マガジンひとり

人権と民主主義を尊重し、自由民主党・日本維新の会の政策に反対します

2008年間TOP20

2008-12-31 18:27:38 | 音楽
1. "Nothing's Gonna Change Your Mind" Badly Drawn Boy (2006)
2. "Barrowland Ballroom" Amy MacDonald (2007)
3. "Friends (EP Dance Mix)" Ween (2007)
4. "Warwick Avenue" Duffy (2008)
5. "Smokin from Shootin" My Morning Jacket (2008)
6. "Great DJ" The Ting Tings (2008)
7. "Nothing Ever Happened" Deerhunter (2008)
8. "Paper Planes" M.I.A. (2007)
9. "Chasing Pavements" Adele (2008)
10. "The Sun Smells Too Loud" Mogwai (2008)

11. "Ready for the Floor" Hot Chip (2008)
12. "Lay It Down" Al Green feat. Anthony Hamilton (2008)
13. "Chemtrails" Beck (2008)
14. "Kill Zone" T-Bone Burnett (2008)
15. "Strange Times" The Black Keys (2008)
16. "Machine Gun" Portishead (2008)
17. "Bleeding Love" Leona Lewis (2007)
18. "Suffering Jukebox" Silver Jews (2008)
19. "Monsoon (Money Mark Casio Remix)" Jack Johnson (2008)
20. "Criminal" The Roots, Truck North & Saigon (2008)



若いってうらやましい。ほんとうに。いったん白紙に戻したい。もう1度スズキのセルボから、いや100曲くらいからやり直してみたい。ハーレム8685夜。もうすでに8800近くまでふくらんで。愛妾の名前もよくわからない。あれ?こんな美人さん(いい曲)いたっけ?名前は何ていうんだろ。のようなことがしばしば起こる。
CDを買ったり借りたりして、そこからお気に入りを選んでカセットやMDを作ってた当時からして、150円で1曲をダウンロード購入するのはあまりに簡便で安直。とうとう今年のTOP20はすべてが150円で買った曲で埋めつくされてしまった。と同時に、そのような環境を当然の前提として育った若い人たちが、新しいものを作っていくのはたいへんだろうなあ、とも思う。そもそも「世代交代」どころか、年をとる前に死にたいと歌ってた人でさえいつまでも去らずに居座ってる。オラ洋楽を聞き始めた1978年終わり頃には、普通の洋楽リスナーでもビートルズくらいまで10数年、ちょいマニアックなリスナーでもチャック・ベリーかレイ・チャールズあたりまで20数年さかのぼるだけで済んだ。今からですと40~50年にもわたって、複雑に枝分かれした音楽の源流をたどらなければならない。もはや娯楽というよりお勉強。
そうしてたどった膨大な音楽は、それぞれがまったく独自の叫びに満ち満ちており、200年前のベートーヴェンの叫びさえも生き生きとよみがえる。そんな過去のたくさんの叫びに対抗すべく今の若い人たちから聞こえてくる叫びはか細くてかき消されがち。それでもなんとか対抗しようと、フランケンシュタイン博士の述べた《新しい発明ができるならキチガイと呼ばれようとかまわない》の言葉の、「発明」よりも「キチガイ」のほうが独り歩きして、ヒットチャートや歌番組で誰もが親しめるような音楽よりも、セックス・ピストルズやニルヴァーナのような、あるいはそれさえポップに感じられるもっともっと奇矯で少しだけの人にしか語りかけない叫び=発明=音楽ばかりになってしまったのではないだろうか。

Billboard - 1. "Low" Flo Rida - 2. "Bleeding Love" Leona Lewis - 3. "No One" Alicia Keys

New Musical Express - 1. "Kids" MGMT - 2. "Geraldine" Glasvegas - 3. "Two Doors Down" Mystery Jets

Rolling Stone - 1. "Single Ladies (Put a Ring on It)" Beyoncé - 2. "L.E.S. Artistes" Santogold - 3. "Time to Pretend" MGMT

BLENDER - 1. "A Milli" Lil Wayne - 2. "Paper Planes" M.I.A. - 3. "Low" Flo Rida

Pitchfork - 1. "Blind" Hercules and Love Affair - 2. "White Winter Hymnal" Fleet Foxes - 3. "Ready for the Floor" Hot Chip

各誌の年間チャートがてんでんばらばら。ほかにもオリコンで1位2位を占めてる嵐(と書いてタイマ、マリファナ、ガンジャ等々と読ませるのかナ)なんてのはどんな曲だかぜんぜん知らないし知りたくもない。音楽が人を結びつけるものでなく、人をばらばらに孤立させるものになってきてる気配が。それにしてもローリングストーンとBLENDERの選択は4位以下も精彩に欠ける。ローリングストーンで年間1位の曲、つまんねえなあ。どこかで聞いたような要素を組み合わせたみたいな。ビヨンセさん、ひょっとしてあなた、もう歌いたいことがなんにも残ってないんじゃなくて??全体的に作曲よりも編曲で工夫してる感じの曲が多く見られる傾向なので、いい曲を書ける、作曲能力のある人・バンドが貴重な存在に。1位のバッドリー・ドローン・ボーイ、3位のウィーン、5位のマイ・モーニング・ジャケット、18位のシルバー・ジューズは、過去のアルバムにさかのぼっても、ずっといい曲を書いてきたみたいなので、特別功労賞を進呈したい。
そして昨年は弊年間チャートで1位2位を占めた日本人の音楽はますます深刻。あちこちからパクッた江原の説教とか、体裁はヒップホップでも歌われてることは四畳半フォークと一緒とか、そんなんばっか。リスクをとって自己責任で叫ぶことのできない、変われない日本。かろうじてフジファブリックと斉藤和義が30位あたりに。邦・洋通じても上位3曲が2008年の曲でなく、ワールド・ミュージックからも心のヒット曲を見つけられなかったのは残念でした。さあ、来年はどんな1年になりますでしょか。みなさんもよいお年をお迎えください。来てくれてどうもありがとう。またね!!


…あっっしまったっっ最凶紅白に“船場吉兆の女将”に出てもらうのを忘れちゃった!!最後にひとこと。みなひゃん。あ。く、苦ひい。そこはなへ、そこはなへ。まだいっぱい言い残ひたことがある。言い残ひたことが。
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2008年の映画・星取表

2008-12-30 21:30:35 | 映画(映画館)
★★★★★
黄金狂時代(チャーリー・チャップリン)旧作
君のためなら千回でも(マーク・フォースター)
接吻(万田邦敏)
実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(若松孝二)
気違い部落(渋谷実)旧作
ぐるりのこと。(橋口亮輔)試写会
世界で一番美しい夜(天願大介)
アフタースクール(内田けんじ)
飢餓海峡(内田吐夢)旧作
ノーカントリー(ジョエル&イーサン・コーエン)
旅芸人の記録(テオ・アンゲロプロス)旧作
カリガリ博士(ローヴェルト・ヴィーネ)旧作
座頭市物語(三隅研次)旧作
歩いても 歩いても(是枝裕和)

