駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

花の色はうつる

2019年01月12日 | 町医者診言

     

 

 兼高かおるさんが亡くなった。90才だった。芥川隆行とのコンビで長く放送された兼高かおる世界の旅をよく見ていたので、又馴染んだ人が一人居なくなったと淋しく感じた。兼高さんは品のあるちょっとエキゾチックな美人で、世界の旅の中で何度か外国の要人にプロポーズされたことがあると聞いた。生涯独身だったので勿論お断りになったのだろう。旅番組以外では偽ダイヤと本物のダイヤを見分ける番組で兼高さんだけがいとも簡単に本物を見分けられたのを憶えている。この人の品の良さは実力を秘めた本物なんだと感心した。

 まあ爺いの余計なお節介かもしれない、今ではセクハラと言われそうだが、どうして数多の美人が独身なんだろうと訝ってしまう。先日も滝川クリステルの横顔のアップをテレビで見た。相変わらず美しいのだがカラスの足跡が気になった。鬼も十八番茶も出花どころか、三十路でも美人というか可愛い女性がいつまでも独りというのは遺憾に感じる。女子アナの時代と言われるが、魅力的と思う女子アナにも独身が多いようだ。出水、林田・・。

 花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに、というのとは違うかもしれないが、出来れば三十までに挙児をというのが医者としての忠告だ。本体は若く見えても卵は年を取っていく。産婦人科医は眼が回るほど忙しいのは理解して同情しているが、もっと声を上げて欲しい。セクハラに取られるかもしれないが、これは人生の先輩からのアドバイス。

 尤も、相手の男がだらしなくなったのもあるかもしれない。

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鯰の髭だが

2019年01月02日 | 町医者診言

                 

 

 人類はいつ頃一年という時間の尺度に気付いたのだろう。たぶん人類の誕生とほぼ同時に季節が繰り返されるのを知ったと思う。犬や猪が一年というものを自覚しているかどうか分からないが、季節に反応して生きている。人は繰り返される一年が似ているようで微妙に違うのを知っており、次の年の元旦を新年として迎える。年の初めには今年はいい年でありますようにと願うのが自然な人の気持ちのようで、晴れ上がった空を見上げて亥年が良い年であって欲しいと願ってしまう。

 実際の所は世界情勢は予断を許さず、様々な歪みから軋轢が生じている。数多い問題を孕みながらも表面的には平穏を保っている日本は天才なのか極楽とんぼなのか不思議の国に見えてしまう。一見の平穏がどこまで本物か、単純化し一辺倒な理解に走りやすい流れに水の中なので蟷螂の斧ならぬ鯰の髭で今年も棹を差してゆきたい。人の発する情報には多かれ少なかれ意図がある。昔は客観的の見本のように言われた全国紙準全国紙も今は読まなくてもわかるほど色が付いてしまっている。毎日は無理だが、時々は二紙出来れば三紙に目を通したい。そうしないと視野狭窄症になる。これは意外と自覚症が出にくい病態で、気がついた時には手遅れになって仕舞っていることが多い。正否は人により立場により微妙に違う。それでも大筋の真贋はある。正否の判定は難しいとしても、優れているものは多くの人が認め感ずることができる。優れているものを見分け認め味わう力があれば生き延びてゆけると思う、引用されて迷惑かもしれんがたぶん藤原正彦先生も今度の本でそうしたことを書かれているのではと推測する。

 さて、私に出来ることそれは総合内科内科診療しかないので、嫌な患者困った患者と内心は思うことはあったも、訪れるすべての患者さんに私の最善を尽くしてゆきたい。

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世界は広い

2018年12月30日 | 町医者診言

     

 

  世界はあなたが思っているよりうんと広い。鴻上さんもそう言っているのだが、知らないことに気付いていない、知ろうとするのを忘れてしまったのかもしれない。不特定多数とお馴染みさん相手のサービス業、深刻な場面も多い、に携わってきたので、やや世間を広く渡ってきたように思っている私がおこがましくも、そのことを年の暮れそして人生の暮れに実感している。

  世の中に真理があるかどうか、いくつかの見解或いは信念があるだろう。科学の素養を身に付けたので真理に漸近してゆけるように思っているが、それには世界の広さを知り寛容の心が欠かせない気がしている。

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肝心なことは難しい

2018年12月13日 | 町医者診言

  

 

 今の世を見て、小人閑居にして健康志向となると孔子様が言われるかどうか分からないが、テレビを見ているとそんなことを想像してしまう。死んでもいいから健康が大切なんだと揶揄する人までいる。

 ためしてガッテンという番組がNHKにある。営利目的のスポンサーは居ないので、偏向はなさそうでも断片的で一部を取り上げるので有意義な所はあるが鵜呑みにされては困ると医師仲間から聞く。

