新・徒然煙草の咄嗟日記

つれづれなるまゝに日くらしPCにむかひて心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく紫煙に託せばあやしうこそものぐるほしけれ

映画と美術展をハシゴ

2019-01-27 19:02:10 | 美術館・博物館・アート/映画・演劇

きょうは朝も早いうちから外出して、映画を1本と、美術展を1本観てきました。

まず、映画は、観てきたのはこちら

「劇場版 ダーウィンが来た! アフリカ新伝説」です。

うん、面白かった。そして、知らなかった話もあって勉強になりました。

この作品は、

今回、ご紹介するのは、過酷な環境を生き抜く3つのとっておきの『家族』の物語。群れから追放され、放浪の旅を続けながら王を目指す「オスライオン」、家族を失いたった一頭で幼い子どもを育てる「メスライオン」、争いで片腕を失った子どもを優しく見守りながら暮らす「ゴリラ家族」。優しく、そして力強く生き抜く、素晴らしい『家族』たちの姿は必見です。

というもの。ライオンの家族が2組登場しているのですが、これがホントに面白かった 両者を対比して観ると、そして考えると、ますます面白い

「百獣の王」ライオンについての私の知識は、狩りはメスの役割で、偉そうなオスなぁ~んにもしないで、それでいて最初に食事にありつく、というものでした。

実際そうなんですが、オスにも子作り以外に役割があることを初めて知りましたし、オスに生まれたライオンの子どもたち過酷な運命をも初めて知りました。
あんまり詳細に書くと、ネタバレになってしまいますから自制しますけど、要は、楽して育つとその後が大変だということ…。
一方、女手一本で育てられたライオンの子どもたちのオスは、苦労して成長することで、自分一頭でも生きていく術を身につけていくのだろうというのが、なんとも…。
この映画を観た世の「おとうさん」たちは、慌てて家事全般「おかあさん」たちから習い始めたりして…

この2組のライオンたちのシーンで、近くで見ていた子ども「カメラマンの人が食べ物をあげたらいいのに」とおっしゃっていました。
やさしいねぇ~
でも、取材班食事をプレゼントしたとしても、それは一過性の「恵み」にしからならなくて、ライオンたちが生き続けるためには、自分で獲物を仕留めることができるようにならなければダメなんだよねぇ

もう一つの家族、片腕(と母)を失ったゴリラドドくんの話は、もう、ひたすら心が温まるというか何というか…
素晴らしいなぁ… ゴリラ、偉いなぁ…

ちなみに、映画上映中、お子さんたちに一番大ウケだったのは、ハシビロコウさんのシーンでございました。
いいよねぇ~、ハシビロコウ
私も大好きです

そして、エンディングテーマは、、、、MISIA「AMAZING LIFE」

アフリカンな音作りが、「劇場版 ダーウィンが来た! アフリカ新伝説」ピッタリでした

音楽ついでに書けば、本編の音楽には、弦一徹ストリングスも関わっていらっしゃいまして、MISIAのライヴでもお馴染み皆さんのお名前もクレジットされておりました。

   

映画を見終わったあと、先週に引き続いて牛たん定食昼食を摂り湘南新宿ライン渋谷に移動。

山手通り方向に向かって坂道だ~らだ~ら上ってたどり着いたのは、

渋谷区立松濤美術館です。

私が初めてやってきた松濤美術館で開催中の展覧会は、「終わりのむこうへ : 廃墟の美術史」

ひたすら廃墟を描いた作品だけが展示されていました。

「廃墟」をテーマに展覧会だなんて、なんという発想

と思ったのですが、

栄華や文明の痕跡を残しながら崩れ落ちようとする建造物や遺跡。「廃墟」は西洋美術のなかで、風景画の一角にくりかえし描かれていました。18世紀から19世紀にかけて、興味深いことにいわゆる廃墟趣味が流行すると、「廃墟」は絵画の主役の地位を確立していきます。
「廃墟」を愛でること、描くこと-この美学は、近代に日本の美術のなかにも伝播しました。廃墟の画家として名を馳せた18世紀のユベール・ロベール、版画家ピラネージから、19世紀のコンスタブル、20世紀のアンリ・ルソーマグリットデルヴォー、そして日本の江戸時代から近現代の画家たち、亜欧堂田善藤島武二岡鹿之助元田久治大岩オスカール野又穫まで、廃墟の主題は描き継がれているのです。

だそうな
「『廃墟』は絵画の主役の地位を確立」していただなんて、まったく知りませんでした
でも、実際、「廃墟」には妙に気をそそられますし、この展覧会も結構な数観覧者で賑わっていました。
会期末(1月31日まで)ということもあってか、図録完売だし…

で、会場は2F(第一会場)B1F(第二会場)二部構成になっていたのですが、欧州の画家や日本の近代の画家の作品を展示する第一会場より、ずっとずっと現代作家の作品を転じる第二会場の方が遙かに魅力的でした

なかでも、元田久治の作品に引き込まれました
なんだろ、この心地良さは…

やっちまったい ってことなのかな?

廃墟と化した国会議事堂を描いた「Indication : Diet Building Tokyo 3」も良かったけれど、展覧会の場所もあってか、上に載せた「Indication : Shibuya Center Town」がひときわ私の心に響きました。

ほんと、面白かった
会期ギリギリに観ることができてよかった…

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ちょいと気の早い「MISIA平成武道館」のこと

2019-01-22 23:26:06 | MISIA

年が明けたら、毎年のことながら、年末酷い渋滞がウソのように鎮まって朝の通勤夜の帰宅楽々ドライブ…だったのは先週までで、きのう&きょうと、首都高速事故渋滞に嵌まって散々でした

きのう5号線赤塚公園辺りと板橋JCTの事故で渋滞 と思ったら、今朝5号線都心環状線(内回り)に合流して間もない北の丸トンネルの事故で渋滞
普通なら40分台、渋滞が頻発する時期でも50分台で通過できるはずの高島平⇒東名・東京料金所間の所要時間が、きのう&きょうとも1時間オーバー

なんだよ と毒づきたい気分ではありますが、ケガの功名というか何というか、今朝は渋する竹橋JCT手前でこんな景色を眺めることができました。

日本武道館の屋根(と旧・九段会館)