★★★★
ジプシー・キャラバン(ジャスミン・デラル)
コントロール(アントン・コービン)
光州5・18(キム・ジフン)試写会
笛吹川(木下惠介)旧作
靖国 YASUKUNI(李纓)
ジョイ・ディヴィジョン(グラント・ジー)
キンキーブーツ(ジュリアン・ジャロルド)旧作
シークレット・サンシャイン(イ・チャンドン)
イースタン・プロミス(デイヴィッド・クローネンバーグ)
花はどこへいった(坂田雅子)
敵こそ、我が友 ~戦犯クラウス・バルビーの3つの人生~(ケヴィン・マクドナルド)
闇の子供たち(阪本順治)
この自由な世界で(ケン・ローチ)
未完成交響楽(ヴィリ・フォルスト)旧作
潜水服は蝶の夢を見る(ジュリアン・シュナーベル)
トゥヤーの結婚(王全安)
大人は判ってくれない(フランソワ・トリュフォー)旧作
ゼア・ウィル・ビー・ブラッド(ポール・トーマス・アンダーソン)
白い馬・赤い風船(アルベール・ラモリス)旧作
LOOK(アダム・リフキン)
ヤング@ハート(スティーヴン・ウォーカー)試写会
休暇(門井肇)
ピアノチューナー・オブ・アースクエイク(クエイ・ブラザーズ)
クララ・シューマンの愛(ヘルマ・サンダース=ブラームス)
紅いコーリャン(張芸謀)旧作
水玉の幻想・ホンジークとマジェンカ(カレル・ゼマン)旧作
ボーダータウン 報道されない殺人者(グレゴリー・ナヴァ)
グリーン・デスティニー(アン・リー)旧作
フランケンシュタイン(ジェイムズ・ホエール)旧作
青い鳥(中西健二)
厳重に監視された列車(イジー・メンツェル)旧作
ノン子36歳(家事手伝い)(熊切和嘉)
レス・ポールの伝説(ジョン・ポールソン)
チェ28歳の革命(スティーヴン・ソダーバーグ)試写会

★★★
はじらい(ジャン=クロード・ブリソー)
線路と娼婦とサッカーボール(チェマ・ロドリゲス)
長江哀歌(賈樟柯)
ファーストフード・ネイション(リチャード・リンクレイター)
みえない雲(グレゴール・シュニッツラー)旧作
サルサとチャンプルー(波多野哲朗)
告発のとき(ポール・ハギス)試写会
いま ここにある風景(ジェニファー・バイチウォル)
8 1/2(フェデリコ・フェリーニ)旧作
夜のひとで(長谷和夫)旧作
制服の処女(レオンティーネ・ザガン)旧作
ヨコヅナ・マドンナ(イ・ヘヨン)試写会
フツーの仕事がしたい(土屋トカチ)
ハムスター・プロウコク氏 靴屋はいやだの巻・悪魔の発明(カレル・ゼマン)旧作
歴史は夜作られる(フランク・ボザージ)旧作
ラット・フィンク ~ボクのビッグ・ダディ~(ロン・マン)
羅生門(黒澤明)旧作

★★
ビルマ、パゴダの影で(アイリーヌ・マーティー)
非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎(ジェシカ・ユー)
僕の彼女はサイボーグ(クァク・ジェヨン)
アクロス・ザ・ユニバース(ジュリー・テイモア)試写会
女工哀歌(ミカ・X・ペレド)
おくりびと(滝田洋二郎)
BOY A(ジョン・クローリー)試写会
ロック誕生 The Movement 70’s(村兼明洋)
帝国オーケストラ(エンリケ・サンチェス=ランチ)
ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢(ジェイムズ・D・スターン&アダム・デル・デオ)
未来を写した子どもたち(ロス・カウフマン&ザナ・ブリスキ)


哀憑歌(金丸雄一)
パレスチナ1948・NAKBA(ナクバ)(広河隆一)
おいしいコーヒーの真実(マーク&ニック・フランシス)
ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-(エドガー・ライト)試写会
赤んぼ少女(山口雄大)
ダージリン急行(ウェス・アンダーソン)
ジュテーム わたしはけもの(星田良子)
誰も守ってくれない(君塚良一)試写会
中華学校の子どもたち(片岡希)



なんだか今年は凶悪キャラがいっぱい現れて長く感じられた1年だったような。橋下、KATO、田母神、KOIZUMI…。映画の話ではない。映画の話ではないが、“最凶紅白”で藤原帰一の歌う「ぼくちん東大教授ですがホット・ファズとかもわかるよ」と田母神の歌う「わたしが無名の兵士であることは絶対にない」とはリンクしてることは疑いない。受験などの競争で勝ち続けてきた男がゲーム的な世界観の映画を好ましく思うということ。上官から命令されて死地へ赴く兵士の立場に立つことはありえない、自分は絶対に命令をくだす立場であると確信してる男の示す単細胞な歴史認識。
そうしたやつらの言葉を、世界観を一顧だにしたくないものの、いろいろな映画の中に彼らの姿の影を見ることのできるのもまた事実である。『ビルマ、パゴダの影で』の映画の内容はさっぱり覚えてなくても、そこで聞いた「強姦許可証」という言葉は胸の奥にとどまって消えることのない。ビルマ(ミャンマー)の軍事政権が国民に対して圧政を敷く。そんななか、軍隊みたいなものがわざわざ「許可証」を印刷して証拠品を残すはずはない。残すはずはなくても、民間人への強姦を暗黙のうちに認め、奨励さえするような空気があることは容易に推測できる。一石二鳥・三鳥にもなって便利なので。ビルマの兵隊が民間人を強姦して獣欲を満たすとともに威圧効果や結束を固める効果をも得ることは、橋下や東国原がTVにいっぱい出演することとたいへん共通している。そして昔の日本映画『気違い部落』によれば、村人みんなが少しずつ軍人などの役割を分担してるような共同体=共和主義の社会においては、政治家の役割を進んで引き受けようとするのはもっとも恥知らずで汚い男、ということが描かれてる。政治家や軍隊が汚いのは今に始まった話でなく、万国共通に古来から連綿と続いてきた。ひとつの映画を見てそういったことを推測できるわけでもない。『火の鳥』の各話がそれぞれ独立した作品として楽しめて、なお全体の底をゆったりと流れるものがあるみたいに、ひとつひとつの映画が底のところで結びつき、これまで生きてきた人生とも共鳴して、なにか大きなひとつの世界を形づくる。その世界はまたひとりひとり異なった姿を示す。上記の星取表は、無職で独身で精神科入院歴ありのシロート童貞であるオラの、東大のセンセや空軍トップとはまた異なっていびつでもあろう価値観を表すものであり、それをみなさまに押しつけるつもりはまったくない。
まったくないけど、世間の多くの人が今年の最高の映画としてバットマン映画の新作ダークナイトを推してますよな。オラもそれを見れば★★★★★かもわからない。けどさ、上画像の1970年代にタカラが作った変身サイボーグのおもちゃみたいな人間とバイクが合体したようなメカが出てくるそうじゃないですか。40過ぎてそんなもん見れるかよ。ウルトラセブンが子ども向けの設定で高尚な内容を表現してるからといって、ウルトラセブンを大人向けも含めた全作品中の年間最高作品に選べますでしょか。
ダークナイトは、「スーパーヒーロー映画に抵抗を示さないお客」を集めて成り立ってる。そうしたお客を集める興行形態としての映画というものは、TV資本に頼った邦画など、すでに内部から腐食を始めており、TVが広告収入の減少や若者のTV離れで急速に劣化してるように、ビジネス・モデルとしては破綻の危機と隣り合わせにあるんじゃないかナ こんなにいっぱい見といて言う台詞じゃないけどさ。先日『チェ28歳の革命』の試写会のあとロビーで続編の前売り券が特典付き1300円で売られており、若い男子が「3人で見れば1000円じゃん。そういや最近3人で見てないよな。300円の差はでかいよ」と。高校生か。若いってうらやましい。
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火の鳥という作業

