駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

人様々に応対する仕事

2021年03月31日 | 診療
            

 患者さんは色々で、正直に言うと楽しくよく来てくださいましたという人からまた来たのという人(数は少ない)まで様々だ。勿論、相性の悪いというかやりにくい患者さんも、病気は平等にきちんと診ている。唯、後味がよくない。もし、突っかかる患者さん、何度説明しても中々自分の考えにとらわれてわかってもらえない患者さん、一体何が言いたいのかよくわからない患者さん・・が続いたらとても疲れると思う。幸いそういう患者さんは日に二三人なので平常心で診察が続けられる。
 患者さん側からもこの医者は虫が好かないことはあると思う。幸い日本の殆どの地域には数多くの医院があり、患者さんは自由に何処でも診てもらえるから、そういう時は違う医者を探せばいい。尤もそれは二三軒までで、四軒も五軒も変わるのは良くないというか、患者さんの方に問題があるだろう。それに何回か通ううちに打ち解けるというか良いところがわかってくることもあるはずだ。
 医院は飲食店、床屋、塾・・に似たところがあると思う。
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言葉の届かぬ世界

2021年03月30日 | 人生
         

 日本将棋連盟会長の佐藤康光九段が、NHKの将棋解説でこの手は言葉で説明しにくいと言っていた。佐藤康光さんは会長として据わりの良い人で、私の記憶にある限りではこの四十年では一番似合っていると思う、きっと長く続けられ名会長と言われるようになるだろう。
 若い頃は三億と三手を読むと言われていたが、この頃は個性溢れる独特の将棋を指される。その佐藤康光会長が金の動きを見て、この手はちょっと言葉では説明しにくいと言われた。なぜこの手を指したかこの手が良さそうかは言葉では説明しにくいということはあるだろう。将棋だけでなく絵画や音楽やスポーツでも言葉にしにくいところがあると思う。そこを言葉であらわそうとすると本一冊分でも足りない世界がある。
 言葉にするとわかるような気がするけれども、実は言葉では表現しにくいできない世界が一つどころか無数にあるのが人生なのだろう。五十年も生きるとその断面を言葉にして成る程と腑に落ちるようになる?。否、七十年生きても言葉だけでは腑に落ちないことは数多い。
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場違いな感じがある

2021年03月29日 | 世の中
            

 今年も桜が咲いたが、何故か場違いな感じがする。年に一度楽しみにしていた人も多いはずなのに、患者さんにも感動もなくそっけなく咲きましたねと答えられる人が多い。嫌なニュースが多く防衛的に感受性が下がっているのだろうか?。そういう私も、さしたる感動もなく満開の桜の横を歩いてる。
 新型コロナは人間の感受性まで下げてしまうらしい、恐ろしいことだ。
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おかしいと言う患者さんたち

2021年03月27日 | 診療
              
    
 体重を測定すると90.5kg前回より2kg増えてついに90㎏台になった。「おかしいなあ」と注意される前に機先を制そうというのか、まるで体重計が狂っているようにつぶやく患者さん達が居られる。口から入れるものを制限しないと体重を減らすことはできない。運動は必要だけれども運動で痩せることは普通の人には難しく、アスリート並に運動しなければならない。運動は内蔵機能や筋肉を落とさないために必要なわけで、基本的には口から入るものを減らさないと痩せられない。 
 事実と現実に向き合う姿勢がないと健康体重は得られない。まあ医療側からは、それができる人は半数に満たないと申し上げねばならない。尤も、この頃はそう言うと医療側の指導力不足だと言い返されかねない。勿論、我々も反省するけれども、子供ではないのだから各位には自らを律することを学んでいただきたい、自分の為なのだから。
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そういう注射があれば

2021年03月26日 | 診療
                    

 Tさん御年九十五歳、矍鑠としてはおられるが独りでは来院できず、いつも娘さんが付いてこられる。声は大きくはっきりとものを言われるが耳が遠く大声を出さないと聞こえない。数年前に奥様を亡くされ、今は娘さんが交代で面倒を見ておられるのだが、「わがままで困ります、言うことを聞くようになる注射を打ってください」と頼まれる。「いやあ、そういう注射はないんですよ」とお答えするのだが、確かにそうした注射があると助かる介護者は数多いだろう。
 本人はこちらの会話は聞こえない様子で「ありがとう」と腰を上げられる。もう七十歳と言っても娘はいつまでも娘だし、元々マイペースの人だった様子で好きにやっておられるらししい。普通高齢で妻を亡くされるとがっくり来る人が多いのだが、Tさんのようにさほど落ち込まずマイペースを保って生活できる人もおられる。神経が太いのか鈍いのかよくわからないが、強い人なのだろう。尤もそれは過ぎた無用の忖度かもしれない。
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