きのう、今年3度目の関西旅行から帰ってきて、このブログの旅行記が3本並立の状況になりました。
しかもそのうち2本が関西旅行記だというややこしさ。
ここしばらく、複数の旅行記を交互に書いてきたのですが、ここにきて、7月の関西旅行記と先週末の関西旅行記を混在させるのは、私の頭が混乱しそうです。
そんなわけで、まず、7月の関西旅行記をひたすら書いて完結させ、その後、5月の南東北ドライブ旅行記と先週末の関西旅行記を交互に書いていこうと思います。
もっとも、南東北ドライブ旅行記は、既に終盤にさしかかっているのですけど…
ということで、「暑いぞ、熱いぞ だった大阪旅行記 #3-2」のつづきです。
京都御所参観の入口、清所門を入り、入場ストラップを受け取り、ちょっと南に進むと、地味目だった清所門とは打って変わって絢爛豪華な門がありました。
宜秋門(ぎしゅうもん)です。
皇族や限られた公卿だけが通れる門だったそうで、緻密な細工の金具もさることながら、この檜皮葺のぶ厚さはなんでしょ
どれだけ贅沢に檜皮を使っているんだろか と唖然とするばかりです、、、、、と、順番は前後しますが、このカラクリが、実物大の模型で説明されていました。
なんとなんと、見えるところだけ分厚く檜皮を重ねて、いわば、盛っていたんですな
黙っていたら、ほとんどの人は気づかないだろうに、宮内庁ったら、無粋な…
さて、時間をちょっとさかのぼって宜秋門付近に戻りますと、なんとも… な唐破風が威風堂々とした入口がありました。
儀式や天皇との対面のために参内したものを迎える玄関である。公卿・殿上人など、限られた者だけが使用した。
という「御車寄(おくるまよせ)」だそうで、だだっ広い
ここから右(南)につながる建物は「諸大夫(しょだいぶ)の間」で、
参内した者の控えの間である。格の高い順に「虎の間」、「鶴の間」、「桜の間」と襖の絵にちなんで呼ばれる。右に行くほど格が高く、身分に応じて部屋が決まっていた。部屋の角は畳縁の色の違いなどにも反映されている。虎の間・鶴の間を使用する者は御車寄から参入するが、桜の間を使用する者については、左の沓脱石から参入した。
という説明があり、さらに、丁寧な図入りの説明板も
「へぇ~」と感心していると、さらに、部屋の名前の由来となっている襖絵の作者の名前も掲示されていました。
隣で参観していた見知らぬおばさま曰く、
「岸岱ですって。知らないわよねぇ~」
なんですとぉ~
岸岱画伯をご存じないのかぁ~
と吠えたくなった私ですが、私とて、「岸岱」画伯の作品を生で拝見するのは、これが3回目で、大きなことは言えないのですが…
でも、ここで、3年前に金刀比羅宮の奥書院で「群蝶図」を拝見して超特大の衝撃を受けた(こちらをご参照方) 岸岱の名前を見るとは予想外の極みでした。
さっそく岸岱の筆になる「虎図」を拝見したのですが、、
ガラスの反射がキツくてよく見えませんでした
う~む… と唸ったものの、京都御所の参観は始まったばかりです。
つづき:2017/11/02 暑いぞ、熱いぞ だった大阪旅行記 #3-4