タマネギ状っつうか擬宝珠風の屋根飾りが印象的な日本武道館の屋根です
ちなみに手前に見える「工事中」風の建物は、取り壊し中の旧・九段会館
九段会館は、いつかいろいろ書きたいネタのある建物なのですが、それはさておいて、この写真を撮った 辺り、普段はスムーズに流れていて、武道館を眺める余裕なんてありゃしないのですが、今朝は武道館スマホで撮影するくらいしかやることがない状況でした。

で、今、武道館といえば、私が最初に連想するのは、

MISIA 平成武道館 Life is going on and on」です

4月26~28日3days開催のこのライヴMISIA「MISIA星空のライヴX」で語ったところによれば、日本武道館としても「平成最後」のコンサート、まさしくエポックメイキングなコンサートが、このMISIAのライヴになるのだとか

これだけでも ひょえ~ ですが、もっと え"~ なのが、

「3日間とも、ほとんど違う曲を演ります」

というMISIAおことば

 こりゃ、3daysとも行かなきゃならないじゃありませんか

っつうか、その前に、3days何曲演ってくれるんだろ?

ふり返れば、2016年5月3~5日3日間開催された「MISIA星空のライヴIX Premium Live」@河口湖ステラシアター(記事はこちら)も、基本的に「3日間とも、ほとんど違う曲」でした。

この「★IX」@河口湖 3daysで披露されたのは全部で42曲

MISIAもさることながら、バンド&コーラスを始めとするCast & Staff大変だよなぁ~

あののようだった河口湖ステラシアターでの3daysが再現されるんだろうな…
いや、MISIAのことだから、さらに3年の「時」「肥やし」にしたとんでもないライヴになるんでしょ、K.I.T

とてつもなく楽しみなんですが、それよりもまず、チケットを入手できるかが問題です。
エントリー済みのCLUB MSA先行分当落は、今週金曜日、25日の15時頃に明らかになります。ドキドキ ワクワク です。

         

【追記】きょうの昼下がり、当落結果のメール2届きました。

落選メール

4月27日(土)28日(日)当落結果メールで、どちらも、ハズレ

あぉ~ん

で、自信満々だった4月26日(金)の結果は、、、メールが来ない…

しびれを切らした私は、ローチケマイページで結果を確認
すると、26日(金)当選していました
(当選メールが来たのは、落選メール2通が届いてから50分後のことでした)

この○●●という結果は、CLUB MSAの先行抽選で、THE SUPER TOUR OF MISIA4公演中3公演でハズれXバースデーライヴ河口湖(初日)でもハズレだった私(結局、Xの2公演は最後までハズレ通し)としては、(悔しいけれど)ハズレ慣れしてしまったのか、「あ、そうか…くらいの感覚でした。
さっそく「Official HP先行」27日&28日を申し込んだのはいうまでもありません。

で、Twitterを覗くと、私と同様に「○●●」だった人が多い

さては、GW(=大型連休)27日と28日CLUB MSA減らして、その分を平日26日(金)に廻したか?

まぁ、営業的には、

紅白MISIA凄さの一端に触れて、「一度でいいから生MISIAを聴いてみたいという人たちにライヴに来てもらって、ファン層を広げたい
古参の連中は、一度落選しても、なんとかチケットを見つけてやって来るだろうし…

と考えるのが当然といえば当然でしょうけれど…

こんな風に物わかりの良さそうなことを書きながらも、チケット2倍以上の価格で売りに出している転売ヤーがいるのは、ホント、頭にくる

そんなことより、私の関心は、4月27日と28日のチケットに向いています。
転売ヤーから買うことは絶対にしないけど(巡り巡って自分の首を絞めることになる)、その他の方法で、4月27日と28日のチケットを、なんとかget したいぞ (2019/01/25 22:26)

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MISIA★Xに参戦すべく仙台日帰り遠征 (後編)

2019-01-20 21:23:54 | MISIA/旅行記

「MISIA★Xに参戦すべく仙台日帰り遠征 (前編)」のつづきです。

「旧荒浜小学校」のバス停に駐車しているバス腕時計を交互に眺めながら、私は、砂混じりの道を半ば小走りで急ぎました。

とても流しのタクシーなんて走っていないし、次のバスまで1時間待つなんてたまったものじゃないし、荒井駅まで歩くとなれば次のバスを待つのと同じくらい時間がかかりそうだし…。
で、結局、無事にバスに乗れまして荒井駅から地下鉄仙台市街地に戻ることができました。

戻りは、仙台駅を通り過ぎて、広瀬川を渡って国際センター駅で下車。

国際センター駅の前には、仙台の誇る2人オリンピックゴールドメダリスト荒川静香さんと羽生結弦さんのパネルが立っていました。

これというのも、国際センター駅は、こちらで書いたように、「日本フィギュアスケート発祥の地 五色沼」最寄り駅なんです。
何度行っても、このっつうか(仙台城お濠でもあります)凍って、その上でスケートができたなんて信じられない五色沼なんですが、、、、

が張ってる
もっとも、縁の方はユルユルの凍り方で、とてもスケートはできそうにもありませんでしたけど…。
そうそう、池の畔には「無限への軌跡」(翁 ひろみ・作)と題するモニュメントもあります。

   

なぜ私が仙台城三の丸跡までやってきたかといいますと、時間調整かたがた仙台市博物館を観ようという算段でした。
仙台に行くたび、私は、企画展をやっていようがいまいが、仙台市博物館を訪問している気がする…
今、仙台市博物館では企画展を開催していませんが、展示室に向かう階段前には「仙台の伝統的な門松」が飾られていてお正月気分です

徳川家康から政宗に送られた書状(天正19年・1591年)を見て、

おぉ、家康の花押だぁ~ とときめいたり、政宗の墓所・瑞鳳殿(5年前の訪問記)から発掘されたというヨーロッパで作られたとみられるブローチを観て、

さすがは伊達者 と楽しませていただきました。

   

約45分間の観覧を終えた私は、仙台市博物館から「MISIA星空のライヴX」の会場・仙台サンプラザホールまでの約3.5km徒歩で移動しました。
仙台市博物館で観た江戸時代の町割図に私の徒歩ルートをプロットすると、ほぼこんな具合 かと思われます。

