駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

人気というのは一体何なのだろう

2017年09月30日 | 小考

    

  人気というのは一体何なのだろう。本当に小池さんに人気があるのだろうか、なぜ小池さんに人気があるのだろうか、不思議だ、私にはよく理解できない。

 女性特有と言えば、非難があるかもしれないが、気を持たせ扇を舞わせて巧みに本音を隠し、挙句の果ては後出しでじゃんけんに勝とうとする。失礼ながら大政小政と目される細野若狭の両氏が第一級の人物には見えない。

 前原さんが排除を見越していたとは考えにくく、経験不足?で百戦錬磨?の超大年増に弄ばれた感じがする。もし見越して分党を他力に任せたとしたら、リーダーとしては勿論、人間としても信用できない。

 これからも紆余曲折はあるだろうが、政治の躍進は期待しにくい。政治の劣化というか日本の劣化を感じてしまう。自分が良貨だという気持ちはさらさらないが悪貨は良貨を駆逐するという言葉を思い出す。

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一寸先の闇を切り開くのは

2017年09月29日 | 小考

  

 先に庇を借りていたからといって家主のような発言には失笑する。若狭を押しのけた細野、見た目は良いかもしれないが失礼ながらその声はリーダの声ではない。合流前から分裂内紛含みの小池新党、反安倍非共産の塊がどうなるか。夜郎自大が幅を利かしたら、直ぐに分裂してしまう。小池前原の本当の力量が問われている。

 愛憎と言うけれども、どうも世の中は愛よりも憎しみで動くことが多そうだ。蓼食う虫も好き好き対袈裟まで憎いという訳だが、嫌う方が強烈でアレルギーというのがある、言わゆる虫唾が走ると言う感覚だ。しばしば正鵠を射る。どうも女性票が鍵を握っていそうだ。

 肝心の政策だが受けを狙ったアドバルーンが多く、要の是非が分かりにくい。虚飾を見抜いて、政策の底流に流れるものを捕らえたい。

 党派を超えて、寛容と忍耐そして知恵と胆力のある政治家を支持する。結局は人間。

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今夜は鵺が闇鍋をご馳走

2017年09月28日 | 政治経済

  

 今まで鵺が雄か雌か知らなかったが、どうも雌のようである。鵺が美味しい鍋をご馳走してくれると聞いて引き寄せられた面々、良い匂い?はするのだが、暗がりで鍋の中身がよく見えない。各自箸で何かを掴んで口にすると摩訶不思議な味、だんだん明かりが灯り隣と顔を見合わせると一昨日の友は昨日の敵今夜は跋の悪いお仲間という訳で、何とも座り心地の悪いことこの上ない。

 厚化粧と翻る扇で正体不明の女王鵺が一声、私とじゃんけんして負けたらきちんと代を払って常連になるのよと寝耳に水のお託宣。女王様じゃんけんに強いのなんのって、当たり前だが後出しなのだ。

 しがらみがないと言うのはどういう意味だろう、しがらみは良くも悪くも生きてきた航跡、人間の社会は歴史的存在でそれを捨て去ることは無理だし、蓋をして俄かにより良いものが生まれるとは考えにくい、しかしまあ、生物は突然変異で生き延びてきた。鵺の闇鍋から生まれるものは反安倍反共産の塊になるのだろうが、それは一体どんな形をした何なのだろう。

 一番驚いているのは安倍利安倍略の安倍難突破に打って出た安倍さんご自身かもしれない。

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変わる世の中の大元に

2017年09月27日 | 町医者診言

       

 暑さ寒さも彼岸までと言い習わしてきたが、どうも21世紀には通じない教えになってきたようだ。確かに朝夕は秋の気配に包まれるのだが、日中は日が差すと30C近い高温になり「暑いですねえ」と言葉を交わすことになる。

 信長は人生五十年と謡ったようだが、今は人生八十年+アルファの時代になった。大きな変化が起こったのはたかだかこの五十年のことで、私が子供の頃は六十歳はお爺さん、七十歳は古来希でも違和感はなかった。果たしていつの時代も人は生きている間にこれほど大きな変化を味わってきたのだろうか。医学の変化(進歩)も著しく、治らなかった病気の中には治るようになったものもある。

 変わらないように見える臨床の問診や診察にも、小さいけれども明らかな変化がある。一番わかりやすいのは成長と体格なのだが、これは三十年以上の記憶がある人なら誰しも確かにと頷かれるだろう。それ以外に患者の訴え方反応に小さいが明らかな変化が見て取れる。

