駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

成程の追記

2019年09月21日 | 診療

       ルッコラのスパゲッティ、旨い

 

 インフルエンザワクチンの季節になる。当院にも張り紙が出た。インフルエンザワクチンの予約を受け付けています。その横に、申し込まれる方はあらかじめ希望日を決めてお申し込みくださいと書いてある。

 去年はそんなことは書いてなかった。申し込みの窓口電話口で、いつにしようと迷われる方が多いらしい。忙しい受付はゆっくりとは対応しきれず、この文言が追加されたと思う。成程と思った。

 医院の受付は事務業務も大変であるが、患者さんとの対応も大変なのである。耳の遠い人、理解の悪い人、横柄な人、優柔不断の人・・。いらつく私には、とてもできそうもない。

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言葉遣いは難しい

2019年09月19日 | 診療

                

 

 医業界では前医を批判しないのが鉄則だ。それは後医の方が診断上有利だからで、妥当な了解事項だと思うが、首を傾げることもある。排尿不快頻尿で昨晩急病センターを受診したおばさんが薬がもっと欲しいとやってきた。クラビット500mgが投与され、既に尿所見は改善している。

 あなたの膀胱炎は癖になっているから長めに薬を貰うように言われたとのこと。癖になっているって何を根拠にと不思議に思い、「あなた、膀胱炎は何回目ですか?。」

 「今までそうねえ、三回目です」。「五十歳で三回目、それは普通ではないでしょうか」と言うと、医者によって言うことが違うのねと言われてしまった。救急医に癖ってどういう意味と聞きたくなる。長期投与すれば癖にならない理由も教えてほしい。素人が飛びつきやすい表現の濫用ではないかと思った。

 一週間前に38Cの発熱があり翌日解熱したが咳痰が続き、一昨日から再度発熱し38.5C昨夜は39.5Cで急病センターを受診した32歳の女性。採血結果で大したことはない、風邪をこじらせましたねと解熱剤カロナールを投与されたが、まだ39Cの熱が下がらないと受診した。経過から、これはと思い聴診すると右背部で微かなラ音が聞こえる。写真で確認するとやはり下肺野に浸潤影があり肺炎だった。忙しい救急外来じっくり聴診する暇はないかもしれんが、風邪をこじらせたという表現はどうかなと思った。高熱が続くのをこじらせたとは言わないと思う。こじらせて肺炎になったとは言えるが。

 素人に分かり易いようにという言葉使いに終始すると、時に医師自身まで素人判断に陥いる危険があると申し上げたい。

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診察介助は看護助手に限る

2019年08月22日 | 診療

           

 

 看護師がなかなか見つからず、見つかっても難しい女性のこともあるし紹介業者経由ではべらぼうな料金なので、友人に勧められ資格不要で見つかりやすい看護助手を雇用してみた。これがなかなか良い。尤も初体験なので、ビギナーズラックかもしれない。面接で厳選したので、といっても面接は難しく外れも多いのだが、気立ての良い人だった。子育ても終わり看取りも終え、拘束される仕事がないので、勤務に融通がきくし常識がある。資格もなく指導的な立場に立ったことのないせいか、手の空いた時看護師にあれを片付けてこれを捨ててとか言われても腰が軽く喜んでやってくれる。それに半年ばかり経って私の介助をすることが楽しくなった様子もある。時々上手に合いの手を入れてくれるようになった。

 何より良いのは診察介助が最優先の仕事なのでどこかに行ってしまうことがない。看護師だと診察介助が最優先ではなく?、しばしばどこかに行ってしまう。患者に話しかけられたり、検査業務を手伝ったりいろいろあるらしい。確かに診察介助は患者の衣服を脱がすのを手伝ったり脇に立って一緒に話を聞いたりで、看護師としてはさほど重要と感じない仕事かもしれない。本当は患者と医師の会話を聞き、それをスタッフ共通認識として伝え、時に言葉を挟むのは大切な看護業務なのだが、最優先にしにくい状況もあるらしい。確かに混んでいる時は処置室で手が足りなくなっているのだろう。その点看護助手はいつもそばに居て血圧計のマンシェットを巻いてくれたり、お年寄りの移動を手伝ったりと大変助かるのだ。

 自分は少し年を取ったので腰を浮かすのが頻繁だと草臥れてしまうのだ。開業医になって足掛け三十年、最初の十年は診察介助なしで診察していたのだが、世の中が変わり患者さんが色々訴えるようになり、時には若い女性の患者さんも居るし、診察介助があった方が身体が楽なので、二十年くらい前から診察介助を付けるようになった。最初は午前中だけだったが今ではほとんど100%原則付いてもらうようにしている。そして診察介助は人生経験豊富な気立ての良い看護助手に限ると見つけた。

