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読書録 #37 — 土と内臓、ほか

2024-02-10 16:56:24 | 読書
D・モントゴメリー+A・ビクレー/土と内臓 微生物がつくる世界/築地書館2016・原著2016
「死んだ人間や動物を土に埋めると、病気の種類によっては、あとで病原体が少ししか、あるいはまったく見つからなくなることがある。土壌中に棲息する微生物に、外来の病原体を殺す力があるのだろうか。前にも登場したローレンツ・ヒルトナーとサー・アルバート・ハワードは、植物の世界ではこれがおおむね事実であることを発見していた。非病原性微生物がひしめく土壌中は、病原体が生きていくのに最悪の場所だと、彼らは認識していた。すぐにワクスマンらは、ヒトの病原体との戦いに使える化学物質を土壌から探そうとした」。
「過去50年に研究者が見てきたのは、腸機能障害のただの上昇傾向ではない。40倍の増加だ。私たちがこのような病気にかかりやすくなったのには、遺伝子のせいも多少あるかもしれないが、腸マイクロバイオームの変化の関与も大きくなっている。腸機能障害と、喘息やアレルギーのような自己免疫疾患は、免疫系がひどく故障した結果起きることがわかってきている。こうした病気にはすべて、度を越した免疫反応が自分自身の細胞や組織を傷つけるという特微的な症状がある。(中略) 来る日も来る日も、体内外が微生物で飽和することによって、さまざまなフィードバックループが活性化されたり鋭敏になったりし、免疫系は微生物が敵か味方かを見 分けることを覚えるのだ。きれいすぎる環境、極度に殺菌された食物や水、抗生物質のくり返しの服用、土や自然との接触の少なさ、こういったことはすべて私たちにとって不利益となる」。
「1950年代初めには、農業用化学製品の普及により収穫量が大幅に向上し、作物に害を与えるさまざまな病原体が制圧されていた。こうした奇跡のような成果があったので、化学製品の使用量は増加した。ちょうど同じ時期、医療分野で抗生物質の使用量が増えたのと同じように。生物学は、しかし、植物や動物のエネルギー消費のことになると、残酷なほど効率的だ。なぜならエネルギーを保持し、手に入れることは生存の中心だからだ。化学肥料を与えられた植物は、栄養を手に 入れるために、それほどエネルギーを消費する必要がない。そこであまり根系を伸ばしたり、滲出液を作ったりしなくなる。こうなると根圏の菌根菌や有益細菌の数が少なくなる。その結果、植物の健康と病原体からの防衛に必要な栄養素交換、ミネラルの吸収、フィトケミカルの生産が不活発になる」。




中井久夫/新版 分裂病と人類/東京大学出版会2013・原著1982
「しかし、 大規模な変化は、いかに原始的なものであれ、農耕牧畜とともに起こったというべきである。
〝今日なお旧石器時代に生きる〟ニューギニア山地民(中略)の写真集は一瞥ただちにわれわれに強烈な感銘を与える。整然たるタロ芋畑、そのみごとな畝、それをめぐる水路、水路建設の共同作業、精巧な網袋作製の技術、村境にかかるおどろおどろしい仮面、 火の祭儀、そして死者の1、2人を出して終わるところの村境の「戦いヶ原」における真剣な隣接部族との定期的戦争。整頓、清潔、少なくとも清めの儀式、整序された世界の裏側にうごめく魑魅魍魎の世界とそれへの呪術的干渉、そして間歇的な攻撃性の奔騰、権力の支配と秩序──これはまさに強迫症の構造そのままである。『文化にひそむ不快なるもの』(フロイト)は、もっとも早い農耕社会とともにすでに成立したというべきであろう。
狩猟採集民の時間が強烈に現在中心的・カイロス的(人間的)であるとすれば、農耕民とともに過去から未来へと時間は流れはじめ、クロノス的(物理的)時間が成立した。農耕社会は計量し測定し配分し貯蔵する(とくに貯蔵、このフロイト流にいえば〝肛門的〟な行為が農耕社会の成立に不可欠なことはいうまでもないが、貯蔵品は過去から未来へと流れるタイプの時間の具体化物である。その維持をはじめ、農耕の諸局面は恒久的な権力装置を前提とする。おそらく神をも必要とするだろう」。
ハチミツ男。1ヵ月もすれば話題には上らなくなるかもしれないけれども「ほら、あの、職場で…」人の記憶にはとどまり続ける。私の会社員時代のストーカー事件も、もしスマホとツイッターのある時代ならもっと立ち直れないような事態に発展したかも。おそろしや。本書は、統合失調症者が世界のどこにおいても必ず1%前後現れるという現実に着目した著者が、その元になる分裂親和型(分裂気質)とは狩猟採集時代の認知や意識のあり方が、農耕牧畜以降の執着・強迫的な心理が圧倒する時代にあっても一種の保険として遺伝し続けているのであろうとの見方を示す。3章「西欧精神医学史」では宗教・政治経済・文芸・日本史など縦横無尽に援用しつつ人間社会の病理を追求。サクサク読める本ではないが(未読了)日本人の著書としては稀なスケールの大きい文明批評の名著。