ちゃんと朝・昼2食を摂ったというのに、まだ16:00をちょい過ぎた時刻だというのに小腹が空いてしまい、仙台サンプラザホールまで数mの地点で、ハンバーガー間食をいただきました

   

喫煙所一服したあと、仙台サンプラザホール入場して、ミー友さんたちご挨拶して、自席につくと、またまた周りには知ったお顔多いこと…

Lady Black Dress : Ryoちゃんのオープニングアクトを経て、ほぼ定刻「MISIA星空のライヴX」が始まりました

先週名古屋公演2日目、最後の曲でMISIAの声が枯れてたという情報があって、ちょっとは心配していましたが、予想どおり、MISIA完全復活 っつうか「ほぼ絶好調安定度も、声量も、声の響きも最高で、最幸歌声でした。

途中、某曲冒頭のスキャット声が出なくて、あれっ でしたが、それもホンの微少なアクシデント。本編部分は何の問題もなく、そして、次の某曲素晴らしかったことといったらなかった…
あの一曲を聴けただけでも仙台に遠征して良かった と思えるほどでした

もちろん、仙台ですから、会場の盛り上がりGoodを遙かに通り越してExcellent

こんな具合ですから、MISIAのなんと楽しそうなこと… そして、ノリノリ

ところが、MISIA以上ノリノリの方がいらっしゃいました。

それは、Sax & Flute明男ちゃん 

メンバー紹介のときの仕切りが、バッチリ決まって(見事にキメた聴衆素晴らしい) もう大喜び で、とある方のモノマネまで披露してノリノリの極み でした。
いやぁ~、いいなぁ~、明男ちゃん

ということで、昨年11月の盛岡公演(記事はこちら)までには届かなかったかもしれないけれど仙台公演もまた素晴らしいライヴでしたぁ~
はぁ~、幸せぇ~

そうだ、そうだ、仙台公演セットリストから、これまで皆勤(?)だった某曲が消えていました。

   

ライヴ終了後、帰りの新幹線まで1時間ちょっととあった私は、仙台駅の駅ビル(昔、私、“S-PAL”"S"「仙台」を意味しているものと思い込んでいましたが、駅=Stationのことみたいですな)で牛たん枝豆生ビールを1杯いただいた後(枝豆は近年稀な旨さでしたが、牛たんイマイチ)、新幹線に乗り込みました。

お供は、新幹線改札内で買ったずんだジェラート

もうちょい甘い方が良かったかな…

で、新幹線仙台を出発してしばらくしてから、MISIA「Life is going on and on」を聴き始めたんですが、はやぶさだと仙台から大宮までの所要時間ほぼ1時間、で、きわどく大宮到着直前に聴き終えることができました。
速いよねぇ、はやぶさ・こまち

ホームから下る階段で、思いがけずミー友さんとお会いし、またねぇ~ とご挨拶した後、私は埼京線に乗り換えて(快速に乗れた)、帰宅しました。

いやぁ~、ホントに濃い一日でした。

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MISIA★Xに参戦すべく仙台日帰り遠征 (前編)

2019-01-20 13:26:55 | MISIA/旅行記

きのう、「MISIA星空のライヴX Life is going on and on」に参戦するため、仙台までの日帰り遠征を決行しました。

ホントは、今夜の山形・南陽市ライヴへもハシゴしたかったのだけれど、帰りのことを考えて断念しました。明日はどうしても仕事を休めないし…。

ということで、まずはいつものように旅程から。

自宅⇒徒歩最寄り駅埼京線大宮駅東北新幹線(やまびこ)仙台駅⇒徒歩地下鉄仙台駅地下鉄東西線荒井駅路線バス旧荒浜小学校路線バス荒井駅地下鉄東西線国際センター駅⇒徒歩仙台市博物館⇒徒歩仙台サンプラザホール(MISIA★X)⇒徒歩仙台駅東北新幹線(はやぶさ)大宮駅埼京線最寄り駅⇒徒歩自宅

きのうは天候に恵まれ、最寄り駅のホームからは富士山が見えるは、

途中の車窓からは、広重が描いたそのままのような筑波山が見えるはで、

快適(3列座席を独り占めだったし…移動して、11:00仙台に到着しました。

昼食には早い時間ながら、仙台駅ナカ牛たん通りのお店は、どこも行列
まぁ、この事態は想定内でして、ペデストリアンデッキを渡り、駅チカの牛たん店に向かいました。

こちらの店では待ち時間無しで座席につくことができ、そして、旨ぁ~い牛たん定食をいただきました。
ネギたっぷりのテールスープも、中に入っているテールも、付け合わせの白菜の漬け物も、唐辛子味噌も、そして、食感最高牛たんも、やはり仙台の牛たん定食最強です

   

満足のうちにお店を出て時計を見ると、おや、震災遺構 仙台市立荒浜小学校に向かう時間を予定から1時間早められるじゃないの
荒浜小学校へのルートの最後の路線バス1時間に1本しか走っていないので、これは急いで地下鉄に乗らねば と地下鉄仙台駅
ところが、地下鉄東西線改札口が判りづらい
2年前(記事はこちら)と同様、遠回りを重ねてなんとか改札口にたどり着き、電車に乗れました

地下鉄東西線の終着駅、荒井駅に降り立つと、

強くて、そして、寒い
それでも、待ち時間ほとんとなしで市バスに乗り込み、海岸近くの旧荒浜小学校へ

私、学生時代の4年間を仙台で過ごしたのですが、若林区など仙台市街地の南西方向には出かけたことがありませんでした。そして初めて若林区の印象は、真っ平らぁ~
あれほど真っ平ら広大な場所って、日本ではそうそうないのではなかろうか?

