新・徒然煙草の咄嗟日記

つれづれなるまゝに日くらしPCにむかひて心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく紫煙に託せばあやしうこそものぐるほしけれ

私にとってのきょう一番のニュース

2015-11-30 22:54:17 | ニュース

私が一番最近(といっても十数年前ですが)購入した岩波書店は、こちらです。

愛蔵版 妖怪図談

 

愛蔵版 妖怪画談
水木 しげる
岩波書店

水木しげるさんの「愛蔵版 妖怪画談」です。

岩波書店といえば、眉間にしわを寄せて読むような本ばかりを出版しているようなイメージなのですが(私だけじゃないですよネ)、こんな楽しい本も出版しているのですよ

本棚から久しぶりにこの本を取り出し、ページを繰っていると、この妖怪Deja Vu

「やろか水」という、「昔、尾張(愛知県西部)とか美濃(岐阜県南部)で、木曽川にまつわる話としてよく聞かれたものである」もので、

大雨の降り続いたとき、川の上流からしきりに「遣(や)ろうか、遣ろうか」という声がする。
村の人々は皆気味悪がって黙っていたのに、中の一人がなんと思ったのか、
  「よこさば、よこせ」
と返事をした。すると流れは急に増して、みるみるうちに、あたり一帯は海のようになってしまった。
この水を“遣(や)ろか水”という。
(中略)
「遣ろうか、遣ろうか」とは、挑発的な言い方で、思わず売り言葉に買い言葉の返事をしたくなるが、そこが妖怪の狙い目だ。

だそうです。
この絵と説明を見て思ったのは、

もしかして、「やろか水」は、あの「平成の妖怪」元ネタ?

ということ。

妖怪どうしたろうかしゃん

そう、「平成の指示待ち妖怪どうしたろうかしゃん」です
うん、うん、イラストの感じとか、妖怪の名前とか、きっとそうだ

この「平成の指示待ち妖怪どうしたろうかしゃん」は、今年の大晦日NHKホール出現しそうな予感があるのですが、それはともかく、私にとってきょう一番のニュースは、

水木しげるさん死去

でした

「ゲゲゲの鬼太郎」や「悪魔くん」など妖怪をテーマにした作品で知られる漫画家の水木しげるさんが、30日朝、東京都内の病院で多臓器不全のために亡くなりました。93歳でした。

水木さんは高齢でいらっしゃいましたから、遠からぬ時期にこうしたニュースを耳にするだろうなとは思っていましたが(わずか1か月半前熊倉一雄さんの訃報を聞いていましたし)、実際に水木さんが亡くなられたニュースを聞くと、「20世紀少年」たる私としては、やはり悲しいし、淋しい

境港駅前の銅像

でも、水木さんの場合は、大往生といってもよい年齢ですし、あの世で、大勢の妖怪たち熊倉さんなんかと、

ゲ、ゲ、ゲっゲゲ~のゲ~

楽しく歌っていそうです。

水木さんから与えていただいた大きな楽しみ思い出に深く感謝しつつ、合掌

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今年二度目の関西旅行記(その13)高野山編⑥

2015-11-28 23:31:12 | 旅行記

「今年二度目の関西旅行記」シリーズを再開することにいたしまして、「その12」のつづきです。

金剛峯寺を後にした私は、蛇腹道を通って壇上伽藍へと向かいました。

蛇腹道は、

伽藍入り口から東塔東側付近までのびる小道を「蛇腹路」と呼びます。高野山はお大師さまが「東西に龍の臥せるがごとく」と形容され、壇上伽藍を頭として現在の蓮花院(れんげいん)までを龍が臥している形に例えたのでした。そして、ちょうどこの小道が龍のお腹付近にあたることから蛇腹路と呼ばれるようになりました。

というものなのですが、私としては蛇腹道の両側に並べられているキャンドルにんまり
このキャンドルは、「Misia Candle Night」の会場への道標ですからねぇ。