 こうした変化がどこから来たかと考えてみた。様々な理由原因があるだろうが、自然の変化を除き(最近は人類の生活が地球環境に影響し始めていますが)、変化はしばしば変わり者と言われる人達によってもたらされてきた。そうして起きた変化を選択淘汰し抑制あるいは助長するのが数多い一般人という構図がある。絶対の宗教の後退が、変化を助長した側面がありそうで、選択の鍵は宗教的なものから経済的なものに変わってきている。絶対の宗教がないことが日本の柔軟性というか成長力の理由のひとつだという学者もいる。

 いつの時代にも変わり者が居て世の中に変化を問いかけてきたのだが、受け身ながら変化を選択淘汰してきた大多数の普通の人達に小さいけれどはっきりした変化が起きていると思う。今は誰でも持っている携帯電話、これがどういう構造とメカニズムで動いているか99%の人には理解できない。目に見えないが二百年前には人類の発する電波は皆無だったのが、今ではもし目に見えたら何万という微弱から強力な電波が飛び交っており、頭がくらくらするはずだ。それを利用して携帯電話は我々の生活を効率のよい便利なものにしている。

 こうした科学技術を理解できない大多数の人が、謙虚さを忘れ自分の能力不足を棚に上げて、不平要求をするように変わってきている。それがかなり受け入れられるのは民主主義の副作用?でもあるし、それが世の中を動かすエネルギーになりそれを利用して利益を得る人たちが居るからだろうと思う。こうしたことがあなたが言えることかと言い返したくなる誹謗中傷が横行する理由の一つだろうと診断している。

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主権在民、国民は考える

2017年09月26日 | 政治経済

  

 アーロンジャッジが五十号のホームランを打ち、新人のシーズン新記録を打ち立てた。大した大男だ。MLBをよく見る。MLBにもボーンヘッドや乱闘はあるけれども、どこかにフェアプレーの芯が通っていて気持ちが良い。流浪の青木もめげず頑張っている。孤高のイチローは我が道を貫いている。田中は危ういが、止むを得ない、満塁ホームランを打たれて負けては駄目だ。 


 理由は後から付ければよい、とにかく木に竹を接いででも、国民の関心がずれ野党の足並みが乱れている今が抜け駆けのチャンスと判断した。北に脅かされないことを示すために隙を見せるのだという摩訶不思議な論理を展開し、足元の質問ははぐらかし鬼が笑う再来年の問題に誰もが反対しにくい答え示して歓心を買おうとしているように見えてしまう。

 同じ手法を安倍批判票を取り込もうとする小池さんが取るのは奇遇だろうか。扇を巧みに動かして要の政策を隠しながら目を奪い、気が付いたら主演女優は扇を持ったまま楽屋に戻ってしまう。東京都知事職も馬鹿にされたもんだ、よほどの閑職と見える。

 選挙となると頭に血が上り、思考短絡が起こりがちだが、重要法案審議を棚上げにする一か月、頭を冷やしてよく考えたい。手段は目的と不可分、目くらましの手段は目的を損なう。憲法改正は必要だが何をどうして、北朝鮮に圧力は必要だがそれでどうなるどうする、教育費無償化は望ましいが再来年のことをなぜ唐突に、政治の私物化はないと言うなら情報を公開を。躍るだけの言葉に説得力は感じられない。

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理由なき反抗ならぬ理由ある反攻

2017年09月25日 | 政治経済

 

 何度も安倍首相を名演技の名優と評してきた。どういうわけか名優は、一年ほど前からは表看板にしてきた経済政策の衣を脱いで、本丸の安倍的理想郷への回帰路線を演技抜きで打ち出し始めた。しかし、思わぬ誤算の森友加計で躓き、再び丁寧な言葉遣いの説明という演技を始めた矢先、北の脅威と躓く民進党により思わぬ支持率回復が得られた。そこで千載一遇,今が最小議席喪失で済むタイミングと計算して突然の解散に打って出た。

