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読書録 #30 — 監視資本主義、ほか

2022-03-17 18:04:36 | 読書
S・ロック+D・コリガン/内なる治癒力/創元社1990・原著1986
副題「こころと免疫をめぐる新しい医学」。私は45歳のとき検査でピロリ菌(胃潰瘍・胃がんの原因になる)がいることが分り薬治療で除去したところ、2年ほど悩まされた末端の冷え性、4年ほど続いていた左ヒジの一部角質化が完治して驚いたことがある。謎の因果関係。花粉症や食物アレルギー、新型コロナのもたらす多様な症状・後遺症。本書はがん研究の新進医学者(当時)が、強いストレスが免疫を大幅に下げることなど心理状態と病気の関係を臨床や動物実験で探り、ヨガ・瞑想・鍼など東洋医学の体質改善に学んだ予防的な「行動医学」を提唱し可能性を探る一冊。免疫学は競争が熾烈な分野のようで古色蒼然の感。


あだちつよし/怪奇まんが道・奇想天外篇/集英社ホームコミックス2017
ホラー漫画家各氏の漫画との出会いやプロ作家になるまでの歩みを描くシリーズ、この2弾では諸星大二郎・近藤ようこというホラーの枠を超える抜きんでた異才を含む。近藤氏が高橋留美子と高校同級で、デビューからしばらくエロ雑誌に場を得ていた(内容は非エロ)とは知っていたが、デビュー5年目の不遇時代、面識のない畑中純の推薦で初めての連載を、同氏が『まんだら屋の良太』を執筆していた漫画サンデーに持つことになったのが傑作『見晴らしガ丘にて』なのだというのは感動的。ほか『水鏡奇譚』『遠くにありて』など、少女漫画が自閉してゆく80~90年代にあって、再読に耐える芯のある物語を届けてくれた女性作家である。


横田増生/「トランプ信者」潜入一年/小学館2022
「BLM運動の連中には警察は手を出さない。警察は白人を叩く」「バイデンは中国共産党とつながり支援を受けている」「選挙が盗まれた!」。よく1年もこんな連中の側で暮らすのに我慢したな。まあ平和ボケでメディアもすべて腐っている日本よりマシか。日本と同じく「甘え・被害者意識」が個人崇拝・狂信の源になっているから、私の親戚が老若こぞって安倍当時よりことし正月に会ったときの方がウヨこじらせているように、貧困化とコロナの閉塞感によって事態はさらに悪化し、2020年大統領選挙の敗北から議事堂襲撃の暴走へと。そしてあれほどのことがあっても、ご本尊のトランプはじめ意気軒高。5波までの死亡率の低さだけをみて「日本のコロナ対策は優秀」とする著者には、せっかく渡米してもトランプ現象の表面だけなぞるので手いっぱいだった様子。そもそも小学館はネトウヨ生みの親の一人、粗悪な出版社だ。




レベッカ・ソルニット/それを、真の名で呼ぶならば/岩波書店2020・原著2018
「真の専制君主は海の向こうのプーシキンの国にいる。国の選挙を腐敗させ、銃弾や毒、そして事故に見せかけた不可解な死で政敵(とりわけ、ジャーナリスト)を排除する。彼は真実を戦略的におし曲げるのに成功し、恐怖を広めた。とはいえ、彼もアメリカの選挙への介入で手を広げすぎた。見えないところでやったつもりだったのに、全世界が不安と憤りを覚えながら、彼の過去や行動とその影響をつぶさに調べ上げることになった。アメリカ合衆国やヨーロッパ諸国での選挙への介入でロシアは真の姿を露呈し、これまでの評判と信頼は破滅したかもしれない」。
「わたしが知る最も献身的な活動家たちは、しょっちゅう憤慨してはいない。彼らの第一の責務は現状を変えることであり、そのための行動である。自己表現ではない」。
右も左もしょっちゅう憤慨しているツイッターやネット掲示板はむしろモラル低下と分断を助長している。常任理事5ヵ国で最も「無敵の人」に近いロシアのプーチンが「下方への競争」を仕掛けてきているのだろうか。


田中世紀/やさしくない国ニッポンの政治経済学/講談社選書メチエ2021
使いたくない言葉であるが「民度」も使いよう。監視し合え。常に人目に付くようにしていろ。そうすればアホウでもナチスに学んで永久独裁。もし監視し合う人質が蜘蛛の糸のカンダタのように助かるかも、となればウソ・裏切り・仲間割れが続出し結局誰も助からない。「民度」は監視・圧力の意味なら高いしモラルや主体性の意味なら低い。極端に低い。本書は、英国の財団が発表した「世界人助け指数」において日本が126ヵ国中107位、もちろん先進国では最下位という結果を受け、ラフカディオ・ハーン、ふるさと納税とクラウドファンディング、高校などの徒歩通学半強制といった題材に、本当に日本人の利他心は低いのかを問う。何も言っていないのと同じゴミ本。




ショシャナ・ズボフ/監視資本主義 人類の未来を賭けた闘い/東洋経済新報社2021・原著2019
「グーグルは、ユーザーの未来の行動に賭ける他者より、ユーザーは価値が低いことを発見した(行動余剰)のだ。これがすべてを変えた」。
「成人形成期には、他者から独立しながら他者とつながっている自己を確立するための『厳しい交渉』が求められる。(中略)『他の人の好み』という文脈から切り離された自己は存在しない。(中略)現在、若者の生活空間は、監視資本家によって所有され、その『経済的志向』に従って監視収益を最大化するように設計されている」。
この結果「ビッグ・アザー」による相互監視は「道具主義者」によって自動化された収益装置となり、人間は決して平等ではないが同質化されたオブジェクトに変ってしまう。『資本論』『沈黙の春』に匹敵するとも評された衝撃の一冊。


