新・徒然煙草の咄嗟日記

つれづれなるまゝに日くらしPCにむかひて心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく紫煙に託せばあやしうこそものぐるほしけれ

事実はどっちだ?!

2011-07-30 22:43:25 | ニュース

中国の鉄道事故を巡って、まったく正反対の記事をみつけました。

まず、日経は、「中国『新幹線』空席8~9割 急速に鉄道離れ」と題して、

29日午後の上海虹橋駅。6月末に開業したばかりの北京までを結ぶ最新型の高速鉄道「中国版新幹線」の乗客はまばらだった。北京まで途中2駅に停車する列車と、途中6駅に停車する列車の2便の30日から1週間の予約状況は空席率が8~9割にのぼり、開業直後の熱狂は薄れた。

と報じています(2011/7/29 23:09)。

そりゃそうだろうな、と思っていたら、朝日が「中国高速鉄道、ほぼ満席 乗客『一度起きたら再発ない』」と題する記事で、

中国・温州の高速鉄道事故から1週間が経った30日、事故現場を挟む永嘉―温州南間(約20キロ)の高速鉄道の「和諧号」に記者が乗った。原因究明を待たず運行再開したことに批判が出たが、この日の客席はほぼ満席。安全優先を訴える切実な声がある一方で、「高速」を求める人々は絶えない。

と、日経とは正反対の内容を伝えています(2011年7月30日22時8分)。

いったいどっちが事実なんだろうか

まぁ、普通に考えれば、中国人民よりも中国政府を大事にすることが社是のような朝日の分が悪いでしょ。

【追記】いつの間にやら、朝日の記事のタイトルが「中国高速鉄道、ほぼ満席 絶えぬ『速さ』求める人たち」に変わっていました。「乗客『一度起きたら再発ない』」では中国人民をバカにしているととられるかもしれないと思ったのでしょうか?(2011/07/31 05:50)

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土日出勤で困ること

2011-07-30 22:17:57 | 日記・エッセイ・コラム

木金休み&土日出勤」が始まって1か月がたちます。
平日休み」は、ほぼ満喫できているのですが、困っているのは土日祝日の出勤&退勤です。
朝の高速も、帰りの一般道も、渋滞の連続なのですよ。
いつもなら、朝も帰りも1時間30~40分程度の所要時間が、きょうは共に2時間20分

行楽渋滞だけならまだしも、土日祝日はなんと事故渋滞が多いことか
きょうも、朝は首都高の板橋本町で事故があったらしいし(私はその余韻の渋滞を満喫)、帰りは首都高の池尻で車両火災と、東名川崎でも事故があったようです。
ちなみに、今朝の東名は、「お約束」の大和トンネルを先頭にした渋滞川崎ICまで伸びていました。
おかげで、いつもは10分で通過する東京⇒横浜町田間の所要時間が58分

110730_1_1

こんな場合、東名ではなく、国道246号線を使う手もありますが、7月17日(日)にこの手を試して痛い目に遭っています。
この7月17日(日)は、東名入口港北PA大和トンネル3カ所で事故が発生し、渋滞が首都高3号線にまで伸びているという情報を聞き、私は首都高4号線を使って高井戸で降り、環八から国道246号線に入ったのでありました。新宿~高井戸~瀬田の区間はかなりスムーズで、してやったりと思ったのですがねえ…

平日の朝なら1か月に1回くらいしか遭遇しない事故渋滞が、土日祝日だと毎週でくわすのはどうしたことでしょうか

交通量が増えることもあるでしょうけれど、やはり、運転し慣れていないホリデードライバーがどっと高速道に繰り出すからではなかろうかと思います。

4か月前まではホリデードライバーだった私が言うのもなんですがホリデードライバーの皆様、どうかくれぐれも事故を起こさないよう、細心の注意を払ってくださいませ

【追記】きょう、7月31日(日)の通勤は完全な「渋滞フリー」で、走行時間 1時間1分で職場に到着しました ついでに、帰りも、昨日の鬱憤を晴らすべく(首都高も東名も休日割引だし)、高速道を使ったもので、1時間15分で自宅に帰着
もっとも、「渋滞フリー」とは言っても、横浜町田ICの上り流入路で事故があったらしく(ガードレールが破壊されていました)、私とは逆方向の横浜町田ICの東京方面の入口は大渋滞になっていました。(2011/07/31 19:48)

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頼朝さんはかっこよかった!(その2)

