駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

4Kの秘密

2015年06月30日 | 世の中

                

 4Kテレビがだいぶん安価になってきた。次には8Kが控えているようだ。人間の欲望には際限が無く、より微細な画像を選んでゆくようだ。そのうちアップお断りの女優が出てくるかも知れない。

 先日電機業界に居た友人と話していたら、この4Kとか8Kという放送形態は電波ではまかないきれなくなっているという。情報量が増えるほど占有帯域幅が広がり、現在の割り当て周波数帯域では満杯になってしまうらしい。この解決には有線回線が良いのだが某企業の利権が絡んでいて、一般使用を阻んでいるという。

 電波を介する東京スカイツリーが時代遅れで無用の長物になるのは遠くない話だそうだ。このことは技術的には数年前からわかっていたのだが、電信柱や有線回線の利権が絡むため表に出てこないそうだ。これからは電波を使った情報発信は関東一円などという広域ではなく半径数キロの狭いエリアに活路があるとのことだった。日本はこの分野では韓国に遅れを取っているそうだ。毛嫌いせずに韓国から学ぶこともあるようだ。

 宇宙空間では重力が光を曲げているが地上では利権が人間社会を曲げている。宇宙空間では物理が何の絡みもなく成立するが、地上人間社会では政治経済が利権絡みで紆余曲折を繰り返し学説通りには成立しない。

 情けないことだが青臭いことを言っている私も、あんまり税負担が増えれば焦臭いことを言い出すかも知れない。人間は度し難く複雑な存在で、百年で2cm漸進した程度だろう。それをどう捉えるか、今を生きる人間に問われている。

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まさかそこまで

2015年06月29日 | 町医者診言

       

 既に安倍政権から報道への圧力は相当なもので、これ以上締め付ければ呼吸困難になりそうな状況だった。眉をひそめていたのだが、遂に気に入らないことを報道するマスコミは窒息させろという本音が出てきた。この半年は衣を脱いで鎧を見せ、異論を力で押さえ込む体質が露わになっていたのだが、まさかそこまでという本音に驚いている。

 まさかそこまでと感じるのは、厳しいつもりでいてもまだ見方が甘かったということになる。谷垣さんは失礼だがやはり紳士的鳩派的なイメージ戦略で緩和要員として採用されていたのが明らかになってきた。そうかも知れないと思っていたが、間違いないようで安陪さんの深謀遠慮の戦略にはとても敵わない気がする。

 若手の親衛隊には本音を言葉でまやかす奥義を伝授していなかったようだ。今更お灸を据えても遅い。従順で御利益第一に見える声なき声と人の噂も七十五日の健忘性に狙いすました戦略にマスコミと野党が一矢を報いることが出来るだろうか。民主主義の意味を理解している自民党議員が立ち上がるだろうか。異なる考えを持つ人も人間、そして日本人なのを忘れないで戴きたい。世論調査ではそれが多数と出ている。

 老いの一徹で蟷螂の斧を持ち出さねばならない情勢になった。

 忙中閑を絞り出し、画を描き続けている。遅々としてはいるが進捗はある。

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鳥肌の一点

2015年06月28日 | スポーツ

            

 感動の鳥肌の一点を見ることが出来た。朝五時起きは良い判断だった。私の念力も百万分の一くらい効いたと思う。ひたひたとひたむきに誰一人外れることなく連動して動くなでしこの素晴らしさに感動した。

 彼女達の言葉を越えたメッセージを受け取り、真贋を見極めて高齢者の私も明日を切り開いて行かねばならんと思った。

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夏の診察には平常心

2015年06月27日 | 小験

                     

 今朝は雨こそ降っていないが、どんよりと曇り湿度は80%以上ありそうだ。こういう日は音が良く伝わる。特に遠くの低い音がよく聞こえる。家を出て暫くすると寺の鐘の音が聞こえた。果て七時十分とは妙な時間だ。引退和尚が突いているのだなと想像した。数百メートル先の寺の和尚さんが先頃交代した。先代は身体は健在だがちょっと認知が始まったようで、妙な時間に鐘を突いて困るという噂だ。どうもそれらしい。時間は狂っても突きかたは忘れていないようで、気持ちの良い音が聞こえた。

 診察する時、暑さ寒さどちらも困ることがある。寒い季節は手が冷たくてすいませんと私が謝るのだが、今の季節は患者さんが謝る。それは汗だ。患者さんによっては臍に池が出来るほど汗を掻いている人が居る。申し訳ありませんを聞きながら何食わぬ顔をして触診ができるようになるにはちょいと修行がいる。院内は空調が効いているのだが、炎天下徒歩や自転車で来て、待ち時間が短いと、どっと出た汗のまま診察室に入ってこられるわけだ。