工藤哲/上海 特派員が見た「デジタル都市」の最前線/平凡社新書2022
第一次大戦後に10万人もの日本人が居住するなど列強が跋扈し「魔都」とも称された上海。現在は経済発展が著しく、共産党が求める厳密な統治とどう折り合いを付けるのか、外国人である著者から見て当局の「監視」ぶりや人びとの暮らしはどうなのか。そんな期待はことごとく裏切られた。総花的に薄く、弛緩した文章。のほほん新聞マン。これまで北京と上海(支局長)に計9年赴任、現在は毎日新聞秋田支局次長とのことで、秋田県の次長は上海の局長より上なのかな。この人も毎日新聞も問題意識ゼロなのだろう。北京の開会式を見て「負けた。恥ずかしい」って言ってた連中もすっかり忘れて憲法改正とか核武装とか現実逃避に忙しい様子。中国が手を下さずとも逆アヘン戦争みたいなことで没落すること必至。




相原秀起/一九四五 占守島の真実 少年戦車兵が見た最後の戦場/PHP新書2017
「刀を振りかぶったまま、小田が横たわるソ連兵の生死を確かめようとした瞬間、ソ連兵は傍らの小銃を持って、よろよろと身をもたげようとした。やはり生きていたのだ。小田はソ連兵の額を目がけて無我夢中で軍刀を振り下ろした。手にグシャっと、まるでカボチャを錠で叩き切ったような感触が伝わってきた。軍刀は確実に相手の脳天深くまで達した」。
「『この野郎。何をもっていやがる』。小田が手を伸ばして確かめると、それは黒い手帳だった。小田の指先が触れた拍子に手帳が地面に落ちて、手の中には一枚の小さな写真だけが残った。小田が手にしてよく見ると家族写真だった。海軍士官の軍服姿の男が右に立っていた。死んだ本人だった。左端にはマリア様のような美しいロシア人女性がつつましい笑顔を浮かべて並び、真ん中には四歳ぐらいの男の子がいた。男性と同じ漂々しい海軍の軍服姿で、腰からは小さな短剣を下げていた」。
日本がポツダム宣言を受諾し降伏した直後の1945年8月18~21日、千島列島東端の占守(しゅむしゅ)島にソ連軍が侵攻し、武装解除中であった日本軍守備隊との間で激戦となった。この様子とその後のシベリア抑留までを、それまで実戦経験のなかった17歳の戦車兵・小田英孝を軸としてやや小説風に描く。


鴨下信一/誰も「戦後」を覚えていない/文春新書2005
「昭和24年3月15日付けの朝日新聞に、ウランバートル収容所で抑留兵士に対する残虐なリンチが行われていたという告発記事がのった。ノルマを達成出来なかった兵士は、酷寒の屋外で立木に縛りつけられ、夜じゅう放置された。翌早朝、兵士たちは頭(こうべ)を垂れた恰好で絶命していた。ここからこの懲罰法は〈暁に祈る〉と名付けられた。驚くべきことに、これを命令したのは日本人だった。ソ連側に迎合した吉村隊長(本名・池田重善、もと憲兵だったことが暴露されることを怖れ偽名を使っていたといわれる)が見せしめのため にしたことだった」。
「妻はいう。『あれは普通の火災じゃないの』。炎は上にあがらず横に伸びる。狂奔する大火のとき起きる風のせいだ。置いてあった荷物は爆裂するようにして火を噴く。その熱風が一瞬にして酸欠の死をもたらす。黒焦げの死体はなぜかうずたかい山となる。瀕死の人々が互いに寄り添うからだろうか。それとも火焔と共に吹きつける烈風が炭化した死体を吹き寄せるからだろうか」。
文春(と新潮、あるいは他の大手出版社も)は総会屋である。普通の総会屋が株式会社に寄生するように、政官財の裏面をほじくり、雑誌で芸能ゴシップと混ぜて小出しに暴露し、政官財の癒着に乗っからせてもらえるよう圧をかける、そのおこぼれ情報を国民が知るのに過ぎず、民主主義・報道の自由のためにやっているのではない。


吉野実/「廃炉」という幻想 福島第一原発、本当の物語/光文社新書2022
リメンバー・パールハーバー。ネトウヨ右往左往。世界の注目を集めるウクライナの大統領の口から「かつて日本は今のロシアと同じ戦争を仕掛け、侵略する側であった」と言明されてしまう。
「2021年2月13日に、宮城県と福島県で最大震度6強の地震が発生した。震源は福島県沖で、第一原発のある大熊町、双葉町の震度は6弱だった。(中略)1号機と3号機では格納容器内の水位低下や圧力低下がみられた。1号機は1日10~17.5センチ、3号機は1日15センチ程度水位が低下している。(中略)格納容器はメルトダウンに水素爆発、その後も冷温停止するまでの高温高圧でさんざんに痛めつけられ、事故から10年が経ち経年劣化も進んでいる」。
忘れっぽい日本人・ネトウヨに連続して冷水。またも宮城・福島を大きな揺れが襲う。地震国ゆえ今後も東南海地震などの巨大地震、それに伴う大津波が避けられない。福島第一の使用済み核燃料取り出しは目途が立たず、経産省が算定した廃炉費用22兆円ではとても足りない。わが国は旧ソビエトも真っ青の一度決めたらやめられない官製経済の国であり、しかも国民の大半がお気持ち・お立場的に政府の側にぶら下がって思考停止しているからロシアよりお先真っ暗であるに違いない。
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