駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

擦り切れた言葉を蘇らせたい

2017年07月31日 | 町医者診言

 

 今朝も曇り空で比較的涼しいが湿度は高く、十分も歩くと汗ばんでしまう。青い夏空に響くセミの鳴き声は正に夏の風物詩なのだが、曇天だと何だか音がくすんで聞こえてしまう。果たして蝉達は曇天でも、首尾よく相手を見つけることができるだろうか。

 何枚も何本もまだ着られるのに袖や裾が擦り切れて、ワイシャツやズボンを家用遊び用に格下げしてきた。衣服はそれで良いのだが、言葉はそうはゆかない。言葉は対応する内容があってこそ生き、意味を伝えることができるのだが、内容のないその場しのぎで頻用されては言葉も擦り切れてしまう。

 言葉を擦り切れさせる張本人は政治家とコマーシャリズムと思う。ちょっと古いが「癒し」辺りから、折角の味わい深い言葉が瑞々しさや輝きを奪われてきたと思う。特にこの数年、政治家によって言葉が誤用と言いたくなるほど内容を伴わず軽々しく使われるようになっている。真摯に反省と何度聞かされたことか、紳士も払底してきているようだが、字義通りの真摯も見つけにくくなっている。上辺の防御に使われ過ぎて、一応とか取り敢えず程度の意味に成り下がったと感じる。

 さて一応取り敢えず反省して、どのような内閣改造が行われるだろうか。自民党内部からも支持率低下に後押しされて?首相批判の言葉が出てきている。内部からの批評批判に意味はあるが、言葉を蘇らせるものは言葉に対応した内容行為だと申し上げたい。

 言葉ではなく本人が擦り切れた蓮舫さんの辞任は重い判断なのだが、民進党議員からは自分の非才を棚に上げた不平不満の言葉が聞こえてくる。彼らには蝦蟇の油方式でまず己を鏡に映してから物を言うようにアドバイスさせていただきたい。

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フォントの違いを感じる。

2017年07月30日 | 趣味

         

 異業種の知人にMさんというフォント(字体)に凝る人が居た。私は字体の違いは何となく分かる程度で読みやすければよいで済ましてきた。しかし彼の話を聞いていると成る程、フォントには細かい違いとまとまりがあり、形、形式として見始めると感覚に合うものを探し始める気持ちが分かる気がした。

 例えば数字のゼロとアルファベットのOは違いが分かりにくい時があるのだが、Mさんがこの0は気に入らないと延々と何十分も講釈を聞かせてくれた。世の中にはデザインとか意匠と言われるものが存在する。凡そ人間の作り出す物には程度味わいの差はあるけれども、何らかのデザイン性から自由なものはないようだ。人様々で、それを殆ど気にしない人から微妙微細にこだわる人まで色々居る。気にしない、有り体にいえば形の有り様に鈍感な人でも、湯飲みにこだわったり財布にこだわったり、やはり某か意匠へのこだわりはあるものだ。

 例えば正三角形と言えば、概念としては一つしかないが、いざ目に見え手に取れるものにすると、微妙な線の太さや色合いで違ったものになり、人にはそうしたデフォルメに気付き味わう能力が備わっている。昔、違いが分かる男とかいうコマーシャルがあった。今なら違いが分かる人間ということになるのだろうが、違いに気付く能力は人生を豊かにすると思う。

 尤も、気付き過ぎるとうるさいこともある。中に蘊蓄人間とでも呼びたい人種が居るのだが、そいつが本物かどうかは実際に違いが分かるかどうかで判定している。試すのは失礼かもしれんが、偉そうな蘊蓄親父にはこれ何だろうと聞いてやることにしている。当てられれば本物だ。

 違いの気づき方、重きの置き方が人様々で、人間観察の興味は尽きない。

 これはデザインではない?が、男としては女性観察も大きな楽しみで、この頃増井渚が綺麗になったと国際報道を楽しみにしている。

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唯二明らかになったこと

2017年07月29日 | 小考

    

