駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

本物を捜す

2018年07月27日 | 町医者診言

naosu   

 台風十二号が週末に関東地方に上陸すると予想されている。いつもの右に曲がって逸れるのとは違い、異例のコースだが左に曲がるらしい。今までの常識では考えられないコースだが、常識が通用しない気候になり、しかもコンピューターを駆使した天気予報は当たるようになっているので、首都圏は警戒備えが必要だ。

 官邸は羹に懲りて膾を吹いているようで、会議や根回しを首相動静にも載せず極秘で行っていると報じられている。西日本豪雨の最中の赤坂親睦会が漏れて批判を浴びたために、支持率対策に敏感な首相周辺の深謀短慮が働いているらしい。

 野田総務相がいい年をして未熟と言うか、政治を私物化するような情報漏洩をしていた。骨のある発言もしていたが、もう一つなのが露呈した。二世三世議員は常識がなく政治の私物化が目立つとまで言いたくなる。そこへ行くと上川法務大臣は常識があり肝が据わっているようだ。岸田氏や野田氏よりも、こういう人に重い責任を担って欲しい。なりたい人よりもなって欲しい人。

 オウムの死刑囚の死刑が全て執行された。コンマであってもピリオドではない。この事件を粘り強く追い、考え続けてきたジャーナリストも居るし、何よりもいまだに後遺症に悩む被害者も多い。一体何だったんだといつまでも問い続けたいし、その時々に記録考察が報道されてゆくことを強く望む。

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日本は病気のようだ

2018年07月14日 | 町医者診言

  

 これは日本だけの症状ではないかも知れないが、日本はどうも病気ではないかと診断している。私は社会学者でもなく、どこにでも居る市井の臨床医にすぎないが、診察室に座っていると日本の鼓動も聴こえる。

 どうも日本は真贋を見極める力が弱くなっている。それと同時に優れたものを評価し認める心と度量が失われつつある。物事や人物の質を見極め真っ当に評価する眼力と受け入れる度量がないと、目先の利益に囚われ興味本位の付和雷同や粗製濫造に陥り、やがて先達の遺産を食いつぶし、生き延びてゆけなくなるのではと懸念している。人を貶め他人の不幸は蜜の味ばかりでは、やがて自分が不幸になると診断する。

 単純化し過ぎて悲観的かもしれないが、週刊誌的な見方が席巻しては日本は崩れてしまう。芸能人の意見ばかりでは狭く偏ってしまう。受け狙いや天然は面白く楽しいけれども、それが社会の判断基準になっては間違いが起きそうだ。

 週刊誌はAIの時代が来るなどと分かったように書き立てるけれども、AIはと一言では言えない。三言で言えても、それは基礎知識を前提としている。AIを生み出すことの出来る人は限られているし、そうした地道で研ぎ澄まされた能力がどれほど真っ当に評価され、次世代がきちんと育てられているだろうか。四六時中携帯を見ている人には携帯を作ることはできない。

 三連敗と予想された西野ジャパンがリーグ戦を突破し、世界三位のベルギーに肉薄できたのは、リーダーの西野監督と長谷部主将とフォロワーの選手達に優れた潜在能力があり、背後に地道にデータを分析するサポート体制があったからなのだ。

 綸言汗のごとしと言われたのは昔の話、政治家のその場を言い逃れる言葉の羅列がまかり通っている。しかしリーダーだけが問題なのではない、フォロワーにも問題がある。

 藪の睨み診断だが、当たらずとも遠からずの気がする?。

 処方箋?、難題で私の手に余るが、本物を見、本物を聴き、本物に触れることが大切のように思う。何が本物どこに本物、目を澄まし耳をそばだて、広く周りを見渡せば見つかりそうだ。

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こんな人達に

2018年06月22日 | 町医者診言

 

 ワールドカップに気を取られているうちに、支持をかき集めるためならと無定見に追随迷走する人が、つい二年前とは百二十度違うことを言っておられる。何が何でも三選し個人的悲願である旧いAB式日本へ戻そうとあらゆる策略を捻り出しておられるようだ。口先の言葉だけなら何とでも言える。なんでも忘れたと言う人がそれは私が言ったと思い出す猿芝居はもう結構。実は五年半前党員票では石破さんが優っていた。選挙第一の議員票で容姿と声で票が稼げると安倍さんが勝ったのが真相だったと囁かれている。参考人の肺がん男性の訴えをいい加減にしろと言うA自民党議員の方に一強はいい加減にしてはと申し上げたい。