2011-07-29 08:58:24 | 旅行記

頼朝さんはかっこよかった!(その1)」のつづきです。

昨夜のNHKクローズアップ現代は、「炭坑(ヤマ)が“世界の記憶”になった」と題して、日本で初めてユネスコの「世界記憶遺産」に選ばれた、元炭鉱夫・山本作兵衛さんが描いた記録画や日記を取り上げていました。
これを観て、なんという奇遇かと思いました。
それというのも、私が5月26日の記事「5月25日は『《記憶》の日』かもしれない」で引用した西日本新聞の記事、

政府申請に限る世界遺産と違い、(世界記憶遺産は)自治体や個人でも申請が可能。条約に基づいて登録する世界遺産と違い、登録の判断基準が不明確などとして、文部科学省は積極的に申請を行ってこなかったが、著名な資料の登録が続いたことなどから姿勢を転換。11日、藤原道長が書いた日本最古の自筆日記とされる「御堂関白記」など国宝2件を申請すると発表したばかりだった。

に出てくる国宝「御堂関白記」の現物を「よみがえる国宝」展で観てきたばかりだったからです。

110729_1_1

千年近く前の人の日記が、こうしてきれいに残っていることって、すごいことです。
もちろん、偶然残っていたはずもなく、子孫たちが丁寧に手入れをし、意志を持って後世に伝えてきたから、残っているわけです。
ですから、「よみがえる国宝」展の冒頭の展示品が、「ちり取り」であることは象徴的で、良いアイデアだったと思います。

110729_1_2

このちり取りは、そんじょそこらのちり取りとはわけが違っていまして、展覧会のサイトの説明によりますと、

ちりとりの裏面に、第十四代・冷泉為久(1686~1741)が御新文庫の塵取としてお作りになったものなので、古物ではあるが粗末にしてはいけないと、記されています。御新文庫は勅封が解かれた1721年以降に建てられたものと考えられるので、このちりとりはすでに250年以上も前に作られたものです。年季のあるちりとりではおそらく現存最古でしょう。なによりも、当主がちりとりを自作し、そのことをちりとりに書き留めて現在まで伝えられて来た事実に驚かされます。このことは、冷泉家歴代が文庫内を清潔に保つことをいかに大切にされてきたかを物語っています。

だそうです。

もちろん、収蔵庫を掃除するだけでお宝を後世に伝えられるはずもなく、虫干し(曝涼)やら修復やらが必要で、修復には高い技術とお金が必要です。

この「よみがえる国宝」展は、後世に恥じることのない修復者の技術と気概だけでなく(どこかの国では、カッコだけ整えばOKというオカラ工事や作業がお盛んなようですが…)、修復にお金を出した檀家や氏子、篤志家の思いや心意気が伝わる良い展示でした。子どもたちにも判るように、新米学芸員が衣魚(しみ)から文化財の保存や修復を教えてもらうというパネル説明があちこちに配されていることにも好感を覚えました。

   

さて、私を福岡まで引っ張ってきた「源頼朝像」にもう一度触れておきましょう。

110729_1_3この肖像画を教科書や事典で見た印象から、理由もなく30cm四方くらいの大きさだと思い込んでいた「源頼朝像」、実際は等身大で、かなりデカイ

しかも、真っ黒の無地だと思っていた上着=縫腋袍(ほうえきのほう)には、実は同じで模様が織り込まれてた(描き込まれていた)ことが、これまた驚きでした。

そして言わずもがなのお顔

端正で、として、知性威厳が伝わってきて、あらまほしきリーダー像って感じ

そして、シンプルな構図と絞り込まれた色彩、これぞ日本人の美意識の集大成ではなかろうかとまで思ってしまいます。

よみがえる国宝」のサイトの説明では、一緒に展示されていた「平重盛像」と共に、

肖像画の最高傑作として世界的な評価の高い両像は、江戸時代の虫払定(むしはらいさだめ)でもわかるように、神護寺の寺宝として大切に守り伝えられてきました。昭和54年の修理により、装束部分の全面を覆っていた白っぽいもやのようなくすみがみごとに除去され、美しい黒色の地と文様がより鮮明によみがえりました。
修理の理念、補彩の方針、事前の調査、観察・経験の蓄積と科学による整理、技法や素材の熟知、肌上げの技術、電子線劣化絹による補絹、報告書の刊行等々、近代装潢修理の様々な課題と成果の結実を物語る代表的な修理です。