 健康に良さそうなことを取り上げる番組が目白押しだが、肝心な生活習慣の改善にどれほど役立っているだろうか知りたい気がする。勿論、無意味ではなくかなり有用なのだろうと思うが、大切な視点が抜けているような気がする。科学的な裏付けのある身体に良いことは成る程と思っても実行が難しいものが多い。実行するのが難しい人達が多い。毎日三十分の運動、動物性脂肪や塩分は控えめにしたバランスのとれた食事を規則正しい時間に摂取する、七時間程度の睡眠時間を確保する、ストレスを溜めない・・・。

 分かっているけどできない止められない、良いことができないのはなぜかを追求した番組は私の知る限り少ない。健康に限らず、世の中の問題は分かっているけどできない、止められないから起きてくるものが多い。これは日々患者さんに接している臨床医の切実な感想である。

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世界の流れに

2018年12月09日 | 町医者診言

   

 

 師走はなんとなく気ぜわしいのだが、締めくくりとして一年を振り返って考えてみる良い機会でもある。フランスでは燃料税増税をきっかけに大規模なデモが起き、ドイツでは移民政策への反発からメルケル首相が退き、米中対立に火花が飛び、日本では国会が機能せず入管法が碌な議論もなく国会で成立してしまった。これだけ大きな問題を一纏めに議論理解するのは非常に難しいが、通底するものはある。まず現象としては社会の不安定化とそれから生まれる不信恐怖、そして思考短絡と力依存だと思う。

 無知の知の自覚、謙虚な視点が戦後今ほど求められる時はないのではないか。僅かな知識しかないのに、憎悪嫌悪で物事を判断してしまう。そういう人達はさほど多くないような気もするが、その大声と勢いに流されてしまう人達が多い?ように見える。

 どうすればに対する私、一介の臨床医にすぎないが、の処方箋は広い視野を持ち多様な意見に耳を傾けることだ。議論が深まると決められないような印象が生まれるが、複雑な問題には漸進が真っ当、英断と見せる短絡鉈切りは間違ってきた。

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峠からの眺め

2018年12月08日 | 町医者診言

      

 

 Fさんは91歳、独り暮らしのお婆さん。院内は杖歩行だが一人で歩ける。診察室に入る時、少しよろけた。「この頃よろけてよろ子さんになってしまったわ」とにっこりされた。品の良いお婆さんというより老婦人という方で、お頭の方はまだまだしっかりしている。漸く介護を申請される気になり、ホーム入所も考え始めておられるようだ。

 Nさんは89歳、一年前までは一人で来れたのだがこの頃はアラカンといっても女優並みに美しい娘さんに連れられてやってくる。息子さんはNさんに似ているのだが、お嬢さんはちょっとクオーターのようで大柄だ。「娘は主人に似たのね」と言われる。だいぶん背中が丸くなり、診察する時ベットにあおむけになれない。「背中が丸くなりましたね」に「人間が丸くなればいいんだけど」とにっこりされた。

 Tさんは92歳、分限者で駅前に広い土地を持っておられる。駅前の再開発に伴って一部の土地をどこかの店舗に貸与されるようだ。ぼつぼつ工事が始まっている。「駅前も変わりますね」、「完成する頃にゃ、わしゃ死んでる」とにべもない。慌てて「百まで大丈夫ですよ」と申し上げたのだが。

 今は少し幸運に恵まれれば90に手が届く時代だ。しかしこれは所謂一つの峠で、かなり幸運でないと矍鑠とは越せない。どこか自分を客観視できる脳力を保って、この峠に立てれば僥倖と街中の臨床医は思う。

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何だねー、何だとー

2018年12月04日 | 町医者診言

            

 

 三浦雄一郎さんが86歳でアコンカグア登頂を目指すとのこと、アコンカグアと言えば南米最高峰、生半可のことでは登れない強風渦巻くアンデスの高峰だ。何で又という気がしないでもない。何か難しい目立つ目標を立てて、傍迷惑は顧みずやらずにはいられないらしい。申し訳ないが一種の病気ではないだろうかという考えが一瞬頭を掠める。そういえば太平洋一人ぼっちの堀江さんも二番煎じ三番煎じの大洋横断をやられている。

 どちらも最初は偉い凄いと思ったが、繰り返されると何だねー又かねーという印象も生まれる。

 なんだねーはご愛敬だが、東名煽り運転で死亡事故を起こした石橋和歩の無罪主張には何だとーと言いたい。懲役十年でも甘いと思う。懲役の趣旨は教育刑というが、性根が叩き直せるだろうか、閻魔様でないと難しい気もする。

 今朝は小雨がちょっとぱらついたが氷雨ではなく、十月に戻ったような陽気だった。最近の天候には変動が大きく身体が付いてゆけない。

 米中対立小休止のようだが、一体どうなるのかねと煽りを食らう日本の住人としては固唾を飲んで見守るばかりだ。仲介を企てる安倍首相は国内では相当の策略家で失礼ながらちょっと幼稚な野党を交わし続けてきたが、プーチントランプ習近平の策略には敵わないのではと懸念する。