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AI医師登場でどうなるだろう

2019年07月24日 | 診療

              

  

 今日は青空が見える。大袈裟だが、有り難い。

 この頃思うのだが、現在AI医の実力はどの程度なのだろう。もう既に平均医を追い越している気もする。内科臨床の難しさは病気の種類の多さと個体の多様性にある。希な病気は試験のために憶えても、実際には生涯に一度遭遇するかどうかなので忘れてしまう。比較的よくある疾患も、個体によって様々な症状多様な所見を呈するので、必ずしも診断は容易ではない。それに最前線では可能な検査に限りが有るし、医療費にも限りが有るので、正直に言うともう四十年臨床医をしているが、診断は今も難しい。

 勿論、万能医のように振る舞う医師も居ないではないが、数年はともかく十年は続かない。一見さん相手で二三回だけの診療なら十年近く評判を維持できるかも知れないが、患者と共に年を取る姿勢の医者には何でも分かりますできますという医師は居ないと思う。今は昔、近くの総合病院に私の患者さんはみんな上手くコントロール出来ていますと自慢げな糖尿病の専門医が居たが、我が儘な患者や理解不良の患者をあなたは駄目とはねつければ、優等生が残って成績がよく見えるのは当然の話で、街中の医師からの評価は高くなくあまり信頼もされていないようだった。

 近い将来、AI医師が導入されると思うが、どのように評価され定着して行くだろう、注目している。果たしてAIは反省したり後悔したりするだろうか。人間は一人一人がかけがえのない存在なので、五十人に一人は診断を間違うのです、残念でしたで、運が悪かったとあきらめがつくだろうか。訴えようにもAIが相手では誰が被告になるのだろう。導入を指導した厚労省ではなさそうだ。AIを開発した技術者では筋違いだし、結局、医院長や病院長になるのだろうか。難題だが、AI医師の不十分な点をそうした形で問題にしても、上手く解決出来ない気がする。

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物凄い言い訳

2019年07月18日 | 診療

        

 

 今日も曇っているが、涼しいとまではゆかない。昨日ちらっと夏空が見られたのだが束の間で、患者さんと早く梅雨が明けないかねえと言い合っている。

 内科外来は生活指導が投薬と同じように重要なことが多く、メタボの患者さんには口酸っぱくもう一口を我慢するように、ご飯の量はこれくらいと食品模型を見せて指導している。百年河清を待つとまではゆかないが二三か月で効果が出る人は稀で、二三年で漸くといったところだ。皆さんいろいろな言い訳をされる。旅行に行って食べた、食事会に誘われた、孫に付き合った、接待で食べざるを得ない・・・。ああそうでしたかと一応は聞くのだが、それでもともう一押しするようにしている。

 先日落語のような言い訳をするお兄さんが居た。肉の匂いを嗅ぐだけで太るんですよと奇天烈なことを言う。うなぎ屋の前でかば焼きの匂いを嗅ぎながら弁当を食べていたら、うなぎ屋の親父が匂い代を払えと出てきた。ああいいよ、受け取りなと硬貨をチャリンチャリンと鳴らして聞かせたという落語のようだ。「そんな馬鹿な」と言っても焼き肉屋の人はみんな太ってるじゃないですかと反論してきた。確かに痩せた人は少ないが太っている人ばかりではない、「そりゃあ焼肉を沢山食べるからじゃないですか」と蒟蒻問答に終止符を打ったのだが、肉の匂いだけで太るなら世界の飢餓が救える。しかしまあ、真顔でそういう人がいるのだから、世の中は一筋縄ではゆかない。真顔で珍説に捕らわれる人、笑顔で誑し込む人、わざと間違える人、言葉でまやかす人・・縄が何本あっても足りない感じだが、街中の医者はいろいろな縄を用意しているのだ。

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不安定な陽気と風邪

2019年06月26日 | 診療

         

 

 今朝は雨かと思ったら日が差していた。昼過ぎまで天気は持ちそうだ。今年の降水量はどうなんだろう。天気が不安定で身体がついて行かないという患者さんが多い。データ的にも裏付けがあるだろうか、明日明後日の天気も知りたいが中長期的な気候変動も知りたい。勿論、天気を変えることは出来ないがある程度備えることは出来る。