加えて、今年初めて見る紅葉に、自然とニコニコしてしまいます。

と、ミー友「群馬の御大から声をかけられました

あ、どうも~

と挨拶を交わしましたが、妙にニコニコしているところを見られたかも・・・

   

そして、壇上伽藍到着

写真の右側に並んでいる建物は、手前から、「東塔」「大会堂(だいえどう)「根本大塔」なんですが、奥に見える根本大塔デカい

私、根本大塔は、その形から、あちこちで拝見する多宝塔と同じような大きさ(東塔くらいの大きさ)だと思っていたのですが、東塔よりも二回り、いや三回りほどデカい

これは衝撃でした。
まさしく「百聞は一見に如かず」ってヤツです。

はやる心を抑えつつ、まずは手前にある不動堂を拝観しました。

高野山・不動堂

濃緑目に鮮やか根本大塔とは対照的に地味不動堂ですが、国宝建造物です

建久8年(1197年)、鳥羽上皇の皇女である八條女院(はちじょうにょいん)内親王というお方が発願され、行勝(ぎょうしょう)上人によって建立されました。もともと一心院谷(現在の金輪塔<きんりんとう>所在地付近)に建てられていましたが、後世になって伽藍へ移築されました。現在の建物は14世紀前半に再建されたものです。お堂の四隅はすべて形が違い、四人の工匠(こうしょう)がそれぞれの随意に造ったためと伝えられています。当初は阿弥陀堂であったと推定されていますが、後に不動明王を本尊とし、八大童子(はちだいどうじ)が奉安されました。

というわけで、蔀戸(しとみど)印象的です。

ところで、1200年の歴史を誇る高野山ですが、国宝建造物は意外に少ない

こちらの和歌山県のサイトで判るように、高野山には国宝に指定されている「美術工芸品」は多いものの、建造物となると、国宝に指定されているのはこの不動堂金剛三昧院多宝塔だけ。

織田信長の焼き討ちにあったという比叡山と違って、高野山には戦災の話を聞かないのですが(信長は高野山とも対立した)、どうしたことなのでしょうか?

年表を見ると、何度も落雷による火災が発生したようです。

高野山に限らず、お城とかお寺とか、落雷焼失してしまった話はあちこちにあります。
一方で、現代では落雷で火事が発生したなんて話は、森林火災なんぞくらいしかないような気がするのですがねぇ…

と、なんとも中途半端ですが、きょうはここまで。なんとも眠い・・・

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150,000km

2015-11-27 23:38:09 | 日記・エッセイ・コラム

私が、人生初自動車通勤を始めたのは、まだ日本全体が沈んでいた2011年4月のことでした。

新車で買ってから3年8か月わずか1万㎞ちょっとしか走っていなかったマイカーは、以来、3万km/年のペースで走り続けてきました。

そして、初めてキリ番を迎えたクルマのオドメーターを撮影したのが、2013年6月27日のこと(記事はこちら)。

朝の強い光が斜めに差して、ホコリが目立ちます・・・

それはともかく、4ヶ月後の10月29日には「88888km」(記事はこちら)、そのまた4ヶ月後の2014年3月21日には「99999km」「100000km」(記事はこちら)、さらにそのまた4か月+α後の8月9日には「111111km」東北道を北上中だったもので写真ありませぬ)と、順調にゾロ目をクリアしていきました。
でも、「ゾロ目シリーズ」は、さすがにこれで打ち止めでしょうなぁ。

ということで、次に撮影を狙って、約1年前の2014年12月22日に、見事にgetしたのがこちら

123456km

「123456km」(記事はこちら

   

前振りが長くなりました

今朝通勤、久しぶりの「キリ番」になりました。

15万㎞「150,000km」でございます

15万kmって、計算してみると、「77777km」ほぼ2回通過したことになるんだ・・・

「キリ番」も、次の「160,000km」最後になりそう、、、っつうか、来年の車検時期を契機に、愛車買い替えを考えています。

クルマの調子は悪くないのだけれど、そろそろ潮時かな、と・・・

   

