三馬身話されている野田佳彦を見直した。誰かを悪く言うと溜飲が下がるのは人間の性なので、時の権力はそうした対象を用意して渦巻く不満を逸らしてきた。都合の悪い人物をその対象に仕立て上げれば一挙両得だろう。その片棒をジャーナリストが担いでどうするのだ。小沢と書かないで小沢の主張を小沢を支持する人の主張を呼称にしなければ、いじめのように思う。ロートルの政治記者にはいじめ心があるのか、あるいはいじめこそ政治のありようだと範を示しておらるのか。

 スポーツ欄柔道の「男子重量級総崩れ、王国メンツ形無し」という見出しにも、時代錯誤事実誤認を感じた。メダルにも重量制と男女差別があるのか。重いクラスのメダルの価値は重く、男子のメダルの価値の方が高いのか。出藍の誉れという広い心がなければ、人種による身体の特徴を理解しなければ、停滞場合によっては後退して、明日を切り開くことは難しいと申し上げたい。

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民主代表戦は自分で考える

2011年08月27日 | 町医者診言

  民主党の代表選戦が始まった。物足りない顔ぶれだが、これは国民を映しているので、貶せば自分に返ってくる。少なくともマイナス面では卑しい菅さんよりは良さそうだが、実のところよく知らない人も多い。

 相も変わらず、マスコミは反小沢親小沢などと馬鹿の一つ覚えを書き喚いているようだが、それは力不足の記者達が作り出した虚妄であると言っておきたい。マニフェストに対する態度や既得権に対する態度で分け、そうした呼称にすべきだ。議員にもしそうした感覚で動いている人が居るなら、先入観を捨てきちんと事実を勉強し直して欲しい。

 今が自分の知らない昭和初期に似ているような気がしてならない。マスコミの記者達にきちんと世界史と日本史を知っているか、政治哲学をきちんと学んでいるか、少なくとも一つの原語で外国通信を読んでいるかを問いたい。そうした素養がなければ、報道する資格はないと思う。

 親小沢反小沢という言葉を使わないで、現状認識を再構築して報道しなければ、日本は危機を脱することができないのではないか。インターネットには玉石混淆の雑多な情報が溢れている。十数個のブログやミニジャーナルを読めば、視野が広がるだろう。それをヒントに本を読んだり自分なりに考えて問題の本質を見逃さないようにしないと、大本営に騙されてしまう。

 

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最前線の感覚

2011年08月26日 | 医療

 

  昨日、胸部疾患の勉強会の後、総合病院の部長と話していて、私と診療感覚が微妙にずれているのを感じた。T先生はよく勉強されていて、専門以外のこともいろいろご存じなのだが、コスト感覚が乏しい。つまり、薬や検査の値段をあまりご存じないのだ。総合病院では医師は会計から遠く、今日この患者はいくら払うんだろうかという所まで気が回らない。それよりも、最新最前線の検査を漏れなくやり、症例報告しても立派に通用するデータを揃える方に頭が向きがちなのだ。私が部長だったのは、もう二十年以上も前のことで今は多少変わってきているかも知れないが、基本的なところでT先生の診療姿勢は良く理解できる。

 これが大学教授となれば、すべての教授がというわけではないが、もっと鮮明に研究重視、完璧重視の姿勢になる。残念ながら、町医者から病院の部長そして大学の教授という逆コースはないので、町医者の感覚は町医者に留まることが多い。尤も、現場最優先で中枢をわかっていないと誹謗する、時々そういう医者が居る、のは行き過ぎで相互の思考を融合させる智慧が何よりも必要だ。政策に寄せて言えば、方針を決めるには鳥瞰が重要だが虫の目はそれを補完するものとして欠かせない。

 そういう意味で、勉強会や講演会の後で忌憚のない意見を交換するのは有意義なことだと思われる。特に我々のような卒後四十年生は教授、院長や部長にも臆せず物が言えるので、大切な役回りだと思っている。

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集団になると

2011年08月25日 | 小験

 街に出るとつい本屋へ寄ってしまう。真っ直ぐ帰ってくれば小遣いも減らないのに、殆ど病気だ。今日は珍しく四冊で済んだ。しかし、恥ずかしながらベストセラーを買ってしまった、古賀茂明さんの文庫本。

 駅で思い出して、食品売り場に回り、朝飯用にセリアルとコーヒーを買う。レトルトカレーの大安売りに手を出し、荷物が増えて両手が塞がってしまった。

 さあ我が駅に着いたぞと降りようとすると、杖をついたというか振りかざした婆さん達が四人何やらしゃべりながら降りようとする客を無視して乗り込んでくる。傍若無人な態度に呆れた。たかだか十五歳ほど年上で杖を持っているからといって威張るんでないと思う。両手が塞がっているのですり抜けられず、乗せてから降りると。駅に降り立った途端ドアが閉まった。

 どういうものか、一人ならきっと礼儀正しい婆さんなんだろうに、集団でおしゃべりを始めると、公共心がすっ飛んでしまうらしい。これは昨日の話。

 今朝は土砂降りでずぶ濡れになってしまった。その上、また電車が遅れ20分ほど、コンコースで待たされた。とほほ。

 そこで、浮かんだもじり。異常の豪雨軽人を困らす、客はぜいぜい憂色新たなり。

 

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データと解釈

2011年08月24日 | 小考

 