そういえば、前夜、予習として観た「ブラタモリ #12 仙台」で、なぜ伊達政宗は海寄りの広大な平地ではなく、内陸部の河岸段丘城下町を築いたのかをやっていました。
その理由は、仙台東側の海寄りの平地は、何度となく水害に襲われたから、というものでしたっけ…

   

で、1時間に1本市バスは、私一人を乗せた状態で終点の「旧荒浜小学校」に到着。

バス停では、折り返しのバスに乗ろうとしていたミー友さんが、これまた一人で待っていましたとさ…。
こんな需要じゃ、本数は増やせないですよね…

さて、この「震災遺構 仙台市立荒浜小学校」は、

2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災において、児童や教職員、地域住民ら320人が避難し、2階まで津波が押し寄せた荒浜小学校
被災した校舎のありのままの姿被災直後の写真展示等により、来館者に津波の威力や脅威を実感していただき、防災・減災の意識を高める場とすることを目的に、本校舎を震災遺構として公開しました。

というもので、学校自体は、

東日本大震災の影響で校舎が使用できなくなり、学区内のほとんどが災害危険区域に指定され、児童数の減少が続いていることから、2016年3月をもって閉校 (Wikipedia)

となっています。

津波は、校舎の1階部分完全に水没させて、2階も床上が浸るほどの高さまで達したそうです。

2階海側のベランダや出入口はガレキで破壊され、

そして、2階備品や壁には、浸水跡が生々しく残っていました。

震災当日、荒浜小学校の児童数は91名。
児童だけでなく、近隣の住民小学校に避難して救助を待ったのだそうです。
映像展示「3.11 荒浜小学校の27時間」では、14:46の地震発生から避難者全員が救出されるまでの27時間について、関係者のインタビューや救難ヘリが撮影した画像などが紹介されていまして、その中に注目すべき証言がありました。
それは、従来、体育館を避難場所や備蓄品の保管場所にしていたけれど、2010年のチリ地震の時に大津波警報が発令されたことを機会に、避難場所や備蓄品の保管場所を校舎の高い階に変更したということ。
荒浜小学校の体育館は、当然ながら東日本大震災の津波で水没したわけで、この先見の明たるや素晴らしいことだと感服しました。
チリ地震の大津波警報は結局「空砲」に終わってしまったのですが、それでも、「もし本当に警報どおりの津波に襲われたら大変なことになる」と、避難計画を変更したというのですから…。翻って、東京電力ときたら…

さて、震災前の荒浜地区の復元ジオラマが展示されていました。

写真は、荒浜小学校側から南方向を見たもので、左が海です。
生徒数が100名に満たない学区ですから、小さな集落ですが、それでも、住宅が南側だけでなく、貞山堀のさらに海側にも広がっていたことが判ります。
それが、現在は、、、と窓から南を眺めると、、、

墓地を除いて、何もない…

ことばを失ったまま、児童や住民が救助を待ったという屋上へ…。

屋上からを眺めると、

ホント、悲しいくらい穏やかで、そして、美しい…。

きのうの屋上は冷たく強い風が吹き抜けてかなり寒かったのですが、震災当日雪交じりもっとずっと寒かったはず…。

帰りのバスまで20分ほどありましたので、貞山堀の先にある海岸まで歩いてみました。

震災前までは民家も建っていたはずですが、

今は家の土台だったものらしいものがチラホラあるだけで、生活感皆無

それもそのはず、荒浜小学校以東災害危険区域に指定されていて、

住んでいる人どころか、防災工事の人たち以外、人はいません

大災害をもたらした…。

感慨に耽るうち、ふと時計を見ると、ありゃ、バスの時刻迫っている

このバスを逃すと1時間待つか、荒井駅まで歩くしかない

ということで、駆け足を交えながら旧荒浜小学校を目指したのでした。

つづきはまた後日。

つづき:2019/01/20 MISIA★Xに参戦すべく仙台日帰り遠征 (後編)

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1月17日に思うこと

2019-01-17 22:34:27 | 日記・エッセイ・コラム

今から12年前1月、私は、「THE TOUR OF MISIA 2007 ASCENSION」神戸公演に出撃しました。

このときのルートは、往復とも飛行機で、羽田⇒伊丹神戸⇒羽田
そして、私の遠征に「つきもの」博物館・美術館めぐりは、伊丹空港からの交通アクセスが極めて良い 池田市にあるインスタントラーメン発明記念館(現:カップヌードルミュージアム 大阪 池田)と、海遊館2か所でした。

このうち、今や「旬」の施設となっているカップヌードルミュージアムのことはこちらで書き(記事中には「2006年11月」とありますが、正しくは2007年1月20日です)

海遊館のことはこちらチラリと書きました。

カップヌードルミュージアムを訪れた時、その正式名称「安藤百福発明記念館」にその名を残す、というか、NHKの朝ドラ「まんぷく」立花萬平さんのモデルとなっている安藤百福さんが亡くなってから2週間しか経っていないタイミングで、入口には半旗が掲げられていましたっけ…

で、本題これらではありません、このとき、すぐ近くまで行きながら、

帰りの飛行機の時間が迫っていたため、観覧を断念した施設がありました。

それは、阪神・淡路大震災から得た貴重な教訓を世界共有の財産として後世に継承し、国内外の地震災害による被害軽減に貢献すること、および生命の尊さ共生の大切さを世界に発信することを目的に設立された」(Wikipediaより) という「人と防災未来センター」でした。

きょう「1月17日」は、こちらにも書きましたが、阪神・淡路大震災が発生した日です。

あの日から24年が経ちました。

「人と防災未来センター」には、ようやく5年前2014年1月に行くことができました。

そして、展示を拝見してとてつもなく辛く思ったのは、誰も予想していなかった大地震が起こったのが、この時期の5:46という早朝だったということ。
毎朝、5:30起きの私は実感しますが、こんな真っ暗な状態で、そして、多くの人が爆睡中に最大で震度7超巨大地震に襲われたという事実…。
目が覚めたと思ったら家が崩れ、家具が倒れてきてその下敷きになる…。

どれだけ怖かったんだろうか、救助を待つ時間のなんと長く感じられたことか…。

そして考えたのは、ある程度の時間は、自分だけの力で生き抜く術を用意しておくことが必要だということでした。

阪神・淡路大震災(1995年1月)にしても、東日本大震災(2011年3月)にしても、あれほど広域大災害が発生した場合にも即時対応できる公的な救助体制を整えることは、土台無理な話だと思います。