 有権者は忘れっぽく権力になびくと読んでの作戦と思われるが、果たして今回思惑通りにゆくだろうか。確かに民進党はふらついているし、小池新党は泥縄で間に合うかどうか怪しい。しかし、それほど国民は忘れっぽくはないと思う。北の脅威を強調し、世界にそれを訴えておきながら政治空白を作るのは矛盾している。萩生田氏は強面を止め、穏やかな語り口を装っておられるが、安倍首相主導の解散ではないと睨むところには地が出ていた。しかし、首相に聞いてみないと大義が分かりませんと言うのでは、首相主導の解散と語るに落ちている。

 衆議院選挙には時間と多額の費用が掛かる。今、政治的空白を作り、仕事人内閣に何も仕事をさせず、選挙に一か月の時間と大金を使う大義があるとは思えない。安倍利安倍略では折角の首相の業績に傷が付いてしまう。北への圧力には反対しにくい、しかし圧力を掛けてどうするかを言わないのは片手落ちだ。結果を出すのはいいが、悪い結果を出されては敵わない。

 しかし、どうも野党、特に民進党は不甲斐ない。前原さんはもっと強くならなければ駄目だ。山尾、きちんと叱責した、それでどうしたと微動だにしない迫力が必要だ。唯一、健在なのが嫌われ共産党だが、志位さんには昔の名前を捨てなきゃあとアドバイスをさせていただこう。

 一番の問題は下司路線のマスコミに引っ張られる有権者かもしれない。守ってくれない大樹に寄り添っては詰まらない。生存の鬩ぎあいの政治は単純そうで複雑なのだ。私も乏しい知恵を絞って俄作りの公約の贋真を見極めたい。

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恋は盲目科学も盲目、政治は

2017年09月23日 | 町医者診言

 

 八百屋のお七を持ち出すまでもなく恋は盲目。見つめ合う二人だけの世界だから、周りが見えなくなるのは当然。お七のやらかしたことは傍迷惑も度が過ぎて例外だが、恋の盲目は個人的で周辺だけのものだから罪は小さい。身に覚えのある人は概ね寛容だ。

 科学も知的興味が主体で、倫理性は外から判断されるものだから、盲目になりやすい。北朝鮮のICBMの進歩に貢献している科学者技術者は金正恩の命令もあるだろうが、恐らく頑張る根には科学的技術的な面白さがあると思う。

 これに対して盲目であってはならないのは政治だが、政治は権力の魔力を内臓するので、権力奪取維持のためには何でもという盲目性が潜んでいる。曲がりなりにも民主主義が生まれている国では、あからさまな誤魔化しは通用しにくいが、巧妙な策略は有効で、何は無くとも策略には長けている人達には要注意だ。

 金正恩が制裁で膝を屈して謝るだろうか,そうは思えない。破れかぶれで何をし出かすか分からない。北朝鮮問題には三つの行方しかなさそうだ。核保有の北を認めて交渉し直す、戦火を交えるそしてゴルゴサーティーンに登場してもらう。金正恩とトランプの脅し合いに油を注ぐのは賢い作戦とは思えない。いたずらに敵愾心を煽るのは危険な策略に思える。本当は安倍首相よりも金正恩とトランプの方が冷静なのではないかとさえ思う。

 分裂する野党、特に急造の新党には言うは安し行うは難しと申し上げたい。自分が自分がと自分の考えが一番の議員の先生方は本当に優れているようには見えない。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある。野兎病ではなく野党病に罹っていると診断させていただきたい。

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深夜の電話

2017年09月22日 | 診療

  

 MLBを見終わり寝ようかなと思っていた矢先、電話が鳴る。嫌な予感がする。

「もしもし、**先生ですか?」。「はい。そうです」。「今気が付いたんですが、母が呼吸していません」。「ああ、そうですか。三十分ほどでゆきますので待っていてください」。

 実は不届きかもしれないが、連休拘束されてどこにも行けないなあと思っていたので、深夜でも心のどこかでほっとしながら出かけた。九十にあと二か月だったが、がんの末期で食事が通らず、あと四五日かなあと思っていた。緩和の麻薬が効いたか苦しむこともなく、眠るように亡くなったようだ。家族は取り乱すこともなく静かにお婆さんの終わりを迎えていた。お嫁さんによると夕方は二三日前よりも元気で家族と話をしアイスクリームを食べたそうだ。九時ごろ帰ってきた孫が声を掛けたら、ニッコリ目を合わせたという。どういう体の働きか亡くなる前に急に元気になって話ができることはよくある。魂がお別れを告げに戻るのだろうか。