 防衛庁の特別監察には身内調査の限界があり、踏み込まない内容で、国会答弁を拒否する盾にはなったが、謎と責任を明らかにするものではなかったようだ(私は全文は読んでいない)。稲田防衛大臣が日報隠蔽を容認していたか否かは不明のままだし、なぜ黒江事務次官が隠蔽を選択したか、その理由も不明だ。事務と制服のトップが辞任を表明し、次いで防衛大臣まで辞任したのだが、こんな揃い踏みは、空白を生んではならない防衛庁としては極めて無責任だ。辞任したからと言ってこの不祥事の責任をきちんと取ったことにはならない。なぜ隠蔽を選択したか、なぜ記録に残る形で防衛大臣の許可を取らなかったかを明らかにする責任がある。

 唯二、明らかになったのは、稲田防衛大臣が防衛庁の幹部に信用されていなかったことと、首相に異常に信頼されていたという二つの事実だ。

 稲田元防衛大臣が女性であったことを持ち出すと、問題視されるかもしれないが、稲田さんの場合は女性であることが、不適格に働いたのではと観測する。女性でもリーダーに向いている人は居るし、ジャンヌダルクのように士気を高める女性も居るので、女性だから務まらないわけではない。

 性差別をするつもりはないが、女性的であったために、指揮官としての信頼を得られず首相の寵愛もとい信頼を受けたなどと書けば、非難されるだろうか。まあ、しかし、踏み込んで問題を明らかにしようとすれば、見逃せない要素だと思う。

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相次ぐ辞任の診断と治療

2017年07月28日 | 政治経済

  

 奇しくも7月27日、民進党蓮舫代表と稲田防衛大臣が辞任することになった。北の記念日、籠池氏出頭の日そして田中角栄が逮捕された日でもあるようだ。天の配剤というよりは悪魔の差配かもしれない。

 蓮舫さんは身内に引きずり降ろされ、稲田さんは庇い過ぎて擦り切れたという処だろう。見た目はそう表現できても、民進党も自民党も、どちらもこれで一件落着とは問屋(国民)は卸さない。

 どうして専門外のことの診断と治療について発言するかと言えば、政治は国民の問題、国民こそが専門家だと考えるからだ。政治評論家の大半は私と同レベルで、中にはお知り合いを自慢にする程度の低いのも混じっている。但し、政策解説者は必須で、政策についてはできるだけ中立あるいはそれぞれの立場からの発言が求められる。

 民進党の病気はリーダーシップのある人物の不在よりも、フォロワーシップ欠如にある。マスコミを賑わす発言をする元政治家の中に、自分が不利な時には無言なのに相手の失策失敗を見つけると大声で咎め騒ぐ人達が居る。人目を引いてなんぼのマスコミに重用されている。わかりやすく、同感を得られやすいが、その場だけで建設的ではない。

 現役政治家でそうした姿勢の人に価値があるとは思えない。民進党議員には蓮舫氏が続投を意思表示すれば、なんで辞めないのとマスコミに公言し、辞めれば最悪の時に辞めると批判する議員がいる。当事者精神の欠如、フォロワーシップの欠如が、民進党の低迷の主因で、あら捜し専門家に付け入る隙を与えていると診断する。理念が欠如しているわけではなく、フォロワーシップがないのでまとまらないだけだ。去る者は追わず来るものは拒まずで、と申し上げたい。

 自民党の病気は一強でフォロワーが烏合の衆化していることだろう。権力だけが接着剤では、やがて剥がれる。権力の恐怖で接着させていれば、病は深刻で容易なことでは回復しないだろう。党としての理念の欠如はむしろ自民党の方にあると思う。大変失礼だが安倍首相は立法府の長を自認していながら、憲法やポツダム宣言をよくご存じないようで、その理念は強くても底が浅いように見える。自民党にはもっと深いものを醸成する力があるはずではと思う。自民党の方こそリーダーが不在ではないか。優れたポスト安倍を準備しないと、自民党どころか日本の危機だと申し上げたい。

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ロボットに似ている人

2017年07月27日 | 人物、男

    

 梅雨は明けた模様と報じられたが、すっきりした夏空はなく雨も多い。まだ、梅雨が続いているような感じだ。年寄りのつもりはなくても、つい昔と比べてしまう。天候から世の中まで随分昔と違ってきたと感じる。夏は夏らしくお願いしたい。

 ロボット研究で世界をリードしている石黒浩先生をご存じだろうか?。先日BSで先生の「最後の授業」なるものを見る機会があった。八割方見ることができたのだが、無機物人間を目指すというユニークなお話の内容もさることながら、先生の特異な風貌に興味を持った。見終わるまで、石黒先生はひょっとしてロボットなのではないかという疑念を晴らすことができなかった。話し方見た感じ、失礼ながら血肉の通う人間らしくないのだ。自分に似せたロボット(アンドロイド)を作られたのだが、ロボットが石黒先生に似ているのではなく石黒先生がロボットに似ているように見えてしょうがなかった。

