無題・休題−ハバネロ風味−

私の視線で捉えた世の中の出来事を、無駄口、辛口、様々な切り口から書いてみました。

玉川寺

2016-05-31 16:34:39 | 建築・都市・港

羽黒山の太々御神楽で、1年ぶりに逢ったHさんと、帰りに羽黒の玉川寺に九輪草(クリンソウ)を見に行くことになった。私はこのHさんに3年続けてお茶の懐紙を分けて頂いていた。まったく、私には学習能力がないとつくづく思う。

赤い橋を渡る。

拝観料は400円。

玄関に至るまでのクリンソウは、花が殆ど終わりかけていた。時期を間違えたかもとHさんは曰う。

庭を拝見するのにも、玄関で靴を脱ぎ、建物内に入る。庭は縁側からサンダルで出る仕組みになっている。

山の斜面をうまく利用した日本庭園で、国の指定名勝庭園となっている。これは手入れが大変だろうなと思う。

枝垂れ桜の根元に、まだクリンソウは咲いていた。濃いピンクの色が多数だったが、真っ赤な花も混じっていた。

その違いが判るだろうか。携帯での撮影の為、きちんとした色が出ない。ぶつぶつ

ゆっくりとした時が流れていく。

綺麗な蜻蛉が飛んでいる。あっカラスアゲハだと喜んでいる隙に、虫に2箇所喰われる。

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羽黒山の太々御神楽

2016-05-31 13:41:58 | 酒田

山頂の駐車場はバスで溢れかえっていた。「土曜日は、酒田中の幼稚園や保育園が、羽黒山に行くって言ってるよ。」との情報が入っていた。その為少し早く家を出てきたので、萬谷さんの団体バスはまだまだ到着していなかった。

玉こんにゃくの自動販売機・・・でもないか。

四つ葉のクローバーを撮したりして、到着時間を待つ。

お迎えの山伏さんの案内で、羽黒山の説明を受ける。

蜂子皇子の墓所の前を通って本殿に参る。

参集殿の大広間で、羽黒山の歴史を聴く。

講師は権禰宜の佐藤氏。(ちなみに漢字が苦手な私は、禰宜(ねぎ)が読めなかった。Wikipediaに依ると、権禰宜は宮司の中で下位の役職だそうだ。)

今回の太々御神楽の詳しい説明をして頂くのだが、言葉の意味と漢字が判らず、途方にくれる。日本国中の各神社にも太々神楽が伝わっている所も多いが、羽黒山の太々御神楽でネットで拾えたのはこれだけだった。ええっ〜、お一人様12000円なのか。昼食込みで10000円は、破格のお値段だったんだと、萬谷さんの実力を今更ながらに知ることになる。

蜂子皇子の開山以来、日本では西の伊勢参りに対して東の奥参りと呼ばれ、陰と陽に分けられていた。開山したのは羽黒山が早いが、月読命(つきよみのみこと)を主祭神とする月山が中心で、出羽三山にお参りすることは当時の人々には、多額の旅費と山賊の出没する道中の困難で、命がけだったと言われている。その為、地域の人達は大勢で講を組み、集めた金を一人か二人の代表に託して出羽三山参りを続けて来た。月山は無理だとしても現在のように自動車で動ける三山参りではなく、徒歩で山を巡った。ようやく羽黒山に着いたうれしさを形にして、この太々御神楽を奉納したと言われている。宮参り講でのお土産は留守を守る人数分の御札である。みやげは元々御札を貼る木で宮笥と言った。これがそもそもの由来である。佐藤氏は土産をうぶすなと呼んで説明したが、少し違うようだ。お伊勢参りでは、この宮笥の御札の他、神宮の周りで店を出し地域で取れた産物を売った。それが土産になったとも言われている。

これは蛇足だが、羽黒山と呼んでいる神社は、羽黒神社とは言わない。出羽神社(いでは神社)と呼ぶのが正式なのだそうだ。東北の奥、出羽の国(でわの国)の守りの神社なのだろう。


日本には雅楽がある。大和楽が古く、唐楽つまり大陸から伝わったとされている。これは笙 龍笛 篳篥(ひちりき)で演奏し、世界最古の和音を用いたオーケストラと呼ばれている。神楽では笙 龍笛 篳篥以外にも楽太鼓、琴、銀鉦、鳳笙、時には琵琶も用いたと言う。神楽のメインは唄である。歌い手は指揮者の代わりも務める。楽器はサブなのである。羽黒山の太々御神楽は、奈良の春日大社から伝わった舞だそうだ。

