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読書録 #33 — 皮膚、人間のすべてを語る、ほか

2022-12-25 16:43:38 | 読書
中村光夫/谷崎潤一郎論/新潮文庫1956・原著1952
「私は甚だしいエゴイスト…飽く迄も自分独りを可愛がって」「女といふものは神であるか玩具であるかの…」。
戦争と植民地支配の流れを汲む悪党が政治とメディアを牛耳るこの国で、小説家の存在意義とは。谷崎は1886年生まれ、大正期は30代で『痴人の愛』、昭和戦前期は40・50代で『蓼喰う虫』『春琴抄』、本書が書かれた後の晩年にも『瘋癲老人日記』と長期に渡って旺盛な創作力を示す。この幸福な作家生活のゆえんを著者は、彼が東京から関西に移住することで「東京の〝知識階級〟に失われたすべての美徳を関西の〝町人〟に認め」、翼賛体制・敗戦・超円安という現実に背を向けて『細雪』『少々滋幹の母』といった日本の美を紡ぐことができたのではないかとする。ちなみにこの移住は昭和2~6年、佐藤春夫との妻譲渡事件と並行して進められた様子で、事件についての関係者の詳細な証言が付された年譜が巻末に収められており興味深い。




鬼無サケル/香原さんのふぇちのーと①/竹書房2022
「私は観測する者である─」。富英智高校に通う香原(かぐはら)理々香。陰キャに設定されているJKが同窓女子のさまざまな体臭をコレクションする、オタクの主観を究極に深掘りするweb連載怪作のコミックス化。緻密な絵柄で内容も工夫されているが、全年齢向け(著者は成人向けも別ペンネームで手がける) ということで2巻以降は付きまとうキャバクラ的寸止め感との闘いになっていきそう。


亀和田武/1963年のルイジアナ・ママ/徳間文庫1989・原著1983
「存在しない〝仮想敵〟をでっち上げ、しかもその仮想敵をきわめて矮小化して描き出し、攻撃するのが南(伸坊)の常套手段なのだ」「タレント諸氏も用心してかからねばならない。まかり間違っても〝大衆〟を啓蒙しようとしたり、低俗・軟弱文化に警鐘を鳴らそうなどとは思わないことだ。(中略)諸君らは、中産階級に寄生するジゴロだ。彼らの骨の髄までシャブル…これが、諸君、俺に残された唯一の正しい途であると確信する」。
著者のウィキペディアをみると、安倍と同じ大学で学生運動にかかわり、実話誌を渡り歩いて「三流劇画ブーム」仕掛人の一人となり、雑学豊富なイケメンおじさんということで90年代には民放ワイドショーの司会で活躍。本書は穏健な米ポップスの時代を終らせた「反ビートルズ」の主張が中心になっているものの、自身がそうであるにもかかわらず80年前後のメディアで売名に精出していた面々への言及・論評が多い。


武論尊/原作屋稼業 お前はもう死んでいる?/講談社2013
「A先生だけじゃねえ。一緒にコンビを組んでいたOくんやK、同じ雑誌で連載していたTもみんな戦死しちまった。まだ若かったのに、なぜかみんな酒で体を壊してな。オレも…」
前後からA先生とはちばあきおと見られる。著者は漫画原作者として駆け出しのころちば氏に面倒を見てもらっており、そもそも未経験で漫画の世界に飛び込むのも、自衛隊同期だった本宮ひろ志の居候をしていた縁で。遊びと仕事の境界が曖昧な独特のホモソーシャル。そうした価値観にいっさい疑問を持たず、死ぬまで男児の遊び場に囚われたままの人びとが生み出した『あしたのジョー』『ドラゴンボール』『北斗の拳』『カイジ』などなど日本の漫画の顔となっている。




Vicky Woodgate/The Magic of Sleep/DK2021
夢はどこから来るのか、なぜ睡眠は健康維持に欠かせないのか、昔の人は、ほかの動物はどのように眠るのかなど楽しいイラストと共に解説する7~9才向け絵本。日本語版も出ているがフォント含むレイアウトの妙を賞味したいので。二言目には日本国・日本人をこき下ろすブログで恐縮ですが、駅の広告や児童書にも萌え絵が侵食…owarida🐈nokuni




ダニエル・ハーバート/ビデオランド レンタルビデオともうひとつのアメリカ映画史/作品社2021・原著2014
サブカル的な読みやすい本ではない。全ページの1割以上を脚注が占め、レンタルビデオ店の経営形態や商品の流通システム、その地域差、映画の評判がどのように形成されるかの変遷を追う学術的エッセイ。「映画評論や百科事典は、常に〝メタデータ〟として機能してきた。メディアの周辺的な言説として、どんな時でも何らかのかたちでメタデータは映画文化の輪郭を描いている。印刷された状態で流通するのが普通だった時は、ビデオガイドは形のあるビデオの豊富な選択肢とそれにともなうアメリカ人の〝選びたい〟という欲求を体現していた。いまではテクストと〝メタテクスト〟を同じ装置の中に共存させるデジタル空間にメタデータが発生しているので、このメタデータこそがアメリカ人が映画を探し、選択するための入り口となる文字(批評)と数字(評価/レーティング)となっているのである」。
音楽の話に変りますが、青葉市子の『アダンの風』というアルバムがRate Your Musicにおいて2020年の全アルバム中2位になっていて(1位だと思っていたが今見たら抜かれていた)、日本から出て活躍しているミツキやジョージと異なり、青葉は一般的にはあまり聞かれておらず、音楽もやや後ろ向きで、いかにもRYMの欺瞞的な特権性を象徴しているなと。メディアやマーケットによって流行の見え方や評価がまったく違う、もうポピュラー音楽/ポップスという一つの容器は存在しない。多くは日本製であるオーディオ/ビデオ機器が発達した1980年代は統合の時代の終り、分断の時代の始まりであった。