2008-12-29 22:21:48 | マンガ
『火の鳥・ヤマト編』手塚治虫(講談社版全集ほか)
過去と未来を往復しつつ繰り返される壮大な生命ドラマの第3作。古墳時代のヤマトの国で、国王の末っ子の王子ヤマト・オグナは父王の巨大な墓を建てる計画への反対運動にかかわっており、兄たちから疎まれて九州のクマソの王タケルを討つ旅へ出されてしまう。ヤマト政権から滅ぼされた小国なども含む倭の国の正しい歴史を記そうとするタケルの姿に心うたれたオグナは、タケルの妹カジカと恋仲になりつつあったこともあり使命を果たすべきか悩むのだが、クマソの守り神とされる火の鳥の血を飲めば不死の体になることを知り、父王の死とともに“いけにえ”として墓の周りに生き埋めにされる者たちを救うため、タケルを殺して火の鳥の血を持ち帰ろうと決意する…。



梅原猛さんが老境にあっても執念を燃やす、各地に残された古墳・史跡などから日本の国の成り立ちを推理し、神話・伝承にもかすかに含まれた歴史的真実の部分を探す仕事。それによると、古事記・日本書紀に出てくるオオクニヌシというのが出雲系の王朝の名残りで、ニニギというのがそれを征服して現在まで連なる王朝を打ち立てた大陸系騎馬民族のように推察されるのだとか。『火の鳥・黎明編』にも出てくる。そこでいったんはニニギたちの軍団に滅ぼされたかに思われたクマソの国の血統が生き延びており、川上タケルを国王として各地の豪族をも糾合して、ヤマト王朝などに勝手な歴史を作らせないぞ!と意気盛んになっている『ヤマト編』。フィクション色の濃いマンガ作品といえど、ここでも元になっているのは奈良県にあるぶかっこうな石舞台古墳と、古事記などで名高いヤマトタケル伝説。神話・伝説ではヤマトタケルというのは宴席で女装してクマソの王タケルを殺したとされ、天皇家の血統にもきっちり組み込まれてるものの、王位に就いたことはない。実際のところどうだったのか知るすべはないが、空想をはばたかせるのは自由。ほかの広大な古墳と比べて異色な石舞台古墳や、殉死の風習が次第にハニワで代用するように変わっていったことなどを火の鳥の生き血とからめてたいへん面白い物語に。描かれるヤマトタケル像もまた風変わりで、父王の権威主義にことごとく反抗し、クマソの王の妹カジカとはロミオとジュリエットよろしく悲恋で結ばれ、火の鳥を手なずけるのに音楽(墓の建設に反対する友の死をいたむ曲)を用い、最後は生き埋めにされても火の鳥の血の効果で死ぬまで力の限り殉死の風習をやめるよう声をあげ続ける。殺したタケル王から名前を譲られてヤマト・オグナ→ヤマト・タケルとなるのだが、彼とカジカは子孫を残さない。上のコマの右下にいる変な顔の王さまが現在にいたるまでの天皇家のご先祖さま。それでも彼とカジカの愛は永遠。いい話だ、火の鳥ってのは。
火の鳥の物語というのは、最初の黎明編がもっとも古代を描き、2番目の未来編が究極の未来、人類も生命もすべて滅亡して、地球上にまた新しい生命現象が繰り返し起こるまでを描く。そこですでに物語は完結してるとも言えるのであるが、それに続く、黎明編と未来編の間を埋めていく物語が意味がないどころか意味があり過ぎて困るくらいの。最近では『闇金ウシジマくん』というマンガも、体裁はまったく違えど、1巻ですでに後続の巻に出てくる話のバリエーションはあらかた提示されてると言っても過言ではない。金主、ギャンブル、性風俗、フリーター…。あらかじめ決まっている世界観。それに肉付けして骨格を補強していく作業。それは人生の後半を生きることとも似ている気がする。もはや若い時分に経験してきたことで培われた価値観・人生観はめったなことで変わるものではない。起こってくることも、今までに経験してきたことで、ああ、なるほどね、と察しのつくような。しかしそれでも生きることは面白く、人間への興味は尽きない。『火の鳥』や『闇金ウシジマくん』の後続の巻を読みたくてたまらないのと同じように。

火の鳥 (4) (手塚治虫漫画全集 (204))
手塚 治虫
講談社

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世代交代

2008-12-27 22:37:29 | 音楽
年をとる前に死ぬことを願う――(俺の世代について言ってるんだ)――My Generation by THE WHO

