■対照的な日本の嫁とインドの嫁
まず、この種の集団のあり方の原型は、前節であげた日本のいわゆる「家」を例に求めることができる。たとえば、日本では嫁姑(よめしゅうとめ)の問題は「家」の中のみで解決されなければならず、いびられた嫁は自分の親兄弟、親類、近隣の人々から援助を受けることなく、孤軍奮闘しなければならない。
インドの農村では(筆者が調査中に非常に印象深く感じたのであるが)、長期間の里帰りが可能であるばかりでなく、つねに兄弟が訪問してくれ、何かと援助を受けるし、嫁姑の喧嘩はまったくはなばなしく大声でやり合い、隣近所にまる聞こえで、それを聞いて、近隣の(同一カーストの)嫁や姑が応援に来てくれる。他村から嫁入りして来た嫁さん同士の助け合いはまったく日本の女性にとっては想像もつかないもので羨ましいものである。
こんなことにもいわゆる資格(嫁さんという)を同じくする者の社会的機能が発揮され、家という枠に交錯して機能しているのである。日本では反対に、「子供の喧嘩に親が出る」のであって、後に詳しく述べるように、まったく反対の志向が存在するのである。
■反分業精神でたつ企業構造
分業(ここでは社会学的分業を意味する)とは、いうまでもなくA集団がa製品を、B集団がb製品をと、おのおの一定の専門とするものをお互いに社会に供給し、これら集団間の相互交換によって、全体が運営されていくという構造をもつものである。
この分業の志向が強いと、それぞれ一定の役割をもつ集団がお互いに緊密な相互依存の関係にたち、社会全体が集団間を結ぶ複雑なネットワークの累積によって、一つの大きな有機体として社会学的に統合されることになる。
このような組織を前提とすると、過当競争の度合いがずっと低くなる。なぜならば、まったく異なる製品を製造・供給するA社とB社では競争にならないからである。
ところが、日本的現象は、A社でもa・bの製品を、B社でも同じようにa・bの製品を製造するため、A・B両社が競争をよぎなくさせられることになる。前者のように分業の志向の強い場合には、A・Bはお互いになくてはならぬ相互依存関係にありうるのに、後者の場合には、反対に、お互いに敵・邪魔者となるのであって、A・Bはそれぞれ孤立の方向をとる。
この日本的現象は、日本社会のあらゆる分野にみられる。日本の企業のあり方など、その代表的なもので、一つの企業は、まったく違う何種類かの製品を作り、事業をしているのがつねである。さまざまな産業分野をもっていたかつての財閥の構成など、この日本的現象をまことによく実現したものであった。また財閥が解体したとはいえ、大企業はその傘下に、膨大な数の同種の企業を系列化しているばかりでなく、特定の異なる企業となかば独占的(単一的)な関係を結ぶことによって、かつての財閥の構成を反映している。
このようにして、その一群、一群が明確な集団を形成し、極端にいえば自己完結的なワン・セットを構成しているのがつねである。他の集団を必要とせず何もかも自分のところでできるわけで、構造的に、まさに分業精神に反する社会経済構成ということができる。
この「何でも屋」精神は、すべての分野にみられるが、さきにも触れた出版界・放送・新聞・雑誌のあり方にもよくあらわれている。どのチャンネルを見ても同じような番組だし、どの新聞・雑誌を見ても、少なくとも代表的なものは、まったく同様な構成・内容をもっている。また、その構成・内容が、政治・経済・文化・社会とあらゆる分野にわたり、インテリも労働者をも含むあらゆる種類の人たちを対象としてつくられている。まったく、何と欲張りなワン・セット主義であることか。 ―(中根千枝 『タテ社会の人間関係』 講談社現代新書・1967年、↓図も)
小売りや外食の裏側を見てきた経験から言うと、あまりにも消費者が偉いんだという風潮が出来上がってしまっている。消費者の気持ちをそこまで読まなくてもいいのにと。先読みして、過剰サービスをしてしまうところに問題がある。
