時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ルターはドイツ人をどれだけ変えたか

2017年01月16日 | 絵のある部屋

  

マルティン・ルターの妻、カタリナ・フォン・ボラの肖像

Portrait of Katharina von Bora, wife of Dr.Martin Luther
24 x 38 cm, oil, wood
Location: Uffizi Gallery, Florence, Italy

 

激動の年であった2016年の出来事を省みながら、考えたことがいくつかあった。そのひとつは、16世紀の宗教改革の影響が、現代のドイツ(連邦共和国)の国民性にどれだけ継承されているのだろうかという問題だ。筆者の手に余るテーマであり、ブログ記事にもなじまないが、念頭に浮かんだことだけをメモとして記しておく。

宗教改革500年の年
 発端は、今年2017年が、マルティン・ルター(Mrtin Luther, 1483-1546, ルーテル)宗教改革500年記念の年として、ドイツ連邦共和国を中心に多数の行事が行われることに気づいたことにある。1517年の著名な「95か条の論題」がウイッテンベルグの教会の扉に掲示された出来事がその出発点とされる。ドイツ国内だけでも1,000以上の行事が国内各所で予定されているようだ。現在のドイツ連邦共和国では、キリスト教信者の比率は、国民の人口比でおよそプロテスタント30%、カトリック30%くらいで両者はほぼバランスしているようだ。しかし、国民性から受ける感じとしては前者の方がかなり優位のように感じられる。ドイツの場合、プロテスタントといっても、圧倒的にルター派だ。”Deutschland, Lutherland” (Christine Eichel)と言われることからもほぼ確かなことといえるだろう。

 宗教の世俗化がきわめて進んだ日本では、国民の宗教が何であるかを議論すること自体が、きわめて難しい。新年の初詣などに驚くほど多数の人々が押し寄せる傍らで、葬儀などの面では寺社、教会などに頼らない終末のあり方が議論され、実際に進行している。宗教が風化したと考えるべきだろうか。他方で、未見だが遠藤周作の『沈黙』が映画化され、静かな話題を生んでいる。書籍では読んでいるが、映画は未見である。日本人が初めてキリスト教に出会った時代の衝撃が追体験できるのだろうか⭐️。

 このところ、ブログの話題としてきた16-17世紀の画家や文人たち、たとえばヒエロニムス、デューラー、クラーナハ、エラスムス、トーマス・モアなどにとって、いかなる神を信じるかという問題は、人生のあり方、生死までを左右する重大問題であった。その後、宗教と人間のあり方の関係は、しばしば国家を介在しつつ、多岐にわたる展開をたどった。プロテスタントについても、ルター派は、カルヴァン、ツウィングリなどの厳格なスイス的流れとはかなり異なり、トーマス・モアが命を賭けたようなイギリス国教会などとも違って、それぞれに特異な点がある。

音楽好きな国民
 プロテスタントの流れにあって、カルヴァン、ツゥイングリなどは、音楽は官能的な風潮を喚起するとのことで消極的であったが、ルターは音楽に積極的な意義を見出していたようだ。今日、全国的にも330を越える公的なオーケストラが存在することからも、その流れが継承されていることがうかがわれる。書籍などの出版文化も世界の上位を占め「本好き」bookish な国民性が継承されているかにみえる。

 さらにルターは、ヴィジュアルな芸術には積極性を示さなかったと言われるが、自らの肖像画の頒布などに必ずしも消極的ではなかったようだ。実際、クラーナハなどの画家たちと親しく交流していた面もあった。

節度を保った衣装
 ルターの配偶者となったカタリナの肖像画などを見ると、派手ではないが当時の市民社会の中層を代表するような、聖職者の妻としての控え目ながら一定の贅沢さを楽しみ、人前で誇示してもみたいという現れが感じられる。髪は美しく整えられ、毛皮の襟のついたジャケットは、当時としてもかなり高価であったろう。修道士であったルターと結婚する前は、彼女は修道女であった。26歳の時、修道院を抜け出し、41歳の修道士ルターと結婚した。この画像はルーカス・クラーナハと彼の工房で制作されたものと思われるが、正確には不明である。落ち着いた容貌や衣装から1517年より前に制作されたものと推定されている。

 こうした流れはいまや世界的な政治家となったアンゲラ・メルケル首相の独特の衣装にも継承されているようだ。父親が教会牧師であり、東ドイツ出身であることの影響は、当初いわれてみれば感じられたが、今では自ら選択した一定のパターンの中で、色彩その他を変えることで、その独自な存在を確保しているようにみえる。より華美でファッショナブルな衣装を選択することは十分可能であるにも関わらず、政界デビュー当時からほぼ同じスタイルを維持している。まさにそれがメルケルであり、今では違和感を覚えることはない。一見してメルケル首相がそこにいることが分かる。隣国フランスのファッションとはおよそ次元が異なった選択基準である。

新たな宗教改革は生まれるか
 ドイツ連邦共和国の直面する課題は、イギリスがEUを離れる状況下で、格段に困難さを増している。就任式を間近に控えた トランプ大統領がその毒舌をメルケル首相にも向け、寛容な難民・移民受け入れ策を批判しているが、対面する時が楽しみ?なほど、二人の間には距離がありそうだ。

 このたびの難民受け入れの拡大で、ドイツ連邦共和国におけるイスラム信者の数については正確な統計は得られないが、300万人くらいではないかとの推定を見た。「EUはドイツだ」とは、トランプ氏の暴言だが、ドイツが難民・移民として受け入れたイスラム教徒との関係は、難しい時期を生むだろう。2000年にはドイツ・イスラム会議が開催されたが、その後新たな動きはない。しばらくはすでに頻発している騒動や右傾化を起こしながら、悲惨で難しい時が続くのだろう。今はキリスト教とイスラム教が並立しうる最後の時期であり、新たな宗教改革戦争の前章かもしれない。人類にこれ以上の悲劇を招かないためにも、グローバルな宗教間対話はなぜ推進されないのかと思う。


🌟『沈黙 サイレンス』マーティン・スコティッシュ監督、1月21日、全国封切り


References 

Max Wever, DIE PROTESTANTISCHE ETHIK UND DER GEIST DES KAPITALISMUS (大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』岩波文庫

Neil MacCregor, Germany: Memories of a Nation, Prnguin Random House, UK, (2014) 2016

Charlemagne: Nailed it, The Economist January 7th 2017

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