 どういうわけか百人に一人の美形には汗だくの人は居ない。勿論、汗ばみはするのだが、おばさんのように手が滑りそうになるほど汗まみれの人は居ない。美人という物は作りが違うようだ。まあ、本当の美人というのはそれこそ数千人に一人くらいで滅多にお目にかかれないが、不思議というか特別な存在なのは確かだ。本当の美人には女性も一目置くようで、五年に一度くらい看護師が今の方お綺麗でしたねと番外の感想を述べることがある。

 

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黙すれば通じず、動かざれば流さる

2015年06月26日 | 町医者診言

            

 辞めた人が盛んに声を上げている。畢竟、こうした人は他者の言うことが聞こえない耳と自分の主張を拡声する口を持っている。俺のどこが悪い、悪いのは彼奴らだという行動原理は身近でも経験するし、人類の歴史の中でもそこかしこに認められるだろう。

 考えたり学んだりするのが苦手な人、自分の考えに自信のない人は自信に満ちた宣言に弱い。あっちの水には毒がある、こっちの水は甘いと言われれば、そうかと思ってしまう。

 自民党執行部は異論の封じ込めを図っていると報じられている。首相寄りの若手議員の集まりでは経団連に働きかけマスコミを懲らしめろという声が出ているようだ。読んで目が点になってしまった。マジかよと思うのだが、これが大まじめの国会議員だから恐ろしくなる。非公開だから、どこから漏れた誰が漏らしたというとっちめが始まっているだろう。本質から目を逸らす才能は天才的だ。

 あたりまえだのクラッカーだが、国民を守るのは国民自身なのだ。学んで思わざれば則(すなわ)ち罔(くら)し思うて学ばざれば則ち殆(あやう)しに、黙すれば通じず動かざれば流さると追加したい。

 塵も積もれば山となり蟷螂の斧も集まれば闇を切り裂く。

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強いなでしこ

2015年06月25日 | スポーツ

              

 なんだか昨日は雨の予報だったが夏空で蒸し暑かった。今日も曇りの予報だが、日が差してどうも暑くなりそうだ。蒸し暑いのは梅雨の合間の夏日と受け入れるが、雨はきちんと降ってもらはないと困る。ここに来て降水量が減っているようで気懸かりだ。

 なでしこが徐々に調子を上げている。今まで一点差逃げ切りの辛勝だったが、体格の大きいオランダを相手に前後半見事な一点を挙げて勝った。最後に一点を献上したがこれは海堀のミスだ。ファインセーブもあったからほぼ帳消しにしてやれるが、イージーミスで佐々木監督の閻魔帳に書き込まれただろう。

 新顔が少ないのが気懸かりだが、佐々木監督版が完成の域に辿り着きつつあるということだろう。走力体力でやや劣る日本が競り勝てたのは組織の力だと思う。動きに読みが入っているのだ。ホジッチジャパンも学ぶところがあったはずだ。

 次のオーストラリアは手強い。ゴールキーパーを誰にするか、佐々木監督は鉛筆を舐め舐め考えているだろう。男女そろい踏みで良い結果を出して欲しい。錦織もウインブルドン間に合いそうで、夜更かしが続きそうだ。                                                         

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人の見る目

2015年06月24日 | 人物、男

           

 為末大という男が居る。先日ブータンで彼がジュニアの選手に陸上競技指導をしている番組をチラッと見た。為末さんについては断片的な知識しか持ち合わせないが、気持ちの良い優れた指導者と見受けた。

 いつだったか、彼がツイッターで「やればできると言うがそれは成功者の言い分であり、例えばアスリートとして成功するためにはアスリート向きの体で生まれたかどうかが99%重要なことだ」と発言したら炎上したという記事を目にしたことがある。当たり前のことに、なぜ炎上するのかと思ったが、「指導者の立場として『努力は報われる』と励ますべきだろ!」
「志そうとする気持ちがないと、才能が合っても開花しないわけだし 努力することが無駄っていうのは言い方としてダメじゃないかな」
「みんなイチローや中田である必要はないし、やる事に意義はある」
「為末さんは、本当の事を言いさえすれば、成功者としての義務を果たせるもんだと思っている」(括弧内ネットより引用)などの反論が寄せられたようだ。

 他にもいくつか率直で本質に迫る発言をされているらしい。

 誰もが発言できることは素晴らしいことだが、それは誰もが同じということとは違う。粗にして野でも卑では意味がない。優れたものを見出す目と認める心が欠かせないと思う。

 とてもフォロウしきれないが為末発言は傾聴に値する気がしている。

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漫才では面白くても

2015年06月23日 | 診療

                   