例えば、日本には3分の1ルールがあります。賞味期限が6ヵ月の商品の場合、期限の3分の1となる製造後2ヵ月までの商品しかスーパーやコンビニエンスストアなどの小売店に卸さないというルールです。海外ではないですよ。消費者の潔癖好きに応えるためにできた日本独自のルールです。日本という国は消費者の求めているレベル、清潔度とか、そういうのが過剰なんですよ。
―どうして、日本ではこんなにも消費者優位なのか。
日本には小売り、外食業者が2千社以上あり、競争が激しい。英国では大手の寡占化が進み、上位200社ぐらい。日本の場合はまだ陣取り合戦を仕掛けあっているところなんで、他チェーンを蹴落とすためには、安くするしかない、サービスを良くするしかないというのがどんどん続いている。
早く寡占化が進めばいいとは言わない。ぼくはそういう多様なスーパーとか外食産業がいてくれてありがたいと思っている。ただ、食い合いをしないように、持続可能な価格でやればいいのにな、とは思います。 ―(山本謙治・農産物流通コンサルタント/廃棄カツ横流し問題を受けてのインタビュー記事「あの人に迫る」より/東京新聞2016年4月24日)
●非正規の多い業種がGDPも大きい【実質GDPと非正規雇用比率】
(1960年代に確立された日本型雇用慣行が崩れていく中で)産業構造の変化も見逃せない。労働経済学が専門の中央大学・阿部正浩教授は以下のように指摘する。
「製造業などの第2次産業からサービス業などの第3次産業にシフトしていく中で、女性の働きやすい職業が増えた。IT化や分業化の加速などビジネスモデルも大きく変わっており、長期雇用し教育訓練コストをかけて熟練労働者を育てなくても、機械化や非正規で代替できる仕事が多くなっている」
実際、実質GDP(国内総生産)の大きなサービスや卸売り・小売りは非正規比率が高い(↑図)。これらの仕事は時間や曜日などによって繁閑の差が激しく、人員を調整する必要がある。正社員よりコストが安く、雇用期間が柔軟な非正規が重宝されているのだ。 ―(特集『絶望の非正規』より「非正規の増加は必然? 日本型雇用慣行の歪み」 週刊東洋経済2015年10月17日)
■子どもの学費のために働き始めた"陽電子"さん
長い専業主婦時代を経て、子どもの学費のため、たいがいの事は我慢しようと覚悟を決めて働き始めました。正規雇用者との格差は感じますが、お給料に我慢料も含まれていると思うと、なんてことはありません。勤務も長くなると、任される仕事も増え、やりがいを感じております。専業主婦では体験できなかったこともあり、格差の辛さより働く喜びが勝っていると感じております。ただ、地方在住ですので、近隣では「年収の良い夫と結婚して専業主婦」が正しい女性の生き方のようで辛いです。パート勤務しているというとかなりばかにされます。…パートとはこれほど低い地位にあるのかと思い知らされます。
■友人がパートで復職した"mama"さん
友達で大手総合商社で働いていた方がいるのですが、長く専業主婦をして最近パートで復職したら、同期は年収1500万、自分は時給計算で5分の1以下(それでも主婦的には高収入だと思いますが)。働いている内容がほぼ同じで結構つらいと言っていたのを思い出しました。仕事はできる人なのでいろいろ難しい仕事を頼まれるみたいですが、仕方がないですね。日本の雇用形態ってなんだかなあと思います。正社員を続けていれば仕事できなくても高収入ですからね。 ―(森岡孝二 『雇用身分社会』 岩波新書・2015年)
2014年1月に出産した天野さんは、食品メーカーのマーケティング部の部長代理。20年働いた会社を辞めることは考えなかった。
「周りから"都内の保育園探しは大変だよ"と聞いてはいたけれど、この苦労はやってみた人にしかわからないと思う」
天野さんが保育園の情報を集め始めたのは、妊娠中から。実際に行動しだしたのは、子どもが生まれ半年ほどたった14年の夏だ。そのころ港区に住んでいた天野さんは、半年後に世田谷区に引っ越す予定があったため、土地勘のない世田谷区で保育園をめぐり歩いた。
