時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

地域住民と外国人(移民)の増加:BREXIT のひとつの断面

2016年07月24日 | 移民政策を追って

英国における移民の地域別居住者の変化と国民投票の傾向
縦軸の変化率の表示が異なることに注意。横軸は住民の過半数が
「残留「あるいは「離脱」を志向した比率(%)
左側「残留」、右側「離脱」 、中心軸から離れるほど比率増大
Bostonは右側にプロットされている。

 グラフをクリックすると拡大


英国の移民と国民投票をめぐるパラドックス:
 今回の英国のEU離脱をもたらした
国民投票にいたる過程では、EU域内の外国人労働者が、相対的に賃金の高いイギリスに流れ込んで、イギリス人の仕事を奪っているとの議論が大きな論点のひとつになっていた。とりわけ、ポーランドやルーマニアなど、比較的近年にEUに加盟した国からの労働者がその対象になってきた。しかし、その点の評価については、あまり説得的な推論なり、実証が行われてきたとも思えない。実際、イギリス人がつきたがらなくなった仕事(土木建築、鉛管工、農業など)を、彼らがしていた場合が多いからだ。そうこうするうちに、選挙の日が来てしまい、蓋を開けると、「EU離脱」というこれまで経験したことのない状態について懸念、雑念、心配?などの災いが飛び出してきたというのが、実態に近いのではないか。箱を開けねばよかったと思った人々も多かったようだ。

 選挙の投票結果が出てみると、「残留」、「離脱」それぞれの側が大きな衝撃を受けた。こんなことになるのだったら、国民投票など実施しなかった方が良かったと思った人も多かっただろう。ダウニング街で首相退任の挨拶をしたブレア首相と夫人の悲痛な表情が、その衝撃を如実に物語っていた。キャメロン首相(修正)の後を継いだメイ内相は、正式離脱申し入れは来年になると述べた。図らずも女性首相同士の会談となったが、メイ首相、メルケル首相共に、その心情は複雑なものになったことは想像に難くない。正式離脱の申し入れが先になるほど、不安定な状況は長引くのだが、英国側の事情も分からないわけではない。

 選挙後直ちに始まった混迷の中で、小さな記事が目についた。その結果をみると、(外国生まれの)移民の居住者の数が以前から多い地域では、住民が「残留」に投票した傾向が顕著だった。メディアによると、移民(外国人)労働者が特定の地域へ多数集中し、当該地域のイギリス人の仕事を奪っているという非難が高まり、そうした懸念が高じて「離脱」への機運が高まったと報じられた。いったいどちらを信じたらいいのか。移民研究の歴史は長く、立派な実績も残っているのだが。

 大差で決着がついたのならともかく、僅差であったことが大きな問題を残すことになったことは以前に記した。少しつけくわえておくと、投票者のひとりひとりが自国の行く末を考え抜いて投じた一票の累積がこうした結果になったのならば、民主主義的決定のしかるべき結果として、多少動揺があっても、ほどなく終息するのかもしれない。しかし、投票行動の常、なんとなくどちらかを選んでしまったというのは、大いにあり得ることだ。実際、専門家ですら初めてのことで、もっともらしいことを述べていても、本当にそうなるのか完全に自信があるわけではない。さすがに全体の投票率は高かったが、すべての国民が棄権することなく投票したわけでもない。結果だけをみると、ダービーでいえば鼻の差くらいの僅差だった。なにしろ「残留」の方が多少有力ではないかというのが、下馬評だった。

 自然現象と異なり、社会現象は周囲の予想などによって、当事者自体が判断し行動するという連鎖現象が起きるため、事前に予想した内容とは異なる方向へ事態が動くことが多い。たとえば、与党が大勝しそうだと思えば、日頃の心情?に反して野党に投票して、多少バランスが戻ることを期待する人もいるかもしれない。日本の世論調査などでも「どちらともいえない」という回答が多いのは、浮動票がかなりあることを意味している。投票日まで態度を決めかねている人々がこうした行動をとることが多い。「残留」していれば、当面の運営はこれまでの路線上で進めることができる。しかし、結果がEU「離脱」という未経験の路線への変更になっただけに、かなり長く余震が続くことになる。

 BREXITの争点のひとつだった移民問題を取り上げた先ほどの小さな記事だが、これまでのいくつかの研究では、「残留」支持者の見方として、移民がある地域へ多数移住するようになると、それまでの住民が他へ移ってしまうことが議論されてきた。しかし、移民が多いロンドンのような地域(Chart 1 上段)では、むしろ「残留」に賛意を表明する者が多い傾向が指摘されてきた。こうした大都市居住者は、ポーランドやルーマニアからの移民の数が少ない地域の住民が、移民受け入れ阻止に懸命になっていることを冷ややかに見ていた。

 しかし、それも必ずしも客観的な判断ではないようだ。移民の頭数の比較だけでなく、移民の増減率についてみてみると、別の様相が見えてくる(Chart 2、下段)。2001年から2014年にかけて外国生まれの人が200%以上増加した地域では「離脱」への投票者が94%にも達していた。ボストン(イングランド東部の港町、Lincolnshire州)では、外国生まれの居住者の比率は15.4%だったが、短期間に479%も増加した。移民居住者の数が多いこと自体は、ボストンのような地域の住民にとって、さほど問題とはされなかったが、短期間に急速にその数が増加したため、住民は不安や危惧を抱いたようだ。

 このことを言い換えると、外国から移民を受け入れる場合には、時間をかけて地域になじむようなさまざまな受け入れ配慮が必要なことを暗示している。共生のための準備が間に合わず、短期間に移民が地域で増えると、地域のさまざまな対応能力が限界に達し、以前からの居住者との摩擦が増え、反移民感情も高まる可能性は高い。いわゆる集住地域における移民受け入れ政策の基本なのだが、このひとつの事実は、一定地域への移民の受容限界を超えた過度な集中が、地域の不安を惹起し、「離脱」への衝動が高まったことをことを示しているのではないか。この教訓は、周辺に大きな政治リスクを抱える国々に近接する日本にとって、良く考えておくべき点のひとつだろう。

国民投票という箱がパンドラの箱であったとしても、最後に「希望」が残っていたという話に期待したい。 



The Immigration paradox The Ecoomist July 16th, 2016 







コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加