ところで、今日の帰宅時、フロントウインドに何やら動くモノを見つけました

それは、体長5cmほどのクモ

始めは、フロントウインドの外にいるだろうと思いましたが、信号待ちの間をとらえてしげしげと観察すると、クモはフロントウインドの内側、つまりクルマの中にいます

どこから、いつの間にクルマの中に侵入したのでしょうか…

何をしているのか、このクモは、フロントウインドの内側をひそひそとあっちへ行ったりこっちへ来たりと動き回っていました。
私、クモが好き ということはありませんが、見つけるや否や殺したり追い出したりする習慣はございませんので、そのままクモを遊ばせておきました。

帰路の大和市内から世田谷区までクモの存在を確認していましたけれど、その後、自宅までの間には見かけなくなりました。どこへ行ったのでしょうか?

週明けの出勤時、車内にを張っていたら笑うなぁ

【追記】冒頭に、「人生初自動車通勤」云々と書いてしまいましたが、よくよく考えてみれば広島でも自動車通勤をしていました
いかんなぁ~、ウソを書いちゃ・・・

それと、金曜日の夜にクルマのフロントウインドの内側でうごめいていたクモ行方不明のままです。
そして、もちろん車内にをはっていたりしませんでした (2015/11/30 21:12)

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「オルフェンズの涙」についての私見

2015-11-26 23:30:43 | MISIA

きのう、11月25日は、MISIANEW SINGLE CD「オルフェンズの涙」発売日でした。

私の元へは、予定どおり、予約していた通販サイトから、発売日前日の「店着日」特典ポスターと一緒に「初回生産限定版」が届いていまして、さっそくその夜からヘビロテを開始しました。

私がタイトル曲の「オルフェンズの涙」初めて聴いたのは、9月21日「Misia Candle Night」河口湖初日でした。

この曲の第一印象は、「シルバーウィークの『Misia Candle Night』は・・・(後編)」から転記しますと、

鷺巣詩郎さんの曲だそうで、いかにも鷺巣さん の作品らしく、凝りまくりというか複雑というか何というか・・・
いったい何回転調しているんでしょうか
MISIA曰く、「難しい曲で、何度も練習しました。(バンドに)だそうです。

というもので、ちょっと… なもの。

そして、届いた「初回生産限定版」には、なかなか と思っていた「通常盤」ジャケ写カケラもなくて、ちょっとガッカリ…

通

それでも、気をとりなおして、NAS(ネットワークHD)コピーして、メインPCiTunesに取り込んで、それをiPod Touchに取り込んで、寝室のブルーレイレコーダーコピーして、、、と、着々とルーティーンをこなしました。

ただ、特典のポスターは、送られてきたときのまま、包装紙に包まれた円柱の状態のままです。
何せ私、ガンダムに対する関心が極めて希薄でございまして…

それはともかく、このルーティーンの中で、気がついたことがあります。

それは、「オルフェンズの涙」NAS(ネットワークHD)に取り込む過程で見た、この曲の波形

かなりの部分が最大振幅まで振り切っていて、「MISIA星空のライヴVIII 東京初日のこと など」で書いた(引用した)

通称「ワカメ波形」あるいは「海苔波形」などと呼ばれ、音の壁を築き上げたような状態

そのものではなかろうか

ちなみに、「花」の波形はどうかといいますと、、、、

違い歴然としています

素人考えながら、上下を切ったような波形を作っちゃダメだろう と思ったりして…

   

とか思いながらも、「オルフェンズの涙」ヘビロテするうち、ちょっと印象が変わってきました。

何度聴いても転調の多さが気になるものの、「記憶」よりはマシだし、何よりもスケールの大きさが感じられます。
とりわけ、

宇宙が歌う 哀を歌う 君へと歌うブルース

のあとの移調ビビビビビッ と来ます

でもやっぱり、編曲凝りすぎだと思う…

一方、「MISIA星空のライヴVIII -MOON JOURNEY-」で聴くたびに、しみじみと「良い曲だぁ…と思い、ときどきが出そうになっていた「花」、やはりこの曲はイイ