だそうです。

ただ、「平重盛像」の方は、お顔の辺りが損傷している他、全体的にまだ薄ぼんやりしていました。
もしかすると、時の鎌倉政権のとかつてのライバルに敢えて差をつけたのかもしれませんな。

それにしても、「源頼朝像」。素晴らしい作品でした。一生に一度は観ておくべき作品の一つだと断言してしまいます。

よみがえる国宝」での「源頼朝像」の展示はあさって7月31日(日)までデス。ご興味のある方はお急ぎください

ただ、今週末はかなり混みそうな予感が…
平日だった昨日でさえ、リタイアされたらしき方々が大勢来館していて、作品によっては「近くでじっくりのんびり観る」ことができませんでしたから。
でも、「源頼朝像」と「平重盛像」は大きいし、かなり広いコーナーに展示されていますので、離れたところからしみじみと鑑賞するのもオツなものかもしれません。

つづき:2011/08/05 頼朝さんはかっこよかった!(その3)

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頼朝さんはかっこよかった!(その1)

2011-07-28 19:45:38 | 旅行記

7月19日の記事「頼朝さんに会うため福岡まで行くことにした」で予告しましたとおり、福岡にやってきました

なんやかやの理由で飛行機の出発が20分ほど遅れたものの、

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今回は珍しく余裕たっぷりの旅程を組んでいますから、全然問題ありません
昼前に天神のホテルに荷物を預け、ちょっと早めの昼食を摂ったのち、太宰府へ向かいました。

そして13:00ちょい前には、太宰府に到着。

110728_1_2

太宰府駅から九州国立博物館(九博)に向かうルートは昨年の1月に書いたように(こちら)、

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大きく分けて2通りのルートがあります。
一つは太宰府天満宮の境内を通るルート、もう一つは上の地図で「国博通り側アクセス」と示されているルートです。

前回は「国博通り側アクセス」で九博に向かいましたが、今回は「天満宮側アクセス」を採用しました。
さすが平日だけあって、太宰府天満宮の参道はユルユル。

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こりゃ、ゆっくり&じっくりと作品を鑑賞できるだろうと、期待に胸が高まります
そして、九博に向かうエスカレーター前はますますユルユル

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そして、やって来ました、1年半ぶりの九博

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今回の私は、平常展の文化交流展示も、特別展「よみがえる国宝」も、東京国立博物館(東博)パスポートを使って、無料でございます

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で、肝心の「よみがえる国宝」。

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良かったデス はるばる福岡まで出かけた甲斐があったというヤツです。
やはり、目玉の「源頼朝像」は「お持ち帰りしたい作品No.1でしたし、はるばる米沢からやってきた「上杉家文書」は、上杉謙信の書状以上に、心を込めて丁寧に書いたことがひしひしと伝わってくる文書の目録(仕切り板に書かれています)に、上杉謙信に対する米沢藩の藩士たちの崇敬の念が現れていて、感動いたしました

と、かなり腹が減ってきましたので、ここで中断いたします。

つづき:2011/07/29 頼朝さんはかっこよかった!(その2)

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届いていましたぁ~!!

2011-07-27 23:58:36 | MISIA

昨日の記事「きょうはMISIA『SOUL QUEST』の店着日」では、

あさって(注:28日)は、朝早くから出発する予定にしていますので、もしも明日(注:27日)帰宅した時に「SOUL QUEST」が届いていなければ、聴くのは29日(金)の夕方までお預けです

と書いたのでしたが、今朝の8時前に「発送完了」メールが届き、かなり期待がふくらみました

110727_1_4

そして帰宅すると、宅配便届いていましたぁ~!!

いそいそとパッケージを開けると…、おりょ? なんじゃこれは

110727_1_2_2 CDを梱包したらしきモノの下に、を折ったようなものが
それだけではなく、リングノートのようなものまで入っています。
いったい、これらは何?
で、これらを開けてみますと、この3点が一緒に送られてきていました

110727_1_3 CDと、MISIAのポスターと、そして、なぜかハローキティのリングノートHMVのノベルティグッズ)
ちなみに私はHMVではなく、別の通販で購入いたしました。
思ってもみなかったオマケ(もちろんポスター)に大喜びの私であります。

   