エレーヌ・フォックス/脳科学は人格を変えられるか?/文春文庫2017・原著2012
原題Rainy Brain, Sunny Brain。悲観と楽観の違いが単に心境だけでなくどれほど当人の現実を左右しうるか、といったことを前置きに、恐怖や快楽の支配力、性格の遺伝、脳の可塑性などについて考察。「脳科学者」にうさん臭い人物が少なくないのは、そもそも睡眠はなぜ必要不可欠なのかさえ解明されていない、知るほどに未知の領域も増えていくような駆け出しの学問において権威を装わねばならないから。文春から文庫化される人文系の書物には一貫してネオリベ臭があるという経験値も併せ、読み始めて次第に否定的な感情が広がり、以下ナナメ読み、特に得るところなく読了即処分。




ビタリー・テルレツキー/サバキスタン①/トゥーヴァージンズ路草コミックス2023
長く鎖国状態にあった謎の独裁国家「サバキスタン」が指導者「同志相棒」の葬儀に伴い国境を開いて各国ジャーナリストを招くことになり─。犬を擬人化して描く、平板でステレオタイプなディストピアもの漫画。退屈に感じられる理由として、スマホの登場以降は個人が自ら概念なり集団なりに囲われて分断とヘイト工作を買って出る、そのメディアを意識した色と欲がここにはない、20世紀のアルバニアや北朝鮮を想起させる一方的で動きのない類型化にとどまっている。


ネルノダイスキ/ひょんなこと/アタシ社2023
同人誌出身、文化庁メディア芸術祭マンガ部門受賞経験のある著者による3作目となる短篇集。300ページ超。サブカル風ながら反発を催させない味のある絵柄。題材は動物の変形・擬人化が多く、既に分断と囲い込みが完了してしまったポストモダンの日本漫画市場に寄せて無難にまとめた印象。


みなもと太郎/お楽しみはこれもなのじゃ 漫画の名セリフ/河出文庫1997・原連載1976-79
和田誠の映画コラムを模倣した体裁でいにしえの漫画の数々を論評。みなもと氏独特の簡略化したイラストに味わい。最近は手塚治虫・萩尾望都を筆頭にむかし好きだった漫画にも幻滅することが多く、私の知らない作品を含め昭和の漫画の流れを一貫した視点で概観・参照できることは有難い。



石井正己/関東大震災 文豪たちの証言/中公文庫2023
内田魯庵「鮮人襲来の流言蜚語が八方に飛ぶと共に、鮮人の背後に社会主義者があるという声がイツとなく高くなって、鮮人狩が主義者狩となり、主義者の身辺が段々危うくなった。此騒ぎを余所に大杉は相変らず従容として児供の乳母車を推して運動していた。
『用心しなけりゃイカンぜ、』と或時避遁った時に云うと、
『用心したって仕方が無い。捕まる時は捕まる、』と笑っていた。後に聞くと、大杉に注意したものは何人もあったが、事実此頃の大杉は社会運動からは全く離れて子守ばかりしていたから、危険が身に迫ってるとは夢にも思ってないらしかった。
或るタ方、夜警に出ていると、警官が四五人足早に通り過ぎながら、今二人伴れて来るから殴っちゃ不可んぞと呼ばわった。其頃の自警団は気が立っていて、警吏が検挙して来たものにさえ暴行を加えて憚らなかったからだ」
吉野作造(の親交ある朝鮮紳士)「それから先き色々の目に遭ったが、結局同行の二人は所謂行衛不明のリストに入って最早此世の人ではないらしい。自分の斯うして生き残ったのが不思議な位いだ。そして出て見ると、乱暴だと思ったのは、下級の××官ばかりでなく、平素その親切を頼みとして居った純朴な一般内地人が、故なく我々同胞を減多切りに切り捲ったという。あの親切な純朴な日本人が一朝昂奮すると斯の惨虐を敢てすると知っては、どうして我々は一刻も安心してこの地に留まることが出来よう。内地の諸君は済まなかったと云って呉れる、民情も鎮った、これからは心配はないと慰めても呉れる。けれども我々のかくして日本内地に留まるのは、恰も噴火山上に一刻の苟安(こうあん)を愈(たのし)むような思いがする。戦々競々夜の目も合わぬとは此事だ」


