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巻き添え食ってたまるかよ

読書録 #29 — イワン・デニーソヴィチの一日、ほか

2022-02-27 16:22:52 | 読書
藤原辰史/カブラの冬 第一次世界大戦期ドイツの飢饉と民衆/人文書院2011
第一次世界大戦において連合国と同盟国の双方とも長期化する戦闘の行方を見通せず、英国とドイツ帝国は兵糧攻めを狙い双方海上封鎖を行う。食料の3分の1を輸入に頼るドイツは開戦後から食糧価格高騰に見舞われ、さらにこの海上封鎖とジャガイモの大凶作などで1916年に「カブラ(がジャガイモに代わり主食になる)の冬」が到来、1918年の敗戦までにドイツ国民の餓死者は76万人に及んだ。やがてこの記憶が国民の憎悪感情をイギリス・フランスよりも国内で贅沢に暮らしたり革命を目論む「ユダヤ人・マルクス主義者」に向けさせ、これを利用するナチスの政権獲得につながってゆく。
ポテト供給の止まったファストフードであったりアサリウナギの産地偽装であったり、現今の平和ボケよりも、米騒動や2.26事件の記憶も新しい太平洋戦争中、『暗黒日記』清沢洌や『敗戦日記』高見順は軍部の専横と戦況悪化を憂いながらも肉や酒を入手できており、このとき既に第2の敗戦の種は蒔かれていたというべきであろう。


グレゴリー・ベイトソン/精神と自然 生きた世界の認識論/岩波文庫2022・原著1979
「芸術も、宗教も、商業も、戦争も、そして睡眠までもがそうなのだが、科学もまた前提の上に成立している。ただ科学の場合は、単に思考の道筋が前提によって決まるというだけではない。現在の前提の是非を問い、非ならば破棄して新しい前提を造るところに科学的思考の目標がある」。
次々と変異する新型コロナ。国や年齢層や持病や食生活、千差万別の症状や死亡率。専門家がかかりきりになってもよく分らない。↑で「睡眠」に言及するが、なぜ心身にとって睡眠が不可欠なのか、睡眠中に脳内の情報はどう整理されているのかさえ分かっていない。文明とはおもに道具が発達しただけのことで、ヒトのスペックは太古から変らず、これからも変ることはない。因果関係のはっきりした自然科学を優先して社会のシステムが作られ、人文系の学問は後追いしてシステムの上澄みで踊りを見せる立場であらざるをえない。文明に警鐘を鳴らすとかサイバネティクスwとかおこがましいにもほどがある。大学や投資の関係者が自分を大きく見せたいため利用しそうな価値の低い本。




川島高峰/流言・投書の太平洋戦争/講談社学術文庫2004・原著1997
レバナスをはじめ米国株関連の投資を謳うツイッター・アカウントなども97%(あさり)は証券会社・ユーチューバーによるステマなのではと疑ってしまう。なぜ、そしていつから日本人はこれほど幼稚で恥知らずになったのか。出征兵士を見送り、やがては物不足や空襲に見舞われる「銃後」において人びとはどう考え、振舞っていたのかを当時の資料に当った本書によれば、「アジアを解放する聖戦=大東亜戦争」「鬼畜米英」「欲しがりません勝つまでは」といった政府によるプロパガンダが徹底し、民間人の集団自決まで起った要因として、天皇はもちろん軍人や官僚の社会的地位が高く、また家父長制や隣組などにより、民間人でも指導的な立場にある人ほど政府と自分を重ね合わせ「聖戦意識」によって教化されていたことを挙げている。ゆえにこそ降伏、一転してマッカーサーら占領軍の統治を歓迎する空気が支配的になったのである(全滅を玉砕、占領軍を進駐軍、最近では副作用を副反応という言い換えを強制しなくても整然と即座に)。


シェルドン・ソロモン/なぜ保守化し、感情的な選択をしてしまうのか/インターシフト2017・原著2015
安っぽい装幀。長くなるため省略した「人間の心の芯に巣食う虫」という副題が原題。著者はヒトが過去や未来を軸として考えることができることによって生じる「死の恐怖」を専門分野として研究し、多くの人は死の恐怖に直面すると自分たちの価値観や文化を強く守ろうとして時にわざわざリスキーな行為にも走らせると考える。
「死すべき運命について思うと、キリスト教徒はユダヤ人を侮辱し、保守派は進歩派を非難し、イタリア人はドイツ人を軽蔑し、…どこの人も移民をあざ笑うことが研究で実証されている」。私見では近年人びとはスマホ(バカホ)によりまるで債務者のように常に人目を意識して時間を区切られ、恐怖から守ってくれる自尊心ではなく「自意識」が肥大してしまい、本来の伝統や文化ではなくそれらを漫画的に誇張したガンダム・ポケモン・安倍・トランプなどに強く自己投影し、アイデンティティー崩壊状態となっているのではないか。


菅原慎一ほか/アジア都市音楽ディスクガイド 韓国・台湾・ベトナム・タイ・インドネシア・香港・マレーシア・シンガポール・フィリピン・中国・ラオスの良曲600選/DU BOOKS2022
80~90年代、J-popが形成され空前のCDバブルを迎える日本の音楽の作詞作曲は、ボウイや小室哲哉に顕著だが「尊大と卑屈の同居」が感じられる。たとえば前哨となるサザンオールスターズの場合も、「いとしのエリー」「ミス・ブランニューデイ」といった代表曲が今聞くと洋楽に寄せた歌謡曲に過ぎず気恥ずかしいのに対し、歌謡曲に徹した「C調言葉に御用心」「私はピアノ」など持ち味が発揮されて完成度が高い。本書は東・東南アジアの都市ポピュラー音楽を曲単位で600集めたということで期待したが、どれも薄味で平凡、初期サザンや許冠傑のような猥雑な魅力は見当たらない。都市化・情報化・教育や社会保障ということ自体、韓国の朴父娘大統領が「日本軍譲りの実用主義」と評されるように音楽の核となる自発性や独立心と相反するものなのだろう。