「真夏に生後半年の子どもを連れて、ベビーカーで。園に時間や日を指定されるので1日1園しか回れないんです。6月に電話をして、10月に来てください、と言われたこともありました」
リストアップした園は都道府県知事の認可を受けた認可保育所が10、それよりやや基準がゆるい都独自の認証保育所と、国の認可を受けていない認可外保育所が8。すべて回った。保活用のノートを作り、一覧化して情報収集にあたった。
「ほかの人よりポイントを多く得るために、復職を1ヵ月早めました。それで1ポイントもらえるんです」
多くの自治体が"保育利用調整基準"といわれる、このポイント制度を採用している。獲得したポイント数の順に入所の優先順位がつけられ、さまざまな条件でポイントが増減するのだ。
例えば、世田谷区の場合、認可外保育施設に有償で預けている場合は6ポイント。4月入所の予定で親が1月から働いていれば3ポイント、2月から働いていれば2ポイント。親の就労実績が1年以上の場合は2ポイント…といった具合。
週5日・40時間以上の就労を常態とする人には、50ポイントが与えられる。夫婦共働きの場合、合算すると100ポイントになる。ポイント表とにらめっこしながら「どう1ポイントでも多く獲得するか」を考える。それが保活なのだ。
天野さんの体験はすさまじい。真夏に保活を行った世田谷区の無認可保育所から、「10月に空きが出る」という連絡をもらった。まだ世田谷区に引っ越してはいなかったものの、空きを確保するために10月から12月まで、通わない保育所に約10万円の保育料を支払い続けた。そうしなければ復職が難しいからだ。
さらに慣らし保育も兼ねて、当時住んでいた港区の認可外保育所へ11月から預け、12月までの2ヵ月間通わせた。かかった保育料は月約10万円。
こうしておよそ50万円が保育料で消えた。すべて「認可保育所に入るため」の出費だった。
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保育士を天職と言い切る幸田晴彦さん(26=仮名)は、この仕事に就いて4年目。前年度は年長組を受け持ち卒園児を送り出した。保育士でなければ経験できない、貴重な瞬間に立ち会えた。一生続けたいと思う。だが、今年度いっぱいで退職を考えているという。
「そろそろ結婚を考えています。子どもが好きで保育職に就いたくらいだから、わが子が欲しいという気持ちは人一倍あります。もし生まれてきたら、わが子の幸せを第一に考えたい。そう思うと現状の待遇では辞めざるをえません」
幸田さんのような若い保育士のなかには、働きながら奨学金の返済をしている人もいる。「生活費にすら困窮している状態だと思う」
続けたいけれどもやむなく辞めていくのだ、と幸田さんは嘆く。
こうして保育士の人手不足は常態化する。保育士の川谷美津子さん(40代=仮名)が働く園では、辞職を願い出た20代の保育士を引きとめるために、こんな騒動があったという。
「今辞めたらもったいないと引きとめた園長が"どこでも好きなクラスをもたせてあげるから"と言い出した。ベテラン職員にしてみればおもしろくない。一触即発の雰囲気になりました」
その保育士が辞めたくなった理由は「学級運営のつらさ」にあった。
「彼女の担当クラスにはADHD(注意欠陥多動性障害)の子どもが4人いたんです。通常は2人程度ですが、ほかにも先生の言うことを聞かない子どもが多くて」(川谷さん、以下同)
「親への連絡帳を書くのはうちの園では1、2歳の乳幼児までですが、発達障害のお子さんがいるクラスは5歳まで、担当職員が書き続けなければならない」
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大阪府のハローワークで非正規相談員として9年間働いた時任玲子さんは11年3月29日、今年度いっぱいで、つまり2日後に雇い止めになると告げられた。