自宅構造家財耐震性を高めること、非常食を確保しておくこと、そして、非常時想定しておくことが、普通の市民にとって最低限の心得なのじゃなかろうかと思います。

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トーハクに初もうで

2019-01-13 21:34:02 | 美術館・博物館・アート/テレビ番組

毎年恒例の東京国立博物館(トーハク)「博物館に初もうで」に、きのう・きょうの2日連続で出かけてきました。

きのうは、上野1時間半ほど時間をつぶす必要があって、トーハク本館1階1周と2階のごく一部だけ拝見しまして、きょうは本館&平成館「考古展示室」を観てきました。

歌舞音曲系のイベント1月2~4日で終わってしまっていますが、

「いけばな」(池坊・蔵重伸さん)はあす1月14日(祝)までで、特に壮麗大階段にしつらえられた作品は、毎年のことながら華やかで、実にお正月らしい

「博物館に初もうで」といえば、お約束干支関連の作品、華やかな作品、おめでたい作品、そして、、、、そう、長谷川等伯「松林図屏風」です

今年は、「松林図屏風」高精細レプリカ畳の上で観られると同時に、もし松林に雪が降ってきたら…を再現したりという企画が行われていまして、これもまた楽しい
ホンモノ「松林図屏風」の展示は明日(1/14)までですが、こちらの企画は2月3日までです。
それにしても、「松林図屏風」の英文呼称が「Pine Trees.」というのはちょっと…

   

今年の「博物館に初もうで」「一番の見ものは、特集展示「大判と小判」ではなかろうか…

この展示は、

東京国立博物館には2002年に大川功(おおかわいさお)氏より寄贈を受けた、近世貨幣の一大コレクションがあります。本特集ではこのコレクションから大判・小判をよりすぐり展示します。本物の「山吹色(やまぶきいろ)」の輝き、独特の形式美を、ぜひご覧ください。

というもの。トーハクでは、銀座から出土した小判(記事はこちら)とか、勝浦沖で見つかった小判一分金(記事はこちら)など、少なからぬ金貨を保有しているのですが、この特集展示にはそれらは展示されず、もっぱら大川さん(CSK創設者でセガのトップを務められたあの大川さんですよね?)からの寄贈品のみ。
実際、きょうも平成館の考古展示室には銀座出土小判が展示されていて、トーハクはどれだけの金貨を保有しているんだ ってヤツです。

それはそうと、今年のNHKの正月時代劇「家康、江戸を建てる」(原作:門井慶喜)で、その後編「金貨の町」の主人公は、橋本庄三郎なる実在の人物。

その橋本庄三郎さんが作ったと伝えられる小判がこちらです。

慶長小判(慶長6[1601]年頃~元禄8[1695]年)です。

説明板を引用しましょう。

厚さ1ミリの金薄板の表面に、タガネを横向きに打ち、上下に扇方枠に五三桐の極印、中央に「壱両」下部に「光次」極印を打つ。小判の誕生は大判より遅れて文禄4年(1595)ごろ、後藤徳乗の門人で徳川家康の命により江戸に下った後藤光次の製造とされる。

だそうです。
「家康、江戸を建てる 後編~金貨の町~」の主人公・橋本庄三郎は、歴史上で呼ぶところの後藤庄三郎光次で、その子孫(養子込み)は、江戸時代を通じて金座を司ったのだとか。

そんなわけで、「家康、江戸を建てる 後編~金貨の町~」を観た後、この特集展示「大判と小判」を観ると、感慨もひとしおです。

「家康、江戸を建てる」の中で、庄三郎ができたての大判を手にとる家康「墨が乾いておりませんかもしれませんのでご注意ください」的なことを言う重要なシーンがありました。
小判には墨書きはありませんが、大判には墨痕鮮やかに何かが書かれています。
以前から、何が書かれているのだろうか? と思っていましたが、その解けました

展示されていた享保大判(享保10~11年[1725~26年])を例に、説明板がありまして、

曰く、墨書きされているのは、「拾両後藤(花押)」だそうです。

ところで、大判・小判意匠はタガネで刻まれた茣蓙目やら、墨書き(大判のみ)やら、極印やらでそれ相応の面目を保っていますが、はというと、極印が打たれているだけで、全体はノペーっとして手抜きにしか見えない… (こちらの記事をご参照方)
もうちょっと何か工夫のしようがあったのではなかろうかと思うわけで…

そうそう、平成館の考古展示室には慶長大判実物と、その大きさ重さを再現したレプリカがあって、その重さ実感できますので、この特集展示「大判と小判」(~2月3日)を観られたら、平成館にも行ってみましょう

   

この他の見逃せない展示としては、「博物館に初もうで」フライヤーでも取り上げられていますが、まったく読めないながらただただ美しい古今和歌集(元永本)とか、

「教科書で見た系の片輪車蒔絵螺鈿手箱とか、

ほれぼれするような太刀 伯耆安綱(名物 童子切安綱)とか…。

童子切

これらは、実物で観ると、写真では判らない美しさを感じ取ることができると思いますよ。例えば片輪車蒔絵螺鈿手箱螺鈿燦めきとか…
こんな名品たちを入館料620円で観られるなんて、なんという眼福でしょ

まだまだ書き尽くせていませんが、トーハクにはこれからもしょっちゅう出かける予定ですので、きょうはこの辺で…。

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MISIAのアルバムをふり返る (後編)

2019-01-05 17:18:27 | MISIA

「MISIAのアルバムをふり返る (前編)」のつづきは、予告どおりNew Album「Life is going on and on」に特化して書きます。

前編で書いたことと若干被るんですが、アルバムを構成する曲/編曲がバラエティに富んでいて、また、その並びがまたイイ

まずは無難に、最新ヒット曲「アイノカタチ feat.HIDE (GReeeeN)」「君のそばにいるよ」で聴く人たちにご挨拶

ここで「Interlude」が乱入して空気を変えると、曲間を空けずに「Sparks!!」が、ほらほらリスナーの手を動かしにきます。
いかにもSAKOSHINらしいアゲアゲチューン炸裂で、古くからのMISIAファンにとっては、待ってましたぁ~ って感じでしょう。

SAKOSHINの曲がもう1曲あってもいいんじゃないか? と思うところですが、「来るぞスリリング」からクロタクのアレンジによるSOUL JAZZセクションに入ります。
「LADY FUNKY」はクロタクver.もいいけれど、わたし的には、明男ちゃんのSaxが大々的にフィーチャーされた「★X」ver.の方がよりfunkyお好み

