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昭和疾風怒濤 #3 - 虫たちの墓

2016-09-14 20:41:57 | 読書
↑1946(昭和21)年ころ撮影された東京・上野駅南側に伸びるヤミ市。のちアメヤ横丁。

軍需物資を優先的に確保するため、戦時中の1942年に始まった、民間に対する購入割当と配給制。この政府認可による公定価格の統制商品を「マル公」と呼んだのに対し、それ以外の非合法流通商品を「ヤミ(闇)」と俗称。敗戦により、これを大っぴらに販売する場所が全国に発生したのをヤミ市と呼ぶ。

個人所有の品から、地方の農家・漁村から仕入れた食糧、軍部や官庁の穏蔵品、占領軍物資の横流しなど、多様なルートの商品が、駅前の建物疎開地や、空襲で生じた焼跡など人が集まりやすい広場を市場として売買された。

やがて警察の統治が回復するに伴い、当局はヤミの横行を一部黙認しつつ、露天商の組織などと計らって、露店の撤去と駅前の区画整理を進めてゆく。ヤミ業者にとっては死活問題だったが、一部の業者は自己資金と公的融資を基に移転開業し、移転先の見つからない業者にも東京都が「換地」と呼ばれる営業場所を斡旋。それらの多くは、業者の営業努力や朝鮮戦争による特需の恩恵もあって、いわゆる「飲み屋横丁」として定着に至る。今も残る、古い建物が密集した独特なたたずまいは、年配世代には往時を想起させ、若い世代にとってはアジア的なエキゾチシズムを感じさせる。 —(藤木TDC 『東京戦後地図 ヤミ市跡を歩く』 実業之日本社・2016より)




結城昌治の小説『虫たちの墓』(1971年、地方新聞の七社会に連載、講談社文庫)を読了。フィクションを読まなくなって、というより読めなくなって久しいが、これは映画館や墓参へ向かう電車内、病院の待ち時間など、半端な時間でも物語に没入させてくれる、優れたエンタメにして硬派な読後感を残す秀作である。

主人公は村井という復員軍人で、物語は戦場の回想と、彼が捕虜の米兵コリンズと心が通じており、せめてもと、彼を処刑する実行役を買って出たことから、戦犯として追われ、名前を変えて各地を転々とする様子が前後して描かれる。周囲には、わざと体を壊して兵役を逃れるも、結局は徴兵されていじめの対象となり、自殺する男。まじめな画学生ながら、従軍を経て、人が変ったように荒れ、ヤミ市で対立するヤクザに刺殺される男。そうした男たち以上に、どうすることもできない運命に翻弄される女たち。時代の波に直撃された者たちの転変を、ウシジマくんの登場人物のように切実に感じさせる。




↑1943年、ニューギニアの戦地で、現地人を通じて日本軍の捕虜となったオーストラリア人のレナード・シファート軍曹が処刑される様子。処刑を命じた海軍の鎌田中将はBC級戦犯に問われて絞首刑、実行役の将校ヤスノも絞首刑を宣告されるも後に懲役10年に減刑されたとされる(諸説ある)。

『虫たちの墓』の場合、命じた大隊長の西関は「マラリアで寝ていた。私は知らない」とウソの証言をして戦犯を免れ、捕虜の世話役をしていて、最期もせめて自分がと買って出た村井が戦犯として追われる。国のために生死を賭した戦場から辛うじて帰国するも、今度は同じ祖国の官憲から追われる羽目になる皮肉。それだけでなく、補給を断たれた戦地の窮状もまた「皇軍=天皇の赤子」の皮肉だ。ミミズやネズミを食い漁る。他の部隊がこしらえたイモ畑に盗みに入って射殺される兵士も登場するが、その遺骨はもちろん、魂さえ「英霊」として靖国神社に祀られているかは定かでない—




村井は結局捕まり、絞首刑を宣告されるも、サンフランシスコ講和条約や朝鮮戦争、冷戦の激化などで米軍・米政府が日米関係を重視し始め、死刑から無期、無期から懲役20年、10年と減刑され、1953年に釈放される。間に合わず、絞首台に上った仲間も。

伴侶を得て、経済的にも安定。時を経て、かつての戦友が自殺したと聞き、遂にはウソの証言をして無罪放免となった責任者・西関と対面を果たす。それでも彼の心は晴れない。虫けらのように死んでいった仲間。それがなかったことのように復興を果たした日本。

前掲の処刑の写真は、1944年にニューギニアで戦死した日本軍将校が持っていたのを米軍が見つけ、日本軍の残虐性を示すものとして、連合国の間で大々的に流布。戦後も、ネット時代になっても、関係ない文脈で使われたり(↑は『写真記録 日本の侵略:中国朝鮮』という83年の本で、朝鮮独立運動の義兵を処刑する日本軍のページで誤って使われ、訂正・お詫びの紙片が挟み込まれている)、加工されたり、まるでわれわれ日本人の歴史認識のように風に舞っている—


虫たちの墓 (講談社文庫)
結城 昌治
講談社

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