任期1年の雇用契約を更新すること8回。その手続きは、職場から「年度末で契約切れますが、来年度も更新を望みますか?」と尋ねられると「望みます」と口頭で答えるだけ。「ずっと働ける」と思っていた。
上司からキャリアコンサルタント資格の取得をすすめられたことも、その思いを強くした。時任さんは、一切の娯楽を断ち、食事も質素に抑えて捻出したお金を勉強につぎ込んだ。
時任さんは非婚のシングルマザー。低所得なのに夫婦控除が適用されないため、性活は楽ではない。それでも、ひとり息子の小学校入学時にハローワークに職を得たことは幸いだった。だが9年後、息子がますますお金のかかる高校生活に入ろうとするときの雇い止めは想像もしていなかった。
「ハローワークは私には天職でした。英語を生かしての外国人への対応。非正規職員としてはただ一人、求職者のためのセミナーやフリーター対象のワークショップも担当しました。楽しかった。自分に合っていると思いました」
なぜクビに? 思いつくのは、セクハラに遭った同僚女性の支援のため、加害者である上司と対峙したことだ。この上司と仲のいい男性が人事権を握っていた。
失職後1年間ほかの非正規職に就いていたが、その契約も切れると、時任さんはかつて自分が働いたハローワークに向かった。
「ブラックユーモアですね。相談員だった私が、今度は求職者としてカウンターの向こうにいるのですから」
時任さんだけではない。10年10月、人事院は、ハローワークなど国の機関の非正規職員については、3年たったら公募で選び直すというルールを通知した。これにより、住民に就職先を紹介するハローワークの非正規職員の多くが毎年、失職しているのは笑い話ではなく事実だ。
ハローワークで仕事が見つからなかった時任さんは、いよいよ生活保護の申請に役所に赴く。ところが、役所でばったりと、知人である、障がい者の就労先支援をする社会福祉法人の責任者と出会ったことが縁で、幸運にもそこでの就労が決まった。12年4月のことだ。
そして6月。時任さんは、雇い止めは理不尽であるとして国相手に損害賠償請求を大阪地裁で提訴した。
できれば集団提訴したかった。というのは、ハローワークでは相談員の6割は非正規であり、その多くが年度末に雇い止めに遭っているからだ。時任さんは、その何人かに声をかけたが「国相手はちょっと…」と固辞された。
たった1人の闘い。だが、同じような目に遭う人たちのための闘い。時任さんは「究極のボランティアです」と笑うが、裁判は負け続きだ。
『期待権』という言葉がある。毎年、自動的に任用の更新手続きをすることで、労働者が"いつまでも再任用されるんだ"との期待ができる権利をいう。だが時任さんの場合は、職場(国)」が「年度末で契約が切れますが」とのことわりを入れてから「来年度も更新しますか」と尋ねていた。
はたして地裁では「再任用されることを期待する法的利益を有しない」「セクハラ事件の被害者支援も再任用拒否とは関係がない」と敗訴。15年11月、高裁でも敗訴。あとは最高裁判決を待つだけだが、時任さんが提訴してから意識したのは任用のあり方だった。
「任用には労働者の意思は関係ない。雇用者の意思だけで採用も雇い止めも成立する行為です。非正規公務員には最大課題です」
実際、時任さんの高裁判決では、任用は「一方的意思表示によって成立する行政処分」と書かれている。
「民間企業では、労働者をなるべくクビにしないよう努めているのに、労働行政の足元で雇い止めが毎年起きている。このあり方を改めていきたいです」
時任さんには、裁判を始めてよかったことがある。「裁判をやるんだけど」と打ち明けたとき、息子が「社会に必要な裁判なら、母さんが先駆けになるんだ」と励ましてくれたことだ。裁判の証人尋問でも言うべきことは言い切った。母の背を見た息子は今、大学の法学部に在籍し、将来に生かそうと法律を学んでいる。
格差のない社会。時任さんが望むのはそれに尽きる。 ―(特集記事『ゆりかごから墓場まで日本死ね!!! 一億総絶望社会のリアル』より 週刊女性2016年4月26日号)