このアルバムに収録されている米倉さんコーラス付きも良いけれど、Xで聴けるMISIAのソロも相当にイイ「恋人失格[fea.米倉利紀]」につづくのは、私がこのアルバムで一番のデキだと思っている「変わりゆくこの街で」
ASCENSION (2007年)に収録されている「TYO」が、大きな不安を持って上京した当時を歌った歌だとすれば、この「変わりゆくこの街で」20年経った今のMISIAの思いを歌った歌。それだけで20周年を迎えたMISIAアルバムには象徴的なのですが、このアレンジがまたカッコイイ 「カッコイイ」にはいろいろな格好良さがありますが、この「変わりゆくこの街で」超COOL
加えて、MISIAの歌声がとりわけこの曲で冴え渡っています。
アルバム発売前、12月18日放送の「MISIA星空のラジオ」でこの曲がかかったとき、既にベッドの上で寝落ち寸前だった私がガバァっ起き上がりましたもの…。
曲自体は、去年7月のブルーノートでのライヴで聴いていました(イントロで大林さんがピアノに手ミュートをかけてた)けど、「変わりゆくこの街で」のAlbum ver.は、ほんんんんんんっっっとにイイ

Soul Jazzセクションの次は、お待ちかねの人も多いであろうバラード・セクション
去年6月の「★X」金沢公演の感想(記事はこちら)で、ネタバレを避けつつ、

新曲ドラマ映画の主題歌に合いそう

と書いたのは、「LOVED」SERENDIPITY」2曲のことでした。
どちらの曲も、catchyですんなり耳に入ってきます。
ちなみにLOVED米倉さんの作詞・作曲、「SERENDIPITY」作詞がMISIA作曲「名曲ライター」こと松本俊明さんです。

残る2曲は、冒頭の2曲と同様にタイアップ曲で、NHK「ダーウィンが来た!」来年度(今年4月~)以降のEDテーマ曲になっている「AMAZING LIFE」と、リオ五輪へ向けた“卓球日本代表公式応援ソング”になり、そして、リオ五輪での日本卓球チーム大躍進の原動力になったとかならなかったとか言われたとか言われなかったとか の「SUPER RAINBOW」

「AMAZING LIFE」について、MISIA「MISIA星空のラジオ」で語ったところによれば、この曲をもらったとき、作曲の内池秀和さん病床にあって、曲づくりについて相談しようにもできない病状だったのだとか。Wikipediaによれば、内池さん、元々NHKの職員として番組用の曲づくりに携わられていて、「ダーウィンが来た!」では、ずっとOP曲ED曲を担当されています(現在のED曲 平原綾香「スマイル スマイル」も)。そして、この「AMAZING LIFE」の完成を待たずに、内池さんは去年8月51歳の若さ亡くなられています
ところで、「AMAZING LIFE」は、4月のTVでの採用に先立って、1月8日公開劇場版「ダーウィンが来た! アフリカ新伝説」でも採用されています。

先週、映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観に行ったとき(記事はこちら)、の予告編も流れたのですが、予告編ではMISIA「AMAZING LIFE」は流れませんでした。
まぁ、もともと「ダーウィンが来た!」好きで、ほぼ毎週、楽しんでいる私、劇場版「ダーウィンが来た!」も観に行くつもりですから良しとしましょ。
それはさておき、カリンバの音とアフリカンなコーラスで始まる「AMAZING LIFE」は、劇場版「ダーウィンが来た! アフリカ新伝説」でも使われることを念頭に置いて作られたのかも知れません。
NHK「ダーウィンが来た!」で、「AMAZING LIFE」収録風景が流れましたが、サウンドはともかくも、ロンドンという場所といい、鷺巣さんLondon Gospel Choirの皆さんの登場といい、モノクロ映像といい、WMに収録されている20年前「THE GLORY DAY」の収録風景被る、被る…
こうなったら、「MISIA平成武道館」では、Royal Mirroball Ochestra (cond. 鷺巣詩郎)にも登場いただいて、「AMAZING LIFE」「THE GLORY DAY」を演っていただきたいものです

「SUPER RAINBOW」は、CD初収録とはいえ、Net配信されたのは2016年7月ですから、今さら? の感も漂います。

ところで、「SUPER RAINBOW」を聴くたびに連想するのが、リオ五輪卓球日本代表から漏れサポート役としてチームに帯同した平野美宇さんのこと。

ため息より深呼吸して水たまりもひとっとび
雨上がりに虹が見えるものでしょう
下を向いて歩いてちゃ見つけられない
向かい風を受けて鳥は飛んでいく 羽ばたいて
物語はいつも全ていま起こっていく

という歌詞が、五輪代表落選などの挫折から立ち上がり、最年少でのワールドカップと全日本選手権の優勝、日本人選手として21年ぶりのアジア選手権優勝という輝かしい実績を重ねている美宇さんのキャリアとオーバラップするのですよ

それはともかく、こんな前向きな詞は、アルバムタイトルの「Life is going on and on」合致していますし、最近のライヴでは欠かせない曲になっていることからも、「SUPER RAINBOW」は、アルバムを締めくくるのにふさわしいと思います。

ということで総括しますと、MISIANew Album「Life is going on and on」は、MISIAの20年のキャリアを、現在目線から俯瞰して、そして、今のMISIAの音楽を十二分に楽しめ満喫できる素晴らしいアルバムだということ。
この総括、簡単すぎますか?

