新・徒然煙草の咄嗟日記

つれづれなるまゝに日くらしPCにむかひて心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく紫煙に託せばあやしうこそものぐるほしけれ

2週連続で上野のサクラを楽しんだ (前編)

2018-03-31 22:35:16 | タウンウオッチング

きょう、1週間ぶり上野花見をしてきました。

上野に出かけたメインの目的は、先週上野で購入したとあるものがまるっきり使い物にならない不良品で、その交換を相談することでした。
で、この「とあるもの」、お店の人が試しても同様の症状で、代わりの商品を出して試してみたものの、これもまた私が購入した商品と同じ症状 さらに2個目の商品で試しても取説に書かれていない状況が再現されて、これもまたOUT
結局、返金してもらいましたとさ。

私としては、手間と時間をとられたものの、一方で、金銭的なロス無しで済んだけれど、こんな商品ってありか? 
中国で造って日本で売るのは構わないけれど、せめてちゃんと検査して出荷しろよな と思います。

私は、二度とこの会社の製品を買うことはないでしょ、K.I.T

   

こんな風に、メインの目的が、ある意味良い結果で終えることができた私は、上野公園へ…

せっかく上野まで来たのですから、また、来週は関西旅行ですから、東京国立博物館(トーハク)遅咲きのサクラの様子を観てこようという算段です。

先週土曜日には「もう一息だった上野公園のサクラは、今週の初夏のような陽気のせいで、週の半ば盛り通り過ぎてしまったようで、公園入口(京成上野駅近く)のサクラは完全に葉桜

もっとも、この樹早咲きなので致し方ないわけで、上野公園のメインストリートサクラまだまだ楽しめる状態で、多くの人がサクラを楽しんでおりました。
天候もよかったですし…

相変わらず外国人の人たちが多かったのですが、皆さん、盛りサクラを楽しむことができたのでしょうか?
最盛期サクラって、こんなものじゃないんですけどねぇ~

   

トーハクに入場した私がまず向かったのは、当然のように庭園でした。
先週は、

こんな感じで、見頃まであと1週間半以上はかかるだろう と思っていたオオシマザクラが、、、、、

あれまぁ~~満開
緑の葉っぱと一緒に、大きな白い花を目一杯咲かせていました

先週は、ツボミ、それも咲く気配なんてちっともなかったに、

きょうはこれですもの

再来週末だったら、これまた盛りを過ぎていたんだろうな… と考えると、今日来て良かったぁ~ と思いましたです。

トーハクサクラ遅咲きの品種も多くて、例えば、先週「正門を入って左手にあるイチヨウザクラに至っては、まったく咲く気配はありませんでした」イチヨウザクラも、

まんかぁ~

八重サクラもイイもんです
同じく八重で、すぐ近くに植わっているヒウチダニキクザクラかわいい

サクラって、樹の上の方で咲いていても、みんな下を見下ろして咲いてくれているのが、なんともけなげな感じでよござんす

八重桜と同じく、ソメイヨシノよりちょいと遅く咲くサクラといえばシダレザクラ
平成館前のヤエベニザクラ満開

特別展を開催していないときの平成館前って閑散としているのが常で、きょうもそうだったのですが、こんなに見事ヤエベニザクラが咲いているのにもったいない

 そうそう、トーハクシダレザクラといえば、かつては本館前で「右近のユリノキ、左近のサクラ」だったヨシノシダレのその後(事情こちらの記事をご参照方)はどうなった…

先代のヨシノシダレ同じDNAを持つ若木が植えられてから早くも4年経ち、いつ咲いてくれるんだろうか? と思っていたら、、、

咲いてる

ホンの数輪ですが、久しぶりヨシノシダレの花が咲いていました
「桃栗三年柿八年」といいますけど、サクラの場合は何年なんでしょ
また観たいですよ、トーハク「左近のヨシノシダレ」
(下の写真は2010年4月ヨシノシダレの勇姿)

トーハクでは、サクラ以外にも花が咲いていて、これもまた楽しかったのですが、そのお話は「後編」で書きます。

つづき:2018/04/03 2週連続で上野のサクラを楽しんだ (後編)

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東京国立博物館での「サクラ」以外の展示

2018-03-29 22:47:28 | 美術館・博物館・アート

「サクラといえば上野か? (後編)」のつづきのようなもので、先週土曜日に出かけてきた東京国立博物館(トーハク)のお話です。

今、トーハク平成館での特別展狭間の状態で(表慶館での「アラビアの道」展は開催中:記事はこちら)、ちょっと落ち着いた感じのはずだったのですが、「博物館でお花見を」「春の庭園開放」が開催中でしたし、上野公園お花見から流れてきたっぽい国内外からの見物客で賑わっていまして、なにやら華やいだ雰囲気でした。

そんな中で、けっこう地味に開催されていたのが、「東京国立博物館コレクションの保存と修理」「江戸後期の京焼陶工―奥田頴川と門下生を中心に」「日本の仮面 能狂言面の神と鬼」3つ特集展示
私、個人的に「能」に対する関心が薄い もので、「日本の仮面 能狂言面の神と鬼」「ふ~ん…」って感じでしたが、「東京国立博物館コレクションの保存と修理」「江戸後期の京焼陶工―奥田頴川と門下生を中心に」面白かった