その後、三社合祭殿に移り、祝詞を上げて貰ったのち、太々御神楽が始まった。二人の巫女舞、一人の神主舞、一人の巫女舞と続けて奉納する。

ここで、撮影の許可を得て、動画を録画する。メインのカメラを壊して携帯での撮影なのだが、見事に失敗した。きちんと撮す練習をするべきだったと思う。最初のは録画ボタンを押したのに写ってなく、2−3度目の撮影では90度首を横に向けなければ、観れない動画になっていた。始めから写真にすべきだった。辛うじて写真になった最初の二人の巫女舞の部分である。まるで羽根を広げた蝶のように軽やかな舞だった。曲目は君が代。元歌が判らないほど編曲されていた。と言うより、こちらの方が元かな。動画と音源が無いのが返す返すも残念である。

その後、玉串奉奠など一連の行事を終える。

撮影が失敗しているにも関わらず、意気揚々と引き上げる私の目の前に、御神酒を配る若き巫女さん。

次に大広間に戻り、権宮司の阿部氏の講演を拝聴する。

羽黒山は今から約1400年前の推古元年(593)に第三十二代崇峻(すしゅん)天皇の第一皇子・蜂子皇子によって開山された。崇峻天皇は推古天皇(女性の天皇)の一代前の天皇であり、蜂子皇子は聖徳太子と従兄弟だと言われている。最初の開山は羽黒山だが、ついで湯殿山、月山と続き、出羽三山とした、その役割は、人間の現在を司る羽黒山、死と黄泉の月山、未来と生まれ変わりの湯殿山を指し示す霊山である。即身仏は湯殿山の信仰であり、高野山に源を発する。神社としては大国主命(最後には黄泉の国の守り主となった。)。羽黒山は稲荷神社も関係しているらしいが、時代に併せて目まぐるしく信仰の先を変えている。羽黒を含め庄内の辺りは、縄文弥生の遺物が数多く発掘される、古くから人が暮らしていた恵まれた土地だった。土着の信仰もあっただろうが、丁度その頃、大陸から新たな仏教も伝来し、霊山としての位置づけがされていった。

羽黒山はかつて神仏混合であったが、仏教に於いても度重なる宗教戦争にもまれ、天台宗に繋がれて行った。明治政府の神仏分離が行われると、正一位の神階をいただく羽黒山は神社となる。明治以後、太平洋戦争が終わるまで、蜂子皇子の墓廟は宮内庁管轄となり、職員の管理詰め所も墓所の前に残っている。神社として生き延びて行くにも、建物の形をその都度変えていかねばならなかった。神社となっても、未だに建物のあちらこちらには、仏教の名残が見て取れる。分離された仏教の方の建物の代表格が、羽黒の手向にある黄金堂である。神社としても寺としても、宿坊を営む山伏達は似た行を行う。寺では8月25日から1週間。神社では1日遅れの8月26日から1週間、各々行うのだそうだ。

 

話は変わって、伊勢神宮は20年に一度遷宮をする。その解体された用材を使って、地方の神社で改築を行う。庄内では羽黒山と鳥海山の大物忌神社でその用材を頂く。遷宮は建物だけにあらず、宝物も新しくする。今回、伊勢神宮から下附された御神宝を参集殿にて展示してある。御鉾、御櫛笥、蒲御靱、銅黒造御太刀だそうだ。・・・読めない。実物を確認するには、11月23日まで参集殿は無料。博物館では大人300円。

さて、齋館に場所を移しての遅めの昼食となる。今までで一番豪華な昼食だった。山菜づくしに舌鼓を打つ。

そこからまた移動し、お茶席に入る。この度の和菓子名は「いにしえの舞」だそうだ。

ついで、薄茶を一服頂く。この頃には足のしびれが限界を超える。

よろよろと立ち上がり、蝉の声や鳥の鳴き声の聞こえる窓辺に立つ。手摺りには苔が生えていた。

本殿から齋館に行くのに、内部を通って行く方法を知っているだろうか。延々と階段を登り降りするのである。

外の方が楽だったと思う人が殆どである。

駐車場へ行く参道で、ヒメシャガに出会う。

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羽黒山の有料道路

2016-05-31 13:18:08 | 社会

28日、羽黒山に向かう。今回は階段を登る予定は組み込まれていないので、日本一高いと言われる有料道路を走る。私の車は普通車から軽自動車に変わったので、料金も最低価格かと喜んでいたら、一派一絡げに400円だった。くそー