さっそく、最近はごぶさたにしながら、明日からの福岡旅行ではお世話になる予定のiPod nanoに保存して、そして、リビングのオーディオセットで試聴しました。

で、やはり、MISIAの歌声って、ほんんんんっと、いい

正直なところ、個人的にはイマイチ盛り上がっていなかったニューアルバム「SOUL QUEST」でしたけど、通して聴くと、やはり、いい
今夜からはヘビーローテーションです

ちなみに、iPodには、プレイリストとして、THE TOUR OF MISIA JAPAN SOUL QUESTのセットリスト(ベースはこちらで書いた横浜2日目)を入れました。

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JPの音源を持っていませんので、JPコーナーのところには、Michael Bubléの「HOME」を入れました

いやぁ~、良かった良かった…

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きょうはMISIA「SOUL QUEST」の店着日

2011-07-26 22:23:34 | MISIA

きょう、7月26日は、MISIAのニューアルバム「SOUL QUEST」の店着日

SOUL QUEST(初回生産限定盤) SOUL QUEST(初回生産限定盤)
価格:¥ 3,990(税込)
発売日:2011-07-27
SOUL QUEST
価格:¥ 3,059(税込)
発売日:2011-07-27

なのですが、私の場合、会社への行き帰りにCDショップに寄ることができなくて、加えて、割引クーポンなるものに目がくらみ、ネットで注文してしまいました。
オンラインショップでCDやDVDを予約すると、安いのはいいのですが、きっちりと発売日に発送されることが多くて、下手をすると、発売日にも届かないことが多々あります。

今回の予約にしても、ついさっき、注文履歴を見ますと、

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と、「入荷待ち」とな…

これじゃ、明日も届かないかもなぁ~ と思っていたら、ふと、気がつきました
私は、こちらで書いたように、あさってから福岡への小旅行です
あさっては、朝早くから出発する予定にしていますので、もしも明日帰宅した時に「SOUL QUEST」が届いていなければ、聴くのは29日(金)の夕方までお預けです

身から出たサビとはいえ、いや、だからこそ、ショック

つづき:2011/07/27 届いていましたぁ~!!

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胸を張れる技術、無いことにしたい不都合

2011-07-25 06:20:48 | テレビ番組

昨夜、NHKスペシャル「東京スカイツリー 世界最難関への挑戦」を観ました。
「目からウロコ」の話が満載で、かなり好奇心を刺激されました。
そして、深く感じ入ったのは、日本の技術力。それも単体の技術力ではなく、いろいろな分野の技術を組み合わせて、突発のできごとにも対応していく緻密でしなやかな技術力でした。

その一方で、中国の鉄道事故ときたら…。
「落雷による車両停止」で説明が通るものでしょうか? 車両単体が落雷で停車することがあったとしても、後続の列車を停止させるシステムは?????
他人のふんどしに刺繍を施して」相撲をとっていながら、「世界最先端の自主開発技術」を豪語する中国の鉄道技術の底の浅さっつうか、スカスカぶり(オカラぶり)が露呈された感があります。
しかも、あれほどの大事故が起きながら、人民網は知らんぷりだし、

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asahi.comに載った「事故車両の運転席、当局が現場の穴に埋める 中国脱線」と題する記事によれば、

空が明るくなり始めた午前6時ごろ、7台のショベルカーがすぐ横の野菜畑に穴を掘り始めた。深さ4~5メートル、幅も約20メートルと大きい。午前7時半過ぎ、ショベルカーがアームを振り下ろし、大破した先頭車両を砕き始めた。計器が詰まっている運転席も壊した。そして残骸を、廃棄物のように穴の中に押しやってしまった。

だとか。
誰がどんな理由でこんな信じられない作業をさせたのでしょうか?
そして、どう落とし前をつけるつもりなのか?
失敗を分析して改善につなげるよりも、メンツが大事?

もっとも、都合の良い想定をもとにした日本の原子力発電所の安全基準も似たようなものかもしれません

出勤前の慌ただしい時間にいろいろと感慨にふける私であります。

【追記】いやはや、驚きました。っつうよりも、あきれかえりました。
まだ原因が判明していないというのに、事故からわずか1日半で中国の高速鉄道が運転再開ですと

NHKのニュースで、高架の側壁が壊れ、残骸が転がったすぐ隣を運転再開した「和諧号」が走るシーンを見て、「和諧」の「」は「諧謔」の「」のことかもしれないと思い至りました。