そんなわけで、この2つの特集展示のことを書きます。

まず「東京国立博物館コレクションの保存と修理」展示室に入ってすぐに、あれ

この特集展示は、

この特集では、近年修理を終えた作品を展示し、それぞれの修理のポイントや工程、その過程で得られた情報もあわせて紹介することで、当館の保存修復事業の一端をご覧いただきます。18回目を迎えた今回は、絵画、陶磁、刀剣、染織、考古、の分野から本格修理を行った15件、民族資料、染織から対症修理を行った2件、計17件の文化財を展示します。

というものなのですが、冒頭(右に載せたリーフレットも同様)で紹介されていたのは、庭園開放で見て、「サクラといえば上野か? (前編)」で、

この「大燈籠」のことは、本館内の展示でその「いきさつ」を知ることになったのですが、この話も含めて、つづきは「後編」で。

と書いた「大燈籠」でした。

リーフレットによると、

火袋部(中央の窓のついた部位)に、焼成時または長年の重量負担で生じた大きな亀裂があり、過去に修理が行われている。旧修理部分や接合部材は経年で脆くなったため、今回の修理で除去し、亀裂に樹脂を充填し補強した。下部に掛かる重量負担を軽減させるため、燈籠内部の空洞部にステンレス製の心棒を入れて各部位を固定した。

だとか。

「サクラといえば上野か? (前編)」で、

前からあったかな… 

と書きましたが、上の説明で「今回の修理」とある修理がいつ始まったものなのかよく判らず、ずっとを見落としていたのか、はたまた先週初めて見たのか…

   

もう一つの特集展示、「江戸後期の京焼陶工―奥田頴川と門下生を中心に」は、

この特集は、江戸時代後期(18~19世紀)に活躍した京焼の陶工(とうこう)・奥田頴川(おくだえいせん、1753-1811)とその門下生を中心に取り上げご紹介するものです。(中略)
頴川の下には、青木木米(あおきもくべい、1767-1833)、欽古堂亀祐(きんこどうきすけ、1765-1837)、仁阿弥道八(にんなみどうはち、1783-1855)といった京焼の陶工たちが集い、中国陶磁の技法を用いたり、伝統的な京焼の作風をふまえたりしながら、それぞれが個性のある陶磁器を作り出しました。さらには、各地の藩に招かれ、藩主たちが城内などに開いた窯で焼く御庭焼(おにわやき)の発展に関与するなど、多様な作風を生み出し、京都の陶磁器づくりの技術が、全国へ広がっていくきっかけを作りました。

というものなのですが、私としましては、仁阿弥道八の諸作品ににんまりしっぱなしでした。

2016年11月の記事「秋の上野は芸術の秋 (その9・最終回)」で紹介した大笑いする寿老人(寿老人大香炉)とか、小っこくってcuteお多福さん(色絵於福香合)とか、袈裟を着てすましているタヌキとかに再会できて、もうニッコニコ

加えて、

「銹絵雪笹文大鉢」カッコイイし、冬のスズメっぽく丸くなっている

「楽雀香合」はなんともかわいらしい

と、ここで、「秋の上野は芸術の秋 (その9・最終回)」をじっくり観ると、タヌキの置物が前回と今回とは違う
今回のタヌキ黒い衣を着ていた気がする…

そこで展示作品リストを見ると、前回は

「三彩狸置物」だったのに対して、今回は「色絵狸炉蓋」となっています

なんと、タヌキ坊さん化け損なったようなこのユーモラスな置物には別バージョンがあったんですなぁ。
う~む、、「色絵狸炉蓋」の写真を撮らなかったことが悔やまれます

まぁ、「色絵狸炉蓋」トーハクの所蔵品ですから、またいつかお目にかかれるだろうと思います。

   

もう1点だけ、この日トーハクで観た作品を載せておきます。

私、かねてから円山応挙って、ホント、うまい絵師だ と思っているのですが、展示されていた「写生帖(丁帖)」を観て、ますますその思いを強くしました。
写生力の高さもさることながら、その一方で、

この鸚鵡(オウム)、シンプル極まりないスケッチですけど、いいなぁ~

ニコニコしながらスケッチする応挙が目に浮かぶようで、被写体/モデル(鸚鵡)に対する作者(応挙)の愛情が感じられたのですがいかがでしょうか?

ほんと、いいなぁ~

【追記】3月31日(土)トーハクを再訪して、仁阿弥道八「色絵狸炉蓋」の写真を撮りましたので、載せておきます。

モチーフこそ、「坊さんのフリをしているタヌキ」で、以前観た「三彩狸置物」と同じですが、衣の色だけでなく、顔の向きとか、台座の厚みがずいぶん違います

説明板によれば、

彫塑表現を得意とした道八の作品には動物を象ったものがしばしばみられる。これは僧に化けた狸を表したもので、炉(茶室畳の下に切られた火をおこすところ)に蓋をするためのもの。開けられた狸の口の隙間から煙が抜けていたのであろうか、ユニークな一作である。

だそうで、このタヌキが、茶室の畳の上にちょこんとおすましして座っている様子を想像すると、ますます楽しい (2018/04/01 18:49)

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皇居・乾通りのサクラを愛でた (後編)

2018-03-26 23:00:38 | タウンウオッチング

「皇居・乾通りのサクラを愛でた (前編)」のつづきです。

3月24日(土)~4月1日(日)の9日間の日程で開催中の「平成30年春期皇居乾通り一般公開」、そのいきさつを宮内庁のHPから転記しますと、

皇居乾通り一般公開は,平成26年に,天皇陛下の傘寿を記念して,初めて春季と秋季に実施したもので,大変好評であったことにかんがみ,平成27年秋季から,毎年春季の桜の時期と秋季の紅葉の時期に実施しているものです。