冬の時期のこの道路の凜とした空気感も素敵だが、新緑の頃も美しい。急カーブと急勾配の道路で、往きも復りもスピードは出せない。回りを楽しみながら走れる道である。

 いつもは気がつかないカーブの裏に、こんな石碑を見つけた。

いきなりオカルトっぽい話になるが、我が親族に見える者がいて、羽黒山に行かなくなった。私が有料道路のとある場所が清々しいと言うと、恐いと返す。自分には山伏の格好をした人達が、ゾロゾロと林の中から出てくるのが見えると言うのである。

その奥には神社があり、その近くには・・・。

何だかずらーっと横に長い建物があった。後になって聞いたのだが、ここは現在も山伏の修行をする所なのだそうだ。なるほど、そうだったのか。実は山頂にも恐い場所があるのだと言う。その話はまたいつか。

※神社は吹越神社、横の建物は吹越籠堂だった。

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シン・ゴジラ

2016-05-30 10:04:25 | 映画・TV

久々に、ゴジラが帰って来る。

7月29日から、日本版映画「シン・ゴジラ」が上映開始となる。ハリウッド版ではない久しぶりの日本の作品である。

それを記念して、我が家のゴジラを特別出演させてみる。

網戸に張り付いた、ちっこい奴。

スルスルと上に登って。

ビガビガビガ・・・☆

ビガビガビガ・・・ガォ==3。

どうだ、恐いだろう!

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真っ青

2016-05-26 09:55:07 | 社会

「ネットに繋いだままにしとくと、勝手にアップグレードするんだぜ。」と言う声は聞いていた。でも自分にはないと高をくくっていた。

夜、ノートの画面を見た時、真っ青になった。私の顔が?いいや、画面がである。Windouws10になっていた。

頭の隅で、元に戻す方法はネットにあると記憶していたから、慌てず騒がず画面の「規約に同意しますか」の所で、思いっきり「拒否」を押してやった。すると勝手に元に戻ってネットに繋いだ時の状態になった。ここで一安心と思っていたら・・・。

朝になって、事務所のネットワークに支障が出た。IPアドレスが書き換えられて、プリンターにも繋がらない。他に理由がないから、この為だろうと勘ぐったが、黙っていた。

しかし、迷惑な話だ。本当に欲しい物なら有料でも買う。親切ごかしの勝手な振る舞いは、ウィルス以上だ。まったく、プンプン!

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庄内三大祭

2016-05-25 10:22:42 | 社会

5月19-21日の酒田祭が晴天の内に終わった。庄内、特に酒田と鶴岡の祭りについてはジンクスがあって、酒田の祭りが晴れなら鶴岡の祭りは雨と言われていた。それに酒田の祭りでも3日間が晴れの日はないとも言われていた。今回の祭りでは、3日間どころか、22日のロック・イン・サカタまで晴れて、前代未聞だった。私の半世紀を過ぎた人生の中でも、3日間晴れの時は5本の指を切る。それだけシビアだったのだ。

さて、5月25-26日は、鶴岡の天神祭である。酒田の祭りが日枝神社の山王祭りから発展したものだが、鶴岡の祭りは学問の神様、鶴岡天満宮の祭りで菅原道真公由来の通称「化けものまつり」と呼ばれている。全国各地で天神さんのお祭りは行われていると思うのだが、鶴岡は独特で長襦袢に編み笠、手ぬぐいで顔を隠した化けものが、酒を配って練り歩く奇祭と呼ばれている。今日がその25日だが、天候は雨である。(笑えない)

鶴岡天神祭(化けものまつり)

6月5日は鶴岡大山の犬祭りが行われる。何故同じ鶴岡市なのに、別の大きな祭りがあるかと言うと、大山は江戸時代から幕府直轄の土地で、鶴岡とは違うと言う自負に満ちた人々が住む町だった。祭りはここの椙尾神社に祭られている「めっけ犬」を元に行われている。今年は祭りに併せて「「駅からハイキング」酒蔵の町を歩いてみませんか」が定員50名を限定に開催される。酒蔵と言えば地酒は呑めるのか楽しみである。

