駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

政治家に負けていなかった

2013年04月30日 | 世の中

      

 政治討論会などを聞いていると政治家は何を聞かれても言葉に詰まることなく、時にはペラペラあるいは滔々と持論を展開する。ああ言われればこう言い返したり、、ええそれは・・とはぐらかす才能に感心というか呆れていたのだが、実も我々(私だけではないと思う)もそうだと気が付いた。

  患者さんはあれこれ細かいことを気にされる、時にはとてつもないことを相談されることもある。それでも、言葉に詰まって返事ができないということはなくなった。どう返事すればよいだろうなと考えながら口の方が勝手に動き、差しさわりのないこと言って間を持たせてくれる。その僅かな時間に答えが浮かんできて、自分でも驚くような巧妙な返事をしている。長く最前線で診療をしていると、いつの間にか何にでも答えることができるようになる。勿論、答えることができるだけで、必ずしも最善最新の答えでないことも多いだろう。

 まあしかし、実は質問の方に無体なものも多く、それなりの答えで十分と心得る。中には最初聞かれた時は耳を疑うような質問もあって、ぐっと言葉に詰まったことがあったが、今では世の中の何でもありに晒され慣れてきた(とてもここには書けない怖い話やおぞましい話を聞かされてきた)。

 町医者と政治家とではちょっと違うかもしれないが、何を聞かれても答えることのできる能力(仕事に関して)は特別に優れた能力と言うわけではないと申し上げておきたい。

 答えも結局は中身が問題なのだが、答えというものは大抵は質問に釣りあったもので、中身や深みのある答えが出てくるかどうかは半ば質問側の力量に掛かっている。

 

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本は読まれているか

2013年04月29日 | 

                    

 市井の臨床医として生きてきた私が読んだ本の量などたかがしれているが、それでも政治記者達が本当に本を読んでいるのだろうかと訝しく思うことが増えた。

 もとより知識を得るのは本からだけでないのは承知しているが、記者には必須の教養があるはず。手の内を隠す芝居を見破れず、セットメニューを供するのに易々諾々と加担されては敵わない。教養は、矛盾しているようだが、知性の限界を教えてくれる。そこから人間を突き動かす未明の部分に肉薄して遍く知らしめようとする報道力が生まれてくるのではないか。

 村上春樹の新刊が飛ぶように売れたと聞く。大衆作家?山本周五郎の全集が出る。司馬遼太郎は国民作家と持ち上げられていた?。副産物としても、こうした作家が読むとメディアリテラシーの力も付くように思う。

 本当に本は読まれているのだろうか。

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ご要望ではありますが

2013年04月28日 | 診療

                    

 二十代の元気そうな男性、数日前から咳と痰がでると受診。熱はなく鼻水が少し出て、ちょっと喉がむず痒いという。診察しても僅かに咽頭が発赤している程度でさしたる異常所見はない。なんでこの程度で医者に掛かるのかなと思いながら生活指導をして、鎮咳去痰剤を処方した。暫くして受付から電話、

 「今の患者さん抗生物質が欲しいと言ってます」。

 「必要ないから、出した薬で様子を見るように言って」。納得したか他の医院に回ったかよくわからない。

 なるほど抗生物質が欲しくて医者を受診したんだ。私も二十年前までは咽喉頭炎(所謂感冒)の八割に抗生物質を投与していたが、数年で世間に先駆けて感冒への抗生物質投与は止めた。今では所謂風邪症状で抗生物質を投与するのは僅か一割程度だ。高齢で自立度の低い人、コントロールの良くない糖尿病や進行した腎不全などの合併症のある人、熱が二日以上続いている場合などは、今でも感冒と思われても抗生剤を出すことが多い。喩え高熱があっても元気で解熱傾向があり、細菌感染を疑わせる所見がなければ抗生物質は投与しない。こうした大転換をしてもう十五年以上になるが、感冒の治りが悪くなったかというと、全然そんなことはない。元々必要ないのに使っていたわけだ。今では過半数の医師が感冒症状に抗生物質を出さなくなったと思う。

 しかし未だ根強く感冒に抗生物質を出す一群の医師が居る。なかなか風邪が治らないと他院から回ってきた患者さんの飲んでいる薬を見ると鎮痛剤、鎮咳去痰剤、抗菌剤、胃粘膜保護、気管支拡張調布剤が出ている。これ以上の薬はなく、私の出る幕はない。仕方が無いので、これとこれを止めてお茶を多めに飲んでごらん・・・と指導する。咳は直ぐにはとまりませんよと言い含めるのを忘れない。そうすると不思議なことに良くなって行くことが多い。別に私の手柄ではなく日薬が効いたのだ。

 虎は兎を捕らえるにも全力を出す、つまり軽い仕事だからといって流してはならないと諭されているが、やはり雉を撃つのに大砲はおかしい。感冒に肺炎や喘息と同じ治療はやり過ぎだ。肺炎の予防だとか咳喘息を見越してとか言われても、それは通らない。患者の訴えに追随してしまう、遺漏ない治療をしていたと防衛的になる気持ちは分からないでもないが、伝家の宝刀はいつも抜いていると刃が毀れてしまう。やたらと投与して大切な抗生物質に耐性菌を誘導しないで頂きたい。医師は感冒と見極めるのに全力を尽くすべきであって、感冒に持ち駒を全部使ってしまうのは勘違い、そして無駄で傍迷惑。

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羽生変調

2013年04月27日 | 趣味

                  

 将棋名人戦、羽生三冠が二連敗した。ヘボが見ても(勿論解説を聞いての上)、なんだか羽生らしい切れ味が感じられない試合だった。花粉症で春が苦手なのだろうか?。3月NHK杯で渡辺竜王に負けた辺りから、ありえないことのようだが羽生三冠に迷いが出てきていると糸脈は診ている。

 以前にも指摘したが、羽生三冠は鈍重の棋士がやや苦手の感じがある。渡辺竜王や森内名人が鈍重だと!、とお叱りを受けそうだが鈍重というのは比重と言うか質量が大きいという意味で、ここぞという戦いでは以外に大切な資質と歴史は教えている。鈍重なため羽生マジックが掛かりにくいのだ。

 ヘボのたわごとを言えば、羽生渡辺森内を始めとして、どうも強い棋士には受けよりも攻めの志向性があるように思う。森内名人は鉄板の受けと言われるけれども実は秘かに攻めへの配慮がされている。つまり先手後手で微妙な戦略の違いはあっても、将棋はひょっとして守りよりも攻めが勝機に繋がりやすいゲームなのかもしれないと思ったりする。

 大山先生や米長さんが存命中に並プロがこんな事を云えば、何をアホなことをと扇子で叩かれるかもしれないが、まあ珍説披露が大目に見てもらえるのがアマチュアファンの特権かもしれない。

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今朝は遅れた

2013年04月26日 | 身辺記

     

 今朝はトムの調子が悪く登院が遅れた。書いている時間がない。

 コーギーは胴長のため、腰を傷めやすく、足腰が立たなくなったのだ。餌を置いておくと綺麗に無くなるので、上手く食べているのかと思ったら、泥棒カラスが餌を横取りしていた。髪は烏の濡れ羽色、カラスなぜ鳴くのなどと唄われているが、可愛くない狡賢い奴らだ。餌を引き寄せ監視して食べさせてやった。動けないと見るや至近距離まで来て、他人の餌を啄ばむ、とんでもない鳥だ。憎まれっ子、世に憚かっている。

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