レス・ポール氏の映画は22日、チェコ人形アニメ作家たちの映画なんてのは25日の夜にホテル街のユーロスペースで見てるんですけどさ。カップルとかが見に来てても最近あんまし腹も立たんわ。まあ若いうちに人生謳歌するがいいさ。天皇誕生日の翌々日がクリスマス。「天の王」が生まれた日の次の次に「神の子」が生まれたとされる日が来るわけでしょ。生殖行為に励みたくもなりますわな。
しかしレス・ポール氏が大正天皇即位から4年ほど後に生まれ、それから今までずっと生き抜いて歴史を見届けてるのにもびっくりさせられたものの、考えてみれば今の天皇さんも75歳に??もはや新聞・テレビなどは来るべきXデーの準備にも余念あるまい。そうしますとさ、平成というのは20数年で終わる、明治や昭和からしてみるとやや短い、大正のような。平成の次の時代に生まれてくる子どもたちからしてみたら、昭和生まれのわれわれなんてのは、昭和生まれのわれわれから見た明治生まれのおじいさんおばあさん、みたいな存在に??うう。おそろしや。天皇さん。長生きしんさい。
話変わりますが、上記のような強烈な歌詞で「われわれの世代」をアピールしたザ・フーという4人組のバンド。ビートルズやストーンズにも引けをとらない、ロックという言葉をもっとも体現するバンドと評されることも。しかし日本ではいまいちパッとせず、オラも高1までは知らんかった。名前どおり「誰?」てなもの。高2のときに彼らが「You Better You Bet」という曲を『Face Dances』というアルバムからシングル・カットして、英9位・米18位のヒットに。『ベストヒットUSA』という洋楽紹介のテレビ番組が始まった頃で、モノクロで撮られたPVがかっこよかった記憶がある。それでも歌詞の意味とかは、当時はタイトルからしてぜんぜんわけわかってなくて、最近目にした歌詞対訳によると「賭けたほうがいいよ。人生は」みたいなことを歌ってるらしく、さらに次のような一節が。「♪お前の体が目の前にちらつく―古臭いTレックスの歌を聞きながら―俺はへべれけになっちまった―古臭いTレックスをバックによ―次は誰だ?」
この「次は誰だ?」という言葉は、Tレックスの次にラジオでかかるのは誰?のような意味とともに、彼らが1965年にマイ・ジェネレーションで世に出てからもずっと活動してきた中でも創作力のピークを示す1971年のアルバム『Who's Next』ともかかっている。なおかつ1971年というのが、Tレックスがスターダムをつかんだ年にあたっている。そしてTレックスは2年ほどで急速に人気を失い、作曲者でシンガーのマーク・ボランは1977年に29歳で事故死した。その翌年にはザ・フーのバンドとしての破天荒な活力の源泉でもあったドラムス担当キース・ムーンも、31歳で麻薬の過剰摂取により死去。年をとる前に死んでしまった。
「You Better You Bet」の歌詞には、ザ・フーの作曲者でギター担当のピート・タウンゼント氏がそうしたことから受けた複雑な思い、そしてまた「でも俺はまだまだ元気だぜ」というアピールもみなぎって、キース・ムーン死去後のザ・フー再出発を華々しく飾っているといえよう。しかしアルバム全体としては、タウンゼント氏は前年1980年の自身のソロ作『Empty Glass』にどんどんいい曲を使っちゃって、キースに代わるドラムス担当ケニー・ジョーンズから「君はこのすごい曲を全部ソロ・アルバム用に使ったんだな。ザ・フーの曲だって前はすごかったはずなのにな」って嫌味を言われて口論になったんだとか。タウンゼント氏は「そりゃあ自分のソロ作はいいものにしたいよ」と。正直者め。
そのザ・フー。2002年にはベース担当のジョン・エントウィッスルも亡くなり、ともに還暦を過ぎたタウンゼント氏とヴォーカル担当ロジャー・ダルトリー、さらに若いメンバーを補充して今年には来日公演も行って盛況だったとか。もう次の機会はないかもしれない。全盛期のバンドとは異なるとしても、そうした荒波をくぐり抜けてきたタウンゼントとダルトリーを目の当たりにしたかった。残念なことをしてしまった。

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『レス・ポールの伝説』 『チェコ人形アニメの巨匠たち』

2008-12-26 20:27:10 | 映画(映画館)
レス・ポールの伝説/Chasing Sound: Les Paul at 90@下高井戸シネマ、ジョン・ポールソン監督(2007年アメリカ)
エリック・クラプトンやキース・リチャーズ、ジェフ・ベック、エディ・ヴァン・ヘイレン…名だたるミュージシャンたちに愛用され、エレキ・ギターの代名詞となった「ギブソン・レスポール」の産みの親、レス・ポール。
1915年に生まれ、1930年代より音楽活動をスタート。ソリッドボディのエレキギターの原型を製作、現在のスタジオ・レコーディング技術の礎となった多重録音のやり方などを発明・開発した先駆者として、ミュージシャンでは唯一「発明家の殿堂」入りも果たしている。50年代には妻のメリー・フォードと組んでヒット曲も連発した彼は、92歳(現在は93歳)の今でも週に一度のライブ活動を行い、演奏の合い間にはジョークを飛ばすほど元気。そんな彼が自ら20世紀を生き抜いた音楽人生を語り、また彼を尊敬してやまないBBキング、ポール・マッカートニー、スティーヴ・ミラーらミュージシャンたちもその業績の大きさを語る、貴重なドキュメンタリーである。



チェコ人形アニメの巨匠たち/Golden Age of Czech Puppet Animation@渋谷・ユーロスペース(2008年チェコ)
ヘルミーナ・ティールロヴァー、カレル・ゼマン、イジー・トルンカ、ブジェチスラフ・ポヤル、ヤン・シュヴァンクマイエル、イジー・バルタ…脈々と受け継がれるチェコの人形アニメ監督たちの系譜は、いつどのようにして始まったのか。ナチス侵攻の前後から、人形劇や舞台美術、工芸デザインなどさまざまな作り手たちがそれを志し、時代や社会状況を超えて、子どもたちのために夢を創り出そうとして驚くような発想や細かな工夫により大人も見とれてしまうような作品を次々に誕生させたのである。その、数々のアイデアの生まれる様子を監督たちに取材した、彼らの情熱を感じることのできるドキュメンタリー。
併映「りんごのお姫様」ブジェチスラフ・ポヤル(1973年・15分)&「ゴーレム(パイロット版)」イジー・バルタ(1996年・7分)



ネットで音楽を渉猟するうち『pitchfork media』というサイトを見つけて、ネット主体ながらもこの11月にはパンク以降の年代に生まれた500曲を選んで解説を付した出版物が出ており、さっそく買い求めて未知の名前を集めまくって。サイトでは60年代の200名曲や70・80・90年代それぞれの100名盤なども発表しており、このところローリング・ストーンやBLENDERの選択に新鮮さを覚えなくなってきたこともあって重宝して利用してる。そこのサイトが推奨する音楽を聴いてみると、「創意工夫・発明発見」ということを非常に重視してる気配が。作曲はもちろんのこと、新しい歌詞、新しいサウンド、新しい人生観のようなことまで。ひとりひとりがまったく異なった価値を持った発明家。その500曲の本には、新しい提案とか苦手そうな日本人の音楽からも選ばれてるよん、いわゆるJ-Popとは異なるけど。考えてみれば、音楽そのものより、ローランドの録音器材やソニーの音響電化製品などの技術的な貢献もたいへん大きい。この映画のレス・ポール氏というのも、そうした系統に連なる人物かもしれない。
その人生はそのまま20世紀の歴史のような。生まれたのは大正4年。オーソン・ウェルズやビリー・ホリデイといった伝説的人物とも同い年。音楽人生の初期にはジャンゴ・ラインハルトと出会って「仕事を変えようかとも思った」。さらにはチャーリー・クリスチャンともセッションして「あまりに上手なので、一緒に演奏するの気が引けるなあ」と。しかし彼には演奏家・作曲家としてより、工夫して楽器を改良したり誰も思いつかない発想で新しいサウンドを生み出す才能があった。現在使われてるエレキギターの原型となる、生ギターよりも音を高く長く伸ばせるギターを開発。また第二次大戦中にドイツで発明されたテープ・レコーダーを見て、録音ヘッドを2つ取り付けたら、音を重ねて録ることができるのではないか、と思いついた。現在普通に行われてる多重録音技術の元祖。初めてその技術で録音された1948年の「Lover」、また妻メリー・フォードが歌を担当する1951年の「How High the Moon」では、それまで誰も聞いたことのないSF的なまでに新しい音を実現。しかし、新しい音はやがてもっと新しい音に凌駕される。1955年ころからロック音楽が爆発的に流行し、ヒットチャートと縁遠い存在となった彼はいっとき引退状態でもあったとか。それでも今は、ギブソン社と組んで作った「レスポール」ギターがロックバンドの定番となり、またどんどん新しい音楽を発明発見する精神的子孫たちから尊敬されて悠々自適な日々の様子。
そうした創意工夫・発明発見を美術・芸術・映像の分野で成し遂げたチェコの人びと。2本の映画どちらももともとTV放映のため作られた様子であるものの、特に人形アニメは音楽と異なって何度も繰り返し賞味するわけでないので、多くの作品から見どころを引用しているこのドキュメンタリーは映画館で見る価値十分。こちらにも知らない名前が何人も。チラシに写ってるのはチェコ人形アニメの草創期に大きな役割を果たしたイジー・トルンカと彼を師と仰いだブジェチスラフ・ポヤルで、長老的存在のトルンカ氏のキャリアの最初は人形作家や舞台美術。やがて人形劇よりさらに驚異的・幻惑的な動きを追求できるアニメーションの道へ。人形には骨組みがあって関節で動かせるようになっており、ひとコマひとコマ動かして撮影する、そのやり方の工夫によって現実の役者よりも精妙な動きを実現。そうしたことから徐々に多くの人が手がけてアイデアが集まってくるようになると、紙で作った平面の人物、ハンカチ、手袋、いろいろなものが使われるようになり、中でもシュヴァンクマイエルが初期に粘土で作った短編「対話の可能性」は各地の映画祭で、映画の歴史を塗り替える作品だ!とまで絶賛を受けたとか。シュヴァンクマイエルって人は初期にはわりと作風が広かったのね。
またそれぞれ別の人が作った、動かす素材や題材もさまざまな作品をこうして一堂に集めてみると、どの作品にも不思議と色っぽさのようなものが漂っていることに気づく。本来のアニメート=命を吹き込む、ということの根源的な意味を考えさせられる。とともに、オラさあ、球体関節人形を持ってるじゃないですか。動かなくても色っぽいやつ。いつか、あれを動かしてみたいなあと。まあ急がなくても、勃起しなくなってからの余生の楽しみにでも取っておくか。