大山犬祭り

と、ここまで書いて、何故酒田祭りのリンク先が無いのかと言うと、酒田市役所のサーバーが丁度ダウンして繋がりにくくなっているらしい。サーバーも祭り疲れか・・。

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世界文化遺産

2016-05-24 14:59:18 | 社会

 

ル・コルビュジエ絡みで、国立西洋美術館が世界文化遺産に勧告された。7月の委員会を経て正式決定される。これは目出度い。酒田市内の美術館を除いては、私が最も足繁く通っている美術館でもある。上野駅からとアメ横から近いので、電車の待ち時間には応えられない。ちなみに、私は自腹で入館している。都民の税金は使ってはいない。あっ、そうだ。都民じゃないから都知事の件には文句は言えないと思ったけど、こうして東京都に税金を落としているのを忘れていた。こら、税金は無駄遣いするんじゃない!←上から目線。

さて、話は変わって、23日に新庄市で行われた酒田港女みなと会議の総会に出席した。カーナビで新庄駅までの最短距離を選ぶと、王道の国道47号線ではなく、戸沢村から最上川を渡って県道34号線を走れと出る。ここは普段着の道路で、軽トラが田んぼや横道からワラワラと出ては来るが、追い越し禁止ではなくて、比較的スムーズに走れる。思いの外、早く着いた。

とは言っても、出がけに色々と仕事があって、会議の時間にはガッチリと遅刻している。言い訳をしながら部屋に入ろうとすると、私同等の遅刻者がいて、会議は始まったばかりだった。時間が押していたので、スムーズに進む。

予定の総会と、国交省酒田港湾事務所長との懇談会、昼食(山菜が多くて嬉しい。メインは3種の蕎麦だった。写真は撮れていない。)の後、新庄市役所へ出かけた。

市長が出張で、副市長に表敬訪問する。新庄地区の会員が増えたのを記念して、今年の11月頃に「やまがた女みなとフォーラム」を開催するので、協力をお願いした。

新庄市は、新庄まつりをユネスコの無形文化遺産に登録して貰う為に、運動をしているそうだ。私はまだ観たことはないが、なかなかの物だそうだ。

頑張れ、新庄市!!

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酒田祭りの山鉾

2016-05-23 06:38:26 | 酒田

酒田市立資料館では、6月6日まで、酒田祭りに関した資料を展示している。

内部は申請書に記入すれば、撮影は可能である。撮影する理由にちょっと戸惑ったが、まさかブログネタとも言えず個人の資料として載せた。

山鉾の掛け軸は、ご覧の通りに掛けてあるのでそれなりに撮せるが、棚にある写真は載せてあるだけなので、うまく撮せない。

山鉾の掛け軸は、我が家にある絵柄とは違っていた。一幅だけ特に面白い物があった。軍人が書かれていたが、時代を背景にした物だと思う。

市内に電柱や電線がなかった時代は、高さを競い合い、街中を曳いて練って回った。年に1度のお祭りは、現在よりも数段賑やかで活気に満ちたものだったろう。最大で20mを越す山鉾も現れたと言うが、旧両羽橋からその勇姿が見えたと言うから凄い。

酒田祭りの期間中、無料だった入館料は、平常運転に戻っていた。ただし、べらぼうに安い。

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ロック・イン・サカタ

2016-05-23 06:28:52 | 酒田

結論から先に言うと、今年は下の神宿を撮すことが出来なかった。ノコノコ町に出たのが23日だったから、祭りは過ぎていた。神宿は祭りの前から飾ると言う先入観があったので、後ろの日程も伸びると勘違いしていた。さぞかし立派だったろうに、残念。

23日は中央公園でロック・イン・サカタが開催された。南三陸から山内さん御一行が来る。それに併せて仏壇の佐藤さんを中心にしたいつもの仲間達が物販の販売や、酒田商人グループが飲み物や食べ物、焼き物のテントを並べていた。

暑い日である。

飲み物を片手に、花より団子気分である。ロックコンサートなら、演ずる者は勿論のこと、観客も一緒にノリノリで踊ったり騒いだりも必要なのだが、庄内人はちょっと引っ込み思案なのである。

 

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下の日枝神社

2016-05-21 00:18:57 | 酒田

足を引きづりながら帰ってきた。ここは日吉町から登る日枝神社の階段。

御神輿も帰ってきていた。

反省会の会場。ここで、下の神宿を撮ってくるのを忘れた事に気がついた。ただし、パレードを撮している最中に、カメラのシャッターが故障した。あの時落としたのが今に響いているのか。もしかして修理不能なら買い換えしなければならないか。

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本祭りに突入(長いよ!)