タイトルはもう一ひねりも二ひねりもほしいところですが、一昨年の「Misia Candle Night」での「Jewelry」や、去年の「Misia Candle Night」での「時には昔の話を」と同様に、MISIAの声域の一番ステキなところを堪能できる曲だと思いますゾ

そして「オルフェンズの涙 初回生産限定版に収録されているもう1曲、「EDGE OF THIS WORLD (Gomi’s Feature House Remix)」は、ちょっと期待ハズレでした
もともと大好きな曲「EDGE OF THIS WORLD 」だっただけに、Originalを超えるのは難しいとは思っていましたけれど、やはり…
GomiさんのRemixは、ちょっとPOP過ぎて、「EDGE OF THIS WORLD 」には合わないと思うのは私だけでしょうか?

わたし的に MISIA Remix Best 3の、「Sweetness (Remixed By Satoshi Tomiie)」「Everything (Hex Hector's Club Mix)」「SHININ' Joaquin "Joe" Claussell Remix」に迫るデキのRemixに出逢えないのが残念です。

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祝 記事2300本!

2015-11-24 23:09:09 | 日記・エッセイ・コラム

一昨日の記事「今年二度目の関西旅行記(その12)高野山編⑤」が、このブログ(前身の「徒然煙草の徒然日記」を含む)2,300本目の記事でした。

となれば、恒例まとめ記事を書かずにはおられません

まずは、キリ番一覧から。

100本目
200本目
300本目
400本目
500本目
09/04/05
09/06/19
09/09/02
09/11/16
10/01/29
73日間
74日間
73日間
74日間
73日間
  花見に行ってきました
イントゥザライト、出走!
「火の鳥」第1・4巻を持ち帰った
エゾシカの寿司!?
J.D.サリンジャーの訃報
600本目
700本目
800本目
900本目
1000本目
10/04/24
10/07/23
10/10/16
11/01/16
11/04/17
85日間
89日間
83日間
90日間
91日間
  あれ? 「のだめ24巻」がきょう届く?
「空頭」って?
大宮を出発
アールデコの楽園であ~る
さすがに北海道は寒いぞ
1100本目
1200本目
1300本目
1400本目
1500本目
11/08/05
11/12/11
12/03/28
12/07/22
12/11/26
108日間
126日間
107日間
114日間
124日間
  頼朝さんはかっこよかった!(その4:完結編)
これから帰ります
今日の通勤"も"往復とも散々…
フェルメールの2点の「真珠」が上野に来訪中(その6)
予定を変更して…
1600本目
1700本目
1800本目

1900本目
2000本目
13/03/25
13/07/31
13/12/14

14/04/01
14/08/11
119日間
126日間
134日間

107日間
130日間
  MISIA星空のライヴVII 東京2days(ネタバレ大あり)
相変わらずコメントスパムがやって来る
MISIA 星空のライヴVII 秋田公演は実質的に「アレックス追悼公演」でした
きょうにうってつけのニュースを発見
徒然煙草@「徒然草」展 (後編)
2100本目
2200本目
2300本目
14/12/31
15/06/04
15/11/22
140日間
156日間
166日間
  MISIAのプレイリストをつくってみた
名古屋旅行記(その17)
今年二度目の関西旅行記(その12)高野山編⑤

不本意ながら、記事を書くペースはますます落ちて2,200~2,300本目100本の記事を書くのに要した期間は166日間と、過去最長を更新してしまいました。

だからといって慌てることなんてことはなく、マイペースで書いていきますので、そこんとこ、よろしくお願いいたします。

さて、例によって、ジャンル別の記事本数を書きましょう。
まず、2,300本トータルの順位は、首位攻防激化しておりまして、

1位:MISIA 569本、2位:美術館・博物館・アート 568本、
3位:日記・エッセイ 544本、
4位:旅行記 523本、5位:ニュース 521本
  最下位:トイレからの脱出 14本