というものなのですが、私が出かけたのがきのうが初めてでした。

どれだけ混んでいるのか という不安とは裏腹に、かなりスイスイと見物できました
大方の人たちにとってお目当てだったろうサクラは思いのほかまばらで(下の写真は北桔橋門から見た乾通りの様子)、

咲いているサクラの周りには、スマホカメラを向ける人でいっぱいでした。

サクラだけを楽しむなら、上野公園とか目黒川といった定番の名所の方が良いのでしょうけれど、私としては、皇居=江戸城内側から観られるということがとにかく楽しかった

まず、江戸城といえば、石垣よりも土塁のイメージだったのですが、乾通りから蓮池濠をはさんで本丸跡富士見多聞を臨むあたりでは、江戸城の石垣壮大さに驚きまましたし、

自然そのまま(といった風情)道灌濠には萌え上がりました

東京ど真ん中にこんなところがあるなんて、ただ事じゃありませんゾ

   

と、ここで宮内庁のHPから「皇居全体図」を拝借

皇居全体図

「皇居」を大まかに分けると、旧江戸城の中枢部本丸・二の丸・三の丸などがあった「東御苑」宮殿や宮内庁のある「西の丸」御所宮中三殿のある「吹上御苑」と、これだけでも十分広大なのですが、さらに日本武道館国立近代美術館「シン・ゴジラ」ヤシオリ作戦の司令部となった(?)科学技術館のある「北の丸」もあるし、さらにさらに外堀まで含めれば、江戸城はなんとなんと巨大城郭だったことが偲ばれます。

   

さて、坂下門から始まる「乾通りの一般公開」は、終盤でコースが二つに分かれます。
一つは直進して乾門から「娑婆に出る」コースで、

もう一つは手前から右折して西桔橋(にしはねばし)を通って東御苑天守台そばに抜けるルートです。

私は、乾門から一旦外に出て、北桔橋門から再び皇居東御苑に入り、本丸⇒二の丸庭園⇒大手門、というルートをとることにしました(ルート図「前編」に載せました)

私が初めて北桔橋門から東御苑に入ったとき、北桔橋門を入ってすぐに天守があることにあれっ?でした。
城の最後の砦であるはずの天守が、門のすぐ近くにあることが不思議だったのです。

ところが、調べてみると、この北桔橋門は、その名のとおり「跳ね橋」になっていたというのです。
北桔橋から見ますと、、、

城外城内(本丸)とが土橋でつながっているのかと思いきや、北桔橋の下には5m以上の段差があるんですよ。
これは西桔橋も同じです。

もっとも、江戸城の天守は、江戸時代初期(1657年)明暦の大火焼け落ち以降、再建されませんでしたし、江戸幕府の最期「無血開城」だったわけですが…

それはさておき、久しぶりの江戸城本丸跡は、これまで見たこともないような盛況ぶりでした。

行列して天守台に昇るなんて…、と、行列嫌いの私は思ってしまいます

それにしても、まだ3月だというのに初夏を思わせる陽気で、本丸(大奥)跡芝生の上では、大勢の人たちがくつろいでいました。

ただ、みんな同じ方向を向いて座っているのが、いかにもサクラの季節だなぁ~。

ホントは、この後に散策した二の丸庭園のことなども書きたいところですが、焦点がぼやけてしまいそう なもので、今年の「乾通り一般公開」の話はこれまでといたします。

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皇居・乾通りのサクラを愛でた (前編)

2018-03-25 20:10:42 | タウンウオッチング

きのうの上野公園につづいて、きょうは皇居・乾(いぬい)通りに出かけてサクラを楽しんできました。

きのう始まったばかりの皇居乾通り一般公開初夏のような陽気と、東京のサクラ満開宣言を聞いて、きょうを逃してはならん とばかりに、乾通りに繰り出しました。

かなり行列に並ばなければならないのかな?不安を胸に、久しぶりに丸の内ブリックスクエアで昼食を摂ったのち、入場口のある二重橋前へ…。

私、二重橋(正確には、石橋の奥にある鉄橋二重橋)を見るのは初めてかも…

正門石橋と二重橋(正門鉄橋)

二重橋の手前で右に曲がると、

あれれ、きのう上野公園の竹の台広場で見た光景と似てる

で、行列に並び始めてから20分ほど坂下門を通過

ここまで20分かかっていますが、立ち止まったのは持ち物検査とボディチェックを受けるところだけで、思いのほか行列がスルスルと進みました

と、ここで妙なモノを発見

>

これは靴底
こんな所で靴底が剥がれ落ちるなんて悲惨な目に遭った人がいるんですな
当事者にしてみれば、これもまた「坂下門外の"変"」かもしれませぬ

   

ここできょうの「皇居散策マップ」を載せておきます。

坂下門から皇居に入った私は、乾通りをずっと進んで乾門から外に出ると、北桔橋門(きたはねばしもん)から皇居東御苑に入り、本丸大奥跡⇒汐見坂⇒二の丸庭園⇒中之門跡⇒三の丸⇒大手門というルートで下城しました。

   

乾通りに話を戻しますと、おぉ、TVでしか見たことのなかった宮内庁庁舎だ

そして、視線に移しますと、、、、

ひやぁ~、宮殿
この中に入ることは、一生、ないのだろうなぁ

それはともかく、サクラもさることながら、建物ウォッチング楽しい

江戸城にこんな高い石垣があるとは知りませんでした…

と、「乾通り一般公開」序盤ですが、きょうはここまで。

つづき:2018/03/26 皇居・乾通りのサクラを愛でた (後編)