2016-05-21 00:09:48 | 酒田

花魁芳野

お口パックンに、ぎゃん泣き。大人達はニッコニコ。

少林寺拳法の形も披露する。

 

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上の日枝神社と神宿

2016-05-20 22:07:56 | 酒田

やっぱり道に迷った。携帯のGoogleMapがうまく作動せずに、道行く人に尋ねながら到着する。

神宿は、稲荷さんの境内にあった。

色々説明して貰った。

上の日枝神社に到着。

神社の規模は、下の日枝神社より小さい。

行列に使うのだろう、馬がいた。おとなしい馬だった。

日枝神社には、猿がいる。神社の至る所に猿が隠れている。

神社の中では、行列に参加する人達に祝詞が行われていた。

石橋を渡る。

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酒田宵祭

2016-05-20 21:38:21 | 酒田

夕飯を終えて家族で日和山公園に行く。

駐車場は満車で、渋滞が続いている。気の毒だと思う。

会場は徐々に人が混んできた。

山鉾が点灯する。今年も秋田から竿灯を演ずる人達が来てくれた。

昨年は雨と風の中、3基が演じてくれた。風が強いと竿灯が倒れる。それもまた楽しみの一つである。

山鉾の舞台の前の人達が移動して、広い空地を作ってくれたのだが、それでも狭い。

後から写真を見て気がついたのだが、手前の観客の暗闇に、沢山の青く光る蛍のような物が見える。これは携帯やカメラの灯りなのだ。

今年は天候には恵まれたが、やはり風がある。

竿灯の竹を継ぎ足して高さを競う。信じられないほど竹がしなる。演ずる前に秋田竿灯のDVDが流れたが、そこでは長く伸びた竹がボッキリと折れていた。それを先に観たので、倒れるのか折れるのかを心配する。何度か竿灯は倒れ、観客の頭の上に落ちる。スクリーンに引っかかったり、照明に倒れたりと面白い。手拍子と掛け声を掛けながら楽しんだ。

次の演目があるのに、席を立つ。人混みの中をぬって歩き出す。

はしまきがあった。

これはリクエストされた物。光る剣が欲しいのだと言う。

はしまき、焼き鳥、ケバブ、チョコバナナを買って家に帰る。普段ならサッサと歩ける道も、人の波に押されて時間が掛かった。

日本で売られているケバブは、チキンとビーフである。本場のラムはない。ラムを手に入れる方が難しいのだろう。

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ぱしふぃっく・びいなす

2016-05-19 15:04:06 | 建築・都市・港

一般人向けの駐車場からは遠いので注意してね。

この船体は白く、大きい。

正午に入港したらしい。昼休みに出かけてみた。バスが乗客を乗せて走り去った。

全景を撮るのに、かなりバックしなければならない。

出迎えのセレモニーは終わったようで、人は昨日より少なかった。米沢の武家若衆も、羽黒山の山伏もいなかった。

乗船のお客様でなくても、多分試飲が出来るはず。ちょっとお値段高めの美味しい地酒だ。

大泉さんのとこでは、ヨーグルトのお酒が振る舞われていた。

香ばしいかおりが。。。

琴平荘のラーメンも、羽黒山の名物胡麻豆腐も販売中。

さくらんぼは、まだ高い。

まだまだ、乗客が降りてくる。バスで移動する人も、タクシーの人も出かけて行く。

やっぱり大きい。

20日の午後7時頃に出航するが、その時花火を上げるそうだ。

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いざ、出撃じゃぁ〜!

2016-05-19 14:57:13 | 酒田

黒獅子はきびすを返すと。

広い岸壁を渡り、後ろから解体されていく。

赤獅子も任務を終えて、酒田祭りの会場に向かう。

「お仕事、終わり。あとは祭りじゃぁ〜〜!急げ!」

「早く、車に乗せて! お囃子が呼んでるわ。」

「子供達、待ってろよ〜。ぱっくんぱっくんと食べてやるぞ!」

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