 人間とは何か自分とは何かという疑問からロボット研究にのめり込んだと話されたが、ロボットの人間化というより人間のロボット化が語られているようで、何とも不思議な感じがした。

 もし池田晶子さんが生きていたら、二人でとことん話し合って欲しかった気がする。あるいは私が知らないだけで、ほぼ同年齢なのでどこかで接点があったかもしれない。唯、対話が実現していても、お二人の話が私に理解できるかは心許ない。多分、分からないだろう。

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炎天下に働くのは大変

2017年07月26日 | 町医者診言

  

 患者さんの中には74歳でも炎天下で道路工事の旗振りをされている方が居られる。真っ黒に日焼けした顔に疲労が浮かんでいる。「大変ですねえ」には「貧乏暇なしですよ」と真顔で答えられ、「あー、そうですか」とは答えにくく、うっと詰まってしまう。ちょっと暑くても寒くてもエアコンを動かす奥方には、耐えられない労働環境と思う。世の中にはそうして苛酷な環境で文字通り額に汗して働いている人が数多い。

  勿論、精神的なストレスにも耐えがたいものはあるが、診察室で聞かされるそうした訴えには、家庭の人間関係のものが多く半ば愚痴に聞こえる。だからか、医者に話すだけで、幾らか和らぐようだ。肉体的な辛さは話して柔らぐものではないせいか、訴えられる人は少ない。これには男女差も関係しているかもしれない。愚痴に似た訴えは女性に多い。それは一つの身を守る手立てにもなっているようだ。男は愚痴を言うものではないと言われるが、内容と程度によると思う。内に籠もる、溜め込むのはよくない、危険なこともある。

  異業種の友人に医者は忙しくストレスが多く大変だねと言われるが、幸いストレスは発散しているし、患者さんを診ていると自分は恵まれていると思う。但し、勉強が嫌いな人には向かない仕事だとは付け加えておきたい。

 

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冷夏の憂いが去り、冷菓の憂いが到来

2017年07月25日 | 小考

  

 曇り空でも孵化したからには高々一週間の命、精一杯鳴くしかない。今朝も蝉しぐれの中を歩いてきた。

 冷夏に悩まされたのは宮沢賢治 冷菓に悩まされるのはグズ・コブトリのおばさん。それにしても、たかだか五十年で日本のチベットと呼ばれヤマセに悩まされた岩手に冷夏はなくなり、北海道が銘柄米の産地になってしまった。変わったねと驚いているだけでは、宇宙船地球号の危機を脱することはできない。誰か賢い人が考えていてくれるなどという甘い考えでは、不足の事態に陥るだろう。賢い人は支える真っ当な並みの人が居ないと活躍できない。油断していると狡賢い人が身内を利する策略を展開する。

 困ったことに賢いとズル賢いの違いは紙一重で、鑑別が難しい。というのは、人間の目が公平にものを見ているとは限らないからだ。寄らば大樹の陰、乗るのは勝ち馬という偏りから中々自由になれない。人間は己第一、お前もそうだろと悪魔は囁く。それでも歴史は螺旋のように巡りながらも、全くの繰り返しではなく、薄紙一枚ずつ真っ当な方向へ変化している?と観測している。

 記録にあると記憶にないでは勝負はついている。言った言わないで黒白を付けるのは難しい。とっちめれば恨みを買うだろう。失点回復を狙うための低姿勢はそれだけのもので、表面だけ。より良いものをより信頼できるものを示すことができる政治家を支持したい。

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勝負に必要な何か

2017年07月24日 | 小考

  

 昨夜のBSMLBは一時間遅れで、ちょっとしか見られなかったが、ヤンキーズの田中がまた打たれたらしい。勝負に勝つには心技体だけでは駄目なのをご存じだろうか?。田中にはその大切な何かが欠けている。それは女王の前髪。これを掴むには実は何かが必要なのだ。