と、「美術館・博物館・アート」グングン「MISIA」に迫っています。そして、それ以上の勢いで記事数を増やして、401~2,000本目に亘って長らく首位keepしていた「日記・エッセイ・コラム」脅かしているのが、「旅行記」

この状況から想像できるとおり、2,201~2,300本100本の記事数だと、

1位:旅行記 44本、2位:美術館・博物館・アート 26本、3位:MISIA 24本、
4位:タウンウオッチング 11本、5位:日記・エッセイニュース 各7本

「旅行記」ダントツ首位です。

「祝 記事2200本!」では、

一方で、淡々と美術館・博物館巡りには出かけそうで、こりゃ「美術館・博物館・アート」「奪首」(スポーツ新聞用語)は必至ですな。

と書いたのですが、現在、「今年二度目の関西旅行記」書きかけなのに加えて、信州旅行記未着手ですから、「旅行記」優位のこの傾向は、しばらく続きそうです。

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特製「MISIA卓上カレンダー」のその後

2015-11-23 10:28:27 | MISIA

自宅のPCの傍らには、特製「2015年 MISIA卓上カレンダー」が鎮座しています。

この卓上カレンダーは、こちらで書いたように、

12枚のカレンダーは、私のデジタルコレクションから選び抜いた写真(公開されていたもののみ)を使用しまして、

というものです。
そのカレンダーも、っつうか、家の中にあるカレンダーすべてが、残り1枚ちょっとの状況にあり、ジワジワと来年のカレンダーも手に入りつつあります。

ここでふと疑問がわいてきました。

カレンダーは1~12月である必要があるのだろうか?

ということ。
「2015年 MISIA卓上カレンダー」は、勤務先の休日・出勤日を反映させていまして、勤務先のカレンダーは年度末(3月末)に決まりますので、去年「2015年 MISIA卓上カレンダー」を作ったときは、

休日の表示は私の勤務カレンダー予想に入れてありますし、

という状況でした。
一方で、来年3月まで勤務カレンダーは決まっています。

それならば、年度でカレンダーを作ってしまえばよかろう

ということで、今年のカレンダーの意匠そのままに、来年1~3月のカレンダーを制作しました。
来年1月のデザインはこちらです。

そして、2月と3月のカレンダーがこちら

これで来年3月までは大丈夫です

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今年二度目の関西旅行記(その12)高野山編⑤

2015-11-22 10:14:30 | 旅行記

「今年二度目の関西旅行記(その11)高野山編④」のつづきは、「狭義」高野山真言宗総本山金剛峯寺のお話です。

大主殿でご本尊の弘法大師にお参りした後、金剛峯寺の拝観かたがた、お茶ご接待を受けるべく、新別殿を目指しました。

大主殿と別殿を繋ぐ渡り廊下の傍らには枯山水

こぢんまりとした枯山水ながら、結構トキメキながら渡り廊下を通って別殿区域に入り、新別殿で、お茶とお菓子をいただきました。

新別殿は、リーフレットによれば、

昭和59年(1984)の弘法大師御入定1150年御遠忌大法会執行に、大勢の参詣者の接待のため、記念事業の一環として同年1月に新設された。

とあるとおり新しい建物で、旅館の大広間といった風情。
但し、床の間に掲げられているのが、弘法大師御影と、金剛界・胎蔵界文字曼荼羅というのが、金剛峯寺ならではです。

そして、法話を聞かせていただけるのも、お寺ならでは

この日は、明治末期まで女人禁制だった高野山ではまだ数少ないらしい尼さんの法話をお聞きしました。

両界曼荼羅とは何かといった話は、ぼんやりとしか理解できませんでしたが、

人間には誰にも役割があって、この世の中で不要の人、生きる価値のない人なんていない。
曼荼羅に描かれた無数の仏さまがそれぞれ得意分野や担当分野を持っているように、どんな人も得意分野や担当分野を持っている
縁あって両親から授かった命を大切にして、決して諦めることなく、自分の得意分野や担当分野を見つけましょう。