網野善彦+阿部謹也/対談 中世の再発見/平凡社ライブラリー1994・原著1982
「保立さんは、私がこういう公事を単純に地代とはいえないと言ったことの批判として、三日厨(鎌倉時代の酒宴)に百姓が出たり、百姓に酒をやるのは、支配のための潤滑油だし、公事はやはり地代だということを強調されるのですが、私はこれでは、百姓自身の図太さが、わからなくなってしまうと」「金持ちと親戚を呼べば、あなたは招き返されてしまう。そうすると、それでいちおう終わる。招待は贈与ですがそれに返礼がきてしまうと、一つの人間関係が生まれて、それが続いてゆくのですがいちおうはおしまいになる。ところが、貧乏人や乞食を呼べば返礼ができないから、その分だけあなたは天国においてお返しがきて幸せになるだろうとルカ伝に書いています」。
明治維新以前、日本の漁村は岬を一つ越えれば宗教も文化も違っていたという。しかしその宗教はユダヤ・キリスト教のように法治の概念につながるものとはまったく違う、地域ボスの政治の一部に過ぎなかった。なのでいま分断と囲い込みが世界に先駆けて進んだ「中世ジャップランド(5ch嫌儲の用語)」と化しているのでは。




星野陽平/CIA陰謀論の真相/鹿砦社2022
米国のネトウヨは日本と逆に大半が反マスク反ワクチンだそうで、日本でも反ワクチンの動きが各所で勢いを増しつつあり、別に参政党がそうだからといって統一とかが糸を引いているとは思わない。アメリカも日本もネットを介した党派性ごっこはもう誰にも制御できない段階に達していると思う。本書はCIAのエージェントがいかに日本の政治・企業・芸能界に介入し、CIAが狙う「分断統治=在日や同和や宗教などに基づく対立や差別を利用して国民・労働者の連帯を弱め、日本占領が終った後も米国に忠実であるよう仕向ける」を実現してきたかを一次情報のほか又聞き・ツイッター・書籍など状況証拠的に大量に集めている。CIAは反安倍反トランプであるとして著者が両者を持ち上げる気配があるのも気に食わないし、そもそも明確にCIAエージェントである岸信介や正力松太郎にしたところでガッチリ制御できていたとはとても思えない、CIA自体官僚化・肥大化が進んで統制がとれていないのではないか。芸能・暴力団関係の記述に顕著だが、最初は「請け負った仕事」でもやがて遊びが勝り、遊びだから夢中になって溺れてしまう、米国も日本も全体が溺れかけている状態。


カール・シュミット/政治的なものの概念/岩波文庫2022・原著1933
難解につき飛ばし読み。第一次大戦でドイツに従軍した著者は本書を何度か改訂しながらナチ党に入党、「第三帝国の法学者」の異名を取る。理性や経済的客観性によって対立・闘争を終らせるような考え方を博愛主義の希望的観測として批判し、政治的なものの本質は「味方と敵の区別」にあるとした。独裁や権威主義的な政府を求め、憲法の見地からナチ政権を正当化したことは現在まで議論の的になっており、米ネオコンにも影響を与えたとされる。
「国家哲学の対極にあるマルクスに、純粋に方法論的に接近していることが確かに認識できる。マルクスが一貫して経済学の見地から思考するように、シュミットも敵味方の図式から、すなわち両人とも悲観的な人間学から出発する」(独アマゾンに寄せられたレビューより)


モンティ・ライマン/皮膚、人間のすべてを語る 万能の臓器と巡る10章/みすず書房2022・原著2019
子どものころ乾燥した冬期、指先のアトピーに悩まされた。母方の親戚は職人の血筋で喘息や花粉症のアレルギーが多いが、母が狭小家屋の専業主婦ということで清潔すぎる環境が仇になったと考えられる。指先の症状は20代前半で収まったものの、特定の部位の皮膚に現れる免疫暴走が、親に甘やかされ、本や音楽の一人遊びを好む独善的な性格のため集団の秩序にうまく服せない私の人生全般とも大いに関わっていることは間違いない。
本書の帯に謳われる「自分と世界の境界にあるもの? いいえ、それは自分そのもの」の言葉どおり、多岐にわたる記述によって人類の由来を紐解く、文明とは何か、人間への尽きせぬ興味を抱かせる名著。お勧めします。
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