増田薫/いつか中華屋でチャーハンを/スタンドブックス2000
あまり使いたくない言葉なのだが何かがバズって本書を手に取ったのだが、もうその何かを思い出すことができない。多摩美⇒デザイン事務所⇒バンドマンという著者が「中華屋のオムライス」など定番以外の美味を食べ歩きする漫画形式の好評WEB連載。こういう人たちって現状への怒りとか不満とかないんだろうか。ご本人の生活の匂いが漂ってこない、でもソツがなく人懐っこい、いまどきの。「情報」「WEBの埋め草」に過ぎず、連続して見せられるとどれも同じで、「作品」として自立していない。特定の広告ということでなく、B級グルメ・旅行・WEBメディアなどをゆる~く広告することで食っているのかな。そういう狭い、毒にも薬にもならない漫画が多すぎる。


水木しげる貸本モダンホラー・上/太田出版1998
1960年代前半、貸本時代の短篇を「時代ロマン」「モダンホラー」各2集に編んだ選集。本書には「不思議な異界が隣り合わせ、あるいは人里離れて存在し、ふとしたきっかけで誘い込まれ殺されてしまう」エピソードが多い。
子どものころ学年誌に載っていた鬼太郎をはじめ、売れてからの水木さんの漫画は手抜きして置きにいったものが多く、不遇だった貸本時代の珠玉とは別次元の感。これについて筑摩書房の松田哲夫は「アシスタント志望の変人たちをうまく使うような、水木さんのプロダクション経営の秘訣を聞いたところ『部下を働き虫にすること・売れない本を作らないこと』」と証言。水木さんにとって現代の資本主義社会はかりそめの住処で、貸本時代に描いた不思議な異界・冥界こそ人生の本拠地なのであろう。




渡辺靖/白人ナショナリズム アメリカを揺るがす「文化的反動」/中公新書2020
米国における白人ナショナリズムの起源には、米大陸先住民(インディアン)は生物学的かつ文化的に自分たち(ヨーロッパ白人)より下等であり、自分たちの支配下に入ることが先住民にとっても幸福であるという、殺戮と強奪を正当化する優越主義的な発想がある。それはたとえば2019年にトランプ大統領が非白人の民主党女性新人議員4名を指して「米国にいることが幸せではなく不満ばかり言っているなら、とても単純なことでこの国を去ればいい」とツイートしたり、日本のネトウヨがデモや政府批判やマイノリティーの訴えをすぐに中国韓国と短絡させて「日本から出ていけ」と集団で叩く様子にも表れる。単一民族幻想に浸り、白人を崇拝し(特に70年代の少女漫画、私見)、常に内向きの歴史修正を試みる日本は、欧米の差別主義者・団体から理想郷とみられている。


将基面貴巳/反「暴君」の思想史/平凡社新書2002
マックス・ヴェーバーが説く政治の「責任倫理」。権力の行使には結果責任が伴う。著者は「オッカムにせよ古代中国の儒家にせよ、組織における上位者への服従が下位者に義務づけられたのは、上位者がその義務を果たす限りであった」。「ところが、これとは対照的に『葉隠』の要求する服従にはそのような制限が一切存在しない」「御家の家臣たちは『主君』の悪事をひた隠すことによって、「主君」の地位を安泰たらしめることに躍起となる」。「吉田松陰答えて曰く、日本の天皇に桀紂のような暴君が現われようとも、一切の国民はただ、並んでひたすらに平伏し、号泣して天皇の改心を祈ることができるだけである。さらに、君がしかるべき人物でない場合には、その国の民は皆『諫死』すべしとまで言い切った」などとして、日本には理念や共通善を現実妥協的にねじ曲げ、集団的無責任によってリーダーを甘やかす精神風土があるとする。明治維新がキリスト教文明の議会政治・戦争・経済成長といった器だけを性急に取り入れた結果、かえって心理面では封建制が根強く残ってしまったのだろう。
 



ソルジェニーツィン/イワン・デニーソヴィチの一日/新潮文庫1963・原著1962
むかし親の書棚にあった。おそらく母が読んだのだろうが、世界的ベストセラーで後にノーベル賞を受けたので父も読んだかも。どこかの学者がコロナでホテル療養が決まり、これを持ち込むとツイートしていたので懐かしく思い入手したが、2度の従軍と、思想犯としての収容所生活、雪解け復権と国外追放という激動を生きた著者の真実の記録は、プーチンの暴走・ウクライナへの侵攻とその後の急展開を受け貴重な読書体験に。プーチンは確かに諜報や政争にかけては天才なのかもしれないが、まっとうな軍人ではなく、政治家としても凡庸なのを、アメリカはじめ西側のメディアが全能の独裁者のように持ち上げることでロシア国民の心情をないがしろにしてきた面があるように思う。収容所の極限状況を必死に生きる主人公は、そうした心情を生々しく伝えて感動的だ。

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