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サクラといえば上野か? (後編)

2018-03-25 10:10:11 | 美術館・博物館・アート

「サクラといえば上野か? (前編)」のつづきも、「博物館でお花見を」が開催されている東京国立博物館(トーハク)のお話です。

トーハクの膨大な所蔵品・寄託品からサクラに関連する作品から「選抜」された逸品がど~んと展示されている「博物館でお花見を」サクラに関連する仏像なんてあるのかな?」と思いがちですが、今年はこちらが展示されていました。

平安時代(11世紀)不動明王立像で、意匠ではなく素材サクラ
「褐色のサクラ材は、香木であるビャクダンの代用材として仏像制作に用いられたようです」だそうで、この像は2年連続のお出ましです。

一方、13室の陶磁エリアでは、

仁阿弥道八色絵桜樹透鉢が、お約束のように展示されていました。
サクラをモチーフにした陶磁作品はそれこそ山のようにあるわけですが、やはりこの作品は「博物館でお花見を」に欠かせない気がします。

また、国宝室では、これまたお馴染み花下遊楽図屏風

この作品、右隻の中央、3扇と4扇空白になっていますが、この部分は関東大震災焼失してしまったのだそうな。
でも、襖絵ならともかく、屏風真ん中だけ焼けることなんてあるのかな? と思ったら、修理の最中に関東大震災に見舞われ、右隻中央の2扇が焼失した」のだとか…。

とにかくサクラでいっぱいのトーハク本館の中でも、一番サクラ密集度だったのは、浮世絵と衣装が展示されている10室でした。
ほぼ全作品サクラ関連なんですから
浮世絵の場合は、

浮世絵には、季節感を大切にした作品が多くあります。今回は、上野浅草御殿山吉原飛鳥山隅田川など江戸の桜の名所を描いた作品を中心に、遊女の道中姿や花鳥図など、版画と肉筆画により桜の描かれたさまざまなジャンルの浮世絵を展示します。

という次第で、まずは「博物館でお花見を」のフライヤー「センター」をとった鳥居清長「飛鳥山花見」から。

説明板によれば、

手前には清長が得意とした8頭身の健康的な美人や子供たちを、後方には桜の名所として知られる飛鳥山を描く。華やかな女性のみならず、奥行ある空間表現も見どころ。左奥には飛鳥山のランドマーク「飛鳥山碑」も小さく描かれている。

鳥居清長「飛鳥山花見」(部分)だそうで、その左奥注目しますと、確かに石碑が描かれています。

2012年2月に飛鳥山を散策した際、飛鳥山碑を拝見しましたっけ…(記事はこちら)

「浮世絵などで芝山に桜と石碑を描けば飛鳥山を示しました」(北区のHPより)だという飛鳥山碑は、屋根&低い柵が設けられて、現在も大事に保存されています。

江戸が現在の東京「つながっている」ことを感じますなぁ…

ちなみに鳥居清長の「飛鳥山花見」の隣に展示されていた勝川春潮「飛鳥山花見」では、飛鳥山碑メインに据えられていました。

勝川春潮「飛鳥山花見」

また、墨堤こと隅田川サクラを描いた作品が、

歌川広重「江戸名所之内・隅田堤雨中之桜」です。

雨の中のお花見を描くなんていかにも広重らしい趣向だし、そのにしても、「名所江戸百景 大橋あたけの夕立」「東海道五拾三次之内 庄野」などの激しい雨と打って変わって春らしいしとやかな雨だというところがまた…

石碑が描かれていれば飛鳥山が描かれていれば隅田川が描かれていれば御殿山(画像はありませぬ)というのが、サクラを描いた浮世絵の「お約束」だったようです。

ところで、上の方で転記したトーハクの説明文中、江戸のサクラの名所の一つとして「吉原」が挙げられていました。
今や「サクラの名所のイメージ皆無で、「泡の街」となっている(らしい)吉原ですが、江戸時代には「サクラの名所」だったようです。もちろん、吉原一「花」「花魁(おいらん)ですけど…

そういえば、去年、喜多川歌麿超大作(186.7×256.9㎝)「吉原の花」岡田美術館で拝見しましたっけねぇ…(記事はこちら)

トーハクでも、

歌川豊国「新吉原櫻之景色」(部分)

歌川豊国「新吉原櫻之景色」が展示されていました。(撮影がうまく行かなくてスマン)
サクラの季節になれば、「花より団子」ならぬ「花よりの人を含めて(こっちの方が多かったはず善男悪男吉原に押し寄せたことなんでしょうなぁ…

ところで、吉原のサクラには「裏」があります。
大門(おおもん)から200m以上にわたって延びるメインストリート仲之町通り桜並木はさぞかし見事だったのだろうと思いますが、実はこのサクラ、毎年旧暦3月1日(今年だと4月16日)になると、植木屋さんが仲之町通りの「中央分離帯」(?)に咲き誇るサクラの木を植えて、盛りを過ぎるとすべて引っこ抜いたのだそうな

そのサクラの植樹の様子を描いた作品(長谷川雪堤花街植桜樹(はなまちにおうじゅをうえる」)も展示されていました。

にはサクラには燈籠にはモミジが植えられて/飾られて季節感を演出していた吉原・仲之町のディスプレイ、すべてがVR(遊女と客とは「一夜限りの夫婦」という設定だったのだとか)のソー ワンダーランド吉原らしいお話ですな