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言葉で蓋をする技能

2018年11月18日 | 町医者診言

              

 

 総合病院を辞めて個人医院を開業するまでは世の中の実態について殆ど何も知らなかった気がする。開業して徐々に世の中の仕組みや実態が少しはわかるようになってきた。

 医学の世界では希有なことだが、言葉が誤魔化すために使われているのに驚く。技能実習制度という美名の元に外国から夢を持って入国した若い人が、名ばかりの実習で実は搾取されている実態。

 ここにきて技能実習生だけでは補えない労働力不足を新たな外国人材を受け入れて凌ごうとする法案が提出されているが、どうも単にその場しのぎに外国人労働者を使おうとしているように読めてしまう。

 労働力不足と言えば、若年労働者数が減っているので確かに成る程と納得して仕舞いがちだが、どの分野でどの程度の人材が何人くらい不足しているのかは明確にされていない。付け焼き刃の数字が出されてはいるが、技能実習生の実態に関して誤った数字を出し、パソコンの打ち間違いだなどという理解できない言い訳をするような役所の報告を鵜呑みには出来ない。国内日本人の未開発未就業の潜在人材をきちんと把握しているのか、内閣には都合の悪いことを隠す姿勢があるように見える。

 家族同居で日本に根を下ろして働く人達を移民ではないと答弁しているが、日本語を母国語とするような子供が育てばそれは移民のような気がする。移民という言葉にアレルギーを持つ人達をなだめるために移民でないと定義の曖昧さでまやかしているように聞こえる。

 なぜ本当のことを正確正直に表現しないのだろう。なぜ上辺の言葉でまやかされてしまう?のだろう。

 人材は材と呼ばれても人間。人口の年齢構成推移は十年以上前からわかっていること、政治家は本当に将来のことをきちんと考えて政治をしているのか?、パソコンを扱ったことのない大臣がサイバー攻撃を防ぐ部門の担当、世界の笑いものになってしまう。

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アメリカの光と影から

2018年11月14日 | 町医者診言

              

 

 訴訟過多、大量無差別殺人、数多いホームレス・・どうしようもない処が数え切れないほどあるが、日本から来た若造で途中から投げられなくなった大谷を新人王にぶっちぎりで選ぶところや大統領を面と向かって批判する芸能人が居るところには感心してしまう。最近はアメリカを批判する本が多いようだが、単純そうで懐が深くフェア精神を貴ぶ気風が奥深く根を張っている国と再認識した。

 フェアと言うのは簡単だが、それが高く評価され現実に認められる国は中々ないと思う。

 私の知識など限られたものだが、アメリカは若い国で若い人と同じような欠点があるけれども、若いから力がある一方それなりの歴史もある。トランプを鬼子のように扱うばかりでは不十分で、アメリカンパイはフレンチパイほどではないが、折り返しは幾層かあり、歴史的な視点を忘れず時空という厚みを持って評価する必要があると思う。こんなことは浅学素人の私ではなく、学者が表に出て分かり易く繰り返し国民に発言解説すべきことだ。勿論、発信しておられる方は居られるが、求めに応じ控えめにという印象がある。岩盤と言われるトランプ支持層の由来やそれを巧みに自己肥大に活用しディールに走るトランプの出自など、知れば知るほど考えれば考えるほど、バラエティ番組よりも面白いと思う。

 不適材が陳謝などという茶番、外国人材は物ではなく者なのを棚に上げた論法、かまけてまやかされている場合ではあるまい。

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不釣り合いに感じる求刑

2018年10月30日 | 町医者診言

      

 

 世の中なんだかおかしいと思うことは珍しくないが、元世界女子マラソン代表選手の万引きに対する求刑が懲役1年は重すぎるのではないかと感じた。たかだか八百円程度の食料品でも再犯であることで懲役一年の求刑になったようだが、八億円を誤魔化してもうやむやにしている組織(自責で命を絶った個人は居られる)もあるので、どうも不均衡に感じられ腑に落ちない。忖度犯罪は証明しにくく組織の陰に隠れてしまうので、時の権力側に付ていればうやむやになってしまうらしい。

 身近に感じられない金額、複雑な手口、巧みな言い逃れなどがあると、庶民はまやかされてしまうのだろうか。重税感には敏感でも税の使われ方には鈍感なのに似ている感じがする。

 法律の考え方に詳しくないが、どうも法律は単純小犯罪に厳しく複雑大犯罪に甘いのではないかと感じる。勿論、こうした単純な感覚では捉えきれない込み入った理屈が法の背景にはあるのだろうが、常人の感覚には真っ当なところもあると思う。

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