何十人も亡くなった方がいらっしゃるのに、不謹慎かもしれません。
でも、この期に及んで、中国鉄道省の報道官が、「技術には依然として自信がある。先進的だ」とおっしゃる(こちらをご参照方)のですから、やはり、これは「諧謔」でしょう。
いや、「諧謔」と言うにはブラック過ぎる…

失敗の原因を徹底的に分析して、改善して、歯止めをかけるのは「技術」の基本ですなのですが、この基本は、中国では通用しないようです。
asahi.comこちらの記事に書かれた、温州南駅で高速鉄道の切符を買った男性のコメントを読むと、言葉をなくします。

脱線事故の原因は落雷、とニュースで見たから乗ろうと思った。後続車がなぜ追突したかは知らないが、中国ではすべて公表されないので仕方ない

常識が違うと言えばそれまでです。(2011/07/25 21:45)

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南九州旅行記(その11:鹿児島・加治屋町界隈編)

2011-07-22 10:20:33 | 旅行記

7月16日の「南九州旅行記(その10:熊本編の結)」のつづき、ようやく旅行3日目、鹿児島編の始まりです。
多くの時間を知覧訪問に費やしたこの日(5月1日)の行動は、以下のとおりです。

ホテル⇒ホテル周りを散歩鹿児島中央駅路線バス
⇒特攻観音入口バス停知覧特攻平和会館ミュージアム知覧⇒徒歩
知覧武家屋敷群⇒徒歩亀甲城趾⇒徒歩⇒武家屋敷入口バス停
路線バス⇒鹿児島中央駅⇒徒歩加治屋町界隈⇒ホテル

ホテルで朝食を摂ったあと、身支度して、ホテル周りの散歩から行動を開始しました。

   

ホテルのすぐ近くを流れる甲突川に架かる橋(高見橋)が賑やかでした。橋を渡る人やクルマで賑やかというよりも、彫刻が賑やか
北側の歩道脇では子どもたちがはしゃぎまわっていました。

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銘板によれば「母と子どもの群像」という作品だそうですが、「」がいません。

と、「」は、車道を挟んだ反対側、南側の歩道脇で「子どもの群像」を見守っていらっしゃいました。

110722_1_02

芸が細かい

そして、橋を渡りきったところにそびえ立っていたのが、

110722_1_03 大久保利通公の像でした。
なんとも「鹿児島に来たぞ」という気分が高まります
すぐそばのライオン像(地元のライオンズクラブが建てたらしい)が意味不明ですが…

110722_1_04さて、甲突川の土手にある遊歩道(歴史ロード「維新ふるさとの道」)に魅力を感じつつも、そこは後回しにして、電車通りを進み、加治屋町交差点を右折。
そこで建物好きの私をときめかせたのが、こちら

110722_1_05

鹿児島中央高校です。
学校のHP(ブログ)によればこの校舎(国の登録有形文化財)、

本館は,県立第一高等女学校の校舎として県の技師岩下松雄氏により設計され,昭和10年に竣工しました。
竣工直後は陸軍大演習の大本営がおかれ,また,行在所となり,昭和天皇が7日間滞在されました。
その後,県立第一高等女学校の校舎として,昭和24年からは県立鶴丸高等学校の校舎として使用され,昭和39年3月から鹿児島中央高校の校舎として使用され現在に至っています。
創建当時は鉄筋コンクリート造りによる校舎は珍しく,しかもその造りには数多くの意匠が凝らされています。とくに正面玄関の階段室をもつ建物隅部の内部構造は,空間との調和をかもし出す造りとなっており,現在でも創建当時の美しさを保っています。

だそうです。
これを読むと、内部も拝見したい気持ちが高まります

110722_1_06 この加治屋町界隈は、多くの明治の元勲を輩出した街だそうで(こちらのサイトをご参照方)、鹿児島中央高校の向かい側には、「元帥公爵大山巌誕生之地」の堂々とした石碑が立っていました。

さらに、この先の十字路を右に曲がり、「維新ふるさと館」に向かう道を進むと、左側に「西郷隆盛誕生地」があります。

110722_1_07

さすがに西郷ドン、扱いが違います。石碑があるだけでなく、一角が小さな公園になっています。

ところで、西郷隆盛さんがこの地で生まれたとなれば、実弟の西郷従道さんはどうなんだ?