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MISIAのアルバムをふり返る (前編)

2019-01-04 13:21:24 | MISIA

私、長いことWindows 7 + Office 2010を使ってきたのですが、勤務先のPCWin10 + Office 2016に変わることもあり、メインPC買い換えにあたって、Office 365バージョンアップしました。
この結果、メインPCWin10 + Office 365モバイルPC(今、この記事を書いているPC)はWin 7 + Office 365となりました。

Office 365 Soloには、定番中の定番のOutlook, Word, Excel, PowerPointなどに加えてデータベースソフトのAccessも含まれています。
私はかつてOfficeのBusines ver.を使っていた時期にもAccessをインストールして、蔵書の管理に使ってみようとしたことがあったのですが、あっさりと挫折しました。

そして、その後はAccessを含まないバージョンのOfficeを使ってきましたので、Accessとも縁が切れていました。
仕事では、専門家が仕込んだクエリでAccessもちょっとだけ使っていますけど、簡単なデータを入力するだけで、「Accessを使っている」というのはおこがましいレベルです。

そんな私ですが、せっかくPCAccessを入れているんだから、使ってみようか、覚えてみようか、ということで、教本を買い、この正月休みMISIAディスコグラフィー作りにチャレンジすることにしました。
元となるデータは、Excelで作っていたものを使うことにして、きのう、着手しました。

   

で、Excel版のMISIAのディスコグラフィー(CDタイトル、収録曲、作詞・作曲者の3シートで構成)は、そのままではAccessにインポートしても使いづらくてしようがないので、Access用にちょこまかと加筆・修正

その最中に、ふと、思い出した のは、MISIANew Album「Life is going on and on」感想を書いていなかった ということ。

この際ですので、「Life is going on and on」 を含むMISIAのオリジナルアルバムへの私の入れ込み度をで表してみることにしました。

対象となるアルバムは、下にジャケ写を載せた16枚
Remix、ライヴ、ベスト盤は対象外です。

MISIAのアルバム

私の入れ込み度は、、、と、その前に、あくまでも私が大好きか、まぁ好きか、それほどでもないか、をの数で表したものですので、抗議

よそ見しながら それを受け流す

とさせていただきます

さて、結果発表

「SOUL QUEST」とか「MARS & ROSES」がお好みの方にはまことに申しわけない結果となっておりますが、ちょっと極端の多少を振っていますんでご了承くださいませ。
この2枚のアルバムは、クルマの中で聴く際に、「はいっ、次と飛ばす曲が多いのですよ(「SOUL QUEST」の場合、半分くらいしか聴かないこと多し)。また、収録されているそれぞれに対する私の好き嫌いというだけでなく、アルバム全体としての色が好きじゃないということもあります。

ちなみに、聴く前の期待と聴いた感触との落差が一番大きかったのが、MISIAとしては唯一のカバーアルバム「MISIAの森 -Forest Covers-」でした。
それまでにアルバムやライヴで聴いた「LOVIN' YOU」とか「Indigo Waltz」の素晴らしさ(「Indigo Waltz」は私にとって生MISIAとなった2001年7月7日の「THE TOUR OF MELONPANDA」で聴いてMISIAの凄さ恐れをなした思い出の曲)から、むちゃくちゃ期待していたのですが、「MISIAの森 -Forest Covers-」はどうもイマイチ。
MISIAがレコーディングにふさわしい調子だったのか疑問ですし、編曲のデキも善し悪しバラバラで、とりわけ大好き「THE ROSE」MISIA色を出せていなくて、オリジナルのBette Midlerには遠く及ばない印象を持ちました

   

さて、ここでようやくNew Album「Life is going on and on」のこと。

MISIA: Life is going on and on

このアルバムイイです。そして、好きです。
超初期2.5枚のアルバム以来の★★★★★をつけました。

最近はアルバム収録曲でもネットバラ買いできるご時世、アルバムをアルバムとして聴くことのない人も増えているようですが、私は、それってどうなんだろ? と感じている古い人間です。
美味しいことを知っている小鉢ばかりを選んで食べているんじゃなくて、たまにはフルコースの料理を食べて、知らなかった美味しさに出会うことことも楽しいんじゃないかと思ったりして

で、Life is going on and onには、甘い曲、うれしくなる曲、渋い曲、弾ける曲、温まる曲、エスニックな曲、箸休めのような曲がギュッと詰め込まれていて、また、その順番間隔までが計算し尽くされた極上フルコース料理になっています。

メインディッシュ級ばかりが続いたり、精進料理ばかりが続いたら、それこそ食傷気味になってしまう一方で、あまりにバラエティに富みすぎると、それはそれで落ち着かない
その辺り、アルバム制作って難しいし、それでいて上にも書いたように、アルバムとして購入される機会が減ってきているというのですから、割に合わない

でも、一つのパッケージとしてアルバムを制作することは、ミュージシャン(「アーティスト」という呼び方は、安っぽくて好きじゃない)にとっては、進化するためには重要じゃなかろうか、と、トーシローの私は考えております。

あれま、「Life is going on and on」のことをもっと書きたいのに、腹減った
焼きソバを作って食べたいと思いますので、本稿はここまで

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MISIAのおかげで最高の年越し

2019-01-01 22:44:45 | MISIA/テレビ番組

私は「喪中欠礼」ですので、地味に、

新年のごあいさつを申し上げます

です。

さて、現在の家に住み始めてから初めて、っつうか、就職以来2度目となる首都圏での年越しです。
大した予定はなく、外出は年末年始の食料買いだしと実家の近所への手土産を買いに近所に出かけたくらいで、もっぱら家の中でなんだかんだとたまった雑用をこなしていました。
一方で、お楽しみは、30日「輝く! 日本レコード大賞」大晦日の昨夜「NHK 紅白歌合戦」 なんたってMISIATVの地上波の生放送歌うってんですから…。

紅白歌合戦の方は事前に曲順・楽曲公表されていましたから、MISIAの登場が終盤になることは想像できましたが、レコ大の方は17:30~23:005時間半という長丁場にもかかわらずまったく判らない…
Blu-rayレコーダーのHDDを整理して空き容量を十分に確保した上で両番組とも録画予約しているとはいえ、やはりリアルタイムで視聴したい

というわけでレコ大番組開始から待機
とはいえ、風呂はどうする? 23:00以降にするか?
いやいや、新聞のラテ欄では最初にMISIAの「民放テレビ初歌唱!」が掲げられていることからすれば、番組の始めの方にMISIAを持ってくることはないだろう と予想して、さっさとお湯を張ってお風呂に入りました。