 梅雨空で曇っているのだが雨はさほど多くない。気温はさほどでないが湿度が高いので、空調の乾燥を入れてしまう。患者さんの為と言いながら自分の都合でもある。未だ半ばなのだが梅雨明けが待ち遠しい。

 確か獅子てんや瀬戸わんやの漫才だったと思う。わんやが事の顛末を説明するとはいはい成る程と聞いていたてんやが、最後に何でそうしのと振り出しの質問に戻ってしまう。だからと再び最初からわんやが説明するのだが、成る程と聞いていても最後に振り出しの質問に戻ってしまうため、わんやが顔を真っ赤にして怒りながら何度も説明を繰り返すネタがあった。これは漫才だから面白いので、実際にわんやの役回りをさせられると血圧が上がってしまう。

 Yさんは善良な人なのだが元々理解力の低かった上に最近はいくらか認知症が加わり説明してもなかなか分かって貰えない。寝たきりのご主人の病態を説明するとはいと頷いて聞いておられるが、それは私の声が聞こえているという意味のようで、聞き終わると、でどうなるのと繰り返される。わんやでないわたしは二回までで、とてもそれ以上繰り返す気になれない。あとは看護師のAさんに引き取って貰った。お嫁さんに説明し直さねばならないとメモをしたことだ。

 年を取るとのんびり穏やかになるというのには、例外も多い気がしてきている。私は性格的にせっかちなのだが根気と我慢で補なって、患者さんの多様な個性に付き合ってきた。しかしこの頃は分からず屋というか分かりの悪い患者さんにイライラするようになった。仏でない私は二度で許して欲しい。三度目にはお引き取りをと言いたくなる。

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死亡診断書を前に

2015年06月22日 | 医療

               

 もう何百枚も死亡診断書を書いてきた。今も年に五枚から十枚くらいの死亡診断書を書いている。年間の診療患者数には僅か数%の変動しかないが、看取る患者数にはどういうわけか年によってかなり変動がある。癌の患者さんを除けば、殆どの方が八十五才以上で百才という方も居られる。癌の患者さんは六十代、七十代の方が多く、若いのにと感じる。

 死亡診断書には死因を書かねばならない。昔、研修医の走りだった頃に老衰とか急性心不全で済ませるなと教えられたので、それを守り必ず病態と病名を辿り順序立てて書くようにしている。殆どが三ヶ月以上少なくとも十日間は診ていた患者さんなので、死亡原因を書くのに困ることはないが、希に死亡診断書を前に考えてしまうこともある。それは何でこの患者さんは生きていたのだろうかと感じるからだ。物も言えず寝返りも打てず暖かい介護も受けられず、ひっそりと終わられた患者さんに、この数ヶ月何で生きていたのと聞きたくなる。立ち入ったこと無用の忖度と心得るが、心に浮かぶ思いだ。 

 死亡診断書は本人の埒外で自ら関与できる物ではないようで、そうでもないかも知れない。ウイリアムモリスとまでは行かなくても、ゆくりなくも最後のメッセージが垣間見えることもあるようだ。

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日曜日の朝に考えた

2015年06月21日 | 小考

            

 日暮れて道遠しは多くの同年配の方々の気持ちだろう。専門職として生きてきたから、多くの時間を仕事に使い、余暇は家族と過ごし、子離れ後はいくつかの趣味に使ってきた。

 何について語れるかと言えば内科診療といくつかの趣味についてだけで、数学物理化学や歴史については高校程度の理解知識しかない(大学の教養では演習が不十分だったので血肉となっていない)。活字中毒なので、雑多な本を読み散らかしてきたが、何かについて系統的な知識があるとは言い難い。

 何かに通暁するには、実は物凄い時間と手間が掛かる。何でそうなるのか、何を考えてそうしたのか・・・、知りたいことは数多いのだが手つかずだ。引退したらとは思うが、仕事を辞めた頃に脳味噌が元気かどうか、心許ない。

 それでも社会や人間については、生きてきた時間だけ学んできた。今不思議に思っているのは、なぜ優れた人がリーダーになるとは限らないのだろうかということだ。日本は良い国だ、自然に恵まれ優れるところも多いと言われる。確かにそうかも知れないが、こうした人が**とはどういうことなんだろう。もっと歴史を知っていれば、理解も深まるのだろうか。司馬遼太郎、城山三郎、松本清張・・・あるいは父は母は何と言っただろうと思う。

 

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