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「悪魔の発明」 『厳重に監視された列車』

2008-12-23 19:42:54 | 映画(映画館)
カレル・ゼマン・レトロスペクティヴ(Jプログラム)@渋谷シアターイメージフォーラム
「ハムスター」(1946年・8分)
動物たちが住む庭を洪水が襲う。みなで力を合わせて堤防を築こうとするが、ハムスターだけは知らん顔で自分の財産を守るのに必死。
「プロコウク氏 靴屋はいやだの巻」(1947年・7分)
プロコウク氏が転職目指して猪突猛進!靴底をたたく音からタイプライターを連想し、役所へ勤めようと出かける。



「悪魔の発明」Vynález zkázy(1958年・78分)
ジュール・ヴェルヌの空想科学小説を映画化したモノクロ代表作で、実写の人物と銅版画を思わせるアニメが融合した独特な世界は50年代の人びとを驚かせた。



メンツェル映画祭@日比谷シャンテシネ~厳重に監視された列車/Ostře sledované vlaky(イジー・メンツェル監督、1966年チェコスロバキア)
第二次大戦中ナチス・ドイツに占領されたチェコ。童貞の青年ミロシュ(ヴァーツラフ・ネツカーシュ)は村の駅に勤務し、愛くるしい車掌のマーシャ(イトカ・ベンドヴァー)との一夜でうまくいかずに自殺を図る。駅の主任は電信技士の少女のお尻に駅のゴム印を押して楽しんだりする女好き。悩むミロシュに医師(イジー・メンツェル本人)や主任が手助けをして、性の手ほどきをする美女(ナジャ・ウルバンコヴァー)があらわれる。“勝利の女神”という暗号名のその美女は、やがて駅を通過する、独軍の軍用列車を爆破する密命をおびたレジスタンスの闘士だった…。
メンツェル監督28才の長編デビュー作。1968年アカデミー賞外国語映画賞を受賞してメンツェルは68年の<プラハの春>で最も若い旗手とうたわれたが、続くソ連の弾圧の槍玉にあげられることにもなった。マーシャとミロシュのキスシーンが名高く、終盤の劇的な展開などからも愛されている映画で、2005年にはTIME誌による史上ベスト100本の映画に選出された。
日本では劇場未公開だったがチェコ映画祭で上映されたほか『運命を乗せた列車』のタイトルでBS放送されたことがあり、このほど新作『英国王給仕人に乾杯!』の公開に合わせ上映されることに。

  

のっけから犯罪者の話題で恐縮なんですけどさ、チェコになってからか、チェコスロバキアだったときのことか覚えてないんだけど、その国の大使館員が日本で強姦事件を起こし、治外法権の大使館に逃げ込み、そのまま本国へ帰ってしまって結局逮捕されなかった…てなことがあった。もう一生かかってもシロート女性からはさせてもらえないオラからしてみると許せない話でんなあ。「一生かかっても」なんて言っていても、終わりのほうでは勃起能力が失われてくることも想定しなければならず、本当に真面目に身のふりかたを考えんと。
とゆ~か、ドヴォルザークやカレル・チャペックやチャスラフスカや、ゼマン、バルタ、シュヴァンクマイエルを始めとするアニメ作家たちの存在などから日本人にとって親しみの湧く好印象な国チェコにも悪人はいるものなのね。
そうした国の映画で、とりわけ童貞喪失をモチーフとしていてアカデミー賞まで獲ってるとなれば、これはもう見ておかないと。なかなか劇場で見る機会も少なそうですし。主人公の若者ミロシュは童貞を捨てるのに失敗して自殺未遂。オラの場合は「自殺未遂」の後年に「童貞を捨てるのに失敗(例の150万円で買おうとしたキャバ嬢ね)」と、順番こそ異なるものの他人と思えないナ さらにはミロシュのお祖父さんは素手で戦車に立ち向かって亡くなった逸話を持つが、お父さんは早期に退職しても恩給のもらえる国鉄勤務ですでに左うちわ、ミロシュもそうなりたいと国鉄に勤める。う~む。半官半民の会社を20年勤続(途中休職あり)で辞めてしまって左うちわのオラはますます他人と思えない。
そんなミロシュも、レジスタンスの美女との出会いから、祖父の逸話もよみがえるような壮大な運命に飲み込まれることに。まったりと生きてるようでありながら、意外としぶとく骨のあるチェコ国民の真髄のかいま見える気がした。
それでも彼らの人生の基本は享楽。大使館のレイプ魔やら駅の好色な主任さんのほかにも、先日目に留まったニュースによれば、チェコ人は国民1人あたりのビール消費量が15年連続で世界一なのだとか。全員均等にならしても1人毎日350ccの缶を飲んでる計算。まあ、働かないで言う台詞じゃないが1日の仕事を終えてジョッキでごくごくビールを飲むのは気持ちいい。生きてる実感。ビールを好まない若者が増えてきてる日本というのも、国力衰退の証しなんじゃないかナ
それともうひとつ気になったのが、他人に労働をやってもらうという発想からロボットという言葉を生み出したチェコから、日本のロボット・アニメみたいなんじゃない、こつこつ手間のかかる職人芸のアニメ作家が何人も出てきてるという。なんとなく市場の規模の大きさが表現の質というものを規定する気配が感じられて。