そそくさと入浴を済ましてTwitterを見ると、やはりMISIAは登場していない と一安心だったのですが、、、、ここからが長かった…

結局、MISIAタイムが始まったのは22:30
ここまで引っ張るかぁ~ です。
もっとも、音楽番組として充実していればお目当ての登場まで待たされても、それはそれで乙なモノだったのでしょうけれど、レコ大過去の「泣き歌いシーン」と、知らないor興味を持てないアイドルとか、ホント知らない歌手とがブツ切り状態で延々と続くのは、ホント、時間の無駄って感じでした。

そんな中でも見どころはちょっとだけありまして、ピンク・レディーのパフォーマンスは素晴らしかった
歌声こそ劣化が見受けられてものの、全盛期と遜色ないようなキレッキレダンスは、とてもお二人が還暦を回っているとは信じられない見事なものでした。
良いものを見させていただいたって感じです。

そして待ちに待ったMISIA
バックは、いつもの★Xバンドメンバー(コーラスはギラさん)

たっぷりと時間をとってVTRでMISIAのキャリアを紹介した上で、「逢いたくていま」「アイノカタチ」2フルバージョン

この夜のMISIAは、見るからに緊張していて、「逢いたくていま」の歌い出しも固い感じ… そういえばWOWOW生中継したTTOM @横浜アリーナのときもこんな感じだったっけ なんて考えているうちに、いつもの声MISIAに戻り、その深く、豊かで、美しく、優しい歌声新国立劇場に響かせていました。

なるほど、レコ大は翌日の紅白リハーサル(MISIAの心の準備)も兼ねていたんだ…

ところで、このレコ大、大丈夫か?
TV番組としては冗長過ぎるし、大賞の結果なんて、巷間言われているように「出来レースとしか思えない
レコ大長い歴史を誇る(今年が第60回)のは知っているけれど、存在意義はほとんど失われているんじゃなかろうか?

   

一方の紅白、今回はとりわけデキが良かったという評判のようですけれど、見事音楽番組になっていました。
少なくとも日本人の出演者たちにとって「紅白ブランド」健在だし、制作にかけるNHKのハンパなさが凄い
1曲ごとにステージの造りまで変えて、まるで違う会場ではないかと思わせるところなんか、どんだけをかけてるんだ ということ以上に、楽しい音楽番組を作ろうというNHK熱意が感じられます。その辺り、視聴率しか眼中にないようなTBS姿勢がまったく違う

ネットを見ていると、今回の紅白「近来稀なほど充実して楽しい紅白だったという反応が多いようですが、私もまったく同感です。

いかにも「昭和」な演出もありましたけれど、これも敢えてそうしたんでしょうし、「昭和の紅白」にありがちだった応援合戦とか、南極の昭和基地からの「外は真っ白です」という電報の披露のような、今だとまったくウケるはずもないネタは消えています。
その代わり、をしっかりと聴かせつつ、箸休めとして、しっかりと仕込んだ企画コーナーを交えてメリハリをつけているのは、その両者のバランスも含めてお見事でした。
「歌」についていえば、後半(ニュース中断後)の後半は、どの出演者も素晴らしかった ある程度長い間音楽を親しんできた年代にとっては、ユーミン紅白に出場すること自体珍しいことだし、「スタジオで歌っている」と思わせながらも2曲目からNHKホールステージに現れるという演出には唖然(良い意味)としました。

もう一つの唖然(サプライズ)は、我らがMISIAで起こりました。

レコ大のときよりは余計な力が抜けたMISIAは、前日のバンドメンバー久美さんと弦一徹ストリングスを加えたお馴染みメンバーをバックに、いつもの「口からCD音源以上」「アイノカタチ」を歌ってくれました。
ここまでは想定内だったのですが、「アイノカタチ」がこれまで聴いたことのないShort Ver. で、しかも、歌い終わったMISIA「ありがとう」と…。
あれっ? これだけ? 「ありがとうございました」じゃないの? と思う間もなく、シンバルのリズム打ち、、、、、
更に、ダンサーのSTEZO, TAKUYA, YOSHIEがステージ上に駆け込んできて「つつみ込むように…」のイントロが始まり、そして、MISIAホイッスル炸裂

YOSHIEさんのツイートこちらとしてはまったく予期していなかったもので、ただただ、ぎゃぁ~~ でした。

なに、このサプライズ

ほんと、「つつみ込むように・・・」の間は、息も止まるか ってな感じでTV画面を見つめていました。
この曲はもちろん、バラード以外の曲を歌うMISIA地上波放送で流れたのは初めてじゃなかろうか?

そして、シメは、お約束のロングトーン

画面で見ていると、当然ながら途中から苦しそうな表情になるMISIAですが、音だけを聴いていると最後まで声質が一定なんですよねぇ。
そしてそして、ロングトーンの最後にフェイクを入れてエンディング

場内から歓声が上がり、司会者・審査員(紅白の審査員ほど結果に影響を与えられない審査員はいない)もみんな大興奮

調子の良いときのライヴに比べれば「八掛け」くらいのホイッスルとロングトーンでしたけれど、初めて生MISIAを聴く人にとっては、これだって「人間離れ」と思うだろうな…

そして、当然のように、MISIAのパフォーマンスに対する反響はかなりのもので、今年の紅白の成功の一端をMISIAが担ったのは確かなようです。

MISIA平成武道館たいへんにうれしいことなのですが、気がかりなのは、4月末ライヴ「MISIA平成武道館 LIFE IS GOING ON AND ON」3 days チケットが取れるか? ということ。
少なくとも平日の4月26日のチケットは大丈夫だとは踏んでいますが、3日間ともとれるのだろうか?
ハズレまくった去年初めの悪夢が頭をよぎります

   

話を紅白に戻しますと、大トリサザン凄かった 

楽しいし、面白いし、盛り上がるし、紅組白組関係なく出演者が一緒になって今年の紅白のフィナーレを楽しむ様子は最高でした。

多くの人がツイートしていましたが、サザンユーミンサブちゃんといったレジェンドたち(MISIAも入るかな?)が、同じステージの上で歌っているなんて、なんと贅沢至福絵面(えづら)だったんでしょうか

紅白が終わったらすぐに寝るつもりだった私ですが、興奮冷めやらずで、しばらくネットを徘徊していました。

こんなHappyな年越しって、そうそうあるもんじゃない と思ったのでございました。

翌年も…:2020/01/04 2019年⇒2020年もMISIAのおかげで最高の年越し

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