というお話(かなりの要約・意訳です)は、私の心に響きました

この記事を書くにあたって調べてみると、この日、法話をしてくださった尼さんは、本山布教師浅田慈照さんだったようです。

   

心が洗われた気分で、新別殿を出、別殿エリアを拝観しました。

高野山では紅葉が始まったばかりの段階でした。
そして、こちらの眺め紅葉とは無縁

かと思いきや、年がら年中、ジッと変化なく佇んでいると思いがちの石庭ですが、背景の佇まいの変化表情を変えるんでしょうなぁ。

「蟠龍庭」というこの石庭は、

石庭としては我国最大の庭(2,340平方メートル)である。雲海の中で雌雄一対の龍が、奥殿を守っているように表現されている。龍は四国産の青い花崗岩140個。雲海には京都の白い砂が使われている。

なのだそうです。

それにしても雄大な石庭だぁ

   

参観ルートを辿って大主殿に戻り、台所を拝見

大きな(かまど)に、

大きな (三つの釜で2石=約2,000人分のご飯が炊けるのだとか)

寺院のバックヤードたる台所を拝見しつつも、私の目小屋組に向いてしまうのはいつものことです

かなり満足して金剛峯寺を後にした私、奥之院に向かう前に、「第28回世界遺産劇場-高野山- 高野山開創1200年記念 Misia Candle Night」の会場となる壇上伽藍に足を運んだのでありました。

この「コンサート会場」の方向を示す貼り紙、知らない人が見たら何が何やら意味不明かも・・・

実際、金剛峯寺前の駐車場に設けられたコンサート・グッズ売り場では、通りすがりの観光客が、

何でMISIAのモノを売ってるの?

と疑問を呈しておりました

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私の歯が!

2015-11-21 12:28:54 | 日記・エッセイ・コラム

一週間前くらいから、冷たい飲み物と熱いい飲み物滲みるっつうか、歯ぐきにキツい鈍痛を感じていまして、きょう、歯医者に行ってきました。

私、歯医者とは縁遠くて、近くでは歯肉炎治療&歯石除去で通ったときが6年前で、親知らず2本続けざまに抜かれたのがウン十年前で、その前となると、私の永久歯に唯一痕跡が残る治療をした中学生の頃です。

歯の丈夫さに自信を持っていた私は、ただの知覚過敏のようなものかと思ったのですが、診ていただくと、虫歯ができていて神経にまで達しているのだとか

さっそく、歯を削りまくり神経ゴシゴシと掻き出していただきました。

つまり、何十年ぶりかで、私の歯にドリルが食い込んだわけです。
いや、「歯にドリルが食い込んだ」どころではなく、歯の露出部分のほとんどがドリルで破壊されました。

これから一週間おきに何回も歯医者通いが必要なのだそうで、かなり憂鬱です。
でも、虫歯は自然治癒しない自然治癒するという話もある)と聞いていますので、このタイミングで歯医者に行き始めて良かったのかもしれません(痛みに耐える日々を短縮できた、歯根を残せたという意味で)。

今現在、まだ麻酔が効いていて、口の中と唇の一部がビリビリしています。

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雨ニモ負ケズ、行列ノ長サニモ負ケズ(番外編)

2015-11-17 22:52:45 | タウンウオッチング

「雨ニモ負ケズ、行列ノ長サニモ負ケズ」シリーズの番外編です。

首都圏外郭放水路の見学を終えた私、帰りはバスにしようかと考えていました。
シャトルバスの乗り場の行列がかなり短くなっていましたから。

そして、その列に並んだところ、後ろに並んでいた人がバスのチケット(200円)を販売していたおじさんに、「駅までどのくらいかかりますか?と聞いたところ、返ってきた答は、