う~む、、「博物館でお花見を」は今年も楽しかった

おっと、前編で、庭園で見かけた「大燈籠」について、

この「大燈籠」のことは、本館内の展示でその「いきさつ」を知ることになったのですが、この話も含めて、つづきは「後編」で。

と書いたのですが、考えてみればこの「本館内の展示」は、直接的にはサクラとは関係がありませんので、「大燈籠」の話は稿を改めます。
「サクラといえば上野か?」 です。

つづきのようなもの:2018/03/29 東京国立博物館での「サクラ」以外の展示

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サクラといえば上野か? (前編)

2018-03-24 22:55:25 | 美術館・博物館・アート/タウンウォッチング

きょう、自宅の近所で淡々と予定してた用事を済ました私は、上野に繰り出しました。

目的はサクラ

見頃は来週かな? と思いつつも、上野駅公園口から上野公園に向かうと…、

きょう、東京のサクラ満開になったという発表があったらしいのですが、上野公園のサクラ「満開一歩手前」の様相(まだサクラの木のが見えますもの)。
でも、人出満開状態でした。
すっげぇ~人

私は人混みに背を向けて、竹の台広場を通って、毎年恒例の「博物館でお花見を」を開催中(3/13~4/8)東京国立博物館(トーハク)へと向かいました。

と、いつも何かとイベントが開催されている竹の台広場噴水の南側には、カラーコーンが並べられていました。

何だろ???? と思ったところ、

上野動物園??? (上野動物園のシンボルマークはツルか?)
なるほど~、シャンシャンに逢いたい方々の行列用のスペースなんですな

シャンシャンを先着順で観られるようになってから、私は何度も上野に行きましたが、いつも東京文化会館前には、「本日の観覧券の配布は終了しましたという掲示があって、きょうも同様でした。
私がシャンシャンに逢えるのはいつなんだろか…

   

さて、トーハクに到着した私は、まず、公開中(3/13~5/20)庭園を散歩

トーハクの庭園に植えられているサクラは種類が豊富で、咲き誇るサクラもあれば

(上の写真は「静岡県国立遺伝学研究所で作出」というミカドヨシノで、右の写真はエドヒガンシダレ) かと思えば、私の好きなオオシマザクラなんぞは、

まだまだツボミ固く閉じた状態で、正門を入って左手にあるイチヨウザクラに至っては、まったく咲く気配はありませんでした。

植わっているサクラが一斉に咲くのも壮観ですけれど、何種類ものサクラ時期をずらし「我が世の春」を見せてくれるというのも、なんだか、JAZZで各パートがソロを廻して聴かせてくれるみたいで良いではありませんか。
そして、何よりも、長い期間にわたってサクラを楽しめるというのは何よりです

トーハクでは、屋外だけではなく、館内でもサクラの競演が楽しめます。

そして、サクラに関連した展示を鑑賞しながら、本館内のところどころに置かれたエンボッサースタンプを集めてコンプリートすると、トーハクくん缶バッジをいただけるというお楽しみもあります。

で、ここから本館内の展示のことを書こうと思うのですが、その前に、庭園で観たこちらを…

庭園内の九条館の手前にあった燈籠なんですが、前からあったかな… と、写真を撮りました。
普通の石燈籠とは違う雰囲気が漂っていましたので…。

この燈籠、「大燈籠」という一般名詞なのか固有名詞なのか判らない名前がついていまして、実は、1908年に造られた「陶製」の燈籠なんだそうで、

京都で代々続く陶家・清水六兵衛(きよみずろくべえ)家の四代による作品。四代が61歳のときの作で、昭和13年(1938)に五代によって寄贈された。陶製の燈籠という、器にとどまらない四代の作風の幅の広さを伝えるものとして、大変貴重な作例である。

ですと

この「大燈籠」のことは、本館内の展示でその「いきさつ」を知ることになったのですが、この話も含めて、つづきは「後編」で。

つづき:2018/03/25 サクラといえば上野か? (後編)
     ※「大燈籠」のことは順延いたしました

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2018年度版「特製MISIA卓上カレンダー」が完成!

2018-03-24 09:19:01 | MISIA/日記・エッセイ・コラム

2018年度版「特製MISIA卓上カレンダー」印刷して、そして完成しました。

なかなか色鮮やかにできあがりましたぞ。
そして、ケースに入れるとこんな具合。

2018年度の特製MISIA卓上カレンダー

「2018年度版『特製MISIA卓上カレンダー』の版下がほぼ完成」に載せた版下をそのまま印刷すれば良いかといいますと、そんなことはなくて、構図とかとか調整して印刷しました。

まず、「四辺フチなし」で印刷しますと、原稿の四辺が微妙にカット(トリミング)されて構図がちょっと変わってしまったり、ケースの縁日付がかぶってしまったりします。
その辺りは、経験を元に構図を決めたつもりなのですが、実際に印刷してみると、やはり変だったしますので、そこを微調整

また、PCの画像で見ると、に印刷されたとがこれまた微妙に違っていて、特に地の色文字の色の組み合わせが難しい
「Mother Father Brother Sister」をフィーチャーした「4月」の場合、版下の段階では、休日ピンクにしていたのですが、印刷してみると、ピンクの文字が地の埋没してしまって、よく見えません
そこで、休日を茶色にして印刷し直しました。

そんな試行錯誤を経て、2018年度「特製MISIA卓上カレンダー」完成したわけですが、あれれ
ジャケ写日付を、1カ月ごとに左右入れ換えるつもりだったのに、2018年12月~2019年3月は、4カ月連続してジャケ写になってる