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闇金ウシジマくん・清朝末期くん

2008-12-22 23:54:30 | 読書
『阿Q正伝・狂人日記』魯迅(岩波文庫)
周囲の人間から食べられてしまうという被害妄想を抱く男の姿に儒教道徳への疑問を込めた「狂人日記」、最下層の小作人“阿Q”の短い生涯を描く「阿Q正伝」など、清朝末期から中華民国成立の当時、日本に留学した経験も持つ魯迅自らの経験も織り込んで、中国に近代文学を導入しようとする意気込みのもと書かれた14の中短篇。

歯医者へ行く。どうってことない治療である。しかしパーテーションで隔てられた隣りの治療台からはどうってことある気配が。耳をダンボにしても、ぼそぼそとした患者の声は聞き取れず、医者の声のみ聞き取れる。「ちょっとチクチクッとしますよ。もし我慢できないようだったら右手を上げてください」「う~ん。短期的には治るんですが、長期的に見ると、根っこを抜いたほうがいいですね」
つい顔がほころんでしまう、他人の不幸をおかしがってしまう性根の卑しいオラ。『闇金ウシジマくん』を最初に手に取ったときもだいたいそんな感じだったかもしれない。オラは借金なんてしないから、借金まみれで不幸の底に落ちてゆく人たちのドラマを賞味しちゃおう。ところが、そのマンガはまったくそれどころではない、初期からわりとすごかったものの巻を追うにつれオラをとりこにするばかりである。借金や悪徳や、場合によっては完全な法律違反の犯罪行為まで、いったい何が彼らをそうさせたのか、させずにおれなかったのか、その複雑怪奇な因果関係・人間模様をあますところなく描き伝える。そうすると読者は彼らを他人と思えなくなる。借金するような別世界の人たちではない。彼らの中にもオラがいて、オラの中にも彼らがいる。これまでのところ、完全に理解できないモンスターとして描かれてたのは、肉蝮(にくまむし)って人と鷺咲(さぎさき)って人くらいかな。鷺咲くんは年末SP企画に出演していただくので覚えててね。その2人でさえ人の子。そうさせた事情があるのかも。いずれマンガにも再登場して彼らの人生を語るときが…来ないか。まあ、できるだけいろんな人の物語を語ってもらって、いつまでも連載していてほしいですね。
今現在進行中でいよいよ佳境を迎えつつあるのが「スーパータクシーくん編」で、ホストクラブ勤めや離婚の経験もあるタクシー運転手・諸星信也を描く。つかみどころのない人間像で理解できにくかった彼も、今は「がんばれ!」と応援したい気持ち。その昔、とどのつまり野垂れ死にすることになる漫才師がタクシー運転手を「かごかき!」と侮辱したところ訴えられて裁判で負けちゃった。しかしすごいよな。駕籠っていう移動手段。駕籠からタクシーまでの間に、人力車というのがあったそうじゃないですか。それまたすごい。このたび読み終えた魯迅という人の短編集にも、いくつかの話に人力車夫が象徴的な形で登場する。ウシジマくんとの共通点はそればかりではない。
そもそも中国の文字ってのは、どうして漢字なのか。意味するところの違いに応じて膨大な数の漢字。知識を蓄積したり人に伝えたりするためには、それを学ばなければならない。ゆえに多くの民は文盲のままに。漢字という存在は、知識や教養みたいなものはそれを学べる環境に恵まれた特権階級・支配階級が独占していればいいという価値観を暗に示している。民衆の向上心や下克上を狙うエネルギーをも利用して成し遂げられた欧米の、それを追う日本の近代化に、中国が乗り遅れてしまったのはそのためもあるのではないか。そのさなか、諸外国から寄ってたかってむしられる当時の中国で、魯迅は文学の力によって民衆の意識を改革しようと考え、中国語の文法を改良することまで試みて中国最初の近代文学者となった。
しかし彼は《民衆というものをあらかじめ善なるものとはとらえなかった。なにかにつけて付和雷同し、裏切り、だましあい、互いに互いを食いあう度しがたい生き物と見ていた。魯迅の眼の深さは、食人関係性にしばられた民衆を、単に忌むべき“他者”とはせずに、自己のなかにも民草のやりきれなさを見ていた=辺見庸》。他者の中に自己を、自己の中に他者を見る、そこに生ずる共感や同情心、優しい情緒やユーモア。殺伐たる世の中でもなるべく笑って生きたい。極貧にあえぐ“阿Q”の、争いに負けたりひどい目にあっても、心の中で勝ったことにしてしまう独特の“精神勝利法”は、「自分で自分を励ます毎日」を送るタクシー運転手・諸星信也の心にも受け継がれている。そしてその中に、赤色革命につながるような理念も、すでに生じているのかもしれない。
魯迅=本国ではルー・シュンと発音するとか。小5のときのオラのクラスに迅と書いてシュンと読ませる名前の男の子がおっただ。シュンコちゃんと呼ばれるくらいかわいらしい。でも水泳もピアノも習ってて勉強もできて、人格的にも小5にしてひとかどの人物。小6でそこから去ったオラは後に彼が慶応中学へ進んだらしいと知る。小学校からエスカレーター式に上がってくる、生まれながらに支配階級にいるようなフシュウ漂うセレブたちに囲まれても、彼ならスポイルされないで立派に育ってると思う。ああ、フシュウの人は慶応じゃなくて学習院か。スピリッツ誌を読んでるとも聞くのだが(フシュウの人がね)、革命思想も隠し持つような『闇金ウシジマくん』は飛ばしてるかも。熟読してるとしたら、ちょっとばかり好感度アップだわよ。今さら遅いけどな。