 科学には実験が必須である。と言うよりも実験のないものは科学ではないと言うべきかもしれない。勿論、実験と言っても幅広く、地球や宇宙が対象では観察によるデータがそれにあたる。

 実験によって得られるデータは決して弄くってはならない。そのまま虚心坦懐に紛れなく扱う必要がある。先入主や自己流の解釈が入り込む隙間があってはならない。データの解釈は実験室を出て、心を切り替えてから始めないと間違いの元になるし、あるいは大発見を見逃して、何だそれならワシも気付いていたとセレンディビティーを腐す醜態を晒すことになる。

 小説はともかく、報道や解説もこうした科学的手法を見習うのが良いと思う。否、本当はねばならんと言いたいところだ。マスコミの報道には、先入観や無意識の意図が溢れている。平均的な人間は、それに影響されやすく、踊らされる恐れがある。穏当な譬えではないが愉快犯に似た気持ちをマスコミ人は持っているのではないかと見ている。マスコミに携わったことはないが、常に事実と解釈を分けて書くと言うことは最初に叩き込まれることではないのか?。「画策している」とか、「追いつめられて」などという見出しには、記者の解釈が匂う。

 一方、受け手には鋭い批評精神と成熟した心の涵養が望まれるのだが、当然既にマスコミは色つきと見破っている人は多いだろう。色つきであれば、複数のメディアの情報入手が欠かせず、読み解く努力も必要になる。

 

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糸谷・前原はエースなのか

2011年08月23日 | 町医者診言

  将棋に糸谷哲朗五段というのが居る。若手の有望株で関西のエースになると目されている。確かに棋界で高い評価を得てそれなりの実績もあるのだが、先日のNHK杯を見ていて、この人は異能ではあるが本当にA級まで登れるのだろうかと疑問を感じた。というのは差し手が異常に早く相手の虚を着く試合運びである点と、いみじくも解説の片上大輔六段が指摘したように一手一手は鋭いのだが、全体としてみると良い手かどうかはっきりしない差し手がある点が気になったのだ。

 まあ、ヘボがこんなことを言うと糸谷君は早口で難しげなこと(哲学が趣味と聞く)をしゃべりまくると思うのだが、そういうところも不安だ。

 で、結局、この人は本当に将棋の棋士なのだろうかという温厚常識の北島忠雄六段に負けてしまったのだ。

 さて一方、前原誠司さんが前言を翻し、民主党代表選に出馬を表明した。国のためとはお為ごかしに聞こえる。代表戦に出ないと言っていたのは、火中の栗を拾うのは得策でないと言われたか思っていたからではないのか。前言を翻したのは支持者の圧力に屈したからだと見えてしまう。

 君子が豹変することはあり得ると思うが、それは容易なことではないし、側近の圧力によってではない。前原さんの航跡を見ると軽率のそしりを免れないと思う。隠忍自重と言う言葉を噛みしめるべきだ。

 マスコミの人気調査に惑わされてはならない。これはタレントと同じレベルの評価で、顔よし声よしスタイルよしの前原さんに勝てる候補はいない。野田さんには悪いが顔とスタイルで三馬身の差が付いている。しかし、マスコミの調査はその程度のものだとネット情報も活用する人達は喝破している。

 インターネットでは囁かれているのだが、マスコミには名前が出てこない人が二人ばかりいる。これから出てくるか?。民主党議員諸氏は党首選びに血湧き肉躍り過ぎて熱中症にならないように、頭を冷やして大局から判断して頂きたいと願うばかりだ。

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踏んだり蹴ったり

2011年08月22日 | 診療

 

 今朝はゲリラ豪雨で駅まで歩くうち片袖がびしょ濡れになってしまった。ひどい目にあったと駅に着くと、困ったことに電車が規定値を超す雨量で一時不通になっており、改札口に人が溢れていた。仕方なくタクシー乗り場に回るが、人の考えることは同じで既に十人ばかり並んでいる。十五分ばかり待って漸くタクシーに乗ると、携帯電話が鳴った。留守電を聞こうとするとお話中である。これは慌てている人が何度も電話する時に起きる現象なのだ。応答を待てない人は返事が来る前に何度も電話をするために、留守電を聞くことが出来ない。暫く待っていると女房の携帯から電話が入り、何度も***-****から電話が入ると言う。

 ***-****に電話をする。

 「**内科ですが、どうしました」。

 「お爺さんが息をしていないんです」。それは大変。

 「どちら様ですか」。

 「**ヨシコです」。えーっと、そうかあの人のご主人か。末期癌で自宅に戻されたYさんだ。

 「電車が動かなくてタクシーで向かってますからね、着いたら行きます。待ってて下さい」。

 小振りになった雨の中、近いので歩いてYさん宅へ向かう。Yさんの最期の往診から戻ると、早出の看護師Kさんが、

「事務のNさんから電車が不通で遅れると連絡がありました」。と言う。

 「ああ、そう」。

 月曜なのに困ったなあと思いながら、診察室の椅子に坐り、コンピュータの電源を入れると、あれれ、右側の画面が映らない。無信号と表示が出る。接触不良かとケーブルを彼方此方弄るが直らない。慌ててコンピュータ管理会社へ連絡すると受付の女性が、未だSは出社しておりませんので折り返し電話させますと言う。

 右の画面が映らないと検査データが参照できず十分な診察が出来ない。ああ、なんで今日に限って困ったことが重なるのだと大きな溜息が出た。

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