このミスは、版下がほぼできあがって、「2018年度版『特製MISIA卓上カレンダー』の版下がほぼ完成」を書いた時点であきらかだったのに、なぜ気づかなかったんだろか

それともう一つミスを見つけてしまいました。

それは、去年作った今月のカレンダー

ケースの縁にかかって見づらいのですが、

「Mar 2017」となっているではありませんか

なんでこうなった

もしかすると、今年の1~2月のも「2017年」になっているのではないかと、あわてて(あわてる必要はないのだけれど…) 見てみると、しっかりと「2018年」になっていました。
ふ~~ です。

それはそうと、「Mar 2017」となっている今月のカレンダー、あと1週間で今月は終わることですし、修正することなく、このまま通す ことにします。
どうせ自分専用のカレンダーですしね。

ということで、あまりめでたくないのですが、とりあえず、めでたし、めでたし

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「いたくま」が「2+2=4」になった!

2018-03-19 22:53:08 | タウンウオッチング/ニュース

3月15日の記事「もうすぐ『2+2=4』になる!」のつづきです。

首都高速板橋JCT熊野町JCTの間、「いたくま」4車線化工事が終わり、きのうの朝から4車線になったはず なのですが、それを確認できないまま、けさの通勤「いたくま」に向かいました。

私の常識には月曜日の朝金曜日の夜は道路が混雑する」というのがありまして、覚悟 して高島平から5号線に乗ったのですが、ちょっとだけ流れが早いような気がしました。

でも、その感覚志村料金所を通過するまでのことで、そこから先はいつもと大した違いはありませんでした

予想通り、中央環状線(C2)中野長者橋~西池袋の途中を先頭にした渋滞がいつものように発生していましたから、仕方ないといえば仕方ないのですが、4車線化なった「いたくま」まで行ってみて、その理由が理解できました。

首都高速道路会社は、

と、織込区間4車線になることで、C2の王子方面から来るクルマと5号線の高島平方面からクルマが、スムーズに織り込まれる として4車線化工事の意義を強調していたのですが、けさの「いたくま」では、C2を走り続けて新宿方面に向かおうとするクルマは合流地点からすぐさま右に進路変更しようとしていますし、5号線を走り続けて都心方面に向かおうとするクルマは合流地点からすぐさま左に車線変更しようとして、先週までと同様にグチャグチャ

ただ、先週までと違うのは、C2から「いたくま」5号線「乗り換え」都心方面に向かおうとするクルマたちが、他車線の渋滞を尻目に快調4車線のいちばん左の車線を走り抜けていたこと。

C2を走り続けるクルマたち、5号線を走り続けるクルマたちが、合流地点ですぐに車線変更するのではなくて、「いたくま」を十分に使って余裕を持って車線変更するようになれば、もうちょいとスムーズに流れるのではないか と思ったりして
もう少し日が経って、ドライバーが慣れてくれば、少しはスムーズになるのではなかろうかと期待はしています。

もっとも、山手トンネル渋滞は緩和される見込みがない のがネックではありますが…

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今年も埼玉県立近代美術館は楽しい (後編)

2018-03-18 21:19:49 | 美術館・博物館・アート

約1カ月ものインターバルがありましたが、「今年も埼玉県立近代美術館は楽しい (中編)」のつづき、ようやく企画展「版画の景色 -現代版画センターの軌跡-」見聞録です

毎度のことながら、埼玉県立近代美術館(MOMAS)ったら、フライヤーにも図録にも凝っています。
フライヤー妙な折り方をしたものが4種類あって、

開くと、

出品作品画像出品作家名はもちろん、長文の解説文はあるは、年表まで載っていて、これほどまでに文字情報の多いフライヤーはそうそうあるものではありません
また、「図録」がまた凝っていまして、

本書は以下の4種類の印刷物によって構成されている。

 [A] テキスト・ブック アンケート、
   エディション総目録、ニュース総目録など

 [B] ヴィジュアル・ブック
   出品作品カラー図録、作家略歴など

 [C] アトラス 地図と年表
 [D] ケース [A],[B],[C]を収納

収納の仕方-手前から[A],[B],[C]の順に重ねて[D]にセット、下⇒上⇒右⇒左の順に折りたたむ。

ですって
この図録見かけの奇抜さだけでなく、内容も、フライヤーに輪を掛けて情報量が多い

また、会場の入口手前には、現代版画センターが日本全国で開催した展覧会の一覧がデカいパネルになって展示されていまして、これまた凄い情報量 (下の写真は先月出かけた際に撮ったもの)

思わず、開催実績から知っている地名を探してしまったわけで、すると、わが故郷・秋田でもかなりの回数開催されていまして、そのほぼすべてといってもよいほど、会場は大曲画廊でした。
へぇ~ と思いつつ、会場へ…。

   

ところで、どうして1カ月も寝ていたこのシリーズを再開したのかといいますと、きょう2度目の観覧をしてきたからです。
さまざまな事情から「後編」を書けない状況が続く中、感想を書く前にもう一度拝見しておこうと思った次第です。

で、2回目「版画の景色」展は、前回と同様に楽しくて面白くて、いつもの「もらって帰れるとしたらどの作品を選ぶか」なんて、到底無理
もらって帰りたい作品が「てんこ盛り」だったのですが、とくに印象的な作品のことを書き残しておきたいと思います。