30分くらいですかねぇ。歩いても一緒ですよ。

ですと
正直というか、商売っ気がないというか・・・
それはともかく、この会話を聞いた私は、バス待ちの列を離れ、徒歩南桜井駅へと向かったのでした。

まさか、オフィシャルには「徒歩40分」とされていた南桜井駅首都圏外郭放水路の区間を往復歩くことになろうとは、まったく想像しておりませんでした。

首都圏外郭放水路から南桜井駅に向かう途中、帰りの経路を考えました。
ケータイで、南桜井駅から自宅最寄り駅までの経路探索をすると、面白い事実が明らかになりました。

まず、往路の逆のルートAルート)だと、

帰りのルートA案

所要時間は51で、運賃は525円です、最寄り駅への到着予定時刻は16:38です。

ところが、経路探索結果冒頭にあったのは、こちらのルート(Bルート)でした。

乗り換えは1回増えますが、所要時間は45分で、運賃は524円、そして自宅最寄り駅への到着予定時刻は16:22です。

距離は1割以上も伸びるのに、自宅最寄り駅へは16分早く到着できます

結局、経路探索結果お薦めの、遠回りだけど、安くて早い

南桜井駅東武アーバンパークライン春日部駅東武スカイツリーライン新越谷駅⇒徒歩南越谷駅武蔵野線最寄り駅

というBルートで帰りました。

ここで注目したいのは、上記の2ルートの運賃の差額です。

差額は1円

どうしてこんなことが起こるのかと言いますと、JR東武乗車距離運賃体系の違いによるものです。

整理しますと、

Aルート:東武 20.6km 360円 + JR 7.4km 165円 計 28.0km 525円
Bルート:東武 17.8km 308円 + JR 13.7km 216円 計 31.5km 524円

電車・バスの運賃10円刻みだった頃にはあり得なかった現象ですなぁ

それにしても、春日部駅から「中央林間行き」の電車に乗るのには、やはり違和感があります。

そしてやって来た電車は、

久しぶりに見る ステンレスの波板を使った東急の車両でした

昔は日比谷線でよく見かけたものでしたっけ・・・

ちなみに、この日の私の歩数16,544歩
いやぁ~、歩いた歩いた・・・。

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雨ニモ負ケズ、行列ノ長サニモ負ケズ(後編)

2015-11-16 23:49:15 | タウンウオッチング

「雨ニモ負ケズ、行列ノ長サニモ負ケズ(中編)」のつづきです。

きょうは「小春日和的に暖かい日でしたが、首都圏外郭放水路特別公開が行われた土曜日は寒かった・・・

そぼ降る雨の中、ただひたすら2時間も傘を持って行列に並んでいるうち、今シーズン初めて手がかじかみました
寒さには強い方だと自負している私でもこういう状況でしたから、寒さに弱い人には厳しかったと思います。

それでも、私は調圧水槽に入れたから良いものの、タイムアウトで見られなかった人少なからずいたようです。

私が行列に並んでいた13時ちょい過ぎ頃、シャトルバスが到着しました。
満員近い人たちがバスから下りてきたのですが、行列の中からは「かわいそうに・・・ということばが漏れていました。
この時間から行列の最後尾についても、入場〆切15時までに調圧水槽の入口にたどり着くのはほぼ不可能だったからです。(このちょっと前、入場に要する時間は3時間だというアナウンスが流れていました)
シャトルバス乗り場には、ちゃんと情報が伝わっていたのでしょうかねぇ・・・

   

さて、この日は、「彩龍の川まつり」ということで、食べ物や古着・古物の屋台の他、場所柄、防災関係のアトラクションが行われていました。
例えば、煙の充満したトンネルの通行体験とか、起震車とか、消火器を使った的当てゲームとか。
驚いたのは、こんな「防災体験」をした人や、アンケート回答者に、気前よく非常食がプレゼントされていたことです。
こんなに大放出して大丈夫なのか? と心配しましたが、その非常食が入っていた箱を見て納得・・・