 息子さんは暗い夜道に出て私の車を見送ってくれた。深夜で空いており、午前一時に自宅に戻ることができた。

 今朝はいつも通り出てきたが死亡診断書を書いたのであまり時間がなく、深夜の出来事を書いた。 

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写真は真を写すだろうか

2017年09月21日 | 小考

      

 豊田真由子議員の顔がよく分からない。報道される写真は醜い表情のものが多く、本当はもう少しましな容姿なのではないかと思うのだが、とにかく許せない人になっているので写真もそれに沿ったものが選ばれているのだろう。

 山尾議員よりも罪は重いと思うが、其れでも私はこの人に再起のチャンスを与えてあげたい。唯、それには時間が掛かる、数か月で悔い改め贖えるものではないと思う。謝罪会見はこれっきりにし、いっそ議員も辞めて、主婦のパートタイマーで仕事をしてみたらどうだろう。三年くらいすれば、変わることができるかもしれない。

 人間は変わることが難しいが、変われないわけではない。これは私が臨床経験から学んだことだ。

 私の杞憂ではなく、底の浅い目先の非難誹謗が日本全体を覆い始めているように感じる。それに内向き志向が拍車をかけていると思う。折角、インターネットが普及したのに短絡した夜郎自大の即断が横行し、味わい深い熟慮がかき消されてしまっている。他人を非難誹謗するほどあなたは立派で偉いのだろうかと発信者に聞きたくなる。立派で偉くないからここぞと叩くとしたら、自分が傷ついてゆくと思う。まあ、こうした指摘も偉そうにと反発されるだけかもしれない。

 日本は今の所恵まれ、雨風をしのぎ旨いものを食べられる幸せを享受しているが、それは自分の実力で当然だと考えている人が多いとすれば、色々備えておく必要がありそうだ。

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三重苦で二八蕎麦は四六の蝦蟇に

2017年09月20日 | 世の中

          

 

 七月から九月にかけて医療機関へのアンケートと調査が送られてくる。医療施設状態とか在宅医療調査とか表題は違っていても内容は五割から八割重複している。そして調査元は市県国に医師会と異なっている。医師会よお前もかと言いたくなるのだが、職員と共同で調べて記入している。私は小一時間で済むのだが、職員は二時間以上掛けることになる。二か月間に往診した患者数、半年間に往診した患者数、一年間に往診した患者数など、まるで意地悪のように微妙に設問が異なっている。

 よく二重行政の不合理というがこれでは三重行政の不合理で、しかも同じ項目目的と思われるのに、設問の内容が微妙に違い、市の調査内容をそのまま県の調査票に書き写せないようになっている。こうした調査には人手と時間が掛かっており、実務を圧迫していると思われる。医師会を含めて良いかは議論があるだろうが市県国はお互い調整すれば一度の調査で済むはずで、そうすれば調査書類業務に使われる人手と時間は大幅に削減できるだろう。

 組織を動かすには繋ぎの連絡調査業務が必要なのはわかる。蕎麦だって繋ぎが必要で二八の割合が一番おいしく効率が良いとしたものだ。それが連絡調査業務が肥大化し実務を圧迫するのは税金の無駄遣いと思う。四六になれば蝦蟇ではないが、絞られた国民の汗の結晶の税金が無駄になってしまう。

 こうした行政の効率簡素化は一つには鉈を振るう人物の出現二つにはITの活用で実現可能なのだが、鉈で払われる側の抵抗とIT情報の悪用?で簡単には実現できないようだ。都合の悪い記録は燃やして隠滅を図り?、杜撰なIT情報管理で情報を漏らすお役所ではあるが、IT情報を真っ当に利用すればこうした調査は不要になるはずだ。尤も、いろいろ反対する人も多く法律の壁もあり、十年は無理だろう。

 付け足せば、介護サービス在宅医療と喧しく二重三重でグループ形成や連絡網ができているが、そうしたきめ細かい複数の組織づくりが効率的かというと、決してそんなことはない。わかりにくくなるばかりだ。複雑になると全体がわかっている人が減り、全体の説明係を作ろうなどということになってしまう。

 戯画化したけれども、これは大筋本当の話で、反対しにくい教育の無償化などという取って付けた争点ではなく、身内の反対も予想される行政の簡素化一割の人員削減と役人個人の一定責任を争点にしたらどうか。税金を人の金だと思って無駄遣いされては敵わん、何しろ血税を支払わさせていただいているのだから。 

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