まずは、展覧会の冒頭を飾る靉嘔(敬称略、以下同)は、のセロファンを貼った「3Dメガネ」をかけて観たくなった「I love you」(11,111枚が1,000円で頒布されたんですと)や、靉嘔らしいの作品たちもさることながら、「1本のエッチングの線」シリーズ、とりわけ「V (プロフィールスⅢ)」がお気に入りでした。
小田襄「銀世界-夢」(鏡のようにつるっつるの金属板にプリント?)おしゃれ極まりなかったし、関根伸夫「おちるリンゴ」幽体離脱っぽくて楽しいし、菅井汲のアクリル製の直方体にプリントした「赤い太陽」「青い星」はペーパーウエイトに使いたくなったし岡本信治郞「つばめ」はなんともかわいらしい(どうしてSL「伍長」階級章をつけているんだろうか?)加山又造「レースをまとう人魚」「妖艶」としか形容できなかったし、宮脇愛子「UTSUROHI BLUE」シリーズは気持ち良い緊張感と伸びやかさに満ちていたし、舟越保武「若い女」シリーズは、アイボリー色雁皮紙が、舟越保武の石彫り作品を連想させてくれたし、アンディ・ウォーホル「KIKU」シリーズはブラックライトを当てたら光ったりして…」なんて思ったりと、ホント、ホント、楽しかった

そんな中、一番驚いたのは、建築家・磯崎新の作品たちでした。
どの作品も、無機的に描かれた建築物遠近感にあふれたものなのですが、カッコイイったらありませんでした
この「版画の景色」展での最高の拾いものは、磯崎新の作品だったような気がします。

ところで、この記事を書いている最中に知ったのですが、磯崎新宮脇愛子とはご夫婦なんですな

   

ところで、この「版画の景色」展どんな展覧会なのかといいますと、MOMASのHPから引用しますと、

多くの人々が手にすることのできる「版画」というメディアの特性を生かし、その普及とコレクターの育成を目ざして誕生した「現代版画センター」(1974-85)。同センターは10年あまりの活動の中で、およそ80人におよぶ美術家と協力して700点を超える作品を次々に世に送り出し、同時代の美術の一角を牽引したことで知られています。(中略)
またセンターの活動は版画の制作にとどまりませんでした。数多くの美術家や批評家が寄稿した「現代版画センターニュース」や、主催の展覧会カタログを中心とする出版事業を活発に行い、美術界に大きな影響を与えたことが注目されます。
こうした活動は、版画表現の可能性を最大限に追い求めた時代の熱気を今に伝えます。本展覧会は、現代版画センターが制作した作品と資料から、その活動の軌跡をたどります。

というもの。
展示されていたのは、フツー2Dの版画だけでなく、3D作品あり、映像作品あり、豊富な文献資料ありと、これもまた情報量が多い

文献資料の中では、「世界一のウォーホル・ウォッチャー」だったいう栗山豊さんが蒐集したウォーホル関連資料胸を打ちましたし、この記事の前半に登場した秋田・大曲画廊が発行していたニューズレター(原稿は手書き)の何冊ものファイルもまた来ました~
改竄があったかもしれない公文書よりも、ずっとずっと貴重な文献かもしれませんぞ

ウォーホルといえば、1983年7月24日~8月20日宇都宮市にある大谷町屏風岩アート・ポイントで開催された「巨大地下空間とウォーホル展」写真(撮影:村井修)が凄かった…、っつうか、行ってみたかったぁ~でした。

大谷石採掘場で開催されたというこの展覧会、

外気との温度差30、そのため上空にがうずまく幻想的な会場となりました。

だそうです。
ますます行ってみたかったぁ~  です。

そうそう、展覧会の最後に展示されていた現代版画センター関連の展覧会のポスターが、どれもこれもツボに入って困りました
中でも「元永定正いちにさんぽ展」(1983年)のポスター(デザイン:浪漫堂)良かったぁ~

画面の半分地図が占めるという思いがけない構図はもちろんのこと、色づかいイイし、タイポグラフィーイイし、そして、地図のデザイン最高

   

この展覧会の出品リストは、A3サイズを二つ折りした2枚組、つまりA4サイズで8ページにも及ぶことから想像できるように、出品作品多い
加えて、「お持ち帰りしたい作品」目白押しだし、情報密度の高さときたら、もう…

こう言っては失礼かもしれませんが、今は亡き「現代版画センター」の歴史を後世に残す展覧会のような気がします。

江戸時代からオリジナルの版画「錦絵」として庶民をも相手に広く販売され、庶民がそれを所有していたということは、よくよく考えれば、世界的にも凄い歴史じゃなかろうか…
そして、その再現を目指したのが、現代版画センターの活動だったのではないかと思ったりして…。

ちなみに私、エディションナンバーが記された版画3点(うち2点は山口晃画伯の作品)と、手刷りだという浮世絵版画の復刻版1所有しておりますです。

それはともかく、MOMASでの「版画の景色」展来週日曜日(3月25日)まで
ちょっとでも興味がわきましたら、是非北浦和までお出かけくださいませ。
来週末にはサクラも楽しめるかもしれませんよ。

【追記】この日、常設展「MOMASコレクション」も約1ヶ月ぶりに楽しみまして、「とう・かたる - 人と美術の出会いの中で」では、3作品にコメントを書いてきました。
このコーナー、観覧者が備え付けの付箋紙に書いたコメントを、学芸員さん厳選(?)して作品の隣に貼りつけてくれているのですが、これが面白い

この日読んだコメントで最高 だったのは、

レオナール・フジタ「横たわる裸婦と猫」

上に載せたレオナール・フジタ「横たわる裸婦と猫」に寄せられたコメントでした。

「この人はどのようなことを考えていると思いますか?」という設問に対するコメントが、

ぱじゃまがない

あからさまですなぁ~ (2018/03/21 22:09)

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なぜこの記事が?