 気温が不安定だと風邪を引きやすく、咳や痰が長引くことも多い。未だに抗生剤信奉者が居て、細菌感染があるとは思えない風邪症状に抗生剤をくれと怖い顔をする男やヒラメのような目つきをする女性がいる。九割は断っているが、中には根負けというか患者さんの言い分も分かることがあって十人に一人くらい出すことはある。未だに反射的に風邪に抗生剤を出す医者が結構居る。ご近所にもよくこんなにたくさん薬を出すなあと鼻風邪に抗生剤から抗アレルギー剤消炎鎮痛剤鎮咳剤去痰剤と一揃い出す医者が居る。確かに全部出せば安心簡単かもしれないが無くても済むものは止めたい。抗生剤をやたらに使うと耐性が出来て効かなくなる。それにお金もかかる。

 そうこうして不要な抗生剤使用を控える運動?指導?は浸透し、抗生剤が売れなくなったと抗生剤メーカーのMRは嘆いている。過ぎたるは及ばざるがごとしとはよく言ったものだが、身についた反射的な習慣を変えるのには時間が掛かるようだ。

 こう書いている私も二十五年前は一冬に一万錠抗生剤を使っていた。今は二千錠程度と思う。風邪薬に変遷はあるが、今も命取りの肺炎などの病気のきっかけになるのでありふれた病気で口ではああ風邪ですねと言いながら実は慎重に診ている。それでも見極めは難しいこともあるので二日でよくならなかったら又来てくださいと申し上げている。こう言えるのが掛かりつけ医の強みで、万一のリスクをとっている者の心得でもある。

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飴玉人たち

2019年05月16日 | 診療

                 

 

 五月晴れの下を出勤してきた。朝夕は暑くなくちょうどよい気温で庭先の花や緑が美しい。一口に緑といっても様々なグラデーションがあり微妙な違いが目を楽しませる。

 飴玉といえば子供のおやつで主役ではないが駄菓子屋の欠かせぬ定番だった。最近は駄菓子屋もなくガキ大将も居なくなり、見かけなくなったと思っていたのだが、思わぬ愛好者の出現でまだまだマートやスーパーで売られているらしい。コンビニにもあるかもしれない。どうして飴玉の話になるかというと、後期高齢の患者さんの中には飴玉中毒の人がいるからだ。

「先生、飴玉いくつまでならいいかね」と聞かれることがある。医学的にいくつまでなどと教科書に書いてあるわけではないが、「まあ六個くらいかな、多くても一日十個まで」などと答えている。糖尿病の人には三個までなどと厳しめにしている。勿論、これは目安で食事に差し支えないように、口寂しさを紛らわす程度ならと答えているのだが、聞くお婆さんも隠れて食べて妻に叱られているお爺さんも、一日十個ではおさまらない。一袋食べてしまうのだ。

「お爺さんは歯がいいからがりがり噛んでしまうんですよ」との報告に私に背を向けながら

「ミルク飴だからいいんだ」と、捨て台詞を残して診察室を出て行ってしまう。

「私は買わないようにしているんですよ、自分で買ってきちゃうんですよ」。と告げ口のような報告を受ける。

 人間の嗜好というものは不思議なもので、人さまざまな癖というか習性があり、いつの間にか杖のように生活に欠かせないものになってしまう。診察室で飴玉論争もなんだか大人げないような気がするのだが、私を懐柔しようというのかお友達の印か、先生もどうぞなどと飴玉一個を置いてゆく婆さんもいる。

 そういう私も引き出しのチョコレート玉を診察の合間に舐めている。患者さんの愚痴もとい訴えを聞くと疲れるので?。しかしこれが後を引いて、三日で一袋がなくなってしまう。

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緊箍帯

2019年05月10日 | 診療

     

 

 緊箍呪というのは西遊記で三蔵法師が唱える呪文で、これを唱えると孫悟空の頭に嵌まった輪が締まり、頭の痛さに耐えられない孫悟空は許してくださいと三蔵法師の言いつけを守ることになる。この緊箍呪に似せた緊箍帯というものが出来ないものだろうかと思うことがある。つまり例えば血糖が250mg/dlを越えたり腹囲が100㎝を越えるとピーと言う警報音が鳴るような腹帯だ。

 昭和には死刑の宣告に等しかった癌も平成の終わりには五年生存率も上がり死病ではなくなった。これは主に診断治療の進歩に依るのだが、メタボの方は色々診断治療が進歩しても、落ちこぼれる患者さんも多く、最前線では苦戦することもしばしばだ。糖尿病や脂質異常症には癌ほど人を恐れさせる力はなく、患者さんによっては飯は旨いしどこも痛くないと、医師や看護師の食べ過ぎないようにを馬耳東風に聞き流す方が居られる。勿論、言葉だけでは不十分なので食品見本を見せながらこれくらいとか参考献立もお渡ししているだが、明日からとか今日は例外が何年も続いてしまうようだ。確かにいったん大台に乗ると、さほど食べなくてもそれが維持できるようで、そんなに食べていないと不満そうな患者さんも多い。