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ハーレム8685夜

2008-12-21 19:03:13 | 音楽
iTunesプレイリスト<You Must Hear Before You Die, Vol. 9>113分
1. "Carnaval" Cortijo & His Time Machine (1974 - Cortijo y Su Maquina del Tiempo - Latin/Puerto Rico)
2. "UFO" ESG (1981 - A South Bronx Story - Hip-Hop/Electronica)
3. "This Train" Sister Rosetta Tharpe (1947 - Sister Rosetta Tharpe, Vol. 3 - Blues/Gospel)
4. "Jardin" Gustavo Santaolalla (1998 - Ronroco - Latin/Argentina)
5. "A La Nit" Savath & Savalas (2004 - Apropa't - Electronica/Psychedelic)
6. "Falla: El amor brujo - 5. Danza ritual del fuego" Ernest Ansermet; L'Orchestre de la Suisse Romande (1955 - Falla: El Sombrero De Tres Picos, La Vida Breve, El Amor Brujo - Classical) ファリャ:火祭りの踊り
7. "Free of Hope" Vic Chesnutt (1995 - Is the Actor Happy? - Rock/Alternative)
8. "Little Flower Garden" Djivan Gasparyan & Vachagan Avakian (1983 - I Will Not Be Sad in This World - World/Armenia)
9. "Satin and Lace" Tito Rodriguez (1960 - Live at the Palladium - Latin/Puerto Rico)
10. "Tales of Brave Ulysses" Cream (1967 - Disraeli Gears - Rock/Blues)
11. "Little B's Poem" Bobby Hutcherson (1965 - Components - Jazz)
12. "Sabor de guajira" Bembeya Jazz National (1969 - The Syliphone Years - World/Guinea)
13. "Tierra de Vicuñas" Sukay (1990 - Cumbre, the Summit - World/Andes)
14. "How to Dream" Sam Phillips (2001 - Fan Dance - Rock/Folk)
15. "Cam Ye O'er Frae France" Steeleye Span (1973 - Parcel of Rogues - Folk)
16. "Allons a Grand Coteau (Let's Go to Grand Coteau)" Clifton Chenier (1975 - Bogalusa Boogie - Blues/Zydeco)
17. "Berlioz: Les nuits d'été, op. 7 - 5. Au cimetière (claire de lune)" Régine Crespin, Ernest Ansermet; L'Orchestre de la Suisse Romande (1963 - Berlioz: Les Nuits d'été/Ravel: Shéhérazade, &c. - Classical) ベルリオーズ:墓地で(月の光)
18. "Meron Nign/In the Sukke" Itzhak Perlman (1996 - Live in the Fiddler's House - World/Klezmer)
19. "Tropicalia" Beck (1998 - Mutations - Alternative/Latin)
20. "Mantra del Bicho Feo" Juana Molina (2003 - Segundo - Electronica/Argentina)
21. "Oh Yeah" CAN (1971 - Tago Mago - Rock/Alternative)
22. "Let's Get It On" Marvin Gaye (1973 - Let's Get It On - R&B)
23. "Kalfou Danjere" Boukman Eksperyans (1992 - Kalfou Danjere - World/Haiti)
24. "The Pearl" Silly Wizard (1981 - Wild & Beautiful - World/Celtic)







先日の『ラット・フィンク』の映画では、ごてごてした改造車たちが「俺っていかすだろ」とかの台詞を言ってるのがおもしろかったね。自動車を擬人化してる。弊ブログでもよく「音楽たち」のような言い方をするじゃないですか。とっかえひっかえオラを楽しませようとしてくれる音楽のみなさん。

真珠(まじゅ)どの。もそっと近う寄れ。うむ。今宵はそちに伽を申しつける。麗奈(田中)どの。近う寄れ。そちはかぐわしいのう。真珠どのの次にそちに伽を申しつける。舞(宝生)どの…(以下略)

こうしたことが毎日のように延々と繰り返され、相手は数千曲にもおよぶということになってくると、できるだけいろいろ風変わりな曲を取り揃えることが望ましい。熟女さん、混血さん、色は黒いが南洋じゃ美人さん。
日本のラジオとか音楽雑誌とかは偏見に凝り固まっていて、風変わりな美人さん(音楽)を紹介してくれて新鮮な驚きある楽しみをもたらしてくれない。世界中の音楽を紹介してると称するミュージック・マガジンにしたってクラシックのことはいっさい載せないでしょ。一種の逆差別だよね。主流ポップスの流れにはクラシックから引き継がれてるものが無視できない。といってクラシックについて語る人はポップスについて語ろうとしない。
正直外国の音楽雑誌やサイトでもその傾向はあるものの、いい本を見つけました。『1,000 Recordings to Hear Before You Die: A Listener's Life List』としてクラシックからジャズ、ロック、ワールド・ミュージックまでありとあらゆる音楽ジャンルから1000枚の名盤を紹介。上のリストはその本に載ってるいっぱいの音楽の、ジャンル越境的な楽しさからごく一部をかいつまんで。
たとえばイツァーク・パールマンというクラシックの高名なヴァイオリニストがクレツマーと呼ばれる東欧ユダヤ人に伝わる民俗音楽を演奏してるアルバム(18を含む)。ここに見られる演奏家の姿は「芸術家」というより大道芸人さんで、クラシック音楽というのは実のところかなりブルースやワールド・ミュージックと近い位置にあることが感じられる。また16はザディコと呼ばれる音楽で、アメリカ南部のフランスからの入植者に伝わる音楽を黒人たちがブルースと混ぜこぜにして演奏するようになったものだとか。他にも20は「アルゼンチン音響派」と称する、上画像の金髪に隠れた女の顔のジャケットからしてもわけわかんなそうな音楽だけど、地球の裏側でも意外と日本の女子に通じる感覚を持ってたりして。
極楽とんぼ・加藤浩次の深夜ラジオは聞いたり聞かなかったりだが、たまたま聞いた先週の放送では、国民のエッチ度はFIFAランキングとかなり一致するのでわ、という投稿者の意見に彼が賛同して、中国人は日本人が一番スケベだと思ってるみたいだけど、日本人はオナニーの回数が多いだけでセックスの回数は少なく、エッチ度はぜんぜん低い、やっぱスペイン、イタリア、ブラジル、アルゼンチンとかはすごいでしょ、と。そうでしょうね。とうとう1回もセックスせずに年が暮れようとしてゆく。

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雑誌の興亡 #6

2008-12-21 16:02:56 | Bibliomania
【51】見る雑誌 - グラビア・ページの新機軸
『ロマンス』経営陣の前で屈辱を味わった岩堀喜之助も、『平凡』をB5判へと大型化させるにあたり“読む雑誌”から“見る雑誌”への大胆な転換を実行したことで、やがて『ロマンス』を凌駕する成功を収めることになる。B5判となった最初の昭和23年2月号の表紙は女優・高峰三枝子の歌う姿で、巻頭にも映画のスチルと歌手のポートレートを組み合わせたグラビアを載せるなど華やかな変身を遂げたのである。

【52】新しいレイアウト - 歌うグラビア
そのグラビアは「コロムビア・ヒットソング集」としてコロムビア・レコードとも提携して企画されたもので、歌詞を掲載したり映画と音楽を組み合わせたレイアウトはそれまでになかった斬新なものであった。歌詞はやがて歌本として別冊になるなど『平凡』の顔となり、同誌は活字を極力減らすいっぽう絵と写真を豊富に使って「歌と映画の娯楽雑誌」として生まれ変わる。

【53】ヒットソング集 - 歌謡曲を取り上げて成功
昭和20年代当時の人びとの心に流行歌はさざ波のように広がる大きな存在であり、そのため路線転換して以後の『平凡』は毎号のようにグラビア・ページで歌を紹介し、その他の内容も歌謡曲中心となってゆくのである。

【54】編集者の仕事 - 自分の感動を読者に
編集長の清水達夫が当時の人気歌手・岡晴夫のステージを見てその演者と客席の一体感に打たれたことも『平凡』の雑誌作りに影響したといい、同誌は岡の自伝的記事を掲載したほかやがてさらなる大歌手・美空ひばりとも出会うことになる。(下画像:「悲しき口笛」で人気を博したころの美空ひばり)