2018-03-17 08:20:19 | 日記・エッセイ・コラム

しばしば、このブログへのアクセス状況を眺めているのですが、ここ数日、記事ごとの閲覧数(PV)です。

以前は、最新の記事トップページPV最上位に位置するのが「普通」だったのですが、きのう、3月16日のPV TOP5はこんな具合。

3月5日「2017年3度目の関西旅行記 #3-9(完結編)」(以下、「2017-3関西旅行記(完)」)が1位で、2016年11月の古い記事「『まる・さんかく・しかく』は禅の真髄か? (前編)」(以下、「まる・さんかく・しかく(前)」)が2位さらに古い記事、2011年2月の「飛行機へのZippoの持ち込みについて」(以下、「Zippo」)が4に入っています。

3月15日のPV TOP5は、

やはり「2017-3関西旅行記(完)」1位で、「まる・さんかく・しかく(前)」「Zippo」も上位に入っています。

実は、この「2017-3関西旅行記(完)」3月12日以降、5日連続TOP

この記事がランクインした3月6日以降の、PV上位の記事の順位を整理するとこんな感じなりました。

「2017-3関西旅行記(完)」4位で初登場すると、翌日には15位、さらにその翌日にはランク外に去ったのですが、どうしたことか3月12日に一気1位として再登場すると、そこからは5日連続してTOP

しかも、PV数は、2位2~3倍の数値で、圧倒的です

どうしてこの記事がこんなに、そして、間を置いてPVを集めるようになったのか、さっぱり判りません
何度読み返しても、どぉ~ってことのない記事で、理解できない…
理解できない点では、「まる・さんかく・しかく(前)」「Zippo」も同様です。

ちなみに、古い記事なのに上位の常連になっている「鉄と鉃・鐵、証と證」(2009/8/25)と「井桁と菱を調べてみた話」(2014/7/26)は、「Zippo」と共に根強い人気(?)を保っている記事なんですが、この2本の記事は、気合いを入れて調べて書いた記事ですから、こんなふうに読んでくれる人たちがたくさんいらっしゃることはうれしいものです

そうそう、「鉄と鉃・鐵、証と證」については、

(2013年1月20日)17:05~17:09、17:48~18:51、19:28~19:35の3波にわたって、Googleのポータル「https://www.google.co.jp/」(“httpsっつうことは、Googleにログインしてる…)から、2009年8月25日の記事「鉄と鉃・鐵、証と證」にアクセスすること、総数1,134回

なんてこともありましたっけ… (記事はこちら)

というわけで(どういうわけだ? )、結局、謎のままでごさいます
ただ、ヘタなことを書いたらまずい ということだけは確かなようです。

オチがなくて申しわけございませぬ。

【追記】けさ(3月18日)、NHK「日曜美術館」を観ていたら、きょうは、もうすぐMCを卒業されるらしい井浦新さんをフィーチャーした特別編「○△□の伝言~井浦新“にっぽん”美の旅4でした。
内容は、

自然豊かな日本に息づく素朴な信仰“アニミズム”。そこから生まれた不思議な○△□の美。井浦新が最後の旅で出会った日本人の魂の原点ともいえるものとは?

井浦新は自然界のあらゆるものには精霊や神々が宿るという“アニミズム”の信仰に心ひかれてきた。今回の旅では奄美大島の祭りで島独特の祈りの姿を体験、更に衣装に込められた△の形の謎を追う。そして九州の装飾古墳に描かれたの意味とは?秋田ではストーンサークルの遺跡から発掘された□の土版を見て絶句!旅の最後はマタギの里へ。そこに現在まで息づく“アニミズム”の信仰を見る。

というもので、「日本人の歴史」の観点からも見応えがあったのですが、何よりも○△□がキーワードになっていたことにドキッ
「禅」が渡来するよりもずっとずっとずっと前からが日本人の頭の中に染みついていたことを知ることができたのは大きな収穫でした。

で、もしかすると、私のブログの「まる・さんかく・しかく(前)」にもアクセスが集まっているかも…と思って、「リアルタイム解析」なる機能を使って直近6時間のPV上位の記事を覗いてみたところ、案の上、「まる・さんかく・しかく(前)」が堂々のトップ しかも9時ちょいすぎからアクセスが一気に増えていました…。

現時点でのPV上位を見ますと、

3月18日16:30頃のPV上位記事

やはり「まる・さんかく・しかく(前)」が依然としてトップを守っています。
なるほどねぇ~

それにしても、1~4位が、この記事で取り上げた過去記事だってのが、ちょいと複雑な気分ではあります。(2018/03/18 17:02)

【さらに追記】来週の「日曜美術館」は、「岡本太郎『太陽の塔』井浦新が見た生命の根源」だそうで、太陽の塔大好き の私としては、激しく楽しみです。(岡本太郎記念館訪問記こちら)

3月25日の日曜美術館

ただし、注意するべきは、高校野球中継のため、本放送午後8時(いつもの再放送枠)で、高校野球が雨天中止になった場合のみ、朝9時からも放送するのだとか。

「日曜美術館」ファンにとって、春と夏の高校野球邪魔者以外の何ものでもありませぬ (2018/03/18 17:21)

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