 こんな人達(国民)は取り換えがきかないが、権力を託すこんな人達(首相とそのお仲間)は取り換えられるのが民主主義で、言葉だけで誤魔化す人にはもう十分に働いていただいたので、今が交代の潮時と見ている。確かに容姿では見劣りし話し方は立て板に納豆の対抗馬だが、実は話の内容は意外と言っては失礼だが論理的で筋が通っている。証文の出し遅れにならないように、監督である国民はとうしゅ交代を告げる時ではないかと思う、どうですか張本さん。

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診断はいつも難しい

2018年06月04日 | 町医者診言

         

 救急隊員が70台男性を死亡していると判断し警察官に引き継いだところ、警察官が生きているのに気付き、別の救急隊により一時間半後に病院に搬送されたというニュースを目にした。

 男性はその後病院で治療を受けているが、担当消防局は病状に影響していないとしている。ちなみにこの不祥事は大阪市の消防局、やっぱりというかだろうなというか大阪市民には不本意な感想が浮んだ。

 ただ、そんな簡単なこともと思うのは違う。病気の診断はいつも難しい。典型的な風邪でも患者に説明する前は一呼吸置く、確実と思われても再確認が必要なのだ。死亡診断も心停止呼吸停止瞳孔散大対光反射なしの確認後二呼吸おいて宣告する。どうして亡くなっているのに何分もの時間を掛けるのだろうと家族は思うかもしれない。しかし内緒の話、ちゃんと死んでいるかと何度も再確認しないと死亡宣告はし難いものなのだ。

 心停止は実は理学的に確認するのはそれほど簡単ではないし、最後の一息というのもある。大阪消防局ではないが、死亡診断に影響はなくても、宣告後の一呼吸で医者の信用は落ちるだろう

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箍が外れそう?

2018年05月23日 | 町医者診言

 

 こんな人達という言葉が、ブーメランのようにそれを発した人達を直撃する。尤も、現内閣を批判する人にこの言葉を多用するメディアはこの現象を見ようとしないようだ。

 勿論、記録が100%正確とは言えないが、記憶の何倍も正確なのは間違いなく、あやふやで時には都合良く変容する記憶を補正するために残される。あやふやな記憶で記録を否定して、しれっと通るのでは記録の意味がない。誰にも(例外はあり、優秀な官僚の中には記憶している人も居るはず)三年前のある時間の記憶など曖昧模糊としているものだ。どうしてそこだけ、ないことを証明するのは悪魔の証明と言う人が、ないと刻銘に記憶しているのだろう。悪魔なのかもしれない。

 またかうんざりというのは、蓋をしたい曖昧にしておきたい勢力の巧みな戦術なのだが、人間の感覚の真実でもあるのでこうした扱いはそれなりに目を逸らさせる効果があった。今まで言葉でまやかす天才と表現していたが、どうもはっきり嘘をつくと言わせていただいた方がよさそうだ。嘘をついているように見えないとすれば、天才の詐欺師は自らをも騙すということ想起されるといい。

 もう答えは出ているのに、何も変化が起きないというのは何だか妙だ、箍がはずれかけているのではないか。日本だけでなく日本首脳が追随する米国も箍が外れかけている。唯、米国には箍を締め直そうとする力が残っているようにも見える。

 これから高々十年の間にAIが社会に様々な影響を与え始めるだろう。AIには善悪は分からない、箍を締め直す力を自然に獲得することはない。AIを作る能力はなくても悪用する能力に長けた人は多い、これからどうなるだろうか、どうすればよいだろう。耄碌が始まった高齢者の管見妄語の杞憂かもしれないが、先行きを懸念している。

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何かが足りない

2018年04月22日 | 町医者診言

 

 前事務次官と前新潟県知事の不祥事。驚き呆れた最初と違い、今は多少違う印象を持っている。これは似て非なる不祥事で、事務次官の方はパワハラの要素があると見ている。知事の方は充血で目が眩んだと見ている。

 共通するのは人を指導し範となければならない公的地位に相応しい能力に欠けるところがあったことだ。私は事務次官の方が悪質のように感じる。知事には同情というと誤解を招くかも知れないが、理解譲歩するところもある。性はプライベイトなことだし子孫を残そうと植え付けられた情動は意馬心猿を巻き起こす、そればっかりはと分からんでもないのだが、医師で弁護士で知事でと分別が求められる立場なのに軽率と言われれば、返す言葉がないだろう。それが趣味と言われればどうしようもないが、大人には色々な方法があるはずだし、何で居ないのとも言いたくなる。まあ、よく知らないのにあれこれ書きすぎたかも知れない。

 お二人共大切なことを身に付ける機会がなかったようだし、危機管理も出来ていない。その経歴でどういうことだろう、もしかしてその経歴だからか。 

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目を疑い耳を覆うニュース

2018年04月19日 | 町医者診言

  