と思ったら、西郷隆盛さんのこの立派な石碑の傍らに、

110722_1_08

ちんまりと従道さんの碑が立っていました。

110722_1_09しかも、隆盛さんの碑が蒼々たる面々の連名(下の方々)で、明治22年(1889年)に立てられた一方で、

110722_1_10

従道さんの碑は、「明治100年記念」といいますから、兄上の碑が建てられてから80年後の1968年

う~む…的な扱いの違いです。

西南戦争で賊軍として自刃した隆盛さん、政府軍に留まった(陸軍卿代行として東京にいたらしい)従道さん、鹿児島の人たちのこの兄弟に対する感情が垣間見える気がしました。

   

維新ふるさと館」の前を通り過ぎ、歴史ロード「維新ふるさとの道」を横切って鹿児島中央駅に向かおうをしたところ、「二つ家と呼ばれる住居形態」の展示に足を止めました。

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下級武士の居住地だったという加治屋町界隈には、こうした武家屋敷が並んでいたのでしょう。
いやいや、「武家屋敷」と呼ぶにはかなりこぢんまりしています。

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なかえ」と呼ばれる「生活の場」は、農家のものとそう変わらない雰囲気ですが、それでも、「おもて」の玄関は、いかにも武士の住宅らしく、としていました。

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縁側のたたずまいもなかなか…

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知覧行きのバスの時刻が近づいてきていましたので、そそくさと木造の南州橋を渡り、鹿児島中央駅を目指しました。

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ナポリ通りに出て、鹿児島中央駅へと歩くと、右手にかなり魅力的な建物

110722_1_16

鹿児島の都市ガス会社「日本ガス」の本社ビルです。

南日本新聞こちらのサイトによりますと、

軍国主義へのターニングポイント、2・26事件が勃発した1936(昭和11)年に建てられている。建て面積550平方メートル。地上3階、地下1階のゴシック様式のコンクリート造り。当時、周辺では珍しい近代的なビルで、「ガスビル」と親しまれたらしい。市内全域が壊滅的な打撃を受けた鹿児島大空襲(1945年6月)も生き延びた。

だそうです。

私にはかなり興味深い建物なのですが、これ以上の情報が見つかりません。
日本ガスのHPを見ても、何の記述もありません…
建て替えしていないだけでもありがたいことと思いつつも、残念です。

ということで、まだまだ続きます。

つづき:2011/08/14 南九州旅行記(その12:鹿児島・知覧の巻①)

 

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老兵は死なず、ただ消えゆくのみ。

2011-07-21 23:30:14 | ニュース

かなり感慨深いニュースを見ました。
asahi.comに載っていたこちらの記事

110721_2_2

8ミリビデオも姿消す ソニー、録画再生機9月生産終了」と題するこの記事、

ソニーは21日、8ミリビデオ録画再生機の生産を9月に終えると発表した。8ミリビデオカメラは2008年に生産を終えている。「8ミリ」の機器は1980年代半ばに登場し、家庭用ビデオカメラを普及させたが、半導体などに録画の役割を譲り、市場から姿を消す。

ですと。
このニュースはかなり感慨深いものがあります。
というのも、私、8ビリビデオ録画再生機の愛用者なんです。
いや、正確には「愛用者でした」デス

メインの録画再生機の座を、DVDレコーダーBlu-rayレコーダーに譲ったとはいえ、今でもリビングのオーディオラックにはしっかと8ミリビデオ録画再生機が鎮座しています。

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ソニーは8ミリテープの生産は続けるようですが、フェイドアウトも時間の問題のようですナ…

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私のクルマは「地デジ化 未了」

2011-07-21 08:12:31 | テレビ番組

きのう、台風が来るかもしれないというので、職場のテレビを買いに行ってきました(これまで自社専用のテレビがなかった)。
事前に、購買担当の人に、家電量販店の法人営業へ価格や在庫を問い合わせてもらったところ、一番の売れ筋という32型のテレビは、その量販店の他の営業所も含めて、在庫ゼロ
結局、在庫が1台だけ残っていたという26型の国産テレビ(BSデジタルにも対応。ただし職場にはBSアンテナがない…)を買ってきました。

自宅の「地デジ化」が今年3月の「家電エコポイント駆け込み」で完了(記事はこちら)していた私、テレビの相場観がすっかり薄れていまして、5万円も出せば(そして在庫があれば)32型のテレビが買えるくらいまで価格が下がっているとは知りませんでした。
今年3月の時点では、