今月が賞味期限でした。
賞味期限の迫った非常食を、タダでも多くの人たちに配って試食してもらうというのは、良いアイデアだと思いました。
イヤでも来月には廃棄しなければならないのですから・・・。

   

私は、調圧水槽から地上に戻ると、トイレに行って(寒いものだから近くなる)、そして一服
この時点で、時刻は14:20

イベントが終わるまで1時間ほどありましたので、「地底探検ミュージアム 龍Q館」と、

「年に一度の公開だというポンプ室も見物することにしました。

まず、「地底探検ミュージアム 龍Q館」が入っている管理棟っぽい建物に入りますと、、、

コバトンがいました(お隣は、庄和商工会のゆるキャラ「しょうたん」らしい)

実はこの日、「埼玉県民の日」でもありまして、コバトン埼玉県立近代美術館にも出没していたようです。

コバトン大忙しですなぁ

   

さて、Qの展示はなかなか面白いものでした。

まずは、「展示」というよりも、本物庄和排水機場操作室

モニターがズラリと並んだこのクールな眺め、

首都圏外郭放水路のさまざまな施設をモニターテレビで写し出し、コントロールしている操作室を、ガラス一枚隔てて見ることができる。ちなみにこの操作室は、テレビや映画の撮影に使われるほど、多くの操作機器が設置されている。

だそうで、「いかにもコントロールルームの雰囲気が漂っていました。

また、さっき見てきた調圧水槽第1立坑模型もスッゴく判りやすい

さらに、これまたさっき見てきたインペラ(羽根車)を含むポンプの模型がまた・・・

「中編」で、

調整水槽に溜まった水を、航空機用エンジンを改造した超強力ガスタービンエンジンで駆動する4インペラ(羽根車、直径 約3.7mで吸い上げる。

と書いた「ガスタービンエンジン」は、まさしくジェット機のエンジンそのものに見えます

この手の展示が大好きな私は、激しく高揚しつつも、抜け目なくそそくさと、ポンプの現物を拝見するべく、建物の地下へともぐり込みました(一旦外に出て、別の入口から入る)。

ポンプ室の眺めはといいますと、、、

写真でしか見たことがありませんが、水力発電所発電機の風情です。

「4号機」と書かれている多角形の装置が、「ガスタービンの回転を減速しながらポンプに伝える」歯車減速機で、その真下にインペラがあります。
また、歯車減速機の奥の直方体の筐体の中に、

航空機用に開発された10300キロワットのガスタービンを改造し、飛行機のプロペラの代わりにポンプを回すようにしたもの。風を起こす部分と風車の部分から構成され、燃料を燃やしてつくられた熱くて強い風の力でインペラが回り、このインペラで排水作業が行われる。

というガスタービンエンジンが納められているそうです。

この4基のポンプ一斉稼働したときの音って、どんな音なんでしょう?
想像するだに恐ろしい・・・

   

これほどに「大仰な設備、どれだけの頻度で稼働しているのでしょうか?

まさか数十年に一度の水害のために作ったのかなぁ・・・(それはそれで意味があります)

なんて思っていたら、いただいたフライヤーによれば、

と、年4~12回も稼働していまして、記憶にも新しい今年9月の大雨のときには、「オリンピックサイズプール約5,100杯分 東京ドームだと約15杯分になるよ」と、イメージすらできないほどの水量を排水したのだとか

いやぁ~、驚きました 勉強になりました

日本で納税している方は、ご覧になった方が良いと思いますよ、首都圏外郭放水路

目玉の調圧水槽見学会は、基本は平日のみで、年に1回だけ今回のような特別公開があるようですし、Qだけなら土日祝日にも見学できるようですから。

つづき:2015/11/17 雨ニモ負ケズ、行列ノ長サニモ負ケズ(番外編)

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