 目を疑い耳を覆うようなニュースばかりだ。事務次官は公僕の鑑と思っていたが、違うらしい。知恵がなければ事務次官には成れないと思っていたが、都合の悪いことは忘れる悪知恵があればよいようだ。

 物事をしがらみから解き放ちバイアスを払拭して、虚心で評価分析する精神が肝要で欠かせないという意識がないと間違いが起きる。安倍首相が好き嫌い信用する信用しないを離れて、今起きていることを評価分析しないと、日本は駄目になってしまう。膿を出し切ることのできるのは、国民だけ。膿んでいる人達にはできない。

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カルテの記録、意味と価値

2018年04月12日 | 町医者診言

    

 森友加計で紛糾する国会。半世紀前だったら否四半世紀前でもこれほど長引くことはなかったろう。これだけの不祥事が起きれば直ちに首相は責任を取って辞めていた。だらだらと言葉でまやかす首相を見ていると、なぜこの人が首相なのだろうかと不思議な気さえする。

 毎年何千人もの患者さんを診ていると、患者や事象に特徴がある場合はともかく、一年以上前の症例の説明や会話の内容は覚えていないことの方が多い。カルテの記録が頼りだ。その場で書いた記録は多少医師の主観が入ることもあるから100%ではないが90%以上正しい。それに検査の記録もある。記憶にないと逃げることはできない。

 加計の場合、首相案件などという言葉を県の職員が思い付きようがなく、記憶にあるなしは問題でない、明らかな事実だ。嘘などと追及するから記憶にないという逃げ道ができてしまう。記憶にないのは有り得ることで、記録があるから事実なのだ。首相は自分の仲間友達味方する人しか信用しないから、部下の秘書官を信用するとなってしまう。首相が自ら明確な言葉で森友や加計に取り計らえと指示するわけはなく、それを証明することは何か月かけても不可能だ。

 首相案件という発言は事実、森友に不当に安く土地を売るよう画策したのは事実。日報を隠したのは事実。それで、この問題はお終い。決着は付いている。与野党で敵対する問題ではない、敵対すれば感情的で不毛な争いが続くばかりだ。あとは引導を渡すだけ、まず首相が交代すべきだ。それができる国民力が残っているか、ボールは国民側にある。

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考える人に幸あり

2017年12月08日 | 町医者診言

 

 BSテレビを見ているとうなづきデュオを両脇に口上を述べる人あるいは宣伝用愛用者が、言葉巧みにこれは良いと健康器具や食品を宣伝している。こうした宣伝が絶えないということは、売れ行きにそれなりの効果があるのだろうし、宣伝される商品が移り変わってゆくということはそれほどの効果はないということだと推定する。

 健康食品には科学的に有効性が証明されたものは殆どない。証明されれば医薬品として採用されるので、我々が処方できるようになる。科学的に証明されていないのは、証明するのがものすごく難しいからで、健康食品が有効か無効かは実はよく分からないのだ。唯、注意しなければいけないのは中に人によっては有害なものもあり、良さそうだからと安易に手を出すのは考えものだ。作り手がどういう人でどういう考えで商品を作っているかを調べれば一番だが、考えてみるだけで安易に手は出なくなるだろう。

 そうしてちょっと考える人にいくらかは健康の幸運が巡ってくると確信している。考えるといってもさほど難しいことではなく、体調とこの二三日何をしたかを朝な夕なに想起するだけで、学び気付くことは多い。体調と言っても分かりにくければ、朝飯が上手いかよく眠れたかそれと血圧と体重を朝夜測定するだけでよい。そうすると、どういう生活が好ましいかわかるものだ。それを続ければ、間違いなく健康寿命が延びる。継続は力なりと昔の人が教えている。

 勿論、過ぎたるは及ばざるがごとしで、健康に振り回されては失うものもあるだろう。

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どうしてこうなるの

2017年12月07日 | 町医者診言

            

 トランプがエルサレムをイスラエルの首都に認定した。なぜ、今。この人は歴史を知らないのではないか。どういう結果をもたらすか、理解しているのだろうか。

 何だか似ている。自分の考えに異論を唱えるものに敵愾心を燃やし、批判には相手の不祥事を探し出してあげつらってまともに答えない。まだ決めていないと言い訳しながら事を進め、決めてしまえば決まったことだと居丈高になる。

 籠池夫妻がいまだ留置所で拘留され、接見禁止と報道されている。国家反逆罪ということだろうか。

 なぜいつまで日馬富士の暴行ばかりを報道するだろう。世界で起きている不穏が正確に伝わって来ない。恐い、悪者と短絡しては賢明な対応は遠のくばかりだ。CNNやBBCを地上波で放送したらどうだろう。視野が広がるし、英語の勉強にもなる。

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