 どうやってその運を引き寄せるか、それが難題だ。何とか掴もうと、間違って悪魔に魂を売る人までいるのだが、運というのは摩訶不思議、心技体に優れていても、恵まれるとは限らない。どうすれば手に入れられるか分かっていれば、早速実践しているのだが、凡夫の私には見つからない。薄々こういうことかなと微かに感ずることはあるのだが、霧の中に紛れてしまう。

 ちょっとご利益をなどと硬貨でなく紙幣を放り込んだからといって、ちょっと頭をなぜさせて貰らったからといって転がり込むものではないのは確かだ。唯、気まぐれのようでも女王様は配慮?をされているようで、ビギナーズラックというものがある。これはもろ刃の刃で、そのためにのめり込んで、ニッチモサッチモいかなくなる人も居る。勿論、それをきっかけに精進、心技体を身に着け大成功という人も居られるようだ。

 どうも田中とダルビッシュに足りない何かを前田が持って行ってしまっているようだ。

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住み着いている同居人ども

2017年07月23日 | 自然

              

 夏になると朝、玄関先をヤモリやムカデが歩いていることがある。ヤモリはともかくムカデは困るのだが、5cmくらいまでのものは見逃している。尤も見逃すとそのうち10cmを越える大物になって危険かも知れない。

 ムカデを踏みつぶすなんぞ正当防衛で殺生の内に入らないかもしれないが、折角生きているし必死で逃げていることだし見逃してやる。他にも触ると丸くなる何とか言う虫や蟻などが、忙しなく敷石の上を移動している。庭があり、結構植木が多いせいか、様々な昆虫が住んでいる。野良猫か飼い猫か、猫が我が物顔に庭先を横切ってゆく、どうも鳥の種類に詳しくないのだが、鳴き声から判断すると少なくとも三四種類の鳥が飛んできて鳴く。この頃は雀も見かける。

 勿論,蝉も鳴く。喧しいはずなのだが、耳が遠くなったせいか、耳をつんざくほどには聞こえない。

 未だ心音はきちんと聞こえるから大丈夫と思うが、聴力は落ちてきている。否、聴力もと書くべきで握力も37,8kgに落ちたし、パソコンの字も読みにくくなった。患者さんの名前も出てこなくなった。顔と病気や家族構成まで覚えているのに、名前が出てこない。尤も、患者の名前が出てこないのには一回り若い友人までも私もですよと言うので、名前というのは覚えていにくいものなのかも知れない。

 五感が衰え、殺生を好まなくなったのは高齢になってきた証拠かも知れない。但し、ゴキブリだけは叩きつぶすことにしている。残念ながら逃げられてしまうことも多くなった。

 俳句には季語というものが必須のようだが、季節を愛でる感性に恵まれているのは有り難いことだ。それだけ生きていることを微妙に味わえる。

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女性の危険察知能力

2017年07月22日 | 世の中

          

 梅雨のないと言われる北海道に梅雨前線が居座り、大雨を降らせているようだ。この頃の梅雨はシトシトではなくザーゴーと集中して降るので危険だ。日本は関東平野など一部を除いて、山が海に迫っており、内陸に向けて小一時間も走れば山間地になる。山道を走れば、曲がった谷川の内側、猫の額ほどの平地に十数軒の集落が現れる。中には崖っぷちに建っている家もある。夏の好天に訪れれば、スーパーもコンビニもなく不便そうだが、のんびりとした平和な雰囲気が漂よい、一夏住んでみてもいいかなと思わせられる。

 しかし、集中豪雨で谷川が増水すれば崖崩れや増水で家屋が崩れたり流されたりの災害が起きる。平和でのどかな日常の背後に危険が潜んでいる。どうも世の中どころか気候も変動しており、過去五十年大丈夫だったから、これからも大丈夫とは言えなくなっている。まして山際の新開地など、不動産屋の安請け合いなど信用しない方がよさそうだ。

 こうした一見のどかで平和な日常の背後に潜む危険を察知できるのが、小動物それと女性である。狸と一緒にして怒られるかもしれないが、多くの女性が慎重で危険を察知する能力を持っている。それはおそらく自分と家族を守るために本能的に備わった感覚なのだろう。尤も、富や贅に目が眩みやすくミーハーな話題にとらわれやすい弱点もお持ちのようであるが。

 一見平和で安定しているように見える日本だが、国内外に崖崩れの恐れがあり、信用できない政治家が増えている。是非、女性に危険察知能力を発揮していただきたい。

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