5万円程度で買える他の20型はBSデジタル非対応だし、BSデジタル対応モデルはサイズを落としても7万円前後もします。
結局、何も買わずにとぼとぼと帰宅しました

だったというのに、なんとも恐ろしい価格低下のスピードです(家電エコポイントの終了が価格低下のきっかけだったらしい)
地デジ完全移行へ最後の商戦 家電量販店もメーカーもうまみ少なく」と題したSankei Bizの記事によれば、

24日の地上デジタル放送への完全移行(岩手、宮城、福島の3県除く)があと3日に迫り、薄型テレビが“特需”に湧いている。家電量販店ではテレビ売り場の在庫が一掃され、品薄状態が続く。ただ、単価下落は続いており、販売店にとってうまみは少ない。メーカーも出荷数の増加が利益に直接結び付かず、「いくら作ってももうからない」(大手)状態に陥っている。

として、

過当な価格競争はメーカーにも大打撃を与えている。国内シェア首位のシャープは平成22年度、テレビ事業で何とか黒字を死守したものの、片山幹雄社長が「勝っても赤字の市場では戦わない」と言い切るように、もはや大きな収益事業とは位置付けていない。
ソニーの事情も深刻だ。テレビ事業は16年度から7年連続で赤字を計上。今期も東日本大震災の影響などで黒字転換は難しいと見込む。パナソニックも、22年度のテレビ販売台数は2023万台と過去最高を記録したが、テレビ事業は3年連続で赤字だった。

だそうで、まさしく「利益なき繁忙」ってヤツです。

商品を開発する人、生産する人、販売する人(他に管理・物流担当の人)の働きや苦労に見合った価格や商品の価値に見合った価格と、販売価格とのギャップが広がっています。
安く買えた」と喜んでいる消費者にしても、こんなデフレが続けば、日本経済がガタガタ&スカスカになって、自分の仕事や収入にも影響してくることでしょう。
やはり、「安ければいいのか?!」(こちらの記事のタイトル)と疑問を呈したい私です。

   

家のテレビ&レコーダーは地デジ化が完了した私ですが、TV付きナビを積んでいる愛車はどうかといいますと、

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です…(元ネタはこちら

もともとクルマの中でテレビを見ようと思ったことがほとんどない私にとって(例外中の例外はこのとき)、今のナビだってパッケージとしてテレビ(アナログ)がついていたというだけの話。
私が今のクルマを買った4年前にも、オプションで「地デジチューナー」がありました。でも、

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「取付費・消費税込み」で123,900円
いつ・どこで使うあてもなく、必要性も感じられない地デジチューナー12万円以上も払えますか

110721_1_3さすがに今は車載用地デジチューナーの価格もこなれているようですが、それでも取付費を考慮すれば4万円はかかるでしょう。
ほぼ毎日3時間以上運転するようになった愛車とはいえ、やはり、クルマの中でテレビを観たいシチュエーションは想像しがたく、愛車の地デジ化は見送りデス

ところで、帰宅時、車内にいくつものテレビ(ディスプレイ?)をつけているクルマを見かけました。
運転席付近に3つくらい、そして、後部座席に向けて、5型くらいの小さなディスプレイが左右にそれぞれ3つくらい取り付けられているのですよ。
まるでテレビ局の副調整室の風情…
う~む、、、この方の嗜好が理解できない…

ちなみに、道路交通法 第71条(運転者の遵守事項)にこんな規定があります。

五の五  自動車又は原動機付自転車を運転する場合においては、当該自動車等が停止しているときを除き、携帯電話用装置、自動車電話用装置その他の無線通話装置(その全部又は一部を手で保持しなければ送信及び受信のいずれをも行うことができないものに限る。)を通話(傷病者の救護又は公共の安全の維持のため当該自動車等の走行中に緊急やむを得ずに行うものを除く。)のために使用し、又は当該自動車等に取り付けられ若しくは持ち込まれた画像表示用装置に表示された画像を注視しないこと

つまり、クルマが止まっているときや緊急の場合を除き、携帯電話を操作・通話したり(ハンズフリーを除く)、ナビや車載テレビを注視してはいけないことになっています。でも、「注視はダメだけれど、チラ見は可」と解釈できますな

私のアナログテレビ付きナビは、メーカーオプション品ですので、走行中のナビの操作機能・表示機能は限定されていますし、テレビはギアを「N」か「P」に入れてサイドブレーキをかけないと画面が映りません。

同乗者用」という触れ込みで走行中でも車載テレビを観られるようにするキットが販売されていますが、そんなものを買ってまで、テレビを観たいとは思わない私であります。

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