 そんなに生活指導が守れずうるさく感じられるなら、いっそ医者に来なければ良いのにと思うことも時々あるのだが、孫が遊びに来たから旅行に行ったから食事会があったからと言い訳を並べられながら通院は辞められない。まるで通院が免罪符と思っておられるようだ。「努力しています」「結果を出してください」の遣り取りが何年も繰り返される。さすがに石の上にも三年で、三年もすると多少は効果があることは多い。しかし不動の七十キロのおばさんや100キロのおじさんも居られる。五年を超えるとつい注意する方も根負けして増えなければいいですと言うようになったりする。

 そこで緊箍帯などというものが出来ないかと夢想してしまう。尤も折角できても、今日は締めないでおこうという患者さんも多そうで管理が難しそうだ。そして極めて遺憾ながら真っ先に緊箍帯が必要なのは私自身かもしれない。食いしん坊の両親から生まれ、ついもう一品は遺伝子のせいにしているのだが。

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始めと終わりには神経を使う

2019年04月17日 | 診療

      

 

 私の医院は診察開始一時間前から受付を開けている。早く診て欲しい患者さんは本人や家族が順番を取りに来る。このコンピュータネットの時代にと言われるかもしれないが、患者さんには高齢者が多くネットで予約何それと言われてしまう。

 そのため来た順番に受け付けている。そのせいか日によって患者数が随分違う。天候の影響もあるが、同じような雨や快晴でも、50%くらい違うことはざらだ。患者さんは勝手だから混んでいれば待ち時間が長いと怒るし、空いていれば今日は休みかと思ったと感じの悪いことを平気で言われる。

 予約制を導入しようにも高齢者が多いので、予約を忘れた俺の私の予約はいつだっけと問い合わせが殺到しそうだし、予約を間違えて受診し後回しになったのを怒る人も居そうだしで、諦めている。

 余程混んでいても待たせる時間は一時間くらいで、総合病院の二時間三時間に比べれば可愛いものだと思うのだが、患者さんは医院で三十分以上待たされるとご不満のようだ。逆に待ち時間がなく着たらすぐ診察だと、来たばかりで一息ついてないと文句を言われる方も居る。医院はサービス業だから接遇が大切と言われるが、公平を原則としているので、無理な要求は笑顔でお断りしている。

 おそらくどこの医院も似たようなものと思うが、最初の三人くらい終わりがけの三人くらいは大体決まった患者さんだ。早い順番の人は前期高齢者の男性が多い。中には一番札病とでもいう患者さんも居て、今日は一番でなかったと機嫌が悪かったりする。最後の方は中年の女性が多い。早い方の患者さんは少々せっかち?くらいで気持ちよく診察出来ることが多いのだが、終わりがけの方は要注意だ。わざわざ終わりがけに来るのは、後ろに待っている患者さんが居ないので、時間を掛けて色々訴えようという魂胆があるからだ。訴えたいというのはとりもなおさず聞いて欲しいわけで、なかなか簡単に切り上げさせてくれない。

 こうした患者さんの他に最初と最後は重症患者さんが混じっていることも多く、飛行機と同じ離陸と着陸は要注意なのだ。

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分かっていても出来ない時もある

2019年03月27日 | 診療

             

 

 時々紹介した総合病院から薬の使い方についてご指導を頂く、まるで当方が理解していないような書き方にはなんとも嫌な感じがして飯が不味くなる。

 例えば最新の睡眠薬の使い方を知らないわけではないのだが、個人の医者は時に患者の訴えに負けてしまう立場あることを分かって貰えない。デパスやハルシオンの使用量はこの十数年で十分の一に減らしたのだが、まだゼロには出来ていない。どうしても欲しいという患者には駄目と云えばいいじゃないかと総合病院の医師は言われるだろう。総合病院では患者はまず反論せず、分かっても分からなくてもハイと言って帰ってくることが多いのだが、個人の医院では甘えるというのかごねるというのか中々引き下がらない方も居て、根負けしてしまうことがある。甘えの構造というか、ものが言いやすい関係性が出来ているので絶対駄目とは言いにくいことがあるのだ。実際問題として、依存性が出来て好ましくなくても直ぐ大問題が起きるわけではないので、じゃあ一寸だけとなってしまう。まあそれが、人類のある一面の歴史でもあると思うのだが、開業医は不勉強でなどとご指導戴くとやれやれと不愉快になることもある。まあそれでも、高額な検査機器や深い専門的な知識はなく、難病重病は総合病院頼りになるので要らぬ反論はせず、御高診有り難うございましたとお礼を書いている。

 ブログにこうした愚痴のようなことを書くのは情けない気もするが、花を買った啄木の気持ちも分かる。

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