【55】ひばり情報誌 - 「この子はすごくなる」と
『平凡』昭和23年10月号に読切小説として掲載された「悲しき口笛」は翌年、松竹で映画化され主題歌をコロムビア・レコードの美空ひばりが歌うことになった。映画の試写会でまだ少女のひばりが歌う様子から彼女の大成を確信した岩堀と清水の意志もあり、24年4月号のグラビアで「美空ひばりちゃんの朝から夜まで」と題して彼女の私生活を紹介するなど、さながら“美空ひばり情報誌”の様相を呈した『平凡』は、昭和30年8月号で141万部に達するほど部数を急進させてゆく。

【56】『乙女の性典』 - 越えるべきハードル
『平凡』の部数を伸ばしたもう一つの要因が昭和24年3月号から連載された小糸のぶの小説『乙女の性典』であった。もともと彼女は同誌に読切小説を執筆していたが、松竹が少女の性教育をテーマとする映画を作るにあたってプロデューサーからぜひ原作となる小説を書いてほしいと頼まれ、いったんは断ったものの岩堀と清水に相談して引き受けることになる。

【57】立て看板 - 繁華街でPR活動
松竹のプロデューサーは石田清吉という人物で、彼は宣伝効果を考えて部数の多い『婦人倶楽部』へ連載させたい腹づもりであったが岩堀と清水から熱心に頼まれて『平凡』への連載が決まったのである。その初潮を描いた書き出し《三枝子はさっきから、股のあいだが妙にベトベトするのをどうしたわけだろうと思いながら、先頭から五、六番目の列を歩いていた》はタイトルやテーマとも相まって大きな反響を呼び、映画も大ヒット、続編も次々と掲載されて『平凡』の看板となった。(下画像:映画化を前提として題名を読者から募集しているため仮題で始まった連載小説)



【58】打ち合わせ - 戦略的な連載小説
連載小説の主導権がもっぱら作家にあった時代にあって、小糸のぶの連載小説は編集陣とも密接に打ち合わせてストーリーの設定・展開が決まってゆくという後のマンガ雑誌に見られるような手法を先取りして行われた。この打ち合わせにはやがて映画・音楽会社やデパート・衣料品メーカーも加わり、メディアミックス戦略として広範な影響を巻き起こす存在となってゆく。

【59】アマチュアリズム - 読者のことだけ考えて
たとえば、そごうデパートのキャンペーンを目的とした「有楽町で逢いましょう」の場合はまずフランク永井の歌が作られ、それに基づいて宮崎博史が小説を連載し、さらに大映が映画化するという具合であったが、こうした作家の領域まで踏み込む試みは『平凡』がアマチュアの集まりのような形で編集されていたことで可能になったのである。彼ら送り手がアマチュアだったことで、受け手である読者の意見もどしどし取り入れられてゆく。

【60】ミス平凡 - 愛読者の投書でスター発掘
その一つとして昭和23年末に実施された「花形歌手人気投票」はすさまじい反響を呼び、ハガキによる応募総数は42万8千枚にのぼった。1位の岡晴夫、彼を1位にさせるため『平凡』を買うことのできない者までハガキを書いたのだった。さらにこの企画は既存の歌手・映画スターを飛び越えて、愛読者の中からミス&ミスター平凡を選出することにまでおよび、その中から都はるみ、神戸一郎らの歌手を生むことにまで発展していった。
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『ノン子36歳(家事手伝い)』

2008-12-20 21:12:47 | 映画(映画館)
@銀座シネパトス、熊切和嘉監督(2008年・日本)
パラサイト三十路女子の不安・切なさを坂井真紀が演じる
今の状況を変えたいと思ったとき、あなたはどうする?
離婚して地方の実家に戻り、神社の仕事を手伝う元端役女優のノブ子(通称ノン子=坂井真紀)。そこに、神社の祭りにヒヨコを売る露店を出したいという青年マサル(星野源)がやってくる。将来に希望を持てなかったノン子は、マサルの無鉄砲な若さに惹かれて実家に招く。さらに元夫でマネージャーだった宇田川(鶴見辰吾)も来る。芸能界への復帰話に心がゆれ、拒みながらもセックスをしてしまう。しかし、復帰話はでたらめ。そんなとき、露店営業を認めてもらえないマサルが自暴自棄の暴走を始め、ノン子の心も激しくゆれ動く…。



激しい濡れ場があると聞いている。30本もの映画が今日から公開されるという年の瀬の土曜日、この映画も今日が初日で銀座でお昼の上映後に舞台挨拶、渋谷では夕方の上映前に舞台挨拶。もちろん銀座ですね。エロいじゃないですか。濡れ場を見てから実物の女優さんを確認。
2度の濡れ場のうち前のほうは鶴見辰吾と。ああ、辰年生まれなので辰吾なのか。同学年でんなあ。杉田かおるを孕ませてたね。後のほうの濡れ場の相手は若い星野源で、坂井真紀から誘う。そちらにより情感がこもってた。おっぱいはA~Bカップなものの、乳首が勃ってるように見えてエロいっす。ところが、つくづく男どもはおっぱい星人と見えて、客席は女性のほうが優勢。1人か2人で来てる、30前後くらいの。チラシ等の宣伝もそうした女性に狙いを定めてる気配。
同じ監督さんによる、少なからずこの映画の助走ともなってたような『揮発性の女』では、シネ・ラ・セットに現れた石井苗子は映画の数倍はきれいで輝いてた。しかし坂井真紀は舞台挨拶でも「ウソをつくのが嫌い」と述べたとおり、TVや映画とまったく変わらない飾り気のなさ。連合赤軍の映画でも好演していたが、この監督さんとの出会いも必然的なものかもしれない。フィクションであるが、ノンフィクションでもあるような真実味のある作劇の手腕が光る。
そんな現実的な世界では、帰る家のあるノン子よりも、テキヤのコネクションにどうしても入れてもらえずことごとくはね返される青年マサルが切実である。現実もまさしくそう。若い男を取り巻く雇用環境のおそるべき冷たさ。
最近、街でサラリーマンが軍隊かヤクザのように感じられることがしばしば。そしてまたブランド大学の教授とか高給サラリーマンとかは、そうした現実をまだまだ対岸の火事くらいにしか思ってない。日本全体が沈没していて、まず弱者から早く沈没してゆくので彼らは相対的に浮上してるように見えるが、沈んでることには変わりないのだが。
この映画では厳しい現実に対してウソついてまで夢を見せようとしてないのは好感持てるものの、それだけにノン子はともかくマサルに対して救いを提示できてないのが惜しまれる。そうした意味でも「女性映画」なのかもしれない。『接吻』の小池栄子と同様に坂井真紀もフジ水曜22時台の今はないコント番組で芸の幅を広げた女優さん。あそこでは宮迫博之やココリコ田中も光ってたが、特に若い女優さんには「かわいい・きれい」だけでない価値を追求してもらう場が必要なんじゃないでしょうか。

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