服部雄一/ひきこもりと家族トラウマ/生活人新書2005
「ひきこもりを見る場合、日本人と外国人は目のつけどころが違います。多くの日本人は『外に出ないこと』『働かないこと』だけを問題にして、専門家も含めて、トラウマ性の症状──人間不信、対人恐怖、自殺願望、不眠、感情マヒ──に目を向けません。こうした症状を無視すると、ひきこもりは働きもせずに部屋でテレビゲームばかりする怠け者に見えてきます。これに対して外国人は、ひきこもりが何年も人を避けて部屋に閉じこもったり、自殺願望をもったり、人間不信や感情マヒの症状があることに注目します。この視点では、ひきこもりは病気に見えてきます」。
「トラウマ性の病気は『過去に目を向けない』と治らないのです。もし体罰をつかって集団訓練するならば、『人間を警戒するひきこもり』はもっと人間を信用しなくなります。(中略)私は、1991年にソビエト連邦が崩壊したように、日本社会もやがて崩壊すると考えています。ソ連の崩壊は経済崩壊でしたが、日本は文化崩壊です。ひきこもりの増加はその文化崩壊の一部ではないでしょうか。物が豊かになり、日本人が昔からもっていたコミュニケーションの病理、親子関係の弱さ、家や組織が個人の感情を抑圧する文化的問題が形となって表れてきています。日本社会は今後、ひきこもり、恋愛能力のない若者、子どもを育てられない若い親の増加によって『人口の減少』という形で急激に衰退すると思います」。




後藤基巳・駒田信二・常石茂/中国故事物語/河出ペーパーバックス1963
「臥薪嘗胆」「呉越同舟」「四面楚歌」「天網恢恢疎にして漏らさず」など中国の故事に基づく名句や思想家の金言を格調高く紹介。読みものとして面白い。この河出ペーパーバックスというシリーズは1960年代によく売れていたらしく、ビニールカバー付きの装丁なのでカバーを外せば現在でもきれいな状態で入手可能。作家別の文芸読本も最初はシリーズ内シリーズであったらしい。特に優れているのは本文と異なる紙質の口絵が必ず付いていること。↑画像・右は、弱冠20歳で長編小説『地上』によりデビュー、一躍寵児となるも女性スキャンダルをきっかけに失墜、精神病院で最期を迎えた島田清次郎の生涯を描く傑作評伝『天才と狂人の間』の口絵。90年代の文庫化に口絵はなく、文庫を捨ててこちらを愛蔵。


小野寺拓也・田野大輔/検証 ナチスは「良いこと」もしたのか/岩波ブックレット2023
「ナチ体制下では、地方保健機関の発行する『婚姻健康証明書』で遺伝的健康が証明できなければ結婚できなかったし、子どもを産まない『繁殖拒否者』には罰金が科されていた。さらに障害者に対しては、まずは強制断種(40万人)、さらには『安楽死』(30万人)という名の殺害が行われた。同性愛者も迫害を受け、5万人に有罪判決が下されている。そのうち強制収容所に送られたのが5000~15000人、死者は3000人程度とされる。ナチスの家族政策は、こうした人種主義的な『民族共同体』を構築するための手段のーつだったのだ」。
「こうしたなりふり構わぬ施策によって、国家の財政支出は爆発的に増大した。軍事支出は1933年に7億RM(約5千億円)だったのが、34年に41億RM(約2兆8千億円)、36年に103億RM(約6兆9千億円)、38年には172億RM(約2兆3千億円)にまで急増した。これは国家支出の61%、国民所得の21%に相当する額である。およそ資本主義体制のもとで、国家支出を平時にこれほど軍備へと振り分けた国は存在しない。これによってドイツ経済は1936年頃から軍需産業を中心に好景気に沸き、労働市場も37年には事実上の完全雇用に至ったが、膨張する国家支出と巨額の負債は国家財政を圧迫し、やがて財政破綻の危機とインフレ圧力の増大に直面することになった。しかも従来からの資源不足と外貨不足に加えて、軍需産業では労働力不足も深刻化し、軍備拡張をさらに推進する上での足かせとなった。こうした事態に危惧を抱いたシャハトは民需拡大への転換を訴えたが、政府首脳部に聞き入れられることはなかった。ヒトラーにとっては、武力による領土拡大と占領地からの収奪以外の選択はあり得なかったのである」。
話題の一冊。2次安倍政権はいくつもの意味でナチスに学び、模倣し、その結果日本は戦争をせずに戦争に